BLOOD RAGE   作:天野菊乃

6 / 14
新年明けましておめでとうございます。

次回はここまで長い期間があかないよう頑張ります。


純白

 戦いが終わり、静寂が降りた。肩で息をしながら滝のような汗を垂れ流す。

 これでようやく全てが終わった。

 ゆっくりと息を吐くと、延珠のほうを振り返り笑って見せようとする。

 そんな時、心臓が鷲掴みされるような寒気が蓮太郎を襲った。

 

「───お前が蛭子影胤を倒すとはな。どうやら、勝利の女神は民警(サイド)に微笑んだらしい」

 

 消えかけていた警戒心が最大値まで引き上げられる。既に満身創痍ではあるが、ここで逃げ出したところで奴は追いかけて来るだろう。

 生唾を飲み込み、震える声で呟く。

 

「……てめぇ、はッ!!」

 

 すぐさま戦闘態勢を取ろうとするも、出血量が多かったせいだろうか。足に力が入らず、視界が霞んで焦点が定まらない。

 勝機はゼロ。万全の状態であればまだ可能性はあったかもしれないが、現在のこの状況では戦闘すらままならないだろう。

 そんな蓮太郎を見ながら竜胆は僅かに目を細めた。

 

「安心しろよ民警。そんな状態のお前と戦うつもりは毛頭ない」

「……どういうことだ」

「血の出しすぎで頭まで狂ったか? 満身創痍のお前と戦っても意味がねえと言ってるんだ」

 

 その言葉が真実か、それとも偽りのものなのか。眉一つ動かさず言ってくるので、蓮太郎にはわからない。

 竜胆はそんな蓮太郎を見ながら「だが」と続ける。

 

「どうしてもやりたいって言うなら、相手になるがな」

 

 ホルスターに手を伸ばしながら竜胆は呟く。

 どういう訳か僅かに負傷している竜胆だが、それでも今の蓮太郎の状態と比べてみれば無傷と言っても過言ではない。加えて、地力が蓮太郎と竜胆とでは天と地ほどの差がある。

 どうする。目の前の男の言葉は信じられない。だが、今ここで戦えば確実に───。

 そんな時、いつの間にか近くまでやってきていた延珠が、蓮太郎の服の裾を掴んだ。そして、竜胆の姿を真っ直ぐに見つめた。

 

「蓮太郎。この男が言っていることは本当だと思うぞ」

「延珠……!?」

「この男が嘘を言っているように、妾は思わない」

 

 延珠の言葉に竜胆は動きを止めた。そして、無言で延珠を凝視してから溜息を吐き、抜きかけていたXIX拳銃を乱暴にホルスターに捩じ込んだ。

 

「……ちっ、そこの餓鬼に救われたな」

 

 吐き捨てるように言うと腕を組んでこちらを睨みつけてきた。どうやら本当に戦いに来た訳ではないらしい。

 

「だったらなんの用なんだよ」

「……どうやら、お前が倒した蛭子影胤の思い通りに事が進んだらしくてな」

 

 何を言っているんだ? と訊ねようとしたその時、胸ポケットが震え、電子音が鳴り響いた。

 

『生きているみたいね、里見くん』

 

 声だけで誰かわかった。聞き心地のいいいつまでも聞いていたくなるような声が聞こえてきて、目頭が熱くなるのを感じた。

 そんな様子を見兼ねてか、竜胆は舌打ちをつくと大股で近づいて蓮太郎の後頭部を引っ叩いた。

 

「いきなり何しやがる!?」

「感傷に浸っているところ悪いが、グズグズしてる暇はねえぞ」

「はあ!?」

『里見くん、悪いけど彼の言っている通りよ』

「木更さんまで一体なんだってんだよ……!?」

 

 木更はいつになく暗い声を出した。

 

『落ち着いて聞いて。ステージVのガストレアが姿を現したわ』

「……え?」

 

 蓮太郎は小さく声を漏らした。

 せっかくこの戦いに勝ったというのにこれですべてが終わりだと言うのか? 

