あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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それでは先に拙作を読んでくださる方への感謝を。
おかげさまでUAも106093、お気に入り件数も719件、しおりも302件、感想数も315件(2022/5/11 12:49現在)となりました。誠にありがとうございます。いやー、ここ最近お気に入り件数順調に増えててビビります……。

そしてAitoyukiさん、サボテンテンさん、拙作を再評価していただき誠にありがとうございます。やはり何回であってもこうして評価をいただける事は嬉しいです。本当に。

……さて、今回のお話は真のオルクス大迷宮五十階層に封印されていた彼女の話の後半になります。今回のお話を読むにあたっての注意事項を。
まずそれなりに長いこと(13000字近く)。
次に全世界におわすユエスキーの皆様……この話を読む者(特にユエスキー)は一切の希望を捨てよ、と述べておきます。

では、本編をどうぞ。肩透かしになる事を作者は祈っております。


幕間十九 『月』の正位置(後編)

「全員分の調理がもう終わったよー!」

 

「ありがとうハジメー!……よーし皆、食事にしようか! 列を作って並んでくれー!」

 

 今日もまた調理を終え、光輝の号令と共に誰もが列を作って並んでいく。先日彼らのグループに加わった吸血鬼の少女は既に自分の分の食事を終えていたため、彼らの列には加わらずに適当なソファーに腰かけていた。今回は園部優花と、彼女と仲のいい二人が使っていたものである。

 

「……ユエさん、今日“も”だね」

 

「さみしく、ないのかな……」

 

「散々誘って結局こうだしね……一体どうやって手懐けたんだか」

 

 南雲ハジメらが何か言っているようだが少女は特に興味を持たなかった。必要最低限の()()は既にこなしているのだから構わないだろうと考えているからだ。

 

「……私は、寂しくなんて、ない」

 

 食事をせずとも同席したらどうだ、という提案を何度も蹴っている少女はぽつりとつぶやく。

 

 自分一人だけ食事もせずに眺めているだけではかえって雰囲気が悪くなる。断りを入れる際の定型句となったその言葉を心の中に思い浮かべ、ここ最近はその“義務”を果たすことすら苦しくなってきたことを思いながら天井を見つめるだけである。

 

 ……彼女がその“義務”をするようになったのは、暇を持て余していた際に園部優花らの調理風景を少し眺めていたのが原因であった。

 

 戦闘以外で特にやることもなく、またお客様待遇(メルド・ロギンスを除く)のせいで日々の雑用に関わることもない。そのせいで暇であった少女は彼らの営みを眺めるのがいつしか日課となっていた。

 

 そんなある時、視線に気づいたのか自分達のやっていることが気になったのか、調理をしていた谷口鈴が一旦その手を止めてとてとてと少女の方へと来たのである。

 

『ねぇユエさん、もしかして気になる?』

 

『……ん。そうでもない』

 

 彼女から尋ねられるも吸血鬼の少女は感情を乗せずにそう返すだけであった。

 

 勘は既に戻ってるから魔法の練習をする必要もない。元王族でもっぱら政務や軍務をこなしていた彼女からすれば、『普通の女の子』がやるようなものに興味が無い訳ではないが、下手な人間が加わってもロクなことにならないと()()()()()()()()()()()()

 

『でも……でも、もし退屈だったら一緒にやろうよ。私達が教えてあげるから。ね?』

 

『…………ん。わかった』

 

 そのため一度断ったものの、谷口鈴は食い下がってきた。その目から放っておけないという意志が見えるのが余計に()()()()感じたものの、何もせずにいるということに罪悪感を感じ、下手に断って空気を悪くする必要もないと考えてその申し出を受けることにした。

 

 そして谷口鈴に連れられ、調理場へと来た元王族の少女。そこで教えるのだったらその道のプロの方がいいだろうと考えた彼らによって、調理場を取り仕切っている園部優花から師事を受けることとなった。

 

『……ん。こう?』

 

『そうそう。よくやれてるじゃない。じゃあ次はこっちもお願いしていいかしら?』

 

 幼少の時に木剣を握ったことぐらいあるものの、それ以外で握った刃物はせいぜいカトラリーぐらいでしかない。そのため最初こそマトモに包丁など扱えるのだろうかと少女は心配したのだが、持ち前の器用さと師事してくれる園部優花のおかげで単に食材を切るだけならば数度包丁を動かすだけでやれるようになった。

 

『……こっちは?』

 

『そっちは一口大ぐらいにして――そうね。それでいいわ』

 

『……ん』

 

