BLOOD RAGE   作:天野菊乃

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流星 -2-

 久しぶりの休暇を堪能したアリアは死んだような顔で聖居の中に潜入していた。

 以前に比べて警備が強化されているものの、大したものでは無い。ならばなぜ死んだ顔をしている訳だが───監視対象が、あれから家に戻っていないのだ。

 数週間ほどで戻ると書き置きがあったものの、アリアの本来の任務は竜胆の監視及び、組織の引き込み。勝手に居なくなられては困るのだ。

 無論、そのことは上層部に知られている訳で。事実上のトップ2であるアリアが、本来ならばする必要のない仕事を現在しているわけだ。

 

「それにしても……」

 

 何度見ても豪華絢爛な内装だ。一体、これだけのためにどれだけの国民の税金が徴収されているのだろうかと思うと頭が痛くなってくる。それに数週間ほど前に破壊活動を行ったばかりだというのに、もう既に何部分かは修復が完了してしまっている。

 

「……こんなことにお金使うんですねぇ」

 

 厳重な警備網を潜り抜けてから聖天子がいる記者会見の場へ向かう。

 別に今回の任務は別に聖天子抹殺ではないのだが、何となく彼女の顔を拝んでおきたかったのだ。血による穢れを知らない白百合の姿を。普通の人間として生まれ、戦いを知らない少女の姿を───。

 

「……ってあれは」

 

 真っ白いドレスを着て、張り詰めた表情をうかべる少女の前に、ブラックスーツに似た制服を着た少年。里見蓮太郎だ。

 蓮太郎は俯き加減に後ろ頭をかきながら謝罪の言葉を述べていた。何をしたのだろう。後で調べておこう。

 数分ほど軽い談笑を挟んでいる二人組みをみて、そろそろ撤退しようかと思っていたそんな時だった。聖天子の口からとんでもない言葉が飛び出したのは。

 

「里見さん、大阪エリア代表の斎武大統領が非公式に明後日、東京エリアを訪れます」

 

 記者会見室から出ようとしたアリアの耳にそんな言葉が飛び出してきた。

 ここ数年、大阪エリアは東京エリアとコンタクトを取ろうとすらしなかった。

 理由はおそらく天童菊之丞の不在だろうが、それだけとは思わない。もっと他の別の理由があるのだろう。

 例えば、天童菊之丞不在の今だからこそ行える聖天子の抹殺だろうか。

 

「……考えても仕方ありませんね」

 

 アリアは小さく呟いてから記者会見室を後にした。

 後に聖居から出てくるであろう蓮太郎に接触を図るために。

 

 

 

 

 蓮太郎が聖居を出ると、空は既に茜色に染っていた。

 散々な目にあった*1。蓮太郎は額に巻かれた包帯に手を当てながら態とらしくため息を吐いた。

 

「お疲れ様です。とりあえずお茶でも飲みますか?」

「ああ、ありがとう……っておい!」

 

 手渡された紙コップの中身を一瞬飲もうとして、いつの間にか隣にいたアリアに蓮太郎は目を剥いた。

 アリアは小さく悲鳴をあげ、耳を抑えてからジトっとした視線を蓮太郎に向けた。

 

「急に叫ばないでくださいよ。耳が壊れるかと思いました」

「あ、ああ……悪い」

 

 なんで俺が謝ってんだ?と思いながら蓮太郎はキャリアウーマン風の服を着込んだアリアを見やった。

 

「……って言うかおまえ、なんでここに」

「それは聖居に用があったからですが」

「そうじゃねえよ。お前、ここで散々暴れたんだろ。顔がバレてる状態でどうやって入ったんだよ。まさか警備員を殺したとか……」

 

 ふと、アリアの目付きが鋭くなるも、すぐに元の柔らかい表情に戻る。そして小さく息を吐いてからアリアはそんなことするわけないでしょう、と言わんばかりに胸を張った。

 

「安心してください。今回は正々堂々、正面から入って入館許可証もらいましたよ。まあ多少の変装はしましたが」

 

 どうです。似合っているでしょう。と自信満々に言うアリアだったが、背伸びしてる感が否めなかった。化粧をしてやや大人びているが、それでも蓮太郎よりも下に見られる。これでよく変装と言ったものだ。

 考えて見ればわかる話であった。警備員を殺したのであれば、間違いなく騒動になっているだろうし、聖天子も蓮太郎と会話することはなかったであろう。それに保脇の一件もなかったはず。