 ちなみにこれは現在進行形の話らしい。

 東京湾に侵入した大型ガストレアの頭部が確認されたと同時に、ミサイルと毒ガス、魚雷などが発射されたが、軽度な損傷を与えただけで即座に修復。毒ガスには地上最悪のガスが使われたが、その成分を即座に解析、分析し、耐性を付与してしまっているという。頼りの綱であったバラニウム徹甲弾はガストレアの装甲が硬くて弾かれる。

 今も遠くの方で爆音が聞こえてくる。東京エリア崩壊のカウントダウンは刻一刻と迫っていたらしい。

 

「もう……手は無いのか? このまま東京エリアは終わっちまうのか?」

『いえ、まだ手ならあるわ。君から見て南東方向に最後の手が残されている』

 

 言われて首を巡らせる。そして、木更の意図を悟ると、ふるふると首を振った。

 出来るわけがなかった。

 一.五キロに及ぶに並列走行の二本のレールが、雲を貫いている。その先端は確認することは出来ないが、蓮太郎は見ただけでこれが何なのかを理解した。

 ガストレア大戦末期の遺物。完成はしたが、遂に使われることのなかった超巨大兵器、線形超電磁投射装置───通称『天の梯子』。直径八百ミリ以下の金属飛翔体を亜光速まで加速して射出することの出来るレールガンモジュール。

 一つ間違えれば死の大地を生み出してしまう代物。

 できるわけが無い、とつぶやく蓮太郎の背中に凄まじい衝撃が駆け巡った。

 

「っで!?」

 

 振り返れば、そこにはオロオロとした表情で蓮太郎を見やる延珠と、どこまでも冷めきった瞳で睨めつけてくる竜胆が居た。

 

「……いつまでここにいるつもりだ。早く行け」

「お、おいッ! ここまで来たってことは天の梯子が目的なんじゃねえのかよ!?」

「最初はその気だったが、気が変わった」

 

 それにと続けながら赤い瞳が蓮太郎を射抜く。

 

「東京エリアを救いたいなら民警であるお前がやるんだな」

「……なッ」

「なぜ極悪人であるこの俺が、ぬるま湯に浸かりきった砂利共の為に力を振るわなければならない?」

 

 その言葉に蓮太郎は歯を噛み締める。

 今ここで天の梯子に最も近い民警は蓮太郎しかいない。

 蓮太郎がやるしかないのだ。

 

 

『純白/White』

 

 

 荒れた大地をゆっくりと歩きながら竜胆は、遠くで暴れるガストレアに視線をずらした。

 

「……あれが噂のステージVってやつか」

 

 怪物。ただその一言に尽きる。

 何種類もの生物をその身に取り込んだのであろう肉体。ひび割れた肌は疱瘡にかかったようなイボが無数にあり、そこから突起状の物体が生えている。

 頭部は異常なまでに肥大化しており、左目はあまりにも小さい。

 二足歩行で歩くその怪物は人々の心を恐怖のどん底に突き落とすには十分だった。

 ゾディアックガストレア、通称『天蠍宮(スコーピオン)』。かつて世界を壊滅寸前まで追いやった最悪最凶のガストレアの内の一体。

 

「だから『天の梯子』(この兵器)を使うって訳か」

 

 あの怪物は既存の兵器で殺すことが出来ない。だからこそ『天の梯子』を使えとアリアは言ったのだ。

 しかし、どういう訳か竜胆はアリアに言われたことすべてを蓮太郎に丸投げすることにした。

 確かに、今東京エリアが消滅してしまうのは竜胆も困る。現に先程までは竜胆が起動しようと考えていたが、木更の無線を聞いて考えを改めた。

 あの兵器は政府の許可が降りなければ使用出来ないであろう。万が一に使用許可が降りたとしても弾薬が補充されていない可能性が非常に高い。

 電力の供給ならばどうとでもなるだろうが、弾薬まではさすがにどうにもならない。だったら、バラニウム義肢を持ったあの男に直接やらせた方が効率がいい───竜胆はそう結論づけた。

 

「……にしてもあの民警」

 

 天の梯子の中にいるであろう蓮太郎のことを思い出しながら眉を顰めた。

 

「あの面構え、あの目付き。たしか、どこかで───」

 

 と、そこで竜胆は歩みを止めた。

 何かがおかしい。そう気づいたのは歩みを止めてから二秒が経過した頃である。

天蠍宮(スコーピオン)』が出現したと言うのに、いくらなんでも静かすぎる。ガストレアは音や気配に敏感だ。竜胆が大量の民警を相手に一方的な蹂躙を繰り広げていた時。蓮太郎と影胤が戦闘を行っていた時。少なからず未踏査領域に音が響いていたはずだ。

 それだというのに、ガストレアが一向に姿を現さない。

 理由は割と直ぐにわかった。誰かがガストレアを止めていたのだ。

 

「……どこの誰だか知らんが余計な真似しやがって」

 

