あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を読んでくださる読者の皆様がたに多大な感謝を。
おかげさまでUAも116479、お気に入り件数も753件、感想数も362件(2022/6/25 6:21現在)となりました。誠にありがとうございます。
いやー、マジで前回のあの展開は読者の皆様に見放されるかもと思いながら投稿しましたけれど、こうして愛想をつかさずに残って下さった方が多くいてありがたいです。

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき感謝いたします。あなたのおかげでまた筆を執る勇気が湧きました。本当にありがとうございます。

では今回の話を読むにあたっての注意を。約15000字とかなり長い話となっており、また今回の話のある展開が読者の方に受け入れてもらえるかちょっと微妙な具合となっております。

それでは上記の点に注意して本編をどうぞ。


幕間二十一 ろくでなし二人が迎える夜明け

「な、何言ってんだよ……恥知らずって、優しくしてもらう価値なんてない、って……そんなワケねぇだろ!!」

 

「そ、そうだ! 大介の言う通りだ!! 貴女は俺達じゃ想像もつかないような苦しみを味わってたんです!! 幸せになることを願うんじゃなくてどうして――」

 

「――私は、あなた達を襲った!!」

 

 自分を説得しようとした檜山と天之河光輝に向かって少女は叫ぶ。己の罪業を、あらん限りの力を以て。

 

「それ、は……」

 

「あなた達が憎かった……うらやましかった。そんな、そんなくだらないことで私はあなた達を傷つけた。だから、だから……」

 

 言い淀む二人に更に少女は改めて胸の内を語る。彼らを傷つけるためでなく懺悔するために。自分を許さないでほしい。自分を憎み、恨んでほしいと罪の告白をする。

 

「で、でも! ユエさんはずっと閉じ込められてたのよ!! あんな場所で、体も動かせない状態で!! それでマトモでいられる訳ないわ!!」

 

「そ、そうよ!! あんな状況じゃ誰だっておかしくなるわ!! アンタのせいじゃない!! さっきの男の人にだって責任が――」

 

「だからって!……だからって、助けてくれたあなた達をうらんで、ころ、そうと……殺そうとしてた!! そんな、そんな自分がわたしは憎い……ゆるしたくないっ!!」

 

 八重樫雫と園部優花に説得されるも、彼女はそれを受け入れることは出来なかった。

 

 受け入れてしまったら今度こそ、自分は救い難い存在に堕ちる。彼らの優しさを利用し続けてしまうと良心が咎めるが故に泣きながら自分を傷つけ、否定していく。

 

「そんな……そんなの、ユエさんが辛いだけだよ!!」

 

「そうだよぉ~!! さっきの人だって、ユエさんの幸せを願ってたもん!!」

 

「お、俺らだってそこまで苦しんでほしいだなんて思ってねぇよ!!」

 

「そうだ!! 確かにそれは恨んじゃいたけど、そこまでアンタを追い詰めたかったんじゃねぇんだ!!」

 

 宮崎奈々が、菅原妙子が、近藤礼一が、斎藤良樹の四人の訴えが彼女の心を絞めつけてくる。

 

 こんな自分なんかのために手を伸ばし、声をかけてくれる。そんな優しい彼らをもう傷つけたくない、汚したくないという一心で少女は叫ぼうとする。

 

「わた、しは……あなた達の手をつかめるような人間じゃない!!」

 

 そう言い放ち、少女は涙をとめどなく流していく。

 

 もし彼らから救ってもらっても、また何かの拍子に傷つけてしまいそうな己が怖かった。

 

 その度に恩のある彼らを苦しめてしまうかもしれないということが許せなかった。

 

 それでもなお自分に手を伸ばそうとするであろう彼らがあまりにもまぶしく、また裏切ってしまうことが怖くて遠ざけようとする。

 

「……もう、もうわたしにかまわないでください。おねがい、します」

 

 最後はもう嗚咽と共に絞り出すしか声を出せなかった。彼らのことを想えばあまりに苦しくて、辛くて。

 

 やはり自分はいてはいけないんだと改めて思いながら少女はこの場を離れようとすると、不意に中野信治がつぶやいた。

 

「……俺の、せいだ。俺があんなものを見つけたから苦しんじまったんだ。俺が、俺があんなのを見つけなかったら!!」

 

 あまりにすさまじい後悔を吐き出しながら彼はその場にくずおれていく。地面に手をつき、両の目から幾度も大粒の涙を流す様子に少女の胸はまたも苦しみに苛まれる。

 

 自分のせいだ。

 

 自分が叔父の遺したものを何としても否定しようとしなければ彼がこんな目に遭うことなんてなかった。取り合おうとしなければ彼がこんなに苦しむことなんてなかったのだ、とズタズタになった心が更に悲鳴を上げていく。

 

 謝らなければ、貴方は何も悪くない、とせめて伝えなければと少女は口を開こうとする。

 

「ちが、う……あなたは……あなたはわるく――」

 

「信治君は悪くないよ」

 

 その瞬間、南雲ハジメが中野信治の隣へと来て、立ちひざになりながら彼に声をかける。

 

 良かった。自分なんかが声をかけなくても良かったと少女が思ったのもつかの間、南雲ハジメが悲痛な表情を浮かべていたことに気付くと同時に、彼の口から漏れ出た悔恨の念に少女は一層苦しむことになった。

 

