あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を読んでくださる皆様がたに盛大な感謝を。
おかげさまでUAも遂に100000を突破、お気に入り件数も701件、感想数も286件(2022/4/19 22:27現在)となりました。本当にありがとうございます。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき、誠にありがとうございます。Aitoyukiさんにとっては何気ないことなのでしょうが、それが作者の励みとなっております。本当にありがたいです。

そして今回また17000字超えました(白目) なので長くなっておりますのでご注意を。
では本編をどうぞ。


四十二話 欲望の果て(後編)

「ただいま、三人とも。こっちは順調だったよ」

 

 そう言いながら光輝は休憩中の恵里達に声をかけてきた。彼の言う通り、今回のご飯の調達は上手くいった様子で、ソリに山のように魔物の死骸を積み上げてきていた。

 

「お疲れ様ー。じゃあすぐご飯の支度するよ」

 

「雫も皆もお疲れ様ー。今回も大量だね。じゃあ早速調理方法考えよ。ハジメくん、恵里、優花」

 

「お疲れ様、皆――っとちょっと待ってね、鈴。はい浩介君、雫さん。試作品だけど刀が出来たよ」

 

 今回も無事帰ってきた面々に居残っていた恵里達は声をかけ、そしてハジメはそのついでにタウル鉱石製の試作品の刀を二人に手渡す。

 

 刀の鍛造方法は既に頭の中に入っており、基本的には『熱した鋼を叩いて伸ばし、それを折って幾重もの層にする』という工程であったため、それを錬成師風にアレンジする。

 

 錬成によって自在に金属の形を変えることが出来るため、これで幾度も重ねては伸ばし、その後形を整えて刃もまた錬成で磨き上げた。念のため適当な皮や内臓を相手に試し斬りもしたことで切れるのは保証済み。後は実戦を経由して幾度もフィードバックを重ねて改良を加えるだけの代物である。

 

「サンキューハジメ! マジで助かったよ!!」

 

「ありがとうハジメ君!! 支給されたこの剣だと刀と使い勝手が違うから使いこなせなかったのよ。助かったわ」

 

 渡された二人は喜びをあらわにし、何度も何度も頭を下げていた。それを見てハジメの手伝いをしていた恵里も鈴も誇らしげになり、また二人の力になれたことを純粋に喜んだ。

 

 なお遠回しに国の宝物庫の武器を貶されたメルドはちょっと凹んでいた。

 

「いいなぁ浩介も雫も……」

 

「幸利君、前に言ってたよね。自分も銃を使ってみたい、ってさ。それはもう少し後にしてほしいんだけど――こういうの、使ってみたくない?」

 

 武器を渡されてうらやましがる幸利を見てニヤニヤしながらハジメは彼にあるものを手渡した。すると幸利も玩具を買ってもらった子供のような顔でハジメの方を見てくる。

 

「おいハジメ、これパイルバンカーじゃねぇか!! しかも〇ルトみたいなリボルバー式のリロード! ほ、ホントにいいのか!?」

 

 そう。ハジメが幸利に手渡したのはグリップ付きの籠手型のパイルバンカーであった。

 

 杭の先端は尖らせてあり、杭そのものの長さは約六十センチ、太さは五センチほど。また籠手の端にはリボルバーのようなシリンダーと撃鉄が取り付けられ、グリップには引き金が付属している。“纏雷”によって電気を纏わせることでドンナーのように電磁加速し、威力を増幅させる仕掛けとなっている代物だ。

 

「うん。ドンナーを基にして作ったパイルバンカーだよ。杭自体は射出しないで端っこで引っ掛かけて止めるようにしてるけどね。だから杭がどこかに飛ばないようにある程度火薬の量は絞ってあるけど、十分な威力は出てるはずだよ。さっき試しに岩に打ち込んだらあっさり穴が開いたし」

 

「ありがとう! ありがとうハジメ!! 俺、これ大切にするよ!!」

 

 ハジメの説明を聞いて幸利はもらったパイルバンカーを抱きしめて喜色満面の様子で礼を述べてくれた。ハジメも思わず軽く顔を背けてありがとうと幸利に返した辺り、相当気恥ずかしかったのだろう。そんな彼を見て恵里と鈴はニコニコと笑った。

 

 こうして三人に渡された武器は階層を潜る毎に幾度もの調整と修理を繰り返し、少しずつ彼らにフィットした物へとハジメは仕上げていく。

 

 ……なお幸利がパイルバンカーにノリで氷を纏わせたせいで冷気に弱いタウル鉱石製のフレームにヒビが入って砕けそうになったり、“纏雷”した直後に炎を纏わせたせいで火薬が暴発してフレームがひしゃげたりしてハジメを本気でキレさせたこともあったが。泣きながら直すハジメを見て恵里も鈴もその犯人も思いっきり心を痛めていた。なおその分ハジメの技量は上がった。

 

「みんなー、今日もお疲れ様ー! ソーセージ、もし食べたい人はこっち来てー!」

 

 そして階層を更に五つ潜った辺りでハジメは食事の席であるものを提供してみることにした。前々から試作していたソーセージである。

 

 食べる人数は依然として多いものの、狩ってとってくる量も多いため、食べきれずに捨ててしまう事も少なくなかった。そのため食べきれなかった肉をどうにか有効利用出来ないかと考え、保存食としても使えるソーセージをハジメが思い付き、作ろうと提案したのである。

 

 つなぎになる卵白がないことからひたすら肉のタネをこね回し、煮沸消毒した魔物の小腸に同じく煮沸してある他の魔物の腸を絞り袋代わりにして慎重にタネを注ぎ、凧糸が無いためある程度の長さで熱した金属の棒を当てて癒着させ、一本一本一本分けて作ったものだ。

 

 今回は保存のために煮ただけのものと、それを更に焼いた二種類のものを用意していた。

 

「いや、えっと……アレ、腸を使ってるんだよな?」

 

「汚く、ない? 流石にそういうのはちょっと……」

 

