演述社翁   作:会川奈々

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3.当然(口癖)

 最近民度が下がっているだとか、子供のような視聴者が増えた、なんて言っている配信者を見た。

 例の如くメンテュルと関わったヤツの一人で、『初心者でも○○のタイトルが簡単に取れる』だとか、『誰でも上手くなれるリコイルの仕方』だとかをサムネイルに羅列している、こちらの動画サイトには多く見られる手法の動画投稿者。

 それが原因だろう、としか言えなかった。

 

 そういうモノに惹かれてくるヤツは、結局"初心者でも大した努力をせずに強くなれる方法"を求め、"難しい動作や段階を経ることなく"、"楽に敵を倒したい"。そういう理念が根底にある。

 当然その"楽な方法"を上手く実行できなければ更に楽な方法を求めるし、それを繰り返せば知識だけが嵩張っていく。自分には出来ない楽にできる方法の知識が。

 最終的にそいつらは指示厨になる。あるいは名人様になるかもしれない。実戦経験の無い、知識だけがある視聴者。それらは動画内で行われている、ある種"出来ない自分"にも似た動画投稿主・生放送主の動きに納得が出来ないし、いらいらするし、最適解を知ってしまっているからこそ口に出したくなる。

 これが指示厨の基本原理だ。自身の知っている"もっといい方法"を最適解や最善であると誤認した、成長の余地のない憐れな奴ら。

 

 ゲームの実況をしていれば、そういうのは必ず沸く。当然だろう。ゲームである以上、上手い下手が存在する。アクションやシューティングだけじゃない、パズルやRPGにだって最適解や今以上、というのは存在し、最適解でないものはすべて下手であると誤認している指示厨達は、自身の知っている最も上手な方法を教えたがる。下手なものを見ているとイライラするのは人間心理として当然だ。良く言えば手伝いたくなる、悪く言えばじれったくなる、と。

 プラットフォームが変わっても尚、指示厨は当たり前かのように沸いていた。

 指示厨にも色々と種類があるが、上述の通りこれは集まるべくして集められた純粋種の指示厨。楽を求めて楽出来ず、楽を知っているから楽を教えたがる行為功利主義者の群れ。

 

 民度が下がったのではなく、意識の低い奴らを自ら引き込んだ、が正しい表現と言えるだろう。

 それはそのまま子供のような視聴者が増えた、にも該当する。無論この場合の子供とは実年齢の話でなく、精神的に成長をしていない子供……まぁ、揶揄する表現にすれば"キッズ"と呼ばれる存在らを指す。

 世界が自身を中心に回っているが故、U18な子供にこういうのが多いのは事実だが、それを過ぎて尚成長できない奴らだってごまんといる。時間が経てば自然と大人になれる、って程人間は簡単なツクリをしていない。努力から目を背け、楽を、楽をと求めてきたヤツが大人になんかなれるワケがない。

 

 ……もっとも俺とて大学生の身ではあるんだけど。

 

「幸司さ」

「ん……」

「明日の予定なんだけど」

 

 そういう指示厨や名人様の最終形は、あるいは分岐した最悪の未来は、まぁチーター、というやつになるのだろう。『アブルプトチャレンジ』にもそれなりの数がいた奴らは、努力をしたくないのだ。俺達のように努力をする事が楽しいとか、努力をして自身が成長する事が楽しいとか、そういう原理とは全く別の思想を持つ人種。

 努力が嫌いで、疲労が嫌いで、自身の変化も嫌い。楽がしたくて楽がしたくて楽がしたくて、けど爽快感は得たい。傷付きたくない。傷付けられたくない。絶対的上位でありたいし、自身が安全な場所で、向かってくる有象無象を優雅に蹴散らしたい。

 反吐の出る考え方だが、それが蔓延しているのは事実だ。ああ、ここでいうチーターはあくまでチートを用いてゲームを楽しむ奴らの事で、販売業者の事ではない。あれらもまた反吐の出る存在だが、上述のような思想は一切無いビジネスだろうからな。論外、というヤツだ。

 