「僕が、僕が必死にユエさんを止めなかったせいだ……あの場で唯一、ユエさんの頼みを跳ねのけられたのは僕だけだった。僕がきっと大丈夫だなんて楽観視しなきゃ、彼女はこんな形で苦しむなんて……」

 

「ちが……ちがう! みんな、みんなはわるくない!! だから、だから……!!」

 

 違う。彼だって自分の頼みを聞いただけでしかない。自分がワガママを言わなければ、断った時点で諦めていれば、彼の真心を理解できていれば良かっただけでしかないのに。だから苦しむ必要なんて欠片もないのに。

 

 どうして、どうして私を責めないの? 自分は悪くないと言わないの? なんで? どうして? と少女の頭の中で疑問と自己嫌悪がぐるぐると回り――その果てに少女はある結論を導き出す。

 

「……ごめん、なさい――“風灘”」

 

「――!? ユエっ!!」

 

 謝った直後、少女は自身の体を対象に“風灘”を叩き込んで全員から距離をとる。骨と内臓が軽くやられ、意識がもうろうとする中、少女は風属性の魔法を発動して自身の体を浮かせ、風で自分を運んでいく。魔物が復活しているであろう階層を少女は目指す。

 

(……皆の手は汚さない。死ぬなら、この手で)

 

 目的は自殺。無くなるまでひたすら魔力を使い、確実に“自動再生”が発動出来なくなってから魔物に貪り食われて死ぬ。彼らの手で殺されることも考えたが、優しい彼らはきっと傷ついてしまう。だから彼らの手を借りることなく死ぬ。そうすることが今まで迷惑をかけた人達への償いになると思ったのだ。

 

「――ぁぐっ!」

 

 だがロクに吸血もしなかったことで魔力はそう残ってはおらず、階層を三つ超えた辺りで魔力が切れてそのまま少女は地面に叩きつけられる。勢いも強かったことから全身に浅くない擦り傷が出来、じわじわと自分から温かいものが流れ出ていくのを感じていた。

 

「ぁ、はは……ほんとうに、無様……」

 

 散々他人に迷惑をかけた挙句、当初の目的も果たせない。その勢いのまま首の骨を折ることすら出来ない。そんな自分がひどくみじめで逆に笑えてきてしまう。こんな人間に出来ることなんてなかったんだ。そう自分を嘲っていた矢先、ふと獣の唸り声が彼女の耳に届いた。

 

「グルル……」

 

「……ぁ」

 

 現れたのはこの階層に住まうハイエナ型の魔物であった。討ち漏らした個体か、はたまた復活したものか。だが少女にとってそんなことはどうでもよかった。やっと死ねる。やっと彼らに報いることが出来る。もう体に力を入れようとはせず、ただ成り行きに身を任せる。

 

「グルゥァ!!」

 

 最初は警戒していた様子の魔物であったが、全身から血を流し、ロクに動かなかったおかげかすぐに自分の右肩に食らいつこうとしてきた。

 

 やっと、やっと終わる。

 

 自分はこの魔物の餌となって生涯を終えることが出来る。王族として生まれたのにどこまでも卑しい真似をした存在がやっと消える――そう思った矢先、何故かある少年の顔が彼女の脳裏をよぎった。

 

 ――い、いい、今すぐ俺が、その……た、た、たた、助ける、から付き合ってくれぇ!!!

 

 ――……あ? んなもん、アレだよ……俺が惚れたから、って言っただろうが

 

 ――……おれが、おれがたすける!! だから、だから……うぁあぁあぁあぁぁあああぁ!!!

 

(……どうして? どうして、檜山の顔が?)

 

 魔物が自分の右肩目掛けて襲い掛かる様もどうしてかひどく緩慢に見え、少しずつ迫ってくる度に彼の言葉が何度も蘇る。

 

 この奇妙なものはきっと自分が死ぬ直前だからだろうと思いつつも、少女は何故頭にあの少年が浮かんだのかと考えようとした、その時であった。

 

「――くたばりやがれぇえええぇ!!」

 

 一陣の、風が吹いた。

 

「グォ――!?」

 

 振り下ろされた剣と共に魔物の首が宙を舞い、血潮が飛び散る。そして血まみれになった少年の姿に少女は目を奪われてしまう。

 

「ひ、やま……」

 

 いつも自分のそばにいた、何度邪険にしても離れなかった少年がまたそこにいる。全身に返り血を浴びて顔をしかめている彼を見て感情があふれてくるのを少女は止められなかった。

 

「おう……って、ヒデぇケガしてやがんじゃねぇか!! い、今すぐ神水出すから――」

 

「どう、して」

 

「えっと、ここじゃなくてこっちの……あったあった!……っとと、どうしたユエ?」

 

「どうして、しなせてくれなかったの?」

 

 嘆きが漏れた。

 

「ど、どうしてって、そんなわかりきったこと聞くんじゃ――」

 

「わた、しは……みんなをころそうとしてた。たまたまだれもしななかったけれど、だれかがしんでもおかしくなんてなかった。なんで、なんでうらまないの? うらんでくれないの?」

 

 後悔が漏れた。

 

「誰だって死んでなかったじゃねぇか!! それにお前が受けてた苦しみだってわかっちまうし――」

 

「でも……でも、わたしはじぶんがゆるせない! ゆるしたく、ない……」

 

 己への憎しみが漏れ出た。

 

