BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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漆黒

 午前三時二十五分。

 千寿夏世は目前で起きた異様な光景に硬直していた。

 体長は六メートル以上あるだろう。爬虫類特有の獰猛な顔には空洞が空いており、翼状の腕は肩口から吹き飛ばされていた。胴体にも同様の穴がある。

 御伽噺に出てくるドラゴンのような姿をしたそれは、微動だにせずただ異臭を放つ体液を体外へ放出していた。

 ステージIVガストレア。仮称としてここはドラゴンと名付けるとしよう。恐らく鳥類と爬虫類が混ざっているのだろうが、進行するにつれて元の生物がなんだったのか特定しにくくなる。

 ドラゴンは右足で地面を蹴り、夏世に急接近。

 不味い。そう思い、身構えたその時だった。

 

「邪魔だ」

 

 そんなドラゴンが、闇から現れた何者かに横面を叩かれた。

 数歩たたらを踏んだドラゴンは体勢を立て直し、殴られた方に振り向くも、誰もいない。

 

「消え失せろ」

 

 そこからの勝負は一瞬だった。

 銃口にエネルギーが収束、ドラゴンに向かって計四発射出。両肩と顔面、胴体に着弾。刹那、球状に膨張したエネルギーが包み込んだ部分を跡形もなく消し去った。

 ドラゴンは再生する間もなく絶命し、そのまま地面に伏した。

 そのままその人物は何をするでもなく夏世の方を一瞥すると、深い闇の中へと姿を消した。

 

「……たす、かった?」

 

 今の攻撃でドラゴンが死んだのは確かだろう。しかし、何故だろう。目前の脅威が消えたというのに心臓の鼓動は早まるばかりだ。それどころか、手が震え、冬が明けたというのに体が寒い。一体どうしてしまったというのか。

 夏世は思考を僅かに巡らし、最悪の答えに辿り着くも、頭を振ってその思考を破棄した。

 

「有り得るはずが……ない」

 

 かつて多くの人間を鏖殺した最凶の民警が、自分を助けるなんてありえないことなのだ。

 

 

『漆黒/BLACK』

 

 

 寄せては返す波の音が聞こえてくる。

 

「……海か」

 

 波は力強くコンクリートの塀にぶつかり、その姿を消して元の形なき液体に戻る。目を凝らして海を見れば、赤い瞳の小さな魚が無数に泳いでおり、集合体恐怖症の人間ならここで失神していただろう。

 竜胆はそのまま月明かりで照らされる水面と寄せては返す波の音を塀の上に座って聞いていた。

 

 

「───私はね、竜胆。この侵略者(インベーダー)たちが蔓延らない世界に行けたらね、海を見て自由に泳いでみたいんだ」

 

 

 掠れた記憶の中で、かつて仲間だったであろう少女が言った言葉を思い出す。今現在、その少女の求めた海辺にいるが哀しいかな。彼女の求めた2021年以前の海の姿はそこにはない。あるのは、より一層危険度を増した水の塊だ。

 感傷に浸っていると、耳につけていた無線機からアリアの声が聞こえた。

 

『聞こえますか、竜胆様』

「……避難という名目でこんな所を目的地にしやがって。目的はなんだ」

 

 今回ここに来た目的は名目上は避難ということになっている。だが、ここは外周区。避難するにはあまりにも危険すぎる。現にここまで向かう道中、数匹のガストレアに遭遇している。

 最初からなにかおかしいとは思っていたが、ここまで来るとさすがに嵌められたのではと思ってしまう。

 

『竜胆様にはスコーピオンの討伐をお願いしたいのです』

「怪獣退治ってか?ふざけんじゃねえよ、専門外だ」

『安心してください。ここには天ノ梯子が存在しますから』

「……龘アリア。お前の魂胆がよく理解出来た」

 