『上手だね、ユエさん。初めて僕が包丁を握った時より上手いんじゃないかな』

 

『……心底癪だけど上手いね、初心者のくせに。ハジメくんに褒められるなんてさ……まぁいいし。別に包丁が上手に使えるぐらいだし』

 

『恵里……いくら何でも料理初心者のユエさんに嫉妬し過ぎだよ。皆引いてるって……まぁでも、楽しんでるみたいで良かった』

 

『恵里ちゃんそこまで本気で嫉妬しなくっても……でも刃物を握っても怖くならない辺りすごいなー、って思うな』

 

 指示を受けながられであればやれるようになったためか楽しくなり、微笑ましげに見つめてくる南雲ハジメ、谷口鈴、白崎香織や嫉妬をむき出しにしてくる中村恵里の視線に軽くイラッとしながらも少女は彼らと一緒に炊事をこなしていった――。

 

「“反逆者”の拠点までどのぐらいなんだろうなー」

 

「さあなー……こうしてユエが教えてくれたおかげでやる気も上がったし、ホントユエ様々ってやつだよなぁー」

 

 今日もまた、時折こちらに向けられる声や視線も気づかないフリをし、少女はただじっと天井を眺めている。なお、先ほど出た“反逆者”に関する情報に関しても、彼らのグループに加わったその翌日に彼女が話したことだ。

 

 曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 

 その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだ、と。

 

 そこで彼女はある推測を話す。その存在が暮らしているとするならばもしや地上に通じる道があるのではないのだろうか、と。それを聞いた時、彼らは沸き立った。『やっぱりハジメ達の推測は当たってたんだ』と大いに喜び合い、この情報をもたらした自分を誰もが褒めちぎった――だが、彼女はその時笑顔を()()()()()

 

 ……どうしてか素直に喜べずにいたのだ。どこか、蚊帳の外にいるような気がして。

 

「……あっち行って」

 

「キュゥ……」

 

 こうして一人でいる時にちょくちょくこちらへと来る兎の魔物も手で追い払って少女はただ思う――どうして自分は苦しいのか、と。

 

(……彼らの役に立とうと私なりに頑張ってる。下手に動かないのは彼らの役割を侵害しないため。やることも徐々に増やしていけばいい)

 

 そう心の中で言い訳をするも、どうしてか腑に落ちない。心が軋む感じすらする。自分は正しいことをやっているはずなのに、と思っても()()がそれをよしとしない。

 

(……どうして。どうして彼らを見てると落ち着かなくなるの? もやもやする? どうして……どうして息苦しくなる? どうして、どうして――楽しそうにしてる彼らを見て()()()の?)

 

 少女は気づいていなかった――自分の心の奥底に、どす黒い鬱屈した感情がくすぶっていることに。それを必死に理性で押し留めていることもわからずにいた。

 

 

 

 

 

 こうして彼らと協力し、共に十階層ほどを降りていった。やはり連携して事に当たった分、威力偵察も、マッピングも、食料調達に関してもとてもスムーズにいった。その立役者は言わずもがなユエである。

 

 呼吸を合わせることで、遊撃を行っている遠藤浩介や八重樫雫らを巻き込むことなく敵を最小限の外傷を与えるだけで倒し、また吸血によって魔力を回復することで中級や上級魔法を連発することも可能となる。それがもたらした恩恵は時間だけでない。魔物の肉を食べた際のステータスアップにも貢献したのだ。

 

 彼女が合流するまではそれこそ数頭程度の魔物の肉を分け与えて食べていた。しかし彼女が『このままだとこの階層の魔物が全滅するんじゃ……』と先行部隊の誰もが危惧するほどの八面六臂の大活躍をし、持ってきた魔物の肉を一人一匹近く食べたことで上昇する量が劇的に変わったのだ。それを知った全員が『もっと積極的に狩っとけばよかった……』と後悔したのは言うまでもない。

 

「皆、冷静に対処するんだ!! 相手は数だけで単純な動きしかしていない!! 俺達なら出来る! 勝てるぞ!!――“神威”っ!!」

 

「光輝の言う通りだ!! 数を頼りにしているだけの烏合の衆如きは今の俺らの相手になぞならん!! 警戒を怠るな!! 集中を切らすな!! 今日は入れ食いの日、だ――そらっ!!」

 

『了解!!』

 

「……ん」

 

 ――そんな少女達は現在、樹海のような階層で迫りくる恐竜型の魔物を迎撃し続けていた。

 

