あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を見てくださる皆様に感謝を。
おかげさまでUAも84688、お気に入り件数も654件、感想も200件(2022/2/21 17:59現在)に上りました。いつもいつもありがとうございます。相変わらずお気に入り件数の伸び方凄っ。毎回ビビりますわ。

そしてAitoyukiさん、トリプルxさん、コウモリさん、拙作を評価及び再評価していただき誠にありがとうございます。おかげさまでこうして高いモチベーションで執筆させていただいております。

今回のお話はグロ描写が出てくるのでご注意を。では本編をどうぞ。


三十二話 奈落の底で見つけたもの

「近藤、坂上、お前たちのオールの漕ぐ力にズレが出ているな。もう少し坂上が力を落として合わせるんだ」

 

「了解っす」

 

「あ、わかりました」

 

 メルドの指揮のもと、礼一と龍太郎は共に息を合わせて金属と岩石の混じったオールを漕ぎ、同じく金属と岩混じりのボートを進めていく。

 

 ――降りていく崖の途中にあった鉄砲水の如く吹き出す水を幾度も避けながら恵里達は下っていた。既に手持ちの魔力回復薬も食料も尽きてしまい、またこの崖がいつまで続くかもわからない。良くて餓死、最悪友人を食料とみなしての殺し合いに発展すると考えていた恵里であったが、ここで転機が訪れる。下っていた崖の壁に大きな横穴がせり出すようにしてあいていたのだ。

 

 そこで急遽スペースを作って話し合いをすることに。侵入するかどうかで当然揉めてしまったものの、恵里の一言でそれがピタリと止んだ。ハジメが本来辿ったであろう未来のことだ。

 

 自分が拉致されてからの教会の動きからして、本来ハジメはベヒモスのいた階層で何らかの形で奈落の底へと落ちたのではないかと語った。またあの横穴から侵入する際にも向かいにあった滝のような鉄砲水が横穴へと流れ込んできたことから、きっとそれに乗ってここに来たのではないかという推理を披露したのである。

 

 このまま下ってもいつ最下層に続くかわからないし、食料が尽きて食べられそうなものもない以上いずれ餓死しかねない。そこで全員は恵里の推測に乗って足場を作りつつ横穴へと侵入することになった。

 

 その穴から下へと降りていくと、そこは一面川となっており、どこかへと流れ込んでいる様子であった。岩がところどころ飛び出ているぐらいでまともな足場もなかったため、そこで急遽作業スペース用の空間を作ってからボートを作ることに。もちろん土系魔法とハジメの錬成による合作である。オールも適当に魔法で隆起させた岩を使って作成した。

 

 全員が乗れるぐらいものとなると大きさはもちろん重量も相当ではあったが、そこはチートスペックのメンバーの見せ場である。ハジメ以外の全員が筋力すらも強化されているため、メルドが音頭をとってハジメ以外の全員で運ぶこととなり、放り投げる形で川にボートを浮かべた。

 

 その後ボートが流されないようにメルドと浩介が“縛石”、光輝と香織、鈴が光のロープを作る魔法である“縛印”を詠唱し、予めボートのへりに作っておいたフックへと引っ掛けて流されないように食い止める。

 

 そして船が流されない事を確認してからハジメが真っ先に乗り込んで錬成でボートの損傷を修復し、その後全員で乗り込んで進むこととなったのである。

 

 オールをこの二人が使う経緯に関しては以下の通りだ。誰が使うかということを作っている最中に話し合い、『力のある二人がやればいい』という結論が出た。

 

 そこで龍太郎にまず白羽の矢が立ったのだが、そのもう一人の役目を光輝が立候補していた。が、メルドから『パーティーの中で一番強い光輝がオールを漕いでいたら、不測の事態に対応できん。別の奴に頼みたい』と言われ、そこでまだ余力があって暇を持て余しそうになっていた礼一が立候補することに。結果、時折メルドに注意をもらいながらこうして漕ぐこととなった。

 

「あ、こっから数メートル離れた右に岩あります。他障害物なし」

 