 要はそのための保険として、竜胆はここに駆り出されたわけだ。

 どうして俺がこんなことをと言わんばかりに溜息を吐くと、耳につけていた無線機を取り外して握り潰す。

 

「民間人の命がどうなろうと俺の知ったことではないが、今東京エリアがなくなるのは困るからな。早いところ、蛭子影胤を見つけ出し、遺産を奪えば問題ないだろう」

 

 ゆっくりと立ち上がり、歩き出そうとしたその時だった。

 無数の足音が竜胆の十数メートル先で止まり、殺気を飛ばしてきた。

 久しく浴びる他者からの殺気に竜胆は小さく息を吐いてから腕を組んだ。

 

「───誰だ。俺はこう見えて忙しいんだが」

 

 その答えは直ぐに帰ってきた。

 

「我々は、御影竜胆討伐作戦のために招集された民警だ」

 

《捕獲》ではなく《討伐》。この二文字の違いで、誰がこの作戦を発足したか一瞬で理解する。シナリオ通りにならないと理解した瞬間、東京エリアの象徴である少女の懐刀であることを忘れ、修羅となる。場合によっては大事だが、それは格下の、それも人間にやらなければ意味をなさない。

 竜胆は眉間に皺を寄せ、怒気を含んだ声を上げた。

 

「俺の討伐だと?そんなガストレアみたいに言うんじゃねえよ」

「監獄島を爆破させ、脱獄後も多くの人間をその手にかけてきた貴様が、我々と同じ《人》を名乗るな!」

 

 剣の切っ先を向けながら叫ぶ、集団のリーダー的立ち位置の男。

 竜胆の眉間の皺が更に深くなり、体の奥深くに押さえ込んでいた『(ビースト)』としての本能が「早く暴れさせろ」と耳元で囁く。

 まだ多少なりとも押さえつけられているが、あと一つ何か余計なことを言えば激昂する一歩手前まで竜胆は来ていた。

 そんな竜胆の様子に気づいていないのか、男は勝ち誇った顔をして続ける。

 

「こちらは武装した五〇〇〇番台以内の民警が大勢いるが、卑怯とは言わせないぞ」

 

 その時、竜胆の中で何かが切れた。何を生かしておく必要があるのだう。自分は正義の味方では無い。正義の味方に討ち滅ぼされなければならない、邪悪の象徴では無いのか。ここ最近、妙に民警と触れ合う機会が多かったせいで、要らぬ感情を抱いているような気がする。

 

「……」

 

 目線を鋭くして無数にいる民警たちを睥睨してから、竜胆はその口を開いた。

 

「安心しろ。卑怯なんて言わないさ。だが大丈夫か?俺は剥奪されたとはいえ、貴様らより遥の上に君臨する人間だ」

「だったらなんだって言うんだ。こちらの数は貴様より遥に上回っているんだぞ!」

 

 愚かだ。彼らがやろうとしていることは無謀に等しい。武器を持たないただの子供が、飢餓状態の肉食動物に挑むそれと同じだ。竜胆は悪辣とした笑みを浮かべながら呟く。

 

「……救いようがない砂利どもだ」

 

 むしろ、ここで殺してやるのが慈悲というものだろう。そう判断するのに時間はかからなかった。遅かれ早かれ、彼らは死ぬ。

 万が一、億が一にでも竜胆を倒せたとしても、ここのどこかに潜伏しているであろう蛭子影胤に確実に殺される。要は死ぬのが早いか遅いかだけの話だ。

 

「───構えろ。そして、楽に死ねると思うな」

 

 竜胆がそう言うやいなや、地面を蹴り抜く風切り音が耳に入った。

 気がつけば黒髪の少女が竜胆に肉薄、剣を振り下ろしていた。

 

「これで……!」

 

 しかし、その剣戟は繰り出される前に左手の人差し指と中指によって掴まれていた。目をうっすらと細めながら竜胆は、少女の顔を睨みつけた。

 

「力をフルに活用した状態なら俺に勝てるとでも思ったのか?あまり舐めてんじゃねえよ」

 

