BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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凶ツ星 ーMeteoraー
流星 -1-


 冷たい潮風が御影竜胆の顔面を叩く。

 波の音に耳を澄ませていた竜胆は鬱陶しげに瞼を上げて、周囲を見渡した。

 太陽が天高く昇っている。どうやら目を瞑っている間に昼時になっていたらしい。通りで空腹感を覚えるわけだ。

 こうして波の音を聞いていればなにか思い出すかと思っていたが、現実はそう甘くはない。

 少女の声はおろか、姿形すら思い出すことが出来ない。

 記憶しているのは、ただそこにいたという事実だけ。

 一度、アリアにその少女の情報を調べろと命令したことがある。しかし、どういう訳か経歴、記録がすべて抹消されていたのだ。まるで、少女の存在が最初から存在していなかったかのように───。

 

「……いや、有り得るはずがない」

 

 だがそれだけは絶対にありえない。少女が遺した言葉は竜胆の耳に嫌という程焼き付いている。

 頭が覚えていなくとも、魂がしっかりと覚えているのだ。

 彼女は空想の存在ではない。間違いなくこの世界に生きていた。

 

 波止場を歩きながら竜胆は、ふと二年前の出来事を思い出していた。

 豪華客船に搭乗していた人間を一人残らず鏖殺したあの日を。

 二年前のあの事件は、誰一人として幸せにならないものであった。内側から塗り潰されるほどのドス黒い感情によって周囲の人間を蹂躙し、そして殺した。

 誰かに頼まれた訳でもない。この結末は彼に希望を見出していた人間すべてにも求められていたものでもなかった。

 だからこそ、今こうして安全圏にいることは、竜胆には許されることでは無いのだ。

 

「……」

 

 空はどこまでも青く、そしてどこまでも歪んでいるように見えた。

 青く塗り潰された世界が元に戻らない。折角檻から解き放たれ、自由の身になったというのに、心の中では未だに消えることのない虚無感が襲ってくる。

 

「……ッ」

 

 払拭することが出来ない痛みが呼び起こされる。

 頭に突き刺さった金属片。身体を燃やす炎。そして───耳にこびりついた少女の悲鳴。

 何時間、何日、何週間、何ヶ月。そして、二年経ち、完全に傷は癒えたというのに、当時の痛みが時折竜胆を襲う。

 最初はこの幻の痛みに苦しまされたが、時間が経てばなれるもので、この痛みに対して苦痛だと思うことはなくなった。だがそれでも、痛みというもの事態が、竜胆にとって忌々しいことこの上ない。

 自分は最強なのだ。誰に言われるでもなく、最強の存在として生まれてきた。

 その最強の存在である自分が、痛みを感じ、自分もまた無力な人間の一人であることを感じさせられることがこの上なく腹立たしい。

 

「……クソが」

 

 その鬱憤を晴らすかのように竜胆はXIX拳銃をホルスターからドロウ。銃弾が装填されていることを確認してから、銃を構えた。

 刹那、銃に光が灯る。仄青い光が銃に充填されていき、輝きを増していく。

 最初は数十秒単位の点滅、徐々に十秒、数秒と点滅する速度が早まり、最終的にずっと灯しているかのように見えるまでになる。

 

「さっきから目をギラつかせてうぜえんだよ、テメェは」

 

 そのまま竜胆は後方に向けて引き金を絞った。

 撃ち出された銃弾は青白いエネルギーを纏い、凄まじい速度で発射。数秒の後、耳を劈くような悲鳴とドス黒い液体が地面にぶちまけられた。それと同時に、先程まで道のりとなっていた風景が変化。巨大なカメレオンのような怪物が、肩口から尻尾にかけて風穴をあけた状態で佇んでいた。

 

「爬虫類風情が」

 

 大きさからして、ステージⅡのガストレア。目をギョロギョロと動かしながら竜胆の方を睨めつけているが、様子を伺うばかりで攻めてくる様子はない。どうやら、先程放った竜胆の攻撃を警戒しているらしい。

 そうしている間にも風穴の再生が始まり、せっかく与えたダメージがゼロに等しいものとなってしまう。

 弾薬は残り二。カートリッジを交換すればまだ弾薬はあるが、そんな隙は与えないだろう。ガストレアは決して無能ではないのだ。

 竜胆は再度銃口をカメレオンのガストレアに向ける。

 

「せめて楽にあの世に送ってやる」

 

 その時を待っていたと言わんばかりにカメレオンの口から舌が伸び、竜胆の右腕を拘束する。そして、そのまま竜胆を自身の巨大な口の中に放り込もうとして───動かない。いくら自身のところに引き寄せようとしても、竜胆が微動だにしないのだ。

 竜胆は赤い瞳を細めながら怒声を上げた。

 

「汚ねえもんで……俺に触れてんじゃねえッ!」

 

