おかげさまでUAも108901、しおりも308件、感想数も328件(2022/5/22 19:20現在)となりました。皆々様誠にありがとうございます。原作と違う展開がポンポン出てくる拙作をこうしてひいきにして下さり、感謝に堪えません。
そしてAitoyukiさん。今回も拙作を評価していただき、誠にありがとうございます。あなたのおかげでまたモチベーションを高く保つことが出来ました。本当にありがとうございます。
ではユエを無事無力化した後のお話となります。また今回はちょっと長いです。それに注意して本編をどうぞ。
「皆、すまねぇ。ユエを俺に預けて欲しい」
その言葉が出てきたのは先の連戦で得た食べられそうな魔物の死体をソリに載せ、力を使い果たして今は眠っているユエを香織が背負いながら一行は拠点へと戻って来た時のことであった。
全員が拠点に入ったのを確認して入り口をハジメがふさいだ直後、大介がいきなり皆に向かって土下座をしたのである。突然のことに誰もが目を白黒させる中、彼はこう告げたのだ。
「頼む皆。責任は俺がとる! だから、だからよぉ!!」
「ま、待ってくれ大介! 別に俺達はユエさんを今すぐどうこうしようなんて――」
「わかってる!! でも、でも! ユエが、ユエがやったことを考えると、許してくれねえかもしれねぇから……だから!!」
光輝がすぐにとりなそうとするも、大介は構うことなく地面に頭をつけたままだった。またその際、『許してくれねえ』の辺りで一瞬、大介以外の視線が自分に向けられたことに恵里は心底苛立った。ハジメと鈴もそう思ってる辺り余計にである。
「……ねぇ皆、ヒドくない? ボクのことを血も涙もない奴みたいに扱わないでくれる?……まぁ許したくないと思ったのは事実だけど」
「いや案の定じゃねぇかよ……ホントお前、ハジメが絡むとマトモな判断しないよな」
浩介のツッコミにうんうんと礼一達や優花らはうなずき、雫や光輝、龍太郎に優花や幸利も苦笑いを浮かべながらもそれをたしなめることは無かった。それに遺憾の意を恵里が示そうとした時、それまでだんまりだったメルドが口を開く。
「待て、お前達……お前達がユエの奴を許したいのはわかった。だがな、そう簡単に許していいのか?」
腕を組んで厳めしい顔をしながらメルドがそう問いかければ、光輝は激昂しながらそれに言い返す。
「メルドさん!!――確かに、確かに言いたいことはわかります。ですが! 彼女は、ユエさんは俺達……いや、俺がきっと何かやってしまったから――」
「そ、そうだよ! きっと俺も何かユエをイラつかせちまったかもしれねぇんだ!! だ、だから頼む!」
怒りと後悔を露わにしながら話す光輝に続いて大介も必死に頭を下げるもメルドの様子は変わらぬまま。むしろ表情は一層険しいものへとなっていく。
「たとえそうであったとしても、だ――あの
メルドが突きつけた事実に誰もが黙り込むしかない。さしもの光輝も、大介であっても反論は出来ない。ただ悔しそうに唇を嚙むしかなかった。
その通りなのだ。結局どう言い繕ってもユエは自分達を殺そうとしていたのだから。それは彼女の口から出た言葉からして明らかであり、その身から放たれた空気からは悲しみだけでなく立派な殺意も乗っていた。それは修羅場を経験していたメルドだけでなく、このオルクス大迷宮を駆け抜けてきた全員が理解している。だからこそ何も言えない。それだけは覆しようのない事実だったから。
「本来なら軍法会議を開く……いや、その必要は無いな。“敵”なのだから、“裏切り者”なんだからな。その場で
そう続けるメルドにこの場にいた多くの子供が絶句するしかなかった。そう。メルドはこうして自分達を導いてくれた大人である以前に“軍人”なのだから。だからこそユエの裏切りを誰よりも重く見ており、そのためなら自分達に恨まれようと敵対しようとも辞さない姿勢をとっていたのである。
「……でも、でもよ!! 俺は……俺は嫌だ!! アイツを――ユエを死なせたくねぇんだよぉ!!」