 いつの間にか引き抜いていたXIX拳銃を少女の眉間に照準、すぐさま後退しようとするも竜胆の引き金を引く速度の方が早い。

 

「惨たらしく絶命しろ」

 

 銃身が一瞬輝いたかと思うと───凄まじい炸裂音と共に銃弾が少女の眉間に叩き込まれた。刹那、少女の頭が内側から膨張し、爆ぜた。

 さっきまで少女だったものの亡骸を横に蹴飛ばしてから、竜胆は先頭に立つ民警を睨めつけ、冷たく言い放った。

 

「おい正義気取りのカス共」

「───!」

「戦いでしか生きていることを実感出来ない人間がこうも集まってるんだ。仲良く殺し合うのも悪くねえだろ」

「なにを……!」

「一縷の望みすら燃やし尽くしてやる。来い」

 

 凍てついた赤い瞳孔が武器を構えていた民警たちを射抜く。

 すると一体どうしたことだろうか。あんなに自信に満ちていた顔はそのままに、彼らの顔には多量の脂汗が滲んでいた。

 竜胆は肩を数回ほど回して、静かに呟いた。

 

「───来ないなら、こちらから行くぞ」

 

 気づけば、一メートル付近まで接近を許していた。民警の一人が咄嗟に盾を構えるも、竜胆の振り抜いた拳が盾を意図も容易く貫通。そのまま顔面を掴み、次の標的にシフトチェンジ。

 発砲音と共に繰り出される銃弾を手に持った男で防ぎ、強行突破。そのまま跳躍、踵落としで頭蓋を粉砕する。

 

「うるせえよ」

 

 そのまま地面に投げ捨ててから、腰のホルスターからもう片方のXIX拳銃を引き抜く竜胆。

 銃口を上下に撃鉄を合わせ、バレルが直線になるように構えてから、東洋武術の構えを取った。

 銃型(ガンカタ)。二挺拳銃を駆使し、超近接戦闘に持ち込む事で、多数の敵を短時間で倒す戦闘技法。

 

「俺に挑んだ愚かさを呪え。さあ、どこを撃ち抜かれたい。五秒以内に答えればリクエストに答えてやる」

 

 返答は銃の乱射だった。しかし、竜胆を照準に収められていない銃弾は当たるどころか掠りもせず、必要最低限の動きで避けながら一気に距離を詰められる。

 そして、それが無駄な事だと気づいた時にはもう時すでに遅し。竜胆のテリトリーに彼らは居た。

 

「───時間切れ(タイムアウト)だ」

 

 どこまでも冷徹で感情を感じさせない瞳を見開いて、躊躇なく引き金を引く。

 そのまま命を刈り取り、その間にももう片方の手で握ったXIX拳銃を爆速で近づいてくる少女の頭蓋に向けて発砲、直撃した部分が膨張し、内側から破裂。その小さな命を奪う。

 弾切れ寸前になったかと思えば空中に飛び上がり、回転しながら敵を撃つ。

 けたたましい絶叫と血の雨を浴びながら、マガジンを一瞬で交換。留まることなく引き金を引く。

 鬼神の如き強さを発揮する竜胆を見たリーダー格の男はあまりの光景に目を見開く。

 ただの人間が負けるのならばわかる。しかし、超人的な力を発揮する呪われた子供たちが再生を阻害するほどの一撃で仕留められるのは理解ができない。急所に一撃を受けても生きているような生物が、彼の銃弾の前ではその頑丈さが無効化されている。

 

「な、なんなんだ!何がどうなっているんだ!?」

「わからないか?これが貴様ら砂利と俺の、明確な『差』だ」

「ひっ……!?」

 