 無論、その試作品の調理風景を誰もが目にしていたため、作成にかかわったハジメと恵里と鈴、トータスにも腸詰の文化があったことからそこまで抵抗が無かったメルドに、小腸の中を洗い流すのに付き合わされてしばらくの間軽くメンタルがやられてた奈々以外は難色を示していたが。だが既に試食を済ませていたメルドと奈々はニヤつきながら彼らに声をかけてきた。

 

「ふーん、そう? 私頑張ったんだけどなー。さっき食べさせてもらったのも美味しかったけど?」

 

「あぁ。こんな美味いものを遠慮するなんてな。だったらこれは俺達で独占するとしようか」

 

「そうだね。ま、すぐには受け入れられるとは思ってなかったし……はい、ハジメくん。あーん」

 

「あーん……うん、もう大丈夫だね。ボソボソしてないし、ちゃんとした仕上がりだ」

 

「いいの皆~? 急がないと今回の分、無くなっちゃうよ~?」

 

「きゅぅ~キュキュ!」

 

 端っこにかじりついて表情筋が緩む奈々。豪快にかじりついてこれまた豪快に笑うメルド。鈴にあーんされてパリッと美味しい音を響かせながら味の感想を言うハジメ。そして生唾を吞んだ彼らを見てニヤつきながら自分もソーセージを食べる恵里。そして誰にも構うことなく普通にソーセージを美味しそうに食べるイナバ。

 

「――悪い先生! 俺の分もくれ!!」

 

「俺もー!!」

 

「私もー!!」

 

 美味しそうな音と匂いにあっさり陥落。そして試作の段階から食べていた五人をうらやみながらも、それを避けていた自分達の間抜けさを恨みつつ、ソーセージの美味さに誰もが舌鼓を打つばかりであった。

 

 こうして色々ありながらも大迷宮攻略は続く。食事で士気が上がったせいか、階層も一日に二つ、早いときは三つを攻略出来るようになってきていた。

 

「はい、優花さんのナイフの改造終わったよ。これでチェーンが付いたからそれを経由して“纏雷”で感電させられるよ」

 

「ありがとハジメ。じゃあ今度さっそく使わせてもらうわ」

 

「おーい先生、俺用のダガー直すついでに調整してくれー。もうちょい刀身長くてデカくしてくんねぇー?」

 

「わかったよ、大介君。ちょっと待っててー……なんかもう別の武器になりかかってるね」

 

 そうして階層を潜っては、全員の戦い方に応じて使ってる武器の改造や新たな武器の製造などをハジメが考案して担うことに。そのハジメ自身もドンナーと各種手榴弾以外の攻撃手段として機関砲の作成に入ろうかとも考えていた。

 

「はい。今回の魔物の肉は脂肪分が多かったから煮込みとソテーにしてみたよ。あと大介君達のリクエストのステーキも焼いてみた」

 

「うおぉおぉぉ! マジか! 先生ありがとよ!!」

 

 そのかたわらで料理も調理班全員で考えながら色々と工夫を凝らしていく。今回手に入れた魔物の肉は脂肪分が多かったことから単に調理するだけでなく、フライパンに敷く油代わりに使えるのではないかと考えて色々とやってみたが結果はそこそこ良かった。

 

「脂も保存が効けばねぇ」

 

「ないものねだりしても仕方ないよ優花。ま、ちょくちょく出てくれる事を祈るしか無いんじゃない?」

 

 そうして片付けなどの際に奈々でも光輝でも誰でもいいから氷属性の魔法を使えればこの脂が保存できるのに、と思いながらもまた脂肪の多い魔物が出てくることを恵里達は祈った。

 

「天之河……いや、光輝。最近はお前の指揮も中々様になってきたな。よく頑張ってる。流石だ」

 

「メルドさん……ありがとうございます!!」

 

「それは光輝だけじゃない。他の皆もだ。例えば――」

 

 階層を降りる毎に繰り広げられる死闘。数の多さから勝ち星を拾うのは難しくはないものの、手を抜けばあっさり死ぬその厳しさ故に恵里達の技能も戦いのセンスも存分に磨かれていった。時折鬼教官な面が出てくるメルドから褒められたことで全員のやる気も上がり、戦いにも一層熱が入っていく。

 

「いやー、さっきの毒まみれの階層ヤバかったな」

 

「ホントホント。良樹と光輝が風の魔法で毒霧を吹っ飛ばしてくれなかったらと思うとゾッとするよな」

 

「いや、今回の俺の魔法での援護なんて微々たるものだよ。それよりも俺達の戦い方も色々模索した方がいいかもな……あのカエルの毒の(たん)も、大きな蛾の麻痺する鱗粉も、近づいて戦うにはちょっと厳しいものがあったし。今後は魔法主体の戦い方も、考えた方が――」

 

「はいご飯出来たよー。今日はカエルとモス〇みたいのだったけど、カエルはちょっと淡白な味だったから気持ち塩多めにして蒸してみたよ。それと〇スラは――」

 

 今回もまた倒した魔物についての談義をしていた一同の前に料理が並べられる。そうして出されたゲテモノ料理に顔を引きつらせながらも全員手を止めることなく食べ進めていく。狼、兎、熊にトカゲ、猫なんかも食べたせいか割と食材の見た目に関するハードルが幾らか下がっていたからだ。

 

「……………………虫さんおいしいね」

 

「…………そうね。カエルより美味しい、ってのは何か負けた気がするわ」

 

 現に今、モ〇ラみたいな見た目の魔物の方がカエル型のものよりも美味しいことにどこか納得がいかないながらもなんだかんだ楽しんでおり、女子~ズも自分の中の女子力が段々と死んでいっているのを感じながらも、箸が止まることはなかった。

 

「次は何が出てくるんだろうねぇ〜」

 

「出来れば虫以外がいいよね。あ、牛! 牛さんだったら牛肉食べれるよ!!」

 

 香織の言葉に皆がどっと笑い、むぅとふくれっ面になる香織を『いたらいいな』と軽く投げやり気味に龍太郎が言う。彼の言葉に一層不機嫌になった香織は無言で胸をポカポカ叩いてきたため、『悪かった悪かった』と言いながら彼女の白い髪を撫でていく。段々と叩く勢いも弱まり、ふくれっ面のままではあったが香織は龍太郎に抱きつくだけであった。