だが自身も絶望に苛まれる中、大介は瞳を潤ませながらも必死に言葉を絞り出した。
「責任なら俺がとる!! ユエは絶対に俺が説得する!! だから、だから……頼むよ、メルドさん」
嫌だった。命を張ってまで助けたかったのに、彼女が悪いことはわかっていても絶対に死なせたくなかった。その無慈悲な判断に自身の恋心が悲鳴を上げた。
だから大介は涙を流してメルドにすがってでも許しを請う。こんなにまで誰かを好きになったことがない、ほんの十五、六年しか生きてない子供なりに必死になってユエの救いを求めた。
「……俺からも、お願いします」
すると今度は浩介もメルドに向かって土下座したのである。思わず声のする方を見た大介がそれに驚き、胸の奥が熱くなる感覚に襲われると、礼一も、信治も、良樹も、幸利も続いて土下座をしてきた。
「すいませんメルドさん。大介の奴のお願いを聞いてやってくれねぇか?……アイツ、ダチだからさ。あんなのにお熱上げてるけど大切な奴なんだ。だから、頼む」
「メルドさんから見たら馬鹿でどうしようもないかもしれねぇ。けど、けどよぉ!!」
「俺達はもうあの女に幻滅しちまったよ……でも、それは“俺達”だけなんだ。大介はまだ諦めてないんだ。だから、だからっ!!」
「これが馬鹿な事だってのは俺も皆もわかってます。けれど、俺も昔は……ユエさん程じゃないけれど荒れてた時期もあったから。だから見捨てられないんです、お願いします!!」
五人もまた必死であった。本当なら大介を諫めるべきかもしれない。けれどもその彼が命をかけてまでユエを救ったのだ。それ程の思いを無碍にすることは彼らには出来ず、自分達も頭を下げることでどうにかしてもらおうとしたのだ。光輝達もそれに続き、全員が頭を下げたのだが場の空気は変わらない。
「泣き落としでどうにかしようとでも考えているのか?……それが後で自分達の首を絞めることになるかもしれんのだぞ。それをわかってて言ってるのか?」
メルドの態度は依然として冷たいままであった。一時の情に流されて問題の芽を摘み取らないことで後々どうなるかがわかっていたからだ。この程度は既に織り込み済みであり、想定の範囲内のものでしかない。だからこそその程度で考えを変えるようなことはしない。
メルドから発せられる圧に思わず誰もが屈しそうになった時、意を決した様子のハジメが大介らと同じく土下座をしたまま口をはさんできた。
「……メルドさんの言いたいことはわかりました。でも、それが必要だとは思いません」
恋焦がれる相手のために頭を下げた大介に、そんな彼を助けるために頭を下げた親友達の様子を見て心が強く突き動かされたのだ。本当なら考えをまとめてから話をするつもりであったが、あんな様子の彼らを見て黙ってなどいられなかった。ハジメは覚悟を決めて頭を上げると、毅然とした態度でメルドに臨んでいく。
「何故だハジメ? お前だけでなく光輝や恵里、他の仲間も奴のせいで死ぬかもしれなかったんだぞ?」
「そうかもしれません。でも、仮にユエさんを殺してしまった場合、最悪僕らも死にます」
そのメルドから冷たく言葉を突きつけられるも、ハジメはそれから一歩も引かない。
「彼女は恵里をさらった奴が求めていた存在です。ですのでもし、彼女が死んでしまった場合はソイツの予定が大幅に狂ってしまう。そうなったら何をしでかすかわかりません。最悪、僕ら全員を殺しにかかるかもしれませんよ」
「……確たる証拠は?」
「……ありません。ですが、僕と恵里をあの階層で殺すのでなく、そこから“落とす”ことを考えていたみたいですし、僕らがこうしてユエさんを見つけたことを踏まえると、ソイツが彼女の存在を求めているとは推測できませんか?」
「あくまでそれは推測だ。それだけでは
しかしメルドは冷たく、かつ的確に言葉を返してくる。その様子にどうすれば、と焦るハジメの手をそっと恵里が引いた。そして振り向いた彼に微笑みかけながらハジメの前に立つと、恵里はメルドを説得するべく話を始めた。
