というわけで奏さんだぞ。作者は煮るなり焼くなり好きにしてやってくれ。最近トレーナー業に忙しいとか抜かしてたからな。
んじゃ、第26話だ!よろしくな!
「…奏に関しては何も言わないでおく。」
「そうしてくれると助かるわ。…で、またノイズが出現したわけね。」
もう聞くことは無いと思っていた、ノイズ出現の警報。フィーネとの戦いが終わってもなお、その耳障りな警告音は鳴り響く。ソロモンの杖を何者かに強奪され、あまつさえそのままテロ行為に利用されている。国がそれを重く見ているのは誰でも分かる事だったし、八紘がアメリカと会談を重ねているのもそれが原因だった。
突然司令室に呼び出された了子は、お仕置中だった奏を簀巻きにしたまま引きずってやって来た。平和的目的に利用すると誓約したはずのアメリカは、ソロモンの杖の強奪に関しては知らぬ存ぜぬを貫き通している。現状、慎次が緒川忍軍を総動員して調査中だが、杖の行方は分かっていない。
「ああ。響くんとクリスくんが出撃しているし、大丈夫だとは考えているさ。しかしまぁ…フィーネと名乗るシンフォギア装者たち、か。」
弦十郎がちらりと視線を向ける先、モニタに映し出されたのはライブ会場で交戦した、マリアを筆頭とする四人のシンフォギア装者たち。黄緑、ピンク、そして、白。マリアのガングニールだけは解析が出来たらしく、アウフヴァッヘン波形が奏と響のものと全くの同形だったことに誰もが驚きを隠せなかった。
「当然よ。同じ聖遺物なんだから波形も同じ。」
「そ、それもそうか。」
「──でもここからは、真面目な話をしましょうか。」
●
「…っ、未来!」
「えっ、響!?」
ノイズと交戦中に現れた、響の陽だまり。避難誘導を手伝っていたのだろうか、その姿は煤に塗れていた。響が見る先、ノイズが未来に向かって突進するが。
「あたしの友達にぃ…」
がしゃり、と重い金属音。
「何してんだコラァァァァァ!」
クリスはガトリング砲を構え、その全てをノイズに叩き込む。もはや未来への正体バレなど気にしている場合ではない。この場にいる人間は未来だけなのだから、彼女を守るのが二人の役目であった。
「クリスちゃん、後衛。」
「走れ。」
短いやり取り。首を傾げる未来を背中に庇い、クリスはミサイルを展開。数多のノイズに向けて発射しながらガトリング砲を横薙ぎに斉射する。確かに敵の数を減らすそれは、しかしその規模で陽動の役目を負っていたのだった。
「とりゃあああああああ!」
あの後、必死に映像を見た。風鳴紫羽というシンフォギア装者の、その背中は果てしなく遠いけれど。それでも響は、それに届くように手を伸ばす。無様でも、遠回りでも、何でもいい。ただ響は、研鑽を積み続ける。
「響──」
「未来、悪い。あたし達と一緒に、来てくんねぇかな。」
いつもよりも出力の上がったガングニールが、ノイズを消し飛ばすまでにそこまでの時間は必要なかった。両手を払ってギアを解除し、響は未来の元に駆け寄っていく。
「未来、ごめん。私…」
「かっこいいね。」
「え?」
怒られるとばかり思っていた、幼馴染。彼女の口から出たのは、響にも予想が出来ない意外な言葉だった。かっこいい。まさか、未来がそんな感想を抱くなんて。意外な気持ちでいっぱいだった響とクリスの反応を見て面白かったのか、未来はくすくすと笑う。
「私ね、分かってたんだ。」
「えぇ!?いつ!?」
「リディアンで戦ってた時、かな。」
思い返すのは、フィーネとの最終決戦。未来をシェルターに残して飛び出したのは確かに響だが、あの場に未来は居なかったはず。むしろ誰も知らないはずのその戦いを、どうして?
