BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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お久しぶりです。


星海 -2-

 星に願えば夢が叶う。そんな夢物語を数年前は思っていたような気がする。

 ティナは夜空を見上げながらふと、そんなことを考えた。

 まだ冷たさが残るコンテナに続く道を歩きながら、上を羽織ってくるべきだったか、そう考えた時に誰かにぶつかった。

 

「すみません。余所見をして……」

「ティナさん。お久しぶりです」

 

 一瞬自分の名前を呼ばれたことに身構えるも、そこに居たのは以前、出会った少女だった。黒いセーラー服に真紅のマフラー。背中にはギターケースを背負っており、側から見ればギター教室から帰宅途中の少女だった。

 少女は、笑いながらティナの方に近づいてくる。ポリスではない。しかも年齢は自分と同じくらいだ。顔を見られたところで何も───

 

「こんな時間にどうしたのですか?」

 

 ───どうして、自分と同い歳くらいの少女が、夜中に出歩いているのだろうか。

 咄嗟に後方に跳躍、少女から距離を取る。避けた瞬間、ティナが立っていたところを鈍い光が反射する金属の塊が叩き込まれた。サイズは13cmほど。後部が輪状になった爪のような形をした刃物。苦無である。

 地面に突き刺さったそれを引き抜きながらアリアはへえ、と呟く。

 

「流石ですね。黒い風(サイレントキラー)。まさかとは思いましたが、先日のアレは演技でしたか」

「……どこでそれを」

「序列98位の怪物、有名ですよ?そんな人が眠気を堪えながら聖拠の周りをぐるぐると偵察だなんて───」

「……あなたにその二つ名で呼ばれる筋合いはありません」

 

 ティナは冷静に、しかし警戒を露わにして答えた。

 冷たい風がコンテナ街特有の鉄錆の匂いを運んでくる。夜空は相変わらず星を瞬かせているが、その光は今のティナには何の慰めにもならない。頭の中で警鐘が鳴り響く。

 この少女は───自分にとっての敵だ。

 

「まあ、そう頑なにならずとも。私もあなたと話すためにこんな時間に出歩いているんですから」

「……」

「あ、そうだ。改めて、私は龘アリアです。名乗っていませんでしたよね、これではじめましてじゃなくなりましたよ」

 

 アリアと名乗るその少女は、楽しそうに笑う。彼女の明るく朗らかな笑みは、深夜の街灯の光の下では一層無邪気で可憐に見える。しかし、その顔を縁取るのは人形を思わせる恐ろしいまでに整った顔立ち。そして、その瞳は何もかもを見透かしているかのように冷たい翡翠色を湛えていた。

 

「私と話すため、ですか」

「ええ、話すためのお時間を私にくださいな」

 

 ティナはコンテナの陰に身を寄せながら、周囲の状況を把握しようと努める。夜中のコンテナ街。当然のことながら人気はない。武器もナイフとハンドガンのみ。幸い、ナイフ戦闘術は得意分野ではあるが、自分と同類の、しかも何の因子を持っているかもわからない少女相手に切り掛かるのはいい選択ではない。

 ティナはアリアを睨めつけながら口を開いた。

 

「答えはノーです」

「それは残念。でも、貴女の腕は正しく評価しているんですよ?先日の聖天子襲撃の件。あれは素晴らしい腕でした。邪魔さえ入らなければ貴女の任務は成功していたことでしょう」

 

 アリアの言葉に、ティナの瞳がより一層鋭くなった。

 

「その情報を一体どこで?」

「教えませんよ。貴女が私とのお話に付き合ってくれるのならば、話は変わりますが」

 

 ティナは、自分の本名と二つ名を知り、さらに自分の戦闘スタイルまで把握しているこの少女に対し、最大級の警戒を払った。

 

「あなた、何者です」

 

 ティナの質問に少女は顎に指を当てて考えるような素振りを見せてから、大袈裟な動作で手を打った。

 

「通りすがりのギターガールです」

「嘘ですよね」

「はい。ギターなんて弾けませんし」

 

 少女はやれやれと首を振ってから、目を何度か瞬かせ表情一つ変えずに続けた。

 

「モデル・レオの通りすがりのイニシエーターです。ああ、別に覚えておく必要はありませんよ。『呪われた子供たち』の名前は記号。あってないようなものです」

 

