宵闇のトレイター   作:街田和馬

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第5話「古往今来のアウトライン」

「5年前、桜花君が入院した後のことだよ。元々、神代町と呼ばれていた町は6つの地区に分割され、名称も神代市となった。

 

 その6区にはそれぞれ、特殊な力の持ち主の中でもトップレベルの6人が、その地区の守り主のような形で配置された。

 

 特殊な力の持ち主のことを神依(かみより)と言って、特にその中でも強い6人のことを神徒(かみつれ)と呼んだ。その神徒に当たるのが私や桜花君なの」

 

「待て、俺もなのか?」

 

「そうだよ。まあ、いきなり言われて驚くかもしれないけど、本当にそうなんだ」

 

 俺は、意味がわからなかった。いつ手に入れたかもわからず、自覚したのすら半日前で、その正体すらわからない力の持ち主の中で、俺がトップ6人に入っているということが。

 

 俺が頭を抱えていると、海希が肩を叩いてきた。

 

「おーい。状況がわからなくて困惑するのはわかるけど、それも説明するから、とりあえず私の話を聞いて欲しいな」

 

 俺が渋々とだが首を縦に振ると、海希は微笑んで話を続けた。

 

「そして、神徒の力を象徴する建物が建てられた。まず、紅麗(こうれい)区の紅麗スカイツリー。これは多分、ここに来る途中に見てきたんじゃないかな?」

 

 そう言われて記憶を辿ると、それらしい建物の姿が思い浮かんだ。

 

「ああ、あの超高い赤い建物ね」

 

「そうそう。あれって800mくらいあるらしいよ」

 

「へぇ〜、そりゃ凄いな」

 

 俺が驚いていると、海希は自慢げに笑った。そして、続けた。

 

「次に青藍(せいらん)区の青藍競技場。ここは、神代市のスポーツ振興の拠点にもなっていて、メインスタジアムの他に、3つのサブスタジアム、それに大きなスポーツセンターも複合しているんだ。ちなみに、私はこの青藍区の神徒なの」

 

「……いや、紅麗区の神徒じゃないのかよ」

 

「え?何でそう思ったの?」

 

 海希が首を傾げた。

 

「いや、あんなに自慢げに紅麗スカイツリーのことを語ったら、そりゃそう思うだろ」

 

「たしかにそうだね。まあ、私は青藍の神徒なので。そういうことで、話を続けるよ。

 

 3つ目に黄姫(おうき)区の黄姫センタービル。ここには、いくつもの有名企業のオフィスや大手チェーン飲食店、それに何種類か遊戯施設も入っているんだよ。

 

 4つ目に緑神(りゅーしん)区の緑神神社。ここには、この国の主神が祀られているんだ。そして、私たち神依の拠点でもあり、神依の最上級のお婆さんがいるの。神徒というわけではないんだけど、実力は確かよ。いずれ、桜花君も会うことになると思うわ。

 

 5つ目に紫怨(しおん)区の紫怨空港。国内外から多くの人々が神代市にやって来る玄関口になっているわ。

 

 そして、それら5つの区が黒闇区を囲むように位置している。黒闇区には、基地があって、神依たちの最大の拠点になっているの。そして、黒闇区に置かれた神徒は最強だった」

 

「最強……だった?」

 

 俺が、謎の過去形に疑問を抱くが、海希は俺から目を逸らして遠くを見つめるようにして続けた。

 

「ここで、そもそも神徒って何するのかっていうことなんだけど、実は基本的には1つだけなんだ。

 

 それが、人間界に臨界した魔族を殲滅、もしくは浄化することなの」

 

「魔族?」

 

 聞き慣れない言葉に、俺は疑問の声を上げた。

 

「魔族っていうのはね、別の世界から来た攻撃的な生命体のことだよ。さっき、桜花君も襲われたでしょ」

 

 そう言われて、あの馬鹿力の人型の生命体が思い浮かんだ。あの異形と力、明らかにこの世のものとは思えなかったが、別の世界の生き物だったのか。

 

「その別の世界のことを魔界って言うんだけど、そこにはこの人間界と同じ様に多くの生き物が存在しているの。

 

 魔族にも色々な種類がいて、さっき見た人型とか、犬型とか、兎型とか、蟷螂型とかもいるんだよ。

 

 そんな多様性に溢れる魔界と人間界なんだけど、普通はお互い絶対に干渉できないようになってるの」

 

 違う世界同士が交わるなんてことがあったら、お互いにどんな影響があるかわからない。そうならないようになっているのは、当然だ。

 

「ただ、たまに悪い魔族が空間を捻じ曲げて人間界側に入ってくることがあるんだ。私たちにその原理はわからないのだけれどね。

 

