松永家   作:空潟 聿

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僕の名前

 松永(まつなが)(はるか)。名前の由来は、あたたかく朗らかで誰かをあたためてあげられるような優しい人になってほしいというところから。その名前をくれた僕の両親は、実の両親ではない。

「暖ー、そろそろ行くよー」

「はーい」

 僕はメモ帳のアプリを閉じて、すっかり綺麗になった部屋を後にした。

「忘れ物はない?」

「たぶん」

「たぶんって……まあ、何かあったら送ってあげるけど」

「うん」

 他愛のない会話。車の荷台にボストンバッグを載せ、僕も後部座席に座る。

「お兄ちゃんおそーい」

「ごめん」

 妹の彩世はすっかりシートベルトまで締めて出発するのを待っていたみたいだった。

「じゃあ出発していいかな?」

「いいともー!」

「おー!」

 運転席に座るママの掛け声にお母さんと彩世が呼応する。僕は完全に乗り遅れてどうしようかと思っているうちにママが車を発進させた。

 車の中は賑やかだった。いつもと同じ。ママとお母さんが揃えばそれだけで勝手に歌いだすのに加えて、彩世も一緒にいると黙っている時がないくらい誰かが何かを話している。そんな家族と一緒に僕は十八年間生きてきた。

 でも僕は、この中の誰とも血の繋がりを持たない。

 僕がママと呼ぶ人も、僕がお母さんと呼ぶ人も、血のつながった親ではない。僕が彩世と呼ぶこの妹さえも、僕と血の繋がりはない。

「ねえ、お兄ちゃん聞いてる?」

「え?」

「ねー、何書いてんの?」

「大学で必要な資料だよ。覗かないで」

 スマホと向き合っていたら彩世に画面を覗かれてしまうところだった。僕は慌ててホーム画面を映した。

「こら彩世、お兄ちゃんの嫌がることしないよ」

「してないもーん。ね、お兄ちゃん」

「うん」

「本当?」

「うん」

 適当に返事をする。別に、今のタイミングで画面を覗かれたからびっくりしただけで、それが嫌だったわけではない。それに、彩世はかわいい妹だ。

 四つ離れた妹が我が家にやってきた日のことをなんとなく僕は覚えている。数日前から両親がそわそわし始めて、僕に「暖、お兄ちゃんになるよ」なんて言って。

 彩世が生まれる日、僕は幼稚園を休んでお母さんと一緒に病院へ向かった。後から夜勤明けのママも合流して、何が起きているか分からない僕はお気に入りの飛行機でごっこ遊びを続けていた。

 僕にとってお母さんとママがいる生活は、きっと他の人の言うお父さんとお母さんがいる生活と同じくらい至極自然で、どうして君の家族はそうなのか、と問われるまで僕は疑問にすら感じなかった。僕にお母さんとママがいることも、ああいう形で妹が家族に加わることも、僕がなぜ存在しているのかも。

 とはいえ、自分には親が二パターンいるのだということは気が付いた時にはもう知っていた。きっと僕の知らない頃から両親が教えてくれていたのだ。

「はるくんにはお母さんと、ママと、はるくんに命をくれたお父さんとお母さんがいるんだよ」

 その言葉の意味が分からない頃からよく耳にしていた決まり文句。それをいう時、お母さんもママも決まって僕を抱っこしてくれていた。

「はるくんのことが皆大好きだよ」

 締めくくりにはいつもそう言って抱きしめてくれた。

 幼稚園に入って、僕は少しずつこの言葉の意味を理解し始めていた。否、理解ができていたわけではない。でも、自分にはいるべきお父さんがいなくてママがいるのだということは分かった。

 お母さんも僕の実の母ではないと分かったのは、小学校に入学してからだった。子どもはキャベツ畑ではなく母親のおなかからやってくるのだというのを知り、宿題で自分の生まれた日のことをインタビューしてその結果を友達と共有していた時のことだった。皆、おなかがとても痛かったけど生まれた時に全て忘れるくらいうれしかったと書いているのに対して、僕のインタビュー結果は突然の贈り物だった、と書かれていた。

 ――おかあさん。

 分からないなりにいろいろ頭を捻らせてどうしても答えが出なくてお母さんに尋ねた。

 ――ぼくはどうしておかあさんから産まれなかったの?

