あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは読者の皆様への多大な感謝を。
おかげさまでUAも114078、お気に入り件数も752件、しおりも321件、感想数も346件(2022/6/11 17:39現在)となりました。本当にありがとうございます。まさかランクイン入りしてここまで伸びるとは思わなんだです。感謝に堪えません。

そしてゆうきかずまさん、Aitoyukiさん、椎名真白さん、Kapikapiさん、拙作を評価及び再評価していただきありがとうございます。皆様に評価して頂けたことで執筆の活力を得られただけでなく、ランクイン入りまでさせていただきました。誠に感謝いたします。

さて、今回の話を読むにあたっての諸注意として結構長め(15000字程度)である事、そしてある人物が黄昏時を迎えたという点です。

ではこれら二点に注意して本編をどうぞ。


四十九話 逢魔時、来れり

『ねぇ恵里ちゃん、短ざくに何書いたの?』

 

『……ハジメくんが見せてくれたら、言ってあげるけど』

 

 オルクス大迷宮の守護者との戦いを終え、皆と共に眠りに就いた恵里は懐かしい夢を見ていた。

 

 それは小三の頃の七夕の記憶。友人となって一年が経過した光輝達や新たに輪に加わった香織、そしてその家族と一緒に南雲家に集まって夜空を見たり、流しそうめんを食べたりして楽しんでいた時のものを。

 

 確かこの時はそうめんを食べ終えて、皆で短冊に願い事を書いていた時のはず。そう思っていると幼い頃の鈴がハジメの服の裾をクイクイと引っ張っていた。

 

『……鈴のも見せるから、ハジメくん見せてよ』

 

『えっ!? う、うーんと……は、はずかしいからダメっ!!』

 

 そういえばこの時の鈴はちょっとむくれた顔で彼にお願いしていたなと思いながら、結局恥ずかしさが勝った様子で自分の短冊を胸に抱える彼を見て恵里は懐かしむ。

 

 ハジメとの思い出はどれも大切で、愛しいものであるが故に大体のことを恵里は覚えている。確か、この後は自分がちょっとからかおうとしてたはず、と思っていると自然と自分の口がその通りに動いた。

 

『……じゃあいいよね。ハジメくん、恥ずかしいみたいだし』

 

 そしてそんな自分を見て彼は記憶の通りにうろたえている。夢でもなければ起こらない状況がどこか面白く、とても愛おしく感じていると、やはり記憶の通りにハジメはほんの少しだけ迷いを見せた。

 

『え、えっと……恵里ちゃんはべつ! べつだから!!』

 

 そう言いながら自分に密着する勢いで近づいてくると、目の前の少年はこっそりと短冊を見せてくれた。

 

 ――お友だちの鈴ちゃんたちと大切な恵里ちゃんといっしょにいられますように

 

 少しつたない字で、さっき鈴から隠した際についたであろうシワのある短冊を自分にだけ見せてくれた少年に恵里の胸はまた温かい思いに満たされていく。

 

 あの時もそうだった。あの頃既に彼に恋をしていた。けれどもそれに気付こうとしなかったせいでわからないままであったあの感覚を恵里は思い出していた。

 

『ね、ねぇ恵里ちゃん……ぼ、僕見せたよ? お、教えてよ! 恵里ちゃんが何書いたのか!』

 

 もじもじとしながらも自分から目を離さない彼を見て、ひどく胸の中が満たされていたなと思い返す。

 

 こんな幼い頃からずっと想われていたからこそ、彼に夢中になってしまったんだと改めて恵里は思った。そしてその時の記憶をなぞるように恵里の体は勝手に動き、ハジメに抱き着いて耳元でささやく。

 

『ハジメくんとずっと一緒にいられますように、だよ』

 

 “ハジメくんと鈴、お父さんとお母さんと一緒にいられますように”

 

 これが本当の内容――当時はまだ母のことは割とどうでもよかったが、今となってはぞんざいに扱えなくなってしまった――であったが、あえてその時はそうつぶやいたのだ。

 

 あの頃はどうしてそんな風に言ったのかと後で悶々としていたが今ではわかる。さっきの言葉で面白いくらいに顔を真っ赤にしながらも大事そうに自分を見つめてくれる男の子にとっくに夢中だったんだと思えたからだ。

 

『ねぇ、ハジメくん』

 

『な、なに? 恵里ちゃん……?』

 

『ボクのこと、抱きしめてよ。ギュッて、して』

 

 だから目の前の子にこうして甘えて、そしてワガママを聞いてもらって。言われるがままに自分を抱きしめてくれる男の子の胸に恵里は顔をうずめる――幼さ故にまだ柔らかみのある彼の胸元の感触に満足しながらも恵里はふと思う。この時のハジメはどんな顔をしていたんだろう、と。

 

「――り、恵里」

 

 ふと彼が自分の名前を呼んでいるのが気になり、恵里はそっと顔を上げる。確か記憶の限りでは恥ずかしがっていたのか黙ったままだったはずなのに。そう考えて彼の顔を見る――その瞬間、意識が覚醒した。

