BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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蒼碧

 雨の匂いと血液の匂いが鼻腔をくすぐる。

 蓮太郎は手錠のついたケースをガストレアから引き抜くと、数歩あとずさった。

 雨の音と木々の揺れる音だけが不気味に鳴り響く。一刻も早く、これを手放してしまいたい。そして、おかしな事に気づいた。

 そろそろ他の民警が到着してもいい頃合なのに誰一人としてやってこないのだ。なにかトラブルでも起きたのだろうか───瞬間、得体の知れない寒さが蓮太郎たちを襲った。

 

「遺産の回収ご苦労様」

 

 錆び付いているがよく通る声。言葉の一つ一つに何か別の意味が込められていそうだ。

 蓮太郎たちが硬直しているうちに、その男は闇の中からゆっくりと姿を現した。

 全身黒い出で立ちに、闇の中からでもその存在を遺憾無く発揮する赤い瞳。

悪魔。その二文字が蓮太郎の頭を過ぎる。

 冷や汗が止まらず、細胞の一つ一つが「逃げろ」と警鐘を鳴らしていた。ガストレアと対峙した時の方がまだいいと思ってしまうくらいに、この男は異質だった。蓮太郎は肩で息をしながら、後退る。

 

「そう怖がるなよ」

 

 前髪から覗く真っ赤な瞳には殺気らしい殺気など存在しないのに、強烈な圧を感じる。なにより視線に込められているものが分からないのだ。喜怒哀楽、すべて抜け落ちているのではないかと感じてしまうのも無理はないだろう。

 ぬかるんだ地面を歩きながら男は言う。

 

「おい」

「……なんだ」

「穏便に済ませたいか?」

「……そりゃあな」

 

 蓮太郎の答えを聞いた男は、「なら話は早い」と呟いてから続けた。

 

「だったら、そいつを渡してもらおうか。そうしたらお前の命は取らないでおいてやるよ」

「……!」

 

 言葉を失うと同時に理解する。こいつは、敵なのだと。

 増援が来るまで、時間を稼がなくては───そんな蓮太郎の思考回路を見透かすかのように、男は悪辣な笑みを浮かべながら、嘲笑うように言葉を吐いた。

 

「救援なら期待しない方がいい。ここら一帯の民警は大体片付けた」

「なんだと……ッ!?」

「運が良ければ生きてるかもな。最も、二度と現場復帰は出来ないようにはしてやったが」

 

 男は腕を組んで赤い瞳を細めた。よく見れば体の至る所に返り血が付着しているのを見て戦慄した。

 XD拳銃をドロウしようとするも、体が思うように動かない。男はそんな蓮太郎を見つめながら再度訊ねた。

 

「さあ、どうする。選択肢は二つだけだ」

 

 そいつ、恐らくはこの中に入っている中身のことを男は言っているのだろう。蓮太郎は生唾を吞み込みながら、静かに腰を落とす。

 遠くで動けず硬直してしまっている延珠が蓮太郎の意図に気づけば、これを手に逃げてくれるはずだ。何とかして辿り着かなければ───。

 その様子を見ていた男は呆れたように息を吐いた。

 

「……。それがお前の出した答えか」

 

 蓮太郎が瞬きをした次の瞬間、男は蓮太郎の目前にいた。

 咄嗟に腕をクロスして防御の体勢に入ろうとするも、遅い。その腕を潜り抜け、赤い瞳の男は蓮太郎の首を掴み、持ち上げた。

 滅茶苦茶に暴れるが、微動だにしない。

 

「砂利の癖して、いい度胸してるじゃねえか」

 

 掴む力がよりいっそう強くなる。

 ダメだ、勝てない。そう思ったと同時に遠くにいる延珠に視線で訴えかける。自分のことはいいから助けを呼んでくれと。

 延珠は瞳を見開き硬直するも、何かを察したのだろう。泣きそうな顔で奥の茂みに消えていった。

 そんな延珠の姿を見ていた男は嘲笑した。

 

「あのモドキ、恐れをなして逃げやがったぞ。パートナーのお前を置いてな!!」

「……延珠は……そんな奴じゃねえッ!!」

 

 男は表情をを変えず、口を開いた。

 

