【完結】しるし   作:@早蕨@

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【三十五/三十六】新しい道/何考えてるんだか

 翌日、日が昇って間もない時間に目を覚ましたヒノテは、すぐに支度を始めた。

 シャワーを浴び、歯を磨き、服を着替え、寝癖だけ直す。後は部屋を出るのみ、というところまで準備を終えて、リュックの底に携帯を沈めた事を思い出した。

 気は進まなかったが、ないと困るので引っ張り出すしかない。せっかく準備を整えたリュックを再び開けごそごそと中を漁れば、電源を切った携帯が出て来る。

「うわ……」

 電源を入れてみれば、二桁の不在着信が入っていた。通知を全て消し、登録している番号を削除。

 ポケットへ携帯を滑らせ、部屋を後にする。

 外へ出てみれば、いつもと変わらない朝をフエンは迎えていた。コートが欠かせないくらい寒いので、もう少し厚手のものを調達しようかなと、手を擦り合わせながら町を歩く。

 まだまだ人は少なく、フエンの朝はこれから始まるというところだが、バスは既に動き始めている。公共交通機関に感謝しつつ、最寄りのバス停で次のバスを待った。

 次の目的地はまだ決まっていない。一先ずキンセツまで戻って考えようかとヒノテは思っていた。

 やりたいと考えている仕事に向けて、一歩ずつ進んで行こうという新たな気持ちで町を出るつもりだったが、予定とは違ってしまった。

 自分には何の関係もないと分かっていながらも、自分まで非難されているような気になって、良い気はしない。しかし文句を言えた身分でもない。仕方なく受け止め、ひっそりと去るくらいしか出来なかった。

 普通に暮らしていれば、何の問題もない。今のヒノテがまっとうな人間であるとラグラージ達はよく分かっているものの、それを分かりたくない人間も多い。

 時間がかかるのは仕方のない事だ。ヒノテもよく分かっていた。だからこそ、腐らずに自分の出来る事をやっていきたいと考えている。そのための、第一歩。悲観する必要はない。

「お、来た来た」

 寒さを耐えて待っていたヒノテの元に、バスが一台やっと到着する。乗り込んでみれば、客は誰もいなかった。

 寒さに晒され冷えた身体を社内で温めつつ、バスに揺られてフエンの風景を眺めていると、この三日間随分動き回ったものだと、しみじみ。通る場所になんとなく見覚えのある場所が多い。良い町だな、と改めて思う。

 道路も空いているし、乗り込んで来る人もまばらなので、バスはスムーズにフエンの町を進み続ける。終点が中央のバスターミナルだったので、ヒノテはそこから112番道路を目指す。

 幸い乗り継ぎ先のバスが丁度止まっていたのを見つけ、すぐに乗り込んだ。昨日の騒ぎからは考えられない程の静けさ。無事平和な町に戻ったフエンタウンは、元の生活を取り戻している。

 町を離れ、農村をいくつか越えている間に、ヒノテはもう一度だけ視線の先に綺麗な姿で聳え立つえんとつ山を目に焼き付けた。あの山がもう誰にも脅かされない事を願う。

 大自然を有したこのホウエンという土地は魅力的だ。それを感じられる旅に、ヒノテは大方満足していた。ポケモン達との繋がりも強め、新しい仲間も増えた。

「うん。良い旅だった」

 自分の口からそう小さく呟けるだけで、大きな価値があるものだったとヒノテは思う。

 心残りがない訳ではないが、それも致し方ないだろう。

 自分を省みる旅は、これにて終わり。フエンを離れ、112番道路が近づいて来ると、やっと人生の次の一歩を歩める事に、ヒノテはワクワクし始めていた。

 

 

 

 

 ボールから出たラグラージは、バスから降りて112番道路を歩いていた。

 一つも満足そうな顔をしない隣のヒノテに、このままフエンを出て良いのかと幾度か声を掛けるものの、「いいんだ」の一点張りで頑なに譲らない。

 何を強情になっているのだとラグラージは呆れていた。反対側を歩くグラエナもまた、ラグラージと同じ意見らしい。二匹で顔を見合わせ、何やってるんだか、と首を横に振る。

 ヤミラミだけは、とことことその辺を走り回っては戻って来て、ヒノテに飛びついたり、グラエナの背中に飛び乗ったり、ラグラージにちょっかいをかけたりと忙しない。

「どうしたヤミラミ、落ち着けって」

 ヒノテが動き回る悪戯っ子を抱き留める。ヤミラミが何を伝えたがっているのか、ラグラージはすぐに分かった。

 メグリはいないの?

 ヒノテにもヤミラミの動きでそれが伝わってきたのか、「あいつはいないよ」と伝えて、グラエナにそのお転婆娘を預けた。

 例のマグマ団というグループに所属していた事が、どうもまだひっかかるらしい。ラグラージやグラエナ、もちろんヤミラミも、そんな事は微塵も気にしていない。一番一緒にいたグラエナがそうなのだから、今更何を気に病む事があるのか。

 その辺の悩みについて、ラグラージはとんと理解出来なかった。

「お前等なあ、そんな色々言うなよ。これで良いんだって。俺だって元マグマ団員なんだ。フエンの人達の心を逆撫でする必要はない。仕方ないだろ」

 ガウガウと文句を垂れるグラエナに、ヒノテはうるさいうるさいと聞く耳を持たない。何をそんなに気にしているのか。相変わらず人間の考える事は小難しい。ラグラージは水でもぶっかけてやりたい気分だったが、どうも意思は固いらしい。どうしたものかと思いつつ、またちょこちょこ駆けだしたヤミラミを視線で追っていると、今度はどこへ行くのか。来た道へ急いで戻って行く。待て待て、とラグラージも振り返ると、遠くから、何かが走って来るのが見えた。

 目を凝らさなくても、少し近づいて来れば分かる。

 炎を背中に背負い、地を駆ける姿は圧巻だ。無事で良かった。その素晴らしい姿をぶち壊す、不格好な姿で背中に乗る少女が一人。

 ヤミラミは、追わなくても良い。

 もう、何も心配する事はなさそうだ。

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