見て! 束ちゃんが踊っているよ   作:かわいいね

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月の兎(後)

「……で、いつ連絡するの?」

 

 と、テーブルにコップを置いた鈴が僕の隣に座る。

 夜。早めに夕飯を済ませた僕らは、日課の散歩をせずに寮の自室にいた。

 お互い気持ちは沈み気味。

 まあ、はしゃげるような気分でもないよね……。

 今回の襲撃事件は無人機を全て撃破した時点で解決した事になっているけれど、ここにいる僕ら二人の中ではまだ生きているんだから。

 話はまだ、終わっていなかったんだ。

 

「しなきゃダメ?」

 

 と、いうのは嘘と本当半々くらい。実際のところ、僕らはそこまで落ち込んでいない……落ち込んではね。

 あの戦闘が終わって、改めて敵ISが無人機だと確認した僕の頭によぎったのは、今も世界のどこかにいるであろう姉さんの顔だった。

 篠ノ之束博士。世の中的にはそっちの方が馴染み深い呼び方なんだけど、まあとにかく姉さんは天才さんだ。

 ISを世に出したのは姉さんだし、その心臓部であるコアを作れるのも姉さんただ一人。

 だから大人たちは姉さんを血眼で探すし、無理難題を要求する。

 で、それが嫌だから姉さんは全力で逃げる。その結果が今の悪循環。世の中終わってるね。

 人が乗らなきゃ動かないISの無人機なんてものを作れるのは姉さんくらいなものだし、今回の襲撃事件に姉さんがどこかで絡んじゃってるのは火を見るよりも明らかなのだ。

 鈴も相手が無人機だとわかった時点で、これが姉さん絡みだとわかったみたいだった……とはいえ。

 ぶっちゃけもう終わった事だし、こうして僕らは怪我もせず五体満足で生きてるんだから事件解決って事でいいんじゃないかなって、僕はそう思ってるんだけど、

 

「ダーメ。そうやって甘やかしすぎるとこ、アンタの悪いとこよ……ま、そこがいいんだけど。とにかく今回はダメ」

 

 鈴は気にしてないようでいて、とりあえず追及だけはしておけと言ってくる。なあなあにしておくのが許せないみたいだ。特に、今回の件に関しては……。

 

「それに、別に怒ろうってわけじゃないでしょ。話を聞きましょうって言ってるだけなんだから……」

「……わかった」

 

 ええい、うだうだ言ってても仕方ない。

 嫌な事は早め早めに済ませてしまおう。そしたら、さっさと寝て忘れると。

 携帯電話を取り出して、姉さんがくれた拡張ツールを繋ぐ。これで世界のどこかにいる姉さんといつでもどこでも通話できるのだ。

 ……え、電波法? 姉さんと気軽に連絡できない世の中が悪い。

 

「モシモシ、姉さん?」

 

 今日は珍しく数コール間があった後、ぶつり──と相手が電話に出た。

 いつもは掛けた瞬間に姉さんなりクロエなりが出るんだけど……うたた寝でもしてたのかな。

 

「……はい。こんばんはです、お父さん」

「ん、クロエか。こんばんは。それで、姉さんは?」

「……その、束様は現在、ぽんぽんぺいんなので出れません」

「ぽんぽん……何?」

「ぽんぽんぺいんです。お布団の中でうんうんと唸っています」

「……大丈夫?」

 

 心配する僕の隣で、鈴が鼻を鳴らす。

 

「見え透いた仮病ね、まったく……大方雪夫に怒られるのが怖くて出れないんでしょ」

「仮病って、見てないのにわかる?」

「腹イタはね、仮病の常套句なの。こんな都合よくお腹だけ痛くなるわけないじゃない。クロエ、アンタも隠してるとタメにならないわよ!」

「束様は今、私の隣にいます」

「え、布団の中じゃなかったの?」

 

 途端に向こうが騒がしくなる。

 なにやら争っているような音がして、時折『裏切りものー!』や『化けて出てやるー!』といった声も入ってきた。

 姉さん……。

 

「お待たせしました、お父さん」

 

 しばらくして出てきたのは、やっぱりクロエだった。

 

「今から束様に代わります」

「ん、よろしく」

「……束様、お父さんから電話です」

「知ってるよぅ、だからクーちゃんに出てもらったんじゃん!」

 

 ほら、仮病だったでしょと鈴がドヤ顔を浮かべる。

 まあ僕の心配が杞憂で済んでよかったよ。ご飯食べられなくなるから、腹痛ってただの熱よりつらいんだよね……。

 

「……姉さん、声もろに入ってる」

「え、ウソ……あっ」

「急にお腹痛くなったフリして逃げるのはナシだからね、束さん」

 

 すかさず鈴が言うと、『ぎくりっ』と返ってきた。

 姉さん……。

 

「今日、学園に無人機が迷い込んで──」

「殴り込みの間違いでしょ」

「きた。……まあ、それは姉さんも知ってると思う」

「あうう……」

「単刀直入に訊くけど、あれはなんだったの?」

「怒らないからちゃんと説明してよね」

 