 まあ、入って来るだけなら警察や自衛隊に任せられるんだけど、魔族は普通の人間には見えないの。だから、誰にも気付かれずに魔族が好き放題やっちゃうことがあって、たまに極悪魔族が人間に入り込んで暴れることがあるの。

 

 そいつらを人間ごと始末する、或いは魔族だけを浄化する、というのが神徒の役目なんだ。人間に入り込むのはよっぽど悪いし強い奴等だから、浄化では始末しきれないことがあるの。その時は……」

 

 海希は最後まで言わず、目を伏せた。おそらく、人間ごと殺す……ということなのだろう。

 

 俺とそこまで変わらない歳の少女が人殺しに手を染めなければならないとは、辛い世の中になったものだ。

 

「ここまでわかる?」

 

「今のところはね」

 

「うん、流石桜花君だね。じゃ、続けるよ。

 

次に話すのは、何でこんなに神代市が廃れてしまったのかについて。実は、人間もちゃんといるんだよ。

 

 神代市の人口は、多分ここ5年で5割ぐらい減ったかな。この、人口の減少も魔族の所為なんだよ」

 

「一体、この5年間に何があったんだ?」

 

「原因は5年前だね。5年前に何が起こったか。簡単に言うと、一時的に魔界と人間界のゲートがこじ開けられちゃったんだよ。

 

 こじ開けたのはその時の魔界の女王ーー魔女王ヘル。まあ、その1ヶ月後に黒闇の神徒に殺されたんだけどね。

 

 ーーで、その出来事を『第一次魔族侵入』って言って、それが起こったのが桜花君が入院した1ヶ月後だったんだ。良かったね。あの病院は紅麗の神徒が直々に守っていたから何事もなかったんだ。その代わりに、病院外はどうなっていたか。想像つくよね?」

 

「侵攻してきた魔族達によって、壊された?」

 

「そう。多くの魔族が人間に入り込んだり、魔術を使ったりして、町を壊し始めてしまった。そこで数千人もの人々が殺された。

 

 でも、町の破壊はその程度では止まらない。その時、5人の入り込まれた人間を浄化する神徒と、強大な魔族を殲滅する1人の神徒が現れた。

 

 それが今神徒となっている者たちだよ。その中でも黒闇の神徒は圧倒的だったよ。なんせ、魔王を倒したのだからね」

 

「魔王がどのくらいか分からないけど、かなり強かったんだろうね。因みに海希は何番目ぐらいの強さなの?」

 

「うーん。多分3番目かな」

 

「え、海希で3番目なの?」

 

「もう。魔族を吹っ飛ばしたのとジャンプだけで判断しないで。……きっとすぐ桜花君でも抜かせるよ」

 

「え、それってどういう......」

 

「続けるね。それで魔王は倒されたんだけど、その後も魔族はちょくちょく人間界に入ってきたんだ。それらに対処する役目が、私達に与えられた。

 

 でも、3ヶ月前に起こった第二次魔族侵入を機に、魔族発生のシステムが変わった。今の魔王であるイクリプスと黒闇の神徒は1ヶ月に一度直接対決するという取り決めをした。

 

 その時から、魔族の侵入は魔王の臨界に伴って起こるものになった。魔界からの侵攻開始30分前になると神代市中に警報が鳴り、人々は知らず知らずのうちに地下に掘られていたシェルターに隠れるようになった。

 

 そして、シェルターに逃げ遅れた人達はそのまま地上に残り、魔族に為すすべなく殺されていった。そして、1週間前の侵入で、事件は起こった」

 

「何が起こったんだ?まさか、どこかの区がなくなったとか?」

 

「違うよ。最強の神徒だった黒闇の神徒が、どこかに消えてしまった」

 

「え、最強の奴が?」

 

「そう。殺されたかは誰も見ていないけど、未だに現れないことと、君が力を手にしたことを鑑みると、そういうことなんだろうね」

 

「そんなことが……」

 

 俺は、体を震わせた。一度目の侵入を退けた最強の神徒が倒せなかった魔族がいる。そのことに、俺は激しく恐怖を感じた。

 

「黒闇の神徒が消えた後、イクリプスは魔界に帰っていった。一度で30分という侵入のルールは守って、消えていった。

 

 君の家族を襲ったのは、その時の生き残りの魔族と思われるわ。そして、殺し損なったのは私たちの責任よ。本当に、ごめんなさい」

 

 海希は、苦虫を噛み潰したような顔をして、俺に向かって頭を下げてきた。俺は、ひどく動揺した。

 

「そんな、気にしないで。もともと、もう見られないはずだった顔だったんだ。もう一度見られただけで、俺は満足だよ」

 

「そうか。……ありがとう」

 

 海希は、目に涙を浮かべていた。本当に、心から人々を守ろうとしているのがよく伝わった。

 

「それにしても、桜花君はよく生きていたね。やっぱり、選ばれたのかな」

 

