あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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皆様お久しぶりです。今回とある方の絵を見て触発されたお話になります。

今回の話を読むにあたっての注意点として

・最初のエイプリルフールネタ関連のネタです

・今回の話も『ありふれ原作のキャラ』に対してアンチ・ヘイトをするつもりで書いたものでありません

・この話だけで約13000字あります

上記に注意して本編をどうぞ。


四月馬鹿な65話? その1

「どうした()()! 多少鍛えたぐらいでベヒモスを倒せはせんぞ!」

 

「は、はいぃ~!」

 

 ハイリヒ王国郊外の平原でメルドの叱咤と香織の情けない悲鳴がこだまする。香織は国から支給された僧服らしい格好でなく、長袖のシャツにズボン、手足にリストバンド型のウェイトと金属製の背負子計二十キロの重石を身につけて走っていた。

 

()()さん頑張って-!」

 

「はいはい。ここでくたばってたら後が辛いよー」

 

「そんなこと言われてもぉ~!」

 

 後ろからハジメや恵里、他の面々の声が届くも香織は情けない声で返事をするのが精一杯だった。()()()()()より遙かにキツいものをやらされ、玉のような汗を流してふらふらとよろけながら走っていたからである。

 

「だったら()()()()()の奴らはどうなってもいいのか! ベヒモスに殺されるかもしれんぞ!」

 

 立ち止まらないで動くのが精一杯で今にも香織は倒れそうになっていた。だが前を走っていたメルドの一喝と共に香織は目を見開き、一度その場で足を止める。

 

「……イヤ、ですっ!」

 

 脳裏に必死に頑張る姿の雫が、『小さな男の子とおばあさんを守ろうと無茶をした南雲ハジメの姿』が浮かんだからだ。頑張り屋さんな雫が、あの時のように彼がまた無茶をして傷付いてしまわないかという懸念が香織の頭をよぎる。それを恐れた香織は力強く地面を蹴り、平原を駆け抜けていく。

 

「――やっぱり無理だよぉ~!」

 

 ……のも叶わない。数分もしない内に上げたスピードが落ちてしまい、歩くのと大差ないぐらいになってしまったからだ。

 

「あと一周だ! それまで保たせろ!」

 

 ゼェゼェ言いながらどうにか動いている香織にまたメルドの励ましとも命令ともとれる言葉が飛んでくる。()()()と比べればまだ体力はついてはいたものの、それでも走りきれる自信が香織には無い。そのためさっきの言葉で香織の顔は余計に青ざめてしまっていた。

 

「大丈夫! お薬飲めばすぐに疲れなんて吹き飛ぶから!」

 

「それヤダよぉ~! ちゃんと休みたいぃ~!!」

 

 今度は後ろから自分と同じ声の少女――()()()()の白崎香織の声が届く。その直後、香織は恥も外聞も無くギャン泣きする。例のお薬を飲んで数分そこらでもう休みが終わり、またキツい訓練を夕方までやらされるからだ。

 

(いいなぁ……こっちの恵里ちゃん達、体力あって)

 

 フィジカルもメンタルもボロボロになりながらも香織は最後の一周を走る。自分を二回追い抜いた恵里達の背中を香織は羨望のまなざしで見つめていた。自分はもう足がもつれてその場に倒れ込んでもおかしくないのに、自分の倍以上の重りを背負って息を切らしていないのだから。

 

(……私、どうしてこんな辛い思いしてるんだっけ)

 

 恵里達へのうらやみと今の自分の現状に香織は思わずめまいを起こしそうになる。そしてさっきメルドに見せたガッツも腰砕けになり、どうしてこんなことをやっているのかという思いが頭の中を占めていく。

 

 歩くよりはかろうじてマシな速さで走りつつ、香織はここに来た経緯を思い浮かべたのであった――。

 

 

 

あまりありふれてない役者で世界逆行 第65.6話「ありふれた○○が世界最強?」

 

 

 

(南雲くん、まだ起きてるかな)

 

 宿場町ホルアド、そこにある王国直営の宿屋の廊下を香織は一人歩いていた。窓から差し込んだ月の光は廊下だけでなく、彼女の黒髪に純白のネグリジェ、羽織ったカーディガンをも照らしている。

 

(夢の話だから聞いてもらえるかわからない。けど、伝えなきゃ)

 

 彼女が向かっているのはずっと気にかけていた少年の部屋だ。先程少し眠った際、見てしまったその少年が消える夢。そのことがずっと気になってもう眠れず、彼に翌日の訓練に参加しないようお願いしようと考えていたのだ。

 

