今後も不定期で頑張ります
カーテンの隙間から差し込む朝日が俺の顔面を焼いている。ぐっすりと眠っていた俺は、それによる顔面だけという局所的な厚さによって目を覚ました。
「うがー。目がー、目がー」
とても素晴らしい朝だ。こんなに良い目覚めは5年ぶりだ。普段なら朝起きた瞬間に心臓がキュッと締め付けられるような感じがあるのだが、今日はそれが全くない。顔が焼かれたことを差し引いても今までに比べてかなり良い目覚めだった。
目覚めがいいどころか、体が軽くなったような気までした。その感覚に高揚してした俺は、勢いよく布団から跳び上がろうと、足を大きく振り上げて力を溜めて、そして一気に足を振り下ろし体を跳ね上げた。
「うんしょっ!」
ーードンッ!
すると、弾丸のような勢いで顔面から向かいの壁に突っ込んだ。なんか、思ってたのと違う。空中で何回か回転してスタッと着地するつもりだったのに。思ってたのと違う。
壁に顔がめり込んでいる。息ができない。
ーー誰か......助けて……。
「なんかすごい音がしたけどどうしたの?って、うわああああああ、大丈夫?」
轟音を聞きつけて俺の寝室にやってきた海希は、壁に顔をめり込ませてじたばたしている俺を見てひどく驚いた。しかしすぐに俺を壁から引き抜いてくれた。
「ふぅ、助かったよ。……それにしてもどうして急にこんなことに?」
「それに関してなんだけど......」
海希は微笑んで、全く申し訳なさそうではない軽快な口調で言った。
「昨晩、君が寝ている間に君の心臓を黒闇の神徒の心臓に替えておきました。君の力が大幅に強化されているのはそのせいです」
「……は?……え?もう替えたのか?」
「そりゃ、替えないと特訓できないでしょ」
俺はてっきり、筋トレから始めるのかと思っていたが、確かに心臓を替えただけでこれ程強化されるのだから、筋トレの必要はなさそうだ。
「安心して。替えるときは麻酔をかけておいたから」
「それって安全な麻酔だよね?」
「もちろん。まあ、普通の人に使えば最低でも5日間は眠ることになるだろうけどね」
「ひぇぇ……」
平気な顔してかなり危ない薬を俺に使っていた。俺は海希の凶行に多少顔を引き攣らせたが、海希はそんなこと歯牙にもかけていない。
「じゃ、そこに着替え置いておいたから着替えたら降りてきてね。朝ごはんもう出来てるから」
一瞬用意された着替えが女物じゃないか不安になったが、ちゃんと男物だったので安心した。上下セットの黒色で上の胸元と下の両端に青いラインが入っているジャージだ。
しかし、男子を部屋に入れたことが無いのに男物の服があるってどういうことなんだろうか。
「なあ、なんで男物の服がこの家にあるんだ?」
「ん?…………あ、えっと、それは………………と、とにかく早く降りて来てね」
一瞬焦りを見せた後、誤魔化すように海希は小走りで一階に降りていった。階段を降りる大きなテンポの速い音が、すぐに聞こえ始めた。
「なんか、可愛かったな」
俺は、少しにやけてしまった。やはり、海希も女の子なんだなと思ってしまったのだ。
俺は、急かされてしまったので急いで着替えを済ませて一階に降りるとーー
「これは、なんて美味しそうなんだ」
俺の眼前のテーブルに広がっているのは、美味しそうに湯気を立てている味噌汁と白ごはん、色彩豊かなサラダ、そして目玉焼きが並んでいた。
どれも庶民的な朝食だったが、久しぶりのまともな食事に俺は涙が出そうになった。
「でしょ?気合入れて作ったんだよ。これから厳しい特訓続きなんだから、食事くらいはしっかりしていないとモチベ保たないでしょ?」
厳しい特訓が待っているのかと少し憂鬱になるが、美味しそうな朝ごはんを前にしてそんなことはどうでも良かった。
「じゃ、いただきまーす!」
「はーい、遠慮なく食べてねー」
実際食べてみると本当に美味しくて、口に入れるとたちまち口の中に海希の優しさが広がっていった。まだ胃腸が完全復活していない俺のために、味付けにかなり気を遣ってくれたことがわかる。
あまりに美味しかったので、全ての料理を食べ尽くすのに10分もかからなかった。
「30分後に特訓開始だから、支度したら玄関で待ってて。覚悟も決めといてよ」
海希が、微笑を浮かべながらも何か威圧感を感じる恐ろしい顔で言った。俺はもう心が折れそうになった。
恐ろしすぎて遅刻したら殺されると確信したせいか、30分どころか10分で支度が終わってしまった。あと20分何もせずビクビクとしているのも癪なので、特訓の開始を早めてもらうことにした。
そこで海希を部屋に迎えに行くことにしたのだが、海希の家は外からの見た目の割に中は大きくて、並みの一軒家よりは大きかった。
この家は三階建てで、海希の部屋は3階にあるそうなので、リビングから出て正面に玄関があるが、左に曲がって廊下の突き当たりにある階段を上る。3階に上がると、廊下を真っ直ぐ進んで3つ目の部屋が海希の部屋らしい。
