TSお父さん(仮)が魔法少女になるお話   作:原子番号16

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2話:TSお父さんとお風呂と昔話

 

 

 

 

 『跡取り息子』の肩書きを失った時も、◾️◾️学は特に何も思わなかった。

 五歳時点での性正常化現象。確約された天才に後継者の席を渡すことに、学は躊躇(ためら)いを感じなかった。現在と未来の社員の生活を保証する人間は、より優秀な方がいいだろうと、素直に納得したのだ。

 唯一疑問に思ったのは、謝られたことだった。笑う姿すら見たことのない父親に、何度も何度も「すまない」と繰り返されたのである。

 多くの物事を強制し、その見返りに次期社長(その席)を明け渡すはずだった。自らの手でその願いを握り潰した男には、謝罪することしか出来なかった。

 

 後継者のすげ替えに関して、生じた不都合のひとつが、学の存在そのものだった。今はまっさらな◾️◾️(つくる)という名の土壌を後継者に相応しい地盤に育てるには、今まで学が積み上げてきた諸々が邪魔になるのだ。

 当時、性正常化現象による知能指数の向上は科学的に実証されてはいたが、現在ほど浸透してはおらず。後継者の育成には、時間と費用がかかる。

 完成しかけている学を差し置いて二人目を用意するには、相応の建前が必要だった。

 頭を悩ませる父親に、学は率直な意見を述べた。

 

 

 ───つまり、私が死ねば良いのでは?

 

 

 はたして、学の提案はその一部が採用された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 「かおがかわるのは、これでにかいめなんだ」

 

 水面に浮かぶ己の(かんばせ)をじいっと見据えて、荒舵学はぽつりと呟いた。

 風呂場での出来事である。

 髪と身体を洗い終え、同伴している(かえで)と共に湯船に浸かっていたのだ。───未発達な肢体が災いし、湯舟で溺れかけたので、このような気苦労を背負っていた。

 少女体に成り果てて以降、随分と伸びた頭髪の手入れの機会を虎視眈々と狙っていた(あおい)の手から逃れられたのは、ひとえに学が自らの尊厳を代償として、幼女専用スキル『泣き落とし』を習得したためだった。

 唐突に、それもけっこう衝撃的なカミングアウトをされた楓は答えに窮した。

 

 「……う、うん?」

 「んぅ」

 「あ、ごめん」

 

 腕の中で苦し気に身を(よじ)るのを見て、楓は慌てて力を緩めた。

 万が一にも同じ過ちを繰り返さないよう、後ろから抱きかかえるようにしていたのだが、つい力を込めてしまったらしい。

 ふるふると頭を揺らす学。その頬はにわかに朱が差している。そろそろ出た方がいいかと思案する楓を他所に、学は言葉を続けた。

 

 「まあ、いろいろとじじょうがあってね。はたちになるすこしまえに、セイケイしたんだ。わたしのみょうじがりゅうお───その、まえのものから『荒舵』になったのも、おなじジキだ。

 なまえもかえたほうがいいとおもったんだけど、おやからハンタイされてしまった。……うん、いまなら、りょうしんのキモチもわかる……きがする。もしもかえでが、かおもなまえもかわってしまったら、かなしいものな」

 「……珍しいね。親父がそういう話するの」

 

 楓の知る限り、荒舵学という男は弁舌に優れるが寡黙で、親切だが聞かれないことは口にしない性質(たち)だった。事実として───楓達からも聞かなかったのだが、学は彼等と出会う以前の身の上をほとんど語っていない。せいぜいが、自分達の母親の知り合いであることと、妻に先立たれていること、あまり家族仲が良くないことくらいだった。

 それを指摘してみると、学はぴくりと震えて、ほぅと息を吐いた。

 

 「……どうやら、このカラダはねつによわいらしい」

 「そりゃまあ、子供だし」

 「みとめたくないものだな、わかさゆえのあやまちというものを」

 「はいはい、抱えるぞー」

 

 両手で脇を抱えるようにして、楓は湯船から上がった。

 足元の覚束ない学の手をとって脱衣所に行き、タオルで雑に水分を拭う。普段は自分でやると言って譲らない動作すらされるがままなので、どうやら本当にのぼせていたらしい。

 楓は見積もりの甘さを自省しながら、さりげなく頭を撫でてみた。

 

 「ん、ぅ……」

 「……」

 「……ぇへ」

 

 楓は理解した。これ(あおい)に知られたらアカンやつだと。

 なんだか最近学を見る目が怪しい妹を思い浮かべた一人の男は一つの誓いを立てた。───当面は風呂の面倒は俺が担当しよう、親父の尊厳は俺が守る───。

 

 「……そういえばアイツ、昔妹が欲しいとか言ってたっけかな……そういうことか……」

 「妹だと?」

 「急に理性取り戻すのやめてびっくりする」

 

 ほい、とタオルを差し出せば、学はそれを恥ずかしさと申し訳なさが混在した表情をして受け取った。

 

 「……いろいろと……めいわくをかける」

 「全然苦じゃないし、見損ないもしないよ。親父は親父だろ」

 「それでもだ。このカラダになりはててから、ずっとめいわくをかけている。親として、なさけない」

 

 ───そういう所を治したいんだよ、俺達は。

 