 この階層に来た当初は十メートルを超える木々が鬱蒼(うっそう)と茂っており、空気はどこか湿っぽくて少女は不快感を感じていた。

 

 ただ、彼らはこれよりも過酷な環境に立ち会ったことがあったようで、『あの時の熱帯林みたいなトコよりかはマシだな』だの、『よし、燻製のチップ確保出来る!』だのと述べていた……その言葉を聞いた時、また胸のあたりにズキズキとした痛みが走ったが、少女はそれを無視した。敵が現れたからだ。

 

『各員、迎撃態勢を――へっ?』

 

 巨大な爬虫類、それも二足歩行のトカゲのような魔物――後に聞いたが、彼らの世界では“ティラノサウルス”というものにそっくりだったらしい――が地響きと共に現れたのだ……頭に一輪の可憐な花を生やした奴が。

 

 鋭い牙とほとばしる殺気が議論の余地なくこの魔物の強力さを示していたが、ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさを放つこの魔物相手に先行部隊全員の気が抜けたのは仕方がないだろう。

 

『〝緋槍〟』

 

 だがいち早く立ち直った少女はすぐに魔法を詠唱する。

 

 手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線に魔物の口内目掛けて飛翔し、あっさり突き刺さってそのまま貫通する。周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させ、地響きを立てながら横倒しになったのを見た先行部隊の皆が何度目かわからないどよめいていた。そして死んだ途端、花がポトリと地面に落ちたのを見てあまりのシュールさにまた押し黙る。何とも言えない空気が流れた。

 

『……とりあえず、気を引き締めようか皆――全員武器を構えるんだ!』

 

 そして彼らの持つ技能である“気配感知”に何かがかかったのか、すぐに武器を構え直すと同時に幾つもの足音が響き、取り囲むようにして聞こえてきた。

 

『皆、一旦後退だ!――この数なら対処出来るかもしれないけれど無理は禁物だ! 円陣を組める開けた場所で迎撃をとるぞ!!』

 

 統率の取れた動きをする魔物を厄介に思いながらも、天之河光輝が後退する指示を出したのを聞いて少女もその場を離脱する。こちらは九名もいるとはいえ敵の戦力は未知数であり、無理せず有利な場所で戦うことを選んだ彼の采配を少女は評価した。

 

 どうしてか、舌打ちしたくなったことに疑問を持ちながら。

 

 しかし魔物も逃がすまいとそこかしこから足音を響かせる。おそらく包囲しようとしてきたのだろうと少女は察すると、他の先行部隊の面子もいつでも攻撃できるよう周囲に意識を飛ばしている。これなら問題ないと思いつつ少女も一緒になって駆けていく。

 

 そうして、生い茂った木の枝を払い除け飛び出した先には、体長二メートル強の爬虫類――博識な南雲ハジメ曰く、例えるならラプトル系の恐竜とのことだ――の魔物がいた。

 

 やはり頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせており、それをどこかかわいいと思いながらもいつでも倒せるよう意識を集中させる。魔物が今にも飛びかかってきそうな時、今では聞きなれたけたたましい音が階層に響く。南雲ハジメが“銃”を使ったのだ。

 

 何か考え付いたのか、“空力”を使って三角飛びの要領で魔物の頭上を取り、頭のチューリップを撃ち抜いたのである。

 

『どうしたんだハジメ!?』

 

『ちょっと試してみたいことがあってね……流石に死んではくれないかな?』

 

 ドパンッという発砲音と同時にチューリップの花が四散すると、魔物は一瞬ビクンと痙攣(けいれん)を起こし、その場で動きを止めた。南雲ハジメが手で制したことで少女もそれに従って相手の反応を観察することに。

 

 すると魔物は痙攣の後で辺りを見渡し、地面に落ちたチューリップの花を見かけると同時にノッシノッシと歩み寄って親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めたのである。

 

『あの花、本体じゃないんだね……』

 

『花が本体の擬態型か寄生するタイプの魔物かも、って思って確かめたかったんだけど……寄生してる方みたいなのはわかったけど、えぇ……』

 

『俺ら、全然眼中にねぇな……』

 

『……イタズラされた?』

 

『……ユエさん、多分それ最近の小学生でもこういうイタズラしないと思うよ?』

 

 などと全員呆れながら眺めていたが、その魔物は一通り踏みつけて満足したのか、如何にも『ふぅ~、いい仕事したぜ!』と言わんばかりに天を仰ぎ『キュルルル~!』と鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたように自分達の方へ顔を向けビクッとする。全然気づいてなかったらしい。

 

