四方世界―――
それは神々が始めたサイコロ勝負の舞台―――
光と秩序と宿命の神々と、闇と混沌と偶然の神々が始めた遊戯にして支配権を賭けた勝負―――
気が遠くなるほどサイコロを振り続けた結果、硬直状態に陥り果てには飽きてしまった―――
そうして創られたのが四方世界―――
様々な種族を創り、駒として楽しむ為だけに創られた世界―――
世界を救うも滅ぼすも、神々のサイコロ次第―――
神々が楽しむ為だけに創られた世界―――
まあ、そんな世界だからこそ色々と悲惨だったりするんだよね。
15歳で成人し、冒険者になる。
旅人が盗賊に襲われて命を落とす。
どこかの魔術師が研究室を吹き飛ばす。
鉱山で採掘中に
そして………
ゴブリンに襲われ村が一つ壊滅することも………
それが日常。
それが常識。
そして………
「何だ?誰か居るのか?」
また一つ………
「GOBUGOBU」
ゴブリンの群れに襲われ………
「ご、ゴブリンだ!ゴブリンの群れが攻めてきだぞォォォォ!!」
村が壊滅しようとしていた………
「イヤァァァァ!」
「助けてェェェェ!」
ダガァァァン
「GObaxtu」
「GOBU?」
「GOBUGOBU?」
さあ始まるぞ。
新しい物語だ。
この物語は誰が見ているんだ?
人か?
神か?
それとも上位者か?
まあ、誰でもいいや。
「
まさしくその言葉の通りだ。
創作物を見て楽しむのは生きとし生けるモノだ。
そしてその生きとし生けるモノを見て愉悦に浸るのが神々だ。
では、その神々を見ているのは誰だ?
人か?
その神の上に居る神か?
それは誰にも解らない………
でもまあ、解らないからこそ楽しい。
解らないからこそ面白い。
面白いからこそ探求する。
面白いからこそ探究する。
探求するからこそ探究する。
探究するからこそ探求する。
探究/探求し続けるからこそ物語が存在する。
だからこそ、さあ…物語を…
物語を始めましょう。
デタラメを入れて…
語りを遮りながら… ゆっくりと一つ一つ…
風変わりな出来事を打ち出して…
可笑しな物語を…
歪んだ国の物語を…
可笑しな物語を…
紡ぎましょう。
育みましょう。
それがどの様な結末を迎えるのか?
どの様な筆跡を歩むのか?
世界は未知に溢れている。
精一杯楽しむとしようかね。
このどこかイカレタ物語を………さ。