あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

62 / 208
まずは拙作を見てくださる皆様への感謝を述べさせていただきます。
おかげさまでUAも86224、お気に入り件数も655件、感想数も207件(2022/2/27 8:00現在)になりました。毎度毎度拙作をひいきにしてくださり、ありがとうございます。

それとAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき誠にありがとうございます。おかげでまたモチベーションを保つことが出来ました。いつも感謝しております。

タイトルから察せられる通り、鬱要素が入っております。また歴代最長(17000オーバー)になりました(白目) 上記の点に注意して本編をどうぞ。


三十三話 絶望で砕け、願いで心は新生する

 迷宮のとある場所に魔物の群れがいた。白い毛並みの狼のような骨格をしており、大型犬くらいの大きさで尻尾が二本持つ。また赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。仮にこの魔物を二尾狼と呼称する。

 

 この魔物は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず六頭の群れを形成していた。

 

 周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。

 

 しばらく彷徨いていた二尾狼達であったが、納得のいく狩場が見つかったのか其々四隅の岩陰に潜んだ。後は獲物が来るのを待つだけだ。その内の一頭が岩と壁の間に体を滑り込ませジッと気配を殺す。これからやって来るだろう獲物に舌舐りしていると、ふと違和感を覚えた。視界が段々と暗くなってきているのである。

 

 それを危険だと野生の本能で察した魔物達は顔を出すと、信じられない光景に体が固まってしまう。自分達の今いる通路の前後がせり上がって閉じようとしていたのだ。

 

 このようなことを起こせる相手を彼らは知らない。空中すら縦横無尽に駆け抜ける白いアレも、ここの階層の主もこんなことは出来はしないはず。故にパニックを起こしてしまい、そのまま突っ切ってしまえば出られた二尾狼達は閉じ込められてしまったのである。

 

 幸い閉じ込められた通路の中は緑光石のおかげで真っ暗ではなかったものの、彼らの身に起きた不幸はそれで終わりではなかった。頭上から岩がいくつも降り注いだのである。

 

 唸り声を上げながら岩を回避し、無理だったものはすぐに固有魔法である雷撃で迎え撃つ。尻尾を逆立てながら器用にかわしていき、群れの仲間が被害を受けることも厭わずに攻撃する。

 

 落ちてくる岩で頭蓋を割られたり、雷撃で感電したせいで岩をよけ損なったせいで死んだ同胞(間抜け)が二匹いたが構わない。全ては自分が生きるためだとどの個体も考えながら死の舞踏を踊る。

 

 岩が降り注いだのはほんの一分ほど。群れは四頭に減り、自由に動ける足場も大分減った。だがどれも油断はせず、今度は何が来るかと待ち構えていた……が、何も来なかった。

 

 一体どうした、と思っていると群れの一頭がキャインキャインとわめきながらその場から飛びのく――そこで他の二尾狼も見てしまった。今度は壁が迫ってきたのである。

 

 何度も続く非常事態に二尾狼達は大いに混乱してしまった。いきなり閉じ込められ、頭上から岩が降り、自分達の十八番である待ち伏せをしたら意味の分からないことが起きた。冷静になどなっていられなかった。だがそこで彼らはあることに気付く。ある壁の向こう側から何か音がすることに。

 

 ジッとして耳をすませればそれは聞こえてくる。自分達を嵌めたと思しき生き物(人間)の声が。それも焦燥に駆られているものが。

 

 そこで二尾狼達は決意する。あの壁を破壊して、向こうにいる幾つもの声の主を全部喰らってやる、と。半ば自棄になった狼達は再度尾を逆立てて雷撃を壁に叩き込んでいく。ビキビキと亀裂が入っていくと同時に、より鮮明に聞こえてきた無数の悲鳴に彼らは食欲を搔き立てられていた。

 

 

 

 

 

「クソっ! しぶとい!!」

 

「嘘、でしょ……」

 

「ひっ!? や、やだっ、やだぁぁあぁぁあ!!」

 

 鳴り響く稲妻の音と共に段々と壁に入っていく亀裂。その光景に恵里は思わず歯噛みし、他の面々はじわりじわりと死が迫っている事に絶望したり錯乱するばかりであった。おかしい。最善を尽くしたはずなのにどうして、と。頭が回らないなりに考えたはずなのにどうしてこうなった、と強い後悔に苛まれていた。

 

 恵里達が魔物を倒すために練った作戦は以下の通りだ。

 

 “気配感知”及び“特定感知”の使えるメンバーで魔物を探し、土系魔法が得意な浩介らと“錬成”の使えるハジメが魔物のいる通路の前後を封鎖。そして天井から岩を落として仕留め、ダメ押しでハジメの錬成で生き残りを生き埋めにするというものであった。

 

 そこで作戦がまとまり、偶然近くの通路を魔物の群れが通っていくのに“気配感知”を持った光輝らが気づいて急遽実行に移った。しかしここである問題が彼らを苦しめる事になった。空腹である。

 

 作戦前に奈々の水系魔法で出した水で全員お腹を満たし、その上で神水を全員が服用して臨んだ……が、結果はご覧の通り。壁に入れられた亀裂は段々と深く、しかもそこかしこに入っていっている。いつ壁が崩れてもおかしくない状況だ。

 

 いかに神水が魔力と疲れを完全に癒すといえども飢えまでは流石にどうにも出来ず、また腹を水で満たしても完全に飢えをごまかしきることは出来なかった。

 

 それ故に魔法をいつも通りの威力を出せるレベルで詠唱に集中出来るメンバーがハジメ、浩介、雫ぐらいしかおらず、他の面々も食事を手に入れるために必死になって詠唱はしたものの、一節二節抜けた状態が当たり前で本来の効果の半分も出ていたかどうかなレベルであった。きっとそれ故の失敗だろう、と。

 

「あぁもうっ! 皆、戦うよ!!――こちとら何度も何度も不意を突かれてるんだよ、この程度いつもの事だっ!!」

 

 だがそんな中、恵里はヒステリーを起こしながらも誰よりも早く立ち直って武器を構えた。ロクに働かない頭を危機感で無理矢理働かせて、四か所ある深い亀裂のどこから先に魔物が来るかを観察し、“気配感知”でわかる相手の位置と動きから割り出そうと必死に考える。