(またあの時みたいに無茶したら……止めないと)

 

 胸中をかすめたのは香織が中学二年生の時に見た南雲ハジメの姿だ。小さな子供とその祖母らしき人物が不良に絡まれてたのを、自分が傷付いてもなお助けた彼の素敵な姿であった。

 

 あの時は弱くても立ち向かうことの出来た彼を尊敬して気になったのだが、このトータスでそんな無茶をしたらどうなるかわからない。だからこそ彼が傷付かないように香織は動いていた。そんな時であった。

 

「……あれ? なんか浮いてるような……えっ?」

 

 香織は唐突に浮遊感を感じてしまう。風属性の魔法で追い風を出そうとして失敗した訳でもないのにと思いつつ、下を見てようやくその理由を香織は理解する。

 

「えっ。穴、空いちゃって……きゃぁあぁあぁああぁ!?」

 

 どこへ通じるともわからない真っ暗な穴が真下にあったのだ。直径三メートルはあろうそれに香織は間抜けな悲鳴を上げながら落ちてしまう。

 

「――いだぁ!? うぅ、お尻痛いぃ……」

 

 落ちたと感じたのは五秒にも満たない程度である。そのため香織は着地の体勢もとれずにしたたかに尻を打ってしまい、バットか何かでぶたれたような痛みに襲われる。唐突な痛みに思わず目を思いっきりつむってしまい、お尻をさすりつつ涙を流す。

 

「また降ってきたぞ!?」

 

「嘘でしょ!? せっかくあっちの香織を戻したのに!」

 

「いや待って! なんかすごい格好してる!」

 

 だが香織は痛みに悶えることすら満足に出来なかった。そこかしこから上がる悲鳴じみた声が気になって目を開けてしまったからだ。その瞬間、白髪赤目の男女の集団が視界に飛び込んできてしまい、香織の頭の中は真っ白になってしまう。

 

「カッコなんか知るか! 穴どこだ穴!」

 

「もしこれがさっきの白崎さんの過去の時間軸だったら……相当マズくないか!?」

 

「タイムパラドックスってヤツだよな!? おいどうすんだよマジで!」

 

「え……えぇえぇえぇ!? だ、誰ぇー!?」

 

 こっちを無視して何かを探している様子だったが香織には関係ない。よくわからない集団に囲まれてることにパニックを起こし、思わず叫んでしまう。直後、白髪赤目の何人かがギョッとした様子でこちらを見てきた。

 

「あ、え、えーと……だ、大丈夫。今、頑張って戻れる方法探してるから」

 

「うん。すぐ戻れると思うから心配しないで。ね?」

 

「え、あ、はい……」

 

 何度か視線をさまよわせてから二人の白髪赤目の少女がこちらへとやって来る。クラスメイトの宮崎奈々、それと鏡に映った自分にちょっと似ている少女達だ。彼女らに声をかけられ、とりあえず自分のために何かをやってくれていることがわかった。

 

(なんかいつの間にか朝になってるし、王宮の誰かの部屋みたいだけど……きっと大丈夫、だよね?)

 

 自分のことを無視するどころか、言葉の内容からして助けてくれてる様子である。それならきっと大丈夫だろうと香織も一息吐き、ひとまず彼らに任せようとその場でじっとしていた。

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

 ……数分後、白髪赤目の集団のほとんどと金髪の少女が一斉に香織に向けて土下座してきた。何故かいる雫の祖父に母、浅黒い肌の赤髪の青年も気の毒そうにこちらを見ている。何かマズい事態が起きたのではと思い至り、香織の顔から一気に血の気が引いてしまう。

 

「えーっと……何が、かな?」

 

「落ちてきた穴がふさがっちゃいまして……」

 

「こっちは何もしてないんだけどね……すぐにはそっちが元の世界に戻れなくなったみたい」

 

 するとハジメに似た少年が目をそらしながら、中村恵里似の少女が冷や汗をタラリと流しながら説明してくる。

 

「もどれ、ない……私、元の世界に……ってえぇぇええぇ!?」

 

 あまりに無茶苦茶すぎて理解するのに数秒ほど時間がかかってしまった。そして理解できた途端、自分の置かれた状況が突飛すぎて香織は思わず叫んでしまう。

 

「わ、私、南雲くんとお話したかっただけなのに……明日は、明日は町で待っててほしいって言いたかっただけなのにぃ! うわぁあぁぁ~ん!!」

 