 "楽にタイトルを取る方法で取れなかったから、もっと楽な道を選んだ"。ただそれだけなんだろう。

 

 ……まぁ、更に例外の例外。

 "頑張っている奴を叩き潰すのが楽しい"、なんていう外道も過去にはいたから、それが全て、とは言わないのだが。

 

「聞いてる?」

「聞いてると思うのか?」

「グーとパー、どっちがいい?」

「明日の予定だろ? お前のかれぴっぴっぴに贈るプレゼント選び。ラノベあたりでカップルだと勘違いされるヤツ」

「聞いてたなら結構。チョキでいい?」

「目潰しは残酷が過ぎる」

 

 とかく、大衆受けする動画を作れば作る程、その投稿主のコミュニティは勿論、界隈の民度まで下がっていく。"キッズ"を呼び込んでいるのだから余りに当然すぎる結果。だというのにそれを視聴者に全原因があるかのように嘆くのはお門違いも良い所だ。

 最初から全部無視するか、真っ向から喧嘩するかのどっちかにしろ。まるで自分は悪くない、とでもいうような発言はやめろ。そしてそれを擁護し、全肯定する信者も、また。

 

「じゃあ今日どうするか、って話なのよ。候補は二つ。このまま誰が来るわけでもない大学(ここ)で駄弁るか、炎天下にバードウォッチングしにいくか」

「それぞれ帰宅する、という選択肢はないのか?」

「チョキでいい?」

「帰ってゲームがしたい」

「チョキでいい?」

「カラオケとかどうだ。俺は歌わないけど」

「……あり」

「なんなんだよお前。そんなに俺と一緒にいたいの危ねっ!?」

 

 マジの目潰しには流石に意識を割かざるを得ない。ゲーマーにとって目は最重要器官の一つだってわかってんのかコイツ。

 

「浮気は良くないぞ」

「自分が好意を抱いてもらえるヤツだと思ってるの?」

「ひっでぇ」

「けどまぁ、暇なのよ。流石にこの炎天下で鳥を見に行こうって思う程命知らずじゃない。けど、家に帰ってもやることがない。私の愛しのかれぴっぴっぴっぴは夏期講習会も入れててさ、ね?」

「俺はまぁいいけど、愛しのかれぴっぴっぴっぴには嫉妬とかしないのかよ。一応俺男だぞ?」

「彼、その程度のことで目くじら立てるようなヒトじゃないし。何より私が幸司の事よく話すから、今度会ってみたいとか言ってたくらいよ」

「……それ、出会って襟首掴まれて持ち上げられてオイテメェ、の流れじゃないよな」

「そうだったら私が嬉しい」

「当分会わないでおこう」

 

 なんというか、寂しがり屋、というヤツになるのかな。

 友達とゲームをするのも一人でゲームをするのも同じくらい好きな俺にとっては分からん感覚だ。

 

「幸司だって家帰ってゲームしてもメンテュルさんいないからつまんないんじゃない?」

「……お前、図星突くの上手いよな」

「かれぴっぴにもよく言われる~」

 

 友達とゲームをするのも一人でゲームをするのも同じくらい好きなのは事実だ。

 事実だが、それ以上に楽しい事を知ってしまったから、その二つが同じくらいつまらなくなってしまったのもまた事実だった。

 

「やっぱ俺も歌うわ」

「おっけおっけー」

 

 ネガティブな考え事にピリオドを打つ。

 この際だから、全部吐き出してしまう事にしよう。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……」

 

 ガジガジと後頭部を掻く。

 ゲーミングチェアにもたれかかり、天井を見つめる。

 起き上がって携帯を持ち、ONにする前の真っ暗な画面をじっと見つめて、けれどやっぱりそれを置いて、右手で顔を覆う。

 そして深い深い溜息を吐いた。

 

「いい加減にしろよ……俺」

 

 最後のメッセージ記録は五月十八日。現在八月二十三日。

 メンテュルからの辞めるという文面の後に、みっともなくそれを追求する俺のメッセージが続いている。

 けれどそれには返信はない。

 既読は付いている。だから届いていないという事は無い。けれど、まるで話す気がない、とでもいうかのように、音沙汰無し。

 