 

「恵里……あ、良かった。目を覚ましてくれたね」

 

「……ぁ、うん。おはよう、ハジメくん」

 

 少し寝ぼけながらも目を覚ませば愛しい彼が微笑みながら自分を見てくれている。そこでふと恵里はとても素敵な夢を見ていなかったかと思い出そうとするも、目が覚めると同時にそれは既に記憶の彼方へと消え去ってしまっていた。

 

 なら思い出せないなりに恵里は幸せを求める。

 

「ぁ、ん……」

 

「ん……ちゅっ……」

 

 彼と自身の唇を重ね合わせた。

 

 触れ合った時間はほんの数秒。けれども互いの熱を、愛を感じる口づけを交わし、互いに笑う。

 

「おはよう、恵里」

 

「おはよう、ハジメくん」

 

 ずっと求めていた愛する人との幸せなひと時を、オルクス大迷宮の最下層で、お互いに身を寄せ合いながら少年と少女は味わっていた。

 

「どうしたの、ハジメくん。何かあったみたいな顔をしてたけど……?」

 

「あ、うん。見てもらった方が早いとは思うけど、やっぱり皆が起きてからの方がいいかな。じゃあ鈴も――んぅ!?」

 

 説明を求めるものの、はぐらかすような答えに恵里はちょっとむくれながらハジメを見る。せっかく幸せな時間を味わってたのにそれに水を差さないでほしいと思っていると、自分と同様に彼の胸元で眠っていたはずの鈴がハジメの唇をいきなり奪ったのである。

 

「んちゅ……れろっ……鈴のこと、無視したハジメくんに……ぴちゃ……おしおき、だよ……ちゅっ、んんっ……」

 

「ぷはっ……す、鈴……はむっ……ごめん……ちゅっ……んんっ」

 

「やだ……もっと、もっと……ん……ちゅ……」

 

「こ、こんの――! ボクのキスをすぐに上書きするなー!!!」

 

 ……そしていつものようにあっさりと瓦解する甘い時間。始まる喧噪。三人一緒にいればそれはどこであっても結局変わることは無い。

 

 ほんのりと甘く、愛しい時間を三人は今日も過ごすのであった。

 

 

 

 

 

“よし、それじゃあ最後の確認だ。まずは俺が扉を軽く開ける。次に雫と浩介が“気配遮断”と“気配操作”を使いながら侵入。状況をこうして“念話”で確認しながらこの先の確認だ。いいな?”

 

 “念話”を用いた自身の問いかけに、この場にいた全員が同じ方法で了解と返すとすぐさま光輝は扉に手をかけた。

 

 ――恵里が目を覚ましてからしばらくした頃、全員が目を覚ました時に浩介がここの扉が開いている、と伝えてくれたのだ……自分達や光輝と雫、香織と龍太郎との睦み合いを見ていたのか、ものすごい形相をしたままでだが。

 

 その後頬を染めながら咳ばらいをした光輝と一緒に全員で“気配感知”を使いながら作戦会議をし、今しがたそれを終えたところだ。

 

 現状、小さな気配が幾らか引っ掛かる程度で敵の気配は一切見当たりはしない。とはいえ自分達の使うこの技能を欺いて襲ってきた敵はごまんといるし、さっきまで戦っていたヒュドラのように魔法陣から出てくる場合は転送する形なせいかどうしようもならない。

 

 そのため恵里達は警戒を緩めることなく扉の先へと侵入することとなったのである……なお大介が『そういやこの蛇のヤツどうすんだよ』という指摘を受け、ヒュドラの死体を氷属性の魔法が使える全員で大急ぎで凍らせた後でだが。

 

“皆、改めて聞くけれどもう大丈夫だよな?――よし。それじゃあ全員、いつでも戦える状態でこの先へ向かおう”

 

 問いかけに全員がうなずくのを見ると同時に光輝は扉に手をかけ、人が一人通れる程度に開く。そして雫と浩介に目配せをすると、すぐに二人は天職“暗殺者”としての技能とこの奈落で磨いた感覚をフルに使ってその先へ進む。

 

「……えっ。なに、これ……」

 

「……マジ、かよ。すげぇ」

 

 だが扉の先へと進んだ瞬間、二人の足は止まってしまう。声からして敵が待ち構えていたり、先のヒュドラを召喚したような新たな魔法陣を見つけたといった緊迫感のあるものではないのは光輝もわかった。

 

“どうしたんだ二人とも!? 何か、何かあったのか!”