 元の世界に戻れない。つまりここは親友の雫や尊敬するハジメのいたトータスではないし、そこに戻ることも出来ないということだ。また別の世界へと放り込まれてしまったこと、下手したらハジメともう会えないことを理解すると同時にパニックを起こしてしまう。結果、香織はその場で泣きじゃくった。

 

「おいマジでどうすんだよ谷口ぃ! お前のせいだぞ!」

 

「そんなこと言われてもぉ!」

 

「否定したいけど流石にちょっと無理っぽそう! ごめん鈴!!」

 

「もうやだぁ~!! しずくちゃぁ~ん! なぐもく~ん! おとうさぁ~ん! おかあさぁ~ん!!」

 

 またしても白髪赤目の集団が騒ぎ出したが香織は無視して泣き続ける。両親といきなり引き離されても親友である八重樫雫が、そしてずっと気にかけていた南雲ハジメがいたから香織は不安でも頑張れたのだ。けれどもその心の支えが無くなった以上、もう心細さを我慢することなんて出来やしなかった。

 

「ち、“鎮魂” “鎮魂”!」

 

「お、落ち着いた? 大丈夫、私? ね?」

 

「……えっ? なんで、私、落ち着いて?」

 

 だが宮崎奈々らしき少女が発した謎のフレーズが聞こえると共に、香織の中の心細さと悲しみは一気に収まってしまう。いきなりの事態に戸惑ってしまい、声をかけてきた自分っぽい女の子からの問いかけに香織はロクに反応することも出来なかった。

 

「とりあえず落ち着いてくれて助かった……その、こういう事態は今回が初めてじゃないんだ」

 

「初めてじゃない、って……もしかして、前にもこんなことがあったの?」

 

「ついさっき起きたもの……必ず元の世界に戻す。そのことは約束するわ」

 

 すると今度は幼馴染みである天之河光輝に似た白髪赤目の男の子がホッとした様子で声をかけてくる。彼の言い分からしてどうも経験があるらしく、香織はそのことを尋ね返す。すると今度は八重樫雫に似ている少女が自分を元の世界に戻すことを確約してくれたのである。

 

「……本当? 私、戻れるの?」

 

「えぇ……私だって光輝やおじいちゃん、お母さん、皆がいない世界に放り出されたらずっと泣いてしまうもの」

 

 そのことを改めて雫に似た少女に問いかければ、妙に気にかかることを言いながらも共感できる言葉を返してくれた。怪しいと感じはしたものの、顔立ちや声色、それと仕草までもが親友に酷似していたことから香織は謎の安心と信頼を彼女に抱いてしまう。

 

「じゃあ、その……お願いします」

 

「ありがとうございます白崎さん……皆、とりあえず一日三回、“界穿”を使ってみない?」

 

「それだけ使えば向こうの白崎だって戻れるだろ。俺は賛成だ。皆は?」

 

 香織は立ち上がると頭を下げ、改めて自分を元の世界に戻してくれるよう謎の集団へと頼み込んだ。頭を上げるとすぐにハジメ似の少年が何らかの提案を出し、また幼馴染みの坂上龍太郎っぽい男性もそれに同意してくる。そして龍太郎似の彼が意見を促せば、この場にいた他の面々もそれにうなずいて返してくれた。

 

「あ、ありがとうございます……その、感謝はしてるんだけど私、まだ名前名乗ってないんだよ。どうして知ってるの?」

 

『あっ』

 

 そこで香織が感謝を述べると同時にさっきから気になっていたことを尋ねれば、クラスメイト似の白髪赤目の人達が一斉に固まってしまう。その瞬間、香織の抱いていた疑念は一気に確信へと変わった。

 

「…………も、もしかして、私の知ってるクラスメイトの皆、かな?」

 

『……はい』

 

『……ぉぅ』

 

「えぇーっ!?」

 

 目の前にいたのは平行世界の自分達クラスメイトでは? という推測。気まずそうに目を伏せたりそらしたりしながらも彼らは答え、香織もまためちゃくちゃな真相に思わず卒倒しそうになったのであった……。

 

 

 

 

 

(あの時は本当に驚いたなぁ……まさか違う世界の私や南雲くん、雫ちゃんが目の前にいたなんて思わなかったから)

 

 香織が違う世界へと招かれて早二日。何もしないでいるのも辛いだろうし、またおわびも兼ねて香織はこっちの世界でも訓練を受けることになった。なお訓練が始まって早々、ステータスプレートを確認されたらいきなり十キロもの重石を全身に背負わされて走らされている。これは一体何の冗談なんだろうと今でも香織は思っていた。

 

「んく、んく……ふぅ」

 

