TSお父さん(仮)が魔法少女になるお話   作:原子番号16

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追記 3月3日(水)
寒河江椛様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


プロローグ:うちの親父が幼女になった

 懐かしい、昔日の夢を見ている。

 

 

 十二月の冬の日に、俺達の親はいなくなった。

 顔も知らない誰かに何事かを言われてから、あれやこれやと話を進められて、気づけば、火葬場からゆるゆると伸びる煙を眺めていたのだ。寒空の下、肌に突き刺さるような冷気に包まれて、けれど、それを感じられる程の余裕はなかった。幼かった自分は、あまりに唐突だった離別を受け入れられていなかったのだ。

 ただ、ぼんやりと、これからは二人っきりなのだと思った。自分には二つ下の妹がいた。当時、(あおい)は三歳だった。小さな身体をふるふると震わせているのを見れば、頭の中に蔓延(はびこ)っていた(もや)は容易く晴れてくれた。

 自分が、守らなければならない。守れるのは、自分しかいない。……ああ、今になれば、その決意がいかに無意味なモノだったか理解できる。僅か五歳の子供が、何を物申せるというのか。それも、今の今まで親の庇護下で生きてきた、ごく普通の男児に。

 実際、知らない顔をした親戚が親を失った子供なんて爆弾を互いに押し付けあっている間、自分はただ妹を抱き締めて、守護者ぶることしか出来なかったのだ。

 だから、俺が今も妹と一緒に居られているのは、決して自分の功績ではなく。

 ただ、幸運に恵まれた結果なのだと思う。

 

 『私が、二人とも引き取ります』

 

 そう口にした途端、喧騒がピタリと止まったのだ。

 氷のような人だった。

 その場の誰よりも高い背丈を鋼鉄めいた黒服(スーツ)で覆った、眼鏡をかけた男性。

 硝子の向こうから覗く瞳は(くら)く、夜の路地裏から拝借してきたかのようだった。それが、なんの感情も浮かんでいないように思わせて、実は大通りを上回るほどの熱気を抱えているのだと知るのは、もう少し先の話だ。

 

 『私なら、二人を纏めて引き取れる。社会的立場、経済的状況を(かんが)みて、そう判断しましたが、何か意見はございますか』

 

 はたして、押し付け先を探していた親戚達は、喜んで僕と妹をその男性───荒舵(あらかじ)(まなぶ)に押し付けたのだった。

 それが、十年前の出来事。

 援助者を名乗る男と、妹を守ろうと必死だった自分との関係は、ひどく緩やかに、しかし確実に変化していった。

 

 『私のことは、好きに呼んでくれていい。親だと思う必要はない。私は、君達が大人になり巣立つまで、援助する男でしかない』

 

 『何か不満があれば言うように。家具に衣服、一通りのものは揃えたが、何分、私に育児の経験はない』

 

 平坦な声色でそう告げて、さっさと自室に引っ込んだあの人に、決して届かない警戒心を(あらわ)にして。

 互いに過度な干渉を避けて、すれ違うこともなく、ぶつかり合うこともなく。

 それでも春は来て、夏が通って、秋を迎えて、冬に暮れた。

 

 『花見に行こうか。既に場所は取ってある。もちろん、君達が嫌でなければ、だが』

 

 知らない男性を名前で呼ぶようになり、

 

 『上手だ。一日で、ここまで泳げるようになるとは思わなかった。(かえで)くんは賢いな。

 ……いいや、それはない。子供に水泳を教えるのは、これが初めてなんだから』

 

 ずる濡れの頭をくしゃりと撫でられて、

 

 『ああ、(かえで)くん。ちょうどよかった。(あおい)ちゃんを寝かし付けたのはいいのだけど、一人にするのは不安でね。君も就寝するようだし、この子も君達の部屋に運んでしまおう。

 ……。……それは、もちろん。三人だと、少し狭いかもしれないが』

 

 別けていた寝室が一つになって、

 

 『サンタさんへの手紙は、期日までに用意して、私に提出するように。……何故、だと? それは私が……いや、その、なんだ。サンタさんに渡さないといけないからね。

 うん、この地域はサンタさんの家から遠いから、細々とした手続きが必要なんだ。だから、出して。中身は見ないから。本当に』

 

 無表情のまま詰め寄ってくる氷の人と、中身を見られたくない自分とで、壮絶な戦いが勃発して。

 

 『卒業おめでとう、(かえで)。ささやかな代物だが、受け取って欲しい。私のものと同じ万年筆だが……君の名前が彫ってあるのがわかるかな。良ければ、上手に使ってやってほしい』

 

 『無理に、私の我儘に付き合わなくてもいいんだよ。お友達と同じ塾に通いたい……そう思う子は、多いらしいからね。それに、私だって、専門の講師ではないんだから。

 ……うん、ありがとう。誠心誠意、(かえで)の学力向上に努めよう』

 