「何が(ちげえ)ーんだ?お前がアイコンタクトで何を伝えていたかは知らねえが、あの餓鬼が逃げた事実は覆らねえ」

「……時間があれば、延珠は必ず……!!」

 

 瞬間、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。為す術もないまま背中に衝撃が走る。視界が明滅し、堪らず喀血する。

 男は蓮太郎の手からジュラルミンケースを奪い取ると、短く息を吐いた。

 

「戦わない戦士に用はない。このまま消えろ」

 

 不味い、死ぬ。そう思ったその時だった。

 男が凄まじい勢いで真横に吹き飛ばされ、数メートル先の巨木に激突。動かなくなった。

 胸元付近を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

 まさか延珠が増援を連れてきたのかと思い、背後を振り向くと、そこには仮面の怪人が立っていた。

 

「影胤ッ!?」

 

 蛭子影胤。蓮太郎たちの敵だと言った男だ。それだと言うのに、影胤は蓮太郎を守っている。一体何がどうなっているのか。

 影胤は未だ立てずにいる蓮太郎を見下ろすと、再会を喜ぶかのように口を開いた。

 

「やあ、里見くん。あの男を相手によく生き残っていたね。普通だったら死んでもおかしくないというのに」

「……あいつを、知ってんのか?」

 

 視線を向ければ、巨木に叩きつけられ、指ひとつ動かさない男の姿があった。相当な勢いで吹き飛ばされたはずなので、気絶していてもおかしくないが───。

 刹那、体全身を何かが射抜く明確なヴィジョンが蓮太郎と影胤の脳裏に過ぎった。影胤は蓮太郎から男の方に視線をずらして言い放つ。

 

「……下手な芝居はやめたらどうだい。君を仕留めていないのは攻撃を加えた私が一番理解している」

 

 影胤の言葉に男は欠伸をしながら立ち上がると、首を数回ほど鳴らした。

 吹き飛ばされて尚、無傷な男を見て、影胤はやはりダメかと呟く。

 

「……獣と言うにはあまりにも頑丈過ぎやしないかい。御影竜胆」

 

 その言葉に男はピクリと眉を動かすと「ほう」と感嘆の声を漏らした。

 

「なんだ、知っていたのか」

「まあね。そんな人間がこんな辺境の地に一体何の用だい」

 

 影胤が訊ねると、男───御影竜胆は腕を組みながら答えた。

 

「こいつを手に入れるためのレースに俺も参加している、ただそれだけだ。参加条件は蛭子影胤の挑戦状を聞いていること。そいつは別室で聞かせてもらったから参加資格は得ているぜ?」

「盗み聞きかい。趣味がいいとは言えないね」

「趣味悪い仮面つけてやがるお前に言われちまったら終いだな」

 

 肩を竦めながら言う竜胆だが、隙という隙が見当たらない。竜胆は中々仕掛けてこない両者を見兼ねて、小さく首を回してから腕を組んだ。

 

「仕方ない。俺は寛大だからな、一度だけチャンスをやる」

「……チャンス?」

「俺に一撃でも加えたら、『七星の遺産』はくれてやるよ」

「……信用できると思ってんのか?」

「信用するしないはお前らの自由だ。さあ、とっとと掛かって来いよ」

 

 竜胆がゆっくりと歩み寄ると、蓮太郎が先に仕掛けた。

 

「天童式戦闘術一の型八番……『焔火扇』!」

 

 渾身のストレート。竜胆の顔面に直撃する寸前、竜胆の掌に阻まれた。そこで何かに気づいたのだろう、竜胆は低い声を漏らした。

 

「体に仕込まれたそれを使わずして、俺に勝とうなんざいい度胸してるじゃねえか」

「……ッ!?」

 

 竜胆の発言に呆気に取られる蓮太郎。その隙に竜胆の蹴りが顎に直撃、意識が混濁する。

 

「全力を出して戦う気がねえなら、とっとと失せろ」

 

 恐ろしい勢いで吹き飛ばされる。地面を数回跳ね、何とか体勢を立て直そうとした瞬間、体が浮いた。

 ふと見れば増水した川があり、とてもではないが泳げる流れではない。

 重力に従って頭から着水する。そのまま増水した川が恐ろしい勢いで蓮太郎を攫っていった。

 つまらそうにその光景を眺めていた竜胆は攻撃を仕掛けてこない影胤に視線を移した。

 