 適当に流しながら夕暮れ刻の空を仰いだ。そんな蓮太郎の顔を見つめるアリア。

 鬱陶しそうな目で睨めつけると、アリアは何度か目を瞬かせてから続けた。

 

「そんな顔しないでください。特に理由はないんです。ただ、すごい不幸そうな顔をしているなと」

「ぶっ飛ばすぞお前」

「まあこわい」

 

 そう言いながらもさして怖がる様子は見せないアリア。

 それもそうだろう。蓮太郎と彼女とでは明確な実力の差がある。戦ったところで蓮太郎が地面に伏すのは見えている未来だ。なんでこんなガキに、と思いながら顔を上げて、おやと思う。

 聖居前に据えられた凝った意匠の噴水の周りを、自転車が周回していたのだ。それも、さっきから意図的に意識を逸らそうとするくらいに。

 乗っているのは隣にいるアリアと同じ年齢くらいの少女で、風で靡く金色の髪が夕陽で輝いている。

 しかし、着ている服は身の丈に合わないパジャマで、足はスリッパ、髪の毛は寝癖だらけで口は半開き、その表情からまともな思考が出来ていないと考えられる。

 

「なんですか、あれ」

 

 没我の表情で自転車を漕ぐ少女を見て、アリアは一言呟く。

 

「……俺が聞きてえよ」

 

 なんだか蓮太郎はとても帰りたい気持ちになった。

 

「なにか聞きに行ってあげたらどうですか」

「ああいうのにはな、関わらないのが一番なんだよ」

 

 大人しく帰路につこうとした突如、背後から何かが倒れる音が聞こえてきた。

 

「どこ見てんだてめぇ、ああ!?」

 

 同時に大喝。見れば、一昔前の不良の格好をした少年3人組が少女に絡んでいた。

 自転車の少女は何が起こったのか分からないと言った様子で目を白黒とさせ、口をポカンと開けている。周囲の人間も助けるつもりがないのか、それとも巻き込まれるのが嫌なのか、絡もうとしない。

 

「気になるのなら、行ってあげたらどうです?」

 

 と、そこでアリア。

 なんで俺が、と喉まで出かけて、延珠がこの場に居たらきっと助けに行くだろうと考えた瞬間、足が勝手に動いていた。

 足早にリーダー格の男の背後まで近づくと、肩に手を置いて振り向かせる。

 不良の少年は不愉快そうに眉を顰めながら蓮太郎を睨めつけた。

 蓮太郎は小さくため息を吐いてから、自分の後ろの腰───ベルトに挟んである拳銃の位置を二回叩いた。

 青年はなにかに気づいたのか、眉間に皺を寄せて蓮太郎を殺意の籠った瞳で睨みつけしばらくして踵を返し、仲間を引き連れてどこかへと消えていった。

 助けた少女の方を振り向くと、いつの間にか移動していたのか、アリアが少女を介抱していた。あれだけのことがあったのにまだ目が覚めていないのか、ぼーっとした表情で蓮太郎のことを眺めている。

 

「……正義の、ヒーロー……はじめてみました」

「とっとと家に帰れよ、じゃあな!!」

 

 少女の安全を確認してから帰ろうとすると、制服の裾が掴まれた。アリアだった。

 

「ここがどこだかわからないみたいですよ?優しいお兄さん」

 

 蓮太郎は顔を掌で覆うと、天を仰いだ。

 

 

 

 近場の公園まで移動した蓮太郎一行は、少女をベンチに座らせると、少女の顔を水で濡らしたタオルで拭いながら訊ねる。

 

「お前、どこから来た?名前は?保護者は?というかなんだその格好は」

 

 少女は自分の服装に視線を落とし、首を傾げる。

 

「さあ?」

「さあってお前……じゃあ名前」

 

 少女はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように自分の名前を言った。

 

「……ティナ。ティナ・スプラウト。ティナで大丈夫です」

「俺は里見蓮太郎だ。蓮太郎でいい。それで、もう一度聞くが、保護者はどうした」

「いません」

 

 訝しげに眉を顰める。一体どういうことだろうか。

 

「覚えている範囲でどこから来たか言え」

「……さあ?」

 

 確信した、これは蓮太郎の手には負えない案件だ。

 

「とりあえず覚えてる範囲で帰りやがれ!そんでもって、道がわからなくなったらこれに電話しろ!」

 

