あなたはこの日を忘れるけれど   作:緋色鈴

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-後書- 灰の魔女の覚書

・・・それは、私とアムネシアさんが出会うよりも前にあった一幕。

その出会いは彼女が書き留めた日記のどこかに書かれているはずで、今はもう、アムネシアさんの心のどこかにも残されているはずの出来事です。

その名を聞けば、そんなやり取りがあったことを知ることになれば、私は恐らく平静では居られないのでしょう。

そこに私は登場していなくとも、決して無関係であるとは言えなかったでしょう。

しかし私、イレイナは残念ながら、その出会いを知ることはありませんでした。

それを読む機会があったのは一度だけ。そして他人の日記を隅々まで勝手に読み漁る趣味を持ち合わせていなかった私は、そのページに目を止めることはなかったのです。

またアムネシアさんも、その人が記憶を失った瞬間に私が立ち会っていたことなど知りません。

彼女にとっては不思議な魔女に一人出会ったというだけであり、後にも先にも、それを私に語って聞かせるようなことはありませんでした。

 

故にそれは、彼女たちの記憶の中にだけ残された光景です。

そしてそれもそのうちに、そんな事もあったな、という思い出の中に消えていくのでしょう。

魔法など使わずとも、人は物事を忘れていくものです。

現にアムネシアさんがその時たった一度だけ聞いていた私の名前を忘れてしまっているように、繋がりのない事柄はより薄れやすくなります。

たとえそれが本人にとってどんなに大切なものであっても・・・当人が決して忘れまいと心に刻もうとも、その瞬間の感傷や感動というものは、いずれは色褪せて、その奥底に霞んでいってしまうものです。

その人が口にしたように、あるいは誰もが、色彩を失っていく自分の記憶と向き合い、折り合いをつけていかなければいけないのかもしれません。

 

そしてきっと、だからこそ、日記というものがあるのでしょう。

別れと共に再会を約束し、けれどやはり会えないのかもしれない人達への気持ちを、文字の中へと仕舞い込めるように。

いつかまたそのページを読み直して、そこに刻まれていた己の想いを、もう一度確かめることのできるように。

 

出会いは、記憶すること。

再会は、思い出すこと。

 

アムネシアさんがそうしていたように、日記にはこれまでの出会いを書き綴り、読み返すことで、記憶の中の人達ともう一度、心の中でだけでも出会える魔法が込められています。

忘れてしまうことが本当の別れならば、そうして心と記憶を繋ぎ止める術もまた、人は持ち合わせているのです。

故に私もまた、彼女たちの事を忘れないように・・・忘れてしまっても思い出せるように、その時の想いを書き記しています。

私のよく知る人物たちによって名付けられたこの本は、私自身にとってもまた、大切な記憶の一部と言えるでしょう。

 

・・・さて、丁度この一冊も最後の一頁。

これにて一区切りとすることに致しましょう。

 

私もたまにはこれを読み直し、自分の辿ってきた旅路を振り返ってみるとしましょうか。

白い紙に黒いインクの羅列で紡がれた、色彩豊かな情景を巡る回想の時間。

それもまた、一つの旅といえるかもしれません。

 

最後にもう一言を書き留めて、私はこれを表に返し、旅を再開してみることにしましょう。

・・・ここまで読んだ後で、恥ずかしさに身悶えする羽目になるかもしれませんけれども。

 

 

それでは。

やがてこの物語を忘れた貴方が、いつか再び私たちのことを思い出したその時に、またお会いしましょう。

 

 

『魔女の旅々』で。

 

 

 

 

 

 

 

 




~~~~~~~~
◆あとがき

以降は作者のあとがきになります。
先ず、ここ迄お読み頂き有難う御座いました。
原作より前の時間軸にあたるアムネシアが主人公の物語、如何でしたでしょうか。
アニメでも最後にほんの少しだけ登場した人物ですが、彼女とイレイナの出会いと別れが2期になったりするのでしょうか。是非して欲しいところですね。

この話は、時系列的には3.5巻とでも言えそうな時点を想像して書いたものです。
アムネシアの物語は一日単位でしか成り立たず、またその取り巻く環境は彼女の与り知らぬことばかり。
そんな中で事情を知る、そして似て非なる境遇をしたあの魔女と出会っていたら、というお話。
彼女が「きっと毎日こうだったはず」と思う日々のなかには、言葉にしろ物にしろ、こうしていくつもの贈り物があって、彼女はそれに助けられてきたんじゃないかな・・・そして、それに彼女はどうしても気づけないんだと思うと、切ない気持ちになります。
果たしてアムネシアがその過去にどう向き合うのかは、実例として地図を授けてくれた女性のショコラさんが居ますね。
4巻以降のそんなアムネシアももっと見てみたいのですが、その魅力はあるいは、こういう過去があってこそなのかなと思います。


ところでここで是非話したかったのが、アニメ1期のオープニング「リテラチュア」の歌詞について。
この歌詞・・・イレイナを歌ったものの筈だと思うのですが、読み返すとどこか、アムネシアの日々にも重ならないでしょうか。この物語を書き終えたときに聴いていて歌詞を読んだのですが、まるで歌う人まで変わって聞こえたかのような衝撃でした。「滲むインクをそっとなぞった」の辺りとか、えっ、と思いました。
あまりに感動してしまったのでつい共有と思い、此処に書き置かせて頂ければと思います。

それと関連してなのですが、前作「私の旅」にも実は、それを書く原動力となった曲があります。
曲としては魔女の旅々とは全く無関係なのですが、チャットモンチー様の「世界が終わる夜に」。
もちろん、これもまた本来は違う視点を歌っているはずですが・・・この歌詞がどうしても「遡る嘆き」の魔女の願い、そしてそれを見てきた「粗暴な私」の心の叫びのように聞こえてきて。
終わってしまった世界から取り戻そうとした、愛という名のお守りは空っぽだった。
砂漠で花が咲き、また不幸の種がなる。そしてそれから目を逸らす。
そんな情景から浮かんだ「もう悲劇を見たくない短髪の私」を切欠に、彼女たちの心情を想うにあたって、この曲のイメージが強く影響しています。
アニメ9話、12話、原作3巻が好きな方はぜひ、一度聴いてみて欲しいです。

あとのことはそう・・・あとがきに残したかった事は、この上でイレイナがほとんど語ってくれています。
キャラクターに作者の考えを代弁させるなというのはよく聞く文学のお約束ですが・・・「イレイナ自身が魔女の旅々の作者である」という背景もあることですし、重ねてしまうのもやむなしという事でご容赦を。どちらかと言えば私がイレイナの心情と被る、というぐらいの気持ちです。
願わくばそれと同じように、自身のことさえも全く分からなかったアムネシアの視点が、読者のそれとうまく重なっていたことを祈ります。
それでは改めまして、ここ迄お読みいただき本当に有難う御座いました。
いつかまた貴方が「魔女の旅々」を読み返し、そのついでに、たまにこの物語も思い出してくれれば嬉しいです。
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