BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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彗星 -2-

 張り巡らされた警備網を前に、竜胆は眼球運動で見つめて息を吐いた。

 最上階の一室で踏ん反り返っているであろう男の顔を思い浮かべ、心の中で悪態をつく。自らを守るために選りすぐりの人間を集めたのだろう。

 それでも取るに足りない人間たちだ。戦闘の経験はあれど、命を奪い合う経験は皆無と見て問題ないだろう。緊張感はある。竜胆に致命傷を与える武器もある。しかし、それだけだ。

 一人の警備の人間が竜胆の姿に気づき、近づく。

 

「君、ここは立ち入り禁止───」

 

 竜胆の肉体に触れようとした瞬間、意識の隙をついて繰り出された踵落としが頭蓋に振り下ろされた。爆音と土煙をあげて頭部から落下する警備員。

 体が一瞬でもピクリと跳ねたかと思うと、すぐに動かなくなり、地面を赤く汚していく。

 突然のことに思考が追いついていない警備員たちを他所にXIX拳銃をドロウ。手と銃身が一瞬輝いたかと思うと、その引き金を引いていく。

 

「極悪人の顔はしっかり記憶しておけ」

 

 全発。一人一人の肉体に()()()()()()()()的確に当てていく。

 すると、どうだろう。着弾地点を中心に膨張していき、そして肉片と血液を撒き散らしながら破裂した。

 血の雨を浴びながら前髪を掻き上げて、竜胆は監視カメラの方を睨みつけた。

 

「見ているんだろう、斉武。相変わらず自分は頂上で王様気取りか」

 

 そう言うも返答はない。そのまま竜胆は監視カメラに向けて告げる。

 

「ダンマリか。まあいいだろう」

 

 そう言って向き直った瞬間、銃声。竜胆の頬を何かが掠めた。

 見れば男が拳銃を竜胆に向けていた。どうやら、どこかに隠れていたらしい男が、一瞬の隙を狙って引き金を絞ったらしい。

 

「銃を下ろせ! 次は当てるぞ!!」

 

 今のは威嚇射撃だったようだ。その男の行動を見て竜胆は小さく息を吐いた。

 見たところ、年齢もまだ若いが、竜胆よりは歳上だ。しかし、血で血を洗う闘争の経験は皆無に等しいのだろう。銃を握る腕こそ震えていないものの、声はやや上擦っており、顔もわずかだが青ざめている。

 今の一撃を竜胆の頭部に当てればすべてが終わっていただろう。しかし、男はそれをしなかった。それが、すべての過ちだったことに気づくにはもう遅かった。

 

「───消えろ」

 

 乾いた銃声と共に何かが破裂する音が鳴り響いた。

 

 

 宗玄は苛立っていた。

 自分を守るために選りすぐりの人間を集めたというのに、このザマはなんだ。そう言わんばかりに大きなため息を吐いた。

 

「無能どもが」

 

 思わず毒付く。自分の城でなければ、所詮はこの程度か。もしここが東京エリアではなく東京エリアだったのならば、結果は変わっていたかもしれない。

 首なし死体を担ぎながら現れた竜胆を睨みつける。

 

「無能はお前だ。斉武」

 

 その顔つきはまるで再会を喜ぶかのように柔らかい表情をしていたが、普通の人間よりも僅かに細いその瞳孔は毒蟲を見るかのような冷たさを放っていた。

 人と言うにはあまりにも猛々しく、獣というにはあまりにも理性的。

《悪魔》。その二文字が竜胆にはよく似合う。

 

「どんな気分だ? 自分の要塞が足元から崩されるというのは」

「貴様ッ!!」

 

 回転式拳銃を引き抜き、竜胆に照準しようと全神経を総動員して腕を動かす。しかしそれより早く竜胆の右腕が閃き、その銃身を掴んだ。宗玄の手に握られたそれを確認すると、目を細めて嗤う。

 

「年老いて西部劇にでもハマったか、斉武」

 

 銃身を握りしめた瞬間、軋んだ金属音を撒き散らしながら銃身が捻じ曲がれ、発砲を封じた。

 そのまま死体を放り捨てた後に宗玄の肩に手を回す。そして、憤怒の表情に彩られた顔貌を見遣りながら再度口を開いた。

 

