あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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それでは読者の皆様に盛大な感謝を。
おかげさまでUAも115293、しおりも327件、感想数も355件(2022/6/18 22:12現在)となりました。本当にありがとうございます。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき毎度毎度ありがとうございます。おかげさまでまた作者もモチベーションを高く保つことが出来ました。本当にありがたいです。

それと今回の注意事項として長め(約15000字程度)でしかも鬱描写が入ります。あと多分今日が作者の命日です。理由? まぁタイトルから察してくれるとありがたいかなー、って(遠い目)

では上記に注意して本編をどうぞ。


幕間二十 月は今、朔へと至る

「用があるのはお前の錬成――私を封印していたあの場所、そこにある物を探して欲しい」

 

「……一体何を? それを言ってもらわないと僕としても協力しづらいんだけれど」

 

 目的を告げたユエに対し、南雲ハジメは困ったような表情で彼女を見つめていた。

 

 するとユエも少し気が早ったかと考えつつもすぐ近くにいた中野信治に目配せをし、自分がそれを頼み込んだ理由について彼に説明してもらうことにした。すると彼も浅くうなずいてこちら側へとやってきた。

 

「お、俺か。確かにこの話を持ち掛けたのは俺だしな」

 

「どういうことなの、信治君?」

 

 すぐに自分の意図を察した彼に南雲ハジメは問いかけるも、まぁ待てと言わんばかりに手で制する。中野信治は一度全員を見渡してから説明を始めていく。

 

「それを今から説明させてもらうぜ――前に俺達でコイツを助けたことがあったよな。それは覚えてるか?」

 

 その言葉に全員がうなずくのを確認すると、すぐに彼はその理由を語っていく。それは彼がユエを助けようと彼女を拘束する謎の物体に檜山達と土属性の魔法で干渉し、無事に助け終えた後のことであった。

 

「どうにか解放出来て一息吐こうと地面に手をついた時にな、見たんだよ。紋章、つーか文様みてーなのをな。水滴みてーなヤツだった」

 

 その時もしやユエに何か関係があったんじゃないかとサソリモドキとの戦いの後に訪ねてみるも、当然あの部屋にいい思い出の無かった彼女は怒りを露わにしたため即座に謝罪。その時はもうこれ以上話を続けることも出来ず、彼はそのまま忘れてしまっていた。

 

「で、あのヤマタノオロチのニセモノみたいな蛇の魔物と外で戦ったよな? そこによ、すごい文様の彫刻を見て引っかかって、そこであの指輪があった。だから確信したんだよ」

 

 ところが、あの最後の番人との戦闘前に扉に掘ってあった彫刻を見て引っ掛かり、オスカー・オルクスの遺骨がはめていた指輪を檜山達と共に見つけたことで思い出したのである。

 

 また、それの文様がこの住処で開かなかった箇所の文様と同じであり、指輪で開くことが出来たと遠藤浩介、八重樫雫の二人から伝えられたことで彼は確信した。きっとあの文様も同じ仕掛けじゃないか、と。

 

「きっと俺が見たアレも何かで開く。そんな気がするんだよ……まぁ今のところ、そういうのは全然見つからねーけどな」

 

 最後にそう締めくくった中野信治はため息を吐く。とはいえ彼が何を言いたいのか、そしてユエが何をしてほしいのかを事前に話をしていた檜山達以外の面々は理解した――その仕掛けを上手く破壊し、何があるのかを調べてほしいということだと。そうして全員がうなずいていると、今度は檜山が真剣な表情で全員の前に立った。

 

「……信治の話を聞いてハッとしたんだ。もしかしたらユエはただの裏切りで封印されてた訳じゃねーんじゃねーか、ってな。だってよ、おかしくねーか? こうやって身動きできなくなるまで追い詰めたってのに、裏切ったヤローは殺しにかかってねーんだぜ? だから、だからよ……もしかすると、何かあると思うんだ」

 

 だから頼む。そう言いながら檜山は南雲ハジメらに向けて頭を下げ、場は騒然とし出す。

 

 ユエも口に出さずとも彼の言い分を一部だけだが肯定していた。自身をあんな物体に封印したことを考えれば、当然まともに身動きも出来なくなる程まで追い詰められていたのは明白だしそれも彼女はわかっている。ならば殺しにかかってもおかしくはない。そう彼らが結論づけるのも納得はいった。

 

 だが、自身には“自動再生”がある。魔力がある限りは首を落とされても死なないのだから、自分を殺すのでなく封印する方向にあの男――叔父のディンリードは舵を切った。そう改めて()()()()()

 

「ね、ねぇ……もし中野君や檜山君の言った通り、本当にそこに何かがあるんだったら――手がかり、あるんじゃないかな? どうして封印されなきゃいけなかったのか、って理由が」

 

 そこで出た白崎香織の言葉に檜山らもうなずく。先程の二人の話からこの場にいたユエとメルド・ロギンス以外の全員が考えたのだ。もしかしたらそこにユエが封印される理由があるのではないか。彼女は本当は封印という形で()()()()のではないか、と。

 