『今気づいたんだな……その、悪く思わないでくれ。“水刃”』

 

 そして容赦なく天之河光輝は魔法で作った水の刃で容赦なく首を刎ねた。間もなく倒れた魔物の死体を見て何とも言えない気分になったものの、すぐに彼の指示に注意がいった。

 

『――! 包囲網が迫ってる! 皆、もう一度移動を!!』

 

 その言葉に彼と親しい者達も少女もうなずき、すぐに移動を再開する。程なくして直径五メートルはありそうな太い樹が無数に伸びている場所に出た。隣り合う樹の太い枝同士が絡み合っており、まるで空中回廊のようなところであった。

 

『流石にアイツらも上にはすぐに上がってこれないはず! そこから一斉に狙撃、その後で一度撤退して作戦会議だ!』

 

 指示を受け、天之河光輝らは“空力”で、ユエは風系統の魔法で頭上の太い枝に飛び移っていく。

 

 全員が息をひそめて待ち構えていれば五分もかからず眼下に次々とラプトルが現れ始めた。南雲ハジメのみ銃を、他全員が魔法の発動のために手を突き出して構え……そして呆けてしまっていた。何故なら……。

 

『……なんで皆頭に花をつけてるの』

 

 南雲ハジメのつぶやいた通りであった。現れた十体以上のラプトルは全て頭に花をつけていた。それも色とりどりの花を。

 

 思わずツッコミを入れてしまった彼の声に反応して、ラプトル達が一斉に自分達の方を見た。そして、襲いかかろうと跳躍の姿勢を見せる。

 

『全員、一斉射――撃てーーー!!』

 

 そうして各属性の魔法や銃弾が飛び交い、瞬く間に魔物達は死に絶えていく。しかし、少女以外の面々の表情は冴えないものであった。

 

『……弱すぎねぇか?』

 

『うん……龍太郎くんの言う通りだね』

 

『だよな。俺らがここまで進んできた奴らでこんな倒すのが楽な奴らなんていなかったぞ』

 

 坂上龍太郎や白崎香織、遠藤浩介といった面々がそう口々に言うと、少女もその不自然さを理解できた。

 

 確かにこの階層で対峙してきた魔物は動きは単純そのものであり、特殊な攻撃もなく簡単に殲滅できてしまった。それどころか殺気はあれどもどこか機械的で不自然な動きだった。

 

 むしろ花が取れた魔物が怒りをあらわにして花を踏みつけていた光景を見たことを考えれば、花をつけたまま現れた魔物達に違和感を覚えてしまう。

 

 一体どういうことだ、と考えを巡らせていた時、自分以外の全員の表情に緊張が走る。間違いなく嬉しくない知らせだろうと確信すると、すぐに天之河光輝がこちらを見やって大声で説明をした。

 

『ユエさん! 三十いや、四十以上の魔物が急速接近中だ!! まるで、誰かが指示してるみたいに全方位から囲むように集まってきてる!!』

 

 その言葉に少女は思わず唾を飲んだ。今まで現れたのは斥候の類でしかなかったと少女は確信したからだ。おそらくこの階層全ての魔物が巨大な群れとしてこちらを襲ってくるだろうということが容易に想像出来、これまで進んだどの階層とも負けず劣らず厄介なものだと思わず顔をゆがめてしまう。

 

『……司令塔がいるね』

 

『間違いないね。ハジメくんが言った通り、花が生えた奴らはソイツに操られてる……で、どうするの光輝君?』

 

『魔法をひと当てしてから退却。殿(しんがり)は俺が務めるから……ユエさん、強力で範囲の大きい魔法をお願いできますか?』

 

 確かに理にかなった指示であったため、少女はそれにうなずいていつでも魔法を発動できる態勢をとる。そうして待つこと十秒、三十秒、一分……二分…………時は訪れた。

 

『今です!!』

 

『……ん――“嵐帝”』

 

 魔法によって形成された巨大な嵐が、茂っていた木々ごと、魔物を巻き込んで吹き飛ばしていく。その威力たるや絶大で、嵐が進んだ方は草一本残ってすらいない。

 

 むき出しになった茶色の地面の広大さに自分以外の人間全員が呆然としているのを見つつも、少女は肩で息をしながら声を絞り出した。

 

『……血を。それと、移動』

 

『……えっ? あっ、ごめんねユエさん。はい、私の血を吸って』

 

 白崎香織が差し出してきた腕に牙を立て、少女は血を吸って魔力を回復させていく。口の中で広がる味わいは各々のクセがあるものの、どれも絶品であった。

 

