演述社翁   作:会川奈々

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1.正直(口癖)

 相棒がブイチューバーになった。

 2016年八月──丁度大学の夏休みもまっさかりな、ただそれだけの、夏の日の事である。

 

 〇

 

 昔からゲームが好きだった。

 好きだったし、得意だった。親が好きなだけ買い与えてくれた、というのが大きな要因だろう。親もまたゲームが好きで、だから家にはたくさんのハードがあった。それを求めてか友達が家に来ることもよくあって、そんな沢山の友達と競い合って高め合って、毎日の様にゲームをする日々に明け暮れていたものだ。

 小学校、中学校。高校生に大学生。どれだけ年齢を重ねても、ゲーム好きは変わらず。正直今となってはイキり散らかしていたとは思うが、中学二年の頃にはゲーム実況なんてものも始めていた。始めていた、というか。今でも継続している、というか。

 自分はゲームが上手いんだ、という自己顕示欲と、それを人に見てもらいたいという承認欲求。いや、見てもらいたいというよりは、褒めてもらいたい、だったのだろう。ゲーム好きの親だった──だからこそ、"ゲームが出来る"というのは、親からの称賛を受けるに足る理由にはならなかった。褒めるのではなく、競う。子供相手に何をと思うかもしれないが、好きだからこその本気。息子相手に本気になってくれる両親が俺は大好きだったし──同時に、少しだけ寂しくあったのだと思う。

 

 そうして始めたゲーム実況は、けれど正直、あまり大成はしなかった。

 まず声が幼すぎた。中学二年生だ。垢抜けていない、なんてレベルじゃない。その上で自分はゲームが上手いんだ、なんて自尊心を持っているものだから、所謂指示厨らに踊らされ、食ってかかっては態度が悪いと燃やされ……まぁ、和気藹々としたコミュニティ、の対極の位置にいる実況者だったと思う。

 ゲーム実況を始めてから二か月程経った頃、相棒──その頃は実況者としての先輩となるそいつに出会う事となる。

 

 実況者のメンテュル。正直どんな発音だよ、とか思った記憶もあるが、とかくソイツとの出会いが俺の人生を変えた。

 当時大流行……はしてなかったけど、それなりに有名だったゲーム『アブルプトチャレンジ』は、FPSのオンラインゲーム。既にパソコンを買い与えてもらっていた俺は、実況者として少しだけ先輩になるメンテュルに誘われ、これを始めた。

 銃を扱うゲームもFPSもVCを繋ぐゲームも対人戦も、どれも既に経験済みで、これもそういう類だろう、と思った。

 事実その認識は正解だった。だった、けど。

 

 ──"なぁケズ、大会、出ないか"。

 

 それが、すべての始まりだ。

 

 

 

 〇

 

 

 

「幸司、何してんの?」

「過去の栄光に浸ってた」

「うわキモ」

「キモくて結構」

 

 五月の大学生というのは、やることさえ済ませてしまえば基本暇である。

 語弊のある言い方をした。暇を作ろうと思えば作れる、という話だ。課題やらなにやらに追われるのはやるべきことをやってないからで、いやまぁやるべきことを十全に熟していてもそれ以上を渡してくるトコロはあるにはあるから例外が無いとは言わないが、休みと言うのは、というか趣味の時間と言うのは、簡単に作り得るのだ。

 ……いや、認めよう。俺は暇な方なのだ。すごく。無論学生の本位たる勉学を欠かしているワケではないが、他の、特に毎日あくせく課題を熟している奴らよりかは暇な学科、というだけ。

 

「ああ、ゲームの実況? やってるんだっけ」

「悪いかよ」

「別に。何年やってんの?」

「前に言った」

「覚えてないってそんなの」

「……今年で七年」

「へぇ。ゴショじゃんゴショ」

「なんだよゴショって」

「大御所引く大。幸司、大御所って感じじゃないし」

「うるせぇ」

 

 大学は様々な人間の入り乱れる場所だ。学部を一つしか持たない大学なんてのは存在せず、それぞれの学科が、加えて多方から来た人間が一つの場所に集うのだから、当然ヘンな奴も現れる。

 コイツは多分、その一人。

 

「声楽科の方はいいのかよ」

「別に、やる気ないしね~」

「一年の時はあんだけ息巻いてたのに、熱ってのは簡単に冷めるんだな」

「仕方ないでしょ。才能って奴よ。……あんだけ隔絶したの一年間見せられて、やる気なんて湧くもんですかっての」

「ははぁ、天才って奴?」

「そ」

 