 血の匂いが濃密になる。

 登りきると、そこには無数の死体が転がっていた。

 人のものでは無い。すべて、ガストレアのものだ。予想していたより遥かに数は少ないが、それでも数は一〇〇を優に超えている。

 竜胆は死体の中をゆっくりと進んだ。

 しばらくして、根元から吹き飛んだ人間の足が道端に転がっているのを見つけた。足の大きさからして、子供のそれだ。

 歩みを止め、数十メートル先に視線をずらすと、そこに少女がいた。

 右足がない。白いワンピースは血と泥で染まり、身体には無数の傷跡。

 その傷を、人のものとは思えない速度で修復してた。それどころか、右足まで再生しかかっている。

 

「……」

 

 もう手の施しようがなかった。ガストレアウィルスは体内浸食率が五〇%を超えると、人の姿を留めて居られなくなる。ここまで来たら最後、現代医療では引き伸ばすことも、押し留めることも出来ない。

 それでも尚、人の姿を維持できているのは───なにか理由があるのだろうか。

 

「餓鬼一人でガストレア相手だと? 馬鹿馬鹿しい」

 

 竜胆はXIX拳銃を抜き、息も絶え絶えな少女の眉間に照準した。

 放っておいてもどうせ死ぬ。しかし、ガストレアになられたらそれはそれでやることが増える。今この場で殺してしまった方がいいのだろう。

 しかし、なぜだろうか。いつもならば躊躇なく引き金を引くことが出来るというのに、今はそれが出来なかった。

 

「……やめだ」

 

 無性に疲れたような気がする。

 理由も分からないまま、竜胆は小さく息を吐いてから再びゆっくりと歩き出した。

 警戒を解いた訳では無い。いつ少女がガストレア化してもいいように、XIX拳銃は握ったままだ。

 死体の中を突っ切り、開けた場所に出ると、誰かがこちらにゆっくりと歩み寄ってきていた。

 眼球運動のみで足音の方を振り向けば、ギターケースを背負ったアリアが闇の中から現れた。

 

「どうもお疲れ様でした。竜胆様」

「……俺にすべて丸投げしたお前が今更何の用だ。まさか殺されに来たわけじゃねえだろ」

 

 竜胆の言葉にアリアは憮然とした表情を浮かべた。

 

「丸投げとは心外ですね。信頼していたからこそ、全部任せたのです。それにリハビリにはちょうど良かったでしょう?」

 

 アリアの言葉に竜胆は小さく息を吐いた。

 確かに、悪いものではなかった。実力こそ大したものではなかったが、久しぶりに銃を握って戦ったのだ。二年間、監獄島に閉じ込められ、鈍っていた戦闘センスを取り戻すには十分だった。

 それでも、将監の不意打ちにやられたのは癪ではあるが。

 どうやら完全に元に戻った、という訳では無いらしい。

 竜胆はホルスターにXIX拳銃を捩じ込み、腕を組んでからアリアを見下ろした。

 

「こんなに早く出てきたということは、ずっと見ていたんだろう。趣味の悪い餓鬼だ」

「ええ。竜胆様があの民警───いえ、『新人類創造計画』の少年と戦わなかったところも、ばっちりと」

 

 アリアの言葉に竜胆の目付きが凶暴になる。

 そんな竜胆を見ながらアリアは「そんな殺気立たないでくださいよ、怖いですね」とボヤきながら竜胆に問いかけた。

 

「どうして彼を殺さなかったのです」

「あ?」

「彼はこれから先、竜胆様が計画を遂行する上で障害になるでしょう。そんな彼をなぜ殺さなかったのですか」

 

 アリアの問いに耐えきれず笑い出す竜胆。

 アリアはそんな竜胆の姿を見て目を丸くしていた。

 

「くはっ……くくっ。あんな砂利が障害だと? 笑わせるんじゃねえよ、あんな格下相手に俺が負けるはずねえ」

 

 腕を組んで竜胆は死体だらけの大地に目線を一瞬向け、その後に『天蠍宮(スコーピオン)』の方に視線をずらした。

 

「それに、俺とあの餓鬼には目に見えた違いがある」

「……違い、ですか?」

「なんだかわかるか。龘アリア」

 

 まさかそんな質問をされるとは微塵も考えていなかったアリアは僅かに動揺した様子を見せるが、直ぐに平常心を取り戻して答えた。

 

「力、でしょうか」

 

 アリアの言葉に竜胆は眉を顰めた。

 

「その理由は」

「里見蓮太郎は四肢による超人的な破壊力と義眼による超演算能力で敵を圧倒する能力を持っています。四肢に備え付けられたカートリッジを使用すればステージⅣガストレアだって葬れます」