 俺もそこから何を送る事もなく、今に至る。

 

「……ダメだ」

 

 指が動かない。メンテュルのアカウント自体が三ヶ月オンラインになっていないけれど、ブイチューバーとしてのアカウントを新しく作っているだろうことは簡単に察せられる。実況者同士の一般的なコミュニケーションツールなんて数える程しかない。だから、まだ、ほとんどの確率でメンテュルは俺達とのやり取りを見る事の出来る環境にあるはずだ。

 ウチのチームとの連絡も、特に権利関係は確認しなきゃいけない事とかあるだろうからな。

 

 だから、そこに。

 一件でも、俺からのメッセージがあれば……アイツなら、無視はしない、と……思う、思いたい、のだ。

 

 でも、送れない。

 

「ああ、もう、何やってんだよ……」

 

 行動力も決断力もある方だった、はずなのに。

 視聴者にあれだけデカい態度を取って、バチバチに喧嘩しておいて、相棒の事となったらコレだ。笑える。自分に。

 

 やっぱりどうやっても、指は動かなかった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「あ……」

「や」

 

 今日は奈々のいない日。当然だ。昨日選んだ彼氏君へのプレゼントを意気揚々と渡しに行っている日なのだから。さらには祝日という事もあってか、夏季休暇の中でも更に人のいない大学の、これまた元から人の少ない研究棟と実習棟を繋ぐ連絡橋の休憩スペース。

 ガラス張りの大窓から見える景色に人間は映らず、時折飛び立つ鳥を目で追う程度。

 アイツの言う通り、家でゲームをしていても、正直つまらなかった。上手くなるための練習は欠かしていないし、夜には放送も行う予定だが、やはり昼は暇で。

 

 だから何気なしにここへ来て──その人に出会った。

 

「えーと……声楽の」

「カレーさん、と呼んでくれていいよ」

「まじすか」

「よろしくね、コーギー君」

「まじすか」

 

 え、何この人怖っ。

 

「あー、カレーさん」

「うん」

「ええと、どうしてここに?」

「面白い予感がしてね」

 

 え、何この人怖っ。

 

「というのはまぁ嘘だよ。単純に遅れてたレポート出しに来てただけ」

「あ、そうすか」

「でもコーギー君は、そうでしょ。暇だから、何かがある事を求めて、何気なしにここへ来た」

「……なんでそう思うんすか」

「だってテーブルの上に飲み物しかないじゃん」

 

 ……確かに。

 誰がどう見ても、暇している。

 

「少し話さない?」

「別に、いいすけど……カレーさんは暇なんすか?」

「わたし、話したことない人と話すの好きなんだ」

「答えになってないすけど」

「忙しかったら立ち止ってないよ。自分から話そうなんて言わない」

「そりゃ、まぁ、そうすね」

 

 なんだろう、色々と噛み合わない。こっちが歯車であっちはボールベアリングくらいの違いを感じる。

 こりゃ、奈々が苦手に思うのもわかるわ。

 

「熱量のある子とはね、あんまり噛み合わないみたい」

「……前もそうでしたけど、心でも読めるんすか」

「読めると思う?」

「あり得ないとは思ってます」

「じゃあそれが正解。事実がどうであれ、君の感じた事が全てだよ、コーギー君」

 

 カレーさんは、ウィンクを一つした。なんだろう、サマになっている。アニメなら目じりから星でも転げてきそうな勢いだ。

 ……カレーさんて。なんだよカレーさんってマジで。コーギー君もそこそこ意味わからん。いやまぁ幸司……だから、コーギー……うーん。つかなんで俺の名前知ってるんだ問題にもなる。まさか知らないでコーギーってつけたわけじゃないよな?

