あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を見てくださる皆様に惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも92750、お気に入り件数も670件、しおりの数も279件、感想の数も246件(2022/3/26 6:15現在)になりました。誠にありがとうございます。いやー、ホントありがたいです。

そしてAitoyukiさん、カエルムさん、拙作を評価及び再評価していただき本当にありがとうございます。こうして面白いと評価してくださると作者としても励みになります。ありがたい限りです。

タイトル通り前後編のお話となっております。では本編をどうぞ。


三十八話 積み重ねたものの重み(前編)

「ん……痛た……やっぱりキツいなぁ」

 

 『爪熊の祟り事件』の後、この上ない興奮に思いっきり冷や水を浴びせられた恵里達はいつものように食器を片付け、お湯浴びを済ませてから何とも言えない心地で眠りについていた。

 

 そしてその翌日、メルドが起床の合図をするより早く目覚めた恵里は一度寝返りを打ち、浅い眠りのせいで少し頭痛がするのを堪えながら両手を地面について体を起こした。硬い床で寝るようになってから、目を覚ますと大体背中や尻を痛めていたため、ここ最近習慣づいた起き方である。

 

 流石に一週間もすれば慣れこそしたものの、辛いことには変わりがない。隣で鈴と一緒に腕枕をしてくれたハジメの寝顔を見ながら、何か方法がないものかと恵里は一人思案する。

 

(固くてもいいからベッドでもあればねぇ……いくらハジメくんでもちょっと無理があるかなぁ)

 

 ここ最近よくするようになったあくびを手を当ててしながら、どうしたものかと考えているとふとある考えが恵里の頭に浮かんだ。

 

(あ、そうだ。ずっと後回しにしてたけど、魔物の皮をなめして革にすればいいんだ。それを敷けば少しはマシになるだろうし)

 

 それはカーペットや敷物のように魔物の革を敷くことで少しでも痛みを和らげようというものであった。

 

 これまでは魔物の皮は放っておくとすぐ痛んで雑菌が湧いてしまうため、公衆衛生の概念を知っている恵里達からすればすぐにでも処分をしなければならないとわかっていた代物であった。

 

 メルドとしても地上の浅い階層で採れるものより遥かに上質な魔石であるならともかく、皮の方は次第に悪臭を放ってくる上にスペースをとることからすぐにでも捨てたいと思っていた。当時は全員がどうにかしたいと考えていたのだ。

 

 そのため食事を終えると“気配探知”で周囲に魔物がいないことを確認し、その後すぐに錬成などで壁に穴を開けて通路に捨てていたのである。幸いにも飢えた魔物が始末してくれるのか、翌日にはキレイさっぱり無くなっていることが多く、この習慣はすぐに根付くこととなった。

 

 また、なめしをする際に皮の汚れや肉片を取り除いたり、また石灰乳を使って繊維を柔らかくするなど工程が多いというのもあり、恵里の頭にはその選択肢が浮かんでこなかったのである。だが、こうしてこの階層にいる主要な魔物を撃破できるようになったことから余裕が出来、ようやくこの考えが浮かぶようになったのだ。

 

(よし、ご飯の時になったら相談しよう。少し、ハジメくんにも頑張ってもらうけど……ごめんね)

 

 ハジメに悪いとは思いながらも、これもハジメのためになると考えてそのちょっとした罪悪感を押し殺す。そうしてハジメの寝顔を飽きることなく見つめていたが、程なくしてメルドが目覚め、すぐさま全員が起こされることとなった。

 

 そうして今日も朝の食事のために全員で魔物を狩りに行き、それを終えるとすぐさま全員で調理に移る。爪熊を食べてステータスが上がったおかげか、昨日以前よりもスムーズに終わった。そのためいつもよりも早く切り上げて拠点に戻り、全員がそのことについて食事の席で話し合った。

 

「俺達の方も後は爪熊を実際に倒して、上に続く階段を見つけるだけになりました……その、メルドさん達の方はどうでした?」

 

