あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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拙作を見てくださる皆様がたにまずは惜しみない感謝を。
おかげさまでUAも98176、お気に入り件数も694件、しおりの数も287件、感想数も271件(2022/4/11 10:46現在)になりました。誠にありがとうございます。またお気に入り件数の伸びがエグくて怖いんですが(恐怖)

それとAitoyukiさん、sahalaさん、段ボールニシキさん、拙作を評価及び再評価していただき、誠にありがとうございます。こうして自分の書いた話を評価していただき、本当にありがとうございます。
正直低評価もらってもおかしくないなー、と思っていたのでこうして評価していただけるとありがたい限りです。

では話の舞台はまた恵里達奈落にいるメンバーの方に戻ります。また今回気持ち短めです。では本編をどうぞ。


四十話 暗闇の中、目覚める瞳

「……よし。これで全部終わったよ」

 

「ありがとハジメ。じゃあ先行して安全を確保する方、頼むわね」

 

「頼むぞハジメ。こっちは俺らが責任持って運ぶからそっちは頼んだ」

 

「先生、悪いけどよろしくなー」

 

 優花や幸利、大介ら家具の運搬を任されたメンバーからの声援を受けながらハジメは恵里達の下へと戻っていく。

 

「お待たせ。これでパーツ化が出来たし、持ち運びも少しは簡単になったはず。皆の負担も減ったと思うよ」

 

 そう。ハジメがやっていたのは皆が持ち運びやすくなるようベッドとソファーのフレームを簡易な構造に作り直し、パーツ化したのである。その分強度も使った時の快適さも幾らかダウンしてしまったものの、運びやすさを優先するということで全員から承諾はとっているため、ハジメの苦労が増えたという点以外に特に問題はなかった。

 

「相変わらずハジメくんは働きすぎだよ、もう……ボクもしっかり頑張るから、もうひと踏ん張りしようね」

 

 ひと仕事終えていい顔をしているハジメを見て、恵里を含めた先行する部隊に選ばれた皆が苦笑を浮かべる。そんな顔をされたら苦言を呈するのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまう。誰もが仕方ないなぁと思っていると、部隊のリーダーに選ばれた光輝が全員に向けて言葉をかけた。

 

「よし。じゃあ皆、少しでもハジメの負担を減らそうか。ハジメに頼りっぱなしじゃあ恰好つかないしな」

 

「これぐらいならまだ平気だってば……でも、ありがとう光輝君」

 

 そんな我らがリーダーの一言にハジメも頬をかきながら苦笑いを浮かべるも、それに感謝を示すと恵里達の笑みが普段のにこやかなものに変わった。ここに来てからずっとハジメは働きづめなのだ。だから少しぐらい役得があったっていい。そう考えながら恵里達は優花達に手を振って出発していった。

 

 そうして再び下の階層へと続く階段――階段というよりかは凸凹しているだけの坂道の方が近かったが――へと足を踏み入れると、まずは手筈通りに雫と浩介が先行していく。二人はこの時のためにハジメが用意したカンテラもどきをリュックから取り出し、周囲を照らす。

 

 カンテラ、とはいっても緑光石の塊に穴をあけてそこに太い針金で簡単な取っ手をつけただけのものであったが、実際に使うには特に不足はないものだ。照らされた視界に加え、“気配感知”及び“特定感知”をフルに活用しながら二人は慎重に先へと進んでいく。

 

 そして竿に括り付けた緑光石の塊を香織が持ち運びながら、恵里達も先行する二人の後を追っていく。

 

(今のところは一本道……挟撃の心配はなさそうだけれど――ッ)

 

 そうして先に道を進んでいた雫と浩介の目に飛び込んできたのは壁に張り付いた体長二メートル程の灰色のトカゲ。自分達が持っていたカンテラの光に気付いたのか、こちらに向けてきたそれの金の瞳が一瞬光を帯びる。同時に二人の体に異変が起きた。

 

「――体がっ!?」

 

「腕が石にっ!?――一旦退くわよ!!」

 

 途端、取っ手付きの緑光石を握っていた手ごと石化が始まり、持っていた緑光石もすぐにビキビキと音を立てながらその光を失っていく。猛烈に嫌な予感がした二人はまだ無事な腕を使い、懐から取り出した神水入りの容器の端を嚙み砕き、即座に服用する。すると一気にひじの先まで侵食していた石化は止まり、持っていた緑光石はそのまま砕け散った。

