松永家   作:空潟 聿

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お母さんたちの会話。彩花視点。


誕生日プレゼントの相談

 愛する息子が突然、病気かもしれないと言われたら。

 愛する息子が突然、急性骨髄性白血病だと言われて、入院したら。

 愛する息子が突然、入院治療中に感染症にかかって四日間意識不明の重体になったら。

 愛する息子が突然、大切にしている恋人に別れを告げているのを聞いてしまったら。

「彩花?」

「んー?」

 スマホをいじっているとちーちゃんから話しかけられた。

「何してるの?」

「んー、誕生日プレゼント。暖の」

「えっ、一人で決めちゃったの? 私は?」

「ある程度決めたら相談しようかなって思ってたんだけど」

「えー、私も見たい。見せて」

「まだ決まってないよ?」

「いいから」

「ん」

 自分の隣に座ったちーちゃんに私のスマホを見せる。

「いろいろ見てたんだけどさ、悩んじゃって。服も財布も鞄も微妙かなーって感じでさ」

「うん……」

 来週、暖の誕生日がある。十二月二十六日。クリスマスの翌日。予定日は年明けだと聞いていたのに、ちーちゃんの実家のケーキ屋さんでクリスマスケーキの販売を手伝っている最中に生まれそうだという電話が入って、急いで二人で病院に向かった。分娩室の隣の部屋で二人でそわそわしながら待って、暖の産声を聞いて、顔合わせをして。あの日の感動は忘れられない。

「クリスマスどうする?」

「んー……やっぱりさ、私は実家行こうかなって。一番大変な時だし。お姉ちゃんは私がやるからいいよって言ってくれるんだけどさ、最近はほら、暖がケーキ作りやってたでしょ? お父さんももう年だし、お姉ちゃんがケーキ作りに入ったら店頭やる人いないし。彩世も外行くかもしれないし、咲花はいいにしても」

「そ、っか」

「うん」

 暖の誕生日の前日、クリスマスのちーちゃんの実家は大忙しだ。否、クリスマスイブから忙しい。毎年ちーちゃんはその日は必ず実家に帰ってケーキ屋さんを手伝っている。私も仕事の休みが取れたら一緒に行くことにしているし、子どもたちも一緒に連れていくことにしている。

 子どもたちが成長するにつれて、店頭で手伝ってくれることも増えてきた。その中で、ケーキ作りが得意な暖がケーキ作りを手伝ってくれるのは鬼に金棒といったもので、ここ数年は暖頼りだったところがあるのは否めない。

「誕生日には面会に行けると思うんだけど、クリスマスはさ、彩花行ってあげてよ」

「うん、分かった。咲花はそっちに任せちゃっていい?」

「いいよ。まだ遊ぶ約束はしてないだろうし、ゲームと一緒に連れてく」

「よろしく」

 クリスマスも誕生日も、家族で一緒に過ごせないのは今年が初めてだ。いかんせん、暖がこんな大病に侵されるだなんて去年の今頃は考えもしなかった。それを抜きにしても、クリスマスはもう退院できて、家で過ごせるはずだったのだ。私はため息をついた。

「どうしたの? ため息ついちゃって」

 すかさずちーちゃんに指摘されてしまう。いやあ、と唸って私は言葉を探した。

「なんか、なんだかなあ……って」

「そうだね」

 上手に言葉にできないけれどちーちゃんはそこから何かを汲み取ったようで、私は話を続けた。

「退院、長引くなんて思わなかったからさ。順調だったし。今回調子いい日多かったし」

「そうだね。私もそう思ってた」

 今回が最後の入院になりそうですね、という説明を受けていた。抗がん剤を打ってがん細胞を減らし、新しく正常な血液が作られるのを一か月ほど待ち、一週間ほど一時退院して家で過ごす。これを一クールとして様子を見て三、四回程度行うと聞いている。検査の数値を見てもがん細胞の数は順調に減っていて、今回で無事最後になりそうですねと、当初の予定通りですねという話だったのだ。

「どうしよう、がん細胞の野郎減ってなかったら」

「こーら」

「ごめんって。でも、いろんなパターンは考えとかなきゃでしょ? ……暖は、すぐ聞きたがるから」

「そうだね」

 暖が病気を告知されて入院した時、もちろん私たちも同席したのだが、その時暖が言ったのが「全てを正しく教えてほしい」ということだった。良くなっている時も悪くなっている時も、包み隠さず教えてほしいと。何か先生から呼び出された後はすぐにその内容を知りたがって、少し迷う素振りを見せると食い下がる。この頑固な性格はどこからきたのだと思うくらいに。