「俺らはいい! 許してるし誰も恨んじゃいねぇよ! だから……だからそんなことを言わねぇでくれよ!!」

 

「でも、でも!!……わたしはじぶんがいや」

 

 苦しみがあふれていく。

 

「あなたたちをきずつけて……それをなんともおもわなくて、だれもわたしのくるしみなんてりかいできてない、ってうらんで……こんなきたないじぶんを、ゆるしたくない……うぁぁ……」

 

 慟哭が止まらない。全てを失った少女に残ったのは己の罪とそれを咎める今にも砕け散りそうな心だけ。そんな少女を少年は強く抱きしめる。先程血に塗れた衣服をどうするかと悩んでいたのも忘れて、土ぼこりと流れた血で薄汚れた体をただ強く、強く。

 

「しにたかった……もうしにたくてしかたなかったのに……どうして……どうしてなの」

 

「イヤだからに決まってんだろうが!!」

 

 生気と共に口から言葉をこぼしていく少女の目を見ながら少年は叫ぶ。

 

「前に言ったよな? お前は俺に負けたんだから何したってかまわない、って。だったらいろよ……ずっと俺のそばにいろよ!!」

 

 思いの丈を叩きつけていく。この思いが伝われ、と。

 

「好きなんだよ……俺ら殺そうとしてたってのに、そんなことが本気でどうでもいいんだよ」

 

 止まらない好意が口からほとばしっていく。目の前にいる少女の中にある全ての憂いを押し流さんとばかりに。

 

「見た目とか仕草とか性格とか! それだけじゃねぇ!! お前の……お前がずっと苦しんでて、辛そうにしてた顔を見てハッとしたんだよ。俺みたいだ、って」

 

 まとまらない考えを、けれども全てが本心の言葉を彼女に向けて少年は余すことなく伝えていく。

 

「……え?」

 

「俺も……俺だって昔はバカやってた。ハジメ達が気に食わないから、ってケンカ売ろうとしてこっぴどく返り討ちに遭って、それで全部怖くなって……でも、でもよ!!」

 

 過去の過ちすらも口にして、戸惑っている少女に檜山はなお思いを伝える。

 

「助けて、くれたんだ」

 

 その言葉に抱えきれないほどの感謝が載っていた。今も忘れることのない少年への強い思いが。

 

「こんな俺を放っておけない、ってハジメが俺に手を差し伸べてくれたんだよ……確かにアイツは大したケガもなかったみたいだし、怖い目に遭ったのは俺らの方だったけどよ」

 

 過去を思い返して苦い顔を浮かべながら、檜山は今も慕う少年に対する思いを言葉にしていく。

 

「……でも、でもな。許してくれたんだ。友達になってくれたんだ……こんな俺でも、アイツらのおかげで変われたんだよ!!」

 

 そして吐き出していく。南雲ハジメという親友への思いを、自分もまた目の前の少女と同類であるということを、自分のようになってほしいという願いを。

 

「今のお前は昔の俺なんだ!! 悪いことして、俺以上に苦しんで、どうすればいいかわからない。そんな奴を助けて何が悪いんだよ!! そういう奴だったからきっと俺ももっと好きになったんだよ!! 同情でもなんでもいい! ただ、俺は……俺は……」

 

 同情なのかもしれない。憐憫でしかないのかもしれない。結局恋や愛なんてきれいなものじゃないのかもしれない。それでも檜山は目が段々と虚ろになっていく少女に向けて叫ぶ。

 

「そう……だから……」

 

 少しずつ遠ざかっていく意識の中、少女はほのかに笑みを浮かべた。どうして目の前の少年が自分に執着するのか――そしてこの少年だけにどうして自分は心を許したのかを理解して。

 

「ユエ?……ユエっ!!」

 

 自分を抱きしめ、何度となく呼びかけている彼に申し訳なく思いながらも名前すらも失った少女はただ思う。

 

(こんなに私を想ってくれていた……それが同情でもいい。私が何をしても絶対にいなくならなかった。だから、だから私は……)

 

 段々と体が冷えていく感覚に襲われる。あらゆる感覚が薄れていく。そうしてやっと少女の中にある願いが生まれる

 

(しにたく、ない……すきなひとと、はなれたくない)

 

 死にたくない。もっと生きていたい。こんなに自分を求めてくれる人と離れたくない。

 

 あまりにシンプルで、けれどもとてつもなく強い思いが芽生えた。なのにもう死は間近に迫ってきている。

 

(いや……いっしょがいい。ひやま――()()()()といっしょに、いきて――)

 

 ようやく芽吹いたその渇望と共に死んでゆく。それがひどく口惜しくて、泣きたくて、嫌で嫌で仕方なくて。消えゆく意識の中、最後に少女が見たのは口元が何かで汚れてるような彼の決意に満ちた顔であった――。

 

「大介君!!」

 

 そうして少女が瞳を閉じるや否や、南雲ハジメ達が大介のそばへとやってくる。大介が少女を襲った魔物を撃退する時には既に追いついていたのだ。だが、この場で出るべきではないと思いつつ、ただ見守っていたのだ。

 

「“聖典”も効いたかわからないし……ねぇ、ユエさんは大丈夫なの!?」

 

「あぁ、大丈夫だ……ほらよ」

 

 心配そうに見つめる谷口鈴に大介は一度目元と口元をぬぐうと、少女を横抱きにしながらこちらに向かってきた。そして谷口鈴の目の前で少女の胸元を見せた。まだかすかに上下に動く胸を。