「確かにね。メルドさん、そっちの言いたいことは十分わかるよ。正直ボクも目的や
まずは一旦、メルドの言葉を恵里は肯定する。自分の言葉のせいで光輝や香織の方からどよめきが走るのも想定内。そうして一瞬、メルドの雰囲気が和らぐのを感じ取ると恵里はすぐに自分の考えを話していく。
「でもボクもハジメくんの意見に賛成だね――浩介君が不意討ちしてやっとどうにか出来たあの女がいたんだ。その気になってたらあの場で全員死んでてもおかしくなかった。それぐらいはそっちもわかるでしょ?」
「それはそうだがな……確かに首魁の目的に関してはいいだろう。だが、どうやってユエの奴をどうにかするんだ? そちらの問題がまだだろう? 個人の感傷で襲ってきた相手にどう対処するつもりだ?」
すぐにハジメの話した理由を補強して説得力を持たせると、今度は先延ばしにしていたユエ本人の問題をメルドが挙げてきた。そこで恵里は改めて思案し、結局確率が低いながらもこれしかないと考えていたことを口にする。
「そっちはまぁ、話し合い……いや、腹の内を全部さらけ出してもらうしかないかな。なんていうかあれ、見覚えがあるし」
いっそ正直に全て話してもらうこと。恵里が挙げたのはこれであった。
もし仮にユエに“縛魂”が効くのなら最悪それでどうにか出来たのだが、今の自分の“邪纏”を一瞬で解除するような魔法への抵抗力を持つ相手にそれを保険にするのは無理だと恵里は考えている。そうなればもう話し合いしかない。だが、恵里は今のユエの様子に心当たりがあったのだ。
(誰かへの嫉妬や執念なんかで動いてるような奴らもいたけど、ユエの場合はそいつらと違ってどうにかなるかもしれない……見た感じ、昔の鈴のやつをもっとひどくしたのとかボクが癇癪を起したやつと似てるしね)
恵里がどうにかなると思った根拠、それはかつての鈴の様子と前世? の荒れてしまった自分の姿が今のユエと被っていたからであった。
『ずっと一人』という言葉からしてやはり自分達との間に壁を作っていたのだろう。それは前々から恵里も感じ取っていたことであった。だからこそそこが解決の糸口になるのではないかと考えたのだ。何せその様子が前世? の自分と、かつての小学生の頃に自分と友達になろうとした時に拒絶した鈴の様子とそっくりだったからだ。
「……ねぇ恵里、それってもしかして鈴のこと?」
「まぁ、うん。一応そうだね。多分、鈴が一番アテになるんじゃないかな――後でハジメくんと電話で話したこと洗いざらい喋ってもらうから」
鈴もまさかと思ったのかおずおずと尋ねてきたため、恵里はそれに答えるとすぐに鈴は顔を赤くして縮こまってしまった。やはり鈴もその見覚えのある相手が自分だと思っていたらしい。恥ずかしがっている鈴はハジメに任せ、恵里はメルドとの話に集中する。
「あの感じだと一度全部話してもらえばどうにかなると思う。全部吐き出してスッキリしてもらえば、そこからどうにかなるんじゃないかな」
「……本当にどうにかなるのか? 今の今まで本性、というか本音を隠してた奴だぞ?」
「ま、そこら辺はどうにかするよ――だってアイツ、ボクとも似てたからさ」
自分の考えを伝えてもなお疑うメルドに、仕方なく恵里は自分のことも話すことにした。既にハジメと鈴は知っているのだ。かいつまんでならば別に構わないと考え、過去の一端を口にする。
「ボクが前世がある、ってことは前に話したでしょ?……前は光輝君に執着してたことも」
「ああ、ソイツは聞いてる……でもよ、今でも信じらんねぇ。中村が先生じゃなくて光輝にお熱だったなんてよ」
信治の言葉にハジメと鈴そして光輝が苦笑いを浮かべ、他の皆が
「あの時は光輝君……あー、いや、あいつは天之河でいっか。ともかく、天之河君を手に入れようと必死だった」