「還暦を迎えて未だに威勢がいいのは結構なことだが、性懲りも無くまた何か企んでいるみたいだな。いい加減落ち着いたらどうだ」

「……俺に、何の用だ」

 

 ───刹那、ドス黒い殺気が宗玄を呑み込んだ。

 赤い光を放つ悪魔は、一〇〇を超える人間を手に掛けたというのに、未だ血に飢えていた。殺しという快楽に飢えていた。

 

「安心しろよ。お前をぶちのめしに来ただけだ。態々殺しにきたわけじゃねえ」

 

 しかし宗玄を殺すような真似はしないだろう。宗玄は歯を噛み締めながら睨めつけるも、たじろぐような動作すらしない。そんな宗玄の姿を見て、薄ら寒い笑みを浮かべるだけだ。

 

「そう睨むなよ。ただでさえ物騒なその顔貌(ツラ)が余計に酷くなって見てられんぞ」

 

 笑いながら宗玄から距離を取り、そのまま向かいのソファに深々と座り込んで足を組む。この状況が脅威でも何でもないとそう言わんばかりに余裕の表情を浮かべる。

 そんな様子を見た宗玄は感情を昂らせ、唾を撒き散らしながら口汚く罵った。

 

「……貴様のことは噂で聞いている。英雄ともてはやされていた男が、人間を大量虐殺───今の貴様はただの犯罪者だ。愚かな男よッ」

「相変わらず臆病な奴だな。地位や名誉を話の出汁にしなければ俺と対等に会話することすらできないのか?」

 

 竜胆は宗玄の言葉を鼻で笑い飛ばす。

 ここでようやく応援が到着する。宗玄と竜胆の様子を見て銃を構えるも、この状況を見て尚、竜胆は恐怖しなかった。

 

「貴様ァ……!!」

「そう睨むなよ。真実だろ? 過去にお前の自慢の玩具を蹴散らした時も同じことを言ってやったはずだ」

「英雄と呼ばれていた貴様が、聞いて呆れる!」

「痴呆か?元より英雄なんて肩書きに興味はない。俺が監獄島にいた二年間でそんなことすら忘れたか」

 

()()()()()()()()()()()()()を細めて続ける。

 そんな竜胆の態度に納得いかなかったのだろう。護衛の一人が声を荒げた。

 

「口を慎め犯罪者風情が! この方を誰だと思って───」

 

 そして、竜胆の脳天目掛けて拳銃を照準。堪らず宗玄は一喝、すぐさま攻撃の手を止めさせようとするも、一秒遅かった。

 護衛官が引き金に手を伸ばそうとした瞬間、竜胆は凄まじい速度でXIX拳銃を照準、同時に銃声が鳴り響く。そして、拳銃を構えた護衛官は着弾地点を中心に奇妙な膨れ方をし、そして破裂した。臓器や骨がぶちまけられ、夥しい量の血液が一室を汚していく。

 銃を撃った姿勢のまま竜胆は、何も言わなくなった骸に目もくれず続けた。

 

「俺に銃を向けるということはこうなる覚悟があるということだ。理解しておけよ」

 

 そのまま護衛官たちの方へと視線を移した。

 

「今のを見てわかったはずだ。あまり余計なことは言わない方がいい。斉武を守る仕事とはいえ、死に方くらい選びたいはずだ」

「───」

「お前たちにだって大切な者がいるわけだろう。それをこんな得体の知れない爺なんぞに命を燃やす。馬鹿げてるとは思わないか?」

 

 そう言った竜胆の瞳に一瞬だけ人間らしさが現れる。しかし、それはすぐに悪魔へと戻った。

 

「ただ、選んだのはお前たちだ。俺は俺に刃向かった人間を誰一人として逃すつもりない。それは心に刻んでおけ」

 

 その言葉に触発されたように宗玄を守るように動こうとするも、この空間に支配されているせいか、体が言うことを聞かない。

 つい最近、竜胆自身を討伐するために作られた戦闘集団がものの数分で壊滅したというのは記憶に新しい。

 自分たちもこうなるのかもしれない。本能的な恐怖が、彼らを支配していた。竜胆はそんな彼らの姿を見て、気にする素振りを見せない。

 脳がそんな状況を処理しきれないまま、ただ立ち尽くすことしかできない護衛官たち。このまま動かなければ、宗玄が殺されるかもしれないというのにだ。

 目を細めて竜胆は薄く笑った。

 

