あまりありふれていない役者で世界逆行   作:田吾作Bが現れた

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まずは拙作を見て下さる皆様への盛大な感謝を。
おかげさまでUAも125268、お気に入り件数も785件、しおりも342件、感想数も405件(2022/8/15 6:56現在)となりました。誠にありがとうございます。皆さん深淵卿大好きなんですね。いや自分もですが(笑)

そしてAitoyukiさん、今回も拙作を再評価していただき本当にありがとうございます。おかげでまた筆を走らせる力が湧きました。感謝に堪えません。

では今回の話を見るにあたっての注意を。今回の話はやや長め(約12000字程度)でしかもタイトルの通り鬱・胸糞展開です。それとちょっと『本気』出しました。では上記に注意して本編をどうぞ。

――諸人よ、覚悟せよ。


幕間二十七 影は掴まれ、心は朽ちゆく

「そう、だったんですか。だから、だから南雲君達は……」

 

 鷲三と霧乃が愛子と合流した日の翌日の朝。愛子は番をしていた霧乃から恵里達に何があったのかを聞かされ、はらはらと涙を流していた。あまりに残酷で、苦しい旅へと向かわざるを得なかった子供達の話を。

 

「戻ればハジメ君、恵里ちゃん、鈴ちゃんの三人は再度あそこに連れていかれて落とされたでしょう。それも何も持たせられずに。光輝君達は命は無事でも監視下に置かれたであろうことは想像に難くありません。故に、進むしかなかったんです」

 

 何度となく恨み言を吐いてそのまま疲れて眠った愛子を、交代しながら鷲三と一緒に見守っていた霧乃がそれに補足する。彼らには選択の余地は無かった。だからこの選択肢を選んだのだと語る。

 

「……ごめん、なさい。彼らの思いも、お二人の思いも汲むことが出来ないなんて、先生失格ですね」

 

「何を仰っているんです。こんな状況で雫や他の子供達のことを案ずる貴女が先生であってくれて良かったと心から思っています。胸を張って下さい」

 

 涙を流し、うつむく愛子を霧乃はただ優しく抱きしめる。生徒のことを思い、そのためにやれることをやってきたであろう彼女を、にもかかわらず空回りし続けて心が弱っている目の前の女性を癒すためにもこれしかないと思ったのだ。無論闖入者が来た時に彼女を抱えてその場を去るのが容易になるというのもあったが、それは二の次であった。

 

「ありがとう、ございます……」

 

「いえ……」

 

 流れる穏やかな時間。窓から差し込む朝日に照らされる二人の姿はどこか絵になる光景であったが、それを見るギャラリーはおらず。鷲三は壁に背を預けたまま仮眠している――尤も、少しでも不自然な物音が立てば飛び起きるが――ため、ほんの数分の間だけ名画はそこにたたずんでいた。

 

「……今度は私の番ですね」

 

「お願いします。そちらの事情も知っておきたいので」

 

 そして今度は愛子が語る。自分が何故こうして再度各地を巡ることになったのかを。教皇と取り付けた約束を。だがそれを聞いた霧乃はほんの少し顔を歪めた。

 

「――ですから、今は永山君達が戦争に巻き込まれるのを回避するべく動いています。教会の人達もこの約束を公の場所でした以上、そう簡単に破ることはないはずです」

 

「……ええ、そうですね」

 

「ですが、私は――」

 

 そこに違和感を感じた旨を愛子は霧乃に伝えようとすると、ふと部屋のドアを軽くノックする音が響いた。鷲三も即座に目を覚まし、霧乃と目を合わせると即座に気配を殺し、ドア側の天井の四隅に張り付いた。

 

「俺だ。デビッドだ……その、入ってもいいか、愛子?」

 

「……い、今、私が開けます」

 

 突然の二人の行動に驚きはしたものの、二人を見られてしまってはまずいと判断した愛子はドアを開ける。

 

「――! す、すまない! まだ起きたばかりだったか……」

 

「――あっ……いえ、構いません。何の用ですか」

 

 目を覚まして早々霧乃と話をしていたため、まだネグリジェのような恰好をしている。とはいえ今の彼女にとってこれは最高の口実だ。着替えないといけないと理由をつけてすぐにデビッドを追い払えるのだから。