 『素晴らしい走りだった。(かえで)のたゆまぬ努力が実を結び、実績を為したことを、私は嬉しく思う。……礼を言われる程のことはしていない。これくらい……

 ……親、として。当然の労力だろう』

 

 うん、認めよう。認めざるを得ない。

 そもそも、自分達を引き取るときっぱり断言してのけた時から、その鋼めいた背中はぼんやりとした憧憬になっていて。頑固になるのをやめてしまえば、後はもう、すんなり受け入れられた。

 

 『確かに──はいい学校だが、(かえで)。わかっているとは思うが、君の学力なら更に上のランクの学校を選べる。幾つかに至っては、推薦を受けるだけでいい。幸い、君を学生寮に入れさせられる程度の資金は蓄えてある。君が、なんの気負いもなく、自分の夢を追いかけるために必要なものを、私は揃えてきたつもりだ。〝家から通えるから〟───それだけの理由で、進路(みち)を選ぶ必要はないんだよ。

 ……。それはない。そんなことはない。……そうだな。恥ずかしい話だが。私も、君達と一緒にいたい』

 

 自分はあの人のことをとっくに〝親〟だと認めていて、将来あんなカッコいい男になりたくて、だから勉強も運動も頑張って、頑張って。

 

 『これかい? お弁当だとも。練習しているんだ。いずれ二人ぶんを毎日作るんだから、今のうちに習得しておいた方がいいだろう。特に(かえで)の場合、栄養管理は大事だからね。もちろん、君が学食を好むようなら、資金を提供する用意はあるが』

 

 『最近、帰りが遅くないかって? そうだね、申し訳ない。そのせいで、ここ数日は作り置きが多くなってしまった。思えば、こうやって顔を合わせて話すのも久しぶりか。それについては、会話アプリを使えば解決する訳だが……ともかく、不満があれば、いつでも言いなさい』

 

 『テストの出来はどうだった? ……よかった、ヤマを張った所で稼げたらしいね。テキストだけで教えるのは初めてだったけど、これなら今後も同じ要領でやれそうだ。もちろん、塾に通いたいなら相談してほしい。私の教導が不足だと判断したなら、速やかに』

 

 『……そうか。いいだろう、改善を約束する。ただ、私の手を借りたくないというのなら、せめて私の力の及ばなかった所を教えてほしい。

 ……働きすぎ。休め。ふむ……もちろん、適度に休んでいるよ。私のことは私が一番よくわかっている。君達の進級に伴って、やることが多くなっているだけで、決して無理はしていない。

 だから、もっと頼っていいんだよ』

 

 

 だから、これは夢なんだ。

 

 

 あの人はいなくなった。

 援助者を自称する男性は、姿を消してしまったのだ。

 俺の憧れた背中は、今は思い出の中と、アルバムにのみ残されている。

 

 

 うん。

 わかってる。わかってるよ。

 

 

 夢は醒めるものだ。

 

 

 最後にもう一度だけ、記憶の裡に眠る憧憬を確かめてから、意識を浮上させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 日課としている早朝のランニングを終えて家に戻ると、珍しいことに、既に生活の気配があった。

 家族三人のうち、自分を除く二人は朝に弱い体質なので、本当に稀なことだった。いつもは帰宅後すぐに身を清めている自分だが、思わず何事かとリビングに顔を出したのだ。

 はたして、そこには紙きれとにらめっこしながら鍋をかき混ぜている少女がいた。

 

 「(あおい)?」

 「ん゛ッ、ぅえ、あっ、なんだ兄さんかぁ……お帰りなさい」

 「ああただいま……それで、台所でなにしてるんだ?」

 

 もちろん、それが簡単な料理だとは察している。火のついた鍋とレシピらしき紙、花柄のエプロンが揃っていれば誰だってわかるだろう。

 それでも口に出したのは、今の今まで、この少女が料理を試みる姿というのを見たことがなかったからだ。

 自分の意図を正しく受け止めたらしい(あおい)は、二、三度視線を泳がせて、鍋に固定した後、おずおずと唇を動かした。

 

 「お料理。簡単なものでいいから、わたしも、出来るようになりたいなって」

 

 ゆるゆると鍋の中身をかき混ぜながら、(あおい)は言葉を続ける。

 

 「兄さんに任せっきりにしたくはないし、それに、わたしも出来るようになれば……いつか、(まなぶ)さんが元に戻ったとしても……ご飯作りは、任せてもらえるといいなって」

 

 歯切れの悪い、弱々しい語調。

 それが、普段から周りに流されやすい(あおい)にとって、なけなしの勇気を振り絞った結果であることを、自分は理解できる。

 

 「変、かな。わたし、不器用だし、鈍間(のろま)だし……」

 「まあ、そうだな。正直、(あおい)に包丁を持たせるのは怖い」

 「ぐふっ」

 「だから、一緒にやろう」

 