「でも、教えてあげるしかないでしょ?」

「そうだけどさ。やっぱいるじゃん、勇気とか、覚悟とか」

「そうだけど。でも、持ててないのは私たち親だけで、暖はたぶん、きっともう持ってる」

「うん……」

 暖は、私たちとは違って聡いから。自分できちんと考えて、もう結論を出している。

 そうでなければ、薫ちゃんにあんな話をするわけがない。

「どちらにせよ、悪い方にばっかり考えても仕方ない。良くなってても悪くなってても、私たちはちゃんと暖に伝えてあげる。親として」

「そうだね……」

「彩花」

 ちーちゃんが手を重ねてくる。私はそのまま反対の手をちーちゃんの手に重ねた。

「大丈夫。暖なら」

「そうだね」

 大丈夫だと信じるしかない。意識不明の重体から戻ってきた暖の強さを、ただ信じることしかできないのだ。

「誕生日プレゼント、どうする?」

「んー」

 依然開いたままだったスマホを見ながら唸る。暖が好きなものといえばお菓子作りとゲーム。例年は服や財布を買ったり、お菓子作りに使う道具を買ったりしていたが、今はあまり目に触れたくないものかもしれない。しかし、それを言い始めると何を贈ってもそうなりそうで、プレゼントをなしにもしなくないしと頭を悩ませている。

「あ」

「薫ちゃん?」

「珍しいね」

「ね」

 暖の恋人の薫ちゃんからメッセージが届いた。急いで確認すると、暖の誕生日プレゼントに困っている、という内容だった。

「どこも一緒か」

「だねー」

 ちーちゃんと顔を見合わせて笑ってしまう。

「どうやって返そうか?」

「普通に、いつも通りの誕生日プレゼントでいいんじゃない?」

「え、でも」

 ちーちゃんがあっけらかんとした声で言う。

「逆にさ、気を遣われたプレゼントの方が悲しくなっちゃうよ。あー、自分病気なんだなーって。そうじゃない?」

「それもそうだ」

「いつもみたいにさ、お洋服とかにしてあげようよ。パンツもくたびれてきちゃったし」

「パンツって。せっかくいい話な感じあったのに」

「はっ! しまった……」

「いつもすまねぇなぁ、洗濯大臣」

「いいってことよ」

 家事分担制、とはいえ、ちーちゃんの方が家にいることが多いからちーちゃんに任せてしまうことが多い。洗濯、掃除、料理。特に洗濯と掃除はちーちゃんが掃除好きなこともあってほとんど任せてしまっている。案外そういうところまでしっかり見ているのだなと再確認して笑いが零れる。

「パンツはまあおまけで入れてあげるとして、普通にお洋服にしてあげようか? リュックサックとかでもいいかな?」

「いいんじゃない?」

 通学用にと買ったリュックサックも大学に入学する時に買ってあげたものをずっと使っている。そろそろ替えてもいいかもしれない。

「薫ちゃんにもそうやって返しとこうかな」

「うん。……あ、私の方にも連絡くれてたんだ」

「あ、そう? じゃあ、ちーちゃんから返信しとく?」

「私からも、返信しとくよ。彩花も彩花で返信してあげたら?」

「分かった」

 ちーちゃんの言う通り、薫ちゃんに返信する。すぐにありがとうございますと返信が入り、あまり気負わないように返事を返した。

「暖のプレゼント考えてくれてるってことは、誕生日に会いたいのかな? 薫ちゃん」

「あ、そうかも。聞いてみる」

「よろしく」

 昨日、薫ちゃんと会った時に聞けばよかったなと思いながら。

 実は、薫ちゃんとはあまり二人きりで話したことはない。薫ちゃんが赤ちゃんの頃から、それこそ暖が生まれるより先に知っているけれど、二人きりというシチュエーションにはなったことがないに等しい。私が仕事で忙しく、私が動ける日はほぼ必ずちーちゃんが一緒にいるからだ。暖の彼女さんなんだよな、ということを意識するとよりそわそわしてしまう。

 薫ちゃんの今後の予定を聞いてみる。本当はこんなに口を出すべきではないのだろうが、いかんせん今は薫ちゃんが暖に会いたいと言って来てくれても薫ちゃん一人で暖に会うことができない。私かちーちゃんが同伴でなければ面会できないからだ。もしかしたら来週には一般病棟に戻っているかもしれないが、そうでなかった時に困る。日程調整は必要だ。