 

「わたしに歌以外の芸術センスを求めないで欲しいな」

「もしかしてちょっと気にしてます?」

「すっごく」

 

 あぁ、良かった。普通に人間だ。

 0.1%くらいは妖怪かなんかなんじゃないかと思っていたが、ちゃんと欠点のある……コンプレックスのある人間だった。

 

「それで、ええと」

「悩みがあると見ているんだけど、どうかな」

「……奈々からなんか聞いたんすか」

「会川さんがわたしに言うのはいつも同じことだけだよ」

「アイツは……そんなに悪いヤツじゃないんすよ。めっちゃ真摯に物事に向き合えるし……」

「ああ、安心して。わたし、会川さんに悪感情は持ってないから。ひたむきな子だと思っているし、すごく熱量のある子だな、って思ってるよ」

「……俺とも、奈々とも、同い年すよね?」

「見えない?」

「容姿が、って事を聞きたいんなら、普通に大学生っぽいすけど」

 

 言うと、カレーさんは少しだけ驚いた表情をする。表情変化はわかりやすいのに感情が全く読み取れん。怖いなぁこの人。不思議ちゃんなのはわかったけど、話が通じる分より恐ろしいというか。

 指示厨やチーターと一緒にするのは失礼すぎるのを承知で例えるけど、完全に、根柢の部分から思考の違う人種、って感じだ。人種……いや、種族、かな。人間じゃないみたいで、怖い。

 ……1%くらいの確率でマジモンのカレーの妖精の可能性もあるな。

 

「それで、親友が自分に何も言わずに消えてしまって、やきもきしている、って感じであってる?」

「──それは、怖いすよ、流石に。誰から聞いたか教えてください」

「会川さん」

「はぁ……」

 

 脱力した。

 はぁ。いや、ほんと……はぁ。

 

「さっき言ったでしょ。会川さんがわたしに言うのはいつも同じことだけ、って」

「まさかとは思いますけど、俺の事すか」

「色々聞いているよ」

「アイツ……俺には色々言っておいて……つか口軽すぎだろ」

「具体的な名称はぼかしてたけどね。凄く心配していたようだったから、気になっちゃった」

「仲、良いんすか」

「良くはないんじゃない? あの子はわたしに対して並々ならぬ感情を抱いているようだし。でも、同じ科で同じこと習ってるんだから、話す機会は多いよ。ああやって感情を隠さない子はいいよね。話していて楽しい」

 

 この人に人生相談や恋愛相談はしてはいけないと、奈々は言っていた。

 その意味が、ちょっとだけ分かった気がする。

 

「……今カレーさんに相談しちゃダメな気がします。俺みたいな弱い意志のヤツは、カレーさんみたいな強くて固い、大きい思想持ってる人の言葉を聞くと……その、敢えて悪い言葉選ぶすけど、()()()()()、と思うから」

「へぇ、正解を引くんだ。ちょっと意外だったかも。これは、わたしの負けだね」

「奈々は、潰されちゃった、とかですか」

「ううん。会川さんも途中で"あ、ダメダメ、それ以上話さないで。入ってこないで"って。うん、ああいう子は好きだよ、わたし」

 

 さっき妖怪と表現したけど、やっぱりそうだ。

 毒の塊みたいな人だ。確固たる価値観や世界観を有していないと、侵食されそうになる。俺が持っている考え、俺が培ってきた常識が食い潰されかねない。タチの悪い事に、まるで心に染み渡る美しい言葉、かのような言葉選びをしているから、気付くこともなく汚染されたヤツも多いんじゃないか。

 紛う方なき妖怪だ。怖すぎる。

 

「じゃあ、わたしが残す言葉は一つだけ」

「聞きたくない、と言っても良いすか」

「ダメだね。もうわたしと、出会ってしまったから。でも安心して、言葉じゃ人は変われないよ」

「俺は、そうは思わないすけど」

「いいね」

 

 笑って──嗤って、カレーさんは席を立つ。

 そして、一言。

 

「──変わったのは、どちらの方だったのか。大丈夫、君はわかっているよ。言葉にさえ出している。ただ、気付いていないだけ」

 

 それだけ言って。

 カレーさんは連絡橋を去っていった。

 

 声楽科の妖怪、カレーさん。

 

 ……怖っ、関わらんとこ。

 

 

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