「……いや、全然見つからん。前にそっちが言っていた階下へ続く方なら見つけたんだがな。神水の服用も許可した上でハジメが“錬成”で上への通路を作ると言ってやらせてみたが……途中でどうにもならなくなってな」

 

 光輝が代表して進捗を話し、恵里達の方はどうかと指揮を執っているメルドにあることを尋ねた。上へ続く階段を見かけたかどうかだ。

 

 現在のところ、光輝達の方は八割がた、恵里達の方は六割ほどマッピングを完了している。とはいっても各々の班が行ったことのある通路の壁に一、二メートル毎にそれぞれのチームの印を、分岐路のところにチームの印と日付を刻んでいるだけであったが。ただ、それでも立派な目印になるし、あくまで脱出のために階段を探しているだけなのでそこまで詳細な地図は不要であった。

 

 だが上へと昇る階段がない上に、ハジメがダンジョンにおける横紙破りである通路の作成をしようとしても途中で錬成の効果が出なくなったことでどうするべきかと彼らは思案していた。このまま探索を続けるか、ここに来る際に利用した川を伝って元来た道を辿って上へと向かうかどうかだ。

 

「安全を考えればすぐにでも引き返してしまうのが一番だろうがな……問題は上に戻ったとしても大迷宮の受付近辺にまだいるであろう見張りやホルアドの門をどうやって突破するかだ。仮に成功したとしてもすぐにハイリヒ王国の騎士団が派遣されて俺らがすり潰されるのが関の山だな」

 

「そうなると……やっぱりこの階層を下っていくのがいいかもしれません。あそこの川って割と流れが急ですし、僕が本来辿るはずの未来じゃそこから船を作って引き返すこともしなかったと思います。どこに繋がっているかわかりませんから」

 

 暗い未来を予想し、眉をひそめるメルドにハジメは自身の考えを臆することなく伝える。既にわかっていて覚悟していた恵里と鈴以外の皆は、顔を伏せて考え込んでいる様子であった。初めてここの魔物とエンカウントした時にいいようにされたことを思い出して、これより下の魔物相手に勝てるかどうか思案しているのだろう。

 

「……そうだな。わかった。もう何度かここの階層をマッピングしてみて、それでも上へと続く階段が無かったら改めて話そう。その時まで皆、考えておいてくれ」

 

 光輝の言葉に全員がうなずき、この話題はここで終わる。そこで奈々が二つのピッチャーを両手で持ってくると、全員のコップに水を注いでいく。その後妙子は今回も三十秒ほど“纏雷”を流した生き血の入ったコップも用意された。

 

「うぅ……もう血はやだよぉ……」

 

 ただ、その妙子自身は心底げんなりした様子でコップに注がれた赤い液体を眺めている。元々ホラー系が大の苦手であり、それを連想させる血もまたかつては苦手であった。

 

 ただ、異世界に来てから魔物を倒す訓練などを経たり実際に流血を見たりしたことで『生きていた生物から流れたのを確認したものだったらギリOK』となったのである。もしそうでなかったらあのじゃんけんの時、負けてもひたすらにゴネ倒したとは本人の弁だ。とはいえ、あくまで我慢できるだけで平気という訳ではないため、何度も何度も食事の都度に血を飲まされて精神が軽く参ってしまったのである。

 

「……妙子ちゃん、やっぱり私がやるよ?」

 

「うぅ……でも、それもそれで嫌ぁ~」

 

 そこで最後に残った者同士であった香織が助け舟を出したものの、それなりに真面目であった妙子は途中で投げ出して他の子に嫌な仕事を押し付けるのも嫌がった。八方塞がりである。

 

「うーん……ねぇ皆、何か良案はない? こう、タエのストレスを軽減できるようなもの、ないかしら?」

 

(うーん、やっぱりキツいか……ボクとしても毎食血を飲め、なんて言われても正直嫌だし。そうなると……アレか。うん、ちょっと順番は前後するけどいっか)

 

 昔からの親友が嫌悪感と責任感で板挟みになっているのをどうにかしたいと考えた優花が話を振ると、そこで過去にやったあることを思い出した恵里はそれを口に出すことにした。