「よし、わかった。近藤は一旦ストップ、俺が声をかけるまで待機。坂上はすまんがしばらく漕いでくれ」

 

「わかりやした。頼むぜ龍太郎」

 

「了解しました。おう、任せろ礼一」

 

 ほどなくしてボートはトンネルへと入り、そこで船頭にいるよう命令された浩介は渡された緑光石をカンテラ代わりに掲げる。その光で周囲を照らしてもらい、こうして一同は水路を進んでいた。

 

「なあメルドさん、あれ……」

 

「あぁ、間違いないな――全員聞け。もう少ししたらこのトンネルを出る。襲撃に備えて近藤と坂上以外、総員戦闘態勢に移れ」

 

 隆起している岩を上手いことかわしながら進むことしばし。浩介がトンネルの奥を指差せば、そこから緑光石のものと思しきうすぼんやりとした光が漏れ出ていた。それを確認するとメルドはすぐさま号令を下し、全員も『了解』と返事をすると同時に武器を構える。

 

「よし近藤と坂上も漕ぐ手を止めろ! 総員構え、出るぞ!」

 

 そして礼一と龍太郎も立ち上がって各々構えを取る。そこからわずかに遅れて船はトンネルから抜けた。

 

 そこかしこに放たれる緑光石の光を浴びながら恵里達は周囲を見渡す。全員が入れるだけのスペースしかないボートにいるため、もし仮に奇襲を許してしまえばその先の想像は容易だ。

 

 しかもこの川の深さもオールを漕ぐことが出来る程度には深いことしかわからない。船を壊されてしまえばそのまま全員溺れ死んでもおかしくないのだ。だからこそ全員が目を皿のようにして辺りを見る。そして見つけてしまった。

 

「うっ――オェッ!!」

 

 まず先に気付いたのは雫であった。八重樫の裏を修めていることからある程度夜目も効くようになり、うっすらとはいえど周りに光源があることから見るのにさほど苦労しなかった。そして索敵も祖父から叩き込まれているため、敵がどこから来るかの想像も容易であった。そこで遠方に岸が見えたことからそこから来ると判断し――見てしまったのである。

 

「おい雫、どうし――うっ!!」

 

 そしてそれは浩介もであった。雫程ではないにせよ、夜間の訓練も受けているため夜目が効く。そのため雫が見た方向を彼も見てしまった。そして猛烈な吐き気に襲われてしまう。

 

「し、雫? 浩介も一体なに、が……ぁ」

 

 それにいぶかしんだ光輝は二人に声をかけるも、二人と同様にあるものを見つけてしまい、必死に吐き気を我慢するしか出来なかった。えづく様子の三人を見て一体何がと思った恵里は他の皆と一緒に周囲を見回し、それを見つけてしまう。死体であった。

 

「――ゲホッ! ぅ……ぉぇぇ」

 

「うぷ……うぇ……」

 

 彼らの視界に入ったのは見るも無残な様相になったものであった。既に体のほとんどは食い散らかされ、首といくつかの骨、そしてそれが身に着けていたであろう武具などの残骸と思しきものしか残っていない。その残り少ない肉片や頭には蛆とハエがたかり、砕かれた頭蓋からは()()()()()()

 

 人形のような冷たい美しさのあった相貌は落下の時に出来た傷や蛆などが食べた跡で正視に耐えない有様であり、空っぽになった眼窩は自分達の方を向いている。まるで自分達に呪詛をかけようと見つめてくるかのように。

 

「これは、ちょっと……」

 

「……俺も、キツいな」

 

 これには恵里もメルドも吐き気を我慢するのに必死であった。殺したばかりの死体や戦闘で損傷したゾンビならば経験と無関心故に恵里は特に気にもならないが、蛆やハエがたかるようなものに関しては経験が無かったため、嫌悪感で軽く戻しそうになっている。

 

 メルドも戦場で幾度も死体を目にしたことはあるが、ここまでひどいものは中々見る機会が無かった。故に胃にこみ上げてくるものを何とか我慢していた。

 