自分がかつて執着していた光輝のことを名前でなく苗字呼びする様子に一同が首をかしげる……前世? のことを話した際にも、かつての彼の様子も光輝のイメージをあまり損ねないようオブラートに包んで話したのだが、光輝も含めて今のように全員がピンと来なかったのだ。何せ『現在』の光輝と全然違うからである。
しかもその話を聞いた時、『いや、恥ずかしい話だけどさ、昔は俺もそんな感じだったよ。それで恵里に相当迷惑をかけたのは今でも苦い思い出だ……でもいい歳してそんな人間がいる訳ないだろう? 幾ら俺でもどこかできっと壁に当たって目を覚ましてたと思うんだけどな』と至極ご尤もな意見を光輝本人からいただいていたりする。
彼らよりも前に自分の過去を語ったハジメと鈴に関しても『一体何があってああなってしまったのか』と考えるほどであった。そんなのはこっちが聞きたいぐらいである。
閑話休題。
恵里が話そうとしたのはその先のこと――エヒトの居城で鈴に追い詰められて癇癪を起こしたり、せっかく光輝に“縛魂”をかけて支配下に置いたというのに正気を取り戻し、前世? の雫達と和解していた時に絶望した時の様子だ。そこまでを説明するべく話を続ける。
「と・も・か・く!……ゴホン。彼を手に入れようとして色々とやってたよ。地球にいた時から取り巻きを追い落としたりしてたし、前にトータスに来た時も他の皆を排除して天之河君を独り占めしようとしてた」
「……もうしないよね、恵里ちゃん?」
「やるはずが無いでしょ、香織。ボクにはもうハジメくんがいるんだし、鈴だっていてくれるんだから……それと、皆も」
そうして話を続けようとすると香織がじっとりとした目で疑問を投げかけてきたため、すぐさま打ち返す。自分を愛してくれるハジメがいるし、一緒にハジメを愛すると誓った鈴だっていてくれる。それに、こんな自分にまだ香織達は愛想を尽かさずにいてくれるのだ。だったら不満なんてエヒトのクソ野郎関連以外であるはずが無いのだから。ちょっと恥ずかしがりながらも恵里は話を続ける。
「でもあの時は結局上手くいかなくって、自棄になって自爆して……その時のボクにも似てるんだよ、さっきのユエはさ。欲しいものが手に入らなくて癇癪起こして、ワガママ言ってる子供みたいにね」
その言葉に誰もが腑に落ちた様子で、そして苦し気な表情を浮かべている。無理もない。そうならないようにしていたつもりだったのに、結局自分達のせいで彼女を苦しめ続けてしまったのだから。そして恵里に自身の苦い思い出を話させざるを得ない状況を作りだしてしまったから。
そんな皆の気持ちがわかって、少し嬉しがりながらも恵里は自分の考えを口にし続ける。
「……だから、さ。もうこの際全部言わせて強制的にスッキリさせちゃおうよ。その上でまた協力してくれるよう頼むなりなんなりしてさ。闇魔法が通じれば良かったけど…………通じないんだし、それならこれが一番だよ。やっぱりお話が一番。だからそんな目で見ないでってば」
闇魔法を使うつもりであったのを白状したところで全員から白けた目で見られ、あまりの気まずさに目を背けながら必死に弁論する。そしてハジメが一際大きくため息を吐くと、大介を突っついて耳打ちをする――今だよ、と。それを聞いた大介もすぐにメルドにもう一度頼み込む。
「どうかメルドさん、お願いします!! せめて、せめて話だけでもさせてくれ!! だから、だから……」
大介がそう伝えると同時に全員で頭を下げると、遂にメルドも大きく息を吐いて冷たい空気を霧散させる。思わず顔を上げれば、仕方がないとばかりの表情でメルドはこちらを見ていた。
「全く……まぁいいさ。お前達の覚悟は伝わった。それで何もしないほど俺も冷血漢にはなれん」
メルドから漂っていた剣吞な空気は既に無く、大介達や恵里に振り回された時のようにやれやれといった感じの表情を浮かべている。全員が説得に成功したと理解するのに時間はかからなかった。
「だが、くれてやれるチャンスは一度だけだ。もし上手いことやれなかったのなら――
