BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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第1章完結です。
次回からはもう少しガストレア出します。


   

 ───そこはまるで地獄だった。

 辺り一体が炎に包まれ、その身を焦がしていく。

 酸素が体に上手く回っていないのか、視界がふらついてよく分からない。

 思考すらままならない。自分が、何者かなのすら思い出せない。

 不意に視界に黒い影が現れた。銃器を持った男が自分を見下ろしている。顔は分からない。しかし、その目が爛々と輝いていることは理解出来た。

 

『……』

 

 声は出ない。しかし、喉元からは唸り声が漏れていることが分かった。

 

『……!』

 

 そして思わず息を呑んだ。

 仲間がいた。寝食を共にし、生き抜いてきた仲間が、男の後方にいる。

 しかし、それらは既に息絶えていた。

 頭部を砕かれ、何も言わなくなっていたのだ。

 

『───』

 

 心臓が引き絞られるような感覚に、奥歯を噛みしめた。

 途方もない悲しみと、途方もない怒りが心の中で渦巻く。

 ただ生きていた。それだけだ。何も悪さはしていない。男に干渉したことなど一度もない。それだというのに───男は、襲撃を掛けてきたのだ。

 その視界に込められた悪意に。

 自分を消し去ろうとする殺意に。

 その心が、砕け散るのは必然であった。

 

『───!』

 

 怒りに狂ったそれは、雄叫びを上げ、それと同時に地面を蹴り上げて男の首元に噛み付いた。

 抵抗間もなく、男の命は絶え、何も言わぬ骸となった。

 

『……』

 

 こうしたところで、自分の仲間が戻ってくるわけではない。復讐からは、何も生まれない。

 それは、小さく唸るとその場から立ち去った。その瞳に、憎悪の炎を燃やして───。

 

 数日後の一七六四年。六月一日。

 怪物は現れた。

 怪物は全身が焔と同じ、赤い体毛で包まれており、牛とほぼ同じ大きさの狼に似よくた生物だった。その長く曲がりくねった獅子のような尻尾は先端まで覆われていた。そして、鋭い鉤爪と血に飢えた牙を持ち、黒く長い一筋の縞模様が背中にあったという。

 

 人を狩るためでも、食するためでもない。人を殺す、ただそれだけ。

 時には喉に牙を突き立てて血を吸い、頭の皮を剥がして抹殺した。

 

 人々はその怪物を『(ベート)』とそう名付け、恐れた。

 

 

 

 

 暖かい風が吹く。風に吹かれる度に花弁が綺麗に散る散歩道に蓮太郎はいた。

 延珠は公園の片隅のアイスクリーム屋まで全力疾走。財布の中身はスッカラカンだ。

 

「……まあ、せっかく序列が上がったというのに寂しいお財布事情ですね」

 

 先程まで暖かった雰囲気が一瞬にして豹変する。底冷えするほどの寒さが蓮太郎を襲った。

 蓮太郎は振り返ると、距離を取った。

 

「お久しぶりです。いや、この場合は数日ぶり?」

 

 先程まで蓮太郎がたっていたすぐ後ろにいた少女は、陽光に照らされていた。

 歳は十代前半くらいだろうか。紺色ののセーラー服を身にまとった、金色の髪の少女だ。背丈は延珠より僅かに高く、その背中にはギターケースを背負っていた。

 名前は知らない。しかし、その少女のことを鮮明に覚えていた。

 

「お前は……!」

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前は龘アリア。モデル・レオのイニシエーターです。以後お見知りおきを」

 

 レオ。ラテン語でライオン。なぜレオと名乗ったのかは不明だが、この少女が侮れないことを蓮太郎はよく知っていた。

 

「……俺に何の用だ」

「別に。大したことではありませんよ。先ずは序列昇進、おめでとうございますとでも?」

 