 最後の一周を終え、練兵場に戻った香織はすぐさまその片隅へとヨロヨロとした足取りで向かう。そして二十キロの重りを外し、体育座りをしながら香織はメルドから渡された水筒を煽る。キンキンに冷えた水が喉を潤し、また体から様々な痛みや疲れが抜けていく感覚にまた香織は心地よさを覚えた。

 

「ふぅ……すごいもったいないことしてるなぁ絶対」

 

 中をのぞきながら水筒を揺らせば、わずかに残った水がちゃぷんと音を立てる。これがこちらの世界の白崎が述べていたお薬の正体であり、なんと最上級の回復魔法“聖典”が付与された水なのだとか。そのとんでもない事実を思い返し、香織はまた顔を引きつらせた。

 

(これのおかげでどれだけ疲れててもすぐ元気にはなるんだけどね……)

 

 そのまま乾いた笑いを浮かべながら香織は心の中でつぶやく。この水を飲みさえすれば大抵の()の不調は消える。けれど心だけはどうにもならないのだ。

 

 元の世界だとちゃんとメルドは休ませてくれたのに。あんな殺人的な訓練メニューなんて出さなかったのに。心底げんなりしてしまい、顔をうつむかせてため息を吐いてしまう。

 

「でも、やれてるんだよねこっちの恵里ちゃん達は……」

 

 だがそれをこの世界の恵里達はこなしていたというのだ。それも今の自分よりも低いステータスの頃から、今自分が飲んだトンデモ水すらない時からである。そんな実例を出されたらなぁとまたため息を吐きつつ、香織は既に訓練に戻っている恵里達を見やる。

 

「鈴、流石にちょっとぐらい手加減してくんないっ!? “落識”ぃ!」

 

「――っとと。恵里相手にちょっとでもやったら負けるもん。鈴の、セリフだよ!」

 

 無数に展開した“火球”を飛ばしたり、闇系魔法らしきものを使って戦う恵里。下級の防御魔法である“光絶”で攻撃を受け流したり、鏃のような形状にして飛ばす鈴。香織の目で追えるギリギリの速度で二人は戦っていた。

 

(……すごいなぁ。いいなぁ)

 

 遙かな高みにいる二人を、そして他のスペースで同様にハイレベルな戦いを繰り広げるこの世界のクラスメイトを見て香織はぼんやりと思う。

 

 この世界の恵里達が自分の知るクラスメイトと性格や関係性、その他諸々違うのは知っている。事実それを知って香織は何度も卒倒していた。そしてこの世界の彼らのステータスの数値もだ。

 

「白崎、そろそろ時間だ。おい白崎?」

 

 まさしく異次元と言っていいレベルの力の持ち主が戦うとこうなるという実例をまた目にしてしまい、香織は何度目かわからないショックで落ち込んでしまう。メルドからかけられた声にも気づけず、今までやってきた訓練ってなんだったんだろうと思いながら香織は両ひざの間に顔をうずめていた。

 

「お疲れ様。疲れてない?」

 

「あ……うん。おかげさまでね」

 

 そんな折、頭上からかけられたこちらの白崎香織の声にふと香織は頭を上げる。その白崎を見た際、彼女が左手を前に突き出して何かを制止している様子であったため、その先を見て香織は背筋に氷柱が突っ込まれた心地になった。目だけが笑ってないメルドが腕を組んでこちらを見ていたからだ。

 

「あ、メルドさんは今説得したから。だからちょっとだけお話、しない?」

 

「……そっか。ありがと」

 

 だが本人が述べたように白崎がメルドを説得をしてくれたらしい。メルドはため息を吐いて訓練している恵里達の方へと視線を向けたからだ。正直まだ訓練には戻りたくなかったこともあり、香織は笑みを浮かべながら白崎に感謝を伝える。

 

「お疲れ様。このお水でもやる気まではどうにもならないしね……でも、私達と一緒に訓練を続ければきっと強くなれるから。私達の場合はちょっと色々あったけどね」

 

 隣に座った白崎がズイッと寄ってくると、励ましの言葉をかけてくれた。また自分達のケースを言及した際、白崎は白髪の先端を掴んでいじっていた。そのことから彼女達は魔物の肉を食べて死にかけながら強くなっていたことを香織は思い出す。

 

「ありがとう、そっちの私……出来ればもうちょっと、手加減してくれると嬉しいんだけどなぁ」

 

「仕方ないよ。これぐらい厳しくなかったら私達オルクス大迷宮を突破できなかったかもしれないし」

 