 

「クゥア?」

 

「とんだ初見殺しだな!」

 

「本当、ね!!」

 

「グゥアァ!?」

 

 そして雫と浩介は手首のスナップを利かせると、身に着けていた黒装束の袖からハジメが作った針を取り出し、後ろに跳ぶと同時にそれを記憶を頼りに目玉に向けて投擲する。この奈落に来てから四種類もの魔物の肉を食べ、二人の筋力のステータスの数値は200近く上昇しており、相応に強化された投擲は易々と大トカゲの目玉を貫いていった。

 

「雫、浩介!! 一体何があったんだ!?」

 

「大きいトカゲ型の魔物にカンテラを持ってた手ごと石に変えられたの!」

 

「さっき一瞬目が光ったらもう腕が石に変わっちまった! すぐに神水を使ったから問題ないし、アイツの目に針投げつけといたからすぐには使えないはずだ!!」

 

 その勢いで恵里達と合流すると、心配した光輝が声をかけてきたためすぐさま二人は簡単な説明をする。それを聞き、やはりオルクス大迷宮の深部だけあって油断がならないと全員が今一度気を引き締め、周囲の警戒に当たった。その途端、どこからか羽音が響いた。

 

「――左上から! 鈴!! 香織!!」

 

「うん、わかったよ恵里ちゃん――“聖壁”!!」

 

「わかった! それじゃあ本番、やってみるよ!――“聖壁・散”!」

 

 羽音が響くと同時に飛来した羽を香織が二重に展開した“聖壁”全てを犠牲にすることで防ぎ、飛んできた羽と入れ替わるように幾つもの光の欠片が向こうへと飛んでいく。そして秒足らずで聞こえた断末魔の悲鳴と共にボトリと何かが落ちる音が全員の耳に届いた。

 

「よし、成功!」

 

「流石鈴。もう使いこなせてるなんてね」

 

 “聖壁・散”――恵里の前世? にて鈴が自分との戦いで使っていた魔法である“聖絶・桜花”の劣化コピーでしかないそれであったが、この迷宮の深部に潜む魔物相手であっても十分に通用するようであった。前世?の天職である“結界師”、鈴の得意としていた強力無比な結界を作る魔法の“聖絶”、そして戦った際にバリアそのものを攻撃に転用したのではないかという推測から提案したそれが今、形を結んだのである。

 

 全ての班が爪熊討伐を出来るようになって余裕が出来た頃、恵里が結界魔法も使える鈴と香織の強化案として出し、それから香織と一緒に“光絶”や“聖壁”で展開したバリアを包丁代わりに使ったり、ハジメが用意してくれた的に向けて実際に撃ってみたりと練習を続けたことで一定方向になら放てるようになったのである。鈴が放った光の散弾はこちらを襲ってきた梟型の魔物を難なく撃破した。

 

「うっぷ……ちょ、ちょっとは慣れたつもりだったけど……け、結構辛いかも……」

 

「おい香織、吐くならまだにしろよ、ここまだ一本道なんだぞ……ハジメ、頼むから今すぐエチケットスペース作ってくれ。香織が戻す前に」

 

「う、うん。わかった “錬成”」

 

「うっわぁ……思った以上にグロい。未来の私、こんなの平気でやれたんだ……」

 

 ……なお、全身余すことなくズッタズタにしてしまったがために脳みそが丸見えだったり、眼球が上下に分かれて転がってたり、切り刻まれた内臓がそこかしこに飛び散っていたりしたが。

 

 下手人である鈴もこれには思いっきり顔をしかめ、香織はハジメが用意してくれた深めの穴が設けられた空間へとのろのろと歩いていった。解体作業で多少は慣れたはずであったが、このレベルは今の彼女にはちょっと辛かったらしい。

 

「あ、あー、その……うん。とりあえず、あの梟の奴は食べれそうなところだけソリに載せて、雫達が対処してくれたトカゲ型の魔物も、まだ食べられてないんだったら回収しておこうか」

 

 とりあえずこの微妙な空気を何とかしようと光輝が声をかければ、所用を足しに行った香織以外の面々が『お、おー……』と微妙な感じでそれに応えた。なお龍太郎は断ったうえでその場に残った。

 

 

 

 

 