 目前に現れた竜胆に剣を振り下ろすも、凄まじい速度で振るわれた回し蹴りで真横からへし折る。その刀身は宙を舞い、海に落下した。

 恐怖のあまり指揮権を捨てて逃げ出そうとするも、竜胆の方が早い。そのまま顎に銃口を突きつけられ、生殺与奪の権利を握られてしまう。

 酷い顔だった。自信に満ち溢れていた顔が、今は恐怖と絶望で埋め尽くされている。

 

「何人殺したかは正直どうでもいいんだが……見たところ、御影竜胆討伐(オレを殺すという巫山戯た)作戦のメンバーはお前で最後のようだが?」

 

 赤い瞳を爛々と輝かせながら呟く竜胆。

 どうにかしてここを切り抜けようと思考を巡らすも、言葉が上手く口に出来ない。男は涙を垂れ流しながら懇願した。

 

「───た、頼む。俺の負けでいい。そ、そうだ。俺たちを雇った男にお前の犯罪履歴を抹消できるようにたの───」

「負け犬の戯言に真実はない」

 

 銃身が三回点滅し、引き金を引く。瞬間、銃口から閃光が放たれ、男の頭を吹き飛ばした。

 一瞥もくれず竜胆はそのままXIX拳銃を肩に担ぐようにして遠くの物陰を見やった。

 

「そこに隠れてる奴、出てきたらどうだ。 いるのは分かっている」

 

 数秒ほどの沈黙。一向に現れる様子がないため、竜胆はすかさず発砲。

 同時に筋骨隆々の男が飛び出してきた。

 地面を滑るように駆け抜け、あっという間に男の手に持つ剣のテリトリーに到達する。

 

「おらぁ!!」

 

 回転斬りの予備動作。そう理解するより早く、体が勝手に動いていた。宙へ飛び上がり、数メートル先の建物の屋根に着地。そのまま目を細めて笑い、口を開いた。

 

「不意打ちとはいえ、この俺を後退させるとはな。誇っていいぞ」

 

 年齢は二十代半ばほどだろうか。短く切りそろえた短髪を纏め、その肉体は筋肉の鎧に包まれている。

 伊熊将監。それがその男の名前だった。

 長身に迫るであろうその大剣を肩に担ぎながら髑髏のレリーフが施されたスカーフの下にあるであろう口を開く。

 

「……テメェが御影竜胆だな」

「まずお前から名乗れよ」

「IP序列一五八四番、伊熊将監……」

「一〇〇〇番台か。それにしては随分と遅い登場だったな」

「俺の質問に答えやがれッ」

 

 そういう男の体には、至る所に赤い血痕がこびりついており、ここまで来る間に同胞を殺害してきているのだろう。

 同じ穴の狢か。竜胆は屋根から飛び降りると、首を回しながら面倒くさそうに答える。

 

「もし、そうだとしたら?」

「テメェをぶっ倒し、蛭子影胤の仮面野郎もぶっ倒す!そうすりゃ全て解決する話だろうが」

「俺を倒すだと?」

 

 竜胆は死屍累々とした辺りを一瞥してから、その男の言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「この砂利共の残骸を見てまだ分からないか。お前がどれだけやれるかは知らんが、俺に勝てる確率はゼロだ」

「うるせえよ、その口引き裂いてやらァ!!」

 

 将監は大剣を低く構えると、地面を駆けぬけた。

 大層な口を聞くだけあって、竜胆の足元すらにも及ばなかった人間たちとは違う。

 大剣を片手で扱えるだけの筋力に、その筋肉からは到底考えられない俊敏さ、この状況を受け入れてすらいる状況判断能力。

 戦いの中で自分が見つけた戦闘スタイルなのだろう。一〇〇〇番台というのもあながち嘘ではないらしい。だとしても───

 

「ぶった斬れろッ!!」

 

 その実力の差はあまりにも明確だった。

 将監は確かに強い。だが、それは人の範疇での話だ。

 この男は、人の領域を踏み外したさらにその先にいる。

 

「俺とやるってんなら、この絶望的なまでの実力の差を少しでも埋めてから出直してこい!!」

 