「ん?ちょっと何言ってんの?」

 

「まあ、それもおいおいね。それで、来月ーー4週間後にもまたイクリプスは来るわけなんだけど、私たちじゃいくら頑張っても殺せない。そこで桜花君なんだ」

 

「ん?何で?」

 

「君は、選ばれたんだよ。前の黒闇の神徒に。その証拠に、なんの訓練も受けていない君は、目覚めていきなり力に目覚めた」

 

「それは、つまり……」

 

「そう、君が後継者に選ばれたんだよ。黒闇の神徒の後継者に!」

 

「………………」

 

 いきなり最強の神徒の後継者と言われて戸惑い、何も言えなくなっている俺に向かって海希はーー

 

「ーーだから、黒闇の神徒になってください!」

 

 そう告げた。

 

 

「え、いやだ」

 

俺はそう答えた。対して、海希の反応はーー

 

「え、あれ?うそ?」

 

 とても動揺していた。視線は定まらず、両手両足を遊ばせていた。冷や汗らしいものもかき始めていた。

 

 どうやらこの答えは想定外だったらしい。……にしても、ここまで動揺する海希は初めて見た。まあ、初めて会ったのも数十分前だけど。

 

「え、何で?」

 

海希の問いに対して俺はーー

 

「だって、怖いじゃん。どうせアレだろ。俺を黒闇の神徒にしてイクリプスと戦わせるんだろう?」

 

「逆にそれ以外ある?」

 

「まあ、そうだけど......」

 

「大丈夫だよ。私が特訓してあげるから」

 

「いや、でも海希って3番目でしょ?」

 

 3番目に特訓されたところで奴に勝てるとは思えないーーというのが正直なところだ。

 

 第一、最強の先代黒闇の神徒に倒せなかった奴が、俺に倒せるかっていう話だ。

 

「3番目っていうのは、総合的に見てだよ」

 

 海希が何か言い訳のようなことを言っている。

 

「つまり、何が言いたいんだ?」

 

「私ね、魔法技術なら1番上だったんだよ」

 

「ほぇ、うそ?あんな物理攻撃と身体能力してたのに?」

 

「いや、本当だよ。おそらく私の見込みでは君の能力は世界最強レベルだと思う。先代も超えるほどの。そこに私が直接伝授する魔法が合わさればどうなるか、分かるよね?」

 

 海希が、魔法技術が高いことは予想外だった。あんな力を見せられたら、怪力女としか思えない。

 

 ……まあそれは置いといて、もし本当に俺にそんな能力があるなら凄いことになるかもしれないがーー

 

「でも、俺そんなに特別な力を感じたことがないんだが?」

 

「ああ。それなら大丈夫だよ。能力は神徒になってやっと覚醒するからね。今、桜花君が使えている強い力は、誰かに認められて神依になった結果だよ。神徒になれば魔法も使えるようになるよ」

 

 俺はここで1つ疑問を抱いた。

 

「じゃあ、神徒になる方法は?」

 

 待ってましたと言わんばかりに、間髪を入れずに海希が返答する。

 

「神様にお願いするだけだよ」

 

「……え。それだけ?」

 

「それだけだよ。君はもうすでに誰かによって、神依になり、そして何故か神徒になる資格を持っている。あとは、神様にお願いするだけだよ。自分を神徒にしてくれってね」

 

 あまりにもシンプルすぎて、俺は拍子抜けした。そもそも何故俺がその資格を持っているのかもわからない。どういう力なのかも、未だによくわかっていない。

 

 そんな力を、俺は得るべきなのだろうか。

 

 そう思った時、海希は言った。

 

「これは、私達だけじゃなくて君にも利益があると思うよ。親の仇が取れる訳だし、もっと言うと......」

 

 次の一言は俺に神徒になる決断を下させるのに十分だった。

 

「君は、長らく苦しめられてきた心臓の病から解放された、代償を負わなければならないはずだよ」

 

 それを聞いて、心臓の鼓動が速くなった。頭か内側から痛くなった。何かを忘れていた。それが今まさに思い出されようとしている。

 

 あれは、俺の意思を再び立ち直らせた夢の中でのあの男の言葉だった。

 

 ーーそして、力を得た君は、この町を魔の手から救うんだ。約束……してくれるね。

 

 ーーああ、勿論だ。生き延びられるのなら、なんだってするさ。

 

 そのことを思い出した俺に、もう迷う理由なんてなかった。

 

 俺はまだ少し残っている頭痛から、手を頭に当てたまま、言い放った。

 

「わかった。黒闇の神徒になってやるよ。そして、親の仇も取る」

 

 海希からは、やれやれという感じで言ったように見えたかもしれない。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 そう言った海希の笑顔には安堵が見られた。

 

 ただ、その瞳の奥には困惑のようなものも感じられたような気がした。

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