 蓮太郎はメモ用紙に自分の電話番号を書いて手渡す。

 ティナはそれを受け取ると、紙を見ながらスマートフォンを操作し、背を向けてから耳を当てた。瞬間、蓮太郎の胸ポケットが震える。

 

『突然ですが蓮太郎さん、幼女趣味はやめた方がいいですよ?』

「は?」

「先ほど私の隣にいた子は同い歳くらいだと思ってます。まさか私も仲間に加えようと……」

「精神科に行け」

「あと私、帰り道わかります」

 

 蓮太郎は携帯を地面に叩きつけたくなる気持ちを抑え、電源を切った。

 

「今日はとても楽しい一日でした。また会えるといいですね、蓮太郎さん」

 

 ティナは丁寧にお辞儀をすると、覚束無い足取りで公演を出ていく。蓮太郎はその姿が見えなくなるまで見送ってから携帯を胸ポケットに入れようとして───自分の手元にないことに気づく。

 見れば、アリアが何やら蓮太郎の携帯を操作していた。

 

「おい」

「私の電話番号を登録しておきました」

「そうじゃねえだろッ」

 

 怒鳴る蓮太郎にくすくすと笑いながら携帯を投げ渡す。何とかキャッチに成功してから、蓮太郎はアリアを睨んだ。

 

「よかったですね、幼女の知り合いが今日だけで2人出来ましたよ。夢に近づきましたね?」

「あ?」

「幼女の楽園を作るのが夢なのでしょう?それも赤眼の。ああ、私は気にしませんよ。エリア外や海外では割とよく見かける光景ですので。本当、気にしなくて大丈夫ですから」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ふふふ。本当にあなたといると飽きませんよ。まあ、前に一人で遊園地に取り残されたところを見られた時は本気で殺してやろうかと思いましたが」

 

 ───ああ、あれやっぱりお前だったのかという言葉は胸にそっとしまう。

 アリアはくすくすと笑ってからゆっくりと歩き出し、何かを思い出したかのように蓮太郎の方へ振り返った。

 

「またお話しましょうね、里見蓮太郎さん?」

「二度と御免だよ」

「また会いにきますから。今度は連絡します」

「連絡してこなくていい。あと、二度と来んな」

 

 アリアは小さく笑うと、公園から足早に消える。

 蓮太郎は彼女の気配が完全になくなるまでそちらを見つめ、やがて小さく息を吐いた。

 なんだか、今日はとても疲れた気がする。

 延珠に帰りが遅くなった理由をどう説明しようか考えながら、蓮太郎はゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の冷たいアスファルトの上で、アリアはキャリアウーマン風のスーツを脱ぎ捨てると、黒色のパーカーを身にまとった。

 夜が、来る。警戒心を高めつつ、アリアは先程蓮太郎が言い放った言葉を思い出していた。

 確かに警備員は誰一人として殺してない。しかし、今日誰も殺していないかと言われると嘘になる。

 事実、アリアは今日だけで二人の人間を殺していた。一人はキャリアウーマン風のスーツを身にまとった女性。理由は至極簡単、服を剥ぎ取るためだ。新品でも別に良かったのだが、新品の服には独特の匂いと硬さがある。そのため、早朝から聖居近くの駅にずっと息を潜め、アリアと体格が近い人間を見つけ───一瞬でその命を刈り取った。

 もう一人は、それを間近で目撃した警察官。

 奪った拳銃は持ち歩いているが、一撃で生命を奪うには心許ない。どうしようかと悩みながらまま路地裏に入った瞬間、ガラの悪い男にぶつかった。

 

「すみません、急いでいたもので……」

 

 そう言うと、男は僅かに口角を上げてアリアの前を阻むように立った。

 不信感を隠しきれないアリアは眉を顰めながら訊ねた。

 

「……私に何か用ですか」

「小さい子がこんな時間になにしてんの?」

 

 なんて、アリアの全身を舐めまわすように見ながら言ってくる。

 幼女趣味の人間かと身構えるが違う。視線はどこまでも冷たく、わずかながら血の匂い。

 自分と同じ闇の人間。人の道理から外れた人間の形をした怪物。気に食わない人間を何度もその手にかけてきたのだろう。

 ああ───、とゆっくりと頷きながらアリアは笑みを浮かべた。

 

「お兄さん、私と交わりたいのですか?」

 