「どうする、続けるか?」

「彼は私の友ではあるが、仲間ではないのでね」

 

 影胤はホルスターからカスタムべレッタをドロウ、引き金に手をかけるも、恐ろしい速さで近づいてきた竜胆に照準をずらされてしまう。

 

「胴がガラ空きだぞ」

 

 風切り音と共に放たれる掌底が影胤の胴に突き刺さった。

 

「……ッ!」

 

 銃を撃つ瞬間だけは斥力フィールドを一時的に解除しなければならない。このタイミングで斥力フィールドを展開しようにも攻撃を食らった今ではベクトルを逸らすことは不可能だろう。咄嗟の判断で後方へ跳躍、威力を軽減することに成功する。

 しかし、完全に威力を殺すことは出来なかったのか着地と同時に血を吐く。影胤は口の部分を拭い、流れ出る血液を見やった。

 

「バケモノか……!」

 

 今の一撃を直撃していれば、骨折どころでは済まなかっただろう。斥力フィールドを展開する暇もなく攻撃を仕掛けてくる竜胆という男に恐怖すら感じる。

 そんな影胤の思考なんて露知らず、竜胆は近くにあった一枚岩に背中を預けて腕を組んだ。

 

「まだやるか?俺は一向に構わねえぞ」

 

 その距離、実に十数メートル。この距離なら、この男のテリトリー内ではない。

 影胤はゆっくりと腕を持ち上げ、竜胆に向けた。

 

「君に……私の技を見せよう『マキシマム・ペイン』!」

 

 斥力フィールドが形を変えて竜胆に急襲する。

 竜胆の頭部から血が吹き出した。体が岩に沈み込み、肉が変形し、凄まじい音が鳴り響く。

 勝利を確信した影胤だったが、竜胆の表情はまるで変わっていなかった。

 猛烈な圧力の中竜胆はつまらなそうに息を吐いた。

 

「……その程度か。『新人類創造計画』ってのは」

「なんだとッ!?」

 

 突然、鋭い痛みが影胤の腹部に走った。予想もしていなかった感覚に地面に膝を着く影胤。

 

「だからこんな風にやられる」

 

 圧力から開放された竜胆は肩を回しながら地面に降り立った。そんな竜胆を見て影胤は堪らず叫ぶ。

 

「なにを、した!!」

「馬鹿正直に種明かしをする奴がいると思うか?」

 

 ふと腹部を見やれば何か小さな装置のようなものが取り付けられていた。そこから血が吹き出しており、それが痛みの正体だと知る。

 引き抜けば、それはナイフのようなものであり、時限式で作動するようになっていたようだ。

 

「確かにお前の盾は最強だろう。だが、銃を撃つ際には必ずその盾を解除しなければならない」

 

 嘲笑しながら竜胆は言う。

 

「残念だよ。『新人類創造計画』がどんなものかと期待していたが……期待外れもいいところだ」

 

 言いながら、竜胆は手に持ったジュラルミンケースを影胤の足元に放り投げた。突然の行動に困惑が隠せない影胤。

 

「それでも約束は約束だ。遺産はくれてやるよ」

「……なんのつもりだい」

「『俺に一撃でも与えたら遺産はくれてやる』そう言ったはずだが」

 

 確かに、そんなことを言っていた。だが、約束を守るなんて思っていなかった影胤は竜胆の行動を理解できなかった。

 

「……君がそんな約束を守る男だったとはね」

「こう見えて、俺は義理堅いんでな」

 

 口角を上げて笑い、竜胆は腰のホルスターから拳銃を右手でゆっくりと引き抜いた。やや黒ずんだ銃身に、赤いラインの入ったスライド。重厚感のあるそれはデザートイーグルだと見抜くのにそう時間は掛からなかった。

 破壊力はあるものの、実戦向きではないそれをなせ使用しているのかは分からない。と言って、決して軽んじていい代物でないことも確かだ。目前にいるこの男は、この銃をもちいて膨大な数の命を奪い去ってきたのだ。妖気のようなものが黒い銃身にまとわりついているような気すらする。

 