 そうして香織が感謝とささやかな願いを一緒に述べれば、白崎に苦笑されながらやんわりと断られてしまう。たどった過去も世界も違うとはいえ対話してたのが自分自身であり、どこか気安さも感じた香織はしばし白崎と話にふけった。

 

 地球にいた頃のものだと頭がおかしくなりそうだからという理由で話題はトータスに来てからのことばかりであった。この世界の料理のお気に入りについて尋ねたり、ここでは疎遠なリリアーナと仲良くしてあげようよと香織が白崎に提案したりなどだ。

 

「……雫ちゃん、南雲くん」

 

 トータスのことばかり話していたからか、ふと香織は一番の親友とずっと気にかけている少年の名前をつぶやいてしまう。二人に会いたいと思ったと同時に口から漏れたことに香織本人が面食らってしまう。

 

「ど、どうしたのそっちの私?」

 

「そう、だよね。やっぱり寂しいよね。辛くないはず、ないよね」

 

 すると右肩に手を添えられ、隣の白崎に体を寄せられてしまった。そして白崎の言葉に香織は思わず瞳を潤ませ、うつむいてしまう。

 

「……不安だよ、やっぱり」

 

 我慢出来ていたつもりだった。けれども自分がよく知る雫に、ハジメに会えないというだけで本当に心細くて仕方が無かった。両親に会えないのも当然辛かった。だからちょっとだけ弱音を漏らすつもりで香織は胸の内を明かす。だがその途端に次々と口から思いが漏れ出していく。

 

「この世界の皆が気遣ってくれてるの、わかるよ。親切で色々やってくれてるのだって。でも、でもね……泣きたくなるの、止められないよ」

 

 何を頑張っても()()()雫のためになる訳じゃない。この世界に来て一層会いたいと思えてしまうハジメがいる訳じゃない。いつ戻れるかわからないことも相まって、こうして一緒に訓練をさせてもらってもどこか空っぽな気がして仕方が無かった。涙を何度も流しながら香織は思いを吐き出し続ける。

 

「ごめん。ごめんね……私、こんなこと、言うつもりなんて」

 

「私の方こそごめんね……でも、だから聞くよ」

 

 ボロボロと泣きじゃくっていた香織は白崎に抱きしめられる。そしていきなり香織の両ほほに手を当て、顔を動かされて向き合わされてしまう。

 

「なに、を?」

 

「そっちの私は南雲君のことどう思ってるの?」

 

 白崎が自分のほほから手を放した後、一体何を聞く気なのかと香織は問いかけた。すると白崎が唐突にハジメのことについて尋ねてきたのである。いきなりすぎて言ってることが理解できず、香織は泣くのをやめてしまう。代わりに真剣な表情でこちらを凝視する白崎を見つめ返してしまった。

 

「……えっ? なんで、南雲くんが?」

 

「重要なことだよ。()()()()南雲君のために頑張れるの? どうして南雲君の寝室に向かってたの?」

 

「そ、それって今言うことじゃ――」

 

「答えて」

 

 どうして今ハジメについて尋ねたのか、本当に今言うことなのかと言い返すも白崎は表情一つ変えずに問いかけ、迫ってくる。軽く細まった目つきから適当に答えたり、言い返すことを許しはしないという白崎の思いを香織は理解させられてしまう。

 

「……尊敬する人、だよ。たとえ弱くても立ち向かえて、誰かのために頭を下げられる。本当に強い人だよ南雲くんは」

 

「……そっか。でも、それだけなの?」

 

 だから香織はハジメに対してどのように思っているのか、その理由だけを抜きにして白崎に伝える。白崎も一瞬微笑みを浮かべたものの、すぐに真剣な表情に逆戻りしてそれだけなのかと視線で射貫いてきた。

 

「そ、そうだよ! それだけ、なんて……」

 

 何故そんな表情で白崎が自分を見てくるのか、彼女の発言の真意がわからず香織はうろたえながらも反論しようとする。だが白崎が苦々しい表情を浮かべたせいで余計に混乱してしまい、最後まで否定できなかった。

 

「先に謝っておくよ。ごめんね――私、龍太郎くんが好きだよ」

 

「ぁぐっ」

 

 すると白崎は一度頭を下げ、再度香織と目を合わせてから爆弾発言をしてきた。おととい情報交換をした際に受けた脳の痛みに再度襲われ、香織は乙女が上げてギリギリOKな声を出しながら両手で頭を強く押さえる。

 

「そのこと、もう言わないでって言ったでしょ……っ!」

 

「だ、だから謝ったんだよ! だって、今のあなたは昔の私と同じだもん!」

 