 刹那、アリアと名乗るの少女の瞳に炎が宿る。赤く、紅く。世界を巣食う悪魔と同じ瞳を持つ人の姿を下『呪われた子どもたち』。

 ───やはり自分と同じか。臨戦態勢に入る。

 

「お得意の小型偵察機もなかなか機能しないこの場所を変えずにここで私と戦いますか」

「……」

「格下相手に随分とご親切なことで」

 

 ティナとアリアの間に異様な空気が走る。

 一触即発。戦いの火蓋は今にも切られそうだった。

 アリアは顔色一つ変えずにティナを見つめた。ふと、花の咲くような笑みを浮かべたかと思うと、ティナの胸をアリアの手刀が貫いた。鮮明なイメージとして。

 

「……ッ!?」

 

 しかし、アリアは微動だにしていない。数メートル離れた距離だ、急接近する以外この攻撃をすることは不可能。認識するより先に身体が勝手に後方へ跳躍し、胸に手を当てる。貫かれた痕跡はない。

 

「わかっていたことではありましたが、序列二桁台に通じませんか。流石です」

 

 アリアは素直に賞賛を送るも、ティナの心中は穏やかではなかった。

 あの眼光を浴びた瞬間───明確な死のイメージを植え付けられた。あと一秒でも回避に遅れていたら、本当に同じような状況に陥っていたかもしれない。

 恐らくアリア自身はただプレッシャーを放っただけなのだろう。事実、プレッシャーを浴びせることによって相手の動きを鈍らせる人間はいる。今までくぐりぬけてきた死線の中にもそれを行ってきた人間もいた。しかし、それはあくまで動きを鈍らせる程度で明確な痛みを与えてきた人間は今までにはいなかった。

 感触が、喪失感が脳裏に刻まれて消えることがない。冷や汗が額から頬を伝って地面に落ちる。

 

「あなたは……」

 

 頭の中で警鐘が鳴る。万全ではない状態でこの場にいるのはまずい。

 しかし、この少女が果たして自分を見逃すだろうか。

 そんなティナの思考を他所に、アリアは続けた。

 

「そんなに警戒しないでください。さっきも言ったでしょう?私は貴女とお話がしたくてここまで来たんですよ」

「お話をしに来た人間が、死のイメージを人の頭に植え付けますか」

「こうでもしないと、貴女は話を聞いてくれなさそうでしたから。こう見えて私は貴女のことが結構好きなんですよ?」

「……信じられませんね」

 

 ティナは吐き捨てるように言った。身体は未だ強張り、痛みが全身を駆け抜けている。植え付けられたのはあくまでイメージだが、確信をもって言えることは過去に彼女はこの手段で人を殺めたことがある。そうでなければ鮮明に『死』を相手に植え付けることができない。

 目の前の少女は、冗談を言っているのか本気なのか、その感情を読み取らせない笑顔が余計に不気味だった。

 アリアはそんなティナを他所に背中に背負っていたギターケースを、コンテナに立てかけるように優しく置いた。その仕草はまるで本当に大切な楽器を扱うかのようだった。

 

「これでいいでしょう?今の私に戦う意志はありません」

「……そこまで言うのならいいでしょう、話を聞きます」

「感謝します」

「それで?」

「ええ。とても簡単なことです。私と共に、星を掴み取りに行きませんか?」

 

 アリアは夜空を見上げながら訊ねる。思わず眉を顰めて「はあ?」と声を漏らした。そんなティナの様子にアリアは頷きながら言葉を続ける。

 

「我々『呪われた子供たち』は、この世界を変革を齎すために存在しています。そして、貴女のその力───『ハイブリッド』は、そのために役立つと考えています」

「変革を齎す?」

「ええ。あなたのその力を我々『イグマディア』のために是非奮ってくださいな」

 

『イグマディア』その名を聞いた瞬間、喉の奥がひりついた。

 正義や理想を語るには、あまりにも多くの血の匂いを伴う名前だ。

 

「……貴女『イグマディア』だったのですか」

「はい。それに勧誘するのなら、別に隠す必要もありませんから」

「それなら尚のこと、貴女を信じることはできません」

 

 きっぱりとそう言い放つ。

 

「ふふ、まあそうでしょう。『イグマディア』嫌われて当然の名前です。しかし、貴女が今いる場所は、本当に貴女がある場所ですか?」

 