……が、『こうする』と述べた際にメルドがやった首を切るハンドサインに全員の肌が粟立った。チャンスをくれてやるだけで、ユエを始末することへの迷いも無いままだったということもわかってしまったからだ。そんな自分達にメルドは改めて問いかけてくる。
「……さて、大介。それとお前達。やるなら絶対に成功させろ。半端な結果は出すな。いいな?」
「――はいっ!!」
そのメルドからの問いかけに大介は人生で一番いい返事をした。失敗したらどうしようという恐れもある。緊張もとれない。だが、メルドからユエのことを任されたのだ。なら絶対に成功させてみせると大介は息巻く。
頼れる友人全員の顔を見れば全員がやる気にあふれており、言葉など無くても是が非でもユエの説得を成功させる意志が伝わって来た。大介は一度眠り姫の方へと視線をやると、恵里達の方へと勢いよく頭を下げた。
「浩介、礼一、信治、良樹、幸利、ハジメ、光輝――それと皆。頼む。俺と一緒にユエを……ユエを助けてくれ」
「顔を上げろよ大介――ほら」
礼一からかけられた言葉の通り、顔を上げれば決意の変わらぬ、否、一層強い意志を秘めた友人達が大介を見つめている。心は一つになった。絶対に成功させよう、と誰もが無言で訴えてくるのがわかる。
「みんな……頼りにしてるぜ!!」
おう!! と声が拠点に響き渡る。そして全員でどうやってユエを説得するのかを話し合うのであった。
「……ここ、は?」
「――ユエっ!! 良かった。目が、目が覚めたんだな!!」
そうしてユエをどう説得するかの話し合いを終えてしばらく経過した後、ようやく件の相手も目を覚ました様子であった。ずっとそばで彼女の手を握っていた大介も心配で仕方なかった様子もすぐに喜びと安堵に満ちたものへと変わり、今はもう涙ぐんで彼女の手を両手で握るだけであった。
「良かった……本当に、本当に良かったよぉ……」
「……ああ。本当に、本当に良かったな。香織」
安堵したのは大介だけではない。ずっと心配そうに見つめていた香織もぐすぐすと鼻を鳴らしてすすり泣いており、龍太郎も彼女の肩にそっと腕を回しながらも自分の目を何度も空いた手でこすっていた。
「生きてて、生きてて本当に良かった……ごめんなさい、ごめんなさいユエさん……」
「……本当にすまなかった。ユエさんの気持ちも、抱えているものもわかったつもりで俺は何もしなかった。どう向き合えばいいのかわからなかった。ユエさんならきっと大丈夫、なんて根拠のないものにすがってしまって……本当に悪かった。この通りだ」
「ごめんなさい、ユエ……コウキだけじゃなくて私も、私も結局あなたのことを追い詰めてただけだった。謝って済むようなものじゃないけど、でも――この通りよ」
雫も涙を流しながら謝り、光輝も心の底から彼女へと詫びる。他の皆もそれに続き、未だこちらを向くだけで体も起こせていない少女へと頭を下げている。
(……あぁ、そうか。私はコイツらに負けたんだ……この、忌々しい奴らに)
だがそれを見たユエはまだぼんやりした頭で状況の把握に努めた後、自分に向けて謝罪してくる彼らに向けて強い苛立ちを感じていた。そうやって自分の苦しみをわかったつもりでいる彼らが、頭を下げて言葉を述べただけで気が済むだろうと思っている奴らが本気で憎たらしかったのだ。
(……どうして、死ねなかったの。あそこで死んでしまえば、もう苦しまなくって済んだのに)
そしてそれは自分自身にも向いていた。文字通り死ぬ気で魔法を使い、奴らも自分も殺すつもりだったというのに結果はこの有様なのだから。
せめて暴れ出す前にコイツらへの嫌悪を我慢しながら血を飲んでいれば、と思うも後の祭りだ。今はとてつもない倦怠感に襲われてしまっており、体に力が入らない状態なのだから。
もう一度暴れたり、自分の手を握る男を突き飛ばすどころか体を起こすことすら辛い。そんな状況で心底憎い相手からの謝罪を黙って受けるなど、彼女には耐えられなかった。
(……もう、いい。もう、疲れた……生きることも、苦しむことも……全部、全部疲れた……)