 

「ねぇ優花、それじゃあアニマルセラピーなんてのはどう?」

 

 その言葉に優花と妙子だけでなく、この場にいた女子~ズ全員が食いついた。

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「そこっ!」

 

 光輝と雫の振るった刃に纏っていた不可視の刃――新たに手に入れた爪熊の固有魔法である“風爪”を伴った斬撃は、剣そのものの刃の入りは浅かったにもかかわらず、容易く二尾狼を両断する。相応の魔力、空腹感を伴うものの、その切れ味は実にすさまじい。

 

「はぁっ!!」

 

「やぁっ!!」

 

 優花の放った投げナイフも、妙子の振るった鞭の一撃も、“風爪”を纏わせた途端に全てを両断する一撃へと化ける。そうして頭を貫かれたものや、左肩にかけての袈裟懸けに二つに別れて動かなくなった二尾狼を見て優花らはこの技能の凄まじさを実感する。自分達一人でも十分ここの魔物を倒せるほどの強さを得たのだ、と。

 

「ホントに化け物染みてるなこの能力……まぁ、俺の場合はちと微妙か」

 

「そうは言うけどな龍太郎、お前の場合は打撃じゃ効かない相手への対抗策を手にしたと思えばいいんだよ……俺も鞭でも使ってみようかね、と」

 

 龍太郎は襲い掛かってきた二尾狼に向けて“風爪”を発動しながら手刀を振るい、上下真っ二つに切り裂いていた。が、彼的にはあまりしっくりこないらしい。やはり空手を長年修めたせいか、殴り合いの方が性に合うようになったのだろう。

 

 持ってた解体作業用のナイフに“風爪”を纏わせながら切ろうとして外した幸利は龍太郎に助言しつつも、何かいい武器でもないだろうかと考えながらボヤいた。

 

「いや、清水。鞭もちゃんと使い慣れないといたずらに周囲を傷つけるだけだぞ。菅原が器用にこなせるのは彼女の天職のおかげだ」

 

「……わかってますよ、そんなこと」

 

「使えるものが増えたからといってそれにこだわらなくていい。清水、お前は付与魔法だけでなく他にも魔法が使えるだろう? それを磨け。今持ってる手札を使いこなすんだ」

 

 そこでメルドからツッコミが入り、心底げんなりした様子で幸利もそれに返事をする。その後メルドが入れてきたフォローにそれもそうかと考えながら、幸利もはいと返事をし、他の皆同様倒した二尾狼の処理へと移った。

 

 そうして襲ってきた二尾狼を全部ソリに積み込み、周囲を歩くこと三十分ほど。あの後二度会敵した二尾狼の群れを持ってきたもう一つのソリに載せつつ、他に食料になる魔物を探すついでに恵里達はあるものを探して周囲を歩くが、それは中々見つからなかった。

 

「中々見つからないね」

 

「うん……別に妥協しても良かったんじゃない?」

 

「……まぁ確かにそれでもいいけどさ、犬より兎の方がマシじゃない?」

 

 見つからないと言いつつ、そのことに少し安心した様子の香織にこれまた本心でない言葉で答える奈々。そんな二人に対し目を皿のようにしながら恵里は蹴りウサギを探している。しかし中々見つからないためそろそろ拠点に戻ろうかと光輝とメルドは話をしていた。

 

 なお今回、ハジメと鈴、そして大介ら四人は()()()()で狩りを欠席しており、今回は恵里達も光輝らの班に加わっている。

 

「――よし、食料としては悪くない量だろう。じゃあこのまま帰るぞ」

 

「はぁ~い……」

 

 こうして恵里以外の全員が戻ることに承諾し、メルドが号令をかけたため、仕方なく恵里もそれに従うしかなかった。目的としていた蹴りウサギが何故か見つけられないことに対して少し不満ではあったものの、まぁ気長にやっていけばいいかと考えながら歩いていると、ふと恵里の視界にあるものが入った。

