「君ね、昼間っからお酒飲んで、電柱におしっこして、しかもこれで三回目よ?見つけたのが僕じゃなければ即現行犯逮捕よ?ねぇ、
「はい、今はとても反省しています。」
五月雨霧と呼ばれた男は生気のない声で受け答えをする。男は砂区網子通り派出所にて取調べを受けていた。
「今はって何?ちょっとしたら忘れるの?3歩歩いたら記憶なくなっちゃうわけ?」
「…いや、前回の時から反省して焼酎やめてハイボールに変えてみたんですけど…あんま効果なかったみたいで。」
「…君、一度書類送検経験してみた方がいいんじゃないかな?」
「待ってください!それだけは勘弁してください!そんなことしたら芸能界復帰がますます遠いてしまいます!」
「またその話?そもそも君のことなんてテレビで見た記憶ないけど本当に芸能人だったの?」
「…本当っす!今年の四月まではちゃんと事務所に入ってたんです!ほら、聞き覚えないですか?サミダレギリジョーって!」
「…本当に知らないなぁ。まぁ、だったらだったで、そんな人がなんでこんなチャランポになってしまったのかね。まったく、僕は今から本部に行かなきゃいけないっていうのに…。」
「部長!石田崎、ただいま戻りました!」
派出所に入ってきたのは背の高い若い婦警だった。長い髪を後ろで一纏めにし健康的な印象を受ける女である。
「ちょうどよかった!石田崎くん、彼をもう小一時間絞り上げておいてくれ。路上泥酔の常習犯なんだ。僕はこれから会議に行かねば。」
「え?は、はい。かしこまりました!ご苦労様です!」
「じゃあ、僕は行くから。五月雨霧さん!これに懲りたら二度とあんなことはやめるんですよ?次は無いですからね!」
「うっす、さーせんでした。」
「さみだれぎり…?」
その名前に引っかかった女は部長が出ていった後すぐに男の顔を直視する。
「あ…!」
「…なんすか?」
「丈一!!」
「えっ…?その声…あ!石田崎ってもしかして…瑠李ちゃん!?」
◆
「うう…だって俺…おやっさんが死んでからどうすればいいかわかんなくて…。」
「だからってこんな堕ちるとこまで堕ちることないでしょ!?」
派出所に女__石田崎瑠李の怒声が響き渡る。
「おじいちゃんだって草葉の陰から泣いてるよ!」
「そうか?あの人はむしろこういう状況腹抱えて大笑いしてそうだけど。」
「う…まぁ否定はできないけど…!」
男の方__五月雨霧丈一は十年前、瑠李の祖父・石田崎浩三郎に育てられた俳優だった。
「…瑠李ちゃんの方はどうしてたんだ?おやっさんはたった一人の肉親だったんだろ?」
「私は全然平気。むしろおじいちゃんが残してくれた遺産で勉強して警察官にまでなれたんだから。」
「逞しいこった…。」
「丈一は?もし役者に戻れたらやっぱりまたファイヤーみたいなのやるんでしょ?」
「馬鹿言え、あんなの二度とやるかよ。」
丈一は目に見えた悪態をつく。
「えー、なんでぇ!?」
それに返すように瑠李が子供のような声を上げた。
「おま…もう幾つだよ。とにかく、おやっさんには世話になったけど…スポンサーの都合で勝手にいい奴にさせられんのはもうこりごりなんだ。お前だって俺があんな役向いてないことぐらい分かってただろ?」
