見て! 束ちゃんが踊っているよ 作:かわいいね
あと、束ちゃまがギャン泣きしてたので……
こちら、プロットを番外編向けに加筆修正したものであります
ただ、こうするとあんまり話が膨らまない(長続きしない)なこれと思い、今の形に変更されたんですね
続きの有無は不明
番外編『If.』──1
君は病人なのだと人は言う。
幼い頃から様々なことを禁止されて、人と同じように生きることも許されず、無駄に長い時間を布団の中で生きてきた。
体を蝕む熱病の苦しさよりもつらいのは、自分に残された時間を無駄にしながら過ごすこと。ただひたすらに退屈で無益な日々。
自分はこのままつまらない人生の幕を閉じてしまうのだと、一人残された病室の中で幾度となくため息をついたものだ。
でも、それでも自ら終わらせてしまおうと考えることだけはしなかった。
むしろその逆。ある存在のお陰で、もっと生きてやろうと思えたんだ。
「ゆっきー、おはよ」
「やあ、おはよう。……今日は早かったね」
「日曜日だもん。学校はお休みなんだよ」
「ああ、そうだっけ。……早くから来てくれたのは嬉しいけど。開けた窓、閉じておこうか」
「えへへ、閉めるの忘れちった……」
と、まあそんな感じで。簡単な紹介をしておこう。
母親に次ぐ頻度で見舞いにやってくる女の子、束だ。
彼女は僕と同い年で親戚、関係は従姉妹にあたる。
昔から泣き虫の甘えん坊で、僕がここに入院した時は自分も行くと言って聞かなかったそうだ。
けれど、束が世界中で天才と持て囃されている大人の誰よりも賢い子なんだと、僕は知っている。
束は途方もなく大きな夢を持っているし、それを自力で叶えられる力が十二分にあった。
生きながら死んでいた僕は、束の夢の先を見てみたいと思った。大きな映画館を貸切にして、新作を見るように。純粋に応援もしたかったんだ。
だからせめて束が夢を叶えるまでは死なないと誓った。誰に? 自分自身にかな。日記に書いたくらいで、人には話してないからね。
あれから九年。束は高校二年生になり、夢に向かって日進月歩、頑張っているという。
短い入退院を繰り返しながら、年々容態が悪くなっている僕も、今日は比較的調子がいい。
そんな日に束が見舞いに来たのは、僕にとっても幸運だった。
「ねえゆっきー。……いい?」
「いいよ。はい、おいで」
窓を閉めた束に、僕は自分の膝元を叩いて応じる。
普通ならその前に、窓から入ってくるのはやめなさいとでも言ってあげるところなんだろうけれど、束に今以上の我慢を強いるのは忍びない。
束が自分に懐いてくれてることは知ってる。
それでなくても寂しい思いをさせているのだ。
今年は束の誕生日を一緒に祝うこともできなかったことだし、そのぶん自分に可能な範囲で望みを叶えてあげたかった。
「ふわ……久しぶりのお膝だあ……。気持ちいい……」
「僕の骨ばった膝でいいなんて、束は変わり者だね」
「ゆっきーのお膝がいいんだもん」
痩せ細った太ももに頭を乗せる束の顔は幸福一色。信じられないことに、本気でこれがいいと思っているみたいだ。
自分の薄い肉と骨に、束の頭がくい込んで鈍い痛みが走るけれど、それだけ慕われているのだと思えば安いもの。愛おしさすら感じるこれは、ある種の親心のようなものなのかもしれない。
片手を添えながら、もう片方の手で頭も撫でてやる。
「んふー、もっと撫でるがよいぞー」
「はいはい……。いつもお疲れ様」
「むー、本当だよお……。毎日毎日、退屈な学校に行ってくだらない授業を受けて、煩わしい人付き合いなんてしちゃってさ……」
「それは大変そうだ」
「あ、ご、ごめん……無神経だった?」
「ん、なんのことだい? ……ちーちゃんって子とは、変わらず仲よくできてるのかな?」
今から八年ほど前。束が小三に上がった頃、珍しく興奮した様子であるクラスメイトの話をしてくれた。
それまでの束は極端に排他的で他者との関わりを嫌う子だったから、ちーちゃんというお友達ができたと聞いて、ひっそりと安心したものだ。