 

「中村の言う通りだ! お前達構えろ!! すぐに魔物は襲い掛かってくる! 死にたくなければ奴らを殺せ!! これは命令だ!!」

 

 そして怒号と変わらぬ勢いで出されたメルドの命令に全員がすぐに我に返って武器を構える。期間が短かったとはいえこうして軍人のようにシゴかれたことでどうにか立ち直れたのだ。すると光輝が聖剣をどうにか構えながら声を上げる。

 

「皆、俺が打って出る!――雫、龍太郎、浩介。援護を頼むぞ!」

 

「――わかったわ。絶対に光輝は死なせないから」

 

「ああ、こうなりゃ残った四匹全部叩き潰してやらぁ!!」

 

「こちとらもう殺しだって経験してんだ! やってやる、やってやるよ!」

 

 ロクに体に力が入らず、恐怖で体を震わせながらも光輝が叫ぶ。こうなったらもう出たとこ勝負しかない。名前を呼ばれた三人も空腹と未知の敵への恐れを押して前に出ていく。

 

「動ける前衛は光輝達と同様前に出ろ! 後衛組は今すぐ下がれ! そして隙を見て攻撃だ! いいな!?」

 

 武器を構えたはいいものの、逃げ場のないこの空間で敵に襲われる恐怖と焦りで他に何も考えられなくなってた面々に再度メルドの号令が飛ぶ。すぐさま大介、礼一、妙子がメルドと共に壁際まで走り、恵里達後衛組はすぐにもう一方の壁際まで下がった。

 

「――敵が最初に来るのは多分左から二番目のやつ! 魔法が使えるんだったら誰でもいいから詠唱して! それとハジメくん、神水も!!」

 

「うん、わかった!」

 

 そしてアタリをつけた恵里は全員に方角を指し示し、自分もハジメから人差し指大の容器に入れてもらった神水を一気に煽る。容器をハジメに返すと同時に、相手の意識を数瞬の間だけ飛ばす“堕識”の詠唱を開始する。空腹が集中を邪魔するも、それでも詠唱の手は止めない。ここで絶対に生き延びる。魔物を殺して逆に食べる、と意志でねじ伏せながら。

 

「よくやった中村!――谷口、白崎! そっちは他の奴らに任せて右の方に“光絶”を張れ! 来るぞ!!」

 

「「はい! 悪意を隔てるは一筋の光 守護の光をここに――“光絶”!」」

 

 恵里の報告を聞いたメルドも自身の勘と照らし合わせて合致すると判断し、他の亀裂からもすぐに魔物が来ることを考えて二人に命じる――二人が“光絶”を張ると同時に壁が崩れ、戦いの幕が開いた。

 

「グルゥア!」

 

 恵里の読み通り、左から二番目の亀裂が砕けて狼型の魔物が現れる。だが、既に恵里は布石を打ち終えていた。

 

「――“堕識”ぃ!」

 

 その瞬間、雫へと向かおうとしていた魔物の意識が飛んでしまった。駆け抜けようとしていた時に意識が飛んだせいで足がもつれ、そのまま地面へと倒れこんでしまう。恵里が作ってくれた大きな隙にすかさず雫が次の手を打つ。

 

「これでっ!!」

 

「グゥオァァァアァ!?」

 

 懐から取り出した直径二センチほどの串――ハジメがあの時浩介に渡したものの改良型を魔物の目に突き刺し、シャムシールに似た剣の石突で思いっきり叩いた。極限の集中でどこまでも正確に叩き込まれた一撃は脳天を容易く貫き、凄まじい痛みを魔物に与える。

 

「光輝、後はお願い!」

 

「流石だ雫! これで――っ!」

 

 雫が魔物から離れると同時に、光輝が渾身の力で魔物の首を刎ね飛ばす。土ぼこりにまみれた聖鎧が鮮血に染まってから数瞬、右の二つの亀裂が同時に砕け、二尾の狼が一緒に襲い掛かってきた。

 

「グゥオォォォ!!」

 

「ガルゥウウゥゥ!」

 

 爪の一振りと共にあっさりと砕かれる二枚の障壁。だがその程度は龍太郎達もわかっていた。

 

「そこぉっ!――龍太郎!」

 

「ナイスだ妙子! これで――」

 

 妙子の鞭がその内の一匹のマズルを捕え、一気にこちら側へと引き寄せる。龍太郎は妙子の動きに合わせて狼型の魔物の下あごにインパクトを叩き込む。

 

「くたばりやがれぇ!」

 

「死ねぇええぇ!!」

 

 龍太郎の一撃でミシリ、と音を立てると共に上へと跳ね上がり、ガラ空きになった腹目掛けて大介と礼一は自分の得物を差し込んだ。二人の一撃は皮膚を傷つけることすら出来なかったものの、筋肉以外に守るものがない内臓へのダメージは決して低くはなかった。

 

「今だ浩介!」

 

「おう! これで――」

 

 気配を絶っていた浩介が跳躍し、上へと打ち上げられた狼型の魔物の首を掴む。下あごへの一撃、内臓へのダメージで意識が飛ばされた魔物は取り付いた浩介を振り払うことも出来ずに落下していく。そのまま首の骨を折らんと浩介は魔物の首を地面へと向け、膝で喉を抑えた。

 

 ――彼らは油断していた。魔物が数を頼りの狼モドキでしかないと高を括って。これならいけると侮ってしまって。彼らは忘れていたのだ。この魔物が雷撃を使えることに。

 

「グォオオォォ!!」

 

「――うあぁあああああぁ!?」

 

 目の前の相手だけに意識が向いた浩介目掛けて雷霆が飛び、群れの仲間ごと彼の体を貫いた。

 

「――浩介君!?」

 

「しまっ――浩介ぇ!!」

 

 雷撃で体を焼かれ、首をへし折ろうとしていた魔物と共に浩介は地面に叩きつけられてバウンドする。幸い、作戦前に飲んでいた神水の効果が残っていたのか、どうにか一命をとりとめてはいたものの、この瞬間戦線が瓦解してしまう。