 

「あ、あぁ。少し愛子のことが心配になってな……それと、そろそろ朝食の用意が出来るそうだ。支度が終わるのを見計らってまた来る。その……」

 

「わかりました。着替えたらすぐに向かいます。それじゃあ」

 

 用件を聞いてすぐさま愛子はドアを閉めた。今の彼女にとって教会もそこに属する神殿騎士も信用に値しない。だからこそ一刻も早く切り上げようとしたのだが、不意に聞こえたデビッドの言葉に愛子は顔をうつむかせる。

 

「……待っている、だなんて」

 

 そう一言残して去っていったデビッドを扉越しに愛子は睨む。こちらは一刻も早く関係を断ちたいのに、あなた達のせいで彼らは苦しんだというのに、どうして、と愛子の中で憎しみがまたふつふつと湧き立っていく。

 

(……やはり言えませんね)

 

 そんな口を強く結んだ彼女を見ながら霧乃は思う。教皇イシュタルが愛子と約束をした際の文言に抱いた違和感のことを。あまりに愛子にとって都合の良すぎる約束を結んだことと、その真意を。

 

(強制はしない。なら、()()()()()()動いたのなら――)

 

 その違和感の正体――それはもし永山達が()()()()()()()()場合はどうするのかについて一切触れなかったことである。もしその推測の通りであればしてやられたと思うものの、かといって今の不安定な彼女に伝えたらどうなるかと思い、顔を幾らか歪めるのがせいぜいであった。

 

 

 

 

 

「――わかりました。ではその道の近辺にある畑の土壌を改良すればいいのですね」

 

「ええ。その手腕に期待しております、“豊穣の女神様”」

 

「――はい。お任せください」

 

 朝食の後、ここら一帯を取り仕切る地主からの説明を受けた愛子は早速行動に移ろうとするも、ほんの一瞬だけ顔をうつむかせると、すぐに営業スマイルを浮かべて地主から離れていった。

 

(……あれ? 愛子さん?)

 

 最初に違和感に気付いたのは神殿騎士のチェイスであった。護衛がてら仕事に向かう彼女の様子をうかがったさい、ほんの少しだけ愛子の足取りが軽くなったように見えたのだ。無論ただの勘違いとか思い込みであったかもしれない。だが、愛子の護衛として四六時中付き添っている彼にとってはこれは見間違いには思えなかったのだ。

 

(うん? 愛子ちゃんの顔、ちょっと化粧が薄くなってないか? もしかして、顔色が少し良くなった?)

 

(愛子の技能、普段よりも冴えているようだ)

 

 だがそれに気づいたのは何もチェイスだけではない。近衛騎士であるクリスとジェイドも気づいた箇所こそ違えど、愛子の調子が良くなっていることに気付いていたのである。

 

(朝は愛子のあられもない姿で気づけなかったが、動きのキレが無理をし出した辺り程度にまで回復している……何か、あったのか?)

 

(……あの蛆虫、いつもより作業が早く終わってますね。一体何があったのでしょう……調べる必要がありそうですね)

 

 無論それはデビッドとローリエも。あまり長くない期間といえど、伊達に行動を共にしてきた訳ではない。ほんの少しではあれど、いつもより調子のいい愛子の様子をいぶかしみながらも護衛の騎士達は黙って任に当たる。

 

 野生の獣や魔物が来ないとも限らないし、どこかに魔人族が隠れてて彼女を狙わないとも限らない。近間に寄ってきて彼女を拝む農夫達に早く散るよう通達しつつ、警戒を怠ることは決してなかった。

 

(……あの動き、ずっと無理をしていたのだな)

 

(あれでは……あのままではいずれ潰れてしまいかねません! ですが、どうすれば……)

 

 それは彼女の周囲で気配を殺し、陰ながら見守っている鷲三と霧乃も同じであった。

 

 鷲三は霧乃からの又聞きでしか知らないものの、地上で未だ頑張っている永山達のために頑張っていることを聞いている。そしてその身に鞭を打って頑張っていることを彼女の動きから理解してしまった。肉体疲労にあえぐ人と同じ動きをしていると彼らはわかってしまった。故に心苦しい。自分達はここでも何も出来ないのだ、と。