 

「でもまぁ虫はちょっとなぁ……やっぱり魚とか貝類いねぇか? 鮫いたんだし」

 

「テッポウウオだったらいるかもしれないな、幸利……よし、それじゃあ今日はもう休もう! お湯浴びのローテーションは――」

 

 そして一向は今日もまた体を洗い、床に就く……皆、ここでの生活に慣れてしまい、食事方面でも色々食べれるようになったせいか、段々と魔物を見る目が『滅茶苦茶危険かつ最初に食べる際に痛みが伴う“食べられる生き物”』へと変わりつつあることに誰も気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

「クソッ、大きい上に分裂まで――“天翔閃”!」

 

「あの木の奴もそうだけど、こっちも大概だな、っと――!」

 

 順調に歩を進めた恵里達一向。そうして次の階層を偵察していた先遣隊は今、密林のように木々が生い茂るもの凄く蒸し暑い階層で苦戦していた。

 

 陽の光も差し込まない洞窟の中に密林など不自然極まりなく、最初にこの階層を見た時は恵里達もあっけにとられる他なかった。

 

 しかしここで下手に気を緩ませてしまい、敵の攻撃に無防備になってしまうのは不味いということを何度も経験し、学習していたこともあってすぐに割り切って慎重に進んでいたはずであった。だがそんな時、巨大なムカデ型の魔物が木の上から降って来たのである。

 

「もう嫌ぁあぁあぁああぁ!! 来ないでぇえぇ!!」

 

「多いし気持ち悪いし汚いよぉ! もうやだぁーー!! ハジメくん助けてぇー!!」

 

 こうして現在先行隊のメンバーの大半でこの魔物に対処しているものの、単に大きいだけでなく体の節ごとに分離して襲い掛かってくるのである。香織と鈴が必死に“聖壁”を張りつつ“聖壁・散”を叩き込み、光輝は“天翔閃”で複数の節を切り飛ばし、龍太郎は派生技能の“部分強化”を使って手足を強化しつつ“空力”で鈴と香織の魔法を避けながら縦横無尽に駆け抜けてムカデの体を打ち抜いていく。

 

「恵里、“縛魂”は効かないの!?」

 

「効くことは効くけど一節しか一度に操れないよ!! あぁもうロクでもない――“隆槍”!!」

 

 一方、ハジメの方はロクに狙いを定めずにとりあえず光輝や龍太郎達に当たらないようドンナーを撃ってはリロードを繰り返している。

 

 恵里も一度に分裂した体を一つずつしか操れないことに苛立ちながらも、支配下にある体の部分を他の部分へとぶつけつつ、タールまみれの階層のようにここが燃えてしまわないよう適性のある火属性でなく使い慣れた土属性の中級魔法で何体も串刺しにしていく。

 

「あの木の魔物、厄介ね……!」

 

「根っこを槍に、ツルを鞭に、か! 隙ってもんがねぇよな!!」

 

 そして雫と浩介はムカデも時折相手にしながらも木の魔物――トレントのような敵を前に防戦していた。

 

 自分達がムカデと交戦していた時にあちらが仕掛けてきたため対処しているのだが、何せ浩介の言う通り相手の戦い方が実に厄介であったからだ。根っこが地面から槍(ぶすま)のように勢いよく無数に現れ、近づいて切り捨てようにも鞭のようにしなるツルを振り回してそれを中々許さない。

 

 そのため二人はうかつにトレントみたいな魔物に近寄れず、また地面からの攻撃が恵里達にも及びそうになったことがあったため、自分達にヘイトを向かせるべく連発できる初級魔法と時折中級魔法を交えながら相手に撃ちこんでいた。

 

 無論全てがツルに迎撃されるもそれで構わない。そうして自分達に気を引かせていた迫ってきた根っこを切り捨て、恵里達に攻撃が及ばないようにしていたのだ……だが、彼らはこれだけで終わることなど無かった。

 

「――“隆槍”、“光刃”!」

 

 光輝も恵里と同様に土属性の魔法でも攻めることにし、近くにいるものは“光刃”でリーチを伸ばした聖剣で切り捨て、ある程度遠くの方にいるムカデの体は“隆槍”で貫いていく。

 

「コイツもお前も、串刺しになりやがれぇー!!」

 

 そして龍太郎も勢い良く突き出た土の槍に合わせてムカデの体を蹴飛ばしたりして上手いこと息を合わせて対処していく。

 

「ハジメくん、どう?」

 

「恵里のアシストがあるからね! これぐらいやってのけるさ――“錬成”!」

 

 光輝と龍太郎が分裂したムカデの体の数を減らしてくれているおかげで幾らか余裕が出来た恵里とハジメは、一緒に地固めを行っていた。トレントモドキとハジメが呼称した木の魔物が地面の下から根を伸ばしてくるのなら、いっそ出来ないぐらいに固くしてしまえと二人とも考えたのである。

 

 そこで恵里は土属性の魔法で、ハジメは錬成で半径五メートル以内をガッチガチに固めたのだ。自分達後衛どころか光輝達もいる範囲は根っこが簡単に出られないようにしたことで全員に余裕が出てきた。

 

「鈴ちゃん、まだやれそう?」

 

「うん。まだいけるよ香織――じゃあ駄目押しの“聖壁・散”!」

 

 切り刻んだことでバリアに飛び散ったムカデの体液と臭いに少し慣れてしまった香織と鈴も、恵里とハジメのフォローに内心感謝しながら攻撃に専念する。雫と浩介も巻き込まないよう細心の注意を払いつつも、幾つもの光の刃を飛ばしてムカデを再度細切れにしていく。

 

「次からは刃付きのブーメランでもねだってみるか!」

 

「いいわね、それ! あったらこういうの、楽になりそう!!」

 