 ただただ純粋な笑みを浮かべられた蓮太郎は吃る。しかし、ここで警戒を弛めてしまえば、いつ攻撃してくるか分からない。蓮太郎がXD拳銃に手を伸ばそうとすると、アリアは首を横に振りながら言った。

 

「安心してください。今この場でやり合うつもりは毛頭ありませんから。そもそも、私は対面で戦う時は正々堂々と戦うのが好きなので」

 

 どうです?ライオンっぽいでしょう?と表情を変えないで答えた。

 蓮太郎は冷めた目で睨めつけると、アリアは一瞬だけキョトンとした顔を浮かべて溜息を吐いた。刹那、蓮太郎の上半身と下半身が切り裂かれた。

 

「……!?」

 

 何歩かたたらを踏む。幻覚だ。しかし、今確かに切り裂かれた気が───。

 

「やめておいた方がいいですよ。今のあなたと私とでは、天と地ほどの差がある」

 

 アリアの瞳の色が変わっていた。宝石のような翡翠色から、赫灼たる赤色に。

 濃密な殺気に襲われた小鳥がこの場を立ち去り、桜の花びらが更に散る。

 冷や汗が額から鼻を伝って地面に垂れた。

 

 ───コイツ、気迫だけでダメージを再現させやがった……!

 

 達人の行き着くその更に向う側。それを平然とやってのけた少女に戦慄を覚える。勝てない。その答えに行き着くのに時間は掛からなかった。

 蓮太郎の戦意が喪失していくのを見ながらアリアは小さく笑った。

 

「分かっていただけたのなら何よりです。無闇矢鱈に戦うのはあまり上品ではないので嫌いなんです」

 

 その表情は先程と同じく笑みが彩られている。それも余裕に満ち溢れた、だ。

 

「では簡潔に。里見蓮太郎さん、あなた、私たちの仲間になりませんか?」

 

 少女の口から飛び出したのは勧誘の言葉だった。

 

「私は正直気が進まないのですが、上がそうしろというものですから」

 

 身体が動かない。手脚はあると言うのに、ピクリとも動かないのだ。

 

 ───動け、動け!

 

 幾ら命令を出しても指ひとつ動かない。

 

「さあ、どうです?その『新人類創造計画』の力を、我々のために振るいませんか?」

 

 言いながら蓮太郎に近づき、右手を伸ばした。

 そして、ひんやりと冷たい手が蓮太郎の頬を撫でた瞬間───

 

「……っ!」

 

 アリアが突然後方に飛び退いた。

 瞬間、凄まじいインパクト音とともに地面にクレーターが生まれ、盛大な粉塵を巻き上げた。一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

 

「大事ないか、蓮太郎ッ!」

 

 先程までアリアが立っていた位置には、延珠が立っていた。

 

「ああ、そういえば……邪魔なイニシエーターがいましたね」

 

 アリアは首を回しながらステップを踏むように片足を地面に打ち付けた。

 

「───仕方ありません。今回は撤退するとしましょう」

 

 アリアは背中を向けてゆっくりと歩き出す。数歩歩いたところで蓮太郎たちの方に視線を向けると、アリアは妖しく笑った。

 

「それでは、また。いつかとか?」

 

 ゆっくりと歩き出すアリアの後ろ姿を、延珠は追いかけようとする。

 

「延珠ッ!やめろッ!!」

 

 蓮太郎の呼び掛けで動きを止めた延珠は、訝しげな表情で蓮太郎を見詰めてきた。

 

「……いまは、やめろ」

 

 小さくなっていくアリアの後ろ姿を見ながら蓮太郎は呟いた。

 ゆっくりと立ち上がりながらそう答える蓮太郎の姿に、何か言いたげな表情を浮かべていた延珠だったが、渋々ながら頷いた。

 

「……わかった」

 

 薄紅の背景の中、蓮太郎と延珠はしばらくの間、呆然とアリアの姿を見つめることしか出来ずにいた。

 

 

 

 