「――ぁ。アイツ、だ……やめろ、見るな……見るなみるな見るなみるなみるなみるなみるなみるなみるなみるなみるなぁっ!!!」

 

 川の流れで更に近づいたことで浩介はあることに気付いてしまう――その死体の正体が自分が殺した神の使徒であることに。空の瞳に見つめられ、錯乱した浩介は頭を抱えてその場でうずくまってしまう。

 

「違う、違う! 俺は悪くない、俺は間違ってなんていない!」

 

「大丈夫! 浩介君のやったことは間違ってないから! だから、だからお願い……」

 

「鷲三さんも霧乃さんも言ってただろ! お前のやったことは間違ってないって!! だから、だから気にしちゃダメだ! 気に、しないでくれ……」

 

 警戒態勢であることも忘れて悲痛な表情で彼の体を雫と光輝がさすり、大介達や幸利も『お前は悪くない』としきりに声をかける。それでもなお深い深い底へと沈み込んでいく彼の耳にここ最近聞きなれたフレーズが飛び込んできた。

 

「――“静心”!」

 

「……ぁ」

 

「……遅くなってごめん。とりあえず、落ち着いた?」

 

 吐き気をこらえながらようやく静心”の詠唱を終えた恵里は全員の顔を見渡すと、どうにか落ち着きを取り戻せたらしく錯乱した様子も吐き気を催している様子もない。

 

 ひとまずはこれでいいかとホッとした恵里であったが、その彼らの顔は一様に暗い。事あるごとに恵里に助けてもらい、こうして今も彼女の手助けが無ければきっとどうにもならなかったと痛感していたからだ。

 

 ここに来たのも自分の意思であったはずなのに無様を見せてしまっている。多感な年頃である彼らの心が更にぐちゃぐちゃになって卑屈になっていく。自分達はこんなにも弱かったのかと悔しさで涙を流す者もいた。

 

「……メルドさん、ここ以外の場所で降りませんか」

 

 そしてそれはハジメもまた例外でなく。下手をしたら自分達が辿るであろう未来を見て顔を青ざめさせていたものの、恵里のおかげでどうにか治まった。とはいえ恵里の力が無ければ立ち直る事も出来なかったかもしれないと内心へこんでいた。

 

 だが辛いのは皆同じだと考えたハジメは、せめて場所だけでも変えないかとメルドに尋ねたが、その提案は突き返されてしまう。

 

「いや、この川がどこまで続くかわからん。それにここから奥に通路が伸びていることを考えると逃す手はない……総員、準備に移れ! ここから上陸するぞ!」

 

 メルドもまた苦い顔をしながらもここから上陸すると全員に通達する。無論、顔を上げることの出来た面々からは信じられないものを見るような目を向けられたり、怒りの籠った眼差しを向けられるものの、彼は引かない。『恨むなら俺を恨め』とだけ言って上陸の準備をするメルドに倣い、全員も準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

「そっちには何かないかー?」

 

「今のところ何もありませーん。とりあえずこのまま作業に移りまーす」

 

 あの川岸から上陸した一同であったが、このまま魔物と出くわした場合、マトモに戦えないと判断したメルドによって一度近くの壁に穴を開けて退避した。

 

 そうして落ち着いた後、気分転換も兼ねて恵里がある事を提案し、全員で穴を掘ってあるものを探していた。魔物の肉の毒素を消せるであろう泉の類である。先の横穴に入るかどうかの話し合いの際に恵里はこのことも説得材料として話していたのだ。

 

 長いつき合いであった光輝達はともかくとして、大介達はいかに自分達に厄介になっているとはいえど疑いの目を向けてきた。これに関しては自分も大介達の立場なら何のためらいもなく疑っただろうと思い、それについては言及しなかった。

 

 とはいえこのままでは餓死するか魔物を食べて死ぬかしかないと伝えれば彼らも引き下がらざるを得ず、ハジメが『それが見つかったら一番先にご飯を譲ってあげるね』と言ってくれたことで彼らも溜飲を下げてくれた。上手く大介達の舵取りをやってくれたハジメに心の底から感謝を示しつつ、恵里もあまり得意でない土系魔法で壁を掘っていく。