 そして浩介と雫の方も防戦一方から反撃に転じていた。迫りくる全てのツルの攻撃をハジメから改修してもらった刀で切り落としていく。また、自分達に向けられる根っこの槍の動きもパターンがわかって読めるようになり、迫ってきたものを避けては返す刀で切り捨てていた。

 

 これならいける、と確信した二人はそのまま相手を直接叩き切ろうとしたその時、木の魔物が頭をわっさわっさと振り出した。その際にそこそこの勢いで飛んできた果物を光輝、龍太郎、雫、浩介はかわすなり迎撃するなりして対処する。

 

「一体何の真似だ……?」

 

「わからねぇな……けど、中から何かが飛び出してくることはなさそうだ」

 

「とりま持ち帰ってみるか――さっきから刀とか地面から甘い香りがして食べたくなってきちまってさ」

 

「危険かもしれないわよ……? とりあえず幾つか持って帰ってみましょう!」

 

 そうしてムカデ型の魔物が全滅したことを確認した後、前衛組は幾つか果物を拾って恵里達と合流して説明をする。

 

 事情を理解したハジメも岩を固めて作ったケースを用意し、その中にサンプルとして五つの果物を中に入れ、幾らかのムカデ型の魔物の肉と一緒に持ち帰ることに……道中爆発物を扱うかのように慎重に拠点まで運ぶと、すぐさま検分が行われることになった。

 

「……何かしらね、コレ」

 

 食事に使うテーブルの一つに例のブツは置かれており、それを取り囲むように一同が見つめる中、ふと優花が甘い匂いに少し食欲をそそられながらも口を開いた。

 

「普通に考えれば毒入りだけどな……どうする?」

 

 少し前に作ったパイプ椅子に逆側に座りながら幸利がそう言うも、誰も“毒”そのものには警戒してはいなかった。その理由は前に毒の霧で覆われていた階層にいた虹色のカエルの肉を食べた際に得た技能である“毒耐性”があったからだ。

 

 この技能のおかげで階層に漂う薄い毒の霧も、カエルの吐く毒の(たん)も、大きな蛾のばら撒く麻痺する鱗粉も効かなくなった。なら相当毒が強くない限りはこの技能のおかげで死ぬことはないだろうし、香織と鈴がつい先日取得した派生技能の“浸透看破”で食べた相手が毒にかかっているかどうかも調べることが出来る。

 

 しかも状態異常を回復する中級回復魔法の“万天”も二人は使えるため、特にこれといった問題もない。せいぜいもの凄い厄介な寄生虫がいるかも、といった程度の懸念ぐらいしかなかったが、それも彼らは心配してなかった。

 

「ここに持ってくるまでの間、“気配感知”で周囲に敵がいないかを調べるついでにここに何かいないか調べてみたけど全然反応もなかったしね……あの鮫みたいに気配がない可能性もあるけれどね」

 

 そうハジメが付け加えるとこの場にいた全員がそれにうなずく。中には一切気配が見られなかったのだ。そこで試しに切ってみて中に何かいないか確認してみるも、みずみずしい断面と美味しそうな香りが広がったせいで余計に食欲が刺激されたぐらい。誰もが唾をのみながらどうしようと見つめていると、それをサッと大介が手に取った。

 

「あ、大介! 馬鹿、何やってんだよ!!」

 

「うるせー!! もう我慢なんて出来るか! 果物なんて見たの久しぶりだし、しかもう、ま――」

 

「ひ、檜山君! い、今すぐ診察するね! えっと、“浸透看破”!……あれ?」

 

 そして浩介の制止も聞かずにそれを口の中に放り込むと、シャリシャリと音を立てながら咀嚼していく。毒が含まれているかもしれないと急いで香織が彼に近づき、“浸透看破”を行使して診察するもこれといった異常は見当たらない。もしかして時間が経過して毒が回らないと無理なのか、と思っていると大介が動きを止めた。

 

「あぁもう大丈夫かよ大介! ったく、早く吐き出せ――」

 

「うまい」

 

 すぐさま浩介が近寄って大介の背を叩こうとするも、彼の発した一言に全員の動きが止まった。

 

「おい大介どう美味いのかそこんとこ詳しく」

 

「スイカみてーだ。スイカみてーだった」

 

 味の感想を漏らしながら再度手を伸ばそうとする大介を即座に浩介が羽交い締めにし、大介以外の全員が浩介のファインプレーによくやったと内心褒めちぎった。

 

「放せ、放しやがれ浩介ぇ! これは危険かもしれないから俺が責任をもって処理するつもりだったんだよ!! ほら、毒があるかもしれねぇしよ!!」

 

「いやいや大介、お前だけを危険な目に遭わせる訳にはいかないだろ? 俺達親友なんだしさ……? とりあえず、あと三十分。あと三十分ぐらいして毒が回ったかどうかを確認してからでもいいんじゃないか? なぁ?」

 

 浩介がゾッとするような笑みを浮かべれば、大介以外の全員もニタァとした笑みを浮かべながら浩介の言にうなずく。

 

「いやいやいや!? こ、コイツは“毒耐性”でも耐えきれないヤバい奴かもしれないし、犠牲になるのは俺だけで十分だって!!」

 

「大丈夫。大丈夫だよ檜山君。鈴と香織が解毒出来るから、交互にやれば毒なんて平気だよ」

 

 ニコニコとした笑みに戻った鈴がそう言うも、その背中から発せられる圧は尋常ではなかった。分けろ。さもなくば死なす、と言わんばかりに大介に圧をかけていく。

 

「うん。私と鈴ちゃんがいれば毒も簡単に解毒出来るし、それに経過観察も必要だよね……今のところ特に症状も出てないし、もう少し待って問題がなかったら私達も食べていいんじゃないかな? かな?」

 

「ヒィッ!?」

 

 香織の背中から見える般若の幻影に大介は怯え、思わず腰を抜かしたものの、浩介が羽交い締めにしてくれているおかげで尻をしたたかに打つことだけは避けられた。ただそれでも香織の放つおぞましいオーラに顔面蒼白になるしかなかった。

 

「まぁまぁ二人とも、落ち着きなよ。もしかすると檜山の奴も気が変わるかもしれないでしょ?――例えばさ、寝て目が覚めたら食に興味が無くなるとかさ」

 