 

「……あはっ、見ぃ~つけた――じゃあ早速やるよ」

 

 自分達の拠点から百メートル程度離れた辺りの通路の片隅で、二尾狼の死体にがっついている白くて丸い生き物こと蹴りウサギをようやく見つけることが出来た。恵里は口角を上げながら早速行動に移ろうとする。

 

「……本当にやるのか? アレだぞ、蹴りウサギだぞ?」

 

「うん。だってあんなナリでも兎は兎でしょ? 大丈夫だよ。ボクの“縛魂”で絶対に皆を襲わせないから」

 

 龍太郎がそう言うとこの場にいた誰もがうなずいて返すも、恵里はさも当然のように尋ね返した。

 

 ――恵里が提案したのは『奈落の魔物を“縛魂”で支配下に置き、好きに触れ合わせる』というものであった。

 

 “アニマルセラピー”と聞いた当初は女子~ズ全員が期待に目を輝かせて恵里を見つめていたものの、その具体案を聞いて全員の表情が何とも言えないものに変わった。自分達を見るや否や襲い掛かってくる相手であり、今となっては食料扱いとなっている魔物をペットにする、というのは流石に抵抗というものがあった。これは鈴も同様で『うわぁ……』とうめき声を漏らしていた。

 

「……改めてやるとなると、やっぱり抵抗感あるわね」

 

「わ、私も……確かに一番マシだと思うけどぉ~……」

 

 その後恵里が『どうするの? 最悪非常食にすればいいだけだよ?』と選択を迫ったことで、地球で暮らしていた時とは全然違う日々でストレスが溜まっていたメルドを除く全員がそれを受け入れた……のだが、改めてやる算段となると気が引けたらしく、この場にいた優花も妙子も渋い表情を浮かべている。光輝らもまた微妙な表情で恵里を見ていたが、見つめられていた当の本人は特に意に介することもなく事前に話をしていた香織に頼み込んだ。

 

「はいはい。文句言いたいなら触った後でね。それじゃあ香織、お願い」

 

「……うん。蹴りウサギさんごめんね――“縛印”」

 

 軽い罪悪感に駆られながらも香織は“縛印”を発動し、もうすぐ二尾狼を食べ終えようとしていた蹴りウサギを拘束していく。

 

「キュ!?」

 

「ごめんね、ごめんね……」

 

(皮剥いだコイツの肉をカットするのとか割と平気でやるようになった癖によく言うよ、もう……まぁ、それよりも一仕事しないとねっ!)

 

 謝罪するようにつぶやく香織にどこか納得のいかないものを感じつつも、恵里は光の鎖が砕け散る前に目的を果たすべく全力で駆けていく。“縮地”はまだちゃんと練習していないため普通の全力ダッシュだ。

 

「キュ、キュー!!」

 

「はい逃がさないよぉー! “縛魂”!」

 

 しかし魔物肉を食べたことで上昇した身体能力は伊達ではなく、鎖が引きちぎられる前に蹴りウサギを射程内に捉え、すかさず“縛魂”を発動する。逃げる間もなく、蹴りウサギはあっさりと恵里の支配下に置かれることとなったのであった。

 

「よし!……あ、ちょっと見てくれが悪いね。はい、こっち向いて――」

 

 ようやく目的を果たせたことでグッとガッツポーズをし、すぐさま恵里は連れて帰ろうとするが、口元が血で汚れていたため一度洗ってからにしようと考えた。そこですぐに水属性及び風属性の初級魔法で汚れを洗い流して乾かしてやれば、完全にはとれてないまでも大分マシな見た目になった。

 

「なぁ恵里。確かに動物と一緒にいることで心が安らぐというのはよく聞くんだが、その……コイツを愛でろと?」

 

「うん。この大迷宮の中に普通の動物なんていないし、だったら捕まえるってなったらあの狼かこっち以外ないかなー、って。爪熊は論外だし」

 

