そしてdさん さん、Aitoyukiさん、黒鏡水さん、ルベさん、酸山さん、拙作を評価及び再評価していただき誠にありがとうございます。こうして皆様に評価していただけるのはとても嬉しく、感謝に堪えません。ありがたやありがたや。
前回のあとがきで述べた通り親達のお話……にちょっと追加した話になります。では本編をどうぞ。
「そうでしたか。すいません。ご協力ありがとうございました」
内心ため息を吐きたいのを我慢しながら刑事の山咲は聴取に協力してくれたご婦人に礼を告げてその場を去る。
現代のメアリー・セレスト号事件と揶揄されるとある高校の集団神隠し事件の捜査本部に加わり、こうして地道に情報収集を続けて早二週間弱。
最初に学校で見つけた手掛かりとも呼べない何か以外にこれといった進展はなく、聞き込みや周囲の捜索を続けても一向に成果は挙がらない。これまで関わった事件の中で特に難解でキツい事件であると思いながらも山咲はかぶりを振り、自身の頬を張って弱気な自分を追い出す。
(いけないいけない! 師範代だって諦めてないんだぞ。俺がくじけてる場合じゃない)
そう自分に言い聞かせると山咲は懐から手帳を取り出し、他に目星をつけた情報や
「お嬢……待っててくださいね。絶対に俺達が助け出してみせます」
そう独り
「本当だった、って……どういうことですか、愁さん?」
通っている高校から自分達の子供達が消えてから二週間弱が経過した日の夕方、南雲家のリビングにて中村正則が一体何を言ってるんだとばかりに目の前にいる南雲夫妻に問いかけた。
恵里達がいなくなってから週に数回、いつもの家のメンバーでウィステリアに集まって家族会を開くのが定例となっており、今日もまた何の進展もないことを確認してから誰もが帰宅の途につくはずであった。ところが、焦燥と絶望に苛まれている中村及び谷口夫妻をコッソリ愁と菫が呼び止め、『家で話したいことがある』と言って誘ったのである。
そこで南雲家に立ち寄り、リビングにて出されたお茶を全員が口にしたのを見てから愁が述べたのだ。あの
だが愁は決して臆することなくうなずくと、横からあるノートを取り出してテーブルの上に置いた。彼らもよく知るハジメの筆跡で表に“創作用ノート”と書かれた大学ノートである。
「一体コレがどうしたんですか?」
「ハジメ君も愁さんと菫さんの子ですし、こういうことは普通にやってもおかしくは――」
「ええ。私達も最初は貴久さんや春日さんみたいに思ってたんです。でも……」
至って尤もな疑問を投げかける谷口夫妻に菫も同意を示しつつノートのページをめくっていく。そして三分の一の辺りのページの下の隅に“こ 28”と書かれた一文に菫はそっと指を差した。
「一体何の暗号か、って思ったでしょう? このノートの28ページを開くと――ほら、ここにも」
そう言って菫がノートを再度めくり、該当するページの隅を指せばそこにも“の 11”と書かれてあった。まさかと思った中村・谷口両夫妻が自分達と向き合っている愁と菫を見れば、二人はそれにうなずいて返した。
「正則君達の思ってる通りだ。これは間違いなくハジメの残した暗号だ」
「最初はちょっとした気分転換のつもりだったのよ。皆の情報は全然見つからないし、気が滅入っちゃってね。ハジメには悪いと思ったけれど、そうでもしないとやってられなくって。あの子の部屋の掃除がてら色々と眺めていたのよ」
過去を振り返りながら語る菫の表情を見て誰もが黙り込んでしまう。皆そうだったからだ。少しでも自分の子供がどこにいるかと必死になって手掛かりを探していたのだから。そしてそれがすべて空回りしてしまっていることも。
「それでこのノートを眺めてて……最初の方はあの子らしい要所要所のシーンを思いつくままに書いてたのが、途中から変わったのにちょっと驚いてね。変に具体的なくせにところどころ妙にボヤけてて……恵里ちゃんや鈴ちゃん辺りと話でもしながら書いたのかしらと思って見てたら偶然見つけたのよ」
