俺の名前は堀宮仙斗。ちょっと変なモノが見えるってだけの普通の学生だったのだが、ある日、呪術師の才能があるとスカウトされた。
本来ならそんな胡散臭い話は聞く耳を持たないのだが、俺としても思うところがあったので、それまでの平穏から外れる事を承知でその道を進む事にした。
そんなワケで呪術高専京都校、正式名称『京都府立呪術高等専門学校』に編入した俺なのだが、編入生への洗礼とでもいうのか、早速にも実力を試したいと模擬戦をする事になった。
いやまあ、正直いきなり過ぎませんかとも思わなくも無いが、学生の身分だとしても実戦に出る(ちなみに給料も出るらしい)都合上、どの程度出来るかを把握する必要性があるとの事。
呪術師の仕事とは端的に言えば呪霊と戦う事なのだし、口頭で出来る事を伝えるより実際に戦うところを見せた方が手っ取り早いし分かりやすいのだから、文句を言うのは筋違いだろう。
……うん、ココまでは分かる。
「さあ、お前の女の好みを言ってみろッ!」
だが、さすがにこの状況まではちょっと理解が出来ないかなぁ……。
今、俺の前にいるのは模擬戦の相手である東堂先輩。筋骨隆々とした、ドレッドヘアが特徴の男性だ。
学ランを脱ぎ捨てて構える姿は、顔の傷が強面をさらに怖く演出する事もあって非常に威圧感があるのだが、まずはと言ったのが先の台詞である。
曰く、女の好みによって相手がどんな人物であるか判断出来るとの事だが、いやその理屈はおかしいという意見しか出てこない。
ぶっちゃけ、そんな話をいきなり振られても困る以外の何物でも無い。誰かこの状況から助けてくれないかなーとさりげなく周囲を見渡してみるが、なんか「あーあ、また始まったよ」みたいな雰囲気があるばかりで、誰も助けようとはしてくれないらしい。つらい。
改めて前を向けば、俺の返答を待つ東堂先輩。なんかもう、はいといいえの選択肢は出ているけど、はいを選ぶまで無限ループしそう感がすごい。
「……はぁ、好きなタイプかぁ」
もはや答えるしか道は無いらしいと観念する。だが、だからといって即座に答えられるわけでもない。
一応俺だってアイドルを見て可愛いとは思う。だけどそれは犬や猫を見て可愛いと同じカテゴリーの可愛いであって、女の好みとは話が違う。少なくとも、犬や猫を可愛いと思っても結婚したいと思う趣味や性癖は俺には無い。
ならばどんな女性が良いかと、なんとなく周囲を見渡して目にとまった同級生の三輪さんの事を見ながら考え……?
「ん、あれ……? いやっ、ちょ、タイムッ、タイムお願いします!」
思考の引っかかりに自分の事ながら驚き戸惑うままに東堂先輩に考える時間が欲しいと一方的に要求してその引っかかりを自分の中で追求する。
何で俺、好きなタイプについて考えていて三輪さんの事をガン見していたんだよ!?
三輪霞さん。
確かに見た目は可愛いし、性格もちょっと抜けているようなところもあるけど真面目で良い子。家が貧乏だけど下の弟二人のために頑張る姿勢は応援したいと思う。
あれ、否定する要素が特にないぞ? そう思うと顔に熱が集まってくるような感覚が湧き上がってくる。
「……だから、落ち着けって俺」
早々に結論を出そうとする自分に意図的にストップをかける。熱で茹だった頭で考えたものなど参考にはすれど頼りにすべきでは無いと、大きく息を吸い、吐き出して冷静さを取り戻す。
確かに否定する要素は特にない。だがそれを安易に好きと結びつけるのはきっと違う。
三輪さんをどう思っているか。付き合って同じ道を歩いて行きたいと思えるのか。俺がどう思っているのかを深く自問する。
俺は、彼女を守るために命をかける事が出来るのか……?