 

「――グォオォ!」

 

「うぎゃあぁああぁあ!?」

 

「だ、大介ぇ!」

 

 群れの仲間から雷撃を食らい、地面に叩きつけられていた狼も虫の息であったが生きていた。生存本能に突き動かされ、貪り喰らわんと大介の足へと嚙みつく。本来の力の一割も魔物は出せておらず、いつものようにかみ砕くことすら出来なかったが、やられた大介には関係なかった。既に死んだと思いこんだ敵の一撃がふくらはぎを防具ごと貫通し、悲痛な悲鳴を上げてその場に倒れこんでしまう。

 

「グォオォン!」

 

「やらせ――るかよぉ!!」

 

 そして大介が足を噛まれた直後、もう一頭が弱った大介を狙って喰らいつかんと襲い掛かる。だがその直前に龍太郎が間に入り、装備している籠手の衝撃波を出す能力で吹き飛ばそうとした――が、捉えられずに空を切り、魔物はそのまま龍太郎の左腿へと喰らいついた。

 

「ぐぅうぅぅ!!」

 

「龍太郎!――ぐあぁあああ!!」

 

「待ってて、今助け――ああぁぁあああっ!!」

 

「ま、待ってて龍太郎! い、今助け――ぁあがぁああぁああぁ!!」

 

「坂上ぃ!! テメェクソ野郎――いぎゃぁああぁぁあ!!」

 

 急ぎ龍太郎を助けようと駆け寄る光輝達だったが、この獲物を放すまいと放たれた四筋の電撃に体を貫かれ、その場に倒れこんでしまった。

 

「グルゥゥウゥゥ!!」

 

「ひっ!?」

 

 そして機を図るように最後の一匹も現れ、光輝達が意識を他の仲間に向けている間に入り込んだ。狙いは後ろにいた人間()。疲弊し、怯えを見せる人間どもがこの個体には美味そうに見えたのだ。

 

「やらせ――うぐぅあぁあぁあぁ!!」

 

 そこに割り込んできた邪魔者を蹴散らさんと二尾の狼はまたしても雷撃を放つ――後衛組を守らんと飛び込んだメルドは焼き焦がされてしまい、その場でけいれんを起こしながら倒れ込んだ。

 

「あ、あぁ……」

 

「く、来るなぁ……」

 

 光輝と同じぐらいに頼れるあのメルドが何も出来ずに倒された。その事実は子供達にとってはあまりに重く、捕食者ににらまれた途端に多くが腰を抜かし、少しでも遠ざかろうと後退りをする。しかし捕食者は一切油断せず、自分に立ち向かおうとしている奴へと再度雷撃を見舞う。

 

「――其は微睡(まどろみ)であり静寂 闇の(とばり)よ今一度落ちれ――っ!?」

 

「――“光絶”っ!」

 

 恵里は光輝達の援護のために再度“堕識”を詠唱していたが、自分達を狙って襲い掛かってきた狼型の魔物の方に急遽対象を変えて詠唱もギリギリで短縮して発動しようとした。だがそれでも間に合わないと判断した鈴は詠唱一切なしのイメージだけで“光絶”を発動し、その上で恵里へと向かってくる電撃の前に立った。

 

「あぁああぁぁああぁぁぁぁ!!!」

 

「鈴ちゃん!!」

 

「スズっ!!」

 

「鈴っ!!――あぁあぁぁああぁ“錬成”ぇええぇ!!」

 

 “光絶”は障子紙を破るようにあっさりと砕け、雷が鈴の体を焼いていく。その光景を見た香織と優花は悲痛な表情で彼女の名前を呼び、ハジメも怒りで顔をゆがめて即座に錬成で憎い相手を地の底に沈めようとする。だが、ハジメの渾身の一撃は即座に電撃を放つのを止めた魔物がひらりと回避して不発に終わる。

 

「――“堕識”ぃ!!!」

 

 だがおかげで時間が稼げた。恵里の方もようやく詠唱を終えて怒りのままに“堕識”を叩き込む。その途端、相対していた魔物はたたらを踏んでその場に倒れこみ、ハジメがずっと発動し続けていた錬成によって地面に全身が沈む。わずか数秒で魔物の姿は完全に消えてしまった。

 

「鈴! 鈴! しっかり、しっかりしてよ!! こんなとこで死なないでよ!!」

 

「お願い、お願いだから鈴! 目を、目を開けてよ!! 一緒に家に帰るんでしょ! 僕と一緒に幸せになるんでしょ!! 嘘にしないでよ!!」

 

 そして急ぎ倒れた鈴の下へと行き、彼女の手を握り、肩を揺らして涙目になりながらも恵里とハジメは必死に呼びかける。鈴が死んでしまったかもしれない、と二人は大いに錯乱し、もう周囲がどうなってるかももう眼中にない。ただただずっと一緒にいると約束した少女に声をかけ続けるだけであった。

 

「ぐぅううぅっ! クソ、がぁあぁあ!!!」

 

「ルォオオォン!!」

 

 一方、ずっと自分の腿を嚙み続けている魔物の頭を龍太郎はひたすら殴打し続けていたが、弱まるどころか段々とその力は強くなっている。このままだと左足を持っていかれる、とより必死になって殴り続けるも、事態は一向に好転しない。

 

「りゅう、たろう……くん?」

 

 魔物に追い立てられ、怯えて何も出来ないことに自己嫌悪と恐怖で心が折れてしまいそうになっていた香織。せめて何かできないかと心の支えになりそうなものを探した時、龍太郎が苦しんでいる様子が彼女の目に映る――それを見た途端に頭の中が沸騰したような心地となった。

 

「なん、で……どうして……?」

 

 二十階層で自分を守ってくれた彼が脂汗を流して苦しんでいる。

 

 空手の大会でも負けなしの彼が魔物に食われかけている。

 

 ずっと自分と一緒にいてくれた彼が大量の血を流してしまっている。

 

 それはどうして?――その理由がわかると同時に香織の頭から恐怖が抜け落ちた。

 

「……れろ」

 