 それとメルド・ロギンスは信じていないものの、オスカー・オルクスの語った言葉もある。親友である中村恵里や自分達をもてあそんだように、あのエヒトが何らかの理由でユエを狙っていたのではないか、と彼らは考えたのだ。

 

 そこで中村恵里と彼女から真相を聞いた南雲ハジメ、谷口鈴に彼女達の友人達は視線を向ける。幾らかの迷いを見せた後、観念したのか中村恵里がそれについて語り始める。

 

「……ボクの記憶以外にちゃんとした証拠を得てから話そうと思ってたんだけどね。ま、十中八九そうだよ。ユエ――ソイツは確か乗っ取られてた。その魔力の強さとか固有魔法のことを考えるとね、狙うのも無理ないんじゃないかな」

 

 その言葉に更に場がざわめく。

 

 ただ単に裏切ったという事でなく、エヒトが乗っ取ろうとしていたからこそ、裏切った相手はユエを守るために彼女をここに封印したのではないのか。そう白崎香織ら彼らの友人達は考えたからだ。

 

「……そんなはずは、ない。私は……私は、あの男から裏切られただけ。それだけ……!」

 

 だがユエはその話を信用しようとはしなかった。それをわずかにでも信じてしまった時、()()が崩れ去ってしまいそうな予感がした。絶対に崩してはならない何かがあったからこそ、その可能性を信用しようとしなかったのである。だからこそ何かを感じ取った様子の彼らに視線を向けられてもユエは折れなかった。

 

「確かにそれなら理解できる。だがな、恵里。コイツの体を乗っ取ったのは一体誰だ? そして乗っ取った体で何をしようとした?――返答次第では叩き切るぞ」

 

 そしてメルド・ロギンスもまた中村恵里の話を信用しなかった。話の内容そのものに関しては納得していたものの、その乗っ取った相手のことを意図してぼかしていることにも気づいていたのである。

 

 だから彼女の身に起きた事やオスカー・オルクスの語った世迷い言、話の筋からして自分の信仰しているエヒトがその犯人ではないかと思い至ったのだ。

 

 自身だけでなく教え子達が魔物の体になって絶望した際に心を救ってもらったことへの恩はあるが、それでも信仰の対象をけなされるとあれば別だ。故に剣の柄に手をかけ、いつでも切りかかれる状態に一瞬で身構えている。

 

「……誰が下手人かはノーコメントで。ボクだってまだ死にたくないしね」

 

「貴さ――!」

 

「はいはい“静心”」

 

「ごめんなさいメルドさん! “縛光鎖”!!」

 

 彼女の言葉からして自分の邪推が真実であると理解したメルド・ロギンスは即座に剣を抜いて斬りかかろうとするも、即座に反撃を食らった。魔法で精神を一瞬だけではあったが落ち着かせられ、地面から伸びた何本もの光の鎖で雁字搦めにされて鎮圧されたのである。

 

 ユエとしてもコイツが動くと面倒くさい思いつつ、不慣れながらも白崎香織や谷口鈴、天之河光輝と一緒に“縛光鎖”を発動していた。うなり声を上げながら抵抗するメルドを八重樫雫が当て身を叩き込んで失神させたのを見るとすぐさまユエはその場を離れる。

 

「……この男が動くと面倒。とりあえずそこの三人で抑えてて。私は確かめに向かう」

 

「ちょ、ちょっとユエさん――!?」

 

 そう言い残してユエはリビングを後にしていく。部屋を出て何歩か歩いた後、後ろを振り向いてまだ南雲ハジメがその場でうろたえている様子なのを確認し、彼に向けて手招きをした。これは彼がいなければ成り立たないのだ。苛立たしい気持ちを抑えながらも彼女は『早く来い』と視線で訴える。

 

「え、えっと……本当にいいの? きっと、きっとこれは貴女にとって良くない――」

 

「黙れ……それを決めるのは私。お前ごときに決定権は無い」

 

 それでも尚渋る彼にユエは舌打ちをしながら催促をする。お前の考えなど知ったことじゃない。自分はただ、そこに何があるのかを確かめるだけ。そしてそれを真っ向から()()()()だけ。そう考えながらユエは歩く。

 

「お、おいハジメ、一体どう言う事だよ? どうしてアイツに良くないってわかるんだ!?」

 

「……大介君、それに皆も。行きながら話すから落ち着いて聞いて欲しい」

 

「真実は残酷。そういう事でしょ、ハジメくん?」

 

 突っかかる檜山に、ついて来ている面々に語りかけようとしている南雲ハジメと中村恵里。そんな彼らを無視してユエは向かう――知りたくない、知ってはならないものに目を背けるようにして。

 

 

 

 

 

「……いいんですね? 真実はきっと残酷だと僕は思ってます。だから――」

 

「……くどい。お前は言われたことをやればいいだけ。口答えをするな」

 

 道すがら再出現した魔物をこれまでの経験と磨いた技術、そして新たに獲得した技能を駆使して難なく倒していき、ユエ達は無事に五十階層の例の部屋までたどり着いた。

 

 その後信治の言った“水滴の文様”とやらを全員で探しにかかるが、大まかな位置を彼が覚えていたのと人海戦術を駆使したこともあってかすぐに見つかった。

 