『――堀宮さんっ』
「……お待たせしました東堂先輩。俺の答えが出ました」
脳裏に思い浮かんだ三輪さんの笑顔、ああ、これを守るためなら命をかけられると素直に思った。ならばこれ以上の自問は不要だった。
思考に没頭するために閉じていた目を開き、まっすぐに東堂先輩を見据える。
「……いい顔だ。ならば改めて問おうっ。――お前の女の好みを言ってみろ!」
内容は最初と同じ。相変わらずその理屈はよく分からないが、面白半分などではなく本気で放たれた問である事は真剣な眼差しから痛いほど伝わってくる。
ならば俺も本気で応える。たった今、この瞬間に抱いたばかりの想いではあるけれど、本気の想いは確かにココにあるのだからっ。
「俺は、俺が好きなのはッ、三輪霞さんだぁッ!」
これは誰にも何にも恥ずべきものなどではない。ならば遠慮は不要。高らかに想いを乗せた言の葉を以って答えとする。
嘘も偽りも無い本心だ。これで東堂先輩がどう思うかは知らないが、一歩たりとも譲るつもりは無いという意志を込めてただまっすぐに前を見据える。
なにやら視界の外から『……えぇ~ッ!?』という悲鳴のような声が聞こえてくるが、確かに突然こんな事を言われたら当人は驚くのが当然だとは思う。そこは正直スマン。
「……ふっ」
どれだけにらみ合うように対峙していたかはよく分からない。だが、東堂先輩の漏らした笑みで空気が緩むのを感じる。どうやら俺は先輩に認められたらしい事をその持ち上がった口角をみて察する。
ただ、とはいえ、だ。この問答を始めたのは東堂先輩ではあるが、今この時において東堂先輩に認められる事はもはや重要ではなかった。
言い方は悪いが、先輩は既に眼中に無い。模擬戦で自分の実力を示す事すらどうでもいい。俺が今すべきなのは、この想いが本当であると証明する事。
そう、想いを伝えるべき相手はこの場にいるのだ。
既に戦いの構えを解き、腕を組んで立つ東堂先輩は、ただお前はお前の成すべき事を成すのだろうと頷いて見せるのみ。その姿に感謝の目礼を送り、踵を返す。迷いは無い。他には目もくれずまっすぐにその人の元へ歩みを進める。
「え、えぇっ、あの、その……」
状況の推移について行けないのか、三輪さんは目を泳がせるようにしながらしどろもどろな体でそこにいた。困らせるのは本意では無いし申し訳ないとは思うが、そんな姿も可愛いと思ってしまう辺り、俺はもうだいぶやられているらしい。
「三輪さん」
「は、はいぃっ!?」
正面に向き合って声をかけると、背をまっすぐに伸ばして固まってしまう。どうやら俺なんかよりよっぽど緊張しているらしいと思うとちょっと可笑しかった。
「好きです。俺と付き合って下さい」
飾る言葉は無かった。右手をそっと差し出しながら湧き上がる想いが自然と口をついて出る。誤解なんてさせないよう、一字一句に想いをこめてありったけの想いを贈る。
きちんと気持ちは届いているだろうか、そう思って三輪さんの様子をうかがってみると、一瞬の呆けた顔がみるみるうちに朱に染まっていく。そして、
「おぅ、あっ、えっとその……、ご、ごめんなさいぃッ!?」
勢いよく頭を下げたかと思えば、そのまま脱兎のごとく駆け出していた。突然の事に何の反応も出来ずに、ただその背中が見えなくなるまで見送っていた。
周囲の人は沈黙を守り、差し出された俺の右手は何をつかむ事も無かった。なんとも言えない空気が流れ、
「……俺は、振られたのか」
――瞬間、止めどなく涙が溢れ出す。
「くそっ、なんで、なんでこんな事でこんなに泣いているんだよ俺っ」
視界が歪む。頭が現状を理解出来ていないというのに、身体が勝手に涙を流す事に困惑する。拭っても拭っても、次から次へと溢れ出す涙に思考が定まらない。
叫び出したいのに何を叫びだしたらいいのか分からない。悪態をつきたいのに何が悪いのか分からない。
いい年した野郎が泣きわめくなんて恥ずかしいはずなのにどうしても涙が止まってくれない。本当に、ワケが分からなくて混乱する。
そんな時、不意に学ランが頭からかぶせられ、やたらごつい手のひらがその上から頭に乗せられる。
「失恋の痛みを“こんな事”なんて言葉で軽くしようとするな。あれだけの本気を見せたお前なら、その重さを余さず背負う事が出来るはずだ。
だが、辛い事には違いないだろう。その涙を笑わせる事は俺が誰にもさせはしない。だから、今だけは存分に泣いておけ」
東堂先輩はそれ以上の事は何も言わなかった。だが、それは俺ならこの辛さを乗り越えられると信じていると雄弁に物語っていた。
なら、その信頼に応えたいと思う。今を受け止め乗り越えて、次の時にはもっと強い自分でありたいと思う。
「…………押忍っ」
だから、申し訳ないけれど、今はお言葉に甘えて存分に泣かせて貰います。
……その後、奢ってもらったラーメンはなんだかしょっぱかった。
翌日、テンパり過ぎて逃げた手前顔を合わせづらいと思っていたけど、改めて会った彼の振られた事を真摯に受け止めた上であなたの幸せを願いますと語る姿に、『あ、この人いいひとだ』と思う三輪の姿があるかもしれない。
三輪の好きなタイプは五条悟と聞いて、他意は無いが(他意は無いがっ)五条悟を超える男になる事を目標に定めつつも、振られたという前提のおかげで三輪の好感度が上がっている事に全く気付かない彼の姿があるかもしれない。
そして、繰り広げられる青春ラブコメに「一体何を見せられているんだろう」と思う京都校の面々の姿があるかもしれない。
まあ、アニメでしか追っておらず、ミワチャンカワイイヤッターぐらいしか分かっていない自分では続きが書ける当てなんてないわけなんですけど。