「ちーちゃんがね、去年うちの道場に弟くんを連れてきたんだよ。いっくんていうんだけど──」
「いっくん?」
「うん。でね、そのいっくんと箒ちゃんがね、なんだかいい感じなんだあ」
「そう、いい感じね……」
赤裸々に実妹の浮いた話をする束。
若い世代の微笑ましい話を聞きつつ、僕は久しぶりに有意義な時間を過ごせた。
けれど楽しい時間はすぐに去ってしまうもの。
「束……」
「んーう?」
「そろそろ先生が来るよ」
「…………」
背中をぽんぽんと叩き、束の体を揺する。
一体どれくらいの時間をこうして過ごしたのだろう。
窓の外を見ると、すっかり明るくなっていた。
「……もう、そんな時間なんだ……」
太ももに顔を埋めていた束が、僕のお腹に抱きつく腕に力を込める。
毎回毎回、僕も断腸の思いで話を切り出すんだ。
実際、本当にはらわたを切ったことはまだないけど……。
「今日はもう帰るか、一旦病院を出て、面会の予約を入れて戻ってくるか……どうしたい?」
「……離れたくない」
か細い声が返ってきた。いつもより力が強い。
でも、それでも僕は束に言わなければならない。
なにせ束がお見舞いに来るたびに、こうして帰る帰らないの問答がおこなわれているのだ。
もしここに束がいることを誰かに知られたら、どうなるか想像に難くない。
他人の規則なぞ知ったことじゃないものの、束まで怒られてしまうのはなんとしてでも避けたい。
「そっか……そうだよね。でも、僕がこれから検査をしないと、病院の人たちも困ってしまうんだよ」
「ゆっきー、そうやっていつもあの人たちの肩を持つよね……」
ふと、不穏な空気を察知する。
いつもならこれで離れてくれる束が、今日は抱きついたまま動こうとしない。
じわりじわりと、さらに強く力が込められていっているように感じた。
「別に肩を持つわけじゃないさ。ただ、彼らも仕事だから……」
「……あんな人たち、ゆっきーのことなんてなにもわかってないよ!」
突然大きな声を出した束に、目をぱちくりとさせる。
「待っても待っても、ゆっきーはぜんぜん元気にならない。それどころかどんどん悪くなってる。ねえゆっきー、ゆっきーの病気はよくなるの? ここにいたら、あの人たちがゆっきーを見ていれば、本当に元気になるの?」
……痛い!
僕のお腹に頭をぐりぐり押し当てながら、束が腕を万力のように締め上げはじめた。
こんなに声を荒らげるなんて、今までに見ない豹変っぷりだ。
それにしても痛い!
「っ──そうだね、それが彼らの仕事だから」
「ゆっきー、うそついてる……」
「嘘じゃないさ」
「なんで、どうしてうそつくの?!」
悲鳴のような声。
非難の真意を汲み取ろうと四苦八苦していると、束が冷ややかな一言を放った。
「日記読んだの」
「……え?」
どういうことか聞き返す前に、
「私が夢を叶えるまで死なないってなに? どういうことなの? ねえ、元気になったら私の夢を叶える手伝いをしてくれるって約束じゃんっ。ねえ、元気になるんじゃなかったの? どうなの?」
「それは誤解だ。僕は──」
「……ゆっきー、もういっかいこっち向いて」
顔を埋めたまま、束は僕の言葉に耳を貸さない。
「……ずっと見てるよ」
「ううん、そうじゃなくて……」
「……? いつっ──」
傾げた首筋に、鋭い痛みが走った。
乾いた音と、束の匂いがふわりと香る。
「な、にを……?」
「ちょっとだけ眠たくなるかもだけど、次に起きた時にはきっと元気になってるはずだよ……」
意識が薄れる中、針のない注射器のような筒を握る束の姿がぼんやりと視界に入った。
「起きたらもっとお喋りしようね、ゆっきー……」
後書き
本編との違いは雪夫が大人組と同い歳かそうでないか、学園に入学するかどうか、束以外との面識の有無はどうなのかくらいなものです
で、こんな具合の設定を箇条書きしてる内に、これじゃ鈴ちゃん出せないじゃん!? と、白目を剥いたわけですな
さて、本編書きましょうっと
前の上中と、次話の下を統合して修正する予定ですので、しおり登録されてる方はご注意を。
作者は随時感想を募集中でございます