「……本気でいいの? こっちは一応そっちに同情してるから言うけれどさ、知らない方が身のためだよ?」

 

「ま、マジでやめようぜ? べ、別にいいじゃんかよ。俺だって皆だって知らなくっても困らねぇしさ……」

 

「や、やめようよぉ~……ゆ、ユエさんが知ったらきっとすごい傷つくよぉ~?」

 

 だが“錬成”で無理矢理中身を取り出すことに南雲ハジメだけでなく中村恵里も、そして二人から話を聞いたであろう面々――坂上龍太郎と白崎香織、清水幸利に遠藤浩介がその場にいない辺り、きっと四人でメルド・ロギンスを見張っているのだろう――もまた難色を示していたのである。

 

「黙れ……お前らは口出しするな!! 私は……後悔なんてしない! あの男のことを知ったところで私は変わらない!! 同情も心配もするな!!」

 

 半ば自分に言い聞かせるようにそう叫ぶと、遂に諦めたのか南雲ハジメが“錬成”と短くつぶやいた。途端、紅色の魔力光が輝き、水滴の文様のあった地面の周囲を穿っていく。

 

「いいの、ハジメくん? 本当にやっちゃっても……」

 

「……当の本人がそう言ってるしね。やるしかないよ。ショックを受けた時は大介君と一緒にどうにかするから」

 

「ああいうのは一度意固地になったらまず意見を変えないからね。別に、本気で後悔させてやればいいさ……アフターフォローだったら、別に拒んだりしないでしょ」

 

 侍らせている女二人とやりとりをしながらも南雲ハジメは作業を続けていた。そんな彼のやっていることは至って手堅く、地味なものである。言うなれば砂を少しずつかき分けて周辺に山を作るように、地面の岩を削り取っていく。そんなものであった。

 

「……なあ先生、その、よぉ……遅くね? もうちょい景気よくガーっといっちまった方が早いんじゃねーか?」

 

「言いたいことはわかるよ良樹君。でも、もしそうやって中にあるものを壊しちゃったらどうするの? もしかしたら僕の“錬成”で干渉出来る代物かもしれないんだし」

 

「あー、そっか……確かにそうだよな。俺個人の頼みだったらともかく大介とその……あっちの頼みだもんな。悪い」

 

 ううん、と事もなげに返す少年と徐々に掘り進められていく地面を見てユエは思う。本当にこれで良かったのか、と。

 

 自分を裏切ったあの男――自身の叔父であるディンリードが自分のために何かを残した、などという幻想を捨て去りたかった。自分はただ、欲望に目がくらんだあの男のせいでこんな目に遭ったのだと思いたかった。中野信治とやらがまずのたまい、自分と行動を共にしていた奴らも抜かした『自分がここに封印された真実』を打ち砕きたかっただけなのだ。

 

 だがもし、本当にそれが見つかってしまったら?

 

 実は自分がここに幽閉された理由がちゃんとあったとしたら?

 

(……違う、違う違う違う違う違う!! 私は、私は――!!)

 

 揺らいでしまう。これまで抱いて生きるしかなかった憎しみが、恨みが、そして怒りが掻き消えてしまいそうで。それ以上にもっと恐ろしいことに思い至ってしまいそうな、そんな気がしてユエは不安に駆られていた。

 

「――これは! よし、いくよ!!」

 

 生じる不安を振り払おうと必死になる自身を他所に事態は進行していく。作業を続けていた南雲ハジメであったが、どうやら自身の“錬成”を弾く何かに当たったらしい。目つきが一層真剣なものに変わり、かつて自分を解放した時のように魔力を(ほとばし)らせて周囲を紅く染めていく。

 

「ぐっ……! 前にユエさんを解放した時以上に、繊細さもかなり求められてるし僕だけがやってる分キツい……もう、魔力が――」

 

 だがその勢いもそう長くは続かなかった。中にあるかもしれないものを傷つけないよう、莫大な魔力を用いながらも慎重に削り取っているらしく、もう彼の魔力は枯渇しかかっているようであった。

 

「任せてハジメくん――“譲天”!!」

 

 だがそんな時、そばにいた谷口鈴がすぐに他者の魔力を回復させる魔法を使ったことでその勢いが一時的に戻った。

 

「ありがとう、鈴! でも、これだと正直厳しいかも――」

 

「だったらボクのも使ってよ鈴!! “廻聖”でボクの魔力を抜き取って!!」

 

「お、俺のも使ってくれ!! ハジメの助けになるはずだ!」

 

「私も!! こういう時のためについてきたんだから早く!!」

 

「うん! ありがとう皆――“廻聖”!!」

 

 魔力を回復してもらってもなお厳しそうな表情を浮かべる彼の支えにならんと少年少女達は名乗りを上げる。即座に谷口鈴は魔法を行使して魔力を順々に抜き取っては南雲ハジメへと力を分け与えていく。

 

「――ッ!!」

 

 そんなあまりにもまぶしい光景を見てユエの心は軋みを上げた。

 