 空は闇に覆われていた。

 黒い雲に覆われた空には星一つなく、月も見ることも出来ない。

 ビルの屋上に座っていた御影竜胆は気怠げに首を回した。

 背後には───無数の人間が倒れている。正確に言うのなら、このビルの中にいる人間すべてが、竜胆によって抹殺されていた。

 そんな中で竜胆の瞳が妖しく輝く。まるで夜空に代わりに輝く星のように。

 本来ならば攻撃する必要はなかったのだが、先に仕掛けられたため、止むを得なかった。所謂、正当防衛*1と言うやつである。

 

「……」

 

 身に纏っていた黒のロングコートは激しい戦いを物語るかのように、所々破れ朽ち果てている。その姿はまるで激戦の末に勝ち残った魔王のようだった。もしくは、闇に堕ちた勇者か。

 時刻は既に、午前一時を回っていた。やはりと言うべきか、二年間の監獄島生活のせいで、戦闘技術がかなり落ちている気がする。数日に渡る連戦であったが、かつての自分ならば無傷でくぐり抜けることが出来ただろう───そう考えてしまう。

 立ち上がり、XIX拳銃に視線を落とすと、かつての仲間が銃に刻みこんだだ赤い花が視界に飛び込んできた。

 

 

「竜胆にはさ、正義の味方でいて欲しいんだ。だから、この花のレリーフを刻ませてもらったの」

「銃に彫刻なんざ必要ない。なんの戦力の強化にもならない」

「これだけだからいいじゃん」

「こいつでお前の頭をぶち抜いてもいいんだぞ」

「やーめーて」

 

 

 竜胆。花言葉は『Justice(正義)

 名前も思い出せないかつてのコンビであった少女が、竜胆に刻んだ、呪いの花の名前。舌打ちをついて強引にホルスターに捩じ込む。

 どうもこの銃を握っていると嫌なことばかり思い出す。破棄するべきだった。

 何が正義だ。銃は所詮、人を殺すための道具。使い方によればと言う人間もいるが、この銃は人を殺すことに特化した拳銃だ。正義とはまるで程遠い。

 二年前のあの時だったそうだ。少女の言葉を鵜呑みにせず、単独で行動していれば、少女は死ぬことは無かった。

 プロモーターとイニシエーターという関係性を逸脱した結果、関係の無い人間の命を奪ったのだ。

 

「……」

 

 自分は一体、少女との関係に何を見出そうとしてたのだろう。

 友情だろうか。それとも愛情だろうか。

 その甘ったる思考のために、民警ならば犯してはいけない境界線を越してしまった。それが、『呪われた子供たち』を殺すことになると知っていたのに。

 

「……」

 

 だから、竜胆は決めたのだ。そのために、素性も知らないアリアの組織に協力することにしたのだ。

 革命などには興味はない。政治なんてものもどうでもいい。成すべきことはただ一つ───。

 

「……ゾディアックガストレアを一体、この手中に収める」

 

 言葉と共に、目線は空間に放たれ、そして消えていった。

 竜胆の感情は晴れない。あいつが今の俺を見たら、一体どう思うだろう。そう言いたげな面持ちだ。

 まだ夜は開ける気配すらない。冷たい夜風が、闇に溶けては消えていく。

 怨嗟と憎悪が渦巻く胸の中で、黒衣の怪物は悲痛そうな表情で、嗤った。

 

 

【︎︎ 虚無 /Nihility】

 

 

 ───かつて、悪魔の怪物と謂れた獣は、多くの人間を殺し、そしてたった一人の人間に敗れた。

 

 ───闇へと消えたその魂は、長い年月経て新たに生まれ落ちた。

 

 ───自分が標的としていた、人間となって。

 

【第一章:紅を宿した男】

END

*1
過剰防衛である




最初のあれは史実とは関係ありませんので悪しからず。
感想、誤字脱字等などありましたら、よろしくお願いします。

Nihility:虚無。無価値である。
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