「んー、やっぱ鳥なだけあって割とパサパサしてるな」

 

「筋肉の比率が多いんでしょ。ササミみたいなもんよ」

 

 そうして大きいトカゲ型の魔物の死体も無事回収し、それに集ろうとしていた猫型の魔物や梟の魔物なども全員で対処。最後に索敵をして周囲の敵を倒し終えた先行部隊はすぐさま拠点の作成にかかった。その間雫と浩介が家具の運搬班を呼んでベッドとソファーを搬入し、搬入と並行してやっていた今回の成果を調理し終えた一同は現在思い思いに食事を楽しんでいた。

 

「しっかし、見られるだけでもの凄いスピードで石化とか質が悪いな。そんなの爪熊以上にクソじゃねぇかよ。見られただけで死ぬとか最高にクソだろ」

 

「ホントだよ。マジであの時は焦った。あの時緑光石がすぐ砕けてたし、悠長なことやってたらすぐに全身が石になって砕け散ってた可能性もあったかもしれねぇ……うわ、思い足したら鳥肌立ってきた」

 

 良樹と話をしながら、あの時のことを思い出した浩介は震えていた。あの真っ暗闇の世界で生息しているとなると、暗くても相手を認識できる手段があったのは容易に想像出来る。

 

 ……もし仮に明かりの類を一切持たず、あのトカゲの固有魔法を食らっていたら? それを考えると余計に鳥肌が収まらなくなった。あそこで壊れてもったいなかったとはいえ、あそこを真っ先に潰してくれたおかげでいきなり頭をやられずに済んだのだ。それは僥倖という他ない。

 

 そうして浩介がいつもの五人やらハジメとやらと話をしている中、雫は別のことで女子~ズと話をしていた。

 

「……今回の魔物の肉を食べたらどうなるんだろうね? 相手を見たら石になったりとか、体の一部を飛ばせたり出来るようになるのかな?」

 

「えー、でも体の一部を飛ばす、って……鬼〇郎とか? 髪の毛飛ばしてるし」

 

 奈々の疑問に妙子が答えると、全員がそれに『ないわー』と返していた。そこら辺は妙子も思っており、『そうだよねぇ』と返すだけであった。そんな折、ふとあることが気になった奈々が恵里に問いかけた。

 

「ね、ね、恵里っち。そういえば恵里は前世のハジメ君のこと覚えてる? その時はどんな感じだったの?」

 

「うん? 言ってたはずだけど。今とそんなに変わんないってば」

 

「ホント? もしかして“纏雷”と“錬成”以外に何か技能使ってなかった? ほら、さっきのトカゲみたいに見たら石になるー、とか」

 

 奈々が問いかけてきたのは恵里の前世? におけるハジメのことであった。何せ生きてこのオルクス大迷宮を突破した可能性のある人物だ。その情報を知れば自分達が最終的にどうなるかがわかるんじゃないかと考えたのである。これには妙子や香織だけでなく、雫も優花も興味津々であった。が、恵里は一度首をかしげると、鈴と顔を見合わせてからその疑問に答える。

 

「うーん、そういう特徴的なのは確か無かったよ。アイツも根っこはハジメくんだし、もし持ってたら普通に使ってたんじゃない? あのトカゲのなんて足止めにも必殺技にも使えるし。基本は兵器かすごい殺気ぐらい」

 

「うん。鈴の記憶にもないよ。恵里から聞き取った時にそういったことは聞いた覚えがなかったかな」

 

 その疑問に『そっかー』と誰もが少しがっかりした様子であったものの、ふとある違和感を恵里は思い出す。前世? のハジメの強さや兵器ばかりに気を取られていたせいでほとんど気に留めてなかったあるものを。

 

「……あ、でもゲームや漫画みたいにどこからともなく武装を取り出したりとか、今ハジメくんが使ってるドンナーみたいな銃を両手に二丁持ってたけど、全然弾切れしてなかったなぁ。今にして思うとアレなんだったんだろ」

 

「え、何それ初耳なんだけど。恵里言ってなかったよね?」

 

「うん。ボクも今思い出したぐらいだし――ってまたぁ゛!?」

 

