「骨は珊瑚、眼は真珠――」
シェーゼ城、玉座の間。ここにいるのは、僕、女王ラビリンス、名前も知らない女騎士。それに僕がこの異世界で初めて出会った少女シリウス。
玉座の傍らに立つ女騎士は詠唱を始めた。何重もの魔法陣が彼女の周りに展開される。
「この身は何処にも消えず、冷寒なる力に変えられて今は儚き力――」
魔法陣が剣へ向かって一斉に収束する。剣が氷に覆われて刀身はひと周り大きくなった。発せられる白い冷気が辺りを満たす。
「――シリウス!」
僕の作る隙を使って、シリウスも魔法の詠唱を始める。
「炎は消えぬ、消えぬは炎…………」
背を優に超える巨大な魔法陣の中で、歯車のような小さい魔法陣が立体的に動き始めて新たな魔法陣が形成される。やがて、蝶の翼のように広がった魔法陣が一斉に赤く光った。
「…………淀んだ空を燃やし尽くせ――――ヴァーディクト・インフェルノ!」
螺旋状に絡まった炎の砲撃が、女騎士に向かって魔法陣から放たれた。
「――――アブソリュート・ゼロ」
対して女騎士は冷気を纏わせていた剣を振り下ろす。シリウスに向かって刃のような氷が地面を伝って走っていく。
炎と氷は激しくぶつかりあい、水蒸気が激しく周囲を満たす。
そんな光景を見て、僕は今更ながらに魔法という力が存在する世界に圧倒されていた。
何故こんなことになっているのか。
ほんの数日前、僕はこの世界にやって来ただけなのに――――
*
暦は十月の終わり。今日は二日間に渡って行われる文化祭の初日。ひと月ほどの準備期間を経たクラスの出し物はどれも熱量が籠っていて面白い。
僕たち1年1組の出し物は演劇。題目はハムレット。
クラスにシェイクスピアの大ファンがおり、気が付いたら担任までが彼女の口車に乗せられてた。
それなりに気合の入った出来具合となっており、高校生が作った割には本格的な仕上がりになった。
屋上のベンチに持たれかかりながら自販機で買ったブラックコーヒーを一口飲む。
文化祭の初日は無事に終了した。
明日の準備に追われている賑やかな学生たちの声が校内に響いている。
この場所は学校全体を上から見下ろせるので、高見からの優越感というものに浸れる。まるで悪役の親玉みたいだ。
そんなことを考えていたら、後ろに人の気配を感じた。
「やっぱり、ここにいた」
ベンチに持たれかかったまま首を後ろに下ろすと、僕の幼馴染であり彼女である
「逆さまだ」
「そんな恰好で見てるんだから当たり前でしょ」
そう言って額にデコピンを打つと、僕の隣に座った。
「痛いっす」
「サボりの罰ね」
「サボってないよ。休憩」
持っていたレジ袋からたこ焼きを取り出した。どこかのクラスでたこ焼きを作っていたはずだ。
「ふーん、一人で休憩するんだー」
「……機嫌悪そうだね」
「分かってても口にするもんじゃないと思うけど?でも、そう言ったからには心当たりがあるわけだ」
彼女の言う通りだ。心当たりは一つだけある。
「…………文化祭一緒に周れなかったからだろ」
「さすが私の
「今日は想像以上に忙しかったんだよ。明日は一緒にいる」
「やったー。嬉しいな」
そう言って、たこ焼きを僕の口元に寄せてきたのでありがたく頂戴する。
「あっふぅ!」
口の中をアツアツのたこ焼きで攻撃されてしまった。
「さっき買ってきたばかりだからね」
美景がしてやったりと笑顔をつくる。出来立てをわざと食べさせたのだ。ほふほふ言いながらなんとか飲み込む。
「そういえば、今日の公演は観てくれた?」
「勿論よ。ほんとに一瞬だけの出番だったけれど、名演技だったわ。よっ、大根役者!」
大根役者は誉め言葉ではないはずだが。
「……僕はともかく、全体的にはどうだった?」