 そして連れてきた蹴りウサギを見てメルドが怪訝な目でそう言ってくるも、恵里もちゃんと持論を展開していく。あの説得? の時以降信頼するようになったのか、こうした砕けた感じで話してもメルドからとがめられることはない。せいぜい他の皆がそれでいいのかと思う程度であった。

 

 そんなことは特に気にすることなく、一応“気配探知”で周囲に敵がいないことを確認してから恵里は指で蹴りウサギに女子~ズの方へ行くよう指示を出す。すると蹴りウサギはピョンピョンと愛らしく跳ねながらそちらへと向かっていった。

 

「これ、蹴りウサギなのよね……」

 

 そうして女子~ズの下へと来た蹴りウサギを見て優花は形容しがたい表情でつぶやく。何せ日頃から食べるために気を抜くことなく相対している奴が無防備でこちらの目の前にいるのである。いくら恵里の“縛魂”がかかって安全といえど、複雑なものを優花だけでなく他の面々も感じていた。

 

「そうだよね……ここまで来たら思いっきり蹴られてるよね、普通」

 

「うん……確かに可愛い、って思えなくはないけどぉ~……」

 

「大丈夫、ってわかっててもね……」

 

「う、うぅ……」

 

 奈々も妙子も及び腰で、香織も苦笑いを浮かべて遠目に見るばかり。雫だけは『ちょっと可愛い、かも……?』と心が揺れ動いているようだが、皆の様子を見て迷っている。先日ムッツリスケベ扱いされたこともあってか、親友らから変な風に見られるのを嫌がったが故のためらいであった。

 

「はいじゃあウサちゃ~ん、あっちのポニーテールの女の子のところに行こっかぁ~」

 

 だがそんな様子の雫を恵里は逃しはしなかった。ニヤリと口元を軽く吊り上げると、すぐさま蹴りウサギに雫の方へ行くよう指示を出した。

 

「え? えっ!? ちょ、ちょっと……」

 

「ふふ、雫はお気に召したみたいだからねぇ~。ちょっとサービスしてあげよっか……はいまずは小首をかしげてー、左後ろ足で頭をかるーくクシクシ」

 

「う、うぅ……う、ウサギさん……」

 

 そうやって地球の兎もやりそうな仕草をやってみせれば、雫は今にも手を伸ばしそうになり、体をぷるぷると震わせている。もう陥落寸前であった。相変わらず可愛いものにはチョロいと思いながらも、どうしようかと迷っている光輝含めた男子~ズを尻目に恵里は雫にトドメの一手を打つ。

 

「じゃあ仰向けになってお腹出そっかー……ふふっ、雫ぅ~。ウサギさんのお腹、触りたくなぁ~い?」

 

「あっ、あぁ……ぁっ――」

 

 葛藤に揺れる雫に声をかけ、そのまま彼女の手を引いて蹴りウサギの無防備なお腹に手を当てさせると、途端に彼女は無言になった。おそるおそるお腹を撫でれば『キュウ』と蹴りウサギも気持ちよさげに声を出す。それに触発された雫は段々と大胆に手を動かし始め、表情をほころばせていくと、にへら~とした顔を浮かべた雫はそのまま蹴りウサギのお腹に顔を埋めた。

 

「し、雫!?」

 

「し、雫ちゃん!? だ、大丈夫なの!?」

 

「ちょっと臭うわね。でも……えへへ」

 

 光輝の言葉にも香織の問いかけにも雫は答えない。ただ無言で全身の毛を撫でては頬ずりをし、獣臭さに一瞬顔をしかめつつもすぐさまだらしない顔を浮かべてもふもふを続ける。

 

「ふふ、雫は気に入ったみたいだねぇ~……ねぇ、どうする? 雫は飼いたい? そうすればいつでもこの触り心地を楽しめるよ?」

 

「飼うわ。飼いましょう。私が責任をもって育てるから。大丈夫、皆の説得も私がやるから」

 

 完全に堕ちた様子の雫を見てニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら恵里が問いかければ、すぐさま雫は顔を上げて蹴りウサギを飼うことを宣言する。しかも説得も込みで。よし! と深くガッツポーズを決めた恵里を見て誰もが『やっぱり新興宗教の教祖だコイツ……』と思った。思っただけで口にはしていないが。