(……あぁ、()()()――どの味も、本当に気に食わない)

 

 そのはず、なのに。少女は何故かそれがひどく不快で仕方なかった。

 

 おかしい。

 

 他者の血は余程不健康でなければ吸血鬼族全てが上等な酒を口にしたように酔いしれるというのに、今こうして舌で感じるものは過去に吸ったどの血の味にも容易く勝るほどの格別なものだというのに、どうして血が牙を濡らす度、口を赤く染める度、喉を通っていく度に怒りが、嫌悪が――何より()()()があふれ出てくるのか。

 

(……どう、して。どうして、なの? 彼らは私を救ってくれた人なのに、何故……?)

 

 殿を務める天之河光輝が残り、彼から追加で受けた指示――前の階層の拠点まで戻って全員を連れてきてほしい――を果たすために急いで駆け抜けていく中、少女は思う。

 

 どうして彼らが羨ましい?

 

 どうして彼らが疎ましい?

 

 どうして彼らが憎い?

 

 どうして、どうして、と考えても出てくるのは自分を救ってくれた存在へのネガティブな感情ばかりしかない。どうしてこんな恥知らずなことばかりを考え付くのだと王族の、否、いち人間としての矜持にヒビが入っていく。

 

(……違う。違う! 私は、私は彼らに感謝してる! だから、だから――)

 

 理性では彼らのために尽くしたいと思っているのに、どうしてこんな感情が出てくるのだと思いながらも少女は走る――助けてくれた彼らの名前をマトモに呼んだことがないことすら気づけないまま。自分にへばりつく何かから逃げるように少女は足を動かしていた。

 

「駄目だ、シャウアーはもう銃身が焼け付いた!! これからドンナーでの射撃に移るよ!!」

 

「わかったよハジメくん! 無理は駄目だからね!――“呆散”!!」

 

 ……そうして現在に至る。“ある目的”のためにここを離れた遠藤浩介以外の全員で、魔法や剣技、格闘に銃撃といった様々な方法で襲い来る何百もの魔物を迎撃していた。

 

「鈴ちゃん、もう一度やるよ!!」

 

「わかったよ香織!! せーのっ――」

 

「「“聖壁・桜花”!」」

 

 地響きを立てながら迫る魔物の群れを輝く幾つもの光の欠片が桜吹雪の如く戦場を駆け巡った。

 

 小さな無数の輝きはザァアアアアーーと音を立てながら宙を舞い、眼前の魔物達を巻き込み、螺旋を描きながら旋風を巻き起こしていく――光の欠片の濁流に呑まれた魔物は全身をズタズタにされ、そのまま息絶えるのも少なくなかった。

 

 それは文字通り、聖壁という光の障壁を桜の花びらの如く細かな破片にし、触れれば切れる、集めれば柔能く剛を制す防壁となる、そんな攻防一体の障壁となす魔法。

 

「――! ハァッ、ハァ……」

 

「……やっぱりまだ、キツい、ね…………」

 

 長い研鑽の末に前よりも結界をコントロール出来るようになった白崎香織と谷口鈴は今、その力を攻撃のみに使っている。それは天之河光輝が放つ“神威”に次ぐ程の威力であるが、不慣れ故か一度撃つ毎に玉のような汗を流し、幾分かの隙をさらしてしまう。

 

 前に何度か見せてもらった“聖壁・散”でも良かったのだろうが、前にしか飛ばせないあれと違って自在に動かせることから今迫ってきている魔物でなく、後続の魔物の撃破を担当してくれているのだ。

 

「“緋槍”、“砲皇”、“凍雨”」

 

 ――それを少女が受け入れられているという訳でもなかったが。

 

(……あの二人がアレを使っているのは単に経験を積むため。それ以外には見えない)

 

 自分の魔法があれば、吸血さえすればこの程度どうとでもなると少女は思っていた。せいぜい白崎香織と谷口鈴には“聖壁”でも張ってもらって、自分が他の皆の血を吸いながら上級魔法や最上級魔法を乱射していけばいいとまで考えていた。

 

 だがそれを口にした訳ではない。それが、あまりにも苛ついてしまうから。

 

 『皆に経験を積ませて強くなってほしい』というお節介でも『全員の地力を上げる事でこの先の階層でも対応出来るようにしておく』という冷たい計算でもない。

 

 単に彼らと関わるのが嫌だったから。ただそれだけの理由で彼女は提案しようとしなかった。口出しせず、ただ彼らの指示に従って戦うだけ。それが一番マシだと考えていたのだ。

 

(……けれど、それが二人のため。皆のために、なるから……だから!)