 持っていた杖が軋む音が響く。だからどうした。そんなのは関係ない。香織はゆらりと立ち上がる。

 

「――タエっ! リュウ! コウキも、シズも、そんな……」

 

 優花が青ざめている。どうにかした方がいいかもしれないけれど、今はそれよりも先にやらなきゃいけないことがある。体を軽く前傾姿勢にし、眼前を見据える。

 

「どうすれば……ねぇカオ、どうし――」

 

 優花がこちらを見た途端に言葉が詰まった。理由は後で聞こう。今はただ――。

 

「龍太郎くんから……離れろぉぉおおぉぉぉおお!!!」

 

 割らんばかりの強さで地面を蹴って、龍太郎の元へと香織は駆けていく。

 

「もう、ダメか――うん?」

 

「ああああああぁぁあぁあぁああぁぁ!!!」

 

 そして龍太郎のところまで一メートルそこらのところで跳躍し、跳躍と同時に振りかぶった杖を一気に振り下ろした。

 

「――香織!? お、おい馬鹿っ! 今すぐ逃げろ!!」

 

「嫌! 絶対に嫌っ!! もう……もう龍太郎くんを苦しませたくないの!!」

 

 ロクに援護も出来ないまま自分はただ逃げ回っていただけなのに、彼は今も苦しみ続け、死にそうになっている。だから彼を助けるためにも自分が動くしかない。訓練でシゴかれながらもなお忌避していた暴力を香織は振るい続けた。

 

「グゥオォン!?……グルルルル」

 

「離れて! 離れて離れて離れて離れて離れて離れてよぉおぉおぉぉぉ!!」

 

 叫びながらひたすら何度も何度も魔物の背中を杖で殴りつけるが、最初の一撃以外は鬱陶しいとしか感じていない様子であった。それでもなお叩き続けるも、魔物が尾を逆立ててすぐ、発した電撃で体を焼かれてしまう。

 

「もう、死んで――ああああああぁぁあぁあぁああぁぁ!!」

 

「香織ぃいぃぃぃぃぃいぃい!!」

 

 もうあちらも余力は残っていないのか絶命するレベルではなかったものの、その一撃で意識を刈り取られた香織はそのまま地面に倒れこんでしまう。

 

「か、お……香織、まで……」

 

「白、崎も……」

 

 次々と友人が倒れていく様にショックを受ける優花達。頼れるメンバーはほとんどが倒れ、ハジメと恵里でさえも悲しみに暮れて戦えはしない。しかし相手はまだ二匹だけだが生きている。それも今の自分達であっても容易くひねり潰してしまう程の相手が。

 

「無理、なのか……」

 

「ごめん、みんな……私、戦えないよ」

 

 このまま自分達は終わってしまうのだろうか、と絶望に暮れる中、乾いた笑いを浮かべていた幸利がおもむろに立ち上がった。

 

「はは……ふざけんなよ。マジでよ」

 

「幸利……もう、皆は――」

 

「だからふざけんじゃねぇってんだ!!――まだ、まだ俺らがいるだろうが!」

 

 幸利が吼える。体を小刻みに震わせながらも必死になって前を見据えようとしている。

 

「あの水もまだ残ってるだろ! 光輝達はまだ生きてる。ならあの水を飲ませりゃどうにかなるだろうが!! ここで動かなきゃ友達が死ぬんだぞ! わかってんのかお前ら!!」

 

 その一言で優花達はハッとする。そうだ。ここで恐れてたら皆が死ぬんだと。

 

 友達が理不尽に翻弄されるのが嫌で来たのに、友達が死ぬ目に遭わせたくないから来たというのに。それは、それだけは嫌だ。誰もがここに来た理由を思い出し、武器を握る手が強くなった。

 

「……ごめん幸利君。僕も、僕も行くから……」

 

「ボク、は……」

 

「お前らは神水だけ寄越して休んでろ!――まだ鈴の奴は生きてる! 胸がかすかに動いてんだろうが! 幼馴染のことぐらいちゃんと分かれ!!」

 

 そして自分も行こうとしたハジメを制し、迷いを見せていた恵里共々説教を飛ばす――よく鈴の胸元を見て、まだかすかに鼓動しているのがわかった途端、悲しみに染まっていた顔が二人一緒に安堵と喜びに変わった。魔法への対抗力と未だ残っていた神水の効能、狼の力が弱まってた事もあってか即死せずには済んでいたのだ。

 

「行くぞお前ら。俺らで勝つんだ!! あの魔物にテメェは食料だって思い知らせるんだよ!!」

 

 ハジメが投げて渡した試験管型の容器二つを後ろ手で受け取り、『端っこを脆くしているからそこを壊して!』と説明を受けた幸利は『ありがとよ』とだけ告げて恐怖を押しつぶすように駆け抜けていく。

 

「――そうね! もう自分にも……敵にも負けたくなんて、ない!!」

 

 優花も駆けていく。恐怖に打ち勝つために、ずっと扱っていた投げナイフを手にしながら。

 

「うん。幸利の言う通りだよ! 私だって、私だって!!」

 

 奈々も優花の後を追っていく。ただ後を追うのでなく、自分の意志で未来を掴むために。

 

「ハッ……幸利ならともかく、園部と宮崎にばっかいいカッコはさせらんねぇな!」

 

「おう! 俺らだってやれるのを見せてやろうぜ!!」

 

 自分達も香織のようにやられることを恐れながらも、それをごまかすように普段の軽口を言い合って信治と良樹も走っていく。

 

「ヤベぇ……もう、無理だ」

 

「諦めてんじゃねぇ!!」

 

 血が幾筋も川のように流れ、立っていることすら困難になった龍太郎はたたらを踏んで倒れそうになったが、その背中を幸利が支えた。

 

「ゆき、とし……」

 

「これで――よし。コイツを飲め! 神なんて大層な文字がついてんだから効かなきゃ詐欺だ!!」

 

 容器の端っこを指で挟んで砕き、少しあふれさせながらも中身を出すことが出来た幸利は、試験管型の容器を龍太郎の口に突っ込む。その瞬間、嚙まれている痛みこそ無くならなかったものの、血を失って朦朧とした頭がクリアになり、感覚のなくなってきた左腿も癒えていく。