 今になって考えると、とんでもないことを聞いてしまったのだと思う。その時のお母さんがどんな顔をしていたのか覚えていないけど、でもきっと肝を冷やしたのだと思う。

 あの時、お母さんは夕ご飯を作っていた途中だったのにリビングのソファに座ると僕を膝にのせて抱っこしてくれて言った。

 ――はるくんはどうしてだと思う?

 まさかの問い返し。僕は分からないと答えた。

 ――ぼく、おかあさんのおなかじゃなくて命をくれたおかあさんのおなかからうまれたのかなって。でも、そしたらなんでぼくはおかあさんから産まれなかったの? ぼく、おかあさんから産まれたかったな。

 命をくれたお母さんというのが自分を産んだ母親で、お母さんとママが僕の育ての親なのだというのが自分の中でなんとなく分かりかけていた頃だった。それでも僕が精一杯考えて行きつけた答えはそれで、その時はまだ、男と女がいなければそもそも人は生まれないのだということを知らなかった。どうして自分はお母さんまたはママから産まれなかったんだろう、という疑問が僕の中で渦巻いていた。

 ――うーん、難しい質問だなあ。

 お母さんも言った。

 ――まず、赤ちゃんが産まれるのはお母さんのおなかからだって教えてもらったんだよね?

 ――うん。

 ――そうね。そうなの。でもはるくんは、お母さんのおなかにも、ママのおなかにもいなかった。

 ――うん。

 ――いつも言ってることだけど、はるくんにはね、お母さんとママと別に、はるくんに命をくれたお母さんがもう一人いるんだよ。お母さん三人もいてすごいね。

 そう言って確かお母さんは笑っていて、優しかった。

 ――お母さんとママはね、子どもが欲しかったけどどうしてもできなくて。そんなお母さんとママのところに来てくれたのが、はるくん。

 お母さんの声は子守唄みたいに優しくて、僕はそれだけでなんとなく安心したのだと思う。

 ――はるくんを生んでくれたお母さんは、お母さんとママがどれだけ一生懸命頑張ってももらえなかった大事な大事な宝物を、一生かけて大切にしますっていうお約束と引き換えに、お母さんとママに贈ってくれたの。これってすごいことなんだよ。

 ――ふうん……。

 難しいことはよく分からなかった。けれど、その時はお母さんが抱きしめてくれたことで満足してしまったのだ。

「あれ、彩世ちゃん寝ちゃった?」

「え? あ、ああ、ほんとだ。寝てる」

「車乗るとすぐ寝ちゃうよねぇ、かわいい」

 ママに言われて気が付いた。さっきまで喋っていたと思ったのに彩世は眠ってしまっていた。

「はるくん、トイレとかない? 休憩しようか?」

「ううん、大丈夫」

「そう?」

「うん」

 彩世が寝てしまったからか、僕に話が振られるようになる。僕は起動していたメモ帳のアプリを閉じ、スマホを鞄の中にしまった。

「はー、またはるくん帰っちゃうのか。寂しいね」

「ほんとだよ。一か月早かったなあ」

 この夏休み、丸々一か月を僕は実家で過ごした。下宿先で特にしたいことがなかったというのもあるけれど、両親から届くメッセージからなんとなく寂しがっているのが伝わってきて、周りの皆が一週間や二週間の帰省であるのを振り切って一か月も実家にいてしまった。

 実家での生活はそこそこ快適で、何より賑やかな我が家の感じが久しぶりで楽しかった。周りには実家への帰省を渋る人もいたけれど、僕は特にそんなことはない。お母さんもママも彩世も、普通に好きだ。