 

「良かった……間に合ったんだね」

 

「全く……心臓に悪かったぞ、大介」

 

「悪い悪い……もっと早くやってやれば良かったな。それと――」

 

 安堵する親友達に、思いを伝えることを優先していたことを恥じながらも大介は真剣な表情で向き合う。

 

「お前達に頼みたいことがある。いいよな?」

 

 親しいが故の気安さが含まれていたが、言葉には相応の重みが含まれている。それを聞いた親友達もまた彼に負けぬ程に真剣な面持ちでうなずくのであった。

 

 

 

 

 

「――ここ、は?」

 

 体の()()()()だるさに襲われながらも、意識がはっきりした少女は見知らぬ天井を見上げた。

 

(……私は、死んだ? 魔力も無くて、血も流れ出て、助かるはずが――)

 

「よぉ、目ぇ覚ましたかねぼすけ」

 

 どこか覚えがあるようで、けれども知らないはずの場所。もしや死者である自分はこんな場所にたどり着いたのだろうかと考えていると、すぐ近くから聞きたかった声が響いた。

 

「……ぇ?」

 

「なーにアホ面さらしてやがんだよ……体の調子はどうだ? どこか動かない場所はあるのか?」

 

 檜山大介であった。もしや彼も死んだのだろうかと思っていると、椅子から立ち上がって自分の今いる場所――ようやく自分はベッドの上に寝かされているとわかり、その上へと彼は来た。

 

「ここ、は……?」

 

「ん? あぁ、オルクス大迷宮の寝室だよ。お前が意識を失った後、すぐにここまで連れて来た」

 

 そう事もなげに伝える彼であったが、少女の中である疑問がわく。どうして自分は助かったのか、だ。即座に致命傷を負ったという訳でもなかったが、それでも魔力もロクに残ってない状態で、しかも全身から血を流していたのだから。

 

 そんな自分がどうして助かったのか、と困惑していると目の前の少年はしてやったりと言わんばかりの表情であぐらをかきながらこちらを見つめていた。

 

「お前が意識を失った後、すぐに神水を飲ませたんだよ。ま、それでもちょっと不安だったから血も用意して口移しした。そういうこった」

 

 二ヒヒ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる少年の言葉を聞いて少女も一旦納得しかかるが、そこで神水の効能を思い出す。あれはすぐには効果は消えなかったはずだ、と。

 

 自分は意識が無くなりそうだったから彼に牙を立てることも出来ないし、かといって死にかけていた自分を助けるためには相応の量の血がいるはず。そう思っていると彼は自分の左手首を――深々と横一文字に入った傷を見せたのである。

 

「ちょい焦ったぜー。最初は口の中をかみ切って血を出そうと思ったんだけどすぐに傷口が止まっちまったし、だから神水の力が無くならない内にここを切った。それで口いっぱいに含んで飲ませたんだ」

 

 どうよ、と言わんばかりの表情の彼を見て少女はとてつもない罪悪感に襲われる。自分のせいで消えない傷が出来てしまった。彼の腕に不要なものをつけてしまったとひどい後悔に苛まれてしまう。

 

「あ、あれ……? こ、これって『私のためにこんな……ステキ、抱いて!』って流れじゃねーの?」

 

 わざわざ裏声まで使って説明した予想とは全然違う流れになってしまい、困惑する大介を横に少女はまた涙を流す。

 

「なら、ない……だって、だって……あなたに、すきなひとにきえないきずをつけたから……」

 

「え、マジかよ……うわー、神水の効能でも残るぐらいわざと深くして損し……え、ちょっと待て。今なんて?」

 

 アテが外れて気落ちする大介であったが、ふと耳に入った言葉に大きく反応して彼女の両肩を掴んだ。

 

「え、いや、その……き、聞き間違いじゃなけりゃよ、お、俺のことをす、すすす、好き、って……」

 

 その言葉に少女は涙をあふれさせながらゆっくりと首を縦に振った。そして間抜け面をさらしていると少女は涙ぐみながら理由を語っていく。

 

「こんな、こんなふかいきずをのこしてまでたすけてほしくなかった……そのきずをみるたび、きっと、きっとだいすけがこうかいするから――!?」

 

 一瞬間を置いてから、深い深い自己嫌悪に陥っている少女を大介はまた強く抱きしめる。少しでも自分の思いが伝われ、と強く、ただ強く。

 

「――ふざけんな。これは俺がしたくてやったことだ。いくらお前でも絶対に否定させてやるか」

 

 あまりに力強い言葉にずっと自分を苛んでいた負の感情もひび割れた心もとろけてしまいそうになる。もう自分は許されてもいいと思いそうになってしまう。それだけはいけないとばかりに少女は言葉を紡ごうとして――彼の強い意志のこもった瞳に射すくめられてしまう。

 

「わ、わたしは……」

 

「あー、ったく。昔王族だったんだろ? 王様やってたんだろ? だったら俺の言葉ぐらい一度でわかれよ――好きだ。お前が大好きだ。他の何もいらないぐらいお前が欲しい……まだ言い足りないか? なぁ?」

 

「――っ!?」

 

 否定しようとした自分に苛立ちを見せながらも、それでも頬を染めながら好意を伝えてくる大介にもう少女の心は陥落しそうになっていた。

 

「ぁぅ、ぅぁ、ぅぅ……」

 