「まぁそれはそうだけど……。」
「だいたい子供ってやつは自分勝手に正義を押し付けてきやがる。お陰で俺は酒の一つも満足に買いにいけなかったんだぜ。」
「…それでも、空介を演れるのは世界で丈一だけだって思ってるよ。今でも。」
「……そうか?」
「ううん…兎にも角にも、丈一!あんたはさっさとお酒を断ちなさい!」
「お、おう。善処します。」
「次見つけたら問答無用でしょっ引くからね。」
「ひえぇ…か、堪忍してくだせえ…酒がないとあっしは手の震えが止まらないんでやす…。」
そのまま瑠李に付き添われる形で丈一は派出所を後にした。
「ジョォォォ…!!」
「ひっ…!」
__SPAM!!
派出所から出てきた丈一に向かってものすごい勢いで近づいてきた黒いジャケットの女が股間を蹴り上げた。
「あっ…!うぐっ…うぐっ…!!」
丈一は涙目で股間を押さえながらその場に倒れ込む。
「ちょ…ちょっと!?」
「この男が大変ご迷惑をおかけしました!私の方からキツく言っておくのでこれ以上はどうか…!」
茶味のかかった長い黒髪のすらりとした女は丁寧に頭を下げた。
「うっ…助けておまわりさん…俺、この人から日常的にDVを受けてます…!!」
「あら?いつから私たちそんなドメスティックな関係になったのかしら?」
「あの…あなたは?」
瑠李は訝しがりながらジャケットの女に尋ねる。
「申し遅れました。私は、黒倉アノン。諸事情があってこの男の保護者をしています。」
「は、はあ…。」
「てぇ…ったく、勝手に帰るからほっときゃいいだろ?お前俺の股間になんの恨みがあるんだよ!」
「……ぜっと。」
「あ…!?…あぁ。」
小声で発せられたその言葉に、丈一の表情が真剣なものに変わる。
「悪い、瑠李ちゃん。俺もう行くわ。」
「え?」
「ちょっとした仕事の時間でさ。また話しよう。」
「それはいいけど…。」
「それと……その、なんだ。ごめんな、おやっさんが死んだ時なんの力にもなってやれなくて。」
「え…?ははっ!何言ってんの。私は大丈夫だったけど現在進行形で困ってるのは丈一の方でしょ!せいぜいがんばってね!」
「ハッ…相変わらず可愛くねえガキだ。」
そう言って丈一はアノンと共に手で礼をしながらその場を後にした。
◆
ABチャンネラー五月雨霧丈一はWanTuberである。旧知の中だったとある脚本家に改造された丈一はAV女優の黒倉アノンに拾われ、日夜人間社会に溶け込んだゾンビと戦い、その様子をWanTubeに投稿することで生活費を稼いでいた。
「…で、今回はどんなやつだ?」
「
組織とは数ヶ月前、丈一を改造した脚本家の所属する対ゾンビ組織“グロッカー”のことである。一悶着あった末に今では二人に色々と情報提供をしてくるようになった。
その情報をもとに丈一とアノンは早足で目的地に向かっていた。
「なんで子供を?あいつら子供のことはゾンビにできないんじゃなかったのか?」
「さあ?…できない、からできるようにしたいんじゃない?例えば誘拐された子供達を実験台にしてね。いざとなったら子供達を人質にしてくるかも。」
「…先に言っとくけど、人質なんて知ったこっちゃないからな?俺は正義のヒーローなんかじゃねえんだ。」
「…あっそ、でもどっちにしろこのままじゃもっと多くの子供が危険に晒されるでしょ。やるならすぐに決着をつけなさい。」
__プシュー!!!
「なんだ?」
気づけば二人は人影の無い朽ちた建物が立ち並ぶ廃墟群へと足を踏み入れていた。
その前方にはバスに乗ろうとする虚な目をした少年の姿があった。
「だめっ!!!」
「え…?」
アノンの声で正気に戻った少年は異様な雰囲気のバスに対して距離を取ろうとする。
__乗レ……乗レッ…!!!
バスの中から無数の白い腕が伸び、少年を掴んで引きずりこもうとし始めた。
「うわっ…わー!!!」
「クソッ!!」
丈一は駆け出しながらラジオのようなベルトを巻いて赤いアンテナを側面に差し込む。
《boom boom Hello!WanTube!!》
「変身!!」
丈一の掛け声と共に周囲に現れた複数の立体的な電波マークから稲妻のような光が身体を貫いていき、赤い装甲を身に纏った一本角の怪人の姿へと変貌した。
《HERO Channel♪Ready Go♪》
__ABチャンネラー、対ゾンビ組織グロッカーが怪人変異型ゾンビに対抗すべく作り出した秘密兵器である。意思のないゾンビに対して、アンテナを介して使用者の意思を増幅、具現化させることで恐るべき破壊力を生み出す。
『うぉら!!!』
「フギャッ!!?」
チャンネラーのドロップキックによってバスそのものが数メートル弾き飛ばされる。バスから伸びていた手はその衝撃で少年を放した。
「うわっ!!あっ…ABチャンネラー…!?」
尻餅をついた少年はいつも動画で見ていたチャンネラーの姿に目を輝かせ顔を近づけようとする。
『ゥゥ…オイガキィ…クッチマウゾ…!!』
「ひぃっ!!」
チャンネラーの怪物のような仕草に少年は一目散に逃げていった。
「あんたって人は…。」
『へへ、これで邪魔者は消えたぜ。撮影よろしくぅ!!』
「おめえらが、俺たちを殺し回ってる化けもんか?」
異様なバスから訛りの強い声が飛んできた。
__バコン!…バコン!バコン!バコン!
バスはまるで金槌で叩かれたようにへこみ始め、やがて太った二足歩行の猫のような人型に変形する。キャットゾンビの戦闘形態だった。
『化けもんはお前ら…いいや、お互い様だろ?悪いけど、世のため金のため、こっからはカッコつけさせてもらうぜ!』
「うるせえ!おめえらも“終わらせ”てやる!!」
キャットゾンビの額の行先表示器に“地獄”と表示される。
それと同時に手足の肉球からホイールが展開されキャットゾンビは四つん這いになった。
__ブップー!!
『なっ…!』
キャットゾンビの巨体が高速でチャンネラーに突撃する。
チャンネラーは派手に回転することで相殺させた。
『クソッ…思ったよりすばしっこくて重たい敵だな。だったら…!』
チャンネラーは何処からか青いアンテナを取り出してベルトの赤いアンテナを外した。
《boom spa!!》
『チャンネルチェンジ!!』
《ACTION Channel♪Ready Go♪》