「ここか…………」
実際に部屋の前に着くと、間違いなくそこが海希の部屋だとわかった。その部屋の前だけ、異常に床が綺麗だった。ドアも他とは材質が違った。この部屋のドアだけ上質で木目の美しい木が使われていた。
余りの優雅さに魅了されていた俺は、ノックを忘れて部屋に入ってしまった。
「海希、準備と覚悟できたよ……」
「え?ちょ、待って!今入ったら……」
「ん?今入ったら何…………………あっ」
そこにいたのは、今まさに着替え中で下着しか付けておらず、艶やかな白い肌とすらっと伸びた肢体を露出させている海希だった。俺は慌てて出で行こうとするがーー
「ごめん。すぐ出て行くから」
「いや。ちょっと待て」
「え?…………あ、取り敢えず落ち着いて、海希さん?」
物凄く低く唸るような声に引き止められた俺が恐る恐る海希の方を振り返ると、海希は先程とは比べ物にならないほどの鬼の形相をしていた。海希の手元を見ると、何か光が発生していた。
『やばい。死ぬ』
「パニシング・ストライク!」
そう思った時には、俺の体は海希の魔法によって、家の外に吹き飛ばされていた。
「はい、じゃあ最初の特訓を始めます!」
「……はい」
あれから数分も経たないうちに外で倒れ伏して呆然としていた俺を迎えに来た海希は、すっかり怒った様子はしていなかった。まあ、多少は顔を赤らめていたが。
何はともあれ、特訓をしていただけるのはありがたいので、思い起こさせて機嫌を損ねないように謝ったりはせず、黙って海希に従うことにした。
「まずは魔法の基礎。魔法を使えるようになるには3段階を踏む必要があります」
「へぇ。それは?」
「第1段階は、魔力を外に出すということ。これは体の中に巡るエネルギーを一か所に集めて一気に外に放つイメージだよ。これが殆どの魔法の基礎になるの」
「なるほど」
目を閉じて、体の内側に意識を集中させる。たしかに、血流のように体中をエネルギーが流れているように感じたので、その一部を左手に集中させてある程度溜まったところで放つイメージをすると、左手から黒い球体が飛び出した。
それは眼前の木に直撃して、球体はパッと消滅してしまった。
「おお、できてるじゃん。今はまだ火力に乏しいけど、何回もやってるとちゃんと攻撃に使える魔法になるはずだよ」
「そうか。一発でできたけど、もしかして俺って天才?」
ちょっと調子に乗ってみたが、海希に冷静に諌められた。
「え?いや、このくらいならできてもらわないと困るよ?」
「あ、そうなんだ……」
俺は思い違いをしていたようで、半分冗談混じりだったのに冷静にマジレスをされてかなり肩を落とした。開始5分で既に心はボロボロだ。
「それにしても、陰属性に適性ありか。……ちょっと不安だなぁ」
海希が腕を組んで、うーんと唸っている。
「陰属性?……魔法には属性があるんだな。それで、陰属性の何が不安なんだ?」
「陰属性ってね、多くの魔族が得意とする魔法の属性なの。だから、相手と同属性なのって、少し対抗戦力として不安なんだよね」
「じゃあ、なんとかして魔法の属性を変えられないのか?」
俺が訊くと、海希は待ってましたと言わんばかりに、俺に人差し指を突き出しながら言ってきた。
「そこでっ、次の段階なの!第2段階は、自分で魔法の属性を変えること。体から出している魔力に炎や水をイメージして色付けをする感じかな」
「はーい、やってみまーす」
というわけで、もう一回魔力を出す。今度は、水属性の魔法を出そうと思って、左手に溜めた魔力に水のイメージを重ねた瞬間だった。
水の魔力が突然、ドス黒い何かに喰われた。そして、そのドス黒い何かは俺の体を貪り始めた。体の内側が普通から考えられないくらい痛くて、意識が飛びそうになる。内臓や骨、筋肉が喰われ内側がスカスカになって軽くなっていく感覚と、体の中の何かが膨張し重くなっていくことに加えて体が内側からはち切れそうになる感覚が混ざり合って、とても気持ち悪い。
そして、体がはち切れそうになった瞬間に、俺は目を覚ました。
「ーーちょっと、ねぇ!大丈夫?しっかりして!」
「…………く……はっ。……う、オエッ」
海希の俺を呼ぶ声で正気に戻った俺は、たちまち込み上げてきた嘔吐感に抗えず、胃の中身をぶちまけた。
どうやら、さっきまでのは現実ではなかったようだが、嘔吐によって胃の中が空っぽになる感覚があり、先程の体の内が空になる感覚が思い出されて気分が悪い。
「ごめん。なんか、死にかけてた」
「本当に大丈夫なの?全身からすごいオーラが出てるけど」
そう言われて、自分の手をじっくり見ると、何かドス黒いオーラが漏れ出ていた。
「うわ、なんだこれ?闇みたいな黒だな。自分ですらも呑み込まれそうだ」
実際のところは、呑み込まれるどころか喰らい尽くされたわけだが。
「やっぱ、そうだよね。ちょっとそれ止めてくれる?意識が持ってかれそうだから……」