「彩世がね、いつお兄ちゃん帰ってくるの? ってそればっかり言ってたんだよ?」

「最近はいつ帰っちゃうのばっかりだったしね」

「そうだね」

「思いの外寂しがられて僕もびっくりした」

「えー? 彩世ちゃん、はるくんのこと大好きだよ?」

「や、まあ……」

 よく話しかけてくれるしよく一緒にいてくれるから嫌われてはいないんだろうと分かってはいるけれど、改めて言葉にされると恥ずかしい。そもそも、慕ってくれていなければこうやってわざわざ休みの日に下宿先に帰る僕を見送ってはくれないのだろうけど。

 車の中はお母さんが借りてきたDVDが流れていて、僕はその音声を聞きながら窓の外を眺めた。

 高速道路から眺める景色はいつも見ている景色と違っていて楽しい。いつもと違うことをしているんだと自覚する。それに、こういう時は大体家族全員が揃うから。なんとなく、楽しい。

 僕は、この家族が好きだ。たとえ、血が繋がっていなかったとしても。

 そう思うのに、でも、僕はこの事実を誰よりも気にしている。と思う。

 僕には、お母さんとママと僕に命をくれたお父さんとお母さんがいる。親が四人いる。いわゆる生みの親と育ての親ではあるけれど、お母さんとママは愛情込めて僕を育ててくれた。今更僕たちは親子じゃないのかもしれないだなんてそんなことは思わないけれど、ただ、最近気になってしまう。

 僕は一体誰なんだろう。その思いが僕の中を渦巻いて離れない。理屈は分かっているのだ。生みの親の血が流れている。ただそれだけで、その血が流れていたとしても僕は変わらない。僕は僕で、お母さんとママの友達に言わせてみれば僕はお母さんにもママにも似ている。流れている血なんて関係ない。

 分かっているし、今までそう思って振り切ってきた。それで満足していた。でも、僕がその血を残せる立場になってきたことに最近気が付いた。誰かとお付き合いをして、結婚をして、子どもを育てる。それを考えた時に、急に怖くなった。

 僕は一体、誰なんだろう。この世の中に、僕と同じ血を流した人が他にいる。もしかしたら近くに住んでいて、隣に住んでいる人が実の親という人なのかもしれなくて、どこの誰から構成されているのか分からない自分というのが怖く思えてきて、それを無責任に残してしまうのもよくない気がして。

 実はこの夏休み、僕はお母さんとママから話があると言ってあるものをもらった。それは、僕を生んだお母さんからの手紙だった。

 ――実はね、暖が産まれた時に預かったお手紙があるの。

 さすがに膝に載せてもらえるような年齢ではないから、リビングで正座をしての話し合いだった。

 ――もう古いお手紙になっちゃったけど、高校卒業したら渡そうって前からママと決めてて。ね?

 ――そう。暖を生んでくれたお母さんとママたちを仲介してくれた保健士さんが渡してくれて、将来いつかのタイミングで暖に渡してくださいって言われてて。だから、渡しておく。

 机の上に置かれたのは、少し黄ばんでよれた白い封筒だった。封もしてあって、僕はどうしたらいいか分からずお母さんとママの反応を窺った。

 ――あの、お母さんたちも暖宛てのお手紙は読んでないんだよね……。お母さんたち宛てのお手紙は読んだんだけど。だから、何が書いてあるのかもお母さんたちは知らない。暖宛てのお手紙だから、読んじゃいけないかなって思って。でも、暖が読むのが嫌だったら読まなくてもいいし、お母さんたちに先に読んでほしかったらお母さんたち読む。どうしようか?