 

「すまねぇ、助かった!!」

 

「礼を言うなら後にしろ! とりあえずこの犬っコロを倒すぞ!! 鼻狙え鼻!」

 

 礼を述べるとすぐに龍太郎は再度魔物を殴っていく。今度は幸利が言った通り鼻を狙えば苦しそうな悲鳴を上げ、これならいけると考えた時、馬鹿の一つ覚えのようにまたしても尾が逆立った。

 

「クソッ、結局こうなるのかよっ!! 逃げ――」

 

「グルル――キャイィイィン!?」

 

 幸利に退避を迫ろうとした時、どこからともなく迫ってきたナイフが狼の目を貫く。いかに屈強な魔物といえど目はやはり他の生物と同様に弱く、悲鳴を上げて口を放した。

 

「ごめんなさい! 私も戦うから!!」

 

「助かった、ぜ……優花!」

 

 激痛の原因が無くなり、左手で傷口を押さえながらも龍太郎は来てくれた優花に礼を述べる。

 

「痛ぇええええ!! もう無理だぁぁ! 誰か助けてくれぇえー!!」

 

 そして同じく死にかけの魔物に嚙みつかれている大介も涙を流しながら助けを請い続けていた。あまりの激痛に武器を落とし、その場でのたうち回るしか出来なかった彼の下にもようやく助けが来る。

 

「よくもまぁ人のダチを食おうとしてくれた、なぁ!!」

 

 魔物の眼球に刺突用短剣(スティレット)が刺さり、痛みのあまり衰弱していた魔物はそのまま絶命してしまう。

 

「こんの……おい良樹、宮崎も手伝ってくれ! これ無理! 開かない!!」

 

「お前よぉ、『大介、今助けてやるからな!』って啖呵切っといてこれかよ……」

 

「私達術師だし力あんまりないもんね……あ、檜山君。私達が魔物をどかしたらこれ飲んどいて。もう封は切ってあるから」

 

 地獄に仏、とばかりに声のする方を見ればそこに信治、良樹、奈々がいた。感激のあまり視界が更ににじむも、それをごまかすように大介は悪友二人に向けて悪態を吐く。

 

「遅ぇよ馬鹿……貸し一つだからな。それで許してやる」

 

「へいへい。次何かあったら奢ってやるさ……すまねぇ大介」

 

「おう、期待しとけよ……悪かった、根性なしでよ」

 

「うん、後でちゃんと返すから――はい」

 

 悪友が申し訳なさそうにしているのを見てばつが悪くなった大介は、奈々から受け取った試験管型の容器を煽った。みるみるうちに傷口は塞がっていき、一息吐くと同時に大介は疲れたような笑みを浮かべる。

 

「悪い……後、頼むな」

 

 先程まで朦朧としていた意識もハッキリしたが、ずっと襲っていた激痛のせいで立つことすらままならない大介がそうつぶやくと、三人は任せてくれと言わんばかりの表情でうなずき、すぐに近くにいた龍太郎達と合流する。

 

「ごめんね龍太郎っち! 待たせちゃって!」

 

「おう、俺らが来たからには大船に乗ったつもりで頼むぜ!」

 

「真打登場ってな! 坂上はそこで見てな!!」

 

 奈々、信治、良樹も来てくれた事で龍太郎も気が抜けてしまい、激痛をもう堪えられずにその場で尻餅をついてしまう。

 

「後、頼むぜ」

 

 その言葉に五人はうなずき、どうにか眼に刺さったナイフをとろうとのたうち回ってもがく狼型の魔物を見据える。

 

「私がもう片方の目も潰すわ! ナナとユキ、あとの二人も魔法か何か使って!」

 

「うん、わかった!」

 

「おう! 正直しんどいがやってやるよ!!」

 

「俺らはついでか園部ぇ!」

 

「だったら俺らが先に仕留めてやんよぉ!!」

 

 優花が指示を出すと同時に残りの四人もすぐさま行動に移った。

 

「流るる水よ 透明なる刃よ 鋭利なれ 無慈悲たれ 我が敵を貫け!――“流穿”!」

 

「炎よ纏え 汝の力となりて 暗闇を照らしたまえ!――“纏炎” いけ、優花!」

 

「ありがとユキ――はぁああぁっ!」

 

 奈々が必死になって詠唱した“流穿”が鼻の皮膚を切り裂き、幸利が投げナイフに炎の魔力を付与すると、優花は礼を述べると同時にそれを投擲。わずかな誤差すらなく、暴れもがく魔物のもう一つの目を貫き炙る。

 

「グオォォォオオォォン!?」

 

「くらいやがれ! ここに風撃を望む――“風球”!」

 

「こっちもオマケだ! ここに焼撃を望む――“炎球”!」

 

 信治と良樹は魔物の側面に回り込むと、あえて下級魔法を使う。玉の大きさは一センチ足らずだが、その代わりに速度は通常の五割増し。あえてそう調整した魔法は悶え狂う魔物の耳へと吸い込まれていく。

 

「――――――!!!」

 

 風の弾丸が鼓膜を突き破り、脳を破壊する。炎の礫が耳の中を焼き尽くしながら脳を燃やす――この二つが頭蓋の中で合わさり、爆発を起こす。それは眼球に刺さった優花のナイフすら吹き飛ばす程に。

 

「よっしゃぁあーーー!!」

 

「さっすが俺らーーーーー!!」

 

 浩介のダーティな戦法をパクった二人は見事魔物を仕留め、ハイタッチを決める。

 

「ホントにやったわね……やるじゃない」

 

「すごい……」

 

「はは……流石だよお前ら」

 

 目の前の魔物を全て倒した事で緊張が解け、戦っていた五人もその場にへたり込んでしまう。もう体に力は入らない。興奮と怒り、敵意で塗り潰していた恐怖を感じて体の震えが止まらなくなる。そうして乾いた笑いを幸利らが浮かべる中、もの凄い焦った様子でハジメと鈴を負ぶった恵里が崩れた壁の方へと向かっていく。

 