「高校生の舞台に何を求めているのかと言われればそれまでだけど、お粗末だったわね」
「そりゃどうも」
「ただ、あの解釈は悪くなかったわね」
「解釈?」
「to be or not to be。有名な台詞。君のクラスじゃ生きるべきか死ぬべきかって訳してたね。私はこっちが好き。もう一つは、復讐をするべきかしないべきかって訳し方がある」
「そんなものがあるんだな」
「脚本は誰がやったの?」
「ああ、それなら
沙夜とは、僕のクラスの学級委員長である
「そうだったの。お勉強だけが取り柄のお嬢様じゃなかったのね」
「そんなわけないだろ。それでさ、沙夜から明日は文化祭実行委員の仕事手伝って欲しいって言われてるんだよ」
「君、実行委員じゃないでしょ」
「どうしても人手が足りないらしいよ」
「生徒会から人を派遣してあげるわよ」
というのも、彼女は生徒会長なのだ。ある程度なら融通が利くのだろうが、生徒会も文化祭の裏方仕事をしているはず。
どこに余っている人材があるというのか。
いまここにいる生徒会長なのか?彼女は僕と同じく屋上でサボっているのだから暇なはずだ。さぁ、今すぐ教室へ来てください!――とは言えるはずもない。
「それはそれでありがたいんだけど、明日の午前中手伝えば後は自由にしてくれる計らいなんだ」
「なるほどね。悪魔と取引をしたわけだ」
「悪魔ではないと思うけど」
「はぁ。……気づいて無いわけ?」
「どういうこと?」
「まったく、分かんないならいーよ。君は私のことだけ見てればいーの」
再びたこ焼きを僕の口元へ運んだ。今度は熱さに注意して頂戴した。
「おいしい?」
「……おいひい」
「それは良かった。さて、そろそろ帰りましょ。明日の準備も終わった頃だろうし」
「最初からそれが狙いでしたか」
校舎を出ると、すっかり太陽も隠れてしまい星々が空に浮かび上がっている最中だった。
「……ねぇ巳春」
美景が僕の手を握って距離を詰める。
「突然なにさ」
「……」
「どうした?」
地面に視線を落とし暗い表情をする美景に驚く。少なくとも、僕の前ではマイナスな感情を表に出すことは滅多にないからだ。
数秒の沈黙の後、笑顔を作って僕に問いかけた。
「……もしも魔法が使えたら、何がしたい?」
意図が読めない。けれど、深い勘ぐりはしない。シンプルにその質問を答えた。
「そーだなぁ。何でもいいなら、二人でずっと一緒にいたいな」
「理想的な答えね。彼女のご機嫌を取るには完璧だけど、私が一筋縄じゃいかない人間だってことも分かってるでしょ?」
不正解と言いたいらしい。
「ですよねー。とは言っても、ホントに脈絡のない唐突な質問だったな。本当に魔法が使えるようにでもなったの?」
「ふふっ、そんなわけないじゃない。魔法が使えたら私はこんなところに居ないわ」
「どこにいるのさ」
「私だけの国を作って王様をやってるわよ」
「国家建立と来たか」
「えぇ。争いの起こらない、とっても平和な国を目指すわ。その時、巳春には私の隣にいて欲しい」
「………………さては、遠回しに結婚の約束してる?」
「……うん」
その時、キイイイィィィ!!!!という甲高い音が周囲に響いた。
気づいた時には何もかもが遅かった。
目の前には片方のタイヤがパンクして、制御を失った黒い外国車が迫っていた。
「――ッ!」
言葉を発する暇なんてなかった。
「巳春!」
手を握っているはずの美景の声が遥か彼方で聞こえる。
そんな中、視界の隅で僕を見つめる女子高生を見つけた。彼女こそ、学校の屋上で話題に上がっていた
どうして今、彼女がここにいる?
何故、車が突っ込んでくるんだ!
もう思考回路はぐちゃぐちゃだった。
――いつの間にか意識なんて手放していた。