 違う世界の自分が思いもしない相手に惚れているのは今もトラウマであったため、香織は心底恨めしげな目つきで白崎をにらんだ。白崎も後ろめたい表情を浮かべながらも逆ギレし、意味深な発言と同時に香織の両肩を掴んできたのである。

 

「私もね、ただ龍太郎くんを尊敬してたからずっと一緒にいたかった。そう思ってたんだよ」

 

 静かに、目をそらさず語りかけてきた白崎を香織はただ黙って見つめていた。彼女の真剣なまなざしを前に下手に尋ね返そうと思えなくなっていたからだ。

 

「暴力に頼らないで光輝君を、雫ちゃんを助けてくれた。だから私は彼に夢中になったの」

 

 そして龍太郎に惚れた経緯を白崎は簡潔に語る。こちらの世界の面々のことはおとといの夜にひと通り聞いており、自分の時と似たようなケースだったことを香織は思い返す。

 

「そっちの私はどうなの? どうして南雲君に惚れたの? 詳しく教えてくれなくてもいいから」

 

 そうしておとといのことを振り返っているといきなり白崎がずいっと顔を寄せ、ハジメに関心を持つきっかけについて尋ねてくる。しかも真剣な表情のくせに妙に目を輝かせてこちらを見ながらであった。

 

「えっと、あんまり変わらないんだけど……」

 

「あ、やっぱり同じなんだね私と」

 

 そんな白崎に空恐ろしさを感じつつ、香織はダラダラ冷や汗を流しながら答えを述べる。そうすると白崎は一瞬だけ悲しげな表情を浮かべたが、すぐにニッコリと笑って右手を香織の胸元へと添えてくる。

 

「だったら違うよ――南雲君がすぐ近くにいないせいで胸が張り裂けそうでしょ? すごく会いたいって思ってるでしょ?」

 

「――っ!?」

 

 どこか慈しむような目で白崎に問われ、香織は心臓がドクンと強く鼓動したかのような心地に襲われる。思っていたことを当てられ、香織は目を何度もさまよわせてしまう。口の中が乾いて言葉が上手く出ない。何かを言おうと必死に口をパクパクさせていると、白崎は苦笑しながら更に問いかけてきた。

 

「あはは……恵里ちゃん達に呆れられちゃうのもわかるなぁ。じゃあもう一つお願いするね。そっちの私はどんな風に南雲君への思いを抱いてるか。どうして南雲君じゃないとイヤなのか。整理してみて」

 

「え、っと、その……ぇ?」

 

 そこで白崎に言われるがまま、香織は自分がハジメをどう思っているかを振り返ってみる。その途端、ハジメへの思いが幾つも幾つも自分の中で積み重なっていることに香織は気づいてしまう。

 

(あ、あれ? 私、南雲くんのこと、こんなに思って……えっと、えっ?)

 

 彼のような強い人になりたい。彼とお話したい。授業中寝てばかりで話せなくてがっかり。テストが少し心配。けれど寝顔がちょっとかわいい。あいさつが出来て嬉しい。本を読んで努力してた姿が素敵、と彼への思いが湧き水のようにあふれ出てしまう。

 

 そのことに驚き、困惑した香織はそのまま目を回してしまいそうになった。

 

「じゃあ最後に質問。知ってるでしょ? 少女漫画とか映画とか、ヒロインの女の子がなっちゃう病気」

 

 ここで白崎がトドメを刺しに来た。三つのフレーズが否応にもある単語――『恋』を連想させてしまい、香織は一瞬にして耳の先まで真っ赤になってしまう。またひざとひざの間に頭を突っ込んで、赤くなった顔と涙があふれそうになった目を隠す。

 

「そっちの私のばかぁ……」

 

「だって私と同じ苦しみ味わってほしくなかったもん。振り回したことに気づくの、結構辛いんだよ?」

 

「やり方考えてよぉ……」

 

 香織は白崎に恨み言をつぶやくも、あちらは後悔がにじんだ言葉を返してくる。その意味をなんとなく理解できるため香織もあまり強くは言えなかった。他にもやりようがあったんじゃないかと言うのが精一杯だったのである。

 

「白崎、そろそろ訓練に戻れ!……香織、いいな?」

 

「あー、はい……立てる?」

 

「……がんばる」

 

 そうしてしばらく顔を伏せていた香織であったが、メルドが軽く声を荒げて声をかけてきた。香織としてもそこそこ長くその場でうずくまっていた自覚はあったため、すぐさま顔を上げて立ち上がろうとする。途中、白崎から出された手を掴んで手伝ってもらい、彼女からの問いかけに香織も鼻をぐすぐす鳴らしながらも答えた。

