【完結】しるし   作:@早蕨@

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【九】しがらみ

 ポケモン協会のホウエン支部は、ホウエン地方に八つのポケモンジムを設置した。例外はあれど、ポケモンリーグというシステムに乗っ取った決められた数である。それぞれの町にはジムリーダーが派遣され、または地元の有力なトレーナーから選出され、ジムを訪れるトレーナー達や、ジムで修行をする人間が現れる。知名度も上がり、訪れる人も増えると同時に少しずつ町も栄えていく。協会からのジム設置は、それぞれの自治体にとって素晴らしい利益を生み出すものだった。

 しかし、フエンタウンの事情はまた少し他の町と異なっていた。

 元々観光地として栄えていたフエンタウンには、ジムなど設置しなくてもやっていけるという自負が町の上層部にはあった。

 協会を頼って、ジムを置いて欲しいと頼んだ覚えはないという訳だ。それでも協会は、ジムを置くという決定を変えなかった。他の町との距離やバランスを考えると、フエンタウンが一番良いとの判断だった。

 そういう込み入った事情や衝突の縺れがほぐれないまま、初めてのジムリーダーが派遣されたが、もちろんうまくいくはずがない。

 ジムリーダーは町長達の言う事を聞かないし、町長達も、ジムリーダーからの要請などには耳を貸さない。

 歪んだ状態が続くと、一向に町とうまく馴染まない状態を見かねて、協会側は定期的に新しいジムリーダーを派遣し続ける。そんな事が何代も何代も続いた後、就任したのがジムリーダーアスナだった。

 アスナはそれまでのジムリーダーと、明らかに異なる存在だった。協会のメンツや威厳など気にする事なく、町の人間達との信頼関係構築に努めた。それがフエンタウンにとって、ひいてはホウエンのためになるのだと彼女は考えた。

 町のお偉い方に対しても礼節を尽くした。フエンタウンの利益を考え行動し、もちろん強さの象徴として修業も続けた。

 そんな姿がフエンの人々の心を動かし、長年続いていた協会側と町民側のいがみ合いは雪解けを見せ始める。

 子ども達の憧れの的であり、町の看板娘でもあれば、その人気は高い。ジムリーダーの働きとしても、申し分ないものである事は間違いない。就任当時こそえんとつ山で起きた事件のせいでその責任を問われる事もあったが、就任したばかりというのが幸いした。地道に続けた活動が実り、町がアスナを認め始めていた。

 しかし、それでも頭の固い一部の上層部には、アスナをよしとしない者達がいた。特にトップである町長は反発側を率いるボスであった。元々フエンの大地主である彼は、アスナを協会側の回し者としか見ていない。どうあっても手を取り合う事などありえない。その意向は先代から色濃く残っている。

 メグリは、そんな町長の娘として生まれた子どもだった。

 子どもの目線では、どう見てもアスナはフエンのために働く良い大人で、町長達はそんなジムリーダーの邪魔をしようとする悪い大人に映る。

 メグリの目線からでさえそう映っていたので、他の子ども達にはより悪い印象を与えた。大人達は町長達の大きな権力に怯えて縮こまるばかりだが、子ども達はそうはいかない。かといって、直接町長に直談判をするような子どもがいるはずもなく、またそれぞれの親もそんな事は許さない。

 そうなると、子ども達のターゲットになるのはメグリだった。

 ”町長の娘”として、学校の同級生からの心ない攻撃は年々ひどくなり、教師側もバレるのを恐れそれを隠蔽し続ける。結果としてメグリは学校へ通わなくなり、町をふらつく事が多くなった。

 メグリは、親に泣きついて権力を振りかざすような子ではなかった。学校での出来事を家で話すような子どもではなく、ただひたすらひた隠しにした。齢十二歳にして、自分が親に泣きつけば、町の住民達と親がぶつかる事を考えられる、思慮深い子どもだった。

 事情を知っている大人達は、そんなメグリの行動に甘え続けて無かった事にしようとし、何も知らない大人達は、学校をサボって町をふらついているメグリに絡んで厄介毎に巻き込まれたくはないと、腫物のようにメグリを扱った。