 

「こっちで良かったのかな……やっぱり今からでも班を決めて分かれた方が……」

 

「ハジメ達が言っただろ。別れたら連絡のとりようがないってよ。とりあえずやるだけやろうぜ、香織」

 

 そんな中、なかなか目当てのものが出ず、空腹と焦りで不安になっている香織の隣で一緒に作業をしている龍太郎が彼女をなだめる。

 

 こうして壁を掘る作業を全員が了承した際、香織が述べた通り二手に分かれたらどうかと提案されたこともあった。だがそれはすぐにハジメとメルドに却下される。理由は今しがた龍太郎が述べたように連絡手段が無いことだ。

 

 気配感知を持っているメンバーには、今自分達がいる壁の近くを何匹もの魔物が徘徊していることという事がわかっていた。それを考えると穴をあけた状態でいるのは各個撃破される危険がある。最低でもベヒモスに匹敵する魔物がウヨウヨいると考えると、一人でも倒れたり行動に支障が出る怪我でもしてしまったらどうなるかわからないからだ。

 

 また、この壁と壁との間の間隔もまた相当遠いこともネックであった。何せあの上陸した場所から奥に伸びる通路の横幅でさえ二十メートルほどあったのだ。奥がもっと狭まっている可能性もあったが、その状況で敵と出くわせばどうなるかわかったものではない。

 

 故に分かれて行動するのではなく、こうして一緒に発掘作業をするという結論に至ったのである。

 

「ナナ、タエ、あった?……」

 

「ううん、見つかんないよぉ……」

 

「ホント、どこにあるんだろうねぇ~……」

 

 こうして全員で力を合わせて作業をしているものの、先程ノイントの死体を目撃してしまったことや、あるかどうかもわからない代物を探すのを続けたことで恵里、ハジメ、鈴を除いた面子の士気はそれほど高くはなかった。

 

 むしろ『魔物の肉を食べても回復魔法でひたすら治せばいいんじゃないか』とボヤく面々がチラホラ出ていることもあって低下の一途を辿っている。

 

(光輝君も回復魔法は一応使えるし、最悪鈴と香織、光輝君の三人で必死に治してもらえばどうにかなるんじゃないかなぁ……)

 

 その文言に恵里も思わず納得しかかっていたこともあって、彼女自身のモチベーションも引きずられる形で幾らか下がってしまっていた。しかしそれでどうにかならない可能性を考え、手を抜いたせいで友達やハジメが死ぬかもしれないと考えることでやる気を出して作業に移っている。だがそれが続いたのもつかの間であった。

 

「お腹、すいた……」

 

「もう無理、限界……」

 

 食事もせずにひたすら魔法を使い続けていたことからほとんどの人間から作業を続ける気力が失せてしまったのである。それはメルドも例外ではなく、『飲まず食わずの行軍は経験があるが、やはりキツいな……』とボヤいて手を地面についている始末。恵里も魔力より先に体力と気力が尽きてしまい、その場で横になるしかなかった。

 

「なぁハジメ、やっぱ無いんじゃねぇか? やっぱり光輝達に回復してもらって――」

 

「ううん、恵里の言った通りきっとあるはずだから。それにこうしていろんな鉱石を見るのが楽しいし、僕は探すよ――“錬成”」

 

 そんな中、幸利に声をかけられてもハジメはひたすらに作業を続けていた。彼曰く、ちょっと前に“鉱物系鑑定”という技能に目覚め、また錬成周りの適性が高いおかげか魔法陣も無しにちょっと詠唱するだけでその技能が使えるらしい。空腹であることにはあえいでいるものの、作業そのものに楽しみを見いだせたことからまだモチベーションが続いていたようだ。

 

(……やっぱりハジメくんは強いや)

 

 そんな彼の姿を見て恵里は思う。彼は本当に強い。だから彼の助力を受けた鈴に自分は負けたんだ、と。

 