 やる気の無さそうに足をぶらぶらさせる女子力しかない女に、こちらもつられて溜息が出てしまう。

 自分で行ってて自分に刺さった、というか。

 ……熱っていうのは、簡単に冷めるんだな、って。

 

「およ、なんかナイーブじゃーん? 何々、失恋?」

「だとしてもお前には話さねえよ。そっちこそどうなんだよ、カレシとは」

「へぇ気になるんだ? いっつもこっちが惚気ようとすると嫌な顔して止めるくせにぃ~」

「うざ」

「順風満帆よぉ順風満帆! 大学出て就職したらソッコーで入籍するわ。死んでも離さない」

「おぉ怖い」

 

 訂正、どうやらお熱はそう簡単には冷めないらしい。

 しかし、失恋、か。

 ……亜種ではあるのかねぇ。

 

「ホントにどしたん? マジな話、ガチなアレなら話聞くよ?」

「……聞いてくれるか」

「うわマジなの来ちゃった。なんだいなんだい、お姉さんに話してみんしゃい」

「同い年だろ」

「いいからいいから」

 

 促されて、口を開く。

 うじうじとした俺の態度から漏れ出でる言の葉は、やはり、後悔と……未練だった。

 

 

 ●

 

 

 メンテュルはFPSのプレイヤーとしてそこそこ有名だった。所持しているコミュニティの規模も当時の俺のそれとは比べ物にならず、けれど気取らないフランクな奴で、イキり散らかしていた俺さえも受け止めてくれる優しい奴だった。

 初めてメンテュルと共にFPSゲームの生放送をした日、未だかつてなかったほどの視聴者に若干ソワソワしながらも、計十六ゲームの七割を好成績で修めることに成功。コミュニティ参加者も急激に伸び、『アブルプトチャレンジ』の一端のプレイヤーとして認知される事となる。

 そこから生放送の度にメンテュルとプレイをし、動画を出すときも二人一緒に、がほとんど。無論個人放送個人動画もあったけれど、出す動画、生放送の八割をメンテュルと共に行うようになった。

 

 一年が過ぎた頃には個人でない共用のコミュニティを作成し、以降の活動はそちらで行うように。コミュニティ参加者数もそれなりの量になり、このゲームの実況者といえば、なメンバーに名を連ね始めた頃、メンテュルからの打診があったのだ。

 即ち、大会に出てみないか、と。

 

 曰くFPSの大会というものがあるらしい。実況者CUPと名付けられたそれは、その名の通り『アブルプトチャレンジ』のゲーム実況者が集う大会の事。既に決まっている参加者はどれも強者揃いで、ちらほら聞いたことのある実況者ばかり。曰く海外の実況者も参加するとかなんとかで、ガチガチな大会になるとのこと。

 メンテュルは初めから誘われていたが、そのメンテュルが自らこう言ったらしいのだ。

 

 ──"相棒を一人、連れて行きたい"

 

 メンテュルが誘いを受けたのはとある公式の生放送内でのことらしく、それをリアルタイムで見ていた視聴者らが口々にそれを教えてくれた。

 正直。正直──感動だった。感涙モノである。泣かないけど。

 友達が少ないとは言わない。それなりにいる。親友もまぁ、いる。けど、俺を、ゲームという繋がりで相棒扱いしてくれる友達なんか、いなかった。相棒。相棒だ。中学二年生の俺が飛びつかないはずの無い単語だ。

 当然俺はそれを承諾した。

 

 ケズ。実況者としての俺の名前は、その大会で更に広くの人に知れ渡る事となる。

 

 

 ●

 

 

「で、本題を早く話してよ。お姉さん、そんなに暇に見える?」

「同い年だっつの。……そんで、まぁそっからは簡単だよ。メンテュルと俺はその後頻繁に大会に出るようになって……2013年には、あるゲーミングチームから声がかかった。知ってるか、ゲーミングチーム。あんまり聞かないだろうけど、プロゲーマーって職業があんだよ」

「ああ、なんかニュースで見た事あるかも。それになったの?」

「いや、そのチームはまぁ高校生チームって奴でさ。スポンサーも何もついてない、要は法人化してないアマチュアチームだったワケ。でも、自惚れ込みで言うけど、俺らが所属してからメキメキ実力を上げてさ、高三……一昨年だな。とある大会で他の部門が最高位のランクに昇格して、念願のプロ化を果たした」

「へー」

「興味ねぇな。話止めるか?」

「あ、続けて続けて。本題を聞きたいんだってば」

「……だってのに、だよ」

「?」

 

 だってのに。

 本当に念願叶ってのプロ化だった。実はすでに『アブルプトチャレンジ』はサービス終了してしまっていて、俺もメンテュルも他の部門に移っていたけれど、そこでも好成績を残していた。残していた、のに。

