捻くれデブとやべー美人達   作:屑太郎

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捻くれデブとやべー美人達

 俺はデブである、名前はあるが何故教えなければならないのだろうか。

 

 猫にも劣る自己紹介文だが、俺を表すにはなんと簡潔で的確な物であろうか。

 

 とりあえず諸兄らに話しておきたいことは諸々あるが。まずは俺の置かれている状況を説明させて頂こう。

 

 俺は体重100を超えるお腹肉割れしている系男子高校生だ。色々あったおかげで友達が居ない。

 友達が居ない事がそんなに悪い事なのかという質問に置かれることは、常にデブで居られるというメリットで帳消しだ。つまり、授業中に隣のバカと雑談する訳でもなく。真面目に快適に授業を受けられるという訳だ。

 そういうとこだぞ俺。

 

 話が逸れたな。

 とりあえず現在の状況としては。放課後、誰もいない教室内で美人系女子と向かい合っている。

 相手はどちらかといえばクール系美人、俺も平均より背は高いはずだが向かいあっている女子は俺より背が少しばかり高く見える。

 同じクラスなのかどうかすら分からない、何故なら友達が居ないから。なんて無駄な思考を張り巡らせていたら相手が話しかけてきた。

 

「大事な話があるの」

 

 その一言で俺の中で罰ゲームか連絡事項の二択に絞られた。何故なら俺が女子に話しかけられるときはこの二択だからだ! 

 クソが…………だが安心してほしい。俺はデブはデブでもウィットに富んだデブだ。幼い頃からデブだデブだと言われ続けたこの人生、デブ弄りというかいじめに対する返しは最早一流企業のマニュアル級だ。

 

 かますぜぇ~最大級のパンチライン。

 

「私はあなたの事が好きです、付き合ってください」

「養豚場行けば?」

 

 決まった。ありがとう、中学1年の冬。

「あいつの周りだけ養豚場になってるんだけど消えてくれないかな」って言った誰か、内心大爆笑してた。

 デブには暖房が効きすぎるこの教室も、俺のオーディエンスたちが冷やしてくれる。センキューオーディエンス、また来冬で会おう。

 

「あら、ありがとう。早速家に招待してくれるのね」

「我が家なんだと思ってんの?」

 

 思うに、というか思わなくても俺はコンプレックスの塊を持つにふさわしいほどの容姿性格出生を持っている。というかデブだけで役満だ。

 そんな奴にこれを本気で言っているのだとしたら、裏で俺に告白しないと両親殺すぞとか言われている可能性すらある。可哀そうに、君の両親の命はない。

 

「あっ、でもお義父さんお義母さんにお土産が必要ね…………」

「要らねえよ、来るな馬鹿か。精肉工場で脳髄ごとミンチにしてもらってこい」

「分かったわ、付き合っているんだもの、その位は大丈夫よ」

 

 といって踵を返した。ああ、帰るんか。まあ罰ゲームだろうし、近くに人が居るんだろう。とりあえず俺への罵倒の言葉を聞いて、次に生かすかと思い立ち会話が聞こえるぐらいの距離を保って尾行した。すると教室から少し離れた所から、その女はスマホを取り出して一人でしゃべりだした。

 

「ヘイデブ。近くの精肉工場を教えて」

『検索結果は、こちらです』

「待て待て待て待て。まて」

 

 こいつ…………ツッコミが追い付かねえ…………。

 

「なんで俺いない所で精肉工場の場所調べようとしているの!?」

「お土産は私の体ということではなくて?」

「お前の中では俺の家族全員カニバっちゃってるんか?」

「いえ、私の為よ。私を食べればあなたと一緒に居られるもの家族ぐるみの付き合いね」

「自分の両親生贄にして何召喚するんだよ! うちにはミノタウロスかエルフの剣士しかいません!」

 

 怖い怖い怖い怖い。やべーんだけど。いかれてるんだけど。

 

「あ、もしかして精肉工場にこだわりがあったのかしら?」

「食べられるための予行演習してねえし、精肉工場にこだわりはねえよ!?」

「でも、あなた、私と結婚しようとしているのではなくて?」

「はぁ!?」

「だって、呼び方が初めからお前と私はあなたって、こう…………夫婦みたいじゃない? だからてっきり私は結婚まで」

「ねえよ! 夫婦じゃねえよ! 良くてフールだわ!」

「あなたと同じになれれば何でもいいわ」

「墓穴掘って俺まで愚かか!」

 

 会話が通じねえ…………。てか、この高校で今まで会話してこなかった…………。

 

「苗字教えろ! 苗字でさん付けで呼んでやるわい!」

「美羽よ」

「多分それ名前だよ! 教えてくれは苗字!」

「もしもしお母さん、今から苗字を美羽にできるかしら?」

「力技だな!?」

「頑張るらしいわ」

「一族郎党皆そんな感じか!?」

 