「こっそり抜け出しちゃって…」
「んなぁ!?」
「未来…?私、ちゃんとシェルターに居てね、って言ったよね…?」
「ほら、心配だったの。響はどこか抜けてるし…」
「なんですとぉ!?」
「あー、そりゃ確かにそうだなぁ。」
重要参考人、という名の事情聴取へ向けて歩き出す未来。デジタル式の手錠を付けられることはなく、ただ両脇にクリスと響を伴って歩く彼女と二人の顔は、眩く綻んでいた。
●
「──という訳で、未来さんは外部協力者としてですね?」
「ひーびき♪」
「やーんもー!やーめーてーよー!」
「あコラ!その勢いでこっちに来るなぁ!」
「………聞いてます?」
「うーん見事な百合ね。間違いないわ。」
「了子くん?話が進まないから止めて欲しいんだが。」
はいはい、と肩を竦めて三人の前に立つ。ぴたり、と動きを止めて各人一斉に揃った動きで了子を見るが、彼女の顔が若干の笑みを浮かべていることで謎の悪寒を感じたのか、気持ち三人の距離が近くなった。
「ねぇ、それ以上やるなら…」
「「「ごくり…」」」
「私も混ぜてちょうだい!」
「話が進まん。」
「あいたぁ!?」
悪ノリする了子に軽めの拳骨を落として弦十郎はため息を一つ。しかしそんな彼でも、にこにこと笑って響とクリスにくっつく未来を見せられては何も言えなくなってしまう。
「すまないな、事情を知られてしまった以上はこうするしかないんだ。無理に、とは言わないが…どうか響くんの助けになってあげてくれ。」
「はい!お任せ下さい!この小日向未来、全霊でお手伝いします!」
「み、未来?なんかキャラ変わってんぞ?」
「クリスちゃん、これ、未来なんだよ。」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ三人の姿は、どう見ても仲の良い普通の女の子だ。できれば戦わせたくないが、しかしノイズへの対抗手段がないのもまた事実。
「うぅむ…」
「それで、私の出番ってわけね。」
突然司令室の扉が開く。そこに立っていたのは、ふらつく体を引きずる紫羽だ。点滴のスタンドを杖代わりにここまでやって来たのか、スタンドを握る手には力が籠っていた。
「紫羽。」
「ハァイ、父さん。元気してた?」
よっこらせ、と朔也を押し出して手近なオペレーター席に座り、一息ついた紫羽はモニタに映る装者を見る。流れていく映像の中、首筋に何かを打ち込んだその瞬間を捉えた彼女は、顔を顰めさせて奏を見る。
「奏。」
「ひゃい!…んんっ、なんだ?」
今の反応が昔の奏のようで若干懐かしさを感じたが、己はそれを表に出すことなくそのまま続ける。
「LiNKER…確かあれ、注射器で注入するんだったわね。持ってる?」
「ん?もう使ってないぞ?」
「え?」
「え?」
奏の言葉にフリーズし、紫羽は勢いよく了子を見る。どういうことだ、そう言わんばかりの眼力に怯みながらも、彼女は奏の隣に立つ。
「あのー、ね。奏ちゃんなんだけど…紫羽ちゃんが居なくなってから急に適合係数が上昇し始めて…そのー…今ではLiNKER無しでもギアを使えるようになったのよ。」
「ふーん。」
「あー、その、なんだ。紫羽が私を戦わせたくないのは分かるけど、それでも私はさ…」
「良いじゃない。」
てっきり渋られるかとも思えた紫羽の反応は、予想外だった。
「どうせ私が止めても聞かないんでしょうし。それなら身体に害が無い状態で戦えるのが一番よ。それに、適合係数が上がったのも何か理由があってのことなんでしょう?」
「………………………」
「なんで黙るのよというか奏と了子さんがなんで顔赤くしてんのよ返事しなさいよほらほらほらほらぁ!」
大勢の前で言うのは少しハードルが高いのだ。
「…あの、えーと…」
「紫羽ちゃん紫羽ちゃん。」
了子が近付いて耳元で囁く。
「多分なんだけどね、奏ちゃんが紫羽ちゃんのこと、家族である以上に好きだからだと思うわ。愛、と言ってもいい。」
「───────そう。」
紫羽の返事は極めてドライで、無表情に。了子が囁いた大体の内容は分かっていたのだろうか、奏は赤かった顔を背ける。分かってはいた。己の抱く感情が、少しおかしい事は分かっていた。それでも面と向かってそんな反応をされると、さしもの奏でも傷付きはする。
「っ。」
「あ、ちょっと奏!」
翼の静止の声も振り切って、奏は顔を伏せて走り去る。その後を追うように、とまではいかないが紫羽も同じように司令室を去っていく。病室に戻るのか、奏とは反対側に曲がりながら。
「…やっちゃった。」
「時間が解決するさ。特に、あの二人はな。」
弦十郎は両手を叩いて皆の意識を切りかえる。
「さて、これからどうするか。そこを考えていかねばならん。」
●
「はぁ…」
思わず司令室を飛び出して、海岸線を歩く。停泊中の潜水艦を見ながら、奏は一人。街へと歩きながらモヤモヤとした己の感情を整理しようと必死に己を落ち着かせる。