「おい、ハジメ。もう魔物は近くにいないんじゃ――」

 

「こっちに向かってくる気配があるんだ! もし塞いだ通路を破壊できるような奴だったら、今すぐこの穴を塞がないと皆が死ぬ!!」

 

「まだ余力があるなら手伝って! 正直猫の手でも借りたいぐらいだから!!」

 

 その一言に幸利らは凍りつく。未だ意識を手放していない龍太郎と大介もだ。残った気力をかき集め、全員で壁に開いた穴を埋めていく。かくして恵里達の初めての魔物狩りは絶望と隣り合わせのまま忙しなく終わるのであった。

 

 

 

 

 

「落ち着いた? 鈴」

 

「……もっと。もっとハジメくんと一緒にいたい。ダメ?」

 

「……うん、いいよ」

 

 そう言うと鈴はハジメの胸に自分の頭をまた預ける。そしてハジメもそんな鈴の頭を優しくなで、『大丈夫』、『僕らは生きてるよ』と幼子を落ち着かせるように耳元でささやき続ける。

 

「……香織。その、もういいだろ?」

 

 そしてハジメの隣にいた龍太郎は真っ正面から香織に抱き着かれていた。遠まわしにそろそろ離れてほしいと頼み込むも、香織は鼻をグスグスしながら何度も頭を振って一層強く抱きしめるばかり。触ってしまえば壊れてしまいそうな少女を前に、龍太郎はただ困惑するばかりだった。

 

「……龍太郎、今ぐらいは香織を甘やかさせてもいいんじゃないか」

 

「そうだね。本当に香織も辛かったみたいだし、嫌じゃないならやってあげたら?」

 

 すすり泣く雫を抱きしめていた光輝に続き、恵里も作業の手を止めずに説得すれば、観念したように龍太郎が大きくため息を吐く。どうやらやっと諦めがついたらしく、『好きにしろよ』とだけつぶやいたのが恵里の耳に入った。

 

「……色々と助かったぞ、中村」

 

「別に。体を動かしてると少し気が紛れるし、こうしてご飯の用意をしてる時ぐらい皆には休んでてほしいだけだから。特に頑張ってくれたハジメくんと体張ってくれた鈴にはね」

 

 全員に神水を飲ませて傷を癒し、全員に向けて“静心”を詠唱した後、恵里はこうしてメルドと共に倒した狼型の魔物の解体作業を行っていた。ハジメが地面に埋めたのも含めて四頭分、ナイフで皮を剝いで内臓を抜き取り、食べれそうな肉を少しずつ切ったり()ぐなどしてハジメ謹製の器に一旦移していく。

 

 また、今は“火種”で起こした火の周りに何本か肉を刺した串を並べている。パチパチ、と音を立てて揺らめく炎に炙られて肉の焼ける匂いが辺りに立ち込めていく。ぐぅ、と誰かのお腹の虫が鳴るも、誰もが浮かない表情であった。

 

「……あんなことがあって私達死にかけたってのに、今はもう目の前の串が美味しそうに感じるなんてね」

 

 そう優花が自分の浅ましさをあざけったものの、誰も同意も否定もしない。その通りで何も言えないのか、それとも言う気力すらもう残っていないのか。恵里自身もまたそう思っているため、何も言わずにただ黙々と肉や食べれそうな内臓を次々と一口大の大きさにカットしては串に刺していく。せめて塩でもあれば、とないものねだりをしそうになるがそれも無視してただ作業を続けていく。

 

「……大介、焼けたみたいだぜ」

 

「悪い、いらねぇ……」

 

 焚火をながめるように調理の火を見つめていた浩介だったが、いい塩梅に焼けた串を一本拝借して大介のところへ持って行く。しかし大介はそっと手のひらを開けて突き出してしまう。いつになく落ち込んでいる様子を見た幸利と礼一は、無言で彼を心配そうに見つめるしかなかった。

 

「別にいいじゃねぇかよ大介。食えるもんは食っとこうぜ」

 

「そうそう。だったら俺らがお前の分まで食っちまうぞ。いいのかぁ~?」

 

 そこで信治が気にしないよう伝え、良樹が空元気を出しておどけるように言うも大介の顔は晴れない。そんな様子なせいで浩介から受け取った串も二人は手を付けることが出来なかった。

 

「だってよ……あんな、あんなみっともないところ見せちまったんだぜ? ハジメ達が行くんだから俺達も、って……そう息巻いといてこのザマじゃねぇか。何が神の使徒だよ。何が、何が……」

 

 段々と湿っていく大介の声にハジメも恵里も何も言えずにいた。

 

 今回はどうにか倒すことが出来た。けれども次は? 次は誰も欠けることなく勝つことが出来るのか? その不安がつきまとっていた。それ故に誰も何も言えない。今回がたまたま運が良かっただけでしかない、と言われても誰も反論出来なかったのだ。

 

「まったく。誰一人欠けるどころか誰も手足を失わずに済んでいる時点でお前達は十分立派だ。よくやったじゃないか」

 

 ――唯一、メルドを除いては。

 

「気持ちはわかるが、最初から全部ねだり過ぎだ。こうして生きて飯が食える。それの何が悪いんだ」

 

「でも……でも私達、死にかけたんですよ。友達のためについてきたはずなのに、今はもう後悔すら浮かんでて……結局どうすればよかったのか、わかんなくなって」

 

 暗に開き直るよう告げたメルドを誰もが恨めし気な目で見つめ、奈々がとりとめのない、しかし皆の本心を代弁していく。一瞬メルドも目を伏せるも、全員を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「そうか。ならどうして文句を言わないんだ? どうして坊主や中村、他の奴らと言い争いでもしない?――それが答えだ」

 

 そしてかけられた言葉に誰もがハッとする。ここに来ることを選択したことへの後悔も今の状況への怨嗟も確かにある。しかし同時に“友達と一緒に行きたい”という確かな思いがずっとあったことに改めて気付けたのだ。

 

「言ったはずだ。お前達は強い、ってな。自分の不甲斐なさを恥じ、悔しさを感じることが出来ているお前らは間違いなく強い。そういう人間はな、次に進めるんだ。俺やクゼリーの奴だってそうだったからな。間違ってないはずだ」