 

 とはいえそれはそれ、これはこれである。

 

 すぐに光輝は“念話”で二人に呼びかけ、何があったのかを尋ねると、その“何か”に心を奪われていた二人もすぐ反応し、思いもよらない答えを返してきた。

 

“ご、ごめんなさい……その、落ち着いて聞いてね?――太陽が、あったの”

 

“悪かった皆。あ、それだけじゃねぇぞ。滝と川もある。畑もだ。なんつーか、こう……田舎みたいなんだ”

 

 二人の言葉に誰もが思わず目をむいてしまう。こんな洞窟の奥底に太陽が存在する? 陽の光が差し込むというならわかるのだが、そんな馬鹿なはずがない。おそらく人工の太陽だろうとすぐに全員がその結論にたどり着くも、それはそれで妙な話であった。何せ『照明』でなく『太陽』だ。そんな代物があるのだろうかと誰もが疑問に思い、そこで好奇心に駆られた大介達が扉の隙間から顔を出した。

 

「おいおい浩介、んな馬鹿な話があるか――マジだわ」

 

「八重樫、いくらニセモノだからって太陽があるわけ――あったわ」

 

「照明と太陽間違えるとか疲れてんな二人とも。まぁ俺はそんな見間違い――するわ。つーか太陽だわこれ」

 

「俺らもそうだけど二人とも、さっきの戦いで結構血を流しまくってたもんなぁ。頭がどっかおかし――スマン、俺もおかしかったわ。太陽にしか見えねぇ」

 

 そしてものの見事に四馬鹿はノリツッコミを決める。

 

 敵の気配が無いせいかまた短慮なところが出て呆れた一同であったが、先のノリツッコミと同時にこちらを見てきた彼らを見て余計にため息が出てしまう。いくら何でもそんなバカな、と思って恵里達も警戒しながらも扉を開け放つ。

 

 その瞬間、全員が雫と浩介の言葉を疑い、大介達を馬鹿にしたことを後悔した。

 

「ほんと、だ……」

 

「お日様だ……」

 

「作り物、だよな? でもあったけぇ光だ……」

 

 扉の先の空間に入った全員の頭上に円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面には煌々(こうこう)と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、雫達は思わず“太陽”と言ってしまったのだろう。そう言っても仕方がないほどにそれは出来が良かった。

 

「ね、ねぇ。なんか水のせせらぎの音が聞こえるんだけど……滝! それに川まで!!」

 

「本当だ! ね、ねぇ魚! 魚もいるよ!! さっきから感じる気配は魚のだったみたい!!」

 

 そして耳に心地良い水の音もこの空間に響いていた。扉の奥のこの空間はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。

 

 天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。

 

 全員が川に寄って眺めてみれば魚も泳いでおり、先程から感じていた気配からしてこの魚のもののようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれないと思う者も少なくなかった。

 

「……やっぱりここが反逆者の住処じゃないかしら?」

 

「可能性は正直高いと俺も思う。ただ、侵入者対策で何があるかわかんねぇし光輝達はまだここにいてくれ。他はどうなっているか調べてくる」

 

「わかった。あまり無理はするなよ」

 

 光輝の言葉に雫と浩介はうなずくと、すぐさま二人はこの空間の探索に移った。彼らが一階の部屋を物色しに入っていくのを見届けると、光輝は全員に改めてここで待機するように命じる。

 

「皆、安全が確保されるまではここで一旦待機だ。中はどうなってるかわからないから――」

 

“ねぇ浩介君、ここ寝室じゃない?”

 

“うわ、マジだ。なんかこう……パルテノン神殿の中央にベッドがあるみたいだ”

 

 ふと二人から寄せられた報告に全員がピクリと動く。“寝室”、“ベッド”、という単語に大きく反応した一同は急にソワソワとし出した。

 

「……うん。侵入者撃退のための何かが仕掛けられてる可能性も――」

 

 だが光輝は頑として動かず。

 

 浩介が言った通り、ここが以前ユエが可能性として述べていた反逆者の拠点であることはもう疑いようがない。だが、これを造った存在が用心深くて幾重にも罠を仕掛けてある可能性もある。だからこそ皆にも自重を求め、動かないよう目で制する。

 

“あ、ここはリビングみたい。暖炉とかあるわ”

 

“じゅうたんまで敷いてあるな……あ、ソファーも”

 

 また寄せられた報告にこの場にいた全員がざわついた。見れば先程あまり動揺しなかったメルドも少し浮ついた感じになっており、慌てて咳ばらいをしてキリッとした表情で光輝を見つめる。無論、光輝も表情を引き締め、意志を強く持とうとする。

 

「……なぁ光輝」

 

「……何があるかわからないから駄目だ、大介。それと礼一達も。うかつに動いて仲間を危険にさらせない」

 

 さっきも動きそうになった大介達を光輝は止める。正直な話、自分だってちゃんとしたソファーや寝具で休みたい。それが無理なら自分達が造った家具でもいい。地面に寝転がっていたから全身がちょっと痛いのだ。ちゃんとしたものを使いたい、という欲求を抑えながらも手で皆を制していた。

 

“ね、ねぇ見て浩介君!! と、トイレ! おトイレがあったわ!!”

