BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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竜胆のセリフの修正『2021/04/02』


魔人

 ───とある科学者は言った。

 彼の男に未来は与えてはならない。明日を夢見ることを許してはならない。

 男がその事実から目を逸らそうとするほど、その現実は目前にやってきた。

 男には、地獄に堕ちる以外の選択肢は残されていなかった。

 

 だから男は自分の中の人間性を捨て、鬼となった。

 それが鬼に残された、たった一つの生き残る術だったのだ。

 

 

「入るよ、竜胆」

 

 ノックもせず自室の扉をあけられた竜胆は、不機嫌さを隠そうともせず、入ってきた金色の髪の少女を睨みつけた。

 

「……今日の仕事は終わった筈だ。用がないならとっとと失せろ」

 

 自室のソファでワインを煽っていた竜胆の目前に少女は椅子を置くと、その目前に座り込んだ。丁度見ていたニュースが見れなくなってしまい、邪魔だと言うも少女はどこうとしない。

 

「おい」

「話したらすぐ出るから。付き合ってよ」

「俺は話したくねえと言ってるんだ」

「竜胆はさ、ここでは無い別の世界に行けたら何をしたい?」

 

 ワイングラスを投げつけてやろうと振りかぶった腕を止め、竜胆は少女の言葉に疑問の声を漏らした。

 

「……ガストレア(バケモノ)共が存在しない世界に、そういうことを言っているのか?」

「そうそう。この侵略者(インベーダー)たちが蔓延らない、人間と動物たちの世界。つまりは私が産まれる前にあったと言われてる過去の世界。もしそんな世界に行けるとしたら、竜胆はどうしたい?」

 

 竜胆は、ネクタイを弛めながら天井を仰いだ。

 竜胆にとって過去も現在変わらないのだ。

 目前の少女くらいの年頃の時には既に武器を片手に数え切れないほどの人間を手にかけていた。

 ウィルスによって怪物(ガストレア)に変貌した人間ではない。見ず知らずの人間だっていたし、親しくしてくれる人間だって少なからずいた。

 

「……」

 

 嫌な記憶を思い出した、と竜胆はワイングラスを煽った後、僅かに首を振った。そして小さく息を吐いてから目前の少女を見つめ直す。

 

「なら聞かせろ。お前は一体、どうしたいんだ」

「どうしたい、とは?」

「ああ、俺にそんなこと聞くということは、さぞ大層な夢を持っているんだろう」

「……私の、夢……はそうだな」

 

 少女は一瞬目を閉じてから、その面持ちをゆっくり上げて竜胆に笑いかけながら言った。

 

「私は、海を自由に泳いでみたい」

 

 そんな少女の言葉に竜胆は堪らず吹き出した。

 

「はっ!笑わせるなよ、まだ一〇も行ってないクソガキが、随分とちっさな夢だな!!」

「ちっさくなんかない!」

 

 嘲笑った竜胆に腹を立てて立ち上がった少女は立ち上がる。

 しかし竜胆が真正面から威圧すると、若干たじろぐような動作を見せてから少女は渋々椅子に座り直した。

 

「……だってほら、海ってガストレアだらけじゃない?」

「浅瀬なら問題ない。それに泳ぎたいなら市民プールにでも行きゃいいだろうが」

「私は海の中を見たいんだよ。写真とか映像じゃなくて、本物の海。サンゴ礁とか、魚の群れとか」

「贅沢言うな」

 

 真っ向から否定しにかかる。そんな竜胆の様子に苛立ちを隠せずにいた少女は椅子を竜胆に近づけた。

 竜胆の眉間の皺が一層深くなる。

 

「邪魔だ」

「……ねえ、竜胆も教えてよ。もしこんな世界じゃない、別の世界に行けるなら何をしたい?」

「今と変わらない。今まで通り人間だろうとガストレアだろうと邪魔なものはすべて消す。それだけだ」

「じゃあ、こうしよう。殺す必要がなくなったら。竜胆はどうしたい?」

 

 そんな質問が来るとは思ってなかった竜胆は手にしていたワイングラスを思わず握り潰してしまう。中に入っていた年代物のワインが、竜胆のシャツを汚していく。

 

「あーあー勿体ない。高かったんでしょ、それ」

「……チッ」

 

 舌打ちをつきながら竜胆は真っ赤な液体が滴る自分の掌を見つめてから、瞑目した。

 

「……さあな。退屈しなけりゃなんでもいい」

「あはは、何にも思いつかなかったんだ?」

 