 

(何事もなければよいが……だが、予想外の事態は起きうるものだ)

 

(杞憂で済めばいいのですが……どうか、何も起きませんように)

 

 色んな人間に心配される中、愛子は一人様々な技能を発動し続けて大地に恵みをもたらしていく。その様は紛れもなく二つ名の通りであり、地味なれど多くの農夫からの畏敬の念を集め続けている。

 

(これでここは終わりました……次は、あそこですね)

 

 だが当の本人はそんなことを気に留める余裕などない。永山達が戦争に加担せずともよくなるように、と小さい体を必死に動かす様は六人の男女の同情を誘う。女神と称されるにはあまりにちっぽけで、弱々しい姿であった。

 

 

 

 

 

「お休み、愛ちゃん。今日はいい夢が見られるといいね」

 

 全ての仕事を終え、今日はクリスに付き添われて宿の自分の部屋の前まで愛子は戻って来た。無論その傍には常に鷲三と霧乃が気配を消した状態で控えており、何があっても即座に対応できるよう警戒態勢を保っていた。

 

「ええ、お休みなさい」

 

 自分を気遣って声をかけてくれたクリスを一瞥することすらなく、愛子はあいさつだけを返してそのまま部屋へと入っていく。そして疲労でふらつく足取りでベッドまで向かうと、そのままボフンと倒れこんだ。

 

「大丈夫ですか、愛子さん」

 

「今晩も私達が護衛しよう。貴方は存分に休むと良い」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 昨晩涙を流し、今朝方事情を聴いて幾らか精神的なダメージは回復したものの、それだけで肉体に蓄積された疲労は簡単に抜けてはくれない。

 

(今は、今は少しでも休まないと――っ!?)

 

「敵襲かっ!」

 

 少しでも疲れがとれるようそのまま睡魔に身を任せようとした時、ふと何かが砕けるような音が愛子の耳をつんざいた。それとほぼ同時に鷲三が彼女の手を引き、素早くその場を離れる。一体何があったと思って半ばぼやけそうになった意識に喝を入れ、音のする方へと意識を向けた。

 

「ふむ。畑山愛子の確保に失敗するとは。想定よりは腕が立つようですね」

 

 美しく、しかしどこか底冷えのする機械的な声に愛子の意識は完全に覚醒する。

 

 ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るした格好の女。それが目の前に一人、壊れた窓から全く同じ姿形をしたのが更に二人現れ、何事かと戦慄する。

 

「……神の使徒か」

 

 鷲三の言葉に愛子はハッとする。霧乃が恵里達のことについて語った際、この存在についても効かされていたのだ。触れるだけで分解する羽を自在に飛ばし、天職“勇者”に選ばれた光輝や自分達も赤子の手をひねるかのように翻弄されたと語った存在のことを。

 

「ええ。あなた方はノイントを退けたようですが、私達がそう簡単に後れを取ると思わないことです」

 

 先の鷲三の反応からもしやと思って視線を向ければ、先頭にいた一人がそれに答えた。気配を消し続けていた浩介が不意討ちをしなければ勝つことすら出来なかったと語る存在に愛子も思わず体を強張らせる。

 

「愛子! 一体何が――!?」

 

 そんな時、騒ぎを聞きつけてデビッド達も現れた。眼前には彼女の手を引く老人と妙齢の女性、そして全く同じ容姿の女の戦士がそこにたたずんでおり、護衛の彼らも困惑せざるを得なかった。

 

「よくぞ参りましたね。主の信徒よ」

 

「……何者です? 貴女達も不審者の類では?」

 

 不審者ごときに馳せ参じたことを称賛されても嬉しくないとばかりにチェイスは腰に下げていた鞘から剣を引き抜く。そして他の護衛と共にすぐさま構え、相手の出方をうかがうことにした。

 

「愛子から離れろ……さもなくば切る」

 

「愛子、今助ける! 俺達が今度こそ、お前を救ってみせる!!」

 

 剣呑なまなざしで見つめるジェイドに改めて誓いを立てるデビッド。だが、そんな彼らを闖入者の女三人は特に気にも留めない。まるでハエか何かを見つめているかのようであった。

 

「違います……」

 