そんなユエはもう自身の終わりを願うしかなかった。生きていても憎しみに身を焦がされる。憎い相手を道連れにして死ぬことも失敗している。故に何もかもが億劫になって、ただこの意識が永遠に途絶えることしかもう頭に無かった。この世の全てに、疲れ果てていたのである。
「なあユエ、俺達の何が悪かったか言ってくれよ。謝るし、全部受け止めっから」
そんな折、自分の手を握っていた大介からユエは声をかけられた。今更何をと思うものの、自分に寄せられる視線が鬱陶しく、言わなければいつまでも尋ねてくるだろうと彼女も察する。
「……お前達の全てが、何もかもが憎い」
「テメェ……最初に手を出したのはそっち――」
「礼一!――言いたいことはわかる。でも、今だけは、今だけはこらえてくれ!!」
「信治君も良樹君も! お願い、今は我慢してよ。大介君のために、頼むから……」
だから、ユエは感じていたものを、堪え続けていた思いを口にする。すると礼一と信治、良樹が憎しみを露わにしたユエに怒りのこもった眼差しを向けようとするも、すぐに光輝やハジメを筆頭に他の面々に止められ、宥められる。ユエはそんな彼らの様子を見て鼻で笑いながらまた己の胸の内を明かしていく。
「……どれだけの苦境に陥っても揺らがない信頼が……私が殺す気でかかってもまだ手を差し伸べてくるお前達の人の好さが気に食わない」
こうしてまた思いを口にすれば、腹の内に溜まりに溜まった思いがドロリとあふれ出し、臓腑から爪の先までどす黒く染まっていくかのような心地がしてユエは顔をしかめていく。嫉妬が、憎しみが、再燃していく。
そんなユエの言葉を聞いて、ユエの表情を見て誰もがショックを受けていた。あそこでユエを助け出せたと思っていたのは誤りだった。ただ“自由”にしただけでしかなかったのだと気づいてしまったからだ。
自分が殺しにかかった時よりも恵里達が苦し気な顔をするのを見て、ユエは眉間にしわを寄せながら再度口を開く。
「……一緒にここに来たことを後悔した癖に仲間割れもしないで、ずっと仲良しこよしなお前らが憎い」
「――それ、はっ」
「絶望してた癖に、折れないで立ち上がったお前達が憎い」
ユエの言葉で香織や雫、鈴は一層悲しそうな顔を浮かべており、恵里もまた何も言い返せずにいた。わかってしまう。ユエの思いを痛いくらいに理解できてしまうからだ。前世? の小学生の頃に光輝が自分を助けてくれた時と今のユエの状況が変わらなかった。そして光輝がやったようなことを自分もやってしまっていたからだ。
鈴とちゃんと友達になって、ハジメを愛し、心に余裕が出来てしまったからこそ、その苦しみに気付いてしまって胸が痛む。自分は
だがユエはそんな恵里達が自分に同情したり憐れんでいるようにしか見えなかった。それが気に食わなくてまた思いを口にしていく。
「……私を憐れみたかった? 同情したくて私を助けた?――ならそれは侮辱。お前ら如きの慰めの言葉なんて、いらない」
「違う! 違うよユエさん! 私達はただ――」
「お前達の下らない同情で、自己満足から来る偽善で……私を救おうだなんて思い上がるな」
ユエが思いを口にする度、もう静観することを決めて瞑目したメルド以外の全員の心が傷ついていく。裏切りを受け、三百年もの間何も出来ずに真っ暗闇の中生きるしかなかったことが彼女の心にどれだけの傷を残したのか。それをちゃんと想像したり、理解していなかったと痛感してしまったからだ。
「私は、助けてと頼んだつもりなんてない。その安い同情が、本当に苛立つ!!……それとも何も出来ずにいた可哀想な小娘を愛でたかった?――私を愚弄するな、俗物!!」
ユエは止まらない。足りない、まだ足りないとばかりに憎しみに、怒りに火をくべていき、胸の内をさらけ出していく。
「お前達がつけた名前だって、かつての名前を聞かなくて済むためのものでしかない……でも、お前達のせいでこの名前すら忌々しい。お前達なんか、お前達なんか……」