 その言葉に女子~ズ一同が頭を悩ます。一体どんな手品や技能を使ったのやらと考えていると、またしても例の激痛が体に走った。全員慌てて今回も神水を服用し、もう恒例になりつつある我慢大会を決行することに。ここ最近こんなのばっかりだ、と全員がうんざりしながら歯を嚙み締めたり、テーブルの端を掴んだりなどして必死に耐えようとする……そうしてしばらくして痛みが抜け、誰もが深いため息を吐いていると、不意に礼一が今まで皆が目をそらしてきたことを口にしてしまった。

 

「……なぁ、コレってよ。下行って新しい魔物食べる度に起きるんじゃね?」

 

 途端、一気に場の空気が冷え込んだ。そこでようやく礼一は己の失策を知り、どう言い訳をすればと必死に頭を働かせようとするも、恨み骨髄な様子の大介、信治、良樹から体を掴まれる。

 

「おい礼一。テメェよくもまぁ俺らが考えないようにしてたことを口にしやがったなクソ野郎」

 

「おう、ちょい面貸せや。なぁーに、お前も口が軽いと不味いことになるだろ――今みたいによぉ?」

 

「馬鹿礼一、お前人がせっかく考えないようにしといた事実を突きつけてきやがったな。覚悟しろよクソッたれ」

 

「え、いや、ちょいやめ――ぎゃぁあぁぁあぁあぁあ!!!」

 

 大介達に指をあらぬ方向に曲げられたり、耳たぶを引っ張られたり向こう(ずね)を蹴られるなど散々な目に遭わされる。流石にハジメと光輝は止めにかかるも、キレた三人は止める気ゼロ。罵倒しながらも礼一へ振るわれる暴力が『尻をつねる』、『膝カックン連発』など地味かつしょうもなくなっていくばかりであった。

 

「……ねぇ雫」

 

「嫌よ。絶対に嫌」

 

 礼一のせいで考えないようにしてきた事実にうんざりしつつも、恵里は雫の方を見ながらあることを告げようとする……が、当の雫は大事そうにイナバを抱えたまま顔を背けた。こっちもこっちで話を聞く気がないらしい様子であった。

 

「いい加減覚悟決めなよ……ボクとしても愛着が湧いてきたし、別に神水使うな、って言ってるわけじゃないんだから」

 

「それでも嫌よ! 絶対に嫌!! この子の餌は二尾狼か蹴りウサギの肉以外与えないから!!」

 

 そう。雫が懸念していたのは今こうして可愛がっているイナバに先述した二種類の肉以外を食べた時、自分達のように苦しむ羽目に遭わないかということであった。『爪熊の祟り事件』のせいで魔物肉に関して軽く神経質になってしまった雫は、イナバを猫可愛がりしていることからその二種類の肉以外与えていなかったのである。

 

 なお雫の言葉を聞いて『雫ちゃんがイナバちゃんに共食いをオススメしてる……』と香織や鈴らが軽くドン引きしていたが、当人の耳には届いていない。

 

「わ、私が狩りに行くもの! 飼うって言ったのは私だし、ちゃんと責任はとるから!!」

 

 涙目になって反論してくるあたり光輝と近しいレベルで惚れ込んでいるらしい。なおそのイナバは吞気にあくびをしながら恵里と雫を交互に見ていたりする。

 

「あのねぇ……確かにまたぐ階層が一つ二つだったらまだわかるし妥協も……うん。まぁしたよ、多分。でもさぁ、どこまで下れば最下層に着くかもわからないんだし、ここら辺で腹くくりなよ。今後は常に体の痛みと向き合うことになるだろうし、神水のストックが一番マシなの今ぐらいだよ?」

 

 『そのストックを維持する方法が無い訳じゃないけどさ』と付け加えながらも恵里はこの意固地になった幼馴染をどう説得したものかと考える。こんなところで下手に時間を使ってもらったら絶対に引きずってしまうのは目に見えているのだ。ならば今自分が憎まれ役になってでもどうにかするしかないと思いながら説得にかかる。

 

「そ・れ・に、イナバが可愛くて仕方ないのも雫がメロメロなのも皆わかってるよ。けどさ、可愛いがりすぎてここを突破する、って目的をないがしろにしちゃ駄目でしょ」

 

「うぅ……でも、でもぉ……」

 

 『面倒事の種になってくれちゃって』と雫が大事そうに抱える魔物を軽くじっとりとした目で見つつ、恵里はそう伝えるも雫はまだ意地を張ったまま。どうしたものかと思っていると、ふと鈴が自分の使っていた皿の上になめろうのような細かく刻まれた肉片を載せながらこちらにやって来た。