 

 無論、それを彼女の良心は良しとはしない。けれども協力し、共に立ち向かっている()()を見ると無性に胸がざわめく。心の中で何かが暴れ狂う。泥のようにへばりつく黒い感情が彼女の脳を蝕んでいく。

 

「浩介はまだなのかよ! こんな数相手なんてしてらんねぇって!!」

 

「浩介ならやってくれる! 信じるんだ礼一!!」

 

「そうだ! 浩介なら俺達がへばる前に親玉を叩きのめしてくれる!! お前の親友を信じろ!!」

 

 悲痛な叫びを上げる近藤礼一に天之河光輝と坂上龍太郎が大声で返す。

 

 そう。遠藤浩介がこの場にいなかったのは魔物を操る司令塔の存在の捜索及び撃破を任されていたからだ。彼自身の影の薄さを利用し、“気配操作”も使って徹底して気配を殺した上で、おそらく存在するであろう司令塔の役割を果たす魔物を倒すことを天之河光輝から頼まれていたのだ。

 

 その際『あーもう畜生! やってやるよ!!』と涙目になりながら承諾し、迫り来る魔物達の間を縫って走っていった彼の帰還を待っている。決して無策のまま迎え撃っていた訳ではないのだ。

 

(……どうして、そう『他人』を信じられるの? 私は……私は裏切られたっていうのにっ!!)

 

 『友達を信じろ』と伝えた二人に凄まじい苛立ちを感じながらも、少女は黙々と魔物の撃破に専念する。そう言った二人に悪意も何もないのだろう。幼少の頃からの信頼故にとっさに出た言葉だというのは少女もわかっていた。だからこそひどく煩わしく感じる。

 

「いや、浩介が戻ってくる前に片付いちまうかもなぁ――見ろよ!!」

 

 悪意に炙られて心が悲鳴を上げていた少女は檜山の言葉に思わず反応してしまった――少しでも気をそらすために。わずかでもいいから自分の内からいくらも出てくるおぞましい感情から目を背けるために。

 

 奥の方からまだまだ魔物は来ているが、その数は段々と下がっているようだ。そう遠くない内に打ち止めになる、ということを少女も理解できた。これで、これでようやくこの煩雑な作業から解放される、と。

 

「うん! “気配遮断”が使える魔物もいるかもしれないけれど、こっちに向かってる気配も少なくなってる!! これなら大介君の言う通り片が付くかも!」

 

 素早くリロードをしながらドンナーを撃ち続ける南雲ハジメもまた、それを補強するように声を出した。

 

「ならコースケがいつ帰ってきても大丈夫なようにもうひと踏ん張りいきましょ!!」

 

 そして園部優花が発破をかけたことで()()の士気が一段と高まり、攻撃が一層苛烈さを増す――それを見た少女の心は更に音を立てて軋んだ。

 

(――ッ! 私は、私は……!!)

 

 彼らが羨ましくて仕方なかった。彼らが疎ましくて仕方なかった。何のためらいもなく“信じる”ことが出来る彼らが、どこまでもどこまでも――憎かった。

 

 あふれ出る黒い感情をひたすら魔物にぶつけていると、不意にこちらに迫ってくる魔物の頭から一斉にポトリと花が落ちた。やったのだ。あの遠藤浩介が魔物を操っていた存在を討ち果たしたのだ。それを理解するのに時間はかからなかった。

 

「――!! 全員、向かってくる奴だけ倒そう! 逃げる奴は追わなくっていい! 俺達の安全が最優先だ!!」

 

 事態の好転を逃さなかった天之河光輝はすぐさま指示を出し、放心している何匹もの魔物を全員で協力して仕留めていく。

 

 パニックを起こしてどこかへと逃げていった魔物だけ放置し、他の魔物を全部相手取った。無論、襲うか逃げるか迷っている相手ならば取るに足らない。瞬く間にそれらは地面に赤い染みを作りながら肉の塊へと変わっていった。

 

「おーい皆ー、何とか倒してきたぜー!」

 

 魔物の掃討も完了し、倒した魔物の死体を運ぶためのソリを八重樫雫と檜山が持ってきたところで遠藤浩介もまた帰還した。

 

 途端、彼とよくつるむ檜山ら五人が遠藤浩介の許へと走っていき、抱きしめ合って喜びを分かち合っていく。

 

「流石じゃねぇか浩介ぇ!!……っと、無事か? どっか怪我してねぇか?」

 