懐かしむように語る菫を見て誰もがいたたまれなくなるも、その目に力強さが戻ったことでハッとする。自分の子の部屋を見ては懐かしみ、打ちひしがれる自分達と違って何かを見つけたのだと。それに続くように愁があることを口にする。
「それで菫と一緒にこれを見て、思い出したんだ。
それを聞いて中村・谷口両夫妻の間に少なくない動揺が広がった。“あの紙”とは教室に残っていた三枚の紙のことで、恵里、ハジメ、鈴の筆跡で妙なことが書かれていたのだ。恵里の方には『絶対に帰ってくるから 17』、ハジメのものには『必ず戻ってくるから待ってて 22』、鈴のには『絶対帰ってくるからみんな待ってて 16』と。
当初はそれを怪しんだ警察や虎一の方から色々と尋ねられたものの、誰もが心当たりが無かったために首をかしげるしかなかった。まさかあの怪文書がここに繋がっていたとは当時は誰も思わなかったのである。
「しかも書いていたのはハジメだけじゃないみたいでな……ほら、ここ。それと……ここにも」
「恵里の……恵里の字じゃないですか!――うん? 紙が少しふやけてるような……」
「鈴ちゃんの……まさか、あの子達も!」
そこでまた愁がページをめくって指をさすと、両夫妻は驚愕する。ページの上の余白の真ん中に恵里の、上の余白の隅に鈴が書いたと思しき字が残っていたのだから。まさかこれも、と菫と愁を見やれば、二人はゆっくりとうなずいて同意する。
「恵里も鈴ちゃんも……でも、でもどうして恵里がこれを書いたんでしょうか。一体、一体何が……」
「きっと恵里ちゃんは泣きながら書いたのよ。本当のことを伝えるのが、とても怖かっただろうから……」
「本当の、って……どういうことですか。まさか、お二人はそのことを知ってるんじゃ……」
「――ここにあの子達が伝えたかったことを書いてある。信じられないとは思うけれど、とりあえず見てくれないか?」
このノートに書いた理由がわからずオロオロとする幸に菫は苦々し気に言うと、それに貴久が反応する。そこで愁は横から紙を取り出すと、それを四人の前へと差し出す。そこに書いてあったのを見て正則達は再度驚く羽目に遭った。
――こののーとの13ぺーじからさきにかいてあることはほんとうです ハジメ
――ほんとうはみらいからきました ずっとだまっててごめんなさい 恵里
――えりのいってることをしんじてください わたしたちはいせかいにいきます 鈴
あまりに荒唐無稽なことが書かれていたため、正則達は思わず絶句してしまった。未来、異世界などという突拍子もない単語に誰もが混乱するしかなく、すがるように愁と菫に視線を向けるも二人はじっと見つめ返すだけであった。
「……子供の戯言なのかもしれない。けれども俺は、いや俺達は自分の息子を……恵里ちゃんも鈴ちゃんも信じたいんだ。だってあの子達が、変なところに出歩きもしなかった子達がこんな妙な噓をつくはずがないだろう?」
愁のその言葉を聞いた貴久と春日は何とも言えない顔になる。到底信じられない。だが、自分の娘とつき合いの長い二人が残した言葉をたった一言で片づけたくないと葛藤していたからだ。
一方、正則もまた貴久達と同じであったが、わなわなと震える幸の方を心配して彼女の両肩を抱いていた。その顔は困惑と怒りに染まり、『やっぱりあの子は……』と小声でつぶやきながら目の前の紙とノートをにらんでいた。
「幸……幸、落ち着くんだ。恵里のことでショックなのはわかるけれど――」
「あの、幸さん……? ショックなのはわかりますが、一旦落ち着いて――」
「落ち着いて……落ち着いてなんていられますか!! あの子は――いえ、“アレ”は私達の恵里を奪って、騙していたんですよ!」
普段ならば絶対にしないような形相の彼女を落ち着かせようと正則も愁もなだめようとするも、幸は構うことなく怒りと憎しみを露わにした。その様子に誰もが茫然自失となり、自分の娘を汚らわしいもののように扱う彼女にひどくショックを受けてしまう。
「やっぱり、やっぱりあの子には悪魔が憑いていたのよ! でなきゃ明るかったあの子が、あんな……あんな……」