 

「はぁ、もう雫ってば。昔からこういうのに弱いんだから……はい。じゃあ実際に試してみたほうが早いでしょ。ほら、ここにあの六本足の猫の肉を細かくしたのがあるから。これイナバに食べさせなよ」

 

 自分と雫が話をしている間、鈴が気を利かせて用意してくれたらしい。振り向くと優花もやれやれ、といった顔をしていたため、実際に用意してくれたのは彼女だろう。見れば調理場の上にはあの猫の魔物の皮と思しきものがまだ載っており、そこから上手くそぎ落としてくれたのは容易に想像がついた。

 

 わざわざ自分達のためにやってくれた二人に心の中で感謝しつつ、『ほら食えー』と鼻をクンクンさせていたイナバに恵里は命令する。すると大人しくしていたイナバはすぐさま雫の腕の中で暴れ始めた。

 

「鈴までぇ……あ、ダメッ! イナバちゃん! 暴れちゃダメ――ってあぁっ!?」

 

 そして雫の腕の中から体を乗り出し、そのまま皿をしゃぶりつくす勢いで肉にがっついた。最後は残った小さな肉片すら舌でペロペロとなめながら口の中に納めていき、満足そうにゲップをする。どうしようどうしようと錯乱する雫を他所に、イナバは恵里達に見守られていた。

 

 十秒……三十秒……一分……二分……。

 

「い、イナバちゃん! こ、これ! これ飲みなさい!! ペッしちゃダメよ! 絶対にダメだからね!!」

 

 そうして自分達が静かに見守っている中、顔を土気色にした雫が端っこを砕いた試験管――神水の入った容器をイナバの口に近づけた。戦闘の後で補充していた二本の内、一本はさっきの食事の時に使ってしまったため、予備のストックのものだ。それを出した辺り相当入れ込みが強いのが改めて女子~ズ一同が理解できた。あとかなり愛が重いとも感じていた。

 

 イナバも喉が渇いていたのか特に疑問も持たずにそれを舐め、雫が容器を傾けるのに合わせて自分も顔を傾けて飲み干していく……すると、恵里の“縛魂”によってどこか虚ろであった目に光が段々と戻っていき、何かに気付いた様子のイナバはすぐさま雫の腕から逃れようとしてもがきだした。

 

「キュウゥウゥゥゥ!! キュゥウゥウゥ!!!」

 

「え……えぇっ!? い、イナバちゃん!? だ、ダメよ! 暴れちゃダメ!!」

 

 いきなりの事態に雫は困惑し、いきなり変貌した女子~ズも一体何がと考えてあることに思い至った。これ“縛魂”が解けたんじゃないのか、と。そこで急ぎ恵里は“縛魂”をかけ直そうとするも、イナバの目から涙が流れてることに気付いて一瞬動きを止めてしまった。

 

「……え? なんで魔物が涙流してんの?」

 

 そう漏らすと同時に他の女子一同もイナバの顔を見た。そこには怯えと思しき震えとそこから来ると思われる涙が瞳から流れていた。魔物ってこんな器用なことが出来るのだろうか、と思っていると、雫の腕からするりと抜けたイナバは何歩か前に出て、そのまま寝転がってお腹を出したのである。

 

「キュゥ~、キュゥゥ~~……」

 

 『ぼくわるいうさぎじゃないよ』とばかりに訴えてくるイナバに他の女子~ズ同様、不覚にも可愛いと思いながらも恵里はイナバの変貌ぶりに思いっきり首をかしげてしまう。ここの魔物は自分達を見ても餌か敵かと見なして基本殺意満々で襲い掛かってくるのだ。それは二尾狼も爪熊も蹴りウサギも同じであったはず。それが何故こんなことになっているのかと思っていると、ふと前世? の最後の戦いで鈴が連れていたイナバの様子を思い出した。

 

(……あれ? そういえばあっちのイナバって、ちょっと“邪纏”が効き辛かったような……それも()()とかが相手みたいに――あれ? もしかして、そういうこと?)