 かつて王族であった頃に食べた菓子よりもその言葉は甘く、たった三つの言葉に脳はぐちゃぐちゃにされてしまう。ぼろきれになった王族としての誇りも、今もまだ燃え滾る己への憎しみすらもドロドロに溶かされていく。ただただその愛のささやきをもっと聞いていたいと心の底から求めてしまう。それ以外考えられなくなってしまう。

 

「ったく、まだ足りないのか……? ワガママだな、ホント――お前の全部を寄越せ。心も、体も、それと……お前のやったことも、だ。全部、全部寄越せ。お前の罪ぐらい一緒に背負ってやる」

 

「あっ、あっ、あぁ……!!」

 

 そんな少女を見てまだ足りないと考えた少年は更に言葉を紡ぎ、それを聞いた少女はもう頭が駄目になりそうになった。自分にはもう価値が無いと本気で思っていたのに、それでも求められたせいで魂すらふやけそうになる。彼の――大介のことだけでいっぱいになっていく。

 

「……ハジメだって、あのやらかしてた中村相手にやったんだ。これぐらいビビってたらカッコ悪――うぉっ!?」

 

「だいすけ、だいすけぇ……」

 

 もう無理だった。好意が止まらなくなった。ただ目の前の男の子が欲しくて仕方なくなって勢いよく抱き着き、彼の胸元に頬ずりをしてしまう。

 

「え、えーと、その……お前も、俺のことが好き、なんだよな?」

 

「ん……わたしも、だいすけがすき。あなたのものになりたい」

 

「マジ?……ははっ。やった。やったぞ。遂にやったぞー!! 俺のもんになったー!!!」

 

 また間抜け面をさらし、問いかけに答えたことで有頂天になる彼がどこまでも愛おしい。短い間ではあったが彼の人となりが割とろくでなしの部類なのはわかっている。けれどもこんな最低の女相手に一途でいてくれる。ならきっと彼は世界で最高のろくでなしだろう。そう思いながら少女は甘え続ける。

 

「……あ、そうだ。名前。どうする?」

 

 そんな時、ふと我に返った大介から“名前”のことについて問いかけられて少女は固まってしまう。皆から名付けてもらった“ユエ”という名前を名乗るのは罪悪感から心苦しく感じていたからだ。自分が狼藉を働いた時の名前であったことを考えるとためらいがあったものの、それを望むのならと目の前の少年に向けて答えた。

 

「……だいすけに、まかせる。“ユエ”でもあたらしいなまえでも、なんでもいい」

 

 そう言いながら彼の胸に体を預ける。全部を愛しいこの人に託そう。そう考えていると斜め上の答えに少女は目をむくことになった。

 

「なら、その……“アレーティア”でいいか?」

 

「…………え?」

 

 まさかの提案である。よりによって本当の名前だ。まさかこの名前で呼びたい、と答えてくるとは思わず、少女は大介に尋ね返した。

 

「……なんで? どうして、昔の名前を?」

 

 今となっては呼ばれることに嫌悪感を抱くことは一切ないが、それでもこの答えは想定外だった。イヤか? と彼から尋ねられるも首を横に振り、それをちゃんと否定すると大介はその理由を語り始めた。

 

「あー、その、よ……なんつーかさ、“ユエ”って俺らがあくまで仮の名前としてつけた感じだったし、呼びたかったらそれでいいって感じだっただろ。あんま気に入ってたみたいでもなかったし」

 

 その言葉に思わずしょげてしまい、少女はまた悲しみで涙ぐんでしまう。そうであった。今思い返せばとても素敵な名前だったのに、それに恥じるような行いばかりしていた。そうなるときっと彼らもこの名前にあまりいい印象を抱いていないだろう。それにようやく少女は思い至った。

 

 だがそれはあくまで彼らがつけてくれた名前に関してだ。どうして本名で呼ぶのか、と彼の言葉を待つと彼はその理由を頬をかきながら言ってくれた。

 

「その……な。あの映像の人、確かお前は叔父って言ってたよな?」

 

「……ん。あの人はディンリード叔父様。私の親代わりになってくれた人……」

 

「そっかー……あー、良かった。えっと、な。その……お前を背負いながらさ、皆と話し合ったんだよ。お前の叔父さんの前で偽名名乗っていいのか、ってさ」

 

「……え?」

 

 その言葉に思わず目が点となる。もし期待している通りならとても嬉しいが、前に思い込みで失敗したばかりだからと少女は大介が答えを告げてくれるのをただじっと待つ。顔を赤らめ、せわしなく頭をかいてうめき声を上げる彼をただじっと見つめて。そうして何度となく形にならない言葉を出していた少年は半ばキレた状態でその答えを口にしてくれた。

 

「……あ゛ーもうまどろっこしい!! いいか、俺はな……スゥー、ハァー……アレーティア、お前と付き合ってるってお前の叔父さんに紹介したいんだよ! あの映像の前で俺の女だ、って言ってやりたいんだよ!! もうわかったよな!! ちゃんとお前を本当の名前で呼びたいってよ!! それに本当の名前があるんだったらそっちの方がいいって他の奴にも言われたんだ! わかったな! いいよな!?」

 

「……ぅ……ぁ……ぁぁ……ほんとう、に……」

 

 そして告げられた期待通り、いやそれ以上の答えに少女は――アレーティアの魂は歓喜に染まる。

 