 口にすることはない。その誓いは兄妹(けいまい)の秘密だ。この頑固者を懐柔するためなら、楓は大概の物事を苦もなくこなせる自信があった。

 故に、楓は策の一つを持ち出す。

 

 「───じゃあ、昔話が聞きたい」

 

 大きな瞳を更に見開く義父に、青年は畳み掛けるように言葉を続ける。

 

 「親父が俺達に申し訳なく思う度に、昔話ひとつ。それでおあいこ……どう?」

 「むかし、ばなし? ……わたしの?」

 「うん。だって親父、話したくないだろ」

 「───」

 

 妖精めいた顔立ちが、似つかわしくない険しさを帯びた。

 

 「迷惑をかけたと思ったら、話したくないコトを話す。いい条件だと思うんだけど」

 「……それは……でも……」

 「別に一切合切赤裸々に晒せっていうんじゃない。話したくない中で、これなら話せそうってやつでいい。我が儘みたいなもんだよ。親父は俺達のことをもう知ってるんだから、俺達も親父のことを知りたいんだ」

 「……」

 

 ───あれ、無理そうかこれ。

 

 正直、想定外だった。

 提案者である葵の予想では、『自分達が知りたいのだ』という事実を押し付ければ早々に折れているはずだったのだ。聞かれれば答えるのが学という男だった。楓もまあ多分そうだろうと納得していた。

 学が兄妹の手を借りる度に柳眉を下げているのは既に把握していたので、償う手段を提示すれば食いつくんじゃないかと、今の今まで思っていたのだ。免罪符と好奇心の充足を兼ねる妙手だとお互いを称えあったのもつい最近である。

 その結果がこれだ。

 真っ白なタオルで目許を隠し、微動だにせず沈黙を保つ。得も知れぬ雰囲気を纏う幼女の姿に、楓は頬が強張るのを自覚した。

 どれくらい時が経ったのだろう。数時間が過ぎたかのように思えたが、一瞬の出来事だったかもしれない。

 確かなのは、形の良い唇が微かに震え、答えを示したのだ。

 

 「それを望むのなら、私は話すだろう。確かに、私が知り、君達が知らないのは不公平だ。……けれど、一つわかっていて欲しい」

 

 パサリと音を立てて純白のヴェールが落ちる。

 (あらわ)になった相貌は、自嘲するように歪んでいた。それすらも美しかった。

 

 「私の過去に、意味なんてない」

 「それは、どういう」

 「私はこの世に生を受けてから35年を過ごしてきた訳だが、その中で三回ほど、大きな転換期を迎えた。それでまあ、自分で言うのもなんだが、()()()()()()()()()()()()()()。もちろん比喩だが、誇張しているつもりはない。

 実感がないんだ。記憶の中の自分が、現在(いま)の自分と地続きで繋がっている感覚が。ある一点からは顔すら違うのもあって、記憶というより記録に近い。

 三人の男の記録と今なお更新される記憶で構成された人間が、私だ。そんな男の過去に意味はない。少なくとも、余人にとっては」

 「……それでも、俺は知りたいけどな、昔の親父」

 「はずかしいからやだ」

 「急に理性なくなるのやめて」

 「あと、よういしてたのをかくしたいなら、『俺()』っていっちゃだめ。そもそも、かえでにしては、チョクサイすぎる。もっとなやむふりをしなさい」

 「勉強になります……」

 

 先に出ているよ、と告げて学は脱衣所から消えていった。

 一人残された楓は、深く息を吐いた。

 ひとまず、目的のひとつは達成された。今はそれを喜ぶべきだろう───と思いながらも、先程の一幕が目に焼き付いて離れない。

 純白と漆黒が織り成す天鵞絨(ビロード)。そこから覗く闇のような瞳。整いすぎた相貌は夜に舞う妖精を思わせて、想起する度に息が止まりそうになる。

 

 けれど。

 

 楓は、直前の光景を思い返す。

 こちらに背を向けて、足早に去っていく姿。その背中は瑞々しく、小さい。義父のものとは思えない程に。

 けれど、一本芯が入ったようなピンとした背筋は、かつての義父と同じだった。

 

 「親父は、親父だ」

 

 間違いない。

 それは当然の事実で、姿形が変わろうが、決して覆りはしない。

 はーあほらし、と色んなものを笑い飛ばして、楓は着替えを手に取った。

 

 「……うん?」

 

 そこで、違和感を覚えた。

 もう一度、同じ光景を思い返す。

 

 「……」

 

 瑞々しい背中。

 ピンと立った背中。

 着替えを手に取る。

 視界の端には何があった?

 

 「あ、やべえ……!」

 

 はたして楓は思い至った。

 手早く着衣を済ませて脱衣所を飛び出したのと同時に、

 

 

 「───雑!!! ですっ!!!」

 

 

 と、凛とした声が響き渡ったのだ。

 

 「こんな綺麗な髪になんて仕打ちっ……! 我慢の限界を通り越して世界の敵ですっ、洗い直させてください、洗い直します、お肌の手入れにその他諸々含めて女の子の必須スキルをしっかりばっちり身体に教え込みますからねっ……!?」

 「ふぇッ───かえでぇぇえええっ!? たすけてえええええっっっ!!!」

 「……あー、ははっ……」

 

 素っ裸の義父(幼女)に襲いかかる妹を見て、楓は思考を放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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