「安心しろ、もうだいたい分かった。お前に用はねえ。さっさと帰ってその傷を癒すことに専念するんだな」

「……巫山戯ているのかい?私がもう一度『マキシマム・ペイン』を使えば君は確実に潰れる」

「勘違いするなよ。俺はお前を見逃してやると言ってるんだ。それに───」

 

 竜胆は赤い瞳を瞬かせながら言う。

 

「俺に、同じ技は二度も通用しねえ」

 

 影胤が足を一歩前に出した瞬間、竜胆のデザートイーグルが煌めいた。そのまま銃口を影胤と竜胆が立つ中間地点に向け、そのまま引き金を絞る。

 刹那、眩い閃光が辺りを包み込んだ。

 咄嗟に斥力フィールドを展開し、防御態勢を取る。同時に凄まじい風が斥力フィールドを襲った。

 数秒ほど拮抗し合い、爆風は収まるが、閃光によって遮られた視界は中々回復しない。

 さらにそれから時間が経過し、視界が回復してきた頃。目前の光景を見た影胤は愕然とした。

 

「……これは……!!」

 

 着弾地点を中心に半径約一〇メートル。着弾地点には小さなクレーターが生まれており、そこを中心として生えていた草木が吹き飛んでいた。

 そう言えばと影胤は思い出す。何故御影竜胆という男が『(ビースト)』と呼ばれていたかを。

 自身の身体能力にモノを言わせて戦うそのスタイルからそう呼ばれているというのが一つ。もう一つは───

 

「───獣が暴れ回ったような痕跡だけが、その場に残る」

 

 後者は都市伝説的な扱いをされていたが、目前の光景を見て納得せざるを得なかった。

 伝説は、本当だったのだ。

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

 そう言って扉を開けた際にまず目に飛び込んできたのは、オットマンに脚を乗せてワインを煽っている竜胆の姿だった。

 アリアが手渡した書類には目を通してはいたようだが、問題はその扱いだ。地面に無造作に投げ捨てられ、ボロボロになっている。手間暇かけて作った書類が台無しだった。

 アリアは肩を震わせながら竜胆の方に近づこうとするも、竜胆がノーモーションでワイン瓶をアリアに向けて投擲してきた。

 避けることには成功したものの、僅かに残っていたであろう赤い液体がアリアのコートに降りかかった。

 

「うえ……」

 

 アルコール特有の匂いと独特な甘い香りがアリアの鼻腔をくすぐる。どうもこの匂いは苦手だ。

 アリアは首を振ってから酒を煽る竜胆を睨んだ。

 

「あの、ですね……」

 

 震える声で呟けば、アリアに眼球運動だけでアリアを見やってから「電話にどれだけの時間をかけてやがる」と言う。いつもの事ではあるが、今日は少しだけ腹が立った。

 しかし、怒ったところでこの男は直そうとはしないだろうし、何なら近くにいたお前が悪いと言い出す人間だ。怒るだけ無駄というものだろう。

 

「このコート、お気に入りだったのに……」

 

 言いながらアリアはコートを近くの椅子に掛けてから小さく息を吐いた。

 

「……それで、遺産はどうしたんですか?回収しに行くと言っていましたが」

 

 相変わらずワイングラスを持ったままだったが、竜胆はうっすらと目を細めた。

 

「さあな」

「さあな、って竜胆様……」

「俺が辿り着いた時には既にそこはもぬけの殻だった。文句あるか?」

「蛭子影胤に渡していましたよね」

 

 アリアがそう言うと、竜胆は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべて小さく呟いた。

 

「趣味が(わり)ぃな。最初(ハナッ)から見てやがったのか」

「私の任務は竜胆様の監視ですから」

「殺されたいのか?」

 

 アリアに殺気を浴びせかけるも、微動だにしない。

 表情筋が硬直しているのかと思うが、違う。明らかに死に対しての恐怖が欠落している。

 

「……死体の方がまだ可愛げがあるぞ」

「まあ酷い。私こうして今を一生懸命生きてる最強の百獣の王のイニシエーターの超絶美少女だと言うのに。そんなこと言うなんてあんまりですよ」

「……ダニが」

 

 竜胆は舌打ちをつきながらグラスに溜まったワインを飲み干す。

 そんな竜胆にアリアは訊ねた。

 