「番犬のリードはしっかり握っておけ。還暦に入ったとはいえ、まだ死にたくないだろう」

 

 銃を下げながら宗玄に語りかける竜胆。

 竜胆にとって彼等は殺す価値すらもないのだろう。今この場で殺さなくても、あとで殺せる。命が数秒から数分、もしくは数時間後に先延ばしになっただけだ。

 竜胆にとって、彼らは存在を認識するほどの存在ではなかったのだ。

 

「それとも番犬共を周りに置かなければ、自分を飾り立てることすら出来ないのか? あの独裁者の斉武宗玄がそんなことはねえよな」

 

 凄まじい重圧に宗玄と護衛官たちは脂汗を垂らす。

 無論、宗玄自体、これが小手調べということは分かっている。現に一人犠牲になったのみで、他の護衛官は無事だ。

 竜胆は何処からか白いハンカチを取り出すと、無造作に放った。

 ハンカチは空中で広がり、柔らかい音ともに宗玄の足元に落ちる。

 

「使えよ」

 

 宗玄はハンカチに手を伸ばして、逡巡する。

 竜胆は薄く笑ったまま口を開いた。

 

「何も仕込んじゃいねえよ。単にお前の汗が見苦しかっただけだ」

「───ッ!」

 

 宗玄は歯を噛み締めながら、自身の額にこびり付いた脂汗を拭う。

 想像しなかった量の汗を、ハンカチが吸い込み、その色を僅かに変える。

 ハンカチを握りしめて宗玄は堪らず竜胆を睨めつけるも、件の竜胆は顔色一つ変えず、むしろこの状況を楽しんでいるようにすら見えた。

 生殺与奪の権利を完全に握られてしまっている。しかし、ここで沈黙を貫くのは国家元首として、そして宗玄のプライドが許さなかった。

 血走った目で竜胆を睨み、そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……俺に一体何の用だ。逃亡中の身のお前が、わざわざこんな談笑をしにきた訳ではないだろう」

「ああ。簡単だ。東京エリア国家元首、聖天子は諦めろ」

「───」

 

 竜胆の口から飛び出してきた言葉に宗玄は眉を小さくあげた。

 そして、顎髭を貯えたその頬をゆっくり緩めると、先ほどとは打って違った悪辣な笑みを浮かべた。

 

「やはりお前も俺と同じ悪か。なら、話は早い。脆弱なる東京エリアを崩すなら天童菊之丞がいない今だ。そして、聖天子という傀儡を消して、俺がこの東京エリアの頂点に君臨する」

 

 刹那、銃声。護衛の一人に竜胆の凶弾が腹部に着弾。先程と同じ、奇妙な膨れ方をして爆散する。臓器や血液がぶちまけられ、血の雨が降り注ぐ中、竜胆の冷えついた声が響いた。

 

「俺の言った言葉が理解できないのか?」

 

 さらにもう一発。乾いた銃声と死の音が奏でられる。

 

「聖天子の命を狙うと言うのなら、お前がこうなるだけだ」

 

 そして忠告。余計なことをすればつぎはお前がこうなる番だという、竜胆なりの優しさでもあった。事実、護衛の命は奪っても宗玄の命までは奪っていない。

 宗玄は発しようとした言葉を飲み込んでそのままデスクの上に置かれた水に手を伸ばした。

 竜胆はそんな宗玄の様子をしばらく眺めてからもっとも、と続ける。

 

「俺がお前を止めずとも他の人間がやるだろうがな」

 

 竜胆から飛び出した、聞きなれない言葉に困惑の声を漏らす。

 

「……なに?」

「面白いやつを見つけたんだよ。天童菊之丞の周りを飛び回っていた小僧だ、お前なら知っているだろう?」

「……里見蓮太郎のことを言っているのか?」

「ああ」

 

 宗玄は信じられない、と言わんばかりに鼻で笑い飛ばした。

 無理もないだろう。他者を見下し、傲岸不遜に振る舞い、圧倒的な力を持って立ち塞がる者を捩じ伏せる。そんな(御影竜胆)が他者を評価するなんて到底思えなかったのだ。

 かつて序列五〇番以内まで登り詰めた大量殺戮兵器と、つい最近序列一〇〇〇番台にのぼった少年とでは実力に差がありすぎる。

 宗玄は訝しむように竜胆を見つめた。

 