 アリアの言葉に男は一瞬、呆気に取られた表情を浮かべた後、額に手を当てて笑い始めた。

 

「おお、積極的だねぇ。まだ小さいのにそういうのに興味あんの?」

「まあ人並み程度には。それより場所を移しませんか?ここは些か人目に付く」

 

 男とアリアは一定の距離を保ちながら、近くの廃屋に入った。

 そして、その戸を開け、中に入るなり男は好色な笑みを浮かべながらアリアに手を伸ばした。

 

「それじゃあ遠慮なく───」

 

 しかし、男の腕がアリアに届くことはなかった。

 アリアの姿が掻き消えたかと思うと、男の胸元に激しい熱が生まれる。

 

「あ?」

 

 アリアの右手が男の胸元を穿いていた。現実を未だに理解出来ていない男は何度も自分の身体に突き刺さる少女の腕を見やり、徐々に状況を理解できたのか、悲鳴をあげようとして───

 

「いつもなら相手もしたくない小物以下ですが、今日の私は機嫌がいいですからね。ゴミ掃除、とでもしておきましょうか?」

「!?」

 

 いつの間にか引き抜いていた右腕を振るい、血で目潰し。それと同時に恐怖と痛みで重心がズレていた男の足を払って崩す。そのまま力を解放し、男の膝関節に向けて踏み蹴り。凄まじいインパクトともに男の足が膝から吹き飛ぶ。

 そのまま男の顔面を地面に叩きつけ、歯を砕いて鼻をへし折る。

 しかし、ここまでやってアリアの攻撃は止まらない。倒れている男の頭をまるでサッカーボールのように蹴り飛ばし、即座に追いかけていつの間にか手に握っていた鉄パイプで男の喉元向けて突き刺した。

 凄まじい鮮血がアリアの白い肌を真っ赤に染め上げ、その中でも赤い瞳だけがただ赤く揺らめいていた。

 

「お、お前は……!?」

「唯の少女が、こんな時間にたった一人で。出歩くと思います?」

 

 アリアが唇を歪めると、懐から拳銃を取り出す。

 装弾数は四。これだけ痛めつけたのだ。殺すのにはさほど苦労はしないだろう。

 と、そこでおやと思う。

 男が全身をガタガタ震わせながらこちらを必死で見ていた。焦点は恐怖で定まっておらず、口からは血と涎が混じった液体が垂れていた。今にも死んでしまいそうな呼吸をしながら、アリアに訴えかけてくる。

 

「ゆ……ッ、許して……くれッ!ほん……の、出来心……ッ!!」

 

 アリアはゆっくりと目を伏せながらくすくすと笑った。

 そこにもし蓮太郎がいたのであれば、その歳不相応な不気味な笑い声にXD拳銃を向けてくるかもしれない。

 

「残念でした。もしあなたが目をつけたのが私ではなく他の人間ならば───欺くことも出来たでしょうに」

 

 次にアリアが目を開いた瞬間、男は呼吸をするのを忘れた。

 おかしいのだ。『呪われた子供たち』は目が赤く光っているというのが特徴だ。

 それが、この少女はどうだ。

 赤いなんてレベルではない。通常の子供たちの瞳が炎だとして、アリアの瞳の輝きはまるで『凶星』。それはまるで地球を滅ぼすために宇宙から飛来してきた隕石の如く。

 先程とは打って変わった赫耀の瞳を薄らと細めて笑っていた。

 

「バ、バケモノ……ッ!!」

「あら、あら」

 

 アリアは男の背中を踏みつけたまま頭髪を掴み、持ち上げる。そして、後頭部に銃口を突きつけた。

 

「世間に公表されていないだけで、何人もの人間を傷つけ、恐らく命を奪ってきたあなたも───十分にバケモノですよ?」

「た、たすけ───」

 

 刹那、発砲音。男の体が僅かに跳ねる。それきり、男は声を発さなくなった。

 

「あら、余りましたね。これはまたいつか使うとしましょうか」

 

 短く息を吐き、銃を懐にしまう。このまま死体を放置してしまいたいところだが、この男の肉体も有効活用出来るかもしれない。

 アリアはそのまま携帯端末を取り出し、何処かへと連絡すると、そのままその場所を後にした。

 

*1
保脇たちに絡まれ、発砲せざるを得ない状況に陥った




赫耀:赤く照り輝くさま。

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