「分かってたんだろ、天羽奏。あの感情は、紫羽には向けるべきものではなかったんだってな。ああ、分かってたんだ。分かってた。」
一人でブツブツと呟きながら街へと歩く。変装も何もしていない天羽奏が街の中を歩いているとなれば大騒ぎになること間違いなし。誰か止めねばならぬ。そんな天の意思が働いたのか、はたまた奏を狙ったのか。
「──丁度いいや。」
眼前に現れたノイズ。ガングニールを起動して、両手を合わせる。長槍を形成し、ぐるりと回して穂先を向ける。この行き場のない、なんとも言えない感情は、それでも紫羽への感情だ。今までにないほどのフォニックゲインの高まりに呼応したのか、ガングニールのギアがスパークを放つ。
「憂さ晴らし、行ってみようかッ!」
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「はぁ…」
同じく落ち込みながら本部の中を歩いているのは、先程までの余裕は何処へやら。頭の上にぽやぽやとした何かを浮かべながらどこか上の空な風鳴紫羽である。先程とは明らかに雰囲気が違う上にどう見ても顔がニヤケている。パターンピンク、恋愛脳であった。
「奏が、私のことをね…」
さすがにボカされていたとはいえ、分かる。奏は紫羽のことを好いている。それは分かるが、こんな己が恋愛対象として見られるなど、思ってもいなかったのだ。あまりにも意外な情報に脳がフリーズしてしまったのは、当然の帰結でもあった。
「悪いこと、しちゃった。」
アテもなく彷徨う中、ふらりと立ち寄ったのは医務室。やはり身体は本調子ではなく、しかし彼女の勘が何か起こると警鐘を鳴らしている。手早く点滴を抜き、了子の貯蔵品であるカロリーバーを同じく了子の貯蔵品であるコーヒーで流し込んでエネルギーを摂取。
「服、服。あー、まぁ仕方ないか。」
その辺に散らかっていた服を引っ掴んで着込み、そのまま紫羽は本部から飛び出した。やはり身体は重く、以前のような動きには到底及ばない。脳内とはかけ離れた身体のスペックに苛立ちながら、それでも紫羽は街へ向けて走り続ける。
「──居た。」
●
「数が、多いッ!」
『奏、少しだけ耐えて!響とクリスが今──』
「お待たせ、奏。」
「──ぇ。」
一人戦う奏の隣。ふわり、と流れた風の向こう側で、己の想い人が立っていた。今は静養中で動けないはずの、紫羽が。
「一人で戦おうなんて、100万年早いのよ。」
馬鹿ね、と笑って奏の頭を撫でる。久しく忘れていた、仄かな温もり。全てを包み込んでくれるかのような包容力と、己の家族に害なす全てを打ち砕く激情を秘めた、ほんの少しだけ硬い手のひら。懐かしいその感覚は直ぐに離れ、己が見つめる先、病み上がりのままでも彼女は拳を構えて姿を消した。否、戦いに身を投じたのだ。相変わらずの攻撃力は、奏に勝るとも劣らない。
「なぁ、私は──」
「話は後で、沢山しましょう!」
だから。
「来なさい!奏ッ!」
守るものではなく、並び立つものとして。
風鳴紫羽は、己の背中を任せるものとして、天羽奏を選ぶ。
「……いい、の?」
「後で、よ。」
ノイズがこちらに向かってくる中で、唇に当てられた指。言葉を封じられた奏は、それでも目で訴える。
「だぁめ。帰ってからよ。ね?」
「──ん。」
指が離れる。あ、と呟いてしまったのは何故だろう。
「さて、もう一度言うわ。」
「来なさい、奏。」
差し出された右手。ガントレットを鳴らして伸ばされたそれを。
「応。」
掴んでそのまま、奏は身体ごと引っ張る。あら、と小さく言ってそのままこちらに身体を預ける紫羽は、やっぱり優しい。その優しさに溺れてしまうのは、とても簡単だ。紫羽に全てを委ねてしまえばそれで済むのだから。永遠の温もりと安心感を与えてくれるだろう。
しかし。しかし、だ。天羽奏はそれを望まない。それを望んでしまえば、きっと紫羽は己すら殺しきって戦い続けるだろう。そんなことで与えられた温もりなど必要ない。
(私が欲しいのは、貴方の背中じゃないんだ。)
そのまま顔を重ねる。何があったのか、それを知るものは二人だけ。しかしこの時、二人の間に何かがあったのかは事実。光を放ち、奏のガングニールに少し近い形へと変化した紫羽のヴィマーナが、それを示している。
「──任せろ。」
「生意気になっちゃってまぁ。」
がしゃん、と奏は槍を構える。
背中合わせに立つのは、全てを砕く無双の拳。
「置いてくぜ、紫羽。」
「冗談。まだまだ追いつけないわよ。」
その後帰還した二人の距離は、ほんの少しだけ近かった。
次回、第27話。
「身体が、熱い…」
「私は大丈夫よ?」
「うっぐ、ああああああ!」
『燃えるように』
さてさて、どうなることやら。ねぇ。そうは思わないかしら?