演述社翁   作:会川奈々

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2.先入観(環境)

 縛りだとか、企画だとか、そういうのは強い奴がやるから面白いのであって、弱い奴がやったってそれは、単なる弱さの言い訳だ。それ以上が出来ないからちょけて、これ以上を出せないから斜にやる。

 実況界隈でも昔からあるその"弱い奴の言い訳"が、嫌いだった。もっと真面目に、本気で、真剣にやれ。そう思っていた。

 

 ──"行ける行けるいける、あっ、あぁ~! アッハッハ!"

 

 画面から聞こえるメンテュルの声。ゲームのUIを考えて、どう考えても邪魔な位置に表示された絵は一切動くことなく、何のためにあるのかわからないソレは、まるで教育番組の画面合成マスコットのようにも思えた。

 その隣に配置された絵も同じく動くことは無い。手元放送や顔出し放送をする時だって、もう少しくらいは配置を考える。武器の種類がどうであるかとか、マップがどう見えているかとか。

 画面は見やすい方がいい。画像を放送画面に被せて可視範囲を狭めるなんて馬鹿のやることだ。

 

 ……そのはずなのに。

 

 ──"獅童さん、あとちょい! ちょいです! ……あああダメかあぁ!"

 ──"逝くな、モルド……モルドォォォオ!"

 

 どう考えてもメンテュルの実力に見合っていない実況者二人。それに囲まれ、『グレネード縛り』というタイトルで行われている放送。

 わざわざ文句を言いに行くような真似はしない。けど、正直不快だった。だってどう考えてもふざけている。実況者二人は現在実力に欠けているだけで、少し練習すれば上手くなれそうなセンスの片鱗を見せていて、それが更に不快で。

 グレを投げる位置も、タイミングも、実践をもっと経たらもっともっと上手くなる。勿論難行だけど、グレネード縛りでも悪くはない順位にまで着けるだろう。けれど弱いままにそれをやったって、当然行きつく先など知れている。

 努力をしたくないがための言い訳。真面目にやってこけるのが怖いから、こうやって底辺で水遊びをしている。

 それにメンテュルが付き合わされているのも、また不快。

 

「仲直り、ね」

 

 図星を突かれたあの日から今日まで、ざっと三ヶ月。

 未だにメンテュルとは一言も話せていない。通話はおろか、文面でさえも。

 自分で思っていたよりも相当うじうじしている己に嫌気が差すが、メンテュルもメンテュルだと思う。なんで、一言も連絡を寄越さないのか。

 ブイチューバーというのを始めるから、もう別人だとでも言いたいのか。

 そんなことが許されると思っているのか。

 

 ──"流石にグレ縛りは厳しいですかね?"

 ──"諦めるなんてらしくないぞモルド"

 ──"それは、そうかも。よし、ちょっと本気出してみます"

 

 正直身の毛もよだつような所謂"敬語キャラ"で、メンテュルは快活に笑う。確かに物腰の柔らかい、気さくなヤツではある。あるが、同世代や同業者に敬語を使う奴じゃない。ちゃんと裏でタメでいいかの確認を取るし、それを断るような実況者はいなかった。無論これは相手がメンテュルだから、ではない。敬語を使われると距離が出来てしまうから、邪魔にしかならないのだ。

 だからたとえどれほどの年齢差があってもタメを許可する実況者ばかりだし、それを問うて来ず、敬語のままである実況者とはどこか壁を感じてしまう。

 勿論視聴者は裏の事なんて知らないし、知る必要もないから、"年上や大御所にタメ語で話すヤツ"に反感を覚えたり文句を言ったりするのだろうが、そんなのは無視すればいい。

 俺も実況者として"視聴してくれる人がいること"や"上手いプレイを求めてきていること"くらいは理解しているが、"視聴者を大切にしなければいけない"という意識は無い。俺が魅せる事で、勝手についてくるのが視聴者だ。量が増えれば喜ぶが、自分から求めることは無い。

 

 話が逸れた。

 

 ともかくメンテュルはそれなりに長い間実況者をやってきて、放送で敬語を使うような奴じゃない、ということだ。これが初顔合わせならともかく、今日が初めまして、ではないようだし。

 

 ──"では行きましょう!"