「どうして『七星の遺産』を蛭子影胤に渡したのですか?あのケースの中身には興味ないことは知ってましたが、聖天子様にあれを渡せば確実に株が上がったと思いますよ?」

「それをする必要はない」

「なぜですか」

「俺にとって遺産はあくまで建前だ。言っただろう、俺にはやるべきことがあると」

「……竜胆様は、一体何がしたいのですか?」

 

 アリアの問いに竜胆は一瞬、答える必要はないと言わんばかりに瞑目したが、視線に耐えきれなかったのか、それとも軽く酔っているからか、竜胆はゆっくりと喋り出した。

 

「俺が行おうとしていることは、莫大な費用と人手が必要だ。金銭面は幾らでもカバーはできるが、人間はそうもいかねえ。強い人間が必要になってくる」

 

 竜胆の言うことにアリアはなるほどと頷くも、すぐに首を傾げた。

 

「竜胆様の言う『強い人間』なら、あの蛭子影胤はちょうどよかったのではないですか?」

 

 彼は竜胆の求める強い人間であると言うのに、竜胆はそんな彼を選ばなかった。その理由がアリアにはわからなかった。

 竜胆の答えを待っていると、明らかに面倒臭そうに眉を顰めた。

 

「……龘アリア、お前の言う通りだ。確かに蛭子影胤は強い。攻撃、タイミング、そして斥力発生装置。戦闘経験も豊富だろうから、俺の足を引っ張ることは無いだろう」

「だったらなんで加えなかったのですか?」

「あの男は俺の目的を知れば、確実に邪魔しに来るはずだ。今回絡んでみてそれがわかった」

 

 竜胆は手に持ったワイングラスを小さく掲げながら言う。

 

「もしあの仮面野郎が俺に楯突こうってんなら……その時は全力を持ってあの盾ごとぶち抜くだけだがな」

 

 竜胆の掌が僅かに煌めいたかと思うと、中の液体が一瞬にして気化し、ワイングラスが粉々に砕け散った。

 砕け散った硝子片を眺めながら、アリアは小さく呟いた。

 

「……掃除」

 

 

【蒼碧/Blue】

 

 

 自分の肉体が朽ちていく喪失感に襲われながら、蓮太郎は意識を僅かに取り戻した。

 難儀しながら目を開けると、自分の肉体を蝕んだ怪物の死骸が転がっており、その目前には二丁の拳銃を握った黒い外套の男が立っていた。

 どうやらこの男がガストレアを倒したらしい。

 全身は凍えるほど冷たいというのに、呼吸だけはなぜか荒かった。

 青年が銃をホルスターに仕舞い、此方を振り向くと、青年の持つ赤い瞳が蓮太郎の視界に飛び込んできた。

 そのまま男は蓮太郎に近づくと、その顔を覗き込んだ。

 

「……目、腕、足。喰われて尚、まだ生きているか。余程生に執着しているのか、それともただの馬鹿か」

 

 なにか口にしようとするも、パクパクと口を開くだけで言葉を発することが出来ない。

 男は懐からシリンダーを取り出すと、死にかけの蓮太郎の目の前に突き出した。

 

「お前はもうあと数分も経たないで死ぬ。これだけの出血量だ。お前も薄々勘づいてるだろう?」

「……!」

「話は最後まで聞け」

 

 男はゆっくりと話し始めた。

 

「俺の手元にあるこのシリンダーは、失敗すればお前の体はたちまち腐り、骨すら残らない。だが、成功すればこの世に縛られる時間が僅かに伸びる。選べ。これを受け入れるか、それとも受け入れず殺されるか。受け入れる場合は頷くだけでいい」

 

 ───これは、まさか昔の。

 

 体を動かそうとする激痛が走った。蓮太郎にかけられた『生きろ』という呪いだけで、蓮太郎は何とか首を前に倒すことに成功する。

 男は唇の端を僅かに上げると、蓮太郎の胸元に躊躇なくシリンダーを突き刺し───蓮太郎の意識はそこで昏倒した。

 




次回『漆黒:Black』

「戦いでしか生きていることを実感出来ない人間がこうも集まってるんだ。仲良く殺し合うのも悪くねえだろ」
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