 

 メルドの言葉で心が少し軽くなる。自分達は間違ってなかった、と認めてもらえたことでほんの少しだけ前を向けた。そんな子供達に更にメルドは言葉をかけていく。

 

「それに……お前達には帰る場所があるだろ? ここで足踏みしてる場合じゃない。飯を食って、作戦を練って、次に進んでいかないと。な?」

 

 そうメルドが笑みを見せながら言った途端、子供達の頭の中に地球での思い出が浮かんでいく――とりとめのないことで一喜一憂していたことや、ささいなことで愚痴をこぼしたり、代わり映えのしない日々に退屈していたあの日々を。

 

「おとうさん……おかあさん……」

 

 誰かがつぶやいた。脳裏によぎった両親の記憶。鬱陶しかったり邪魔だと感じることもあったけれど、今となってはそれすらも愛おしく、家族がきっと自分を案じていたのだろうと素直に思えた。

 

「こんなとこじゃなくて、もっと明るくて、広くて……いつもの場所にいたい」

 

 誰かが言った。学校で気の置けない友人と駄弁ったり、ウィステリアで温かい料理を食べたり、誰かの家で遊んだりしていたあのまぶしい記憶が彼らの中で思い起こされていく。

 

「かえりたい……」

 

 誰かが願った。地球にいた頃の幾つもの思い出があふれ出ていく。その時は嫌だったり面倒でしかなかったものすら今となっては懐かしい記憶でしかない。

 

「おうち、かえりたい……」

 

「おやじとおふくろ、元気かな……」

 

「おいしいごはん、食べたいよ……」

 

 故に誰もが願い始める。郷愁が、もう一度あの日々に戻りたいという思いが、涙と共に口からあふれ出していく。それを誰も止めることはもう出来ない。

 

「そうだ。お前達は戻る場所がある!! 方法はわからんが、ここで死んだら手にすることすら出来なくなるぞ! そのために戦え! そのために食え!! 生きるんだ!!!」

 

 それをメルドは止めることなくむしろその思いに火をくべていく。ここで彼らが折れないように。もう一度立ち上がれるように。

 

「……帰ろう、皆。僕達の世界に。自分達の家に」

 

 ハジメがつぶやく。途方もない困難に向き合い、時には復讐心に囚われたものの、もう彼の意志は揺らいでいない。目の前の困難を打破し、偽りの神を倒して絶対に恵里と鈴、そしてここにいる全員と共に家に帰るという決意が改めて彼に根付いていた。

 

「そうだね。ボクをもてあそんでくれたあのクソ野郎に復讐して……それでウィステリアでさ、またご飯を食べようよ。家族の皆と一緒で」

 

 ほんの一瞬だけエヒトに対する強い憎しみを露わにした恵里であったが、それもすぐに霧散し、本心からの穏やかな笑みを見せながら噓偽りのない思いを皆に語り掛ける。

 

「そうだよ……鈴達を待ってくれてる家族のみんなにごめんなさいして、それからまた、いっぱい楽しいことをしようよ」

 

 鈴も続く。今でもここの魔物と戦うことへの恐怖はある。もしかすると無理かもしれないと思わない訳ではない。だが、望郷の念がそれを超えた。そしてこの世で最も信頼できる二人の言葉が彼女の背中を押した。だから立ち向かう決意が出来た。そしてそれをこうして口に出来たのだ。

 

「……あぁ、ハジメ達の言う通りだ! 皆、帰ろう。地球へ、俺達の家へ!」

 

 光輝が顔を上げた。今回の戦いで無様を見せ、またしても自信を喪失していたが、けれども昔から信頼している三人の言葉が彼のひび割れた心に沁みた。皆と一緒に家に帰りたい。皆と、雫ともっと楽しい思い出を作りたい。その思いに突き動かされた光輝は今この場にいる全員の顔を見ながら言った。

 

「もう……そんな風に言われたら何も言えないわ――帰りましょう。皆で、絶対に」

 

 雫も目元をこすりながら答えた。あの時自分を救ってくれた王子様がこう言ってくれたのだ。なら自分も一緒に行く、と。ただのお姫様でいさせてくれた彼に報いる番だ、と。

 

「……ははっ。もう後をついて行かない、って決めてたのにな――やろうぜ皆。こんなところでくたばってたまるかよ」

 

 龍太郎も答えた。魔物と相対した時の恐怖を思い出して体がまた微かに震えたが、彼の瞳には決意がにじみ出ていた。

 

「うん、わかったよ。恵里ちゃんだけじゃなくて龍太郎くんも一緒だもの。もう、怖がってなんていられない。絶対、一緒に帰るんだから」

 

 香織が龍太郎に視線を向けながら答える。自分達が選んだ道が最善の道であると信じて。たとえそうでなかったとしても最高の道にしてみせると決意して。

 

「……ったく、ビビってた俺がダッセぇじゃねぇかよ――兄貴はやっぱ気に食わねぇけど、家には帰りたい。それで、ハジメ達とゲームしたり大介達とまた馬鹿がやりてぇ」

 

 狼型の魔物と戦っていた時の恐怖がぶり返すも、幸利はそれをねじ伏せようとしていた。光輝に負けてられないというライバル意識、楽しかった日々を取り戻さんという意志、そして皆と笑って過ごしたいという願いで恐怖に勝たんとしていた。

 

「……俺、幸せになっていいんだよな? この手が血まみれでも皆と笑って過ごしていいんだよな?――なら俺も! 俺も家に帰りたい! また皆と笑って過ごしたいんだ!! そのために……そのためだったら戦いだってなんだってやるさ!!」

 

 罪悪感に苛まれていた浩介も一歩踏み出す決意をする。どんな相手であれ人を殺した事実は消えない。けれどもそこから逃げずに立ち向かおうとしていた。

 

「……もうアンタ達。そんなこと言ってくれたら本気で帰りたくなってきちゃったじゃない。生きて、帰りましょ。こんなロクでもない世界から」

 

「優花……私も、私も戦うよ! 戦って帰ろう!!」

 