 

「はい商談成立ぅ~。いやー、持つべきものは親友だね!」

 

「……なぁ、雫。本当にいいのか?」

 

 そんな心底イイ笑顔の恵里を見ながら光輝は自分の最愛の人に問いかける。こうして恵里の“縛魂”を見たことで余程のことがない限りは大丈夫だとは思えたものの、何となく聞きたくなってしまったのだ。本当にこれでいいのだろうか、と。するとまた締まりのない顔をしながら抱きしめて頬ずりをしていた雫がいきなり力説を始めた。

 

「ええ。だってこの子の毛、すっごいもふもふしてるもの!! お湯でいいから洗ってあげて、金属製でもいいからちゃんとブラシをかけてあげればこの子はもっと輝けるわ! それほどの逸材よ!!! こんな子が奈落の底で埋もれてるなんてとんでもない損失だわ!!」

 

「そ、そうか……よ、良かったな。うん……」

 

 想定の百倍以上の反応を返され、光輝だけでなく他の男共もたじろいでしまった。何せ雫の赤くなったお目々がとってもキラキラしていたのだから。その物凄いアピールに押され、女子~ズの方も迷いが生じ始めていた。

 

「え、えっと……そ、そんなこと言われたら気になるじゃないのシズ……」

 

「さ、触っちゃっていいのかな? い、嫌がられたりしない?」

 

「絶対大丈夫よ! この子はもう私達に心を開いているわ!! 嫌がるなんて絶対しないから皆も触ってあげて!!」

 

 嫌がらないのは別に心を開いた訳でなく操ったからなのだが、そのことは既に雫の頭からはすっぽ抜けているのだろう。ここ最近は落ち着いてきたはずの少女チックな言動をする雫の下へ香織らが行こうとすると、せき払いをしたメルドが苦言を呈してきた。

 

「あー、ゴホン……お前ら、とりあえずソイツが気に入ったということはわかった。十分にわかった。だがな、今はまだ俺達は拠点に戻った訳じゃない。いつ敵に襲われるかもわからん状況で大声を出してワーキャー言うのは後にしろ。最悪爪熊に見つかるぞ」

 

「――ぁ、はぃ……」

 

 青天井もいいところであった雫のテンションはこの言葉で一気に冷め、叱られた幼子のようにシュンとした様子でうなだれていた。他の女子~ズもその言葉でようやく自分達がまだ危険な場所にいることを思い出し、誰からともなく出た『帰ろっか』の一言で一行はそのまま拠点に戻ることにしたのであった。

 

「ただいまー……ハジメくん、鈴、あと檜山達もお疲れ様」

 

「あ、お帰り皆。それとちゃんと捕まえたみたいだね」

 

「おうお疲れー……マジで連れてきたんだな」

 

 あの後気分が思いっきり冷めたことから無言で帰路についた恵里達は、そのまま拠点の壁を土属性の魔法で空けてすぐに入ると、慣れた手つきで壁を簡単に埋める。そうするとあいさつもそこそこにハジメもまた自分の作業を一旦止めて壁の修復をやってくれた。

 

「お疲れ様、恵里も雫も……そんなに気に入ってる?」

 

「……うん。だってかわいいもの。鈴も触る?」

 

 道中ずっと蹴りウサギを抱えたままであった雫は、親友である鈴に触らせてあげようとそっと差し出す。恵里から大人しくしているよう指示された蹴りウサギは特に暴れることもなく、作業中であった鈴も白くてまん丸な毛玉に手を伸ばせば、わぁと一瞬で顔がほころんだ。

 

「すごい……もふもふしてる。もふもふしてて癒されるぅ~」

 

「うんうん大成功だね。んじゃ鈴、後で香織達にも貸してあげて」

 

「うん。もうちょっとだけ、後でね」

 

「はいはい――それでハジメくん、()()()の方はどうなの?」

 