 

“マジだ!!……うぅ、これでそっち関連の問題もおさらば出来るんだな……”

 

「…………コウキ」

 

「…………駄目だ。まだ二人が戻ってきてない。誰に何を言われようとも俺はここにいる皆を守る――」

 

 二人の言葉に全員が大きくざわめき、女子~ズを代表して優花が声をかけてきたが光輝は苦渋に満ちた表情で彼女を止めた。

 

 そりゃ自分だって確かめに行きたい。何せ今までこういった問題は土属性の魔法で穴を掘って埋めていたのだから。流石に拠点から離れた場所でやっていたが、地球で育った自分達としては衛生面が滅茶苦茶気になっていたし、ちゃんとした設備があるなら使いたい。

 

 そうは思っていたが今は我慢の時、とこの場にいたメルドを除く全員――メルドは行軍経験もあってこういうのは割と慣れていたためである――に負けず劣らずのすごい表情をしながら自分に言い聞かせるように言葉をかけた。

 

“何かしらねこのライオンのオブジェみたいなの……わっ!? お、お湯! お湯が出たわ!!”

 

“ここ露天風呂かよ!! 見晴らし最高じゃんか!! うわー、これを光輝達と一緒に見れないのもったいないなー”

 

“なぁやっぱり行っていいか二人とも!? もう皆を抑えられないし俺も我慢出来ないんだけれど!!”

 

 光輝、堕つ。

 

 もう無理だった。風呂だ。お風呂なのだ。日本人ならばやはり風呂に関しては譲れないものがあった。拠点で造った簡易的なものに思い入れが一切無い訳ではないが、ちゃんとしたものがあるならそっちを使いたい。ちゃんとしたお風呂に入りたい、と誰もが抑えが効かなくなってしまったのである。毎日風呂に入るようになったメルドとユエもこればかりは我慢が効かなくなった。体がかゆくならなくて済むのは大きかったのである。

 

“ちょ、ちょっと待ってよ光輝!? ま、まだ調べ物の最中で――”

 

“そ、そうだぞ! べ、別に楽しくなってきたわけじゃないからな!!”

 

“無理なものは無理なんだよ!――とりあえず風呂の場所だけでいいから今すぐ教えてくれ!! もう軽く風呂入ってから全部考えよう! さっきの戦いで皆土まみれだし身ぎれいにしてからでもいいよな、はい決定!!”

 

 そうして浩介から場所を聞き出し、全員で風呂場へと突撃していく。久々にちゃんとした入浴が出来る、と頭が馬鹿になった集団を二人では止めることは出来ず、結局暴走を許してしまう……かくして誰もが極上のリラックスタイムを堪能したのであった。

 

 なお、風呂に入る前に前の階層で待機していたイナバとユグドラシルは光輝が責任をもって連れてきたし、入浴する時間は男子三十分、女子一時間(イナバはこっち)の制限を光輝はつけていた。出来るリーダーは違うのである。

 

 

 

 

 

「ここが、最後の部屋だな」

 

 そして風呂に入ってさっぱりした後、全員再度武装を身に着け――片方のグループが入っている間にもう片方が水属性と風属性の魔法で汚れを落としてキレイにしていた――、各部屋を回っていた。イナバとユグドラシルはそこまで興味が無いのか居間の方で待機しており、とりあえずここの家具にマーキングをしないようイナバに言い渡しておいてから探索に移っている。

 

 二階で書斎や工房らしき部屋を発見したものの、どちらの中の扉も封印がされているらしく開けることはできなかった。そこで仕方なく諦めて探索を続け、最後に行き当たったのが三階の奥の部屋であった。

 

 三階は一部屋しかないようであり、奥の扉を開けるとそこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

 

「ひっ!? が、ガイコツだよぉ……」

 

「落ち着きなさいってばタエ。一応“気配感知”にも引っ掛からないんだから……大丈夫よね?」

 

 だが妙子が反応したように皆が注目したのはその魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影であった。その人影は骸だったのである。

 

 既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうなものだ。

 

 しかもその骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。おそらくその姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。それ故にホラーが大の苦手な妙子はいち早く悲鳴を上げ、声をかけた優花の後ろに隠れたのである。

 

「はい“静心”……んー、“降霊術”があれば簡単に判別出来るんだけどね。とにかく調べてみるしかないかも」

 

 そして間髪入れずに発動した“静心”で妙子を落ち着かせつつ、恵里はこの部屋の探索を提案する。優花と奈々に妙子のことを任せつつも一同はいかにも怪しい魔法陣を除き、忍者……もとい雑技に詳しい浩介と雫を中心に調べることに。

 

「床の方はなんにもねぇな。それこそそこの魔法陣ぐらいだ」

 

「壁の方も特に仕掛けは無いみたいだし、魔法陣の方も全然反応が無いわね。きっと魔物の召喚のためのものじゃないと思うわ」

 

「僕が本来辿る未来から察するに……もしかするとこの魔法陣を踏むことで部屋の扉を開いたり、とかかな?」

 

 しかし浩介と雫がくまなく調べたところでこれといったものは出てこず、手詰まりとなった状況を打破したのは信治の声であった。

 

「いや待てよハジメ。多分そこは関係ないかもしれねぇぜ――ほらっ」

 

 そう言って信治が投げ渡してきたものをキャッチすると、ハジメはそれをまじまじと見つめた。指輪だ。まさか、と思って死体のそばにいた大介達に視線を向ければ彼らは悪びれることなく死体を指さしている。どうやらしれっと拝借したらしい。