そう言った海希は、顔面を蒼白にし全身から汗が出ていて、体を震えさせてもいた。そこには言葉以上のキツさがありそうだったので、俺は急いで止めようとする。だが、方法がわからない。
一度体中の魔力を見てみるが、左手に魔力が溜まったままだった。だから、俺はそれをさっきしたように陰属性のまま放った。
すると、体からオーラが出なくなった。その瞬間、何かが喉に詰まった感じがして咳き込むと、ベチャッと少し凝固した血液が吐き出された。口の中に血の味が広がり、鼻腔を鉄の臭いが突き抜けた。
「おえっ。ヤバイなこれは。血吐くほどって、俺の力大丈夫なのか?」
得体の知れない自分の力に不安になったので海希に訊いてみたが、なかなか返事が返ってこない。おかしいと思って隣を見てみると、海希がその場にへたり込んでいた。
「おい!大丈夫か⁈」
「…………あ、ごめんもう解除してたんだ。それで、何か言った?異常に早口だったから聞き取れなかったんだけど」
「は?何言ってんだ?俺はいつも通り話したんだが」
それは間違いなかった。普段と変わらない速さ……いや、むしろいつもより遅かったくらいだ。俺が何が起こっているのか分からず頭を抱えている一方で、海希は何か合点がいったかのように手を叩いた。
「やっぱり、黒闇の神徒には時間を操る能力があるみたい。君と私のさっきの会話のタイムラグはそれによるものだと思うよ」
「マジで?俺、時間操れるの?」
「多分、練習すれば自在に操れるようになると思うけど、今のが無意識に発動したっていうなら、少し怖いなぁ」
海希に心配されてしまったので、なるべく早く自在に扱えるようにしておこうと決めた。
「じゃあ、第3段階を教えてくれ」
「ああ、ごめん。忘れてた。って言っても、第3段階は第2段階で色付けした魔力を飛ばすだけなんだよね。それが、攻撃魔法やらになるよ。ちなみに自分にバフをかけるだけなら第2段階の時点でできてるよ」
「わかった。やってみる」
そうは言ったものの、まず俺は第2段階ができていないので、この方法では陰魔法以外は使えない。俺は、別の方法で魔法の属性を変えることを考えた。
ーーもしかして、一度体の外に出した魔力に色付けすることも可能なんじゃないか?
そう思いつくと、俺はすぐにその方法を試した。まずは、左手に魔力を集中させ、体の中からゆっくりと取り出す。そして、左手に浮かぶ陰魔法に水のイメージを付与する。そして、放つ。
すると、さっきの黒い球体より少し大きめの水の塊が飛んでいって、木に当たってパシャっと弾けた。この方法を使うと、楽になったうえに、魔力が増大した気がする。
「やるねぇ。もう魔法の仕組みを理解してる」
「俺が思ってたより簡単だったよ。妄想や想像は、ずっと病室にいた俺からすれば簡単なことだからね」
と言いつつも、俺はさっきよりもさらに大きな様々な属性の魔力の塊を大量に出していた。
あとはそれを飛ばすだけだったのだが、意外とイメージ通りの軌道に飛ばすのが難しいのだ。
どうにか狙い通りの弾道で飛ばせないか試行錯誤する。そして何回か試しているうちに自分の失態に気づく。
ーーそうか。今日初めて魔法を使うような奴がいきなりこんなデカイ球体を飛ばそうとしても、まともに魔力操作が出来てないんだからうまく飛ぶわけがないんだ。なら、こうすれば……
そうして左手に最初の球体よりもさらに小さな陰属性の球体を生み出す。
「桜花君。君は……本当に…………」
ーーあとは、イメージを固めるだけだ。強い、攻撃の意思を持って、放つ!
自分の中で攻撃のイメージがしやすい形に球体を変える。すると、小さな球体は、糸ほど細い暗黒の槍に形を変えた。そして、左手に浮かぶ闇の槍を握って腕を引く。そして、助走をつけて投擲した。
「漆黒槍(ユルシギュラ・スピア)!」
詠唱とともに放たれた陰魔法の槍は、その細さからは想像のつかないような威力をもっていた。俺の隣にいた海希も開いた口が塞がらないでいた。
槍の軌道にあった木は跡形も無く消滅ーーというよりは蒸発し、それが50メートル先まで続いていた。しかも槍は消滅した地点で爆発し、その周囲10メートルも木が蒸発していた。
さすがに自分でも驚き、しばらく海希と2人で呆然と森に一瞬にしてできた道を見つめていた。しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いたのは海希だった。
「君はこれほどの魔法を初日から使ってよく立っていられるね。普通の神依だったら気絶しているよ」
「いや、だって多分まだ1割も魔力を使ってないよ」
そう言われた海希は、ため息を吐きながら無言で家に入っていった。
「え?……海希?」
「………………今日はもう終わり。……お疲れ様。午後からは勉強だよ。5年生の内容に入るからね」
特訓1日目は、こうして30分ほどで海希の提案によって終了した。