その顔は悲しみにも染まり、一層憎しみが深くなっていく。
一度聞いたことがあったのだ。恵里は元々は明るく活発で、父と遊ぶのを心待ちにしていたような子だったと。それがいつからか自分達が知るような妙に大人びた感じになったということも。だからこの場にいた誰もがその悲しみを理解できた。それが未来から来た同一人物であったとしても、自分の娘が別の存在と挿げ替わっていたのだから。それに共感出来ない訳がなかった。
「でも、でも恵里ちゃんが悪魔だなんて、そんな……!」
「春日さんは黙ってて!! アレは……アレは皆さんも騙していたんです!!!」
だが彼女が自分の娘をそしるのを誰もそのままには出来やしなかった。部屋の中やレジャーなどで鈴達と楽しそうに遊んでいる彼女を見ていた春日からすれば恵里が悪魔だとは到底思えず、すぐに幸に反論するも激昂した幸は聞く耳を持たなかった。
「「「「幸さん!!」」」」
「いい加減にするんだ、幸!!」
それでも、怒りのあまり錯乱する彼女を止めようと誰もが必死になる。恵里はそんな子ではない、あなたの子は絶対にそんな存在じゃないと思いながら彼女の目を見て誰もが叫ぶ。大声を出されて一瞬ビクりとするも、幸はすぐに険しい顔をして全員をにらみ返した。
「……何かしら? 私にはアレが化け物だってわかって――」
「化け物が涙を流しますか!!」
貴久の言葉に幸は思わず言葉に詰まった。そこにたたみかけるように春日と菫も声を上げる。
「鈴ちゃんからよく聞いてました。恵里ちゃんはずっとあなたと正則さんのことで悩んでるって! どうすれば元の関係に戻れるんだろうって! それでもまだあなたは自分の娘を疑うんですか!?」
「あの子は賢い子ではあるけれど血も涙もないような子じゃないわ!! 本当にあなた達を陥れようとするような子が、中学生の時にケンカをした後で家に戻ろうとするの!? そのことでずっと苦しむの!?」
「それは……わかって、わかってますけど!!」
春日と菫に言われ、幸も苦し気に叫ぶ。幸も迷っていたのだ。信じたくはあったのだ。正則と自分が愛して育てた子が、まだ少し親離れできるか心配なあの子がそんなおぞましい存在のはずがない、と。
だが、かつての答え合わせのように示された情報が幸の心をかき乱した。あの不自然だった動きは全て、正則と自分を騙そうとしてやっていた行動だったのではないか、と。故に幸は錯乱するしかなかった。愛する夫に危害を加えるような存在であったのならたとえ自分の娘と同じ見た目であろうが容赦してはならない、と。
「幸!」
「ダメ! ダメです正則さん! アレは、あの子は……」
そんな愛情と恐怖、憎しみに板挟みになって壊れそうになった幸を正則が抱きしめる。強く、強く、決して放すまいとただただ必死に。自分を振りほどこうとしない彼女の様子を見て少しだけホッとしながらも正則は幸の耳元でささやいた。
「……なぁ幸、本当にあの子に悪魔なんて憑いているのかい? ハジメ君や鈴ちゃん、光輝君や雫ちゃん達の話をしている時のあの子が、特にハジメ君のことで一喜一憂しているあの子が本当に私達を騙そうとしているように見えるのかい?」
正則の言葉に幸は何も言えなかった。そんなはずがなかったから。友達のことを語る恵里の顔から悪意なんて感じられなかったから。ハジメのことで喜んだりうろたえたりするあの子がそんなことを考えるはずがないとも本気で思っていたから。
――ごめん、なさい……お父さん、お母さん。大嫌い、って言ってごめんなさい……。
その時、幸の脳裏に過去の記憶がよぎっていく。中学生の時の親子喧嘩の後、家に戻った際の怯えるようなあの顔が。
――いってらっしゃい、恵里。今年もハジメ君が喜んでくれるといいわね。
――うん、いってきます……大丈夫、きっと大丈夫だから。
毎年のバレンタインで家を出ていくときのやり取りが。段々と年相応の少女らしい顔になっていく恵里の横顔が。
――恵里、今日は何があったんだい?