 新たに与えられた名前でも別に自分は構わなかった。かつてもらった偽名であってもそれであちらがいいのならとも思っていた。だが、自分の本当の名前で呼びたいと言ってくれた。実の両親からはともかく、親代わりであった叔父からも呼ばれたこの名で呼んでくれるというのはアレーティアにとってこの上ない愛情表現のように感じられたのだ。

 

「それに、けっこういい名前じゃねぇかよアレーティアって――どわぁ!?」

 

「すき……好き。大介、大好き……愛してる」

 

 遂にアレーティアは大介を押し倒し、彼の体に頬を何度もすり寄せ、その香り、彼の体温を感じ取っていた。自分の全てが彼に染まるように。自分の全てが彼のものになるように。

 

「……おう、俺も」

 

 大介もそんなアレーティアにされるがままになっている。何度も何度も惚れた相手に『好き』と言われ、過激めなスキンシップを受けたことで頭がゆだってしまい、考える気力が無くなってしまっていたのである。

 

 遂に少年の恋は実り、少女の心は救われる。二人を起こすために部屋に入った南雲らから止められるまでずっと、生殺しもいいところなスキンシップは続いたのであった……。

 

 

 

 

 

 かくしてオルクス大迷宮の最深部、解放者の住処に来て三日が経過した頃のこと。風呂から上がって火照った体を冷まそうと大介とアレーティアは外へと出ていた。

 

「……キレーだな、アレーティア」

 

「ん……今日も綺麗」

 

 そう言いながら二人は人造の月を見上げて憩う――アレーティアが大介に生殺しもいいところのスキンシップをしてる現場をハジメらに目撃された後、朝食の席で大介の口から本名で呼んでほしいと頼み込んだ。それはすぐに受け入れられ、後であの映像を見たらしい坂上、白崎、清水、遠藤ら四人もすぐにそう呼ぶようになった……その映像を見ないと公言したメルド・ロギンスも“一応”呼びはした。

 

「……そういえばアレーティア、メルドさんに殴られた後の傷は痛まないか?」

 

「ん……問題ない。大介の方こそ、大丈夫?」

 

「んぁ?……痛くもなんともねぇよ。むしろ勲章だ勲章。この腕の傷みたいにな」

 

 ――その食事の後で行われた話し合いにて、ケジメをつけるために二人はメルドから殴られることとなった。無論これまでの行いをアレーティアは謝罪したものの、何せやったことがやったことである。

 

『……状況的に仕方なかったとはいえ、お前がやろうとしたことは味方殺しだ。それに、()()()()()んだろう? なら相応の処罰ぐらいは覚悟できているんだろうな?』

 

 その言葉にアレーティアは震える。その通りだ。本来味方殺しなど許されるはずなどない。その場で始末するか、公の場で斬首などで処刑するのが当たり前の所業である。かつてはそういった輩を裁いたこともあったが、こうして自分がその立場に立ってみるとわかる。裁きを受ける立場に立つことがどれだけ恐ろしいのかが。

 

『め、メルドさん! こ、コイツの罰は俺が、俺が受けます!!』

 

 だからこそ大介が自分の代わりに罰を受けることを申し出た時には胸が締め付けられる思いであった。そこまで思ってくれることが嬉しくない訳ではない。だが処罰如何によっては彼がどうなるかわかったものではなかった。

 

『だ、大介はダメ! や、やめてください……お願い、します……私が、私が全部受け止めますから……』

 

故にアレーティアも動く。失いたくない。自分のために愛する人を失ってしまいたくない。その思いが恐怖を乗り越えさせた。甘んじて罰を受けることへの恐れをかき消したのだ。

 

『そうか……なら二人とも殴るぞ。大介はコイツを預かる責任として、貴様はやったことに対する報いだ――覚悟はいいな?』

 

 そして有無を言わさぬ態度で臨むメルドに誰もが唾を飲むだけであった。大介もアレーティアもその場にいた全員もメルドの言い分はわかっていたし、二人が互いにかばい合おうとしているのもわかった。

 

 だから二人は一度向き合って笑い合うと素直に観念し、甘んじてメルドの拳を受ける。

 

『ぐぇっ!』

 

『ぐぅっ!!』

 

『……今回はこれだけで済ませてやる。だがな、“次”なんて無いぞ。自分の意志で裏切るような奴相手にかけてやる情けは今だけだからな』

 

 そう言ってメルドは自分達に背を向けて部屋の外へと出ていった。他の面々が自分達を抱きしめるなり、出ていったメルドを憎々しく凝視するなりしていたが、二人はメルドに頭を下げ続けた。寛大な処置を、まだ『味方』として認めてくれていることへの感謝を捧げていた――。

 

「……大介が気に病まないのならそれでいい……」

 

 先程冗談めかして言った彼の腕の傷をアレーティアは優しくなでる。出来ることなら消してしまいたいけれど、同時にこれは自分のためにつけてくれた愛の証拠でもある。だからこそ彼の愛に少しでも応えたいと思いながらゆっくりとなでていく。

 

「……おう」

 

 そんな大介も、どこか悲し気に、けれども愛おしそうにアレーティアになでられ続けたせいで何とも言えないむず痒さに襲われていた。とはいえ大介はそれをしばらくの間止めなかった。こういうのも嫌ではなかったからだ。

 

「んー……悪い」

 

「んっ……気にしてない。もっと……」

 