「何が違うんだい愛子ちゃん! その二人、確か教皇聖下の話じゃ反逆者――」

 

「彼らは、私の生徒の家族の方なんです!!」

 

 あらぬ方向から飛んできた言葉に一瞬デビッド達の気が削がれてしまい、思わず武器を落としかけてしまう。一体どういうことだと困惑しながらも愛子の言葉を待つ()()に、愛子は涙を流しながら叫んだ。

 

「鷲三さんと霧乃さんは、あなた達が反逆者と罵った私の大切な生徒の一人のお祖父さんとお母さんなんですよ!! それを勝手に不審者扱いして、反逆者だなんて言って! 何も知らない癖に、言いがかりをつけないで!!」

 

 その言葉にクリスとジェイドは間抜け面を晒し、デビッドとチェイスは悲痛な表情を浮かべる。反逆者として指名手配を受けている老人と女に対して自分達以上に心を許している様にクリスとジェイドは驚くしかなく、デビッドとチェイスは自分達の不甲斐なさにただ武器を握る力を強めるだけであった。

 

「愛子さん、ここは――」

 

「言わせてください! この人達は、ちゃんと私の話を聞いてくれました! 私の知りたかったことに答えてくれました!! それ以上に! 鷲三さんと霧乃さんは八重樫さんの家族なんです! だからこの人達も私が守らなきゃいけない人なんです!! それを勝手に傷つけるのならあなた達であっても許さない! 絶対に許しなんてしませんから!!」

 

 一刻も早く離れるべきだと忠告しようとした鷲三に対し、愛子は自分を守るとのたまっている彼らに生の感情をぶつけた。もう奪わせなんてしない。絶対に今度こそ自分が守るのだ、と両手を広げながら。

 

「……それは、本当なのか。愛子」

 

 するとデビッドが軽く顔をうつむかせながらそんなことを聞いてきた。一度愛子の心を深く傷つけてしまったが故の躊躇、迷いを彼は見せた。

 

「そうです! その証拠になるものも見せてもらいました!! だから私は二人を信じます!! 誰が何と言おうと悪人でも反逆者でもありません! 私と同じ“神の使徒”です! そう扱わないのであればあの約束を守りませんから!!」

 

 永山達を守らんと王侯貴族の前で啖呵を切った時のように愛子は叫ぶ。その言葉にデビッドらの剣先は鈍り、自分達では彼女の心の支えにすらならないのかと無力感に苛まれた。

 

「……愛子、今私があなたを救います」

 

 だがローリエだけはわずかにも戦意を緩めることなく剣を構えていた。三人の侵入者の素性も気になるところではあったが、それ以上に邪魔だと彼女が感じていたのが目の前の老人と女であった。

 

(違和感の正体はあなたのおかげでわかりました。感謝しますよ、愛子(ゴミムシ)

 

 反逆者である南雲ハジメ、中村恵里、谷口鈴の三人と関わりがあり、しかもあの三人を奈落の底へと突き落とすことに失敗した要因の一つであるとローリエは教皇から聞かされていたのだ。故に今ここで絶対に殺さねばならない、と柄を握る力を一層強め、目の前の三人の女が動かないことに警戒しながらも隙をうかがっていた。

 

「愛子、あなたは騙されている……いえ、操られているだけなのです。可哀想に」

 

 無論、愛子にたぶらかされているデビッド達(無能な男供)にも揺さぶりをかけながら。ここで日和ってもらっては困るのだ。反逆者を受け入れるなどあったものではない、と愛子を哀れむのを装って。心の中でこの二人を殺せばどれだけ気持ちよくこの薄汚い女が泣き叫んでくれるかを愉しみにしながら。

 

「違います! 私は、私の意志で二人を――」

 

「それが既に操られているという証拠です――デビッド、チェイス、クリス、ジェイド。私達の手で愛子を救いましょう。あの二人を切り捨て、あちらの方にも対処するんです」

 

 目の前の愛子(ダニ)の叫びに取り合う必要はない。所詮利用価値が無くなればいつ切り捨てても問題ないゴミでしかないのだから。いつ愛子を殺せば最もメリットがあるかと心の中で算盤を弾きながらローリエは四人に呼び掛ける……だが、ここで彼女にとって予想外の出来事が起きた。