「ぁ、ぃゃ、その……ちょ、ちょっと食欲も無くなってきたかなー、アハハ……」

 

 そして恵里の言葉に本気で恐怖した。コイツは最悪自分を操ろうとする気だ、と。しかもそれを他の皆がまぁまぁとなだめる程度で決して止めようとはしていない。それだけは流石に御免だ、と滝のような汗を流しながらそう答える。

 

「それならいいんだ、檜山。抜け駆けなんてよくないからな」

 

「おう。食い物の恨みってのはデカいからな――独り占めなんて出来ると思うなよ?」

 

「ありがとう大介君。独り占めする気だったら僕は一生君を恨みそうだったから……誰か一人だけ、ご飯の味がずーっと薄かったりしても仕方ないよね?」

 

「なぁ大介――幸せ、ってのはさ。シェアするともっと増えるぜ?」

 

「そうそう。いいものは皆で分け合うのが一番だろ? 幸利が実践してくれたじゃねぇかよ」

 

「ホントそうだぜー……今更抜け駆けなんてナシだぞ、オイ」

 

「大介君親切だもんなー。俺らの分もちゃんと残してくれるって信じてたぜー?……な?」

 

「やれやれお前ら、少しは落ち着け……まぁ俺も、独占する気だったんなら話は変わっていたけどな」

 

 光輝も、龍太郎も、ハジメも、幸利も、礼一も、信治も、良樹も、メルドも、笑顔を向けていたものの一切目は笑っていなかった。本気だった。本気の眼差しであった。それは優花達も同じでとてもとてもいい笑顔をこちらに向けていた。やはり目は笑っていなかった。

 

「……あ、はい。問題なかったら皆で、皆で食べましょう」

 

 敬語でそう返せば誰もが満足そうに深くうなずく……そうして三十分余りが経過し、それでも大介の体調に問題が無いことが判明した後、大介以外の全員が細かく切り分けた果実を口にする――途端、狂ったかのような笑いが拠点に響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 

 密林のような様相の階層にて、どこぞの錬成師の少年からトレントモドキと名付けられた木の魔物の一体は地面の養分を吸い上げて回復にいそしんでいた。本体そのものにはダメージこそ無かったものの、ツルを全て叩き切られ、根っこもかなりボロボロにされてしまったからだ。特に根っこが深刻であった。攻撃の手段に使うといえど、これが痛んでしまったらそこから腐敗しかねない。だからこそ地中深くに埋まった無事な根から水分と養分、そして魔力を吸い上げている。

 

 幸いにも自分が投げた果物が潰れて汁が出てたり、ここに住む巨大なムカデ型の魔物の体液が地面にしみこんでいるため、それを吸収出来れば都合がいい。叶うことならばバラバラになったムカデの遺体を地面の下に引きずり込んで養分にしたいところだったが、そうするにはあの硬い地面をどうにかしなければならない。流石にそこまでの気力はこの魔物には無かったため、諦めることにした。

 

 そうして回復に努めているとツルも段々と伸び始め、根っこもある程度修復されて根腐れの心配も無くなった。果実もまだ青いが実をつけてきたため、もう少ししたらあのムカデに投げて自身が食われないようにしようと考えていると、どこからか草をかき分けてくる足音が――二本足の生き物(まもの)がこちらに向かってきているのが見えた。

 

 まだツルは完全に再生しきっておらず、根を張った地面も全て柔らかくしていない。どうしようと考えていると、現れた奴らが奇妙な(こえ)を響かせてきた。

 

「――こせ」

 

 その音が何を意味しているのかはこの魔物にはわからなかった。だが、その響きがとてつもなく恐ろしいものであるということだけ、それだけはわかっていた。

 

「――んぶよこせ」

 

 とりあえず迎撃態勢を取ろうと身構えたその時、彼方からおぞましい音が響く。

 

「――ぜんぶ、全部寄越せぇええぇぇぇぇぇぇえぇぇ!!!」

 

 ――それが階層全てに響いた途端、ここは地獄となった。

 

 

 

 

 

「寄越せぇええ!! これは俺達のものだぁあぁあぁあ!!!」

 

 光輝が吼える。慎重で、誰であっても分け隔てなく手を伸ばす好青年はここにはいない。凄まじい気迫を伴った一匹の悪鬼が木の魔物へと切りかかっていく。

 

「全部、ぜんぶ出しなさい!! 命が惜しいんだったら今すぐ渡しなさい!!!」

 

 血走った目で雫が叫ぶ。可愛らしいものが大好きで、幼い頃からずっと愛している少年と一緒にいることが、彼と過ごす時間が最高の幸せだと感じている少女は既に死んだ。悪鬼と共に刀を振るう夜叉がそこにいるだけである。

 

「出せよ……全部出せよ……そこにあるのはわかってんだよぉおぉぉぉ!!!」

 

 赤い瞳を爛々(らんらん)と輝かせながら龍太郎だったのものが吼え猛る。直情傾向の気はまだ完全に直っていないものの、光輝を中心としたグループの中で時にブレーキをかけたりする男は、幼少から好意を抱き続けた少女に振り回されていた漢は今、地獄の鬼と化していた。

 

「ねぇ、なんで邪魔するのかな? かな?――私達の邪魔をするなら今すぐ死んでよ」

 

 おぞましい殺気にあてられ、命の危機を感じとって出てきたムカデ型の魔物に香織の残骸が冷たい視線を向ける。親友の恋愛話によく耳を傾けては黄色い声を上げ、愛しい人と過ごす時間に幸せを感じていた心優しい少女は今、般若となった。隣り合う鬼と共にいかに眼前の魔物を早く始末するかだけを考え、幾つもの光の刃を飛ばしていく。

 

「とりあえず死なない程度に痛めつければいいよね? そうしたらあの果物投げてきたし」

 