「貴様より遥かに力の劣るあの蓮太郎(ガキ)が、この俺を止められるとでも?」

「俺の目が正しければ、あれはそういう人間だ。」

 

 その瞳はなにか眩しいものを見るように僅かに細められた。

 竜胆が考えることは宗玄にはわからない。強者には強者なりの考え方があるとは言うが、正しくそれなのだろう。

 宗玄は自分の中でそう結論付けると、竜胆の顔を見やった。

 

「竜胆」

 

 返事はない。宗玄の方へと視線を寄越すだけだ。

 益々この男らしい、内心ほくそ笑みながら宗玄は言葉を紡ぐ。

 

「俺の意思は今も変わらん。お前を監獄島に閉じ込めた東京エリアを捨てろ。先代の東京エリア統治者が存在しない今、このエリアは脆弱そのものだ。滅びの道を辿るのみ」

 

 そこで竜胆の目が伏せられる。

 

「俺とお前の力をもってすれば、お前を監獄島に閉じ込めた憎き聖天子の血族、そして天童家を根絶やしにすることだってできる。東京エリアを手中におさめたあとは、お前に東京エリアの管理を任せたっていい」

 

 竜胆は何も答えない。そんな竜胆を気にせず、宗玄は続ける。

 

「俺の下へ来い。そうすれば今以上の力を手に入れることができる!」

 

竜胆は一瞬、大きな欠伸をしてから目をゆっくりと開いた。そして、そのままおもむろに立ち上がると、宗玄の右腕を掴み、捻りあげる。

 

「戯言はそれで終わりか?」

 

 脂汗を浮かべて唐突に生まれた痛みに呻くことしかできない宗玄。そんな姿をただ冷徹に見下ろす竜胆。

 

「カスの下につくなんぞ、より反吐が出る───ああ、腕は折らないでいてやるよ」

 

 そのまま宗玄の右腕から手を離した。───交渉決裂。宗玄と竜胆の間に沈黙が降りる。

 いつまでも続くかと思われた沈黙を最初に破ったのは、意外にも竜胆であった。瞑目しながらゆっくりと口を開く。

 

「権力と暴力に縋ることで力を誇示することしかできない人間が語る理想なんて、どうせ大したものじゃない。俺もお前もな」

 

 過去に囚われた紛い物ではない。未来を渇望し、目的のためなら現在(イマ)ですら喰らう怪物。竜胆の答えに宗玄は敵意を剥き出しにして吐き捨てるように放った。

 

「……竜胆、今回は見逃してやる。だが、次に俺たちが会う時は敵同士だ」

 

 強気な宗玄の発言に竜胆は噴き出すようにして笑ってから、目を細めた。

 

「なら、今度は『新世界創造計画』でも相席させておけよ。こんな俺の足元にすら及ばないカス共よりは役に立つだろう」

「───ッ! お前、それを一体どこで!!」

「俺のやり方はわかっているはずだ、斉武。知りたければ力尽くで奪え」

 

 去ろうとする竜胆の腕を掴んだその瞬間、宗玄の眉間にXIX拳銃が照準された。

 宗玄は一瞬目を見開くも、すぐに諦めて目を閉じた。これ以上竜胆を止めるというのであれば、宗玄は確実に今この場で命を落とす。こちらを見つめてくる竜胆の瞳に負の感情は見受けられないが、怪物の考えなど理解出来るはずがない。

 宗玄はゆっくりと竜胆の腕から手を離すと、後方へゆっくりと後退し、倒れ込むようにしてソファに座り込んだ。

 ただ腕を掴み、手を離す動作をしただけだというのに、ごっそりと体力を持っていかれたような気がする。

 竜胆は小さく笑ってから、歩き出そうとして───自分がやってきた方向に武装した護衛官たちがいることに気づいた。無数の銃口を向けられている。

 罵声と絶叫を聞いてまだ立ちはだかるか。驚きよりも呆れが勝つ。

 

「まだわからないのか?」

 

 右手に握ったXIX拳銃の引き金に指をかけたその時だった。

 

「……通してやれ。そいつは俺の客人だ」

 

 力は抜け落ちているが、どこか威厳を感じさせるような、そんな声が聞こえてきた。

 

「また会おう」

 

 微笑を浮かべ、そのまま竜胆はそのまま警備網の横をすり抜け、部屋を後にした。

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