 二回目のトータス会議で自分の魂がいじられていたことに気付いた時も、自分が攫われて頭をいじられた時も、こんな絶望的な状況の中でも目の前の少年は絶望に暮れることなく、どうにかしようと動き続けている。きっと自分と相対したあの化け物も兵器を手にしたからでなく、元々ここまで精神が強かったから自分は勝てなかったんだと恵里は実感する。

 

「全く、大の大人が先に休んでどうするんだ……よし、俺も作業を続けるぞ」

 

「……ハジメくん、鈴もやるよ」

 

「ありがとうメルドさん、鈴。メルドさんは先程まで作業していた場所で、鈴はそっちの方をお願いね」

 

 そんな彼の姿に触発されたのか、メルドと壁に背中を預けて休んでいた鈴が自分より先に作業を再開する。それを見てこんなところで寝てる訳にはいかない、と恵里もどうにか腕に力を込めて上半身を持ち上げようとした時、奇妙な光が空間に漏れ出た。

 

「何だろう、あれ……」

 

「奇麗……」

 

 突然目の前の壁が青白い光が漏れ出たのである。一体何だろうと思いながら恵里は這いずるようにして見える位置に行くと、その幻想的な光景に空腹も疲れも忘れて思わず見とれてしまう。

 

(きれい、だ……)

 

 直径はバスケットボール程だろうか。その鉱石は周りの石壁に同化するように埋まっており、下方へ向けて水を滴らせている。鉱石から水が出るというあり得ない現象も見せられたためかどこか神秘的なものを恵里は感じ、アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じの光に照らされた愛しの彼と鈴を見て惚けてしまっていた。

 

「見つ、けた……これが……これが――!」

 

 だからだろうか。ハジメが言ったことがどういうことか気づけなかったのは。その後すぐに彼がその湧き出ていた水にためらうことなく口をつけたことを理解するのに少し時間がかかったのは。

 

「……って、ハジメくんダメだってば!!」

 

「バッチい! バッチいよ!! 地面に垂れたのは汚いからペッしてペッ!」

 

 空腹故の奇行だと判断した恵里は鈴と一緒にハジメをすぐに地面から引き離す。するとハジメはごめんとつぶやきながらいつもの優しい笑顔を浮かべた。

 

「見つけたよ。恵里、鈴、みんな。きっとこれが探し求めてたものだ」

 

「見つけた、ってまさか――」

 

「ほ、本当なのハジメくん!?」

 

 恵里と鈴を優しく引き剥がすと、ハジメはあの幻想的な光を放つ石の周りに手を置いて『錬成』とささやくように詠唱する。鉱石の下半分がすっぽり覆われるくらいの大きさと深さのボウルが作られ、その中にあのアクアマリンのような輝きを放つ鉱石を入れた。

 

 そして“鉱物系鑑定”を詠唱してから数瞬、笑みを深めたハジメは今度は壁に手を当てて再度錬成をする。人差し指の第一関節辺りの大きさのコップのような入れ物を二つ作ると、ボウルの中に軽くたまった水をすくってそれを笑顔で二人に手渡した。

 

「飲んでみて。この水を飲んだら一瞬で疲れも飛んじゃったし、魔力も完全に回復したんだ。もしかするとこの水なら魔物肉を食べても解毒できるかもしれない」

 

 ハジメのその言葉に恵里も鈴も思わずつばを飲み込む。

 

 恵里としてはどこかの泉だと思い込んでいたのだが、こうして鉱物から割れ目も無しに間断なく水が流れ出るというあまりにも非現実的なものを見てその考えは消え去った。いくらファンタジーな世界といえど、こんな現実離れしたものがこの場所で二つも三つも転がっているはずがないと考えたからだ。それに何より愛するハジメの意見だ。そのハジメが言っているのだからまず間違いがあるはずがないと恵里は本気で思った。

 

「……いくよ、鈴」

 

「うん、わかったよ恵里」

 