 

 いきなり知恵をつけたかのような動きをする目の前の兎型の魔物を見て、恵里の中である考えが一気に組み上がっていく。

 

 あの戦いの際に鈴は『イナバさんは色々と特別』と言っていたし、あれは自分が使役していた死獣兵よりもはるかに高度に、()()()()()()()()()()()動いていたかの様子であった。そして目の前のイナバを見れば、あの時自分を苦しめた兎型の魔物ほどではないにせよ、知恵も自分の意志もあるように見える。そこから導き出されるのはある結論であった。

 

(まさか、魔物に神水を飲ませると知恵がつく?……そういえば鈴が魔物を連れてボクの前に現れるまでそう大した時間はなかったはず。なのにどうやって上の階層の蹴りウサギをあそこまで強くさせられたの? フリ、フレ、えーと……魔人族の誰かだったかが使えた神代魔法でもあそこまで一気に強くすることは出来なかったし、特別って鈴も言ってた……もしかして、この水を飲んで知恵も強さも身に着けた、ってこと!?)

 

 あの時のイナバは本当に特別な個体であった、ということだ。

 

 何らかの偶然で神水を口にしたことで頭が回るようになり、魔物を戦力にしていた鈴と何らかの形でかち合った、と。それを考え付いた恵里はなんて偶然に負けたのかと思いながらも、魔力を霧散させてかがんだ。

 

「おいで、イナバ」

 

「キュゥ……」

 

「ほら。ご飯もちゃんと食べさせるし、ここの皆はイジメたりなんかしないから」

 

 そう言って手招きをすれば、仰向けのまましばらくこちらをじっと見ていたイナバもコロンと転がっておそるおそる自分の方へと近づいてくる。

 

 まぁ操った相手だから無理もないか、と思いつつも雫達に見守られながら恵里は手を差し伸べる。自分の顔と手を何度か見比べて様子をうかがっていたイナバは、しばらく間を置いた後、自分の手を舐めてくれた。

 

「あっ……ふふっ」

 

 ツルツルとした舌ざわりにちょっぴりくすぐったさを感じながらも舐めてくれたイナバの頭を優しく撫で、恵里はそのままそっとイナバを抱き上げる。途端、わぁっと歓声が上がり、ちょっと機嫌を良くしながら恵里はうらやましそうにこちらを眺めていた雫の下へと向かう。

 

「はい雫。お利口さんになったイナバを可愛がってあげなよ」

 

「あ――うん!」

 

 そしてまた蕩けた表情になった雫がイナバの顔に頬擦りするも、逃げ出す気配は特にないので問題ないと恵里は考える。洗脳であれ、イナバの意志で留まっているのであれ、逃げたり襲い掛かったりしなければなんだっていいのだ。

 

「あ、恵里。そっちの方でイナバが何かあったみたいだけどどうしたの?」

 

「あ、ハジメくん――なんでもないよ。とりあえず今のところは、ね」

 

 あちらで行われていた礼一へのリンチ……というかものすごい微妙な嫌がらせも決着が着いたらしく、今は犯行に及んだ三人がメルドから説教を受けている。

 

 かくして魔物を食べた際に起きた激痛から始まった騒動は終わりを告げた。

 

 なお、この後恵里の言葉ひとつでどうにかなっていたイナバのトイレなどの躾問題や、大介らが使っていたソファーを占有するようになってから度々彼らとナワバリ争いをするようになったり、イナバの身に起きたであろう異変を話したらこぞって神水を飲ませてメルドから叱られたり、雫が猫可愛がりを続けたせいで段々とイナバの顔が死んでいったりし――。

 

「うぅ……イナバちゃん、戻ってきてよぉ……」

 

「キュッ」

 

「雫、自業自得だってば……あんまりやり過ぎたらかわいそうだよ」

 

 ……雫がやたらと可愛がり過ぎたせいで、適度に可愛がってくれる鈴の方にイナバが懐いたりなどするようになったが、少なくとも全員の生き死にに直結するような事は起きる事はなく。

 

 これを機に光輝もあんまり雫を甘やかさない方がいいかもしれないという風に考えを変えるなどあったり、また地上にいる畑山先生の事で誰もが憂いたりしながらも、決死の覚悟で奈落の底へと逃げ込んだ彼らの日常は穏やかなままであった。




神水飲んだ直後のイナバの内心
(なんであの階層の王を倒したのに群がられとるんや!? あ、アカン、媚び売っとかんと!!)

結果、武者修行して「俺より強い奴に会いにいく」スタンスのイナバさんは死にました。哀れ。
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