 そう言いながら肉球に触ったり、全身の毛を撫でる鈴を横に恵里はハジメに声をかけると、ちょっと厳しい顔を一瞬浮かべながらも恵里にその()()の方について答えた。

 

「うん、とりあえず今は色々試しているところかな。新しく出てきた技能のおかげでなめしに使えるクロムや石灰とかの鉱物はある程度確保出来てるけど、結局知識は知識でしかないからね。裏打ち機でもあればいいんだけどその構造もよくわからないし……今地味にやってるとこ」

 

 そう。ハジメ達が拠点に残ってやっていたのは当初恵里が提案しようと考えていた“なめし”の作業であった。

 

 アニマルセラピーのことについて提案した後、恵里が本題であったこれについても話したのである。いつもは捨ててるこの皮を加工して敷物代わりにすれば多少は寝るのがマシになるんじゃないか、と。ハジメも鈴もそれに関して一応考えていたらしく、自分が提案するとすぐにそれに乗っかってくれたのだ。

 

 それが出た後、色々とゴタゴタがあったのだが、“あること”を条件に大介達をハジメが抱き込むことに成功したのである。それで現在は残った六人で新たにハジメが獲得した技能である“鉱物系探査”でなめし作業に必要なものを探してリュックに詰め、その後ハジメが鈴も含めて五人に作業手順を教えつつ、一緒に作業をしながら指導をするいう形で作業を進めていた。

 

「そっかぁ。お疲れ様、ハジメくん。いっぱい鉱石も探して色々教えてたんだし……ご飯の後、肩とか腰のマッサージしてあげる」

 

「ありがとう恵里。じゃあご飯の方お願い。僕達は臭いを落としに一度お湯浴びしてくるから……あ、それとやっと塩、手に入ったよ」

 

 塩。その単語を聞いた途端恵里の瞳から涙が流れる。やっとだ。やっと一切味付けのない調理方法から抜け出せる。そのことに心底歓喜した恵里はハジメの手を引いて皆に喧伝する。塩が、塩が手に入ったと。

 

 なめし作業に使うことからある程度の量を確保していたため、そこで食事に回せる塩も確保したことを伝えると全員が喜びに満ちた。なんだかんだ言って野趣が溢れるだけの味気のない食事は全員が嫌だったのである。喜びに満ちた顔をして騒ぎ立てるのを見ていた鈴と大介達は『あぁ、自分達もあんな顔してたなぁ』と感慨深そうな顔で見つめていた。

 

 その後、量が少ないとはいえ食事のために用意した岩塩を使い、久々に塩っ気のある食事を食べた全員が涙する。あぁ、塩って素晴らしい、と。ちゃんと味の変化があるって最高だ、と。そんなことを考えながら全員箸を進めていた。

 

「よし。じゃあハジメ、俺達にも教えてくれないか。すぐに狩りに行くわけでもないし、こういうのは分担した方がいいだろうからな」

 

「うん、わかったよ光輝君。じゃあこっち来て。今から手順について説明するね」

 

 そして食事の席でも話題となったなめし作業への参加。これがひとたび話題に上ると、誰もがそれに参加を口にし、“あるもの”を一刻も早く作りたいと願っていた。そこでハジメと鈴達もそれを承諾し、全員で後片付けを終えるとすぐさまレクチャーの時間に移ったのである。

 

 そうして実体験などを伴った説明会が始まり、誰もが意欲的な様子でそれに耳を傾けている。絶対に“アレ”を作って見せる、と意気込みながら。

 

 ……だが、彼らはまだ知らなかったのだ。この果てに待つ結末を。その先にある悲しみを。それを知らぬ彼らの目はとても輝いていた。




本日も懺悔のコーナー
はいまた長くなりそうになったので前後編です(白目)
ぶっちゃけこのまま書くと絶対二万字いくだろうなー、と思ったので分割しました。最優先は読者の方の読みやすさですので。続きは……月曜日辺りに挙げられたらいいなー、と考えております(やれるとは言ってない)
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