「うん! 私も帰りたいよ。だから、だから……」

 

 三人一緒になって壁に背を預けていた優花達も覚悟を決めた。ここで怯えていても何にもならない。なら皆で一緒に行けばきっと道が開けるかもしれないと考えたのだ。まだ恐怖は消えていないが、それでも望んだ未来を手にしたいと願って立ち向かおうと腹をくくった。

 

「ったくよぉ……そんなこと言われて、ここで逃げたら最高にダサいじゃねぇかよ!!」

 

「だよな……もう神様でも化け物でも来やがれってんだ!!」

 

「ああ! 俺らは無敵だって思い知らせてやろうじゃねぇかよ!!」

 

「今回だって勝てたんだしな! 次もその次もガンガン勝ってやろうぜぇ!!」

 

 そして意気消沈していた大介も立ち上がった。元悪党としてのプライドが、そして仲間を思う気持ちが恐怖に打ち勝った。礼一、信治、良樹も彼の調子が戻ったことでいつものノリを取り戻し、皆を口車に乗せていく。

 

「なら食うぞ! お前たちが元の世界に戻るためにも、まずは腹ごしらえといこうじゃないか!!」

 

 そしてメルドの言葉で皆の視線が一斉に火の側で焼いていた串に注がれ、誰もが腹の虫を鳴らして赤面する。

 

 調理の終わった串を恵里と優花が一本ずつ、ハジメと鈴が全員分の神水の入った試験管型の容器を二つずつ――飲み水代わりといざという時のものである――渡し終えるのを確認すると再度メルドが音頭を取った。

 

「量は少ないが、これで少しは腹が膨れるはずだ。まずはこうして飯にありつけたことに感謝しよう。では――」

 

 いただきます、と恵里達が手を合わせ、メルドも神への祈りを終えると全員でそれに喰らいつく。血抜きをすぐにやらずにしばらく放置していたり、獣臭さや筋張っている肉であることもあってか美味いとは到底言えないものだった。だがそれでも久しぶりにちゃんとした肉を食べれたことで、口々にまずいまずいと言いながらも全員の顔はほころんでいる。

 

 ……そうして水代わりに神水で肉を流し込み、串焼きを平らげて感想を言い合っていたが、突如全員の体に異変が起きた。

 

「――ぐっ!? が、アァアアアアァ!!!」

 

 全身を激しい痛みが襲ったのだ。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

「どう、して……!」

 

 神水ならば毒も消せるんじゃないのか、と誰もが思うも痛みは一向に消えない。自分を侵食していく何かとしか言えない耐え難い痛みに誰もが悶え、苦しんでいく。

 

「しん、すい……! みんな、しんすいをのんでっ!!」

 

 どうにか痛みを堪えていられた恵里が叫べば、全員が試験管型容器の端を歯で砕いて中身を飲み干す。すぐに神水が効果を発揮して痛みが引くものの、しばらくすると激痛がまた襲い掛かってきた。

 

「この……さぎじゃねぇか!!」

 

「なまえまけ、してる……!!」

 

「しょせん、でんせつか――うぐ、あがぁあぁぁああぁあ!!!」

 

 メルドでさえも悪態を吐かずにはいられない程の痛みに悶える中、全員の体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。

 

 しかし次の瞬間には、体内の神水が効果をあらわし体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復。神水の効果で気絶もできない。絶大な治癒能力がアダとなってしまっていた。だが――。

 

「しんで、たまるか――!」

 

 恵里は歯を食いしばり、地面に爪を立てて必死に痛みを堪えていた。この程度で死ねるか。あの化け物(ハジメ)が耐えられたものを自分達が耐えられないはずがないんだ、と死に物狂いになって耐え続ける。

 

「そう、だ――ぼくら、は、かえるんだ!!」

 

 ハジメが叫ぶ。崩壊と再生のループに耐えながらここにいる全員の耳に届くように、と力の限り声を出す。

 

「おとうさんに、おかあさんに、あわ、なきゃ――」

 

 鈴が食いしばりながらつぶやく。この激痛で狂ってしまわないよう、絶対に地球に帰るという思いを燃やし続ける。

 

「あ゛ぁ! おれだぢは、かえ゛るんだ!!」

 

 光輝が吼える。あの誓いを皆が忘れないように、支えになるようにと痛みを押して声を張り上げる。

 

 そうして全員が叫び、誓いを口に出して痛みを堪えている内に体に変化が現れ始めた。

 

 まず髪から色が抜け落ちてゆく。許容量を超えた痛みのせいか、それとも別の原因か、メルドも含めて全員の髪がどんどん白くなってゆく。

 

 次いで、筋肉や骨格が徐々に太くなり、体の内側に薄らと赤黒い線が幾本か浮き出始める。

 

 超回復という現象がある。筋トレなどにより断裂した筋肉が修復されるとき僅かに肥大して治るという現象だ。骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増すらしい。今、彼らの体に起こっている異常事態も同じである。

 

 魔物の肉は人間にとって猛毒だ。魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する魔物。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。この変質した魔力が詠唱も魔法陣も必要としない固有魔法を生み出しているとも考えられているが詳しくは分かっていない。

 

 とにかく、この変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。

 

 神水は凄まじい癒しの効果こそあったものの、魔物の魔力を中和するという効能まで備えている訳ではなかった。故に変質した魔力で崩れたら治す。崩れたら治す。それがひたすら繰り返されたのである。

 

 壊して、治して、壊して、治す。それを繰り返す毎に肉体が脈打ちながら変化していく。

 

 彼らの肉体の変化だけを見ればそれはただの恐怖劇でしかなかったかもしれない。だが生を、未来を掴まんとする彼らの目と叫びがその程度のものにはさせなかった。

 

 いうなればそれは再誕の儀式か、それとも悪魔との契約の一幕か。

 

 ただ一つ、言えるとすれば――彼らは今、未来を切り開く力の一端を手にしたということだ。




みんなのアイドル、二尾狼ちゃんが活躍しました(台無し)
でも一階層目の魔物とはいえ真のオルクス大迷宮にいる存在ですからね。これぐらいヤバくてもおかしくないはずなんです(本日の言い訳)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。