 

 ブラウザバック。

 もう見ていられない。キャラづくり、というヤツなのはわかっているが、気持ちが悪いと思う。キツイ。

 

 

 そのままPCを落とそうとして、ふと、通知が一件来ている事に気が付いた。

 大学のメッセージツール。携帯にも入っているそれに一件。

 

「……まぁ、いいか。明日で」

 

 緊急の話なら、電話をかけてくるだろうし。

 どうせどうでもいい話だろう。

 

 

 

 ○

 

 

 

「すみませんでした」

「開口一番の謝罪なら許されると思ったんだ?」

「あー……その、マジで忘れてたというか、そのだな」

「素直でよろしい。それで、この炎天下に三時間も女の子を待たせたのだから、代価の一つくらい払ってくれるよね?」

「御意に」

 

 緊急じゃなかったが、大事な約束だった。

 大学は既に夏休みに入っている……ものの、何も無い、というワケじゃあない。夏に講習を入れている奴はそもそもとして、サークル活動、というのが存在している。勿論それさえも完全休暇にしてしまう所も少なくはないが、俺の所は違った。というか、この予定日に関しては俺が決めた。一から十で言うと二千くらい俺が悪い。遅刻は最低行為だ。恥じろ。

 

「あー、奈々?」

「言い訳なら聞かないけど」

「そうじゃなくて、体調は大丈夫か? マジな話、日射病とか、その、熱中症なるだろ」

「……別に。さっきまでカフェにいたし」

「炎天下に三時間も待ってねぇじゃねぇか!」

「じゃあ待たせたのはチャラって?」

「すみませんでした」

 

 前に俺の図星を踏みつけて地団駄してきたコイツとは、同じサークルに入っている。正直に言えば"入らされた"が正しいんだが、今では趣味の一部となっているから驚きだ。

 俺の活動拠点である動画サイトにはオンライン百科事典が存在し、俺もその項目に名を連ねているのだが、しっかりと趣味の欄にこのサークル活動が記載されている。

 

 その名も。

 

「アイスね」

「いいけど、ベタベタするぞ。それに、片手じゃ撮れんだろ」

「活動終わってからに決まってるでしょ」

「さいで」

「……にしても、また変えたんだ、カメラ」

「ん。変えたっていうか、今日はコイツの気分なだけだけど」

「なんでもいいけど、慣れないカメラ使って前みたいに爆音流して鳥逃がすのだけはやめてよね」

「その節は誠に申し訳なく」

 

 バードウォッチング。野鳥観察、のやつだ。採鳥とも。

 始めた切っ掛けは先ほど述べた通り、コイツに無理矢理連れられて、入らされたから。何の意味があるんだと思っていたのも束の間、野生動物たる野鳥の最高の一瞬を捉えるという行為が、まぁ、広義的に考えればFPSに通ずるものがあり、とくに"実際にスコープを覗いてみる"という経験が身になったのは事実なのだ。

 勿論実際の銃のソレとは全く違うのだろうが、現在見ている距離と倍率レンズを覗いた時の距離がどれほどになるのか、とか、視界のどこがピックアップされるのか、とか、そういうのの認識速度のようなものが向上した……気が、する。気のせいかもしれないが。

 あとはまぁ、緑に囲まれているせいか、バードウォッチングを始めてから視力の低下が緩和した、気がする。緑色が一番視力低下を抑える色というだけで、緑を見たから視力が回復する、みたいなのはデマだったような気がしないでもないのだが、実際そうなっているからそうなのだろう。多分。

 

「幸司、行くよ」

「はいよ」

 

 バードウォッチングに向いている季節は春秋ではあるが、夏に全くいないかと問われたら、全くそんなことは無いと答えられる。水辺や山場には、カラスくらいの大きさの鳥がわんさかといる。要は知識ゲーだ。どこに何が湧くかがわかっていれば、効率的に、且つ意識を高めて質の良い写真が撮れる。

 素人だった頃はすべて同じに見えていた鳥たちも、意識を向けてみれば全く違う。色もそうだが形も違うし、鳴き声も生態も、たとえ同じ種であっても違いが見えるのだから面白い。

 

「けど、あれだよな」

「何が?」

「やっぱ殺気って存在しないんだな、ってさ」

「……何が?」

 

 漫画によくある殺気。スコープを覗いた先にいる奴が、殺気を察知して避ける、みたいなの。ああいうのに憧れた時期は多少あったけど、こうしてレンズを覗いて、引き金を引くつもりで鳥らを凝視したって、彼らが飛び立つことは無い。

 SRに関しては俺よりメンテュルの方が上手いから何とも言えないけど、あれだけずっと止まっていれば、HSを決める事なんて容易だ。偏差は上下だけでいいし、弾速さえわかっていればどれほど落ちるかも計算できる。……動いているというか、飛び立ってしまえば当てられる自信はなくなるが。

 

「暑さで頭やられた?」

「失敬な。あ、でも、奈々って飛んでる鳥撮るの上手いよな。今度コツ教えてくれよ」

「何がでもなのかわかんないけど、今度ね」

「さんきゅ」

 