 

「……愛子、その言葉に嘘は無いんだな? 神に誓ってか?」

 

「はいっ! この人達は味方です! 信じて!!」

 

「――そっか。ならやることは一つ!!」

 

 愛子の言葉を聞いた途端、いきなりデビッド達が愛子のそばへと駆け寄り、三人の闖入者にだけ抜き身の刃を向けたのである。

 

「なっ……なぁっ!?」

 

 唯一置いていかれたローリエはその整った顔立ちをひどく歪めるしかなく、ここまで愛子(汚物ごとき)に骨抜きにされていたのかと怒りを露わにするばかりであった。

 

「みな、さん……どう、して」

 

「もちろん、私達は愛子さんの味方だからですよ。エヒト様への信仰を捨ててでも貴方の剣となる覚悟がありますから」

 

「ああ……愛子が信じた人間を、俺達が信じない道理にはならない」

 

「……ずっと、後悔してたんだ。僕達のせいで愛子ちゃんは傷ついてたんだ、って。だからさ、こんな時ぐらいカッコつけさせてよ」

 

「俺達トータスの人間のせいで愛子は不要な苦しみを受け続けていたんだ。だからせめて、これぐらいはさせてくれ」

 

「……デビッドさん、チェイスさん、クリスさん、ジェイドさん」

 

 デビッド達はずっと後悔していた。自分達のせいで、自分達が属する聖教教会の動きのせいで、ハイリヒ王国のせいで彼女の教え子はバラバラになってしまい、そのことにずっと心を痛めることになってしまったのを。自分達がもっとしっかりしていれば、魔人族などに簡単に屈することなく、もっと強い力を持ってさえいれば、と思っていたのだ。

 

 だからいきなりとはいえ、心中複雑ではあったものの、心が傷ついた彼女を支えてくれる人が現れたことが嬉しかった。たとえ自分達の抱くこの思いが愛でなくとも、彼女の心を癒してくれる人間がいるのなら、と思ってそばに寄った。今度こそ、違えないように。

 

「……それがあなた達の意志、と。そう受け取ってもよろしいのでしょうか」

 

「ああ! 俺達は誰が相手であっても退く気はない! 全ては、愛子のために!!」

 

 たとえ目の前の女がわずかにも意に介していなくとも、デビッド達は戦う意志を燃やし続ける。

 

「――っ! いかん、目をそらせ!!」

 

「魔法で壁を作ることをイメージして!!」

 

 ――その瞬間、彼らの心が試された。

 

「何を……ぁ?……俺は、俺は守る……愛子……いや、エヒト様、を」

 

「私は……愛子さんのために、すべて……エヒト様のために、すべてを、捨てる……」

 

「僕は、愛子ちゃんの……ため……えひ、エヒト様のため……そう、エヒト様、エヒト様のために」

 

「俺の使命は……あい、こ……エヒ、ト?……エヒト様、エヒト様に尽くす……それだけが使命」

 

 神の使徒の碧眼が一瞬輝くと同時に彼らの意識に段々ともやがかかっていく。守りたかったものを、信念を、何もかもが自覚なく書き換えられていく。全てがただエヒトへの忠誠心へと塗り潰されていってしまう。

 

(彼等には悪いが――!!)

 

(この隙、逃がしはしません!!)

 

 急遽自分達に味方したデビッドらを見捨てるようで気が引けたが、今この瞬間を逃す訳にもいかないと“気配操作”で可能な限り気配を消し、目の前の神の使徒の頸動脈を切り裂くべく鷲三と霧乃は闇討ちにかかる。だが――。

 

「無意味です」

 

「無駄な足掻きを」

 

「我らの目は誤魔化せません」

 

「――ッ!? ぐぁああぁああぁあぁあ!!!」

 

「うぐっ!――ぁああああああああぁぁあぁぁ!!!」

 

 瞬時に召喚した大剣で以て二人の片腕を切り捨てたのだ。それもひどく正確に、肩口から刎ねたのである。そして剣の腹で二人は殴り飛ばされ、部屋の壁へと叩きつけられてしまう。

 

「……え? なに、が……なにが、起きたんですか……?」

 