 何も言い返せなかった竜胆は、ボトルに入ったワインを一気飲みする。

 そのまま不貞腐れたように目を背けた様子を見て、少女はクスリと笑った。

 

「じゃあさ、答えが出たら教えてよ。ね、竜胆」

 

 そう笑いかけてくれた少女に、なんて言葉を返したのか。どういう表情を浮かべていたのか。

 もう、何も思い出せない。そして、数年経った今でも俺はその答えを出せずにいる。

 

 

 

 

 

「……、…… ───ッ!」

 

 嫌な汗にまみれて竜胆は目を見開いた。

 飛び上がって周囲を見渡すと、独房とは違う生活感溢れる部屋が竜胆の視界に飛び込んできた。

 

「……ここは?……ああ、そうか」

 

 そういえばと竜胆は思い出した。

 監獄島を爆破してから、既に数日が経過していた。アリアに言われるがまま案内された竜胆は、そのまま備え付けのソファに転がり込んで───そこからの記憶が一切ないことに気づく。外出もしていないのに加え、情報収集等もろくに出来ていないため寝ることしかしてないの方が性格もしれないが。

 額にこびりついた脂汗を手の甲で拭うと、消え入りそうな声で呟いた。

 

「……また───同じ夢か」

 

 恐らくは自分が民警として働いていた時の記憶だろう。だが、その少女の顔と名前がまるで思い出すことが出来ない。

 医師曰く、頭部に突き刺さったまま摘出できていない無数の破片が脳に支障をきたしているらしい。そのせいか、記憶も曖昧で朧気だ。

 今はまだ辛うじて覚えているが───時間の問題だろう。すべて燃え尽きて戦うだけの怪物になるのはそう遠くないはずだ。

 寝る前に着替えたワイシャツの袖を捲り、一息つく。

 

「……ッ!」

 

 そこで漸く視線に気づいた竜胆は、殺気の籠った瞳で視線が向けられている方を振り向いた。

 そこに居たのはビニール袋を片手にギターケースを背負ったアリアだった。

 アリアは一瞬目を丸くさせていたが、直ぐに歳不相応の表情を浮かべると、人差し指を自身の唇に当てた。

 

「一〇数時間の眠りからおはようございます、竜胆様。おはようのキスしてあげましょうか?」

「小便くせぇただのくそ餓鬼が、戯言ほざいてんじゃねえよ」

 

 顔立ちは悪くないのだが、如何せん年齢の差が大きい。訴えでもされたら確実に敗北するだろう。

 

「まあ。減るものじゃないでしょう?こんな美少女にモーニングキスしてもらえるなんてそうそうありませんよ?」

「鏡を見て来い。もしそいつを名乗りたいのならあと四年は老けて出直してこい」

「四年経ったら竜胆様は二八……なんということでしょうか、犯罪臭がさらに酷くなりますね。尚更した方がいいと私は思いますけどね」

「そんなくだらねえことほざいてるんじゃねえ。俺はしないって言ってるだろ」

「私の育った環境ではこれくらいは普通なんです」

 

 得意気な表情を浮かべながら顔をほころばせて言うアリアを見て、竜胆は怒気を放った。

 

「いい加減にしろ、殺すぞ」

「わかりました」

「……」

 

 物分りがいいのか悪いのかよく分からない。それがアリアに抱いた印象だった。

 武器が手元にあれば今すぐにでも殺してやりたいところだが、生憎と竜胆の手の届くところに武器がない。それでもやろうと思えば殺せるのだが、それは後々面倒なことになるので、なるべく考えないようにする。

 

「……」

「なんです?」

「なんでもねえよ」

 

 竜胆はアリアの顔を数瞬睨めつけてから、彼女の装いに気づいた。

 戦う気がまるでないのである。

 赤いマフラーに黒いダッフルコート。その下はセーラー服、タイツはガーターベルト留めされているコスプレ紛いの服を着こんだアリアは、伊達眼鏡に縁取られた瞳*1を何度も瞬かせながら呟いた。

 

「どうです?私の数ある服の中で割とお洒落な部類に入る服です」

「……。やる気あるのか?」

「デザインは重視していますが、組織に作らせた戦闘もできる便利服ですから、その辺はご心配なく」

 

 言いながらアリアは手に持ったビニール袋を竜胆に手渡してきた。

 中を見やると、無数のおにぎりと500mlのペットボトル。竜胆は無言でそれらに手を伸ばすと食べ始めた。

 

「……礼は言わんぞ」

「大丈夫です。これも経費で落ちますから」

 