 

「……死んだ人からカツアゲなんて常識が無いと思うけど、信治君?」

 

「まぁ言いたいことはわかるって。でもよ、その指輪の文様を見てくれよ」

 

 死人に対するいたわりは無いのか、と非難じみた視線を向けるも、彼の言うままに指輪を見てハジメも納得がいった。その指輪には十字に円が重った文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのである。

 

「これ、確か書斎とか工房の……」

 

「そ。別に俺だって何の考えも無しにもらったわけじゃねーって……まぁ結局、あの水滴みたいな文様のヒントは無かったけどな」

 

 ハジメの言葉に既に確認していた大介らを除くその場にいた全員が集まって指輪をしげしげと見つめる。確かに彼の言った通りのものであると確認でき、誰も信治の行動を咎めようという気は無くなった。

 

「まぁこの遺体は……後で話し合うのと指輪は後で確認するとして、問題はこの魔法陣だな」

 

 不愉快そうに死体を見つめるメルドに一度視線を向けながらも光輝はそうつぶやき、皆が彼の言葉に首を縦に振る。仮にもし部屋の封印がこの指輪で解除出来るなら何のためにこれは存在するのか。それが全員気がかりとなったのだ。

 

「……とりあえずこの指輪、預かるぞ。いいか?」

 

「うん、頼むね浩介君。僕達はここで一旦待ってるから」

 

 了解、と短く返事をして浩介と雫は部屋を出ていく。そうしてこの部屋にある人骨が反逆者ではないかと全員でアタリをつけたり、ユエとの契約をどうするかで恵里達が頭を悩ませている時に信治達も何か話し合っていたりして時間を過ごすと、すぐに二人は戻って来た。表情からしてビンゴだったようだ。

 

「とりあえずコイツで全部の部屋の封印は開いたぜ。特に罠といったものも無かったよ」

 

「きっとマスターキーみたいなものね。おかげでこの施設も存分に使えるわ……そうなると、問題はこの魔法陣よね」

 

 そう雫がつぶやくと同時に全員が魔法陣に目を向ける。一体何の目的でこんなものを用意したのか。それがずっと気にかかって仕方が無かったため、こうなったら直接足を踏み入れるしかないと全員が判断する。

 

「……よし、じゃあ行ってくる」

 

「何があっても龍太郎くんは私が守るから。安心してね」

 

「ま、これだけの人間がいるんだ。帰ってこれねぇこたぁ無ぇよ」

 

「そうね、ユキの言う通りよ。皆は安心して待ってなさい」

 

「うん。龍太郎っちも香織っちも、優花っちも妙子っちも……その、幸利っちもこんなすごいところを切り抜けてきた仲間なんだから。心配しないで」

 

「うんうん。すぐ戻ってくるから待っててねぇ~」

 

 そして話し合いの結果、もしかするとこれが地上へと転移するためのものなのかもしれないと判断した一同は先遣隊のメンバーとして龍太郎と香織、そして幸利と優花、奈々、妙子の六人を選抜。足を踏み入れてもらうこととなった。そしてせーの、の掛け声で六人が魔法陣を踏んだ途端、カッと純白の光が爆ぜて部屋を真っ白に染め上げた。

 

「うわっ!?」

 

「目、目が――」

 

「うぉ、まぶしっ――」

 

 あまりのまぶしさに全員が目を閉じると、ふと魔法陣を踏んだ六人が軽くうめき声を出したのが耳に入った。まさか何かあったんじゃ、と光が収まるのを待ってから目を開けると――眼鏡をかけた黒衣の青年がいつの間にかそこに立っていたのである。

 

「い、いつの間に!?――おい戦闘態勢とれ!!」

 

「う、うん!!」

 

「わ、わか――あれ? この恰好って、あのガイコツ……ひっ!? お化けぇ~!?」

 

 見れば龍太郎達はその場に立ったままであり、この場にいる全員が突然のアクシデントに即座に構えるも、ここであることに気付いた妙子がパニックを起こした――そう、目の前の青年とあの骸の恰好が同じことに。そこで目の前の青年が化けて出たのだと連想し、恐怖で腰を抜かしてしまったのである。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

「やだぁ~!! やだ、こないでぇ~!!!」

 

「あーもう! タエ、落ち着きなさいって!――エリ!!」

 

「はいはい“静心”!……ったく、面倒な仕掛けを残してくれちゃって」

 

 思いっきり錯乱して這いつくばりながら優花の後ろに隠れた妙子であったが、その優花も少し驚きながらも恵里に助けを求める。恵里も内心ため息を吐きたくなるのをこらえながら再度“静心”を使って妙子を強制的に落ち着かせる。無論、この場にいた誰もが警戒を怠ることは無かった。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

「……襲ってくる気配は無いようだな」

 

「……です、ね。よし、皆。一旦武器を下げよう。メルドさんも、その……」

 