 

 ──"ごめん、ケズ。俺やりたい事が出来ちゃった。から、辞めたいんだ、プロ"

 

「……一昨日の話だよ。一昨日、相棒がプロチームを辞めた。みんな引き留めると思ってたのに、もう随分と前からみんなには言ってたらしい。俺には直前まで言わなかったのにな」

「うわちゃー、さっき茶化したけど、それもう失恋じゃん。ちなみに恋心は?」

「あるワケないだろ。あぁもう、真面目に相談した俺が馬鹿だった」

「ちょちょ、ごめんて。茶化してごめんよ。……ちなみにさ、それからそのメンテルって人とは話したの?」

「テュ、な。……話してない。何話していいかわかんねぇし」

「ぐわー、失恋カップルの話聞いてるみたいで効くゥ、あちょちょちょい! 話は終わってないっての!」

「お前にも分かる通り俺は今ナイーブなんだよ。んでイライラしてる」

 

 だって、そんなの許容できるわけがない。

 メンテュルの方から俺を相棒って言ったんだ。アイツが俺を相棒として認めて、俺をFPSのステージに立たせて……そんなアイツが今更辞めるなんて無責任が過ぎる。

 せめて……せめてもっと前に話していてくれたら、全力で説得したのに。辞めないで良い道くらい、あっただろうに。

 

「ふーん。じゃあ幸司の説得があったら、そのメンチュルって人は留まってたんだ」

「テュ、な。そりゃ……当たり前だろ。七年も一緒にやってたんだぞ。俺の言葉が届かないワケ」

「届かないと思ったから、何も言わなかったんじゃない? だって幸司、事前に聞いてても死ぬ気で引き留めてたでしょ。そのメンチュル君のやりたい事がなんなのかも聞かずに、"絶対辞める必要無い!"とか言ってさ」

「……」

 

 否定は、出来なかった。

 事実俺はメンテュルのやりたい事がなんなのか知らないし、それを知っていたとしても……冷静であれたかどうかは、わからない。もしかしたら喧嘩になっていたかもしれない。

 

「幸司、気付いてる? それ……独占欲って言うんだよ。私、妹にヤンキーがいるんだけどさ」

「唐突だな」

「まぁ聞いてよ。そのヤンキーな妹も、彼氏いるワケ。で、その彼氏君もヤンキーなの。不良よ不良。でも結構礼儀正しくてさー、私と会った時にもちゃんとお辞儀して」

「……」

「でもね、妹が私のする大学の話を興味深そうに聞いている時、決まって唇噛み締めて震えてんの。なんでだと思う?」

「……」

「妹が真面目に勉学の道に進んだら、自分はついていけない。そういう付き合いがマイナスになるような将来を選んでしまったら、妹の幸せを第一にしたいから、自分は身を引くしかない。けどそれがどうしても嫌で嫌で仕方ない。けど妹の将来に自分が口を出すのは違う……ってさ。妹がいない時、少し二人で話す時間があってね。色々話してくれた」

「……それが、なんだよ」

「凄い独占欲じゃない? ぶっちゃけ自分が勉強して同じ大学に行けば済む話なのよ。でも彼はね、自分を変えたくはないし、その上で妹を手放したくはないの。欲望よ、欲望。私感動しちゃってさ、君なら妹を任せられる、ってね」

「俺にはダメ人間にしか聞こえないけどな」

「今の幸司も、あの子と同じ目をしてる」

 

 ……。

 まぁ、正直。

 正直な話。図星だった。独占欲か。ああ、その通りだ。

 アイツは、メンテュルは俺の相棒だ、という……独占欲がある。不快な程の図星。

 

「ふふん、どう? お姉さんは相談役として出来る方でしょ?」

「だから同い年だっつってんだろ。……でも、まぁ助かったよ。ちょいと……自戒してみる。今までずっとアイツが悪いって考えてたけど、俺がちょっと重すぎたかもしれん。今俺、その、あー、妹の彼氏? に引いちゃったからさ。俺が同じ行動してるってなら、ちょっとヤだわ」

「言うねえ、ちなみにイケメンだぞー」

「じゃあ尚更ヤだわ」

「私の彼氏……かれぴっぴっぴっぴには負けるけどね」

「はいはい、ぴっぴっぴっぴ」

 

 仲直り、か。

 ……出来る、だろうか。俺に

 

 

 ○

 

 

 そのまま、ずるずると時は過ぎて、三か月後。

 2016年八月──メンテュルは、ブイチューバーになった。

 

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