 

「ならまず龍太郎と模擬戦だ! 格上相手に戦って度胸と経験を磨け!」

 

「は、はいっ!……坂上君、お願いします」

 

「わーってる。んじゃ、遠慮無く行くぞ!」

 

 そうして香織はこっちの世界の龍太郎と戦うことになる。叫ぶと同時に龍太郎はごう、と音を立てながら突っこんできたため、すぐに香織は横に大きく跳んで避けようとする。しかし香織が避けたと思った矢先、すぐに彼の豪腕が頭の真横をよぎった。

 

「ぴぇっ」

 

「龍太郎はしっかり加減しているぞ! 観察しろ! そして隙を突け! 使えるもんは何でも使え! そうでもしないと上の相手に勝てなどせんぞ!」

 

「そういうこった。ちゃんとついて来い、よっ!」

 

「わ、わかったぁ~!!」

 

 一瞬情けない悲鳴を漏らすも、メルドから飛んできた檄とこちらを真剣な表情で見つめる龍太郎を見て香織はすぐに表情を改める。それもこれも雫とハジメのために――親友と自分が恋した人の力になれるように、と覚悟を決めて。

 

 服が破れようが砂ぼこりまみれになろうが必死に回避し、魔法でも杖でのフルスイングでも何でも攻撃を仕掛け、食らいつこうと必死にもがく。

 

「ま、こんなもんか……よくやったと思うぜ、白崎」

 

 結果はやはり惨敗。

 

 攻撃は絶対寸止めで終わらせてくれたものの、神経を集中させないと絶対避けられない。ほとんどの攻撃はあちらが体をひねる程度でかわされるか真正面から拳で叩き潰される。借りてた杖までへし折られる始末だ。

 

「ヒュー、ヒュー……あ、ありがとう坂上く~ん」

 

 だがそれでも香織は顔も黒髪も土ぼこりで汚れても、打ち身で体を痛めたりしても戦った。メルドの『やめ』の一言をもらうまで訓練を続けたのである。

 

 疲労困憊で地面に突っ伏してた香織だったが、白崎達から手渡された例の薬を煽ったことで疲れも痛みも吹き飛んだ。顔や髪についた砂を落とすと、息を大きく吐いてから香織はゆらりと立ち上がった。

 

「次、お願いします」

 

「よし。なら次は魔法の訓練だな。鈴、相手をしてやれ」

 

「わかりました、メルドさん」

 

 キッとした顔つきで次の訓練に移るよう頼みこめば、今度は鈴が香織の目の前に現れる。人なつっこくて元気いっぱいな女の子でなく、どこか落ち着いててクールな印象を受ける少女がだ。

 

「じゃあ()()()()が鈴に攻撃を当てたら勝ち、ってことで」

 

「……うん。お願いします」

 

 いつも呼ばれる愛称でなく、ちょっと距離が遠い感じの呼び方に香織はちょっとだけ寂しさを感じてしまう。なおそんな気分に浸ってられたのもほんのわずかな間であった。

 

「あいだぁっ!?」

 

「はい甘い。攻撃を当てたら勝ち、って言ったけど鈴も何もしない訳じゃ無いからね。あとちゃんと白崎さんの使える魔法でも抜ける程度にはもろいの選んでるから」

 

 何せ鈴本人に攻撃を当てることが全然出来なかったからだ。扱ってる魔法が下級の防御魔法である“光絶”でしかないし、壊してから数秒程度は新たに防御魔法を展開しないでくれている。

 

「鬼だよぉ……メルドさんや雫ちゃんだけじゃなくて鈴ちゃんも鬼だったぁ!!」

 

 だがその防御魔法を常に複数展開しているため、初級の魔法を複数一度に当てるか中級の魔法を叩き込まないと破壊しきれない。しかも真後ろだろうが足下からの攻撃だろうが余裕でバリアを移動させて対処してくる。スキがなさ過ぎて香織は思わず泣き叫んだ。

 

「この程度でウダウダ言わないの。はい動きながら魔力回復薬飲んで」

 

「やるよぉ~! これも雫ちゃんと南雲くんのためぇ~!!」

 

 オマケにその場で長いこと立ち止まってたりすれば、バリアで出来たハリセンでひっぱたかれてしまうのだ。スパルタもいいところな彼女にあしらわれて香織はギャン泣きしていた。だがメルドから『それまで』と言われるまで、香織は必死に攻撃と回避を続けた。

 

「し、死んじゃうかと思ったぁ……」

 

「これくらいじゃ()()()()よ。体、仰向けにするから」

 

