TSお父さん(仮)が魔法少女になるお話   作:原子番号16

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追記
 3月3日(水)
 寒河江椛様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 3月25日(木)
 etymology様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


1話:性正常化現象と弟/妹

 ◾️◾️(まなぶ)はとある大企業の跡取り息子として生を受けた。

 将来は子会社を含む数十万人の責任を背負う者に成らんと、父親である社長は期待し、学もそれに答えようとした。与えられる上質な教育に真摯に向き合い、努力し、優良な成績を修める。その繰り返しを彼は苦痛に思うことはなく、また特段喜びも覚えなかった。

 彼にとって、自分が優秀であることは当然であり、義務であった。相応の立場で、相応の教育を受けているのだから、()()()()()()()()()()()()()()、と。

 その思想をはっきりと抱くようになってからの十余年の歳月が、学の大部分を形成した。きっちりと整えられた頭髪に、黒縁の伊達眼鏡。筋肉質な長駆に支えられた、感情の欠けた相貌。文武両道と謳われながら、しかし人には好かれない。

 

 ───それはまあ、そうなるだろう。

 

 人の上に立つ。そのために必要となる物事は、あまりにも多く。歳を経るのに比例して、『学んでも出来ない事』は増えていく。

 いつからか、学は諦めることを覚えていた。彼は自分の限界を計るようになったのだ。どれだけ良い環境で上質な教育を受けても出来ないことはあるのだと知ったのは、小学校を卒業する頃だった。

 学は天才ではなかった。

 そして愚かでもなかった。

 

 ───出来ないのだから、仕方ない。私は天才ではないのだから。

 ───優先順位を定め、粛々と達成を繰り返す。それで不都合があれば、また考えればいい。

 

 必要な事柄のみに焦点を当て、それ以外はやらない。何でもは出来ないから、必要な物事だけを完璧に仕上げる。

 人から好かれなくても人を従えることは出来る、という理念を掲げ、学は生徒会長に就任してみせた。愛想のない男でも優秀な人物であれば選ばれるのだと納得した。

 

 

 そんな◾️◾️学(鉄仮面ボッチ)の人生の転機は、現在(いま)より十六年前。

 当時五歳だった弟の(つくる)が、性正常化現象により妹となったことで、彼は後継者の道から外れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分な湿気を孕んだ熱風が、地方都市の街並みを吹き抜ける。

 7月下旬。天気は快晴。

 燦々と輝く太陽が容赦なく日射を降らせる最中、荒舵(あらかじ)(まなぶ)は自宅のデスクに向かっていた。

 最大まで上にした椅子に座布団を数枚乗せ、その上にちょこんと座る幼女。くっきりとした瞳、夜の暗がりを閉じ込めたかのような黒の長髪に彩られた顔立ちは明らかに人間離れしていて、機と場所を見計らえば、見る者に妖精の実在を確信させるに違いなかった。

 しかし、深窓の令嬢めいて青白い肌にはうっすらと水滴が浮かんでおり、彼女もまたこの猛暑に苦しむ現実の者なのだと証明していた。

 

 「……うーん、わからん」

 

 と、呻吟(しんぎん)を漏らしたのだ。

 定期的にキーボードの上で踊らせていた手指を離し、思い切り伸びをする。長時間のデスクワークによって凝り固まった肩を回し、思い切り息を吐いた。

 

 モニターに映っているのは、英語で記述された資料である。グラフや写真がふんだんに使われ、見やすいよう工夫されており、一般人向けに公開された情報だと判別できる。

 その大見出しには、『年齢による性正常化現象の発生割合と変化』と記載されていた。

 

 

 ───性正常化現象。

 

 その起源は、1999年の7月まで(さかのぼ)る。

 ノストラダムスの大予言は的中し、恐怖の大王はその姿を現したのだ。恐怖の大王の正体は彗星であり、太陽系に大接近したそれは、人々を恐怖に(おとしい)れた。大接近という言い方からして、かの彗星が地球に破壊をもたらすことはなかったのだが、しかしノストラダムスの大予言は、全く外れた訳でもなかった。