――うん、あのね……。
夕飯の時に欠かさずする会話の時の恵里の顔が。ハジメのことなどで楽し気に語ったり、学校の行事などで張り切った様子を見せる愛娘の様子が。
――こっちの服の方がハジメ君が好きだと思うわ。
――そう、かな? うーん……。
休日に南雲家に出かける際、着て行く服で迷っている恵里によくアドバイスをした事が。本気で彼を思って表情をコロコロ変えていた愛しい子が。思い出が、あふれていく。
「あ、あぁ……」
次々とフラッシュバックしていく恵里との思い出の数々、幸せであった日々を追憶する幸の目から涙があふれた。
――元々は“夫の娘だから”という理由で恵里に愛を注いでいた。だが娘の異変があっても、そのことで夫と共に悩んだとしても、それでもなお十年も幸は愛を注ぎ続けた。そうして愛し続けたからこそ、“夫の娘だから”という理由以外にも愛することが出来た。“自分の娘”だから、と。そう思えるようになったのだ。
「恵里……恵里……」
今までの全てが揺さぶられるようなことを知っても、それでもなお娘を信じ続ける夫の愛が、十年もつき合いをしてくれた人達が、そして今気づいた
「ごめん、なさい……私は、私は何を……」
「いいんだ、幸……皆、わかってるさ」
泣き崩れる幸を抱きしめたまま、正則は近くにいる素晴らしい友人達を見る。愁も、菫も、貴久も、春日も、皆が安堵した様子でこちらを見ている。やっと、やっと親しくしていた幸が元に戻ってくれた、と。
中村恵里という少女が成した軌跡は今ここに、確かな形として現れたのであった。
「……にわかには信じ難いわね」
あの話し合いから数日後。愁達は自分達と特に親しい家である天之河家、坂上家、八重樫家、遠藤家、白崎家、宮崎家、菅原家、清水家(兄の克典は不在である)だけをウィステリアに集めて貸し切りにし、優花の両親も招いて先日正則達に話したことを愁と菫は彼らにも語った。
もちろん、自分達はおろか正則達の精神もおかしくなったんじゃないかと疑われたり、もう既におかしくなってしまったと決めつけられて憐れまれたり、下らない冗談を言わないでほしいとばかりににらまれるなどしていた。だがそれでも折れることなくじっと彼らを見つめ返していると、不意に美耶が口を開いたのである。
「ええ。私もこれがハジメや恵里ちゃん達の言葉じゃなかったら疑ってたと思うわ」
「俺も皆の気持ちはわかる。正くんや貴くんにもこれを話すのは止められたしね。けれど、俺達の中で隠しておくよりも明らかにしておいた方がいいと思ったんだ」
そう答える南雲夫妻にこの場にいた少なくない人間がため息を吐いた。思っていたよりも重篤だった、と。そしてそれは中村・谷口夫妻もだ、と。
もう家族会に彼らは参加させず、『事態は前向きに動いている』という都合のいい嘘だけを伝えるべきだろうかと彼らは考えていると、いきなり虎一がせき払いをした。
「オホン……俺としてはあり得る話だと思ったな」
「こ、虎一さん!?」
その発言に場は騒然とするも、虎一は訂正する様子も動揺も見せない。まさか虎一がこんな突拍子もない話を信じるとは誰も思わず、事前に話をした三家以外の家族の人間はしきりに目を合わせてばかりであった。期待半分、不安半分で見ていた南雲・中村・谷口夫妻も彼がそう言ってくれたことに少なからず驚き、思わず顔を見合わせてしまう。
「何も酔狂で言っている訳じゃない……親父や霧乃、それに雫や浩介君があの事件に巻き込まれているにもかかわらず、未だに何の音沙汰もないんだ。あの四人全員が後れを取るなんてことはまずあり得ない。それと、そういった機か……輩がいないとは決して限らないが、それなら既に世界規模でこういった事件は起きてニュースになっているはずだ。違うだろうか?」
うっかり“機関”と言いかけた虎一に皆が『ああ、またか』と思いはしたものの、彼の理路整然とした説明と、八重樫の情報収集力をここ最近遺憾なく発揮し、それでもなお事態が進展していないことを考えれば頭の具合を心配していた全員も一応の納得を見せた。