「心配しなくっても大丈夫だよ、幸利。アルラウネ……じゃ信治と良樹には分かり辛いか。人型の植物みたいな奴が魔物を操ってたみたいだ。でも上手いこと一撃で仕留められたよ」

 

「やるじゃねぇか浩介! 俺は信じてたぜ!!」

 

「おい何ナチュラルに嘘吐いてやがんだ礼一ぃ~? お前めちゃくちゃ焦ってて、『まだかよまだかよ浩介君早く助けて~』ってわめいてたじゃねぇかよぉ~?」

 

「ハァ~!? 俺そんなこと言ってませんけどぉ~!? 俺はあくまで早く倒してくれ、って……あ、浩介。今のは、その……」

 

「……うん、ごめん。ちょっと親玉見つけるのに手間取っちまったから……悪い」

 

「いやガチトーンで謝られても困るわ……悪い、浩介。それと礼一、スマン。やり過ぎた」

 

「何をやってるんだお前らは……よくやったぞ浩介。大手柄だ」

 

 いつものように馬鹿話をしている彼らの許へ、メルド・ロギンスら彼の仲間も加わっていく。流石にまだ完全に気を抜いてはいない様子であったが、それでも場には弛緩した空気が漂う。

 

 凄まじい物量の敵を相手にしのぎ切ったことで得られた達成感と、大量の魔物がすぐには襲ってくることは無いという安心感か、ひどく和やかに彼らは話をしていた――それを遠巻きに見ていた少女の心にまた一つ、深いヒビが入っていく。

 

(……どうして? どうしてどうしてどうしてっ!?――どうして、彼らを見ていると辛いの? 苦しいの?)

 

 彼らの上げる声がひどく耳障りだった。楽し気に話す姿が目障りだった。ゆるくなったこの場の雰囲気がとてつもなく鬱陶しい。

 

 まるで粗い目のヤスリでかけられるように少女の良心と矜持が傷ついていき、傷ついたそれらではもう胸の内からあふれ出す薄汚い感情を止められなくなっていた。

 

(……貴方達が羨ましい)

 

 留まることを知らない羨望が良心を麻痺させていく。

 

 ――かつて王として君臨していた頃は“配下”や“家族”そして信頼して()()“親戚”はいても、“友達”と呼べるような人物はいなかった。

 

 だからこそ喜びを分かち合える存在がひどく羨ましく、奈落の底で絶望と憎しみに囚われていた少女の中で生まれた羨望は簡単に『妬み』へと変わっていく。

 

「……ユエさん?」

 

(……貴方達が妬ましい)

 

 膨れ上がる妬みが少女の心を閉ざしていく。

 

 永遠とも呼べるあの暗闇から救い出してくれた恩のある相手は今や、少女にとって『嫉妬』の対象にしかならなくなった。

 

 自分のように『裏切られた』というのに、前を向いて歩いて行ける彼らがひどく腹立たしく感じていた。だが、彼らは裏切られてすらいなかったことに少女は気付く。

 

 信用するかどうか以前の状況で南雲ハジメ、中村恵里、谷口鈴が“裏切者”として扱われていただけで最初から破綻していた。だからこそ余計に少女の心はざわめいた。

 

「どうしたのユエさん? ねぇ?」

 

(……()()()が憎い)

 

 『憎しみ』が更に燃え上がっていく。

 

 自分と同じ魔力操作()を持っている癖に、自分と同じように追い立てられてここに来るしかなかった癖に、ここの魔物に殺されかけ、その魔物の肉を食べて死の苦しみを味わわなければ生きることすら出来なかったというのに――どうしてお前達はそこまで信用し合える? 誰も憎まずにいられる? 恨み言を吐かずにいられる? 恨みつらみと共に湧き上がってくる疑問はすぐに怒りへと変わっていく。

 

「ね、ねぇユエさん……ごめんなさい。貴女のことを忘れてたのは謝るわ。だから、その……」

 

(――どうして、どうしてお前達はこうも明るくいられるの!? 私は……私はずっと『一人』だったのに! 辛くて苦しかったのに!! どうしてどうしてどうして!!!)