 とはいえずっとなでてもらうのもなんだか気まずくなって、大介は正面からアレーティアを抱きしめる。いきなりではあったが、アレーティアもこうしてもらうことに不満は無かったため、黙って大介のしたことを受け入れた。

 

 そうして抱き合っていると湯上りなこともあってかお互いの鼻を石鹸の香りが刺激していく。大迷宮を攻略している途中、生えてた植物を燃やした灰と魔物の脂を使って作ったちょっとした貴重品である。

 

 皆も少しずつとはいえ使っているはずなのに、こうしているとどこか特別な感じがしてならない。そこで二人はしばらくの間、お互いバレないように鼻腔いっぱいにその香りを満たそうとしていた。

 

「あー、そのー……その髪、もうちょい上手く洗えてたらもっとキレイに光って見えたかもな。悪い」

 

「ん……これから上手になっていけばいい。時間はいくらでもある」

 

 そうして互いに抱きしめ合ってどこか幸せな時間を過ごす中、人工の月に彼女の髪の毛が照らされるのを見て、不意に大介は自分の失敗を反省する。しかしアレーティアはそんな彼の失敗を期待も込みで許した。

 

 ……アレーティアが『時間はいくらでもある』と述べたのにも理由があった。二人がメルドに殴られたその日の夜、これからどうするかの話し合いが行われ、しばらくの間ここに滞在することが決まったからである。わざわざ話し合いをする際に少し時間を空けたのも皆の気持ちを整理するためであった。

 

『――この手記によりますと、ここ以外にも大迷宮があることを示唆する文章がありました……もしかすると他の大迷宮も攻略すると、他に神代魔法が手に入るかもしれないんです』

 

 自分が気を失っている間に色々と調べたのか、南雲はメルドもいたその席でそのようなことを述べた。

 

 その言葉に中村、谷口、清水を除いた天之河らトータスに移転してきたと述べた面々は大いに沸き立ち、メルドも少し嬉し気に口元を吊り上げた。それが意味することは一つ、彼らが元の世界に戻れる可能性があるかもしれないということだ。彼らのことを大事に思っていたメルドもこれに関しては嬉しかったらしい。

 

『とりあえずボク達が軽く調べてみた感じだと、他の大迷宮で場所が大まかに判明しているのはグリューエン大砂漠にある火山、ハルツィナ樹海、ライセン大峡谷、シュネー雪原の氷雪洞窟ぐらいだね』

 

『ここは既に攻略しましたし、残り二つがまだ不明なんですけど……ごめんなさい』

 

『お前らが謝ることはない……ただ、シュネー雪原は後回しにした方がいいな。あそこは魔人族の国、ガーランドが目と鼻の先にある。そうなると――』

 

 そして地理に詳しいメルドの話の下、どういう順番で大迷宮を攻略していくかを考えていく。

 

『ライセン大峡谷は魔法が分解されるから俺や良樹、それと白崎も谷口もしんどいだろうな……』

 

『確かハルツィナ樹海は亜人族の住む場所だ、って鷲三さんから聞いたな。しかも亜人族はヘルシャー帝国から奴隷狩りと称して拉致されてる、って……』

 

『……私達に対してあまりいい顔をしないでしょうね。そこも後回しにした方がいいかしら?』

 

『そうなると砂漠の火山辺りか……結構暑くてしんどそうだな』

 

『うん……メルドさん、確か近くに国がありませんでしたっけ? そこで補給って出来ませんか?』

 

『あるぞ。ハイリヒの傘下にあるアンカジ公国だ……とはいえ俺もお前らもお尋ね状態だ。そこに寄るのは不可能と考えていいだろう。せめて、変装でも出来ればな……』

 

『あー……それなら俺と雫なら、やれます。一応雑技の一つで変装術ってのを学んでたんで、ウチの師匠ほどじゃないですけど、道具さえあれば』

 

『……なぁ浩介、やっぱりお前と八重樫って忍者――』

 

『違うから。ただの雑技に詳しい集団だから!』

 

 ……そうして色々と話し合いをした結果、当面の目標としてはライセン大峡谷の攻略を目指すことになった。他は地理的な面、補給の面からして困難になると予想がついたからである。

 

 また、ライセン大峡谷にも魔物が存在することがメルドの口から明らかになったため、最悪その魔物を狩って、ユグドラシルの果実を食べていればどうにかなるだろうと結論付けたのもあった。

 

『そうなると……なぁハジメ、もしお前が一人でここに来る羽目に遭って、それでアレーティアと一緒にここまで来た時によ、この後どうするか予想出来るか?』

 

『そうだね……まず間違いなく大迷宮は全部攻略する。それと、そのために色々と準備するかな。それも二ヶ月ぐらいになると思う』

 

 そこで清水から投げかけられた質問に南雲も思案しつつ、それに答えた。本来の未来の自分ならきっとそうするだろうと考え、設備の整ったこの住居で全ての大迷宮を突破するための装備を用意しようとするだろうと予想したのである。

 

『皆もすぐに地上に出たいだろうけれど、それも少し待ってほしい……ここの一番奥で出たあの魔物みたいに強いのがまた出てこないとも限らないからね。ここで鍛えるのもアリかな、って思うんだ』

 