「存外、巷で
そう言って一度息を吐いた虎一は、一度中村夫妻らに視線を移してから再度話を始めた。
「それに、恵里さんはこうなることを見越していたのだろう? もしかすると本当に未来から来たのかもしれんぞ?……その彼女と親父、霧乃、雫、それに浩介君がいる。そして頭の回るハジメ君にリーダーシップのある光輝君もな。存外、元凶に対処して戻ってくるかもしれんな」
そして意を汲むかのように言ってくれた虎一に愁達は頭を下げる。本当に信じてくれたかはともかくとして、こう言ってくれたことだけでも十分自分達も救われたのだ。その事に感謝する他無かった。
「でも、そんなこと言われても……」
「俺が言ったのはあくまで“もしも”の話だ。これからも情報収集は欠かさず行って皆さんに報告する。さっきのはあくまで気構えだと思ってくれればいい。こう、気を張り詰め過ぎているといつかプツリと切れかねないからな。どれだけ時間がかかっても待つ。そういう気概で臨んだ方がいいということだ」
幸利の母が心配そうに虎一を見て言うも、虎一はそれに臆することなく答えた。こうして警察とコネがある彼の方でも手をこまねいているのだ。ならば自分達に出来るのはもう帰ってくることを信じて待つしかない、と皆がそう思うしかなかった。
「まったくもう……だったら待ってやろうじゃありませんか。優花が、ハジメ君達が戻ってくるのをね」
「ええ。優花の、いえ皆の居場所はここなんですから。何年だろうが何十年だろうが待ってあげましょう。ね?」
園部夫妻がそう言うと、他の家族の面々も次第にそうだそうだと声を上げ始める。こうなったらとことんまでやってやると息巻いていく。
こうしていなくなった家族が一刻も早く戻ってくることを願う親達の心にかすかな希望が芽生えた。それはふとした拍子にしぼんでしまいそうな弱々しいものであったが、確かにそこに根付いていた。
「お前らー、もう六時になったぞー。そろそろ目を覚ませー」
一方、トータスにいた子供達は、今日も一足先に起きていた元教官であるメルドに起こされていた。
こうして大迷宮を下る際の休憩の時に教えてもらったことで、光輝から借りている地球製の時計の文字盤が読めるようになり、教官という役職に就いていたのもあってか、彼らの目を覚ますのはメルドが受け持つようになっていた。また、大迷宮を降りていく際に作った横穴にいるため、あまり声を出すと響くことから、気持ち大きい程度でメルドは声を出している。
「よし。それじゃあ坊主、今日も頼むぞ」
誰もが背中や腰の痛みにあえぎながらも目を覚ましていくのを確認すると、メルドは自分達のいるスペースの中央に置いてあった小さな岩をハジメの所へ持っていき、
「ふぁい……“れんせぇ”……」
やや寝ぼけた状態で“錬成”を行うハジメであったが、何度も何度も繰り返し錬成をやってたせいか一切のミスなく周囲の岩だけを器用に剝ぎ取っていく。すると中にあった緑光石の光が次第に漏れ出し、自分達のいる横穴の中を明るく照らしていく。
こうして断崖絶壁を下っていく中、段々と周りが暗くなってきたため、周りが見えなくなることで足を踏み外したり、作業効率が落ちるとハジメ達は考えた。そこで身のこなしの軽い“軽戦士”である大介と“暗殺者”の浩介がペアを組んで灯りとなる緑光石を持ってくることになったのである。
そうして集めた緑光石の欠片をハジメが錬成で一つにまとめ、こうして一つの塊として使う運びとなった。この一件でまた地味にハジメの評価が上がっており、そのことを本人を差し置いて恵里と鈴が誇りに思っていたりする。
閑話休題。
その緑光石から放たれる光で全員の意識が完全に覚醒すると、“水術師”である奈々がハジメの作ってくれた寸胴鍋に魔法で水を張り、同じくハジメが作ってくれた五徳の上にそれを置いた。その鍋を“炎術師”である信治が魔法で火をつけると、火力調節をしながら鍋を温めていく。
「はーい皆、もう少ししたら温まるから今の内に“コレ”受け取っときなさーい」