「薫ちゃん、クリスマスと誕生日に来ようと思ってたーって」

「いいんじゃない? クリスマスは彩花が行ってくれることになったし、誕生日はうちも行くんだし」

「了解。それで薫ちゃんと合わせとくね」

「うん」

 来週の予定が順調に立っていく。プレゼントはまた午後から二人でお店に見に行こうという話になり、薫ちゃんと待ち合わせ時間を決めながらちーちゃんが入れてきてくれたコーヒーを飲んだ。

「そういえばさ」

「うん?」

「昨日、薫ちゃんが来てくれたじゃん?」

「ああ、うん」

 昨日、私は一人で暖の面会に行った。もともとはちーちゃんと一緒に行こうと言っていたが、ちーちゃんの職場が繁忙期なこともあって私だけで行くことになった。薫ちゃんとはその数日前から約束をしていて、約束通りの時間に薫ちゃんは病院に来てくれた。

「私がいたらあれかなーと思ってさ、暖の洗濯物もあったし洗濯しに行こうと思って。洗濯機に洗濯物放り込んで洗濯しようと思ったら柔軟剤忘れたからさ、取りに行ったら暖と薫ちゃんが話してて」

「うん」

「盗み聞きしようとしたわけじゃないんだけどつい聞いちゃってさ」

「それで、何を話してたの?」

 ちーちゃんが続きを促してくれる。私は答えた。

「たぶん、別れ話」

「え? あの二人が?」

「まあ、暖の意地っ張りだと思うけど」

「ああ……」

 ちーちゃんが驚いて、納得して。暖が薫ちゃんのことを大事にしているのは私たちも強すぎるくらい感じている。だからこそ、その大事にしたい思いが空回っているのだということも。

「別れないよ、って薫ちゃんが言ってくれてた。あまり聞くのも悪いなと思って私はその先聞いてないんだけどさ。でも、たぶん、暖がそんな話をしたのは初めてじゃないんだと思う。薫ちゃん、落ち着いてたから」

「そっか」

「うん」

 暴れている子を宥めるような、イヤイヤ期の子どもを宥めているような、そんな感じがした。あれがもし初めての別れ話だったとしたら、たぶん、あんな風にはいられない。否、薫ちゃんはしっかりしているから取り乱すことなんかないのかもしれないけど。でもあのやり取りは、どことなく初めてではない気がした。

「自分が弱くなった時には相手を突き放す。そっくりじゃないですか、あなたに」

「あー……そう、本当に……」

 ちーちゃんがにやりと口を横に引っ張っている。そう、思い当たる節があるのだ。私には。

「親子だねぇ、どこまでも」

「こんなところまで似なくていいのに」

「まったくその通り」

 ふぅ、とため息をつく。ちーちゃんは隣で笑っている。

「でも、自分が弱ってる時って本当、迷惑かけるくらいなら別れてあげたいって思ってたからな。暖の気持ちが分かってしまうだけに、なんて声かけたらいいか分かんなかった」

「暖には何も聞かなかったの?」

「まあ。私は席外してるていだったし。それに、やっぱり薫ちゃんが来てくれて嬉しかったみたいで、薫ちゃんが来てくれてる間ずーっと起きて話してたみたいだから。私が戻った時には疲れて横になってたんだよね。中に入ってほっぺだけ撫でてきちゃった」

「そっか」

「うん」

 いつもならウルトラマンの如く活動時間に制限があるようにすぐ受話器を置いてしまうのに、昨日は薫ちゃんといる間はずっと受話器を手に持っていた。薫ちゃんが来てくれて嬉しかったのに違いないのだ。

「僕が病気だから薫ちゃんに迷惑かけてる、待たせてる。入院は長引くし、これから先生きていられるか分からない。このまま僕が先に死んでしまうなら、今薫ちゃんと別れて薫ちゃんを自由にさせてあげないといけない。僕が、僕のわがままのために薫ちゃんの時間を消費しちゃいけない」

 もし、私が暖の立場だったら。

「もし私が暖の立場だったら、こんな感じの思考回路になるのかな」

 もし、私が暖の立場だったら。こんなことを考えているに違いない。もしかしたら、暖は違うかもしれないけれど。でも、少しは掠っているに違いない。でなければ、あんなに大事にしている薫ちゃんに別れ話を切り出すことなどないのだから。