 またしても自分に仲良しこよしなところを見せつける彼らへの苛立ちで頭がおかしくなりそうであった。だが、今回は自分の指示に従ってこうして動いているのだ。それを踏まえれば今すぐやめろと言うのも間違っているのがわかっているため、ユエは唇を嚙みしめながらもただ事の成り行きを見守るしかなかった。

 

「ありがとう、皆――これで、終わりだ!!」

 

 その場にいた奴らから魔力を受け取りながらも“錬成”を発動し続けていた南雲ハジメが、叫びと共に一層魔力をこめたことで仕掛けと思しき箇所だけが融解し、遂に中にあったものが露わとなった。

 

 そこにたたずんでいたのはピンボールくらいの大きさの鉱石であった。透明度の高い、一見するとダイヤモンドのようにも見える代物が誰かを待ちわびているようにそこにあったのである。

 

(あれが……本当に、あった。なら――)

 

 中野信治の推測の通り、本当に叔父と思しき存在が遺したものがあった。ならば、と手を伸ばした瞬間――。

 

「――っと! 悪いけどコイツは()()壊させないからね!!」

 

 真横からひったくるようにして手を伸ばしてきた中村恵里によってかっさらわれてしまう。

 

「――ッ! 寄越せ! それはお前のものじゃない……!!」

 

「ハッ、嫌だね!――どうせぶっ壊す気満々だったんでしょ?」

 

 再度放たれた言葉にユエは苛立ちを隠さなかった。彼女の述べた通り、ユエは見つかったその鉱石を握りつぶして破壊するつもりであったのである。あれは危険だ、絶対にあってはならない、と自身の本能がけたたましく警告を鳴らしている。

 

 だからこそ壊すつもりであったのだが、中村恵里はすぐに自分と距離を取り、南雲ハジメや谷口鈴の後ろで身構えている。本気で自分とやりあうことも辞さない様子が見て取れたのである。

 

「……本気、なの? 本気なのユエッ!?」

 

「どうして……どうしてなんだよユエさん!! 貴女は、真実を知りたいんじゃなかったのか!?」

 

「……やっぱり、そうなんだね」

 

「悪いけどね、これはハジメくんや皆が苦労してやっとのことで手に入れた代物なんだよ。真実を見るのが嫌だからって、すぐにぶっ壊そうとするような奴なんかに誰がくれてやるもんか」

 

 園部優花や天之河光輝のように驚愕する者もいれば、南雲ハジメのように諦めと悲しみの混じった顔でこちらを見る者もいる。先程まで自分に協力してくれた彼らの様々な視線を受けながらもユエは焦りのままに叫ぶ。

 

「うるさいっ!!……それは私のものだ。私がどう扱おうと私の勝手だ! お前達には関係ない!! 早く、早く渡せ!!」

 

「ま、待て! 待ってくれ!!」

 

 こうなったら実力で奪い取る。そう考えた矢先、檜山が自分達との間に割って入ってきた。

 

「頼む中村! もうソイツをユエに渡してやってくれよ! ユエが傷つくんだったら、もう無い方がいいだろ!!」

 

「勝手にその名を呼ぶな、下郎!」

 

「言いたいことはわからない訳じゃないよ、檜山……でもね、これはボク達にとっても有用な情報源なんだ。それに――」

 

 忌々しい偽名を呼ぶ少年に怒りをぶつけつつも、ユエは今すぐにでも魔法を発動できるように頭の中でイメージを形作る。わけのわからないことをのたまう女共々、この場にいる全員を叩きのめす勢いであの鉱石を破壊する。そのために“砲皇”を詠唱しようとしたその時であった。

 

「怖いんでしょ?」

 

「……は?」

 

「真実を知るのがさ。知っちゃったら、裏切ったソイツに謝り倒したくなっちゃうだろうからねぇ~……違う?」

 

 中村恵里が嗜虐的な笑みをしながら発した言葉のせいで、ユエの頭は怒りで全部塗りつぶされてしまった。

 

「ふざけるな……私があの男の言葉一つでどうにかなるとでも思ったのか!!」

 

 そんなはずはない。あの男が何を仕掛けたかはわからないが、自分が抱き続けていた感情を簡単に書き換えられるなんて思えないし思いたくない。だからこそユエはムキになってしまう。その言葉を全力でねじ伏せたくなってしまった。

 

「お、おい中村!?」

 

「エリ、アンタ……!!」

 

「駄目だってば恵里! そんなことを言ったら――」

 

「皆は黙ってて!……さっきからずっと真実はわからない方がいい、って散々ハジメくんが言ってたってのに、それを無視して、しかもやっとのことで手に入ったこれをただ壊そうとしてるんだよ? ボクらはね、お前の癇癪(かんしゃく)に付き合うためにここに来たんじゃない。お前が確かめたいって言ったから付き合ってやったんだよ!! それを何履き違えてるんだ!!」

 

「黙れ……黙れ黙れ黙れぇー!!」

 

 中村恵里の言葉に怒り心頭になったユエは、もう魔法のイメージ構成もしないままむき出しの魔力を“魔力放射”を使って叩きつけようとする。

 