 しかし肝心の相手はただのホログラムのようなものであり、単に映像の再生でしかないと理解した恵里達は光輝の指示通り武器を下げる……尤も、メルドだけは今も武器を構えたまま忌々し気に目の前の青年を凝視しており、片時も視線を逸らすことも自分達に返事をすることすらしなかった。

 

 そんな剣吞とした空気の中、オスカーが語った話は驚愕に値するものであった。何せ聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なっていたのだから。

 

 それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

 神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は〝神敵〟だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

「私達はそんな――」

 

「……ふざけるな」

 

 恵里達はやはり、と聞いて思っていたものの、それに納得できない人間がいた。メルドであった。得物を握る手に力を籠め、親の敵とばかりに目の前の映像をにらみつけている。

 

「め、メルドさん落ち着いてください!」

 

 無論、恵里達もどうして彼がそんな顔をするかも理解できていた。この世界唯一のエヒトを信仰する宗教の敬虔な信徒である彼からすれば反逆者と称されたオスカーの話など逆鱗に触れるがごとき行為でしかないからだ。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁあぁあぁあ!!! 世迷い言を抜かす大罪人がぁあぁ!!」

 

 その話を聞いて段々とその目に憎しみが籠っていき、遂には武器を構えて駆け出す。その視線から攻撃の対象がオスカーの映像でないことに気付いた香織や鈴達はすぐに“聖絶”と捕縛魔法の多重展開を行う。

 

「“聖絶”! “縛光鎖”! お願いメルドさん、落ち着いて!!」

 

「“縛光鎖”!!――ダメです、メルドさん!! いくら憎いからって死体に攻撃は――!!」

 

「“封縛”!! “縛光鎖”!! メルドさん! いくら何でももう死んだ人に武器を振るうなんて見過ごせない!! やめてください!!」

 

「離せ、離せお前らぁあぁあぁあぁ!!!」

 

 そう。彼らが述べた通り、メルドはオスカーの遺骨へと切りかかろうとしていたのである。

 

 しかも踏み込んだ際にイメージだけで“風球”も発動しており、仮に自分自身が止められても絶対に破壊すると言わんばかりの執念で動いていた。それ程にオスカーの話は許せなかったのだ。たとえ自分がどこまでも嫌悪されようと、憎まれようともこの存在だけは許してはおけなかったのだ。

 

「こんな、こんなもの――“限界突破”ぁ!!」

 

 メルドは自身の戒めとなる光の鎖も、自身を閉じ込める光の檻すらも“限界突破”と“魔力放射”によって魔力をあふれさせ、破壊しようとしていた。

 

「そんな……なんで、どうしてなの……」

 

「め、メルドさん! 落ち着いてくれよ!! 今のメルドさんはメルドさんらしくない!!」

 

「ど、どうすればいいんだよ……何が、何がどうなってんだよ!!」

 

 その様子に恵里とハジメ、そして幸利以外の誰もが少なくないショックを受けていた。自分達の頼れる兄貴分がこんな錯乱した様子で死人の言葉を、その全てを否定しようとするなんて思っていなかったのだ。それほどまでにこの世界の宗教は根深いものだと想像できなかったのだ。

 

「ああもう、これだからエヒトの奴は本気で嫌いなんだよ……! “限界突破”! “静心”!!」

 

「止めるぞハジメ……今のメルドさんはメルドさんじゃねぇ! “纏光”!!」

 

「うん、わかったよ二人とも――“錬成”!!」

 

 オスカーが真実を語ろうとした時に薄々感づいてしまった三人も、やりきれない様子を見せたり悲痛な表情をしながらも彼を止めようとそれぞれの方法で彼を止めようとした。

 

「無駄だぁぁあぁぁぁぁああぁ!!!」

 

 だがメルドはそのことごとくを跳ね除けた。“静心”も自分の魔力と相手の魔耐との数値がある程度離れていたり、それを受ける相手が受け入れる態勢に入っているか精神がグラついていなければ効果を発揮しない。

 

 そのため怒りと憎しみで心が満たされたメルドを止めることは能わず、幸利が“纏光”で彼を戒める存在を補強してもそれを砕き、ハジメが落とし穴を作ってそこに封じ込めようとしてもあふれ出る魔力でそれを破壊して飛び出していく。

 

「落ち着いてくれよメルドさん!! 今の、今のアンタはおかしいんだよ!!」

 

 そうして剣を振り上げ、一刀でオスカーの遺骨を切り捨てようとするメルドの前に今度は龍太郎が立ちはだかった。両腕をクロスさせ、絶対に壊れない籠手で刃を受けて攻撃に耐える。

 

「ぐぅっ!! この、程度――“限界突破”ぁ!!」

 

 やはり“限界突破”によって身体能力が向上している分、籠手を身に着けている腕へのダメージは尋常ではなく、骨にヒビが入ったかのような心地がした。だがそれでも龍太郎は退かない。決死の覚悟で、目の前の憎悪に燃える自分達の師を見据えるだけであった。

 