 そして愛子はただ茫然とするしかなかった。デビッド達はいきなりうわごとをつぶやくようになってしまい、いつの間にか鷲三と霧乃は音のした方向に叩きつけられ、口から鮮血を流してせき込んでいる。

 

 何が起きたかわからず、愛子はただ困惑するしかない。だが相手はそんな愛子に構うことなく鷲三と霧乃の胸ぐらを掴み、そのまま踵を返そうとしていた。

 

「そこをどきなさい。私達が用があるのはその二人だけです」

 

 このままでは絶対に二人は助からないと直感した愛子はすぐさま神の使徒の前に立ちはだかり、恐怖に怯えながらも彼女は叫ぶ。

 

「い、嫌です!! この人達は、命に代えても――」

 

「そうですか。ならば仕方ありません――信徒達よ」

 

 神の使徒のひとりがそうつぶやいた途端、デビッド達が愛子のそばへとやって来た――鬼気迫る形相で。

 

「っ! 一体、何を――」

 

「エヒト様の邪魔をするな、女ァ!!!」

 

 そして肩を掴むと同時に愛子の顔を思いっきり殴りつけたのである。

 

「よくもエヒト様への信仰を捨てさせようとしたな、貴様!!」

 

「死んでくれよ恥知らずが!! 僕の全てはエヒト様だ!!」

 

「よくもかどかわしてくれたな、恥知らずめ!!」

 

「あぐっ! ぐっ!――あぁあぁあぁあぁあ!!!」

 

 デビッドに殴られて倒れた愛子に、チェイスが、クリスが、ジェイドが、()()を目の当たりにしたかのように蹴り、踏みつけ、罵倒する。愛子のために全てを捧げる気概を持ったはずの男達は今、狂信のままに彼女を否定し続ける。

 

「……く、くくっ、ははっ、あははははははははは!!!」

 

 そしてその様をただ見ていたローリエは嗤う。自分が成したいと思っていたことがよりによってよくわからない部外者に、それも自分の想定を上回る最高の形で実現したのだ。護衛をしていた奴らから裏切られ、守ろうと思っていたものを奪われる。この光景を見て心が躍らぬ道理が無かった。

 

「ろ、ローリエさん……た、たすけ……」

 

 その上見下していたゴミが救いを求めている。こんな滑稽なことがあろうか、と彼女の中で愉悦が高まっていく。だが、まだだ。まだ()()()()()()()()()。そう考えたローリエは愛子の伸ばした手を掴むことなく闖入者の前へと行き、跪く。

 

「何の真似ですか」

 

「そのお言葉、その御業。それら全てを拝見した上で申したいことがあります――あなた方はエヒト様の御使い様でしょうか?」

 

「いかにも。私達は神の使徒。主の命によりこうしてこの者達の捕縛に参りました」

 

 冷たく、感情のこもっていないゾッとする声で問いかけられてもローリエは揺るがない。目の前の存在に対して失礼を承知で逆に問い返す。すると期待通りの答えが返ってきたことに内心歓喜しながらも、それを抑えて彼女は進言する。

 

「であれば、そこの女の殺害はどうかおやめになってください――もっと素晴らしいものをエヒト様にお見せいたします」

 

「ほぅ」

 

 今もなお暴行を受け続けている愛子を助けるよう嘆願したのだ。それを聞いた神の使徒のひとりが表情を変えずに息を漏らし、目で続きを促した。

 

「ごほっ……うぐっ……げほっ……ぇっ?」

 

「この女はエヒト様の意を騙る不届き者ゆえ、死んでくれるのはとても喜ばしいことです――ですが、私めならばもっと良い使()()()を用意できます」

 

「……話を聞くとしましょう。信徒達よ、その手を止めなさい」

 

 顔をうつむかせながらも喜悦に満ちた表情でそう伝えれば、デビッド達の手はピタリと止まる。元々殺そうと思って命じた訳でもなかったが、別に死んだところで構うほどのことでもなかった。故に止めずにいたのだが、自分を介してエヒトが話を聞くよう命じてきたのである。真なる神の使徒の一人であるエーアストは声をかけて彼らの動きを止めた。

 