 そのままカメレオンの舌を鷲掴みにし、そのまま自身の方へ力いっぱい引く。

 するとどうしたことだろうか。カメレオンの肉体が竜胆の方に引き寄せられ、その距離を詰められる。

 

「───カッ消えろっ!!」

 

 銃の点滅が数秒単位で行われている状態で竜胆はカメレオンの脳天向けて引き金を絞った。

 刹那───頭部が内側から膨張し、そして爆ぜた。

 自分の腕に巻きついたままの舌を海に放り投げ、そのまま竜胆は天を仰いだ。

 

「……」

 

 血の雨が地面を、そして海を穢していく。

 こんな海が汚されていく光景を見たらあいつは悲しむのだろうか。それとも、俺が無事で良かったと吐かすのだろうか。

 何がともあれ、記憶がなければそんなことは分かるはずはない。

 すっかり動かなくなってしまったガストレアの死骸を海に蹴り飛ばしてから竜胆はもう一度空を仰いだ。

 やはり、空はどこまでも澄み切った青色であった。

 

 

【流星/Shooting Star】

 

 

「休暇、ですか」

 

 外周区付近の寂れたマンションの一室で、(たいと)アリアは翡翠色の瞳を丸くしながら首を捻った。その動作に合わせて金色の髪が揺れる。

 

『ああ』

 

 それに返すように答えるのは女の声だった。高くもなく、低くもない中性的な声。

 アリアの所属する組織の実質的なトップである。

 

「それはまたどうして」

『ここのところ働き詰めだったし、たまには羽を伸ばすといい』

 

 休暇が嬉しくない訳では無い。しかし、今アリアがいるのは日本の東京エリア。イタリア出身イギリス育ちの彼女にとって、ここは勝手が分からないのだ。事実、周辺環境を把握しているのは、この寂れた廃墟のようなマンション周辺の第三十六区と聖拠がある第一区、あとは簡単なデパートくらいである。臨時休暇が貰えるのではあれば、こんな異国の地ではなく、イギリスにいた時の方がありがたかった。

 しかし、仕方の無いことなのだ。この地には『(ビースト)』と呼ばれた男がいるのだから。

 

「まあたしかに彼のことで多少の苦労はありましたが……」

 

 特殊指定対象、御影竜胆。

 恐るべき戦闘能力を持つ人の形をした怪物。彼を仲間に引き入れ、神より造られし審判の獣───ガストレアの能力を持つ『呪われた子供たち』を中心とした世界を作る。そのためには彼の力が必要不可欠であった。

 とはいえ、傲岸不遜な彼の男はこちらから願い出たところで首を縦に振るとは到底思えないし、実力で物を言わそうにも返り討ちにされるのがオチだ。

 返り討ちにされることなく戦える唯一の実力者こそ、龘アリアであった。

 

『話は以上だ』

「あ、ちょっと待ってくだ───」

 

 アリアが物言う前に、通話を切られてしまう。アリアは項垂れながら小さくため息を吐いた。自分が監視を辞めたら一体誰が御影竜胆を監視するというのだろうか。

 アリアはそう考えながら、赤い縁の眼鏡をかけた。

 

 

 

 

「……で、お前の言うその休暇とやらになぜ俺が付き合わなきゃならねえ」

「いいじゃないですか。どうせいつも暇じゃないですか、竜胆様は」

「……あ?」

 

 ドスの効いた声で竜胆が睨めつけてくるも、素知らぬ顔で巨大な構造物へと向かう。

 大きな円上のゴンドラ、空中に敷かれたレール───遊園地だ。

 アリアは遊園地の地図を握りしめながら竜胆の顔を見やった。

 

「たまにはいいと思うんですよね。やることがなければいつも部屋で呆然とテレビを眺めながら昼間からお酒、銃の手入れって。余生が短いおじいさんじゃあるまいし」

「───どうやら、死にたいらしいな」

 

 夕暮れのせいでより一層禍々しさを増している竜胆の赤い瞳が、アリアを射抜く。

 明らかに苛立っている。ここで暴れて遊具を破壊しないかが心配だ。

 

「ほら、行きましょう。きっと入れば楽しいですって」

「一人で行け」

「なんで一人悲しく遊園地に入らなきゃ行けないんですか」

「興味ねえ」

 

 嫌がる竜胆の腕を引っ張りながらチケットを購入、それを係員に見せてから遊園地に入った。

 

「人が沢山いれば自然と楽しくなるというものです、さあ遊びましょう」

「……節穴か。この中の何処に人が沢山居るんだ」

「え?」

 

 見れば、人は殆どいなかった。静寂の中、ほとんど空の遊具がくるくると回っていた。

 

「どう、して……」

「平日の、しかもこの時間だぞ。少し考えてみればわかることだろうが」

 

 俺は帰るぞ。そう言うなり、竜胆は改札を飛び越えるとそのままどんどん遠くへ言ってしまう。呆気に取られていたアリアは数秒ほど硬直し、竜胆の後ろ姿を眺めていたが、現実に戻ってから頭を抱えた。