そして優花がリュックから取り出した団子状のものを器――これまたハジメ謹製である――に入れ、列を作って並んだ皆に黒パンと一緒に渡していく。
この団子状のものは鷲三及び霧乃特製の異世界版兵糧丸といったものである。もちろん普通にかじって食べることも可能ではあるが、保存性の方を優先したため少し固くなったのと、それだけだと腹が膨れないということもあってお湯に溶いてスープ代わりにし、黒パンと一緒に皆は食べている。また黒パンを食べやすくするために浸して柔らかくするという役割もある。
「おーい、こっちはもう煮えたぜー。順番に来てくれよー」
全員が器を受け取って数分経った辺りで信治がアナウンスすると全員が再度列を作って並び、奈々に器を渡してお玉――もちろんハジメ以下略――で掬ったお湯を入れてもらう。そうして全員分の器にお湯を入れ終わると、部屋の中心にメルドが置いた緑光石の周りに円陣を組むようにして座り込んだ。
そうして全員で手を合わせ、恵里達は日本にいた時のように小声で『いただきます』と言うと、メルドの食前の祈りを終えるのを待った。それについて思うところがない訳ではないものの、それにケチをつけるのもどうかと考えて誰も口にしない。そしてメルドがこちらを向いてうなずくと同時に今日の朝食が始まった。
「流石に三日連続は飽きるけれど、なんだかんだ美味いよなー」
「そこら辺は流石ウチの師匠と霧乃さんだよ。マジで味にこだわって作ってたからな」
スープを軽くすすりながら礼一は浩介と話していた。
こうして大迷宮を真っ当とは言えない方法で降りて三日、同じ食事が続いたことには誰もが飽きを感じていたものの、ちゃんと食事をとれることには違いなく、また城での食事が基本濃いこともあって日本人の口に合う味わいであるこのスープには皆感謝している。ちなみにメルドには『少し味が薄い』と不評であった。
……また、浩介はよく毒見に付き合わされており、時には恐ろしく苦いものを食わされて二人を恨んだ時もあった。もちろん口にも目にも一切出さなかったが。
「ふふ、ハジメくん。口にパンくずついてるよ」
「あ、あのー、恵里さん……パンくずとってくれるのは嬉しいんだけど、それを僕の目の前で食べるのは流石にちょっと恥ずかしいというか……」
「それは抜けてるハジメくんが悪いよねー……ねぇハジメくん、鈴の方もとってくれないかな?」
そして恵里達は相変わらず桃色の空間を形成していた。こうしてハジメと一緒にいられるようになってか、寂しさを埋め合わせるように二人は彼に甘えている。もちろんハジメも二人と会えなくて寂しくはあったため、ちょっと注意する以上のことは出来ず、やれやれと思いながらも二人に振り回されることを甘受していた。
「……なんだか鈴達、前にもましてベタベタしてるわね」
「仕方ないさ。ずっと会えない時間が続いたんだから……ほら、雫。口元が汚れてる」
「ぇ……ぁっ」
またそんな甘ったるい空間を作っていたのは恵里達だけでなく。一足先に食事を終えた雫の口元を光輝がぬぐうと、恥ずかし気に顔を真っ赤に染めて雫は縮こまっていた。その様子を見て物欲しそうに見つめる香織と気恥ずかしそうに顔をそむける龍太郎。そして今にもマーライオ〇のように砂糖を口から吐き出しそうになっている彼女のいない男子~ズ。イチャイチャしている様子を見て顔を真っ赤にする優花と、彼女をからかう奈々と妙子。あんなことがあったにもかかわらず、誰もが
(うんうん、ボクの魔法はちゃんと効いてるな。)
――こうして恵里達だけでなく他の面々が地球にいた時と
対象の意識を軽く散漫にさせる“呆散”を元にして作った恐怖やストレスを緩和させるオリジナル魔法“静心”を各休憩毎と寝る前に一回ずつ全員にかけており、その効果が強く出ていると恵里は考えている。前世? の記憶と経験もあってか術は上手くかかり、今のところは全員がストレスに苛まれている様子はない。
(でもこれはあくまで一時しのぎ……どこまで有効かはわからないしね)