「“出盾(しゅつじゅん)”!!――ぐぅっ!」

 

 しかし中村恵里目掛けて放ったそれは檜山の手で出現した岩の盾と彼が体を張ってかばったことで不発に終わってしまう。今度は明確に自分の邪魔をしたな、と忌々し気に彼をにらむ。

 

「だ、大介ぇー!!」

 

「平気、だ……こんぐらいよ。痛くも、なんともねぇ……」

 

 だがそう強がる少年は青い顔をしてこちらを見ている。さっき仕掛けを破壊するために提供したのと、今回使った魔法でもう魔力が底をついたのだろう。だが彼は悲痛ながらも、強い決意に満ちたその表情でこちらを見つめている。それに気圧されたユエは意識することなく半歩下がっていた。

 

「……私を好いている、と言ったな。なら今すぐ失せろ!! お前に用はない!!」

 

「イヤだ!!……ユエに傷ついて欲しくねぇ。けど、けどよぉ!! 俺の親友も傷つくのだってイヤなんだ!! どっちかなんて選べねぇよ!!!」

 

 目の前の少年を威圧しようとするも、涙を流して顔をくしゃくしゃにしながら訴えてくるだけで退く気配はない。その様子にますます苛立っていると檜山が声を上げてきた。

 

「親友も、世話になってる相手も、俺の惚れた女だって傷ついて欲しくねぇんだよ!! だから、だから下がってくれ!!」

 

「……は?」

 

 必死な様子で、しかし想定していなかった言葉がカッ飛んできたことで思わずユエは間抜け面をさらしてしまった。以前暴れた際、確かこの男は何か言っていたような、と薄っすらとした記憶はあったが、それが何を言っていたのかはわからず終まいであった。

 

 今この場で、改めてどこか場違いなその言葉を面と向かって言われたことで思考がフリーズしてしまったのである。

 

「だって、だって仕方ねえじゃねぇかよ! 見た目がけっこうタイプで、俺らなんかよりもずっともっと苦しんでて、オマケにあんな顔されたら……もう諦めきれねぇんだよ!! とにかく、とにかく好きなんだよ!!!」

 

「……あ、うん…………そう、なの?」

 

 あまりに明け透けで、しかも下世話な理由も含んだ好意に今度こそユエは完全に放心してしまう。

 

 今から叩き潰してやろうと思っていたのに、前にボロボロにしてやったのにどうしてそこまで自分にこだわる? 理解の及ばない理屈の羅列にユエは自身の中で膨れ上がった敵意が、熱が消えていくのを感じていた。

 

「そうだよ!! だから止めるんだ! 友達のために、惚れた女のために何かしたいって思ってるのは間違ってるのか!?」

 

「……あぁ、そう」

 

 本気でそうのたまう彼の顔を見てもう何もかもがどうでもよくなってしまった。

 

 何をやっても絶対に駄目だ。意思を曲げないだろうし、死んでも変わらないだろう。そんな謎めいた確信をユエは感じていた。これはもう関わろうとするだけ無駄だ、と。そう思うともう今まで怒り狂っていたのは何だったのかと変に冷静になってしまい、思わず大きくため息を吐くユエであった。

 

「もういい……もうわかった……全部、どうでもいい。勝手にやってればいい」

 

「ユエっ!!」

 

 半ば飛び込むようにしてこちらに向かってきた少年に抱きしめられ、彼から伝わってくる体温を感じながらもユエはされるがままとなった。彼に抱きしめられても嫌悪感や疎ましさを感じないことは不思議ではあったが、もう考えるのもおっくうになった彼女はそのまま中村恵里に向けて言葉を投げかける。

 

「……もう私は諦めた。見たかったら勝手に見たらいい。お前達の好きにしていい。ただ……」

 

「マジかユエ?……よかった、本当によかった……うぁぁ……」

 

 自分の胸元に顔をうずめて泣く少年の様子に一層呆れが出てくるも、ユエは未だ警戒した様子の中村恵里にある条件を話す。

 

「ただ、何?」

 

「……私も見る。せめて、あの男に文句の一つも言ってやりたい。そうしなきゃ気が済まない」

 

「え、でも……」

 

「それを了承しないんだったら今度こそお前達を倒す……早く選べ」

 

 それが唯一の条件。中村恵里に『怖いのか?』と挑発されたのが頭にきていたこともあったが、やはり一言ぐらいは恨み言の一つもあの恥知らずに言ってやりたかったのも事実であった。

 

 そこで中村恵里が全員と目配せをしてしばし、“念話”でも使って話し合いをしていたのか、無音で表情だけでやり取りしていた様子であった話し合いはようやく納得がいったらしい。こちらに向けて力なく首を縦に振ったのを了承したユエは中村恵里が持っていた鉱石の起動を促す。

 

「……本気で後悔しても知らないからね」

 

 そう言いながら中村恵里は例の鉱石に魔力を流し込む。すると暗い封印の部屋を白の混じった黄金の光が満たし、その光と共に現れたのは自分のよく知るあの男であった。

 

「……ディンリード」

 