 南雲の言葉に早く地上に出たがっていた近藤らや園部達も不満気ながらも納得を示した。確かにあんなのがこの先わんさか出てくると思うとアレーティアとしても心底げんなりしてしまう。今回はどうにか勝てはしたものの、あんな化け物クラスを相手に何度も薄氷の勝利を繰り返すなんてまっぴらごめんであったからだ。

 

『アレーティアさんのことも、だよね。ハジメくん』

 

 そして唐突に自分の名前が出たことでアレーティアは委縮して大介の後ろに隠れてしまう……谷口の言った通り、彼らに逆恨みを抱いていたことがわかって以降、アレーティアは大介以外の相手と接触する時に常に恐怖に怯えるようになっていたのだ。

 

『ご、ごめんなさい……ごめんなさい……』

 

 彼らが許してくれているのもわかるし、イナバもユグドラシルもそれに関してはあまり気にしていない様子なのも察している。だが、彼女の良心と罪悪感が強く咎めるのだ。あんな恥知らずな真似をしておいて、今更親しくすることなど許されるのかと訴えてくるのである。

 

 そのせいでかつてのように尊大でクールな態度はとれなくなり、心の底から信頼している大介以外を見るとひどく不安になって及び腰になってしまったのである。正直な話、大介がいないと怖くて何も出来ないと心の底から思えてしまう程には弱くなったという自覚は彼女にもあった。

 

『謝らなくっていいですから、ね……?』

 

『アレーティアの実力はボクらを凌駕してるんだけどね……檜山以外とマトモに連携がとれないんじゃ話にならないし、それも考えると留まった方がいいだろうね』

 

 ――そんな訳でアレーティア達はここに残ることになったのである。これには他の面々も納得を示し、それに加えて大介が感謝を示していたことを心底申し訳ないと思いながらもそれに甘えるしかなかったのだ。

 

「ま、しばらくの目標は俺がちゃんとお前の頭を洗えるようになることか……」

 

「……お願い。八重樫さんが怖いから」

 

 そうして当面の目標を大介が語ると、つい先日自分が受けたことをアレーティアは思い出していた。なんと自分達が“恋人”の時間を利用して二人きりで風呂に入っていた際に八重樫が乱入してきたのである。目的は自分の頭を洗うことであった。

 

 その乱入してきた当人曰く、『昔他人が怖かった自分を思い出しておせっかいを焼きたくなった』とのことだ。それと遠藤から聞いた話によると大介は自分の髪を洗うときは結構ガシガシいくらしく、そのため女性の髪をちゃんと洗えるか心配になってカッ飛んできたとのことだ。なおその際本人的には濡れても大丈夫な格好――どう見ても普段身に着けている黒装束だったが――をしてだが。

 

「……確かにあの時の八重樫クッソ怖かったな。多分今後もイナバの代わりに滅茶苦茶可愛がられると思うぞ……」

 

 大介のその言葉にアレーティアも軽く震えた。確かに自分のために色々とやってくれるのはありがたいが、アレは軽く常軌を逸している。少なくとも大介以外にあんな真似をされて平常心を保っていられる自信がアレーティアには無かった。

 

「それは嫌……大介じゃなきゃ嫌ぁ……」

 

 そうして彼にすがりつき、彼の体温を感じ取ることで心を落ち着かせようとする。彼の匂いが、耳から伝わる心臓の鼓動が、少しずつ自分の心を鎮めていくのを感じ取っていた。

 

「お、おう……」

 

 一方、大介もそんな彼女を見て不安になっていた。何せあまりにも自分にベッタリだからだ。そこまで長い期間でなかったとはいえ、自分の友人達がイチャイチャしている様子を見て羨望を覚えており、いずれはアレーティアともそういう関係になりたいと思っていた。

 

 だが現実はこうして自分に甘えてはくれるものの、自分に“依存”しているようにしか見えない。自分に甘えてくれるのはいいがずっとそれだと疲れる気がしていたし、何より彼女自身のやりたいことをして笑っている姿も見たいと欲が出ていた。それ故に彼も苦悩していたのである。

 

「……大介、キスして」

 

「お、おう……んっ」

 

 だがそんなことは後でいいか、と大介は甘えてくるアレーティアにされるがままになった。そしてアレーティアも彼が自分に依存していることを歯がゆく思っていることに気を病みながらも彼の愛に溺れていく。

 

「ちゅ……んっ……んふっ……れろぉ……」

 

「じゅる……くちゅ……ぷはっ……はむっ……」

 

 いつか大介/アレーティアのために頑張ろう。問題を先送りにしながら少年と少女は唇を触れ合わせ、舌を這わせて愛を確かめ合う。

 

 ――“魔王”を照らす月。はずみから完全に外道に堕ちてしまった少年。本来交わるはずのない二人は今、こうして深く深く絆を結んだ。互いに離れないようにと祈りながらまだ青い少年と青さの果てに間違いを犯した少女は愛を貪る。

 

 それを作り物の月だけが見つめていた。汝らに幸あれ、と祝福するかのように優しい光で照らしながら。




作者が「ユエ」でなくやたらと「彼女」と呼んだのも、こうして彼女が「アレーティア」と名乗るためです。ぶっちゃけると彼女が恵里達を恨み、その罪に苦しむ展開は二十一話を構想してた辺りで思い浮かんでました。きっと恵里達に嫉妬してこうなってしまうだろうなー、って。

ただ、実はこの√を外れる方法が浮かばなかった訳でもなかったり。ただ、それは今回のお話の趣旨から外れるので詳細は割烹にて。
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