 

「あの人は……!!」

 

 つい先程竜胆に言い放った一人悲しく遊園地で遊ぶというのが現実になってしまった。今更竜胆を連れ戻そうとしても今度こそ激昂して暴れかねない。仕方ない、何個か遊具で遊んでから帰ろう。

 そう思い、手近なジェットコースターに向かおうとすると、係員のくぐもった悲鳴が耳に飛び込んできた。見れば、薄汚れた作業着を着た少年と少女が自動改札を飛び越えていたところだった。

 そして、その背後を追従するようにして少女が改札を飛び越えた。

 チェック柄が刻まれたコートにミニスカート。底の厚いブーツに左右に括られたツインテール。夕陽を背負いながら現れたその姿はまるでヒーローのようだが、悲しいかな。彼女は料金未払いの不法侵入者だ。しかもその姿をアリアは知っていた。

 

「……なんでここで会うんですか」

 

 藍原延珠。組織にスカウト中である英雄、里見蓮太郎のイニシエーター。

 またいつかと言いつつ、こんな短期間で、しかもこんな寂れた遊園地で奇跡の出会いをするなんていくらなんでも嫌すぎる。

 そう考えたアリアは足早にこの場から立ち去り、一箇所だけやけに人だかりが出来ている場所に向かった。

 あの中に紛れ込んでしまえば、彼女とそれに関連した人物には出会うことは無いだろう……そう思っていた。

 

 

 魔法少女に子供たちが群がっていた。

 

 

 正確には、魔法少女の着ぐるみ目掛けて、小学校低学年くらいの子供たちが総出で着ぐるみをいじめていた。

 あれは魔法少女を描いたアニメ『天誅ガールズ』に登場する天誅バイオレットというキャラだ。ちなみに言うと、アリアは天誅バイオレットが一番好きなキャラである。

 天誅バイオレットの何がそんなに憎いのかは分からないが、バイオレットが袋叩きにされている姿を見るのはあまり気持ちのいいものでは無い。近づいてその行為をやめさせようとすると、バイオレットの笑顔の奥からくぐもった声が聞こえてきた。

 思わず足を止めてバイオレットの方を凝視する。なんだかとても嫌な予感がした。

 

「うぜえんだよクソガキ共ッ!!」

 

 突如、魔法少女が暴言を吐いたかと思うと、ムクリと起き上がり、首に手をかけた。そして、中から大粒の汗をかきながら荒い息を吐く目つきの悪い少年が現れた。

 

「俺をいたわれガキ共ッ!!ぶっ飛ばす───」

 

 と、ここで蓮太郎と目線があったアリア。

 

「お前は───」

 

 すかさずアリアは背中を向けて全力疾走で走り出した。

 そして、ふと思う。

 

 休暇だからといって無理して遊園地になんて行かなければよかった、と。

 

 

 それからどれくらい走ったのか分からない。遊園地が視界に映らなくなるくらいまで離れたところで、アリアはようやく足を止めた。速度を一切緩めず走り続けていたせいか、心臓の鼓動が早く脈打ち、身体全身が酸素を欲している。

 アリアはゆっくりと歩きながら呼吸を整えた。

 

「……」

 

 慣れてないことはやはりするべきではなかったのだろう。大人しくマンションに戻って本でも読んでいれば良かったのだ。

 今日の出来事は悪い夢だと思って忘れることにしよう。今からゆっくり休めば、明日からまた頑張れるはずだ。

 そこでおや、と思う。

 まるで見覚えのない場所に来ていた。倒壊した建物と半壊した家屋。それに反してあまりにも綺麗に舗装されたアスファルトの路面。

 間違いない、外周区だ。それも、アリアたちが住んでいるところとは別の場所の。

 どうやら逃げることに一生懸命で逃走経路を把握していなかったらしい。

 

「…………はあ」

 

 ───ついてない。ただその一言に尽きる。

 アリアは思わず陰鬱にため息を吐いた。

 五歳の時までは、無邪気に笑えていた過去の自分を思い出してしまいそうで。

 普段は押さえ込んでいる衝動が目覚めてしまいそうで。

 生まれた所がちがければ、もしかしたら別の道を歩めていたかもしれない。

 そんな馬鹿げた事を考えてしまうのは、遠くの方からこちらを見つめてくる『呪われた子供たち』のせいであろう。

 こんな苦しい中でも一縷の希望を信じてやまない赤く燃える瞳。その瞳がアリアには疎ましく思えた。




龘アリア
性別:女
年齢:正確な年齢は不明
誕生日:10月10日(正確な日は不明)
星座:獅子座
身長 145cm
体重
所属:███

【備考】
モデル・ライオンのイニシエーター。しかし、時折ライオンが備えていない行動を行うことがあるので、警戒されている。
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