 またしても疲労困憊になった上、魔力まで尽きてしまったせいで指を動かすのすら香織はおっくうになってしまう。うつ伏せになって地面に倒れていた香織だったが、訓練が終わってすぐに鈴から体をひっくり返されて仰向けにされた。

 

「“廻聖”……白崎さん、はいこれ」

 

「ありがと、鈴ちゃん……」

 

「それとね、ちゃんと回復が追いついてれば手足やお腹に穴空いても割と死なないし。はいお水」

 

「……それ、笑えないよ」

 

 そして魔力を譲渡する魔法をかけてもらい、“聖典”の付与されたあの水の入った水筒を香織は受け取る。そして鈴が少しにごった瞳でつぶやいた冗談のような何かに空恐ろしさを感じつつ、目をそらしながらも香織は水筒の中身を飲み干していった。

 

「ふぅ……まだ、訓練ありましたよね。メルドさん」

 

「あぁ。最後はアラン達と一緒にオルクス大迷宮に向かえ。十五階層まででいいが、連携して戦え。それと治癒師だからといって攻撃に参加しないのはナシだからな」

 

「……はい」

 

 息を整えてからまた立ち上がり、香織は残りの訓練について尋ねる。するとメルドが後ろにいた騎士団員四人を一瞥し、彼らと共に戦うよう命じる。香織も深く息を吐いてからそれに答えると、メルドは無言で虚空からカギのようなものを取り出した。

 

「えっ……えっ?」

 

「ハジメ謹製のアーティファクトでな。これで大迷宮の一歩手前まで直に行ける」

 

 いきなりもやのようなものが現れ、そこには博物館の入場ゲートのような入り口が映っている。この世界のハジメが作ったこともそうだが、香織はどこで○ドアみたいなものがあるということにひどく驚いた。だがそれもメルドが厳しい目つきになるまでだ。

 

「いつまでお前が()()にいれるかわからんし、時間を無駄にする気は無い。いいな?」

 

「――はいっ!」

 

 言ってることはなんだかんだ容赦はない。だがその言葉の端々から元いた世界のメルドが気のいい兄貴分らしさを香織は感じた。だからこそ彼の細まった目つきからの問いかけにもしっかりと受け答えをする。声を軽く張り上げると、香織はアラン達とあいさつをしてから共にもやのようなものをくぐっていく。

 

「白崎、左から来る! “螺炎”を使うぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 そして四人の騎士団員達と協力しつつ、大迷宮を一気に進んでいく。時に魔法による攻撃に参加し、また治癒師として団員達を治療しながらだ。

 

「“天恵”……そういえばわざと攻撃受けてますよねイヴァンさん」

 

「そうでもしなきゃ、治癒魔法は使わんだろう? 安心、しろ。あの水はちゃんと携帯してる。だが必死にやれ」

 

 深手を負ったイヴァンに治癒魔法を使って傷を癒やしつつ、香織は思ったことを彼に尋ねる。すると向こうも時折苦しげにうめきつつも、あの“聖典”が付与されたであろう水が入った水筒を掲げて見せてきた。

 

「――はいっ!」

 

 ちゃんと治癒師としての腕も磨け、と言外に言われたことに納得しつつ、香織は治療を続ける。そうして四人の団員と共通にひたすら魔物を倒し続けていった。

 

(いつ戻れるかわからない。だから私、強くなるよ雫ちゃん。南雲くん)

 

 元の世界への郷愁を振り切れはしていない。今やってる訓練だってハード過ぎて吐きそうになる。それでも香織は杖を支えにしながらも、じっと前を見つめていた。

 

「白崎っ!」

 

「――灰となりて大地へと帰れ “螺炎”っ!!」

 

 騎士団員達を飛び越え、香織目がけてクモ型の魔物が襲いかかって来る。だが香織はそれまで詠唱していたらせん状の炎をぶつけ、かがむことで上手くやり過ごす。

 

(それに私、まだ伝えてないから。南雲くんが好きだって。一緒にいられるならこの程度)

 

 燃えた魔物は後ろでバウンドし、そのままぐったりとして動かなくなった。それを見届けると同時に香織は騎士団員達のアシストへと移っていく――自分の目がどこかギラギラと輝いていたことに、顔つきも気迫に満ちたものになったことに気づかないまま。




続きは三日……一週間以内になんとかなったらいいなぁと思ってます(ォィ)

2025/9/15 ちょこちょこ微修正しました。

2025/9/18 またちょっと修正しました。

2025/9/23 タイトル修正しました。察して下さい(白目)
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