 だめだ、だめだ、もう簡潔に拒否するしかねえ。

 

「俺の話聞いてくれ?」

「分かったわ」

「俺はお前と付き合わない、家に来るな以上だ!」

「分かったわ、丈夫なロープはカバンに入っていたかしら」

「しーぬーな!! 以上!! じゃあな!」

 

 もう、やってられねえ。はあ、デブは体力がないんだ、今ので五割は削れた。

 

「ったく、罰ゲームにしたってしつこいぞ」

 

 俺は、完全に間違えていた。

 美羽と名乗った女子への罰ゲームなのではなく、俺自身への罰ゲームだったのだと、次の日には自覚することになる。

 

 そしてその次の日。

 

「ええ…………」

 

 登校し教室に入った瞬間、正面の黒板にでかでかと相合い傘とハートマークそしてその中には鍵山翔、俺の名前と、浦野美羽…………おそらく昨日の奴の名前が入っていた。

 高校にもなってこんな事するのかよ、とか思っていたが、まあ、ここ底辺高校だしな。仕方ねえ。

 昨日デブいじりに対する返しは完璧といったな? ということは自らデブをいじることも可能。見とけ、これがジャパニーズデブだ。

 まず、俺は教室の隅っこで本を読んでいるだけの、おとなしいデブだ。そういうキャラクター性から、いきなり出る大声は必須、つまりヤンキー系で行くしかない。

 俺のところを見てニヤニヤする奴らを歯牙にもかけず、俺は一直線に黒板の前に立った。

 

「誰だこんなことやった奴!!」

 

 俺は思いっきり黒板を殴った。教室が静かになる。まあ、確かに、俺も同じことやられたら黙るわ、てかこの学校で喋ってなかったわ。

 

「誰がやったかって聞いてんだよ!!」

「俺がやった、お前デブの癖に美羽さんに告られてるんじゃねえよ!」

「先生はそこに怒って居るんじゃない!」

 

 誰だお前、だが助かる。

 俺は相合い傘を隠すように浦野美羽の文字を消して、1文字書いた。

 

 豚

 

「こうやるんだよ!!」

 

 教室から笑いが出た。よし、いいぞ。絡んできた奴も笑ってる。

 

「何がおかしい!!!」

 

 もう一度笑いを止めるように黒板を叩いた。教室に静寂が訪れたとき。俺は一転して態度を軟化させる。笑いとは緊張と弛緩の間に生まれる。

 

「あ、ごめん。先生が間違えてたね、こうだよね」

 

 消さずに2文字を足す。

 メス豚

 こうして、俺の相合い傘はメス豚と。

 

「という訳で、先生は雌豚と結婚します!」

「正気かお前!?」

「挙式は精肉工場でやります!」

「そろって肉になりに行ってんじゃん」

「そのあとは生徒全員で焼肉だ!!」

「自らの肉食わせんな!?」

 

 教室の男子が笑い始めた。…………これをやると、次の日熱出てくるけど。

 はー、よし! いじめ回避成功! 良かった良かった。

 と思ったその時、教室後方の扉が開いた。一瞬先生かと思って身構えたが、くだんの女子だった。んだよ、ビビらせやがって。てか同じクラスだったのか? 

 

「なるほど、鍵山君は雌豚が好きなのね」

「いやいや、ネタでしょネタ」

 

 絡んで来た奴がそう返す。

 

「では何なりとお申し付けください。ご主人様」

 

 空気が

 

 凍った

 

 ついでに俺も凍った。

 

 声量は無いが、イヤに通る透き通る声が教室中を。

 そして恭しく、そして媚びへつらうように俺の足元に近づいてきて土下座した頭が、空気を凍らせた。

 

 端的に言おう。

 

 俺、鍵山翔は、この学校内で美女を雌豚といって侍らし、あまつさえ結婚すると言い放った男になった。

 

 凍結した教室内で脳内フル回転した俺は、いち早くその結論にたどりつき、絡んできた奴に一縷の望みをかけて話しかけた。

 

「なあ、悪いが先生に鍵山翔は欠席すると伝えておいてくれ」

「あ、ああ。分かった」

「じゃあな」

 

 俺はベランダから飛んだ。

 一抹の浮遊感と、少しばかりの現実逃避が気持ちいい。

 ここは四階。

 だが元プロパシラー(プロのパシリにされる人)にとっては呼吸をするように飛び降りれる距離だ。それでは、また明日。

 ただ、教室に見える、さっきの女子の心配そうな顔だけは視たくなかったな。

 

「勘弁してくれ、まだ同情で惚れられるほど堕ちちゃ居ないんだよ」

 

 華麗に五点着地して、俺は何もかもを振り切って逃げ出した。

 

 


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