「だろうね。本当、どうしてそんな思考回路になるんだろ」

 呆れた顔でちーちゃんが言った。ごめんって、と謝りながらコーヒーを飲む。

「ちょっとお灸据えてあげないといけないかな」

「ちーちゃんが?」

「ちょっとタイミング見て話しに行こうかな。今すぐだとあれだから」

「でもさー」

「うん?」

 ちーちゃんのしたいことは分かる。しかし、躊躇する気持ちが少しだけあって。

「暖、今そんなお説教聞いて大丈夫かな……」

 暖は、病気なのだ。明日死ぬかもしれないという恐怖と戦いながら毎日を過ごしている。そこまで追い込まれていなかった私でさえ、弱っていた当時はちーちゃんの言葉が痛かったものだ。暖を、傷つけてしまうことにはならないだろうか。

「彩花」

 ちーちゃんが言った。

「確かに、暖は今こんな話聞きたくないかもしれない」

「うん」

「でも、それが人を傷つけていい理由にはならないでしょ?」

「……うん」

「息子がおいたをしたら説教しなきゃ。私たち親だもん」

「そうだね」

「彩花が心配する気持ちも分かるよ。特に、彩花は暖サイドだから今こんなことを言われる痛みがよく分かると思う。でも、お互い好きなのに別れを切り出されることほど、言ってる方も言われてる方もつらいことはない。そうでしょ?」

「うん。そうだね」

 ちーちゃんは、子どもができてからたくましくなった。否、私と付き合っていた頃からたくましかったけれど、”親として”という枕詞が付くようになってからよりたくましくなった。たとえ子どもが泣くようなことになっても、いけないことはいけないのだと言える人になった。私が怯んでしまう一方で、言わないといけないことは言わないといけないといつも言っている。そんな彼女の考え方を、私は尊敬しているし、そんな彼女にいつも助けられている。

「薫ちゃんのためだけじゃなくて、暖のためにも。話しておいた方がいいと思う」

「分かった。じゃあ、お任せしてもいい?」

「うん」

 こういう話は、ちーちゃんの方が上手い。私はストレートにしか話せない上に臆病だから、きっと上手に伝えられない。しっかり考えてから言葉にしてくれるちーちゃんの方がいい。暖も慎重に物事を考えるタイプだから、ちーちゃんとの方が相性がいい。気がする。

「代わりにって言ったらなんなんだけど」

「ん?」

「薫ちゃん。彩花が話聞いてあげたらどうかなって」

「え?」

 驚いてしまった。ちーちゃんが説明を付け足す。

「暖には私の気持ち、薫ちゃんには彩花の気持ち。ね?」

「ね? って」

「よろしく」

「……分かった」

 そう言われてしまっては言い返すことができない。私は、つくづくこの松永千尋という女に弱い。

「とりあえず、薫ちゃんにアポ取ってからにするよ」

「うん」

 ちーちゃんは笑顔で、彼女の中ではもう暖にどんなお説教をするのか心に決めているらしかった。私は、薫ちゃんと対峙したとして何を話そうか少し考えを巡らせる。暖の気持ち、の代弁はとてもできはしないが、経験談をするくらいだったらできる。

「あ。彩花ー」

「んー?」

「パンツ、明日私が買っといてもいい? それとも午後プレゼント見に行った時に見とく?」

「今日と明日とで何か違うの?」

「今日だったらデパート産、明日だったらモール産」

「なにそれ!」

 思わず手を叩いて笑ってしまう。

「いつもだったらどっちなの?」

「いつもだったらモール産が多いかな。ちょっと高いやつにしてみたこともあるけど、あの子あんまりこだわりないから、なんか柄が綺麗だなって思った。って言ってたから」

「なるほどね。暖らしいわ。せっかくだから今日買ってあげようよ、誕生日なんだし。お金だったら私が出すから」

「お、本当ですかー?」

「女に二言はない」

「やったー!」

「パンツは私の奢りね」

「はーい」

 パンツひとつでよくここまではしゃげるよな、と思いながら。

「じゃあ、ご飯食べて出かけますか」

「久しぶりに外でご飯はいかがですか?」

「え?」

 たまには気晴らしに。

「たまの平日の休みなので。よければ」

 少し気取りながら。

 ちらりとちーちゃんの方を見ると、くすりと笑いながら伸びをした。

「準備してくるね」

「うん」

 準備が終わったら、出かけてご飯を食べよう。ご飯を食べたら、デパートで誕生日プレゼントを見繕おう。誕生日プレゼントが見繕えたら、暖のお見舞いに行こう。暖と会ったら、買い物をして、家へ帰ろう。夕飯を作って、咲花が帰ってきて、彩世が帰ってきて、五人で夕飯を食べよう。そしたら、それから……。

「彩花、お待たせ」

「ほーい」

 私たちは玄関の扉を開けた。

 

おわり。

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