 今日一日、ヒノテが町で感じた違和感は、それだった。

 思慮深くも言葉はまだつたないメグリの話は、ヒノテにとっても非常に重い話である事は間違いない。他人に話せなかった事を喋り、それで少しでも軽くなるのなら良いが、今掛けるべき言葉をヒノテは迷っていた。

「そうか。それでポケモンを持つ事にも外へ出る事にも、ご両親は反対な訳か。ポケモン協会が推奨する事を自分の子どもがするなんて、許すはずがないもんな」

「うん、そういう事。ごめんね、こんな話しちゃって」

 メグリは、自分の境遇や置かれている事態を話しても、泣く様な素振りを一切見せない。この歳で、自分の立ち位置を理解し振舞っているのだとすると、これまでの辛さがそこからも垣間見えた。

 こんな問題、ヒノテが少し助言したからといってなんとか出来るものではない。それでも何か出来る事はないか。この小さな娘が抱えている大きすぎるしがらみを、ほんの一瞬でも忘れさせる事は出来ないものか。そんな事を考え目線を遠く向けると、広場ではまだバトルが行われていた。

「……メグリ」

「なに?」

「バトル、やってみるか?」

 ぱあ、と顔が明るくなる。歳相応の、”町長の娘”としてではない無邪気な笑顔がそこにあったが、はっとした後には直ぐに表情を暗くしていく。

「駄目だよ。今日みたいに町を歩いているのはともかく、バトルなんてしているところを見られたら、何言われるか分からないし」

「メグリはポケモンの扱いに慣れてるし、センスもありそうだ。外野の俺が、しつこくしつこくメグリを誘ってバトルをやらせた。これでどうだ?」

「そんなの、もっと駄目だよ」

「いいのいいの。俺なんてどうせ元からはぐれ者なんだし、今更誰に嫌われようと関係ないから。な? 一回だけだよ。大丈夫だって」

 メグリは迷いを見せていた。自分のやりたい事と、それを許さない境遇の間に揺れている。

 子どもがそんな事考えるな。やりたい様にやればいい。それで良いんだ。ヒノテはそこまで言いたかったが、それをすんでのところで止める。判断はメグリがするもの。子どもだからって、したい事をしたいように出来る訳ではない。そんな事はメグリが一番よく分かっている。

「……やって、みようかな」

「うん、それが良い! 楽しいバトルになるといいな」

 口で言ったものの、本当にバトルなんてしていいのかおたおたと慌てるメグリだったが、ヒノテはその頭に優しく手を乗せる。

「いいんだよ。バトルがしたいんだろ? 一緒になるポケモンさえ協力してくれるなら、それで良いに決まってるじゃないか。責任は俺が取る。なんかあったら大人のせいにすれば良いんだ。メグリはただ楽しむ事だけを考えろ」

 抱えた膝に顔を埋めて、首を一つ縦に振ったメグリからすすり泣く声を聞いたが、ヒノテは何も言わなかった。

「今日はもう、一人で帰れるよな? って、俺の方が迷子になりそうか。明日は何時に集合だ? ここに、十時で良いか?」

 すすり泣くメグリがもう一つ首を縦に振ったのを見届け、ヒノテはその場を離れた。

 

「お前ら協力しろよ。ラグラージ、お前がメグリの方に付け。グラエナとヤミラミは、メグリラグラージコンビとバトルだ。いいな」

 山雫へと戻る道中、ヒノテは三匹を出して連れ歩いていた。

 ボールの中から見ていて様子を知っていたラグラージは、俺があの小娘と? と言いたげに不満そうな顔をしたが、泣いている生き物を見ると助けたくなる優しい奴であることは、ヒノテが一番よく分かっている。

なんでこいつとバトルなんか! ダブルバトルってそういう事かよ! と面くらった顔をしたグラエナだったが、見知らぬ奴とやるよりはヤミラミが安全か、とその案を飲んで吠えた。

「ヤミラミの練習には丁度良いだろう。明日はうまくやれよ」

 三匹の三者三様の返答を聞き、ヒノテ一行は山雫へと戻った。 

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