「止めるな龍太郎!! お前は、お前らは許せるのか!! 自分が日々祈っている存在がけなされ、さも訳知り顔で俺達を苦しめる諸悪の根源などとうそぶくような恥知らずが目の前にいることが!!」

 

「でも、でも死んでるんだぞ!! 死んだ人間にまで剣を振るうなんて普通やらねぇだろうが!! いつもの、いつものメルドさんに戻ってくれよ!!」

 

「いつもの……? これがいつもの俺だ!! エヒト様を信仰し、エヒト様のためにその剣を振るう。それが俺だ!! この世界に住まう人族すべてがそうなんだ!! だから、だから止めるなぁああぁあ!!!」

 

 龍太郎の必死の説得も届くことなく、更に踏み込んで押し切ろうとするメルド。

 

 ――目の前の龍太郎とオスカーの骸にしか意識がいってなかったが故にメルドは気づけなかった。自分の背後と下から迫る二つの気配に、悲しみをこらえた様子の浩介と雫が自分を止めにかかろうとしているのに。

 

「――!! 雫!?」

 

「ごめんなさいメルドさん!!」

 

「悪いメルドさん! でも、もうこうするしか――!!」

 

「浩介!? お前ら――ぐはっ」

 

 ほぼ意識の外から放たれたストマックブローと当て身。それを受けてメルドは意識を刈り取られて沈んでいった。彼が纏っていた紅の光は消え失せ、ピクリとも動かない。そんな様子のメルドの両肩を浩介と雫が支えて立ち上がると、あまりに悲し気な表情でただぽつりとつぶやいた――どうして、と。

 

「どうして、どうしてなんだろうな……俺達、ずっと理解し合ってたと思ってたのに。考えてることがわかってたって、思ってたのに……」

 

「私達、結局メルドさんも……ううん、この世界の人達のことを、何にもわかってなかったのかもしれないわ」

 

 両の目から涙を流しながら二人は部屋を後にしていく。今こうして叩きのめしたとはいえ自分達の師であり、頼れる兄貴分なのだ。そんな彼をこんな場所で放置する訳にもいかない。だから二人は一階の居間へと向かう。自分達が慕うこの人が少しでも休めるように。自分達も、少しでも休めるように。

 

「――話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 微笑みながらそう告げるとオスカーの映像は消えていく……その言葉が、どこか虚しく響いた。

 

 

 

 

 

「ハジメくん、鈴。ボクはもう平気だから。予想出来てなかった訳じゃないんだから」

 

「……ごめん。しばらくこのままでいさせて」

 

「……うん、鈴もこのままがいい」

 

 恵里は今、解放された工房の片隅で地面に座りながらハジメと鈴に両側から抱きしめられている。それは雫と浩介が気絶したメルドを連れて出ていった後のことが関わっていた。

 

 三人が出て行ってオスカーの映像が消えた後、龍太郎達の身に異変が起きた。頭痛を訴えると同時に、神代魔法の一つである生成魔法を手に入れたのである。魔法を鉱物に付加し、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法だ。

 

 これをハジメが覚えて使いこなせれば間違いなく戦力アップに繋がる。そう確信した一同は空元気を出しながらも魔法陣を踏み、先程聞きそびれたオスカーの言葉に耳を傾けようとする――この時、誰も予想していなかった言葉が全員の耳に入った。

 

『……この映像は叶うことならば再生されないことを祈りたかったが、もしそうなったのならば非常に残念だ――悪いが君に差し出すものはない。早々に立ち去りたまえ』

 

 それは、拒絶の言葉。

 

 そう述べたっきりオスカーの映像は消え、新たに魔法陣に入ったハジメ達は何も得ることが出来なかったのである。

 

『なん、で……?』

 

『ど、どういうことだよ!? お、俺らクリアしたじゃんか!! 苦労してあの魔物に勝ったんだぞ!? おかしいだろ!!』

 

『そ、そうだよ! どうして私達だけオッケーで恵里ちゃん達は駄目なの!!』

 

 予測のつかない事態に誰もが混乱する中、なぜこうなったかを理解()()()()()()()恵里は悲し気に微笑みながら魔法陣の外に出る。

 

『――恵里っ!!』

 

『ねぇ皆、次はきっと大丈夫だよ――ボクが、いなければさ』

 

 ハジメの伸ばした手をすり抜け、諦めと後悔、悲しさが入り混じった声で恵里はそう告げる。その途端、何故目の前の少女がそんなことを言ったのか、そして彼女の身に何が起きていたかを全員が思い出し、その場にくずおれる。

 

『仕方、ないんだよ……ボク、前世で皆を裏切ったもん。その罰なんだよ、きっと』

 

 恵里が自身の頭をいじられたという証言、そしてエヒトに対抗するためにこの魔法陣を残したオスカーの言葉から全員が察してしまう――彼女は何らかの理由でエヒトに寝返ってしまうということをだ。

 

『だからって……だからってこんな……こんな仕打ちがあるっていうの!!』

 

 ハジメが慟哭する。鈴達がむせび泣く。ユエもこの時ばかりは苦い表情をするばかりで何も言わない。否定が、出来なかったから。ハジメ達はあのノイントという神の使徒の言葉に恵里が操られたのを見ていたから。そしてそれをユエも聞いていたから、だから何も言えないのだ。