そうして幾度も強い憎しみを自分達に叩きつけて来たユエであったが、不意に言葉が詰まってしまう。そこで彼女を見た恵里達もまた彼女のようになってしまった――憎しみを宿した瞳から涙を流していたから。憤怒に染まっていたはずの顔がひどく苦し気になっていたから。
「こんな、こんな思いをするぐらいなら……私は、あのままで良かった……」
言葉に段々と嗚咽が混じっていく。流れる涙がベッドを濡らし、少しずつ大きな水たまりを作っていく。
「なんで……なんでお前達はずっと仲がいいの? 私は、裏切られたのに。信じてたのに、どうして……」
怒りだけじゃない。憎しみだけでもない。苦しみが、悲しみまでもが彼女の心からあふれ出していく。
「ずっと、ずっと、羨ましかった……お前達を見てると、裏切られた自分が、どこまでもみじめで、苦しくて……」
妬みが、羨みが止まらない。ずっとずっと欲しくて、遥か昔は手にしていたはずの幸せが自分でなく彼らの中にある。その事実があまりにも苦しくて、ユエはただ涙を流す。
「どうして……どうしてわたしは、しあわせじゃないの?……くるしいの? こたえろ……こたえてよ……」
顔をくしゃくしゃにしながら恨み節を、問いかけをする様はまるで見た目相応の子供のようで。ただ一人、暗闇の中に取り残された幼子のようにユエは泣きじゃくっていた。
「……きらい。おまえたちなんか……おまえたちなんか、だいっきらい……うぅ、ぁぁ…………」
生きることも憎むことも、悲しむことも妬むことにも疲れ、あまりに弱々しい拒絶の言葉と共にただむせび泣くユエを見て誰もが涙を流す。自分達の愚かさに、そしてこれ程までに苦しみ続けていたユエを思って。
「……ごめん。何も、何もわかってなくて本当に悪かった。俺は、俺は……」
そんな中、大介はユエの握っていた手を両の手で包みながら懺悔する。あまりに苦しくて、切なくて、どうすれば惚れこんだ彼女を助けられるかと思って漠然としながらそうした。それが正解かはわからない。だが、それでも、何かをしなければやっていられなかった。自身の心が悲鳴を上げていた。それ故の行動であった。
「うる、さい……あっちいけ……うぅ、うぅぅ……」
それをユエはロクに力が入らない手で振り回し、どうにか放させようと抵抗する。だが衰弱した今の体ではどう頑張っても振りほどくことが出来ず、すぐに肩で息をしてしまったことで諦めてしまった。
「ごめんね……ごめんね……わたしたち、なんにもわかってなくって……」
「なさけ、ないよ……こんなとき、どうすればたすけられるかもわかんないなんて……」
ぽつぽつと恵里達も言葉を漏らしていく。ユエを助けられなかったことを、苦しめたことを、必死になって足搔こうとしなかったことへの後悔が口から出ていく。嘆きが、悲しみが、拠点の中を満たしていく。
「……たすけて……たすけてよ……だれか、だれか……あぁ……あぁぁあぁあぁあぁ…………」
吸血鬼の王であった少女の憎しみが果てる様子は無い。嫉妬も消える気配は無い。悲しみもまた尽きない。
「……おれが、おれがたすける!! だから、だから……うぁあぁあぁあぁぁあああぁ!!!」
けれども少女はやっと、抱えていたものをほんの少しだけ手放せた。ようやく膨れ上がっていた感情をわずかに出せた。それはきっと、幸福なことなのだろう――。
「――“砲皇”」
螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻が目の前の蜂型の魔物を切り裂いていき――そして大きな爆発を起こす。
その魔物が体から飛ばしてくる針は着弾すると同時に爆発を起こす代物であり、しかも銃弾のように連射してくるという恐ろしい奴である。
そんな魔物の群れに群がられていた恵里達であったが、ユエが放った魔法により内蔵していた針を全て切り裂かれ、そのまま爆発四散してしまう。相も変わらず反則じみた強さにため息を漏らしていると、そのユエが振り返ってジト目でこちらを見ていた。
