東京エリア外周区。慰霊碑の目の前に竜胆はいた。
日は既に昇り切っており、かなりの時間が経過しているのだろうと結論づける。竜胆はこの場所に随分と長い間佇んでいた。
二年ぶりに斉武宗玄と出会い、抱いた感情は高揚ではなく落胆であった。
以前出会った時と何も変わらない小さな野望に粗雑な言動。そして浅はかで我を通そうとする独裁思考。鮮明に思い出せば思い出すほど最悪な気分になる。まるで、嫌いな食べ物を無理矢理食べさせられるような気分。
「───」
実際のところ、宗玄をあそこで射殺してしまっても良かった。
だが、向こうは腐っても大阪エリアの国家元首。そんな人間が殺害されたと知れば、本格的に各国から竜胆を狙いに討伐部隊が派遣されるだろう。今はまだ東京エリアは竜胆が脱獄していることを隠しておきたいはずで、ならば必要以上に暴れることは避けなければならない。
いずれにせよ、宗玄を抹消することは確定しているため、それを先延ばしにしただけだけなのだが。
───その時、あの男はどんな顔で喚くのだろうか。
自分の顔が獲物を狩る肉食動物のように歪んだのを感じた竜胆は、身体の中に住まう怪物に自分が振り回されてることを理解してか、目に見えて嫌そうな表情を浮かべた。視線を戻した竜胆は、慰霊碑に映った自分の姿を見やった。
眉付近まで伸びた黒い頭髪に、その間から覗く猫のように瞳孔が鋭く細長い赤色の瞳。白いワイシャツを着崩し、動きやすいように戦闘用に調整した黒いブラックスーツに同色の黒の編み上げのブーツ。数年前とほぼ同じ出立ちだが、僅かに違う装い。そんなことに気づくのは、あの女だけだろう───。
慰霊碑から視線を外した瞬間、ポケットの中に捩じ込んだ携帯端末がけたたましく鳴り響いた。
一瞬無視を決め込もうかとも考えたが、すぐに諦めてコールボタンを押した。
『───竜胆様、今何処に?』
「外周区にある慰霊碑の前だ。そう言うテメェこそどこほっつき歩いていやがる」
『あのですね、それは私の台詞だったんですけど』
欠伸を噛み殺しながら譫言のようにボヤくとアリアの不服そうな声が電話越しから聞こえてくる。そんな彼女の声を無視して、竜胆は被せるようにして続けた。
「それで?わざわざこんなことを話に俺に電話しにきたわけじゃないんだろ。とっとと要件を話せ」
『……』
「話さないのなら切るぞ。俺も別に暇じゃないんでな」
『……斉武宗玄は未だ聖天子の命を諦めていません。彼女を殺し、自分が東京エリアを統治するつもりでいます』
「百も承知だ。あの男が俺の脅し一つで撤退するような奴なら、大阪エリアの国家元首なんてやれないだろうよ」
竜胆が即答すると、アリアが小さく息を漏らした。人間のことなんて興味ないという顔をいつもしているというのに、意外と人のことをよく見ているのだ。
寧ろ、人のことを見ているからこそ、興味がないと言う発言が出るのかもしれないが。
『恐れを知らない人ですね。彼はまだ動くと思いますか?』
「はっ。斉武宗玄だぞ?これで諦めるようなタマなら、国家元首なんてやれないだろうよ」
『にわかに信じたいですが、竜胆様はそう思うのですか?』
「嗚呼、あいつはそういう男だ」
もちろん、表だった行動をしないというだけであって、裏ではありとあらゆる手段を用いて東京エリアを自分の手中に収めようとするだろう、という意味なのだが。
たった一度の妨害で諦めるようなら、大阪エリアの国家元首なんて務まるはずがない。ただ危険な現場には顔を出さない、ただそれだけをすればいい。
これから先、宗玄の行動は探りにくくなることだろう。
『引き続き、私は斉武宗玄の情報を追います』
「それは必要ない」
ならば次は別の行動を起こすべきだ。
燃え盛る炎のような瞳を閉じながら呟く。
「お前がするべきは序列98位の『
聖天子の護衛。その言葉でアリアの声のトーンが目に見えて落ちる。数秒の沈黙。僅かな息遣いの後にアリアは怒りの籠った声で竜胆に訊ねた。
『なぜ、私が彼女の護衛を?』
「今はまだあの花は必要だ。穢れを知らないあの女には、純真無垢なお飾りでいてもらわなければ困る」
『───』
アリアはしばらくの間、唸りながら何かと戦っているような声を漏らしていたが、やがて諦めたのかため息混じりに呟いた。
『わかりました。彼女の護衛は私が行います。あと野良、ですか』
「ああ。何処ぞの馬鹿がこのエリアに招き入れているはずだ。かつて掲げた、俺を殺すという妄言を達成するためにな」
檻から逃げ出した猛獣を殺害する為に、態々外来種を海外から寄越したのだ。その事実を認識させられるだけで、自分が「人」ではなく「怪物」のして扱われていることを再確認するが、気にするような問題ではない。
「龘アリア。初めての命令だ。動けるな?」
『───なんなりと。私がすべきことはなんですか?』
「害獣駆除だ。一匹たりとも生きて返すな」
切電し、数キロメートル先に聳え立つモノリスの城壁に視線を移す竜胆。
「テメェがわざわざ寄越した害獣どもと
自分を殺すためだけに態々海外から呼び寄せた部隊がたった一人の少女に、しかも『呪われた子供たち』に壊滅させられたと知った時、あの男はどんな反応をしてくれるだろうか───そんなことを考えながら、竜胆は慰霊碑を後にした。
書かないと書きたというものは次第に忘れていくものです。
箇条書きに書いていたものがまだ残っていたので投稿しました。またしばらく期間が空くかと思いますが、気長に待っていただけると幸いです。