 まごうことなく裏切った叔父の姿がそこにある。それも慈しみと後悔をたたえた表情を浮かべた様子である。自分をこんな場所に追いやって何を、とにらみ返すと叔父のディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールが、ゆっくりと話し始めた。

 

『……アレーティア。久しい、というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 

 自嘲するように苦笑いを浮かべながら、ディンリードは気を取り直すように咳払いをした。

 

『そうだ。まずは礼を言おう。……アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰かがいるはずだ。少なくとも、変成魔法を手に入れることができ、真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が』

 

 聞きなれぬ魔法の名前を聞き、不正な手段で強引に開けたことを南雲ハジメらは恥じている様子であったが、真剣に耳を傾けている。一方、ユエはよくもまぁぬけぬけとそんなことが言えるものだ、と一度は霧散したはずの怒りがまた心の中でくすぶっていた。

 

『……君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。君は男性かな? それとも女性だろうか? アレーティアにとって、どんな存在なのだろう? 恋人だろうか? 親友だろうか? あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか? 直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 

「……どの口が言うか」

 

 声を聴く度に胸の内の怒りの炎は強さを増し、遂にはその目に憎しみがこもり始めた。その眼差しを映像の叔父へとぶつけており、顔つきもひどくすさんでいた。

 

『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

 そしてディンリードの口から語られた話はまさに、中村恵里に関する話やオスカー・オルクスの遺言代わりのメッセージを彷彿とさせるものであった。

 

 ユエがエヒトの依代として適した存在である神子として選ばれ、狙われていたこと。それに気がついたディンリードが、欲に目の眩んだ自分のクーデターにより、ユエを殺したと見せかけて奈落に封印し、あの部屋自体を神をも欺く隠蔽空間としたこと。ユエの封印も、僅かにも気配を掴ませないための苦渋の選択であったことだ。

 

「そうか。やっぱりユエさ……こういうことが、あったんですね」

 

 苦し気な表情で天之河光輝がつぶやく。

 

 自分の恩人であり親友と言っているあの女と自分を重ねているのだろう。そうすることは理解できるものの、あの性悪なんぞと自分を境遇が似てるからと言ってそんな風に見ないでほしいものだ、とユエは何とも言えない表情を浮かべていた。

 

『君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた。だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきではないと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』

 

「……そんな、そんなことを信じられるとでも? お前の言葉なんて信じるに値しない……!!」

 

 さも苦渋に満ちた決断をしたかのように語る相手にユエはもう苛立ちを隠すことは無かった。方向からして自分の様子を檜山が見つめていた様子であったが、彼女は特に何も語らない。どうせ言ったところでロクなことにならないのだから。そう判断してただじっと叔父を見つめていた。

 

『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』

 

「……黙れ」

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。――娘のように思っていたんだ』

 

「黙れと言っている!!」

 

 苦しげなものから泣き笑いのような表情になったディンリードにユエは吼える。ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもないほど悲しみに満ちた表情を浮かべる彼に、ユエは苛立ちと憎しみをむき出しにした。

 

「……な、なあ落ち着けって」

 

「……何が、何が愛しているだ!! 私を愛してくれたのはお父様と……お父様? お母様?」

 

 そして憎い相手を否定せんとユエは霞みがかった過去の記憶から実の両親をの記憶を思い出そうとして――固まってしまう。

 

「……え? な、なあおい。どうしたんだよ?」

 

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』

 

 隣にいる檜山の声も、映像の叔父の言葉も頭に残ることなく右から左へと流れていく。

 

 思い、出せないのだ。

 

(……あれ? どうして? お父様とお母様は私を育ててくれた……うん、それは間違いない。でも、あれ? どうして? 二人は私に何をしてくれた?)

 

 本当の両親がどう自分を愛してくれたかを、()()()()愛してくれたことを元に記録の中の叔父に反論しようとした時に、それらの記憶が浮かんでこないのだ。

 

『傍にいて、いつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そして、その後、酒でも飲み交わして頼むんだ。〝どうか娘をお願いします〟と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 

「なん、で……? 違う、お父様もお母様も私を愛してた……愛? あれ、なんで……? 私は娘なのに、どうして……?」

 

「ゆ、ユエ? おいどうしたんだよユエっ!!」

 

 いくら記憶を漁っても両親であるはずの二人と過ごした記憶の中で印象的な出来事が一つも浮かんでくれはしなかったのだ。

 

 蝶よ花よと大切に育ててくれた。

 

 欲しいと言えば何でも与えてくれた。

 

 やりたいことは何でも許容してくれた。

 

 だがそれは肉親としての“愛”というよりは“敬愛”のそれに近かったのである。

 

「……ちがう。ちがうちがうちがうそんなはずないおとうさまもおかあさまもわたしをあいして……あ、い? あい、ってなに……? わたしはあいされ、て――」

 

 ――そう。まるで“崇拝”のように、だ。

 

「――あ、ぁぁ……なん、で……どう、して……」

 

「ユエ、ユエっ!! しっかり、しっかりしやがれ!!」

 

 そう思ってしまった途端、ユエの中のあらゆるものがぐらつき始めた。

 

 本当に両親は自分を愛していた?