「……私ばかりに任せるな」
「……すまない、次からはそうさせてもらうよ。じゃあ皆、改めて索敵をしよう――」
とげとげしい様子を隠すことなく自分達にぶつけてくるユエに光輝も苦笑いを浮かべながらそう答えるしかなく、この階層の情報を掴むために一緒に来た恵里達もまた彼の言葉に従った。
――お互い涙を流してしばらくした後、恵里は仲間を代表して再度ユエに協力を求めた。せめてこのオルクス大迷宮を突破するまではお互いに協力した方がいいと持ち掛けたのである。
自分達はユエの力で早くこの大迷宮を抜けられるし、ユエとしても安全にここを進める上に
「……そろそろ魔力が尽きそう。早く吸血したい」
その際彼女から持ち掛けられた条件は二つ。一つは『自分の名前を呼ばない』こと。『ユエ』という名前すら嫌悪の対象となり、この大迷宮を突破した後はもう縁を切るつもりであった彼女からすれば、恵里達との繋がりを可能な限り薄くするつもりであり、それを誰もが寂しく思いながらも恵里達は承諾する。当初は名前を呼ぶこともしばしばであったが、階層を八十程降りた辺りで慣れてしまっていた。
「はいはい……それじゃあ檜山、腕出してあげて」
「おう、わかった――ほい。いつでもいいぞ」
そしてもう一つは『檜山以外の血は吸わない』ということだ。魔物の肉を食べるのは論外だし、魔物の血も飲んだら危険である可能性は十分に高い。そうなると当然、飢えをしのぐためにも誰かから血をもらわなければならなくなる。そこで白羽の矢が立ったのが大介であった。
「ん……それじゃあ貰う」
幾度憎しみを露わにし、拒絶してもなお自分に愛想を尽かさない大介を見て何か感じるものがあったのか、彼の血だけは許容することにしたようである。今もこうして先行部隊に加わった彼の腕に歯を立て、ユエは食事にいそしんでいる。
「……もういい」
「おう……その、本当にこれだけでいいのか?」
尤も、血を吸う時はやはり憎しみがあふれてくるのを我慢をしているし、飲む量も以前と変わらず腹がかろうじて膨れる程度だったが。大介からの問いかけにユエは首を横に振るだけで特に何も言わない。そのことに軽く心が折れそうになる大介にハジメと恵里、そして鈴が声をかける。
「……もう少しだけ、頑張ってみようよ。もしかすると逆転するかもしれないし。根拠も何もないけどさ、ね?」
「……おう。頑張る。負けてたまるか」
「その意気だよ、檜山。それじゃ、ボクも頑張らないとね」
「頑張って、檜山君。鈴だってめげなかったからチャンスを手に入れたんだからね」
「だな……ホントありがとよ、谷口」
「……こっちのは? おい、ボクへの感謝の言葉はないの?」
そうして恵里も皆も軽口を叩きながら索敵し、周囲の状況を探っていく。そうして各々の範囲でやれることをやっていると、恵里は使役した魔物の反応が一つ途絶えたことを感知した。
「二時の方向、向かわせてた魔物が一体……ううん、三体死んだ。全員、警戒しよう」
「ありがとう恵里――全員、戦闘準備! 来るぞ!」
そして今日もまたオルクス大迷宮を恵里達は駆け抜けていく。本来ならばとても深く、綿密に絡んだ縁をようやく結んで。それはいつ解けてもおかしくないものでしかなかったが、それは確かに今ここに存在していた。
――本来辿った未来とは違う形で、少女と共に子供達は戦い続ける。その縁が切れぬことをただ願いながら。
遂に次回は真のオルクス大迷宮の最奥の守護者、ヒュドラ君戦です。遂に来ましたー、いえーい。
原作と違って十八人、しかも原作の魔王ほどのスペックではないにせよ全員が高・水・準!! こんなの勝ったも同然ですねーうっひょひょーい。
……なので『現実的な範囲』で強化しますね(ニッコリ)
だいじょーぶ! あくまで『あり得そうな範囲』での強化ですよー。やっぱり大トリですもの、ちょっとぐらい盛り上がれる仕様にしといた方がいいじゃないですかー(ニマニマ)