 お母さんとママはいつも通り優しくて、全ての権限を僕にくれた。

 ――ちょっと、考える……。

 だから僕も、じっくり考えたくてその時その手紙をもらったまま、今の今まで読めなくて今日この車に乗ってしまった。

 あれ以来、お母さんとママが手紙について触れてくることはなかった。僕はその手紙を夏休み中勉強机の鍵のかかる引き出しにしまって一度も触れることはなく、今日やっと取り出して財布と一緒にリュックサックの中に詰め込んだ。

 僕はまだ、この手紙を読むかどうか、悩んでいる。

 今までお母さんとママと彩世を家族だと思ってこられたのは、きっと、自分に命をくれたというお母さんとお父さんの影が全くなかったからという理由が大いにある気がする。それこそ産まれた時から今の家族があるべき姿としてあったから僕は多少の疑問が湧き起こっても血の繋がりを気にせず来られたのだと思う。お母さんとママからの愛情ももちろん大きかったけれど、それだけではたぶん僕はここまで家族に対して純粋ではいられなかった。と思う。

 もしこの手紙を読んで、この家族に疑問を抱いてしまったら。そう思うと怖くて読む気が失せた。この大好きな家族が大好きでなくなってしまったらどうしようと思うと、怖くなった。

 この手紙に書かれている内容がもしポジティブな内容だったとしても、ネガティブな内容だったとしても、僕はこの手紙を読むことで僕が誰であるのかを知ることになる。少なくとも、僕を生んだ人の言葉に触れる。僕を生み育てられなかった人の子どもであることが分かってしまう。そうなったら僕は、僕は……。

 そんなことを考えては打ち消し、考えては打ち消して今日だ。どうにか少しでも気が楽になればと思ってメモ帳に書き出してみていたけれど、存外自分が家族という概念に対して、自分の中に流れる血に対して、鈍感であるように振舞いながら実は敏感で気にしているのだということが分かってしまった。

 僕は、メモ帳アプリを閉じて瞼を下ろした。

 これ以上は車に酔ってしまう。寝てしまうのが一番だと思った。

「はるくん、着いたよ」

「……ん」

 声をかけられて目を覚ました。運転席になぜかお母さんが座っていて、僕は途中でお母さんとママが運転を交代していたのにも気付いていなかったらしかった。

「おうちの鍵は?」

「ん」

 寝ぼけた頭を起こしつつ家の鍵を開ける。お母さんとママと彩世までもが僕の荷物を抱え入れてくれて、僕は眠い目をこすりながらその後ろをついて歩いた。

「お兄ちゃん洗濯物干してるー!」

「帰る前に畳む時間がなくて干しっぱだったの忘れてた」

 ハンガーラックにかけた畳み忘れの洗濯物を見て彩世が笑っている。タオルとパンツと靴下を干してあるだけなのだけど何がそんなにおかしいのか。

 彩世は僕より先に車の中で目を覚ましていたらしく、少しずつ脳が覚醒しつつある僕と裏腹にすっかり目が覚めてテンションがハイになっていた。

「じゃあね、お兄ちゃん。勉強しなきゃだめだよ?」

「ん。彩世もね」

「うん!」

 玄関口で皆を見送ることにして、僕は手を振ってくれる皆に手を振り返した。

「じゃあねはるくん、元気で頑張ってね」

「うん」

「また冬にね」

「うん」

 お母さんとママがそれぞれハグをしてくれて、それを見た彩世が自分もと言わんばかりに待っているのを見て彩世にもハグをしてやる。

 じゃあね、と言って手を振りあって、ママの車が発進したのを見て僕は家に戻った。

 ひとりになった部屋で少し呆けて、思い出したようにリュックから手紙を取り出す。僕は、手紙を読むことに決めた。

「……」

 少し黄ばんでよれた手紙の封を切り、僕は便せんを広げた。

 長くはない手紙で、中に入っていた便せんはたった一枚だった。

 僕は、おそるおそるその手紙の内容に目を通した。

 目を通して、目を通して、目を、通して。

 僕は、スマホを手に取って、少し悩んだけれど、お母さんに電話をかけた。

「……もしもし?」

 もしもし、と言うと、お母さんがあっけらかんとした声でどうしたの忘れ物でもしちゃった? と言った。

「ううん。あのね、あの……」

 話そうとしてなかなか心が決まらなくて黙ってしまうのは僕の悪い癖だ。でも言葉が出ようとする度に消えていってしまう。その言葉をなんとか繋ぎとめて僕はお母さんに尋ねた。