「そうだね。地面は僕がどうにかするからさ、鈴も恵里も思いっきりやっちゃってよ」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら小鬼と悪魔がさえずった。穏やかな気性ではあれど愛する人のために心を燃え上がらせる少女と、気も押しもあまり強くないものの他人を気遣える優しい少年と同じ姿をした何かが光の(つぶて)を飛ばし、地面に手を当てて紅の魔力を垂れ流していく。

 

「はいはいダメだよみんなぁ~。一匹は“縛魂”して連れて帰るんだから、根絶やしにだけはしないでねぇ~」

 

 “魔女”中村恵里はケタケタと嗤いながら暴れ狂う悪鬼羅刹をたしなめる。普段は抑えていた狂気も今この時だけは解き放ち、目的を果たすべく抵抗する木の魔物の一体へと歩を進めていく。

 

「オラオラぁ!! 落とせ落とせ落とせよぉ!!!」

 

 幽鬼が一匹暴れ狂っていた。自分の親友達に追いつき追い越したいと願い切磋琢磨する少年は欲望に身を焦がされて化生となり、何発も杭打ちをして木の魔物の体を揺らし続ける。

 

「ハハッ、どうしたどうしたその程度か!! それしきでは我が深淵には掠りすらせんぞ!! さぁ貴様の真なる深淵を見せてみよ!!!」

 

 深淵降り立つ。安らぎの檻にて眠りし深淵は今ここに戒めを振り解き、奈落の底にて顕現する。深淵の使者が齎すものもまた深淵也。

 

「ほらほら今すぐ落としなさいよ!! 落とさないんだったらぶっ殺すわよ!!!」

 

「アハハハ、ねぇあの果物を早くちょうだい? くれないんだったら――みーんな切り倒してあげる!!!」

 

「……ふふっ……ふふふっ……素敵ぃ……もっと、もっといい顔を見せて」

 

 亡者が(たか)る。中々素直になれず意地を張ったり変わり者の友人に振り回された園部優花、人懐っこく明るい少女である宮崎奈々、普段はおっとりとしてギャルっぽい言動ながらもそれなりに真面目であった菅原妙子という少女達は今、欲望の赴くままに動いていた。根付いた強欲が亡者達を駆り立てる。

 

「オラ寄越しやがれクソがぁあぁぁぁ!!!」

 

「ヒャッハー!! 新鮮な果実だぁ!!!」

 

「いいねぇ……流石先生の作ってくれた得物だぁ………何だって切れる気がするぜぇ!!!」

 

「いやー、生きててくれてありがとよ――おかげで俺らがいい思いが出来るからなぁ!!!」

 

 魑魅魍魎が跋扈する。一匹(大介)は風を纏わせた剣を振るい、一匹(礼一)は槍の穂先より生じる風の刃で切り払い、一匹(信治)は自慢の炎属性の魔法でなく渡された斧を木の魔物に打ち込み続け、一匹(良樹)は不可視の弾丸で魔物を砕いていた。

 

「その程度か? その程度で俺らを止められると思ったかぁー!!!」

 

 阿修羅が刃を振るっていた。騎士の中の騎士、王国騎士の象徴とも言われ、その地位と名誉を貶められてもなお他者を導いていたメルド・ロギンスもまた強欲に支配され、目的(果物拾い)のためにその剣を血と強欲で汚していく。

 

「とっととくたばれぇ!!」

 

 命が散る。

 

「拾え拾えー!! コイツは俺らのもんだぞー!!」

 

 鬨の声が轟く。

 

「あー、全部落とす前に死んだか。まぁいいか。後で回収だな」

 

 命が奪われていく。

 

「アッハハハ!! 家畜ゲットー!!」

 

 狂笑が響く。

 

「他にトレントモドキは――今倒したので最後なのか!?」

 

 命が消える。

 

「うへへ……この果物ぜーんぶ私達のものだーーーーーー!!!」

 

 狂喜に満ちた声が階層に響き渡る。

 

 ――あの果物が超欲しい。たったそれだけの理由で人はどこまでも愚かになれる。

 

 ――最近甘いの食べてないから食べたくて食べたくて仕方ない。ちょっとした欲望が人を狂わせる。

 

「よーし、それじゃあ帰ってパーティーだ!! 腹いっぱい食べるぞー!!」

 

『おー!!!』

 

 欲望を満たすためなら人はどこまでも残酷になれる。それを彼らはこの荒れ果てた場所で証明していた。

 

 

 

 

 

「……俺達、何やってたんだろうな」

 

 多数の戦果(果物)を抱え、トレントモドキの入った岩製の鉢植えを台車で押して気が狂ったかのように笑い声を上げながら帰ってきた一同。しばらくは生の果実を味わい、少し余裕が出たところで『塩をかけたりすると美味いかも』と誰からともなく言ったことで切り分けて調理するのを恵里達調理班に任せた後のことであった。

 

 果物を食べて上機嫌になり、ひと通り満足したことでふと冷静さを取り戻した光輝は、魔物相手とはいえ自分達が外道としか言えない行為を働いたことを思い出して凄まじい自己嫌悪に陥っていた。

 

「そう、よね……どっちが、どっちが魔物……いえ、化け物だったの?」

 

 体を震わせながら雫もつぶやく。今も頭にこびりつく熱狂と狂騒。それを思い出してしまったら怖くて涙が止まらなくなり、愛する光輝の手を力なく握りながらすすり泣いていた。

 

「だよな……ハハ。俺、こんなに自分が怖いって思ったことねぇよ……」

 

 龍太郎も顔を青ざめさせて先の行動を振り返る。怖かった。まるで自分が自分じゃなかったみたいで震えが止まらなかった。

 

「私も……こんな、こんな怖い人になるなんて思わなかった……!!」

 

 龍太郎の腕にすがりつきながら香織も怯えていた。暴力を振るわなければどうにもならない時だってあるというのをオルクス大迷宮に来てから嫌というほど痛感していたのに、それでも暴力を振るうのを彼女は未だ嫌悪していた。なのにあの冷たい感情が、燃え盛る狂喜が、自分の中から出てきたことが怖くて仕方が無かった。

 

「マジでどうにかしてたよな……あんなの、どう言い繕ったって悪党とか外道の類だろ」

 