 そういう意味ではコイツはFPSに向いているのかもしれない。大学に入る前からバードウォッチングをやっていたとのことで、測距点の取り方や被写体をレンズに収めるまでの速度が尋常じゃなく速い。SR持たせたら無双できそうなくらい速い。ゲームはほとんどやらないらしいので、操作に慣れるまでに一ヶ月くらいかかりそうだが。

 とにかくまぁ、そういう面でも練習になる。マウスよりも視点移動の難しい現実のカメラは、だからこそ自在に動かせるマウスになった時、なんて楽なんだ、と思う。縛り付けられていたそのギャップが思わぬパワーを呼び起こすものだ。

 

「それで?」

「ん?」

「進展したの? あの話」

「何の話だよ」

「何って、ほら、五月だか六月に話してくれたじゃん。最愛の相棒の話」

「……珍しい。奈々が人の話覚えてるなんて」

「気になっちゃってさ。あんまり動画とか見てこなかったけど、Ouitubeで見つけたよ、メンテュルって人の動画」

「それ、転載だぞ。アイツそっちでは活動してないし」

「転載?」

「まぁ、あるんだよ。二つ……だけじゃないけど、大きい動画投稿サイトが二つあってさ。どっちもがどっちも、基本無断で双方の動画を転載しまくってる。だからまぁ、アイツのためを思うなら、元動画の方を見てくれ」

「んー、そこまで熱量ないかも」

「そうけ」

 

 まぁ、視聴者なんてそんなもんだ。上手いプレイを見て感動するが、別に上手いプレイをしている本人が好きなわけじゃない。写真や小説と同じだ。作家や撮影者本人なんて正直どうでもいい。美しい写真や面白い文章を読みに来ているのであって、作者に何か思う所があるわけじゃない。

 そういう意味でも、ゲーム実況というのは刹那的な場所だった。

 所謂オタクと呼ばれる部類の奴らこそ実況者本人を追うのだろうが、基本は好きなゲームを探して、自分の出来ない神プレイを見るとか、自分と同レベルの奴や初見の反応……ファーストインプレッションを見に来て楽しむとか、そういうのが普通だ。

 

「で、幸司も見たよ。ゲームの上手い下手とか知らないからあんまり言えないけどさ」

「ん」

「アンタ、めちゃくちゃ楽しそうにメンテュルって人と話すんだなぁ、って。そう感じたら、五月に私が言った事、ちょっと言い過ぎかな、とか思っちゃったりして」

「うわ、なんだよ。自省するとか気持ち悪いことするなよ」

「それはちょっと酷すぎない?」

 

 楽しかった。俺はメンテュルの視聴者じゃない。ファンでもない。相棒なんだ。メンテュル本人とずっと仲良くゲームをしていたかった。それだけ。

 ……それだけ、なのに。

 

「でさ、最近の奴みたのよ。辞めた、って言ってた日の後の奴」

「……おう」

「目に見えてわかる程に楽しくなさそうで、笑っちゃった」

「お前ホントに最低だな。彼氏が可哀想だ」

「ゲームやってる時より、バードウォッチング(こっち)やってる方がずっと生き生きしてるよ。メンテュルさん辞めちゃってゲームもつまらなくなったんなら、いっそのことこっちにシフトチェンジしない? 一旦離れてみてさ、こっちに一意専心! みたいな」

「──」

 

 ゲームが、つまらなくなった。

 引っかかった。いや、そうじゃない。俺はメンテュルがいなくなったから、ずっと一緒にやっていたアイツがいなくなったから楽しくなくなったのであって、ゲームに魅力を感じなくなったわけじゃあない。

 ……そう、だよな?

 

「幸司? あー、ごめん。余計なコト言った?」

「いや、彼氏が可哀想だな、って思っただけ」

「えぇー? めっちゃラブラブなのに。もしかしてひがんでる?」

「惚気話は余所でやってくれ。鳥が逃げる」

「酷いなぁ」

 

 鳥を見る。木に止まっているそれでなく、今は田んぼの中央付近を歩いている鳥。タマシギ、という種類だ。

 もう少し遅い時間になってからよく鳴く鳥で、だからこそ今の時間に見つけるのはそこそこ難しい。空は快晴。多少潤いの足りない写真になりそうだが、それは後でいくらでも弄り得る。取りたいのは正面。田にくちばしを突っ込んでいるタマシギを画角に収めてじっと待ち、息を殺す。

 正直距離的にはそこそこあるから息をひそめる必要はないのだが、これはもうほとんど癖だ。呼吸による胸の上下でフレームの位置は変わる。最高の写真にするためには、呼吸なんていう邪魔者を排除しなければならない。