「お母さん」

「なに?」

「僕の名前……僕の名前、お母さんとママがつけてくれたんだよね……?」

「え? うん、そうだけど」

「……なんで、この名前にしようと思ったの?」

「え? だから、暖っていうのは、あったかくて、優しくて、朗らかで、周りにいる人たちをあったかい気持ちにできる優しい人になってほしいなって思って暖って名前にしたんだよ」

「……」

「どうかしたの?」

「……」

「暖?」

 電話の向こう側で、お母さんが心配して何度も名前を呼んでくれた。でも僕は大丈夫だという一言さえ言えなくて、溢れてくる涙と感情に揉みくちゃにされて蹲ってずっと洟をすすっていた。

「……お、おかあ、さん」

「ん? なに?」

「ぼ、ぼく……」

 会いたい。という一言が言えなくて。でもそんなこと言わなくても分かっていると言うようにお母さんはちょっと待っててね、と何度も言って、そうこうしているうちに呼び鈴が鳴らされた。

 玄関の戸を開けるとお母さんが立っていて、僕を抱きしめてくれた。

「寂しくなっちゃった?」

「……手紙、読んで」

「……うん」

「こ、怖かったんだ……自分がどうなるか、分からなくて……」

「うん」

「でも……僕は、僕だった……」

「うん」

 手紙には、そんなに長くない文章が書かれていた。

「僕はやっぱり、お母さんと、ママの子どもで、妹が彩世で」

「うん」

「産まれてきて、よかったんだ。って……」

「うん」

 生まれてきてくれる赤ちゃんへ。という書き出しだった。芽吹いた命を育ててあげられなくてごめんなさい。育てられないのに産もうとしてごめんなさい。そう思いながら過ごしてきたと。けれど、そういう時に特別養子縁組を知り、誰かに幸せを届けられるのだと思ったと。こんな私でも誰かを幸せにできるのなら、誰かに幸せを届けられるのなら、この子は産まれてくるべきだと、健康な子を産んであげなければと思ったと。ただ、どうしても名前だけはあげられる勇気がなかった、名前は親からの贈り物であり、一生ついて回るものだからと。親ではない私があげるわけにはいかないし、親である人たちが一生懸命あなたのためを思って考えてつけてくれた名前に意味があるから、血で繋ぐより大きな絆がそこにはあるからそこまで奪ってはいけないのだと。そう書かれていた。

「僕、お母さんとママの子どもでよかったんだ……」

「……いいに決まってるじゃん。はるくんはお母さんとママの子どもです」

「ん……」

「あららら甘えん坊さんじゃない」

「はい、ママもぎゅっ」

「よーしよしよし、ぎゅーっ」

 お母さんからママにバトンタッチされてハグされる。視界の端で彩世がお母さんにハグしてもらっているのが見えた。

「お兄ちゃんもう泣き止んだ?」

「泣き止んだ泣き止んだ」

「よかった。じゃあ、体に気を付けて頑張るんだよ?」

「うん」

「じゃあね」

「ばいばい」

 手を振りあって僕はまた、家族が乗った車が発進するのを見送った。

 車が遠く見えなくなって、僕は玄関を閉めて部屋に戻った。机上に白い手紙があって、それにもう一度目を通してやっぱり少し緩む涙腺をなんとか締め、僕はまた鍵のついた引き出しにその手紙をしまった。

 松永暖。この名前をくれた両親は、どちらも僕と血は繋がっていない。けれど、血よりも大きな絆を結んでくれた。僕の生みのお母さんも、それを譲ってくれた人だった。それが分かっただけで、手紙を読んでよかったのかもしれない。今も分からないことはあるけれど、出ていない答えもあるけれど、それはまたこれからじっくりじっくり、氷が溶けていくように時間をかけて出す答えなのだと思う。

 

 

おわり。

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