 クロスした二丁の銃で剣をしっかりと受け止め、ガラ空きとなった将監の腹に鞭のような鋭い前蹴りを放つ。防御の体勢も取れず吹き飛ばされた将監はコンクリートの壁にクレーターを生み、そのまま項垂れた。

 態勢をそのままに竜胆は冷たく言い放つ。

 

「その程度か。ほざいていた割に、大したことは無かったな」

 

 言いながら銃をホルスターにしまおうとしたその時だった。

 

「……何、勝手に終わらそうとしてんだよ」

 

 その動きを止めて、「へえ」と呟きながらXIX拳銃を肩に担ぎながら竜胆は振り向いた。

 

「まだ生きているか」

 

 視線の先、地面に仰向けに倒れていた将監は大剣を片手に立ち上がっていた。

 息は荒く目は充血しており、体の至る所から血が吹き出している。

 だが、この男はこうして地面に立っていた。

 

「まだ、終わってねえだろ……ッ」

「……。タフだな。今ので肋の五、六本は砕いたはずなんだが」

 

 今の攻撃は決して手を抜いていた訳では無い。

 並大抵の人間ならば今ので終わる。現に先程まで戦っていた民警の何人かは竜胆の蹴りで絶命していた。それが、目の前の将監はどうだ。満身創痍ではあるが、こうして生きている。

 

「だがタフさだけじゃ俺には勝てんぞ」

「どちらかが死ぬまで……俺は、止まらねえ!!」

 

 裂破の気迫。将監から放たれるプレッシャーを直に浴びながら竜胆は意気消沈としていた目を僅かに輝かせた。

 

「弱者が強者に立ち向かうか。面白い、貴様の死は俺がしっかり見届けてやる」

「やってみやがれ!!」

 

 剣を構え、地面を駆ける。竜胆にあと一歩で迫るという瞬間、竜胆の姿がブレた。

 何がどうなっている。剣を構えながら眼球運動で竜胆の姿を探す。しかし、一向に竜胆の姿は見当たらない。

 

「本当に、何が……」

「こっちだ」

「!?」

 

 頭上から錆びた声が聞こえた時にはもう遅かった。背中と肩に数発の銃弾を喰らい、苦痛に思わず声をあげる将監。

 着地と同時にバックステップを取りながら、マガジンを交換する竜胆。

 

「どうした。俺の口を引き裂くんじゃなかったのか?」

「……」

 

 剣を杖がわりにして立ち上がる将監。

 肉体に刻まれた無数の風穴から血が吹き出るも、そんなものは関係ない。

 御影竜胆を倒し、功績をあげる。彼ほどの人間を倒せば、三桁の序列に入ることも夢ではないだろう。

 そのためには、どんな手であろうと使うしか無かった。

 

「行くぞ……!」

「少しは学習したらどうだ?」

 

 将監は剣を振り下ろす───寸前、剣を手放して時限式爆弾を自然な動作で地面に転がした。

 

「……!」

 

 ここに来て竜胆が初めて戦慄の表情を浮かべた。将監はスカーフの下で口角を上げると、

 

「吹き飛べや!」

 

 そのまま腕をクロスして後方へ跳躍。同時に凄まじい爆風が将監を襲った。

 数メートル先まで吹き飛ばされるものの、何とか着地に成功し、爆炎に包まれている先程まで自分が立っていた場所を見ながらほくそ笑んだ。

 ゼロ距離からの爆破。流石にあんなものを喰らえば、序列二〇位の男であろうとひとたまりもないだろう───。

 

「───」

「……ッ!?」

 

 勝利を確信していたその時だった。体の内側から何かが突き破るような明確なヴィジョンが将監の思考を過ったのは。

 将監は堪らず目を剥き、爆炎の方を振り向く。

 馬鹿な、有り得ない。様々な感情が蠢きながら物陰に隠れるも、一向に攻撃の気配がない。

 気の所為か?そう思って警戒を解いた瞬間、一瞬のスキをついて爆炎の中から銃弾が放たれた。太腿に銃弾が直撃し、血が飛沫く。堪らず膝をつき、足を抑える将監。そして───