 言いながらアリアは竜胆の真横に座って一言。

 

「さて、一段落ついたところで」

「俺はついてないが」

「自己紹介をしませんか?」

「……」

 

 竜胆は明らかに鬱陶しげな表情を浮かべ、黙々とおにぎりを口にしていた。

 アリアはビニール袋を掻っ攫うと再度言い放つ。

 

「自己紹介をしましょう。竜胆様」

「……ナンセンスだ」

 

 不快感を一切隠そうとせず、竜胆は舌打ちをついた。

 

「そんな態度をとってもダメです」

 

 アリアは胸を張りながら言う。

 

「いいですか、私たちはこれから一心同体。つまりパートナーなんです。ならば、お互いのことをちゃんと知っておく必要がある。違いますか?」

「それがどういう経緯で自己紹介に繋がるのか、理解に苦しむな」

「言葉を使って自己紹介をする。それが人間に許された行為だからですよ、竜胆様」

 

 執拗に迫ってくるアリアに気圧されながらも、しばらくどうにか逃れようとしていた竜胆だったが、やがて諦めたのか小さく息を吐きながらやれやれと首を振った。

 

「自己紹介は勝手にしていろ。話だけは聞いてやらんこともない」

 

 竜胆がそう言うなり、アリアは飛び上がるように立つと、姿勢を正して自己紹介を始めた。

 

「私の名前は(たいと)アリア。年齢は内緒です。好きな食べ物は和菓子で嫌いな食べ物はありません。身長145cmで体重は秘密です。スリーサイズも内緒です。そして一応モデル・レオのイニシエーターということになっています」

「……」

 

 頭が痛くなりそうな自己紹介だった。

 実際、アリアについて分かったのは名前くらいだった。互いのことをよく知った方がいいと言いながらこの少女は自らの情報をまったく公開しなかった少女に、なんとも言えない感情を抱く竜胆。

 そんな竜胆の様子に気づいていないアリアは、満足げに数回頷くと、目を瞬かせた。

 

「……さて、次は竜胆様です」

「その前にひとつ聞きたいことがある」

 

 竜胆はうっすらと目を細めた。

 

「はい、なんでしょうか?」

「なぜモデル・ライオンと言わない?」

 

 レオはラテン語でライオンという意味を表す言葉だが、なぜそれを用いてきたのか分からない。竜胆は眉間に皺を寄せながら訊ねる。

 アリアから返ってきた答えは、なんとも言えない答えだった。

 

「それなら簡単です」

「言ってみろ」

「レオの方が格好いいじゃないですか」

 

 胸を張りながら答えるアリアに、竜胆は呆れたように息を吐いた。

 そんな竜胆の様子に気づいていないのか、アリアは続ける。

 

「それにしても日本人は面白いですよね。ライオンより獅子の方が読み方も書き方も格好いい。なのになぜ日本人は獅子ではなくライオンと呼ぶのか。理解に苦しみま───あいたたた」

 

 途中で言葉を遮られたのは竜胆に頭を掴まれたからである。

 万力のごとき力で掴まれたアリアは必死に竜胆の手から逃れようとするが、まったく逃げれる気配がない。

 竜胆は赤い瞳をアリアに向けて、黙れと言わんばかりに睨めつけた。

 

「龘アリア。お前の頭をこのまま握り潰してもいいんだぞ」

「予想の斜め上の答えに驚きが隠せません痛い痛い本当に割れちゃうんですけ───いたたた、本当に割れてしまいますって」

「そのまま割れてしまえ」

 

 このまま握りつぶしてしまおうかと考えたその時だった。

 外から爆音が鳴り響いた。

 竜胆はそちらへ目線をやり、その隙にアリアは竜胆の拘束から逃れた。

 頭の形が変わりました、だの責任とって下さいだの喚いているが、竜胆は無視して音のした方を見つめ続けていた。

 そして。

 

「おい」

「あ、はい。なんでしょうか」

「ここに戻ってくるまでの最中、何か見たか」

「何か、ですか?」

「ああ。些細なことで構わない」

「そうですね。パトカーに警察官と……学生服を着た人がいたような気がします」

「……ガストレアか」

 

 竜胆は口の端を歪めると、小さく呟いた。

 

 

【魔人/Demon】

 

 

 走り去っていく少年の影と、その後ろを仔犬のようについていく少女の影を見ながら、多田島は小さく息を吐いた。

 

「……モヤシ、だと?」

 