 きょとんとした目を向けられて、つい苦笑いしてしまう。これも、今まで親父一人に押し付けてしまった弊害なのだろう。前任者から引き継くのだからと、(あおい)は同じことを繰り返すつもりだったらしい。あるいは、俺も似たような思考に陥っていたか。妹の手を借りようとしない自分に、危機感を覚えさせてしまっていたのかもしれない。

 全部引っくるめて、なんとも、馬鹿馬鹿しい。

 家族なんだから、一緒にやればいい。それだけの話なのに。

 

 「味噌汁ってことは和食だよな。この後は卵焼きでも作るのか?」

 「あ、ええっと……!」

 「まあ、俺は取りあえずシャワー浴びてくるから、それまでは()()()()()()()()()()()()

 「───ぇ」

 

 出来るだけさりげなく言ったけれど、やはり効果は劇的だった。

 どんくさいようで、頭の回転の早い(あおい)だ。自分の不器用っぷりと、寝るときに抱き枕代わりにしているモノを結びつけるのに、一秒もかからなかったに違いない。

 ぎゅううっと抱き締めていたモノを起こさないようにベッドから這い出て、朝ごはんの準備。ああ、それが出来ないから、俺は(あおい)に包丁を握ってほしくないんだ。

 時を止めていた妹が、再起動と同時に後ろへ振り返る。それに(つら)れて、艶やかな長髪───料理のためだろう、今は後ろで結んでポニーテールにされているそれが、ひゅんっと振り回された。

 

 

 はたして、それは扉の影に隠れるようにして、こちらの様子を窺っていた。

 

 

 「ま、(まなぶ)さんっ! えっと、駄目ですよ、まだ寝てないとっ。今は子供なんですから、ちゃんと寝ないとっ……」

 「おはよう、親父。すぐシャワー済ませてくるから、それまで(あおい)についてやっててくれ」

 

 何でもないように口にすれば、暗がりから滲み出るようにして、小さな身体が浮かび上がった。

 少女の身体になった親父が、そこにいた。

 

 「……おはよう、かえで。あおい」

 

 愛嬌に満ち溢れた舌足らずな口調。

 親として、子供の前で精一杯キリっとした表情を作ろうとしているらしいけれど、現実離れして可憐な相貌が悪さして、おしゃまな女の子にしか見えない。

 唯一、男性の名残のある昏い瞳は、眠たげに半分閉じられている。子供の身体は、早朝の起床を極めて困難にしたらしい。元の親父と、今の親父の両方の性質を如実に表していて、軽く目眩を覚えた。

 華奢な痩身を包むパジャマはくまをモチーフにしたモノで、つい先日まで断固として着衣を拒否していた代物。それを文句なく着ているのは、我々兄妹の尽力+αの成果であって、つまりは自分を女児だと認めつつあるのだった。

 そして、親父の手には、杖が握られていた。

 

 「ん、しょっ……んっ……」

 

 大人から子供になった、弊害だった。

 自己の認識と実際の肉体との差異から、親父は杖なしで歩けなくなったのだ。

 恐る恐る、ぺたぺたとフローリングの床を裸足で歩く姿は、生まれたての小鹿のようだった。たちが悪いのは、その比喩がある意味その通りでもある所だった。

 

 「親父、椅子」

 「いらないっ……座れば、眠ってしまうっ……」

 「そっか。置いとくから、無理そうなら使って。じゃあ葵、後で」

 「う、うんっ」

 

 浴室に向かうため、居間から出る。

 その前に、一度だけ振り返った。

 台所で、妹と、親父が隣あっていた。

 

 「───」

 

 小さな頃は、親父が一人でいた場所で。

 俺の受験が終わる頃には、誰もいなくなっていた。

 朝早くから夜遅くまで働いていた親父は、出勤する前の貴重な時間を俺達のご飯作りに割いていたのだ。

 そんな場所に、今は妹と親父がいる。

 

 自分がどうこうした結果ではない。

 親父が女児になったのも、妹が台所に立とうと決心したのも、俺が関わったところは何もない。

 

 だから、それは決して自分の功績ではなく。

 ただ、幸運に恵まれた結果なのだと思う。

 

 「本当に、運はいいんだよな」

 

 恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑う妹を尻目に、俺は扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親父があの姿になって、色んなことが出来なくなってから。

 俺達兄妹は、ある一つの目標を立てた。

 

 子供の頃から今に至るまで、ずっと俺達のために身を粉にしてきた親父が、このタイミングで女児になったのは、()()()()()()()()()()()()()()()と。

 この機会を逃せば次はきっとなくて、受験やらなにやら重要な物事のない今、やるべきなのだと。

 

 そう、俺達は決めたのだ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全部自分でやろうとする親父が人に頼ることを覚えるまで、めちゃくちゃに女児扱いして甘やかしてやろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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