 そこで意を決して二人は中身を煽った――途端、体に活力がみなぎってきた。飢餓感こそ満たされなかったものの、魔力も満ちあふれており、硬い壁に身を預けていたせいで感じていた痛みも完全に無くなったのである。

 

 まさかと思って鈴の方を見ようとすれば同じタイミングでこちらの方に顔を向けた。鈴もどうやら同じ体験をしたようである。

 

「これ、なら……すごいよハジメくん!! これならいける、きっといけるよ!!」

 

「うん! 恵里の言う通りだよ! こんなにすごいものはきっと幾つも無いと思う!! きっと正解だよ!」

 

「ありがとう二人とも――よし、皆! これからどうやって魔物を狩るか話、を……」

 

 そして恵里も鈴もハジメに抱き着き、口々にハジメをべた褒めすると、ハジメもはにかみながら二人の頭をなでた。これならきっと大丈夫、絶対にいけると確信し、先程からずっと静かだった光輝達と今後の相談をしようとして固まってしまった。

 

「ハジメが……ハジメが壊れた……」

 

「ハジメ君、恵里ちゃん、鈴ちゃん……なんで……どうしてなの……私達の、せい……?」

 

「戦闘は苦手だからって、直接戦えないからって必死になって頑張ってたから……私達が頑張らせてたからそのせいで……」

 

「私達が、私達が三人を壊したのよ……ずっと三人に重荷を背負わせてばかりだったから! ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

「俺が、俺があの三人を守れなかったばかりに……すまん、すまん……どう、どう詫びればいいんだ……」

 

 どいつもこいつも見事にお通夜ムードを漂わせていたからである。

 

 誰もが凄まじい罪悪感に囚われて、自分のせいで三人の精神が破綻してしまったのだと本気で自分自身を責め続けている。その様子を見た恵里達は何故こんなことになっているのか少しの間考え……そして自分達の行動を本気で後悔するのであった。

 

 

 

 

 

「あー、コホン!……これが目当ての水か。確かにこれほどのものなら出来そうだな」

 

 気恥ずかしさをごまかすように大きくせき払いをし、恵里達から目をそらしながらメルドはハジメが見つけた鉱石と水を評価する。

 

 ……光輝達が鬱々とした雰囲気を放っているのに気づき、それが自分達の行動のせいだと気づいた恵里達はしばし誤解を解くことに奔走した。思いっきり肩を揺さぶったり、鉱石からあふれる水をあの入れ物ですくって飲ませて効果を確認させるなどして全員をどうにか正気に戻したのである。

 

 そこまでは良かったものの、我に返った途端、自分達が早とちりしたことに気付いた光輝達は恥ずかしさで顔を伏せてしまった。今度は別の意味で全員が『死にたい』と涙目になりながらボヤくものだからなだめるのにも相当時間が経過してしまった。

 

「そうですね! これだったらきっと魔物の肉を食べても大丈夫のはずです!!」

 

「そうそう!! ありがとうハジメ君お手柄よ!!」

 

「……あー、うん。そうだね。ハジメくんすごい頑張ったからね……」

 

「あ、はい……その、ごめんなさい」

 

「あ、謝らなくていいんだよ? ハジメ君のおかげでもう大丈夫なのはわかったんだし……」

 

 そしてやっと話し合いが出来るようにはなった……なったのだが、誰も彼もがこっぱずかしさを隠すためか恵里達には目を合わせなかったり、やたらと反応が大袈裟だったりする。そのことに恵里達も気まずさを覚えながらもどうにか返事をしていく。

 

「しかし一体どんな代物だ、コレは? 神代の時代から存在している、と言われてもおかしくないような代物だが……」

 

「あっ、はい。僕の“鉱物系鑑定”で『神結晶』って出ました。なんか名前からしてすごい感じですし、魔力が結晶化したものみたい――」

 

 ハジメの一言にメルドは思いっきり目をひん剝いて金魚のように口をパクパクと何度も開ける。普段メルドが絶対やらないような表情を見て、誰もが首をかしげながらもこれってそんなにすごいものなのかとぼんやりとした感想を抱いた。