「愚鈍なる私めは未だ反逆者達の死を教皇聖下より拝聴しておりません。無知蒙昧故の浅はかな考えだと一笑に付するでしょう――ですが、反逆者は生きているのではありませんか?」

 

 その問いかけは息も絶え絶えな愛子も鷲三らも驚愕に値するものであった。願望込みで生きていると語った鷲三と霧乃はもとより、半ば諦めかけていた愛子にとっては青天の霹靂と言って差し支えが無かったからだ。

 

「何故、そう思ったのです?」

 

「ただの私めの願望です。全知全能たるエヒト様が彼の者らの生死を知らぬはずがありませんし、もし死んでいたというならば教皇聖下は神託を賜っているはずです。そして各地の信徒に知らせているはずである、と」

 

「いき、てた……あのこたちは、いきてた……?」

 

 願望というにはいささか理路整然としていたものの、その答えを聞いてエーアストらは沈黙してしまう。意識が消えそうになりながらも愛子はその喜びをただ噛みしめる。死んだと思っていた彼らがまだ生きていてくれたのだ、と。

 

「やめ、ろ……」

 

「いわないで、ください……」

 

 だが、どんな言葉が続くのかに気付いた鷲三と霧乃がそれ以上言わないでくれと懇願するも、ローリエはそれを止めることはしない――これほど絶望させがいのある相手はいないと確信したからだ。

 

「反逆者の前で殺していただく機会を賜りたいのです――“豊穣の女神”畑山愛子を殺した大罪人として、その罪を背負ってもらうために」

 

「…………………………えっ」

 

 そう言いながら面を上げる――悪意と喜悦に歪んだ笑顔を神の使徒らにローリエは向ける。神の意を騙ったどこまでも忌まわしいあの女の大事なものを目の前で汚したい、とその欲望を吐き捨てたのである。

 

「なるほど。主もまたポーター――南雲ハジメらで遊ぶためにこの者らを使われると述べていました。ですが、主はあなたの考えに興味を持たれました」

 

 絶望。その一言に相応しい内容の言葉が神の使徒の口から流れ出ていく。生きててくれた彼らが、自分のせいでより一層追い詰められる。ただでさえ逃げ場のない彼らが地獄へと落ちる。それを愛子は、鷲三は、霧乃は、理解してしまった。

 

「あ、あぁ…………」

 

「では――!」

 

「どのようにするかもあなたに一任する、とも――時が来たらお伝えしましょう。上手くやりなさい。私達の信徒よ」

 

 全てが、こぼれ落ちていく。

 

「ま、待て! 貴様らの思う通りには――うぐっ!?」

 

「このまま恥をさらすぐらいなら――がはっ!?」

 

 腹に一撃をもらった鷲三と霧乃はそのまま意識を失い、破壊した窓から空へと向かう神の使徒と共に姿をくらます。

 

「……どう、して。どうして、あなたは――ぐっ!」

 

「――その顔が、見たかった。心の底から見たかったんですよ、畑山愛子」

 

 涙目で問いかける愛子に対し、かがんで彼女の前髪を乱暴に掴んでニタニタと嗤いながらローリエは答える。

 

「私の役目は不敬な考えを抱いたお前の排除――神の意を騙るろくでなしを殺すことだ」

 

「こん、な……こんなことを、教会の、ひとが、許すと……」

 

「許すも何も、私は教皇聖下よりこの命を賜っているんですよ……今回ばかりは()()私情を挟みましたが、教皇聖下も許して下さることでしょう。何せ、反逆者を討つための大義名分を更に用意できるのですから」

 

 悔しさと敵意に満ちた眼差しをむけられながらもローリエは心底嬉しそうに語る。淀みない、曇りのない、邪悪な笑顔で贄を眺めながら。

 

「もうお前の味方などいませんよ。腑抜けどももこうしてあなたを襲ったのです……絶対に、逃がさない」

 

「で、ですが……永山君、たちは……」

 

「安心してください――死んでしまったあなたのために、“勇者”としての務めを果たしてくれるでしょう」

 

 その言葉で愛子は理解してしまう――最初から約束など守る気なんてなかった。彼らを戦争に参加させるために自分は生贄になってしまうのだと理解させられてしまう。

 

「あ、あぁ……そん、な………………」

 