 

 本当にあの男は自分を疎み、その地位を簒奪しようと本気で思っていた?

 

 裏切ったと思った男を憎んでいたが、それは本当に正しかった?

 

 それらが全てあやふやとなってしまう。はっきりと断言できなくなってしまう。

 

『そろそろ、時間だ。もっと色々、話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』

 

「ちがうちがうわたしはずっとあいされて……おじ、さま? おじさま?」

 

 少しでも否定する材料を探そうと憎かったはずの叔父との記憶も暴いていくが、それらのほとんどが叔父の存在を“父”として慕っていた時の記憶ばかりであった。親として愛情を注いでくれたのは紛れもなく叔父のディンリードであり、家族としての愛は肉親でなく彼へと向けていたことを思い出してしまったのである。

 

 自分が即位してからも、宗教関係者との接触時には必ず叔父が同席していたし、そもそも接触そのものも止むを得ない事情でもない限り全て叔父が対応していたこともまた思い出してしまった。

 

 それと即位して一年も経つ頃の叔父は、常に苦悩に眉根を寄せ、急速に老けていくようであったのを彼女は覚えていた。その変化はきっと、ごく親しい間柄の者にしかわからなかっただろうとも自負している。当時のユエは距離を置かれる不安や悲しみを感じると同時に、とても叔父を心配していた。

 

 それらを思えばどう考えても情は親でなくディンリードの方に湧いていた。それをハッキリと自覚し、より一層ユエは揺らいでしまう。

 

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

 

「どう、して……わたしは……こたえて、おじさま……」

 

 疑えば疑う程目の前の相手が語ったことが真実のように見え、そして自分はひどい思い込みをしていたのではないかという不安に襲われ続ける。

 

 さまようディンリードの視線に合わせて彼を見つめ、答えて欲しいとばかりにユエは力なくつぶやくが映像の叔父はそれに決して答えることはなかった。

 

『私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』

 

「ま、待って!! いかないで叔父様!! どうか、どうか答えて!! お願いします!!」

 

「……ユエ」

 

 ほんの一瞬だけ間を置いて、満足気に微笑むディンリードにユエは懸命に片腕を伸ばす。もう片方の手は必死に檜山が握りしめているせいで手は虚空をさまようばかりで届くことは無い。

 

 するとディンリードの姿も段々と薄くなっていく。彼の魂が天に召されていくかのようであった。

 

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

 

「あ、あぁ……あぁぁ……おじ、さま……おじさまぁー!!!」

 

 祈りの言葉を残してその姿は消え、ユエの慟哭が部屋中に響く。

 

 ユエは理解してしまった。叔父は自分を真に愛していたからこそあんな行動をとらざるをえなかったのだ、と。今まで自分に向けて語ってくれた言葉すべてが本当なのだと。泣きながらユエはただ愛する人を叫んでいた。

 

「おじ、さま……ディンおじさま……わたしは、わたしは……」

 

「……大丈夫だ、ユエ」

 

 そうして姿が消えてもなお泣きじゃくっていたユエの隣でずっと手を握っていた少年が声をかける。そうして自分の方を振り向くと同時に檜山は彼女をそっと抱きしめた。

 

「俺がいる。俺がいるから……泣くな」

 

「ひ、やま……」

 

「おっ、遂に俺の苗字を呼んでくれたな。ハハ、マジで長かったな……」

 

 そこでようやく彼がずっと自分のそばにいてくれたことに気付き、その名前をつぶやけば心底嬉しそうに彼は笑顔を浮かべた。

 

「いやーホント長かったぜー。これで一歩前進、ってなところだな」

 

そうして一度離れてから自分と目を合わせてまた彼は笑う。とても感慨深げに、それでいてだらしのない顔をしながら言う彼を見てユエはどこか気が抜けてしまった。

 

「良かったね、大介君。おめでとう」

 

「サンキュー先生。ま、これも俺の実力、ってヤツだよ。しんどい目に遭った甲斐があったぜ」

 

 そうして近づいてきた南雲ハジメと言葉を交わす彼を見て――ユエは凍りついた。

 

 今、彼は()()()()()

 

「うん。どうなっても結局諦めなかったから進めたんだと思うよ。ふふ、友達として誇らしいな」

 

「いやー、照れるわ……やっぱ先生もこんな感じだったのか?」

 

「うん。まぁそんなところ」

 

 とても、とても大事なことを見落としていたような心地で、彼らのやり取りすらどこか恐ろしく思える。ひどく落ち着かない。

 

「だよなー。オマエ先生に次いでボロッボロだったもんなー」

 

「ホントホント。大介、お前けっこうひどいケガしてたもんなー」

 

 斎藤良樹の言葉を、近藤礼一の言葉を聞いて心にヒビが入っていく。

 

 誰がボロボロになった? 何故? いつ?――自分が目を背けていた事実を見てしまった。そんな心地であった。

 

「流石マゾ介だよなー。幼女の暴力もご褒美です、ってかー」

 

「誰がマゾだクソが!! 惚れた相手でもなきゃイヤだっつーの!」

 

 中野信治と檜山のやり取りが耳に入った途端、彼女の心に亀裂が走っていく。

 

 幼女、って誰? 少なくとも谷口鈴のことじゃない。彼らが茶化す時はそんな風には絶対に言わない。ならば誰?