 心の底から気落ちして存在感がいつになく露わになった浩介が嘆く。せいぜい魔物か人間かの違いだけで、自分達のやったことは物語の世界の悪党や外道のやってたことと大差がなかった、と。自分達はどこまでも汚れてしまっていたのだとただただ感じていた。

 

「私……あんな風に笑えたんだ。あんなおぞましいことを考えながら笑えたんだ……」

 

「だよな……闇落ち、ってこういうもんなのかもな」

 

 奈々はテーブルに突っ伏し、幸利もパイプ椅子の背もたれに体を預けながらぽつりとつぶやく。

 

 いくら魔物相手といえど、他の生物をなぶることに、追い詰めていくことに愉しさを覚えてしまっていた。その時の暗い喜びは今も脳裏に焼き付いて離れてくれない。

 

「やり過ぎ、だよね……」

 

 妙子もまた自身を軽蔑していた。魔物をなぶった時の高揚感は今も忘れられないしゾクゾクするが、よりによって動機が動機である。いくら何でもそれを考えると興奮や愉しみに身を任せることなんて出来なかった。

 

「……俺はもう、人の心が無くなったのかもしれんな。人を、お前達を導く資格すらも」

 

 メルドもまた苦悩していた。魔物を殺すこと自体は今もためらいはない。だが、一時の熱狂に呑まれて蛮行を働いたのは事実だ。今回()相手が魔物であったから良かったものの、もし自分達が向けた刃の先にいたのが人間であったら? いくらそれが悪党であっても同類に成り下がるだけでしかない。それが善良な人であったならば――それを考えてしまったらもう何の言い訳も出来なかった。

 

「こわいよ……こわいよハジメくん……すず、またあんなふうになっちゃうのかな……?」

 

 調理するハジメの背にしがみつきながら鈴はすすり泣く。現代の倫理観ではおぞましさしか感じられない行いを自分達がしてしまった。それが何よりも怖かった鈴は愛する(ハジメ)の温もりを求めてしまっていた。

 

「……しないようになろう、鈴。もう、もうあんなことを繰り返しちゃいけない」

 

「そう、よね……私達、本気でどうにかしてたもの。二度と、二度とこんな真似なんて……!」

 

 ショックのあまりペースこそ遅かったものの調理の最中であったハジメと優花も決意を固める。もう獣のそれへと堕ちてしまわないよう、と。自分達が“人”であるために。愛する人に、そして自分に言い聞かせながら。

 

「……なぁ、俺らそんな悪いことしたっけか?」

 

「いや別に。魔物から食い物ぶんどっただけじゃん。なんでこんなお通夜ムードなの?」

 

「それな。別に人間相手にやらなきゃよくね?」

 

「言えてるわー……なぁ先生、中村ー、園部ー。まだ出来上がんねぇのー?」

 

 一方、大介ら四馬鹿は微塵も懲りてなかった。むしろそこまで悪いことでもしたのかと大真面目に疑問符を浮かべ、しかも大介は自分が独占しそびれた分、一刻も早くあの果物を食べたいとばかりに恵里達に催促するぐらいであった。

 

「ハァ……今回は檜山達の言う通りだよ、皆。別に人を襲ったわけじゃないんだし。あ、皆。もうすぐカットした生の奴とちょっと焼き目をつけてみた奴が出来上がるから」

 

 そして恵里もまたケロッとしていた。とうの昔に人を襲った経験のある彼女からすれば、別にこれはテンションが上がり過ぎて恥ずかしいぐらいで大したものではない、むしろこうして罪悪感を覚える彼らのことを立派だと思いつつも軽く呆れているぐらいであった。

 

 そんな様子の五人を見てハジメ達は思わずズッコケそうになり、顔を思いっきり引きつらせながら恵里達を見ていた。

 

「……なぁ、恵里。それと大介、礼一、信治、良樹も。さっきの俺達のやらかしを考えるとふとした拍子に暴力を振るいかねないようになってしまってるかもしれないんだぞ。それが怖くないのか?」

 

「この程度で罪悪感を覚えてるんだからハジメくんも鈴も光輝君達も大丈夫だと思うけど? 本当にやる人間なんてこの程度シミュレーションぐらいにしか考えないよ」

 

「そうそう、中村の奴の言う通りだって。俺らはともかく光輝達は無いな。先生だったらなおさらだ。この程度でビビってる奴らが本当にそういう時にやれる訳ねぇっつーの」

 

 頭を手で抑えながらもそう問いかける光輝に恵里も大介もしれっとそう返すだけ。その言葉に彼らも腑に落ちていたようであったが、それでも何かを言おうと口をもごもごとさせている。そんな彼らを見て恵里も果物のカットする手を止め、軽くため息を吐いてから更に言葉をかけた。

 

「でも、でもさ、恵里……」

 

「“衣食足りて礼節を知る”って言うでしょ、ハジメくん。あんまり美味しくなかったご飯もここ最近は美味しいのが食べられるようになったんだし、それでちょっと外れやすくなってたタガが吹っ飛んだだけだって」

 

 そう言われてしまうとこれ以上どう返したものかとハジメ達は思い悩み、押し黙ってしまう。

 

 こうして反省して自分の行いを省みるのは立派だけれど、あまりに考えすぎである。だからこそこの程度で潰れないよう恵里は言ってやったのだ。それを理解できているのか誰も反論してこない。

 

「あー、確かにそれだな」

 

「だな。流石中村だわー。先生ガチ惚れさせた悪女だよ」

 

「相変わらず口も頭もスゲー回るよな。マジでそうにしか思えねーわ」

 

「頭の回る先生を普通に口で負かすもんな。いやー、中村さんパネェっす」

 

「……檜山、中野、斎藤。そっちの分はイナバのご飯にでもしようか?」

 

 そして大介らもどうして自分達があんな真似をしたのかについて理解を示した。が、礼一以外一言余計であったため、ひょいとカットしたものの一つをつまんでイナバの真上へと動かそうとしたところで大介達三人が無言で土下座したことで許してあげた。

 