 助けてもらった礼でも言おうと思ったのだが、その言葉のせいか馬鹿馬鹿しくなっていた。

 呆れたような表情を浮かべながら煙草に手を伸ばそうとしたのその時だった。

 

「……!!」

 

 途方もない寒気を多田島を襲った。鋭利な刃物で全身を串刺しにされたような鮮明なヴィジョンが脳裏を横切り、手にしていた煙草か手のひらから零れ落ちる。

 身体に痛みが走っていないとはいえ、脳裏に焼き付いた光景はそうそう消えるものでは無い。

 強ばった体からは脂汗が滲み、金縛りにあったかのように動くことが出来ない。

 世界を滅ぼす者、と名乗った仮面の男とはまた一味違った形を持った殺意。これだけのものを放てる人間とは一体───

 

「爆音がした割には……随分と静かだな」

 

 低く錆び付いているがよく通る声が静かな住宅街に鳴り響いた。ただ一言口にしただけだと言うのに、多田島の緊張感が跳ね上がる。

 カツカツと靴底を鳴らしながらそれは此方へと着実に近づいていた。

 

「……ッ?!」

 

 立っていたのは黒髪の青年だった。

 ブランド物のスーツに黒の編み上げブーツ。その上から黒革のロングコートを羽織っており、髪の襟足には赤と白の羽のエクステが付けられていた。

 

「ガストレアは───なるほど、どうやら一足遅かったらしい」

 

 黒い頭髪の間から放たれる眼光は明らかに人間(ヒト)のそれとは違う、異質のものだった。

 夕暮れ時で辺りは暗くなってきているというのに、紅色の瞳は爛々と輝いており、数メートル先でも強力な圧力を感じる。

 視線に込められていたのはガストレアが既に倒されていたという落胆だろうか。青年は周囲を一瞥した後、腕を組んだ。

 多田島は青年が放つ圧力に押し潰されそうになりながらも、僅かに口を開くことに成功する。

 

「……他の、他の警察官たちはどうした」

 

 ここら一帯の封鎖はまだ解いていない。感染爆発(パンデミック)を防ぐ必要があったからだ。

 人が入れないよう、多田島以外の警察官が見張っていたはずなのだが他の警察官は一体どこに───

 

「ああ、邪魔だったんでな。ちょっと道を開けてもらった」

「殺したのか……!?」

「安心しろ、命までは奪ってねえ。寝てもらっただけだ───にしても無駄な時間を使っちまったな。せっかくの祭りだと思ったんだが……とんだ無駄足だ」

 

 青年が何かを言っているが、耳に入らない。

 この異様な緊張感は一体なんだろうか。先程対峙したガストレアの方がまだ優しいと思えるくらい、目前の青年の存在は異質だった。

 何とか口に溜まった生唾を飲み干し、青年が次にどう動くか様子を見る多田島。

 青年は数秒考えるような素振りを見せたが、大きな溜め息を吐くと多田島の横を素通りする。

 

「お勤めご苦労様。俺はここで失礼させてもらうとしよう」

 

 青年は再度ガストレアの死体を一瞥すると、舌打ちをしながら現場から立ち去ろうとする。

 

「……待て!」

 

 距離が少し離れたことにより、幾分か圧力が薄れ、動ける様になると同時に多田島は青年に近づいてその肩を掴もうとした。

 

「砂利が」

 

 肩に触れる瞬間、振り向きざまに放たれた回し蹴りが多田島の腹に炸裂。

 今まで感じたことの無い衝撃が多田島の身体を駆け抜け、突風に煽られたボロきれの如く吹き飛ばされ、数メートル先のパトカーに直撃。警告灯が点滅する。

 青年は興味無さそうに多田島を見つめてから言い放った。

 

「その捕まえようとする意思だけは認めてやる。だが、お前のその行動は無意味かつ無価値だ。大人しく見逃してりゃ痛い目見ずに済んだのにな」

「……テ、テメッ!」

 

 堪らず息を吐き出すと、唾に血が混じっていた。今の直撃で肋骨が肺に刺さったらしい。

 霞む視界で青年を睨めつけながら多田島は呻いた。

 

「お前は、一体……」

 

 青年はすかさず答える。

 

「獣だよ。それもただの獣じゃねえ。文字通り地獄に落ちた、な」

「地、獄?」

 

 青年の言葉に眉を顰める多田島。

 

「嘘だと思うなら信じなくてもいいさ。どうせお前のような国家の狗には関係のないことだからな」

*1
要は謎のヒロインXオルタの装備




精神的に、竜胆は安定していないです。

次回『紅蓮:Crimson』

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