 

「わ、たし……?」

 

「……おう。そりゃあ、まぁ、本気で好きだし」

 

 そこでふと疑問が口から漏れ、大介がこっ恥ずかしげに返すのを聞いて一層深く心にヒビが入っていく。自分は何をやった? そのことが徐々に頭の中でよみがえってきて、顔から血の気が引いていく。

 

「ホント、最初からちゃんと言ってくれてたらこんな誤解なんてしなくって済んだのにね……もう少しなんとかならなかったのかしら?」

 

「仕方ないと思うよ優花っち。あの人、ずっと手を強く握りしめてたもん。きっと相当悔しかったと思うんだけどな」

 

「本当に苦しそうだったよねぇ~……あ、あれ? ゆ、ユエさ~ん? か、顔色青いよ? どうしたの?」

 

 息が段々と荒くなっていく。

 

 自分は彼らに何をした? 自分は叔父をどう思っていた? その果てに何をやってしまった?――すべてを思い出した途端、吐き気がこみあげてきた。

 

「う――ゲホッ、ゲホッ……うぇっ……」

 

「だ、大丈夫ですか!? 一体どうしたんだ!? す、鈴! 来てくれないか!!」

 

「大丈夫なの!?……顔も青いし、体も震えてるわ。無理も、ないわね……あんなことを突然言われて、平気でいられる方が珍しいもの。恵里、お願い!」

 

 自分の許へと駆け寄ってきた天之河光輝と八重樫雫を見て彼女の震えは一層強くなった。

 

 叔父を逆恨みし、助けてくれた彼らを殺す気で襲ってしまった。自分はそんな恐ろしいことをやってしまっていたのだと理解してしまったせいで彼女の良心は悲鳴を上げていた。どこまでも苦しく、じくじくと奥底まで蝕むような心の痛みに苛まれていた。

 

「すごい脂汗……体もガタガタ震えてるし、相当不味いよ!! 気休めになるかわかんないけど――“天恵”!」

 

「これはヤバいね――よし、“限界突破”からの“静心”……はい、これなら流石に効いたはずだよね?」

 

 谷口鈴と中村恵里の気遣いが心を抉った。

 

 二人の魔法のおかげで体の震えは幾らか止まったし、精神的に落ち着くことが出来た。だがそれは同時に自分の罪深さを一層冷静に見れるようになってしまった証拠でもあった。ただ相手を殺そうとしただけでなく、幾度も無礼を働いて、差し伸べてくれた手を何度も無碍にした。そう思った直後、何度となくあるまじき失態を重ねたことを思い返して王族としての矜持は完全に砕け散ってしまった。

 

「あ、あぁ……」

 

「具合は……さっきよりはマシそうだけど。大介君、彼女の手を握ってあげて。それと背中もさすってあげた方がいいと思う」

 

 南雲ハジメがしてくれた配慮がどこまでも苦しく辛い。

 

 この中で一番傷つけてしまったというのに、それを恨むどころか今の今までずっとこちらのことを気にかけ続けてくれていた。その純粋な心配が、自分をおもんばかっての行動がひどく容赦のない罰として彼女に襲い掛かる。

 

「お、おう! わかった!!」

 

「やめ……やめて――駄目っ!!」

 

 そうして差し伸べてくれた檜山の手を彼女は払い、繋いでいた手を振りほどく。

 

 その手だけでなく自分の全てが汚れてしまっている。心も、指先さえも。それを自覚してしまったからこそ彼女は逃げようとする。自分は彼らと一緒にいてはならない、彼らを苦しめるだけに過ぎない、と思い込んでしまって。

 

「ど、どうしたんだよ!?……な、なんか悪かったか? もしそうなら謝る! だ、だから頼む! 気嫌直してくれって――」

 

「ちがう、ちがうの……」

 

 焦った様子を見せる檜山に、もう彼女は涙をこらえることが出来なかった。やっぱり自分は彼らを傷つけてしまう。ろくでなしの、最低の女だ、とただただ自分が憎く感じる。

 

「わたしは……わたしはみんなに、やさしく……やさしくしてもらうかちなんてない」

 

「そんな……そんな訳ないって!!」

 

 事ここに至って彼女は理解した――自分は裏切者だ、と。恥知らずであったのだ、と。

 

 叔父の心の内に気付くことなく憎み、助けてくれた彼らの寝首を搔こうとした人間の屑でしかないのだ、と。

 

「落ち着いてよユエさん!!」

 

「やめて!!……そのなまえで、よばないで。わたしは……わたしは、ただのはじしらずだから。そんなきれいななまえなんて、ふさわしくない……」

 

 ――遂に少女は全てを失った。王族としての誇りも、復讐者としての憎しみも、恥知らずとして抱いた妬みも怒りも、両親や恩人からもらった名前すらも、全て。その手から零れ落ちていた。




だってお月様ですもの。満ち欠けはしますよね?(ニチャァ)
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