 

 1秒。2秒。

 呼吸を止めている時間が長くなればなるほど、体内の酸素が不足すればするほど、外の時間に対して体感時間というのは伸びていく。大きな衝撃を受けた時に時間が止まったように感じるとか、走馬灯を見るとか、そういうのはこれが原因だ。

 集中は上がっている。けれど、酸素が尽きればそれは解けてしまう。

 けど、予測というものが存在する。今息を止めて、構えていれば──その息の続く範囲内で、必ずや鳥が顔を上げるだろうという予測。否、確信が。

 

 5秒──来た。

 

 シャッタースピード1/8000s、絞りはF7.1。ISO1600。

 上がる嘴が水を引き上げ、それが弧を描く。タマシギを囲う円のようになった水の流線が陽光を受けて輝き、ある種の額縁のようにさえ見える──そんな一枚。

 まぁ正確には何十枚、なんだけど。

 

「っぷ、はぁ、はぁ……」

「そりゃ一分半も息止めてたらそうなるって」

「ふぅ、はぁ……ああ、でも良いのが撮れた」

「その内窒息死しそうで気が気じゃないんだけど、こっちの気持ちわかってくれたりする?」

「するワケ」

「男子大学生野鳥撮影中に死亡。死因は撮影のために呼吸を止めていた事による窒息死……友人は隣にいたにもかかわらず異変に気付くことなく……」

「どんなだよ」

 

 とりとめのない会話だ。鳥だけ……いや、よしとこう。

 でも、苦しい思いをした甲斐あって、いい写真が撮れた。これもまたギャップかな。

 ギャップ、か。

 

 

 

「さて、そろそろ戻りますか」

「何か用事あんの?」

「かれぴっぴとねー」

「ああ、さいで。アイスは?」

「あ、忘れてた。んじゃあコンビニ寄ってこ」

「言わなきゃよかった」

 

 それなりの時間、撮影して。

 俺達は大学へ戻る。写真加工や現像は後日やるとして、一応はサークル活動なので、記録……自分達だけの野鳥図鑑を作ったり、分布図を取ったりと色々やることがあるのだ。

 

 夏休みで人のまばらな大学。

 冷房が効いているから、正直家にいるより助かったりする。

 

 

 ●

 

 

「げ」

「ああ」

 

 サークル活動を終えてそのまま解散、としようとした、その時の話だ。

 特にピックアップする必要もないこの思い出は、けれど後に大事なものになる。

 

「おい、奈々。人の顔見て"げ"はマズイだろ」

「しょうがないでしょ、苦手なんだから」

「本人を目の前にして陰口は、やるね。いいよ、そういうの好き」

 

 多分、同学年の女性。奈々があからさまに嫌な顔をした事や、その口から苦手、という単語が出た辺りを加味すると、恐らくこの女性はかつて奈々が話していた声楽科の"天才"という子なのではないかと想像する。

 

「天才はまぁ、恐れ多いけど、同じ声楽科なのは正解」

「……何がスか」

「会川さん」

「な、なによ」

「大丈夫。そうはならないよ。こちらにとって、メリットのあることじゃないし」

「……」

 

 それだけ言って。

 彼女はそのまま廊下の奥へ消えて行った。

 なんだったんだ。マジで。

 

「苦手、って言った意味、わかった?」

「アレか? 不思議ちゃんなのか?」

「だいぶ、ね」

 

 多分、嫌いの域にまでは行っていない。

 けれど大いに苦手に思っている、といったところか。コイツ基本コミュニケーションが揶揄いだからな、掴めない奴には弱そうだ。

 

「でもって天才、だっけ」

「マジのガチで化け物。才能って言葉はあの子のためにあるんじゃないかってくらい」

「嫉妬マシマシな感じ?」

「嫉妬する気さえ起きない、ってカンジ。……これで傲岸不遜なヤツなら、嫌みの良い様もあるんだけど、あの調子じゃね。なんか、スカされるというか。暖簾に腕押しというか」

「糠に釘というか?」

「なんでもいいけど。はぁ、ヘンに疲れちゃった。アイス、二個にしてもらおうかな」

「火の粉も火の粉だなオイ」

「ああそうそう、多分、これ以降関わる機会無いと思うけど、一応注意事項。あの子に人生相談とか恋愛相談とかしちゃダメよ」

「……なんで」

「なんでも」

 

 言って。

 奈々は話は終わり、とばかりに歩いていく。

 歩いて、歩いて──彼女は振り返って。

 

「ア・イ・ス」

「へいへい」

 

 ……引っかかる言葉や事柄の多い一日だった。

 何か──もう、少しで。

 

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