 当時のことを、学はよく覚えていない。ひたすら勉学に励んでいたためだった。ただ、彗星で全員死ぬのならそれで終わりなんだから考えても無駄だとか、そんな風に思っていたような記憶はあったのだが。実際、大した実害もなく喉元から過ぎ去ってしまえば、人々は何事もなかったかのようにもとの生活に戻っていった。

 しかしその数ヵ月後、世間は彗星の比ではない騒ぎに包まれた。

 彗星の接近後に生まれた子供の極々一部が、出産後にその性別を変化させたのだ。

 こちらの方は、流石に学もよく覚えていた。なにせ、確実に男児、または女児として生まれてきた赤子が、極めて特殊な成長を経て性別を逆転させたのだ。それこそ最初期はネットの噂話扱いされてしまう程に、現実味のない出来事であった。

 そんな、世が世であれば魔女扱いされて火炙りにされたり、気味が悪いからと山に捨てられかねないような出自の彼等彼女等は、しかし今日(こんにち)では〝ただ一回(せいべつ)だけ間違えた者〟という意味を込めて『99点の子供(ないないさん)』と呼ばれ、人々に親しまれていた。

 その理由は単純で、性別を逆転させた者は、総じて知能指数及び身体能力が優秀だったからだ。

 

 「だからこそ、『性正常化現象』とよばれるわけだが。はたして、わたしの()()も、そうなのだろうか」

 

 舌足らずでありながら、いやに透き通ったチャームボイスで呟いて、学は部屋内の姿見に目を向けた。

 いくら目鼻立ちが整っていようが、その外見は幼女と呼んで差し支えない。

 今年で三十五歳になる男だと主張して、誰がそれを信じるだろうか。

 

 「五さいで逆転した()()()が神童なら、わたしは何になるというのか……」

 

 そう、半ば呆れたような声色で口にして、学は目の前の女を()めつけた。

 性正常化現象によって性別を逆転させた者は、総じて優秀な人材なのだが、それにも触れ幅はあった。比較的優秀という評価から、稀代の天才まで。

 長年の研究によって、それらの評価は、対象の逆転時期に当てはまることが判明していた。

 生後一週間で変化した者より、生後一年で変化した者の方が、知能指数、身体能力共に優秀だとされているのだ。もちろん、本人の努力やそれ以前の才能などによって、ある程度の変化はあるが、統計学的にはっきりと示されている事実である。

 学の弟であった(つくる)の逆転時期は、五歳。それは、世界的な視点で見ても最上位の記録であり、事実、今年で二十一歳となる彼女は大企業の次期社長として素晴らしい業績を残し続けている。

 ならば、今年で三十五歳となる男が、逆転したなら。

 

 「ばかばかしい。今のわたしは、まともに走れもしないただの童女にすぎん」

 

 ふん、と鼻をならして───そんな仕草でさえ典雅な響きを伴っていた───彼女はデスクトップの側のスマートフォンに手を伸ばした。

 もちもちとした指が、己の顔ほどもある液晶に触れた瞬間、デフォルトに設定された着信音が鳴ったのだ。

 それは学が未来予知をした訳ではなく、毎日きっかり同じ時間に電話をかけてくる相手がいるためだった。

 表示されているアイコンを視認し、相も変わらず()()()()な事を繰り返すものだと内心嘆息してから、学はコールを取った。

 聞こえてきたのは、スピーカー越しでも聞き惚れてしまう程、美しい声を持つ女の言葉だった。

 

 『おはようございます、兄上。ご機嫌はいかがですか』

 「よくはないな。この身体に成り果ててからずっと、醒めない夢を見ているような気分だ」

 『声色から疲弊を感じます。水分はちゃんと取っていますか? 睡眠は最低九時間以上、私の支給した各種センサー付き快眠くまさんパジャマ一号は着用しているのでしょうね?』