 

「……さすがに今のは少し不味かったな。直撃していれば死んでいたかもしれん」

 

 爆炎の中から何食わぬ顔で赤い瞳の怪物はゆっくり現れた。

 ロングコートは吹き飛んでいるものの、それ以外は軽く煤がこびりついているのみで無傷。そして、僅かに燃えてしまったのだろうか、ワイシャツの胸元部分が露出していた。

 

「……ッ!?」

 

 竜胆の胸元。そこには、虎のような無数の痣があった。人間には決して存在しないそれを直ぐに傷跡だと理解した瞬間、将監は震える声で呟いた。

 

「……なんだ、それは!!」

 

 全てが同じ傷だと理解した瞬間、ありえないと言わんばかりに首を振った。

 もし、これがすべてその時に出来た傷だとしたら……通常の人間では間違いなく即死級だ。それだと言うのにこの男は、二本の足を地につけて立っている。こうして呼吸をして、生きている。

 

「なんなんだ、お前ッ!本当に……人間なのか!?」

「ああ。残念なことに、正真正銘愚かでどうしようもない、唯の人間だよ」

 

 一瞬で距離を詰め、拳を振りかざす。その瞬間、僅かながら拳が輝いたのを将監は見逃さなかった。

 

「……ッ!?」

「さっきの爆発のお返しだ。しっかり防げよ」

 

 呆気にとられて防御すら忘れていた将監の胸元に、風切り音と共に振るわれた拳が直撃。爆音と共に凄まじい勢いで吹き飛ばされ、コンクリートの壁を三回ぶち抜き、アスファルトを数回跳ねてからようやく勢いが止まった。

 荒い息を吐きながら何とか立ち上がろうとするも、足に上手く力が入らない。

 

「あれを喰らって、まだ意識を保っていられるとはな。ここまで来ると、さすがに呆れが勝つ」

 

 その将監を追うように竜胆は現れた。

 手からは湯気が立ち上がっており、何が起きたのかを理解する。

 あの光り輝いた拳だ。あれが威力を何倍にも傘増しし、あれほどの破壊力を持つ拳を繰り出せたのだ。

 ならば、カラクリがあるはずだが───そう思考しようにも、将監にそんな時間は残されてはいなかった。将監の首をつかみ、持ち上げる。

 

「ここで楽に死ねたほうが幸せだっただろう。お前自身のタフさを呪うんだな」

 

 体にいくら命令を出しても、指一つ動かない。どうやら、限界を迎えてしまったらしい。そんな将監の姿を見ながら竜胆は嗤う。

 

「それで……どうした髑髏。もう終わりか?俺のこの口を引き裂くんじゃなかったのか?」

「……!」

「……残念だ。まだ遊べると思ったが、もう言葉も口に出来ないか」

 

 落胆。失望。竜胆の声にはそれらが含まれていた。竜胆は地面に将監を放り投げると、ホルスターからの引き抜いたMark.XIXの銃口を向けた。

 

「勝った人間の言葉にこそ、すべての意味がある。残念だったな。お前が強さという鍵を手に入れていたなら、こんな結果にはならなかっただろう」

「俺、は……」

「消えろ」

 

 銃身が三回点滅し、その引き金を引く。

 刹那、将監の視界は眩いほどの閃光に包まれ───凄まじい熱の中、意識を手放した。

 

「……さて」

 

 竜胆はそのまま視線をずらすと、遥か向こう側で行われているであろう戦闘に目をくれた。

 

「向こうもそろそろ終わりか?」

 

 口の端を歪めて笑うと、そのまま次なる戦場へゆっくりと歩き始めた。




次回:『純白:White』
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