 

 もしかすると自分を救ってくれると思っていた。もしかしたら自分と同じような『痛み』を持っているかもしれないと思った。もしかすると『苦しみ』を共有出来るかと思った。同じ辛さを共有できる人達かもしれないと思った――その願いは、祈りは、全て灰となって消えた。最早少女には憎しみが、妬みが、嫉みが、怒りが、そして――。

 

「すまなかった、ユエさん。貴女も俺達の()()なのに放っておいてしまって……一緒に――」

 

「……その名を、呼ぶな!!」

 

 ――絶望しか残っていなかった。

 

 故に“ユエ”は――アレーティアは激昂する。かつて、永い時に渡って燃やし続けていた憎しみの炎が、嘆きの海が彼女を再度満たしていく。

 

「……えっ? どう、して……」

 

「……私を救った気でいた? 名前でもつけて仲間になった気でいた?――くだらない冗談もいい加減にして」

 

 怒りでマトモに頭が働かないのと残りの魔力が少ないために上級魔法は撃てない。中級も一発撃てれば御の字だ。だから“魔力放射”で残り少ない魔力を振り絞って()()()()()へとアレーティアは叩きつける。

 

「――ッ!? 冗談にしちゃ、笑えないね! 頭でもおかしくなった!?」

 

「……おかしいのはお前達。私は……私はずっと()()だった。今もずっと一人のままだった!!」

 

「違う、違うよユエさん!!」

 

 魔力を叩きつけられて吹き飛ばされた中村恵里と谷口鈴の言葉にも耳を貸すことなく、アレーティアは再度魔力を叩きつける――もうこの命すら惜しくない。この体が砕け散ってもいい、自分の魂すら燃え尽きていいとばかりに“自分の何か”までも削りながら。

 

「……ずっと、ずっと一人のままなら……この世界なんていらない!! 苦しみが続く世界なんて、壊れてしまえばいいっ!!」

 

「――“聖壁”ぃ!!……お願い、ユエさん!……私の、皆の話を聞いてよ!!」

 

 怨嗟も、苦しみも吐き出しながらアレーティアは目の前にいるすべての人間を吹き飛ばそうとしていくが、白崎香織が息を切らしながら張った“聖壁”によってそれが阻まれる。自分の攻撃を防ぎ切ったそれも魔力を叩きつけたことでヒビが入ったため、それを砕くべく何度も何度も魔力で殴りつけていく。

 

「私は、私は……!!!」

 

「こんの……あーもう皆、神水飲むよ!! この馬鹿とっちめて、思いっきり泣かせてやろうじゃんか!!」

 

 中村恵里が神水を煽り、すぐに自分を見やってきた。上等だ。なら何もかもを犠牲にしてやる。そう決意したアレーティアはまた魔力を捻りだしていく。

 

 ――もし、もしもの話だ。

 

 もし仮に、一人またはほんの少数の人間が彼女の許へと来ていたのなら。

 

 もしも訪れた相手が彼女と同じ痛みを、苦しみを抱いた孤独な、もしくはあまり仲間がいない人間だったら。

 

 自分の境遇を聞いても、どんな困難を、苦境を前にしてもなお、逃げ出さないような相手と彼女が出会えていたのなら――きっとこんな結末は迎えなかっただろう。

 

 抱えていた憎しみを『友情』や『愛情』に変えて、彼女は新たに生きる事を決意したかもしれない――だがそれも“もしも”の話でしかない。

 

「……消えろ。お前も、私も、みんな……みんな消えてしまえ!!」

 

 気づかぬままに滂沱の涙を流し、苦しげな顔でアレーティアは叫ぶ。

 

 ――少年達は今、ようやく月の裏の顔を見た。




タイトル原案「偽りの月」

少々くどいようですが読者の皆様に質問です。
彼女は叔父であるディンリードに裏切りという形(真実は愛故のものでしたが)でオルクス大迷宮に封印されました。

原作でもハジメが助けに来るまでは彼女は絶望と憎しみ、恨みつらみに苛まれて時を過ごした事がweb版原作第七章「忘れ去られた記憶」でも語られています。

>裏切り者のはずの、憎い相手であるはずの、思いがけない記憶の断片。

>きっと、客観的に見た叔父のしたことと果てしない闇の牢獄が、ユエの記憶を一つに固定してしまったのだ。誰かを恨まなければ、希望を捨て絶望に浸りながら無気力に過ごさなければ、心が耐えられなかった。だから、一番、見た目通りの筋書きが真実であると信じ込んだ。

……では皆様に改めて質問です。
今作の彼女の憎しみはどうなりました? 『何か』に変わったでしょうか? それもプラスの感情などに変わりました?……つまり、そういう事です。

あ、それとメタな話になりますが、実は『マシ』なタイミングで起爆しました……最悪、真のオルクス大迷宮の守護者戦で爆発しかねませんでしたからね。ええ。
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