「はい。それじゃあついでにもう少し余裕もつけよっか。はい、ハジメくんのもらうよ」

 

 あっ、と短く漏らすハジメに構わず皮むきも半端だった果物をくすね、手際よく包丁を使って皮をむいていき、手早く一口サイズにカットしたものを大皿に並べる。そして優花のもやろうとしたものの、『これぐらい自分でやるわよ』と返されたため、本人の意思を尊重して待ってあげた。

 

 その後優花の分もカットが終わり、恵里は細かくしてあった岩塩をパラパラと振りかけていき、それを終えるとすぐさまテーブルの上へと置いた。

 

「食わねぇんだったらもらうぞー。悪いけど先生相手でも容赦しねーから」

 

「――っておい良樹! 人の分をとるな!!」

 

「あぁっ!? ぼ、僕の分とらないでー!!」

 

 そうして良樹や大介達が我先にと手を出してきたため、ハジメ達も急いでカットした果物に手を付けていく。

 

「はい焼き目つけた奴。まだ一応あるから焦らなくっていいからね」

 

 そう言いながら恵里は生の奴を一つ口に含み、焼き目のついたものを一つだけフライパンに残して調理場へと戻っていく。そんな恵里を見て鈴も香織も雫も皆、ぷっと吹き出して笑ってしまう。

 

「……そうね。今はこっちを楽しもうかしら。ほら、鈴も香織も」

 

「そうだね。なーんか馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

 

「うん。そうだね。そうかも。恵里ちゃんの言うことも、檜山君の言うことも合ってる気がするから」

 

 そうして誰もが思い思いに出された果物に手をつけていき、陰鬱な空気はもう完全に霧散してしまった。

 

「あ、美味しい。塩のおかげで甘みが引き立ってるね」

 

「スイカに塩をかけると美味くなる、ってことだよねぇ~? 美味しいねぇ~みんな~」

 

「焼いたのは……まぁ悪くはないよな。香りは申し分ないし、出来ることなら――あー、いや、何でもない」

 

 岩塩のおかげで一層甘くなった果実を、焼いてみて一層香りが立った果実を食べながら各々が感想を言い合い、和やかな空気が生まれる。彼らの顔にはもう悲壮感は感じられない。もう彼らは同じ過ちを犯すことも、それに潰されることもないだろう。

 

「なぁ先生よぉ、あそこのフロアって木が生えてたし木の魔物もいたよな? 折角だしそれを何かに利用出来ねぇか?」

 

「うーん……確かに木があるなら木材が作れるけど、まず切り倒した木を乾燥させないといけないしなぁ……あれって確か何時間もかかったはず」

 

「あ、ハジメくん! 五右衛門風呂! 五右衛門風呂が出来るよ!! 木材をすのこにすれば直にお風呂に入れるから作ろうよ!!」

 

「え、ホントなの鈴!?――やりましょうハジメ君! これは必須事項よ!!」

 

「え、ホントなの!? やったー!! すぐ行こ! すぐ行こうよ!! お風呂、お風呂、“空力”なしのお風呂♪」

 

「おい香織、雫も落ち着けって!……あー、でも俺、切り倒すのと持ち運ぶのはともかくどっちもそこまで上手くやれる訳でもないぞ」

 

「いや、あくまで乾燥させるだけだから初級の魔法じゃないと木が燃えるよ龍太郎……なぁ皆、この乾燥の作業は皆でやらないか? あのトレント……じゃ伝わりづらいか。樹木みたいな魔物やあの巨大ムカデのように単に切ったりなんだりだとキリがないから魔法主体で連携を組んで戦う訓練をしてみたい。手始めにまずこの材木の乾燥を――」

 

「これ乾燥させる、って言ってたよな?……俺かぁ? 俺の出番ってか? いやー、モテる男ってのはツラいぜぇ~。ちょっと風を吹かせるだけの仕事で俺が必要なんてよぉ~」

 

「おいアホ良樹、乾かすんだったら俺も必要だろうが。まぁ、俺必要みたいだしさぁ、手伝ってやってもいいけどよ?」

 

「木か。木、だよな……なぁハジメ、お前は燻製のやり方は知ってるか? もし知ってるなら燻製器を是非とも作ってほしいんだが」

 

「え、燻製?……あ、そっか。確かにいぶさないと燻製は作れないもんな。なぁハジメ、出来るのか?」

 

「あ、うん。どっちも知ってます……あ、そういえば木材が作れるんならかまぼこ。かまぼこ作れるなぁ……」

 

「オイハジメそれマジなのか!? なぁ、今すぐあのタールばっかの階層に戻らねぇか? かまぼこ作ろうぜ!!」

 

「え、メルドさんもハジメ君も天才なの? ねぇ今すぐ班を二つに分けようよ!!」

 

「賛成賛成! どっちも食べたいし、お風呂も入りたいよぉ~」

 

「あーもうアンタ達! うるさいわね!! どっちでもいいから早く決めなさいよ!!」

 

 ……なお、どうしてここに潜ったかを忘れている気はするが、きっと問題はないだろう。

 

「あ、そうだ。木材づくりで乾燥をやるんだったらドライフルーツ作りもやらない? 長く保存できるし、楽しめるよ」

 

「ナイス中村ぁ!! 早速下に行こうぜ! もしかするとあの果物生やしてる木が復活してるかもしれねぇし、倒すついでに狩りに行こうぜ!!」

 

「キュー! キュキュキュー!!」

 

 ………………………………………………………………多分。




シリアスな空気が続いちゃってゴメーンね★(ミレディ並感)
ええ誰が何と言おうとシリアスですよ。たとえ「読者全員笑いのズンドコゲフンゲフン絶望のどん底に叩き込んでくれるわゲーッハッハッハ!!」と内心笑いながら執筆してましたがシリアスです!(集中線)

あ、あとまえがきで書き忘れてましたけど、あるシーンを読んでる時はジェットコースター☆LOVE(遊撃警艦パトベセルの劇中曲)を聴きながらがオススメです。シリアスな空気によく似合うよ!!(ニッコリ)

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