とはいえこれはあくまで全員を一時的に落ち着けさせるための手段と恵里も割り切っている。何せこれを頼み込んだのは恵里、ハジメ、鈴を除いた友達全員なのだから。マトモに寝ることすら出来なかった彼らのため、仕方がないと考案してかけたのだ。『いつかこの苦しみを乗り越えるから』と誓ってくれた彼らを信じて。
「あー、これでもう終わりかぁ。マトモな飯はいつになるんだか」
思案している自分を抱き寄せてくれたハジメに甘えていた恵里であったが、軽く気落ちしながらボヤいた大介に軽くため息を吐きたくなった。誰もがあえて避けていたことをつぶやくものだからここにいたほとんどの人間からにらまれて思いっきり顔を青ざめさせており、流石にかわいそうだと思った恵里達は助け舟を出すことにした。
「まあまあ皆、落ち着いてってば……昨日言ったでしょ? それを何とかする方法がきっとある、って」
「ハジメくんが“前世”で生きてたのだって何かのカラクリがあるはずだからね。それもきっと錬成絡みのがね」
「しばらくはお肉だけになるかもしれないけれど、大丈夫だよ。恵里を信じてあげて」
ハジメがなだめるように言い、恵里がそれを補強する。それに続いて鈴が軽く冗談めかしながら言えば誰もが矛を収めてくれる。そして光輝が困ったような表情を浮かべると、この場にいる全員に向けて話を始める。
「……そうだな、三人の言う通りだ。ここであえて用意していた食料を全部食べたのも、単に空腹で動けないのを避けるだけじゃないだろ? 恵里の言うアテもあるんだし、もう檜山を責めるのはやめようか」
「ホント助かったぜぇ~。ハジメ、中村、谷口、天之河ぁ~」
光輝が音頭をとれば昨日のように誰もがボヤきながらもしょうがないなと流してくれた。大介はすぐさま涙を浮かべて感謝を述べてきた。だったら頼むから失言するなと思いながらも恵里は少し柔らかくなった黒パンを嚙み締める。
こうしてハジメ達と一緒に大迷宮を下っていた恵里であったが、三度目の休憩の際に恵里は自分の口から正体を明かした。もちろん初耳であったメルドは大いにいぶかしむも、他の事前に聞いていた皆は特に驚くことも疑うこともなく恵里を受け入れてくれた。そして黙っていたことを謝るも、女性陣にすぐ『大丈夫』と受け入れられ、それに続いて男性陣も、最後にメルドも勢いに流されてそういう奴だったのかと考えるようになった。
……実はその際、猫をかぶっていたこともバラしたのだが、全員に『知ってた』と返されて全身を真っ赤にしてぷるぷる震える羽目にも遭ってたりする。
(これからが本番だ)
残り少なくなったスープに浸した一口大の黒パンを噛みながら恵里は考える。前世? では目立たない少年であったはずのハジメが化物になったであろう原因のあの場所にこれから自分達は挑むのだ、と。
(ベヒモス以上の化物ばかりの場所でハジメくんは生き延びれた、となると錬成でしかたどり着けないエリクサーとかいろんな毒を消せる万能薬みたいなのが湧いてる泉にでもたどり着いたんだ。そうでなきゃ絶対に餓死するし)
そしてハジメがここを突破する際にネックになった食糧問題を解決するキーアイテムに関しても目途が立っていた。実は下のフロアに無害な食糧が自生している可能性が無い訳ではないが、その可能性は低いと恵里は見ていた。そうなれば魔物の肉でも食べるしかないが、食べたら確実に死ぬというのを浩介から聞いている――そこで恵里の脳裏にあることが浮かんだ。別に食べても死ななければ問題ない、と。きっと魔物の肉を食べた際の毒か何かを解毒する水を掘り当てたのだと考えたのである。
(だったら皆で掘り当ててさえしまえば問題ない……ハジメくんを絶対に化物になんてさせない。あの優しい陽だまりみたいなハジメくんに救われたんだ。絶対に失ってたまるもんか)
そしてまだ見ぬ相手に敵意をギラつかせながら恵里はパンを飲み込んでいく――その目は“化物”と蔑んだかつての少年のそれとよく似ていた。
エリリンのマッマが留まることが出来た要因はお察しの通り、パッパの存在がとてつもなく大きいです。もし今回の話の前にこの場にいなかったら……まぁ、うん。