 アリアのその質問に思わず眉を顰める。

 

「……何を言いたいのです」

「『イグマディア(わたしたち)』は貴女に本当の場所を提供できる。血で血を洗う、戦いの場所。それが我々『呪われた子どもたち』の生きる意味です」

「……くだらない。私が戦う場所は、私が決めます」

 

 ティナのその発言にアリアは口元を抑えて笑い出した。何がおかしいのです、そう訊ねるとアリアは続けた。

 

「いえ、可笑しくて。今も、エインの飼い犬である貴女が自ら戦う場所を決められるとでも?」

「───ッ!」

 

 ティナは、一歩前に踏み出した。もうこれ以上、この少女の話に付き合ってられなかった。一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

 しかし、この少女がティナを果たして逃すだろうか。

 

「まあいいです、交渉が失敗する方はわかっていました。仕方ありません、今回は引きましょう」

 

 アリアは、ギターケースに手をかけることなく、ただティナを見つめた。

 ティナ相手に警戒心を持たないのは、彼女の自信の表れか、あるいはただの挑発か。

 

「あら、驚いていらっしゃいますね。ですが、私は言いましたよ。貴女と戦いたいわけではありませんって」

 

 コンテナの隙間を吹き抜ける風が、ティナの緊張感を加速させる。

 

「しかし覚えておいてください。先ほども言ったように、私たち『呪われた子どもたち』の居場所は戦場です」

 

 アリアはそう言い切ると、まるで舞台上の役者のように、一瞬でその場に満ちていた緊張感を霧散させた。赤く光っていた瞳の色は薄れ、元の翡翠色の瞳に戻っている。

 

「本日はお時間いただき、ありがとうございました」

 

 アリアは、コンテナに立てかけていた黒いギターケースを肩に担ぎ直した。その動きは軽やかで、先ほどまでティナの命を脅かしていた死のイメージの源が、本当にこの少女だったのか疑わしくなるほどだ。

 

「今日は、お話ができてよかった。貴女の任務がうまく行くことを、そして近いうちに『イグマディア』に加わってくれることを、心より願っております」

 

 アリアは満面の笑みを浮かべていた。それは純粋な少女の笑顔に見えたが、同時に薄寒さを覚えた。この少女は、自分が『イグマディア』に加入することを信じて疑っていない。

 ティナからの返事を待つことなく、アリアは背を向ける。

 

「ではまたお会いしましょう、ティナさん。その時までに、あなたが星に願う夢が変わっているといいのですが」

「……私は二度と会いたくありませんよ」

「あら辛辣」

 

 赤いマフラーが夜風にひらめき、アリアの姿は瞬く間にコンテナの影へと消えていった。足音さえ残さず、まるで最初からそこにいなかったかのように。

 ティナは、アリアが完全に去った後も、しばらくその場から動けなかった。冷たい汗が額から顎へ伝い、地面に落ちる。

 アリアが立っていた場所には、甘い匂いだけが残っている。夜空は相変わらず静かに星を瞬かせているが、その光は、ティナに偽りの理想を押し付ける烙印のように感じられた。

 

「星に願う、夢……」

 

 胸に残る、手刀で貫かれたような明確な喪失感。あれは、ただのプレッシャーではなかった。アリアの瞳は、ティナの死のイメージを具現化させ、彼女の身体に錯覚として刻み込んだのだ。

 

「……何が、夢ですか」

 

 ティナは小さく呟くと、夜空から目を外し、自分のコンテナへ続く暗い道を歩き出した。しかし、彼女の脳裏には黒いセーラー服の少女が指差した星の光が、いつまでも残像として焼き付いていた。




つい最近交通事故に巻き込まれたので書きました。
それにあたり、ちょっと竜胆の以前のビーストとかその辺りだけ少しだけ変更加えました。その他の変更ありません。


↓作中用語


IGMADIA(イグマディア)
ガストレア戦争終結後に特定の領域を実効支配し、既存の国際秩序に対し、武力をもって対峙する武装国家組織である。国際社会からは狂信的なテロリスト国家として断罪され、最高度の警戒対象とされている。
社会から「烙印」を押された「呪われた子どもたち」こそが、旧来の人類に代わって世界を統治する資格を持つと主張。彼らを頂点とする真の楽土(アルカディア)の実現を掲げている。
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