 

 本当に頭をいじられたからなのか。それとも前にハジメが推測した『恵里の魂もいじられている』ということの動かぬ証拠なのか。それを判断することは今のこの場の誰にも出来ない。

 

 だが敵になり得る存在に力を渡すわけにはいかないという解放者の信念が恵里に牙を剥いたのは事実であった。そしてそれは誰もが理解出来てしまうからだ。

 

『クソが……クソがぁぁー!! なんでだよ!! ハジメも中村も何にも悪いことしてねぇじゃねぇか!! 俺達におかず恵んでくれて、俺らなんかと友達になってくれて、ここに来ても飯だって、ベッドだって、全部……ぜんぶ悪くねぇじゃんかよぉぉ!!』

 

 大介の叫びがこだまする。

 

『俺を許してくれて、雫を助けてくれて、そんな恵里の過去が何だって言うんだ!! どうして、どうしてそれを……あぁあぁぁぁーー!!!』

 

 光輝の嘆きが響き渡る。

 

『……絶対、僕が恵里を治す。絶対、絶対だ!!』

 

『鈴も……絶対助けるよ。親友を、このままになんて絶対にしないから!!』

 

 ハジメの、鈴の決意が静かに響く。

 

 そうして恵里達はこの場に佇んでいたのである――。

 

「別に、いきなり見知らぬ場所に放り出されたりとかハジメくん達は手に入らなかった訳じゃないんだから。気にしなくていいってば」

 

 そしてハジメ達のみで魔法陣を踏み、生成魔法を得て今に至ったという訳であった。

 

 恵里もあの後、もう一度やってみて欲しいと光輝や香織が言い出す前に一人で魔法陣の上に乗ってみたが結果は変わらず。二人を筆頭に他の面々も心底苦しそうな、悔しそうな顔をしていた、

 

 その後ハジメと鈴は全員の了解をとってこの工房の片隅で三人で体を寄せ合っていた。

 

「嘘つき……それならどうして震えてるの?」

 

「別に誤魔化さなくったっていいよ。ここにいるのは僕達だけだから」

 

 恵里が強がっていたのも二人はわかっていた。それは香織や光輝、幸利らもだ。だから三人水入らずの時間を過ごせるよう考え、取り計らってくれたのだ。

 

 そしてそれを恵里もわかっていたし、さっきの事で一切ショックを受けてなかった訳でもなかった。やはり自分の過去の行動を心底悔いていて、そのせいでハジメや鈴、香織達にいつか恐ろしいことをしてしまうかもしれない。その事で怯えていた。

 

「うん……もう少し、ギュッてしてて」

 

 だからこうしてあまり心配をかけないよう強がり、さも大丈夫な様に装うのがせいぜいだったのだ。けれどもそれがバレバレであったため、ならせめて泣きそうになってるのだけは誤魔化せるよう瞳を閉じ、腕に力を少しだけこめる。それを二人は黙って受け入れた。

 

 特に言葉を交わすことなくいつまでそうしていたか。ふと三人仲良く、くぅとお腹が鳴ってしまい、顔を合わせて苦笑してしまう。

 

 どんなに苦しくても辛くてもお腹はすく。最初に二尾狼と戦った後の事を思い出して自然と笑みが溢れていた。

 

「お腹、すいたね」

 

「ご飯、作ろっか」

 

「うん。皆で作ろうよ」

 

 そう言うと三人は立ち上がって工房を後にすると、台所に立っていた優花達と一緒に食事を作る。いつもよりどこかしょっぱいご飯を用意し、少し落ち着いた様子のメルドと一緒に食べた。

 

「……悪いが俺は意見は変えんぞ。絶対に反逆者は許さんし、奴らのおこぼれも不要だ。だが、お前らには無理強いはしない。それでいいな?」

 

 食事の席で唯一話したのはこれだけであったが、それでも自分達には干渉しないと述べてくれている。恵里達はその事に感謝を示しつつ、それ以上何も言わなかった。

 

「……南雲ハジメ、お前に用がある」

 

 そして食事を終えて皆と一緒にリビングで過ごしていると、急にユエがハジメの下へとやってきて何かを頼み込んできた。

 

「えっと、どうしたの? 僕に何が出来るかな?」

 

 一体何なのかと恵里と鈴だけでなく、大介達以外の面々が興味深げに覗き込んでくる。

 

「用があるのはお前の錬成――私を封印していたあの場所、そこにある物を探して欲しい」

 

 ――時計の針が、早まった。




ぶっちゃけこれぐらいの仕掛けは解放者も用意してると思うんです(本日の言い訳)

それと大人がカッコいいだけでいられた時間は前回で終わりました。
これからはメルドがいちトータスの人間として真実に向き合わなければならなくなります。

……そしてそれは今回の話で最後に出た彼女も同様です。ええ。
え、どうなるかって? ご想像の通りだと思いますよ(ニッコリ)
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