「……それがどうした」

「竜胆様だって、それはやれるでしょう?」

 

 瞬間、竜胆の目付きが明確に変わった。

 怨嗟、憎悪、憤怒。これだけではないであろう、無数の負の感情が竜胆の瞳の中で渦巻いていた。

 外周区にいる『呪われた子供たち』たちの中にも竜胆のような負の感情が瞳の中に宿っているが、それはあまりにもちいさな炎。大したものでは無い。

 しかし、目の前にいる竜胆はどうだろうか。その瞳に宿るは地獄の業火。対象を燃やし尽くすまで消えることはない。

 

「お前が俺の事を調べ尽くしていることは、理解した」

 

 脂汗を垂らしながらアリアは数歩後退る。流石に切り札を出すのは早すぎたか───。アリアが臨戦態勢に入ろうとするも、竜胆は意外にも怒ることはなく小さく息を吐いた。

 そのまま瞑目して「続けろ」と首で促す。

 アリアは僅かに動揺しながらも言葉を続ける。

 

「それに彼は天童流格闘術。天童菊之丞より遥かに劣るであろう技を扱う時点で、竜胆様に勝てる要素はゼロです」

「……お前の言うことも一理ある。だが、残念ながらそうじゃない」

 

 竜胆は目を細めてアリアの出した答えを否定する。

 だったら何が答えなのだろうか。そう言いたげな目線を竜胆に寄越すも、反応がない。答える気がないのだろうか。

 そういえば御影竜胆という男はこういう人間だったかもしれない、と思い直してからアリアは話題を切り替えようと口を開こうとして───それより先に竜胆が答えた。

 

「簡単だ。あの餓鬼が守護者だからだ」

 

 そう答えた竜胆の顔は笑っていたものの、その赤い瞳はどこまでも凍てついていて、狂気が宿っていた。人のそれとは到底思えない瞳。

 

「人間っていう生き物は不思議なもので、守りたい者があればあるだけ強くなれると錯覚しちまう。それが自分を奮い立たせるための鍍金だと知らずにな」

「鍍金、ですか」

「最も、その守りたい者っていうに『呪われた子供たち』が含まれている時点で、そう遠くない未来に鍍金は剥がれ落ちるだろうが」

 

 蓮太郎に対して嘲笑っているのだろうか。それとも、かつて『英雄』と謳われた自分の姿を思い浮かべながら、自嘲気味に笑っているのだろうか。

 アリアの目からは両方が見て取れた。

 

「兎も角、だ。あいつが誰かを守りたいという願いがある限り、あの男が俺に勝つことは不可能だ。もしそれで俺に勝とうと吐かすのであれば、それは勇者でもなんでもない。ただの愚か者だ」

 

 陽はまだ上がらず、夜の暗闇に支配されている。

 銃と血と行き場のない怒りを。戦闘の余韻を残し、今は静寂に包まれていた。

 破棄されてから随分と経過しているであろうこの場所は、もはや人の関心などどこにも無い。ただ忘れ去られ、ただ朽ちていくのみ。

 

「帰りましょう。朝ごはんは作ってあります」

 

 ここに無数に転がる死体も同じだ。一瞬だけ哀しまれ、その後に忘れられていく。

 竜胆は何も答えず先を歩くアリアの背中に続く。そして、雑木林に入る寸前───竜胆は『天の梯子』の方を振り向いた。あの中にいるであろう蓮太郎の姿を思い浮かべながら。

 

「里見、蓮太郎……」

 

 思わぬ報酬を手に入れた。蓮太郎を殺さなかった理由は彼が満身創痍だからとか、守護者だからではない。それは、蓮太郎の瞳が由来していた。

 この世界に絶望しながらも、一縷の希望が揺らめく瞳。傷だらけの心を燃やして明日へ辿り着くために闘う。

 竜胆は不敵に笑った。意味もなく戦い続ける人間より、目的を持った人間と戦った方が面白いに決まっている。

 

「お前の正義、少しは楽しめそうだ」

 

 竜胆は笑みを浮かべたまま、暗闇の中へと姿を消した。




Q.なんでガストレアの数が少ないの?

A.アリアが裏で頑張ったから。

Q.なんで左腕は残ってるの?

A.アリアが裏で頑張ったから。

Q.相当距離が離れているのに、なんで肉眼でそこまで捉えられるの?

A.████(削除されています)

【次回:︎︎   】



誤字脱字ここがおかしいなと思ったら感想よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。