 「───」

 

 きゅっ、と妖精のような(かんばせ)がしかめられた。皿の上にしぶとく居残るプチトマトを直視せざるを得なくなった幼女のような顔であった。

 学は通話終了ボタン目掛けて飛び出した指を理性で抑えつけ、努めて平静に対応した。

 

 「それはもちろん。今の雇用主はお前だからな、子もちの親として、きゅうりょうぶんの仕事はしなくては」

 『……一秒で矛盾しています、兄上。私のことを『雇用主』や『お前』と呼ぶことは禁止しているはずです。なるほど夏の暑さに頭をやられたましたか仕方ありません今の兄上は幼女なのですから。これは早急に、各種センサー付きねこさん部屋着を送りつけなくては───』

 「仮にその、ねこさん部屋着とやらのちゃくよーを義務付け、あのような羞恥の機会を更に増やすようなら、わたしは速やかに自害するだろう」

 『───見せてるの?』

 「……」

 『見せて、いるのですか? くまさんパジャマ。日常的に。着てるところ』

 

 ぎゅっ、と眉間のしわが増えた。

 自分らしからぬ失言に、なるほど精神は身体に引っ張られるというのはこういうことかと無理矢理に納得し、目の前の現実から逃れようとする。

 しかし、それで追求の手を止めてやるほど、若手女管理職は兄に対して優しくなかった。

 

 『ボーナスつけます。言いなさい。兄上。言って。早く。ハリー』

 「……一つ屋根の下で生活しているのだから、遅かれ早かれ見せていただろう。それだけの話だ」

 『くっ、先を越されましたか。初めて兄上のくまさんフォームを見るのは、私だと思っていたのですが』

 「切実にくたばってくれ、つくる。用がないなら切る」

 

 本当に切る、あとほんの数瞬返事がなければ切るという意思の込められた言葉だった。

 しかし、それを迎え撃つ形で、美しい女は本題を切り出したのだ。

 

 『戸籍関係の処理が終了しました』

 「……」

 『これで、荒舵学というくそかわフェアリー女児は日本国民として認識されます。鈴鳴市内での外出と、わが社の系列店での買い物を許可します。ただし、外出の際には一報入れること。私の部下を出動させますので。もちろん、兄上達に見つかるような真似はさせません』

 「……ああ、ありがとう、つくる」

 『礼は不要です。これは前金に過ぎません。三十五歳での性正常化現象の体現者から───それもこちらに全面協力の人物から、完璧に纏められたデータを手渡しされている現状は、アドバンテージでしかありませんので』

 

 学が幼女となってからおよそ四日。

 それだけの期間で、液晶越しに語りかけてくる肉親がどれだけの手間と費用を使ったのか。元大企業の後継者の知識から、それを理解できてしまうだけに、学は素直に感謝していた。

 ───そして、だからこそ、それが『前金』になる仕事とやらを危惧していた。

 

 「きゅうりょうぶんの仕事はする」

 『?』

 「何枚送ればいい」

 『───カメラマンを向かわせます。彼の指示通りにやってください。オーバー』

 

 ぶつんっ、と音を立てて、一方的に通話を切られる。

 一人残された学は、深く、深くため息を吐き、窓の外に視線を投げた。

 本日の天気は快晴。

 雲ひとつない空に、純白の太陽が浮かび、ここ鈴鳴市に溢れんばかりの陽光を注いでいる。

 その目映い輝きに目を細めて、学はポツリと呟いた。

 

 「わたしは、お前が不思議だよ、つくる。こんな男を好くような物好きは、彼女一人きりだと思っていたのに」

 

 

 

 

 

 ───その後、荒舵家に襲来した職務に忠実なカメラマン(30代男)によってありとあらゆるポーズでの記録を現物にされ、男としての尊厳をまた一つ破壊されることを、学はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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