 心が、朽ち果てていく。

 

 手にしたはずの希望が絶望に反転していく。

 

 立てた誓いすら灰になっていく。

 

「わたし、は…………」

 

「では、その時が来るまで()()()()()()()()。畑山愛子」

 

 圧倒的な絶望を前に彼女の心は砕け、散り散りとなる。憎しみの炎すらもう、消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

「食事を持ってきましたよ、愛子」

 

「はい、ありがとうございます……」

 

 翌朝。ひどく上機嫌な様子でローリエは朝食の載ったお盆を持って愛子の部屋を訪れていた。対する愛子はベッドに腰かけたまま、光のない瞳をさまよわせているだけである。

 

 ローリエは彼女のすぐ近くに座ると、フォークで刺した野菜を彼女の目の前まで持っていく。

 

「駄目ですよ。どんな時であっても食事をとらないと。お役目が果たせませんからね」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

 そして差し出された野菜を謝罪と共に口にくわえ、もそもそと咀嚼していく。

 

 “豊穣の女神”のためにと差し出された食事をただ機械的に噛みしめ、すり潰しては飲み込む。味のないガムをただのどに詰まらせないようにするかのように、愛子は食べ物を摂取していた。

 

「まずは教会の方に顔を出しましょう。昨晩教会の皆が怪我を治してくれましたからね」

 

「はい、わかりました……」

 

 あの後、血だるまになった愛子を背負い、ローリエは教会を訪れていた。『夜に寝静まった頃に反逆者に襲われてしまい、どうにか守りきれたものの、愛子はひどい怪我を負ってしまった』ととてつもない後悔に満ちた表情で経緯を騙ったのである。

 

 無論教会は上も下も大騒ぎとなり、回復魔法を使える人間を片っ端から呼び出し、反逆者の捜索のために人員も組んで出ていったのだ。自分達のところにまだ報告が来てないことから察するに、まだ探している最中なのだろう。そのことについてはローリエも反省し、心底気の毒に思っていたがそれだけであった。

 

「その後は任されていた他の畑の土壌の改良ですね。しっかり仕事をしてください――でないと」

 

「――っ! わ、わかりました……やります、やりますから、どうか……」

 

 仕事の内容の確認をしつつ、含みを持たせた言い方をすれば愛子は途端に怯えたようにこちらの様子をうかがってくる。きっと自分が仕事で粗相をしたら永山達のことがどうなるか不安で仕方がないのだろう。それがひどく愉快で愛おしくてたまらない。ローリエは一層機嫌を良くして愛子に向けて微笑んだ。

 

「ならいいんです。あなたの仕事ぶりは永山様達の評判にもかかわってきかねませんからね」

 

「はい……はい、やります。全力で、やらせてもらいます……」

 

 神の意を騙ったあの鬱陶しい女が今は自分の手でコロコロと表情を変えている。それが悦しくて悦しくて仕方がない。ローリエは空になったお盆を持って立ち上がり、部屋を後にしようとした。

 

「――では、今日もよろしくお願いしますね。“豊穣の女神”様」

 

「はい……がんばります。せいいっぱい、おつとめ、させてもらいます……」

 

 亀裂のような笑みを向けてあいさつすると共にローリエは部屋を出ていく。そして足音が遠ざかっていくと共にはらはらと愛子は涙を流す。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……なにもできなくて、だめなせんせいでごめんなさい…………」

 

 信頼できる相手も、一度心を通わせることが出来た人達もそばにいない。まさしく冬の訪れであった。




本日の言い訳

いやだってこんな使えそうなおもちゃが近くに転がっててたらエヒトだったらこうするでしょう? 解放者の面々を世界の敵にして追い詰めたみたいにね。それに……思いだけでどうにかなるほど「ありふれ」って甘っちょろい世界じゃないじゃないですか(ニチャァ)

思いだけでどうにかなるなら原作勇者がカトレアを無力化して、そこから魔人族との和解にまで持っていくことだって出来たはずなんです……でも彼がどうなったか、ご存じですよね?

あ、でもこれまだメインディッシュじゃありませんよ。だってまえがきで「ちょっと『本気』出した」って言ったじゃないですか……お愉しみは、これからですよ(亀裂のような笑み)
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