 

「そ、そういえば坊主……お前は座学も最低限のものしか出てないよな?」

 

「あー、はい。恵里と鈴と一緒に逐一監視されてましたからね。正直すごい回復薬なんだなー、ってぐらいしか」

 

 そのハジメに賛同するように他の面々も肯首していく……自分達の扱い故にきっとこの世界に興味を持つことがなかったんだろうな、と凄まじい後悔に襲われながらもメルドは口を開いた。

 

「いいか。これはな――」

 

 そうしてメルドが手を頭に当てながら全員に目の前の石と水がどれだけとんでもないものなのかを解説していく。

 

 曰く、神結晶とは、大地に流れる魔力が千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものとのこと。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出すらしい。

 

 その液体を“神水”と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。その名にあたわず飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られている……と、メルドは語った。

 

「――とまぁ、そんな伝説で語られるような代物だ。それなら解毒も可能だろう」

 

 そうメルドが満足そうな顔で語り終えると、誰もが一様にうなずいた。確かにそれなら食べたら死ぬような劇物を口にしたところで死ぬことは無いかもしれない、と。

 

 ただ、神水の凄さこそわかりはしたものの、恵里からすればエヒト=クソ野郎といった具合の認識でしかないため、エヒトが人々を癒したという言い伝えは『どうせ争いの種にでもしたんでしょ』とでも考えており、ハジメと鈴も同様だった。また光輝達も恵里に対する仕打ちのことを考えるとかなり懐疑的になっていたりする。もちろん誰も表には出さないようにしていたが。

 

「なら早速魔物を狩ろうぜ! もう、腹が減って仕方ねぇんだ……」

 

「だな! あの水で気力が保ってられる内によ! ハジメ達もそう思うだろ?」

 

 メルドの長い講釈が終わり、そこで大介が目をギラつかせながら魔物狩りを提案する。それに礼一達も乗っかり、口々に同意を求めてきた。

 

「あぁ。この神水のおかげで魔力も完全に回復しきったからな。手段さえ選ばなければやれるはずだ。いこう、皆!」

 

「そうだね。やっぱりお腹がすいてて、ちょっとしんどいし……」

 

「うんうん。土系の魔法やハジメくんの錬成で生き埋めにすればきっと大丈夫だね!」

 

 それに光輝もハジメも二つ返事で了承し、それで勢いづいたことで恵里や他の子供達もその提案に賛同していく。

 

「全く……浮かれるのはわかるが、こういう時こそ気を引き締める必要があるんだからな――中村、一度お前の魔法で全員を落ち着かせろ」

 

 だがメルドだけは空腹で胃がキリキリするのをこらえながら冷静に命令を下す。幾らかトーンを落としたメルドの声に背筋を軽く震わせた恵里は即座に詠唱に入り、ハジメ以外の子供達は水を差されたことで不満げな様子を隠そうともしなかった。

 

「――“静心”……はい、落ち着いた? ボクも確かに勝てると確信した時に思いっきり足元をすくわれたことが何度もあったからね。気を引き締めよう」

 

 その言葉に一度落ち着かされた大介達と優花らは心底ばつの悪そうな顔を浮かべて反省する。彼らの脳裏には転移させられた際の神殿騎士との戦闘がまだこびりついており、そのせいで死にかけたことを思い出して軽く体を震わせていた。

 

「……確かにそうだな。よし、皆。空腹で辛いだろうけれど作戦会議だ。確実に魔物を仕留める手段を考えよう」

 

 光輝も少し苦い顔を浮かべながらも全員に声をかけ、音頭をとっていく。空腹で頭が回らないながらもどうにか全員で話し合いをしていくのであった。

 

 ――自分達が真のオルクス大迷宮に迷い込んだことも、その恐ろしさも誰も知らぬまま。




実はもうちょっとシーンを追加してから投稿しようか迷いましたが、ここ最近割と暗いお話ばっかりだったので気持ち明るめの方がいいかなー、と思って投稿しました。
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