 鈴、その言い方は怒るやつだよ。

 

「……本当に怒らない?」

「怒らないよ」

 

 姉さんによると、事の顛末はこうだ。

 

 数年前からとある組織──便宜上、組織とする──からコンタクトがあり、IS技術の提供を要求されたのだという。

 それ亡……ファント……げふん。

 

 もちろん提供してやる義理も興味もない姉さんは丁重にお断りしたものの、組織の人間は手を替え品を替え交渉してきた。

 ……よく姉さんを何度も探し出せたね。そのド根性だけは称賛するよ。

 

 で、遂には交友関係にまで手を出し、あろう事か一夏を拉致監禁して交渉の材料にしようとしたらしい。

 これ、この話は僕も知ってる。千冬さんが世界大会二連覇を逃した事件だ。

 

 一線を越えた報復としてボコボコにするも、それでもなおゴキブリ並にたかってくるしつこさにストレスが限界に達した姉さんは、遂に面倒臭くなって組織に技術提供をしてしまった。

 

 技術提供といっても、完璧なISコアは自分でなきゃ作れない。結果として誕生したのが、凡人でも作れちゃう最も十全なISコアの劣化コピー品、そのレシピ。凡人でも作れちゃうというのがミソなのだそう。

 

 コアネットワークがなく、武器やPIC、ハイパーセンサーにエネルギーを回すと、シールドバリアーや絶対防御といったエネルギーを消費する防御機能が一切使えなくなるという致命的な欠陥を除けば、概ね本家と同程度のパフォーマンスを発揮できるらしい。カタログスペックだけはいっちょ前なのが意地悪なところ。

 

 くれてやるから金輪際自分に関わってくれるなと提供してやったのがこれまた数年前なので、組織の存在そのものから今の今まですっかり忘れていたというのが、姉さんの言い分だ。

 

「ごめんね、ゆっきー。お姉ちゃん、あの時はこんな事になるとは思ってなくて……」

「……僕はいいよ」

 

 僕はね。だって、ちょっと楽しかったし。

 徹底的に壊しておいたから、直して再利用なんて事もできないと思う。

 でも()()()()()()をするなら、その劣化コピー品が出回っちゃってる事は大問題なわけで……。

 その辺は軍人さんとか、IS委員会の人が姉さんの代わりにどうにかしてくれるんじゃない。そのためにコアを無償提供させて好き勝手にIS使ってるんでしょ。

 

「百歩譲って学園に殴り込んでくるとは思わなくても、悪用されるのは簡単に想像できるでしょ!」

 

 あれ、怒らないんじゃなかったの?

 

「うえぇ、怒った……怒らないって言ったのに!」

「雪夫はね。あたしが怒らないとは言ってないわ」

「ひいいいん……おに! あくま! ひんにゅう!」

「あ゛、今なんて?」

 

 鈴の顔が一瞬で般若のように変化した。

 あー、今のはさすがに擁護できないよ、姉さん。

 口が滑るにしても、もっと他にあったでしょうに……。

 

「……雪夫、ちょっと束さんと二人でお話がしたいんだけど」

「ん、わかった」

「え、ちょ、ちょっとゆっきー、置いてかないでっ! ゆっきー!?」

 

 ごめん姉さん、いくら姉さんの頼みでもそれは聞けないや。

 鈴に携帯を渡して、部屋を出る。

 その辺を歩いて五分くらいしたらまた帰ってこようかな……。

 

 

 

 

 

「……行ったみたいね」

「ねえ。束さん、お腹痛いの本当なんだけどな?」

「変な悪巧みするからでしょ……で、どこまでが計画だったの?」

 

 扉に耳を当て、雪夫が廊下を歩いていくのを確認した鈴音は、元いた椅子に戻るなりそう訊ねた。

 理由は、一夏が倒した無人機はシールドバリアーがきっちり発動していたという点と、最初に乱入してきた無人機と後から来た無人機の動きの差。

 後続はさておき、最初の無人機は束が送り込んできたもの。それが、鈴音の立てた仮説だった。

 

「私が送り込んだ無人機を使って、実戦形式でゆっきーと玉兎を馴染ませておこうかなぁ……って。これを機にナノマシンも少しずつ活性化させておきたかったし、後はいっくんの成長を促す副次効果も期待してみたり、学園の警備がどれくらい甘いのかも知っておきたかったし……場合によってはクーちゃんを潜入させちゃおうかなとか……」

「欲張りすぎ。それで雪夫に怪我でもさせてみなさい、アンタを地の果てまで追い回すわよ」

「私だって嫌だよ。でも計画のためにはやらなきゃだし……うう、ストレスでお腹痛い……吐きそう……」

「片付けるクロエちゃんが可哀想だから、やるならトイレでしなさいよ」

「うぁー! もっと優しくしてよ、甘やかしてよっ!」

「おあいにくさま。あたしがやったげたい、してあげたいのは雪夫だけなの」

「……知ってる。私だってゆっきー以外は願い下げだよ……」

 

 疲れきった様子の束に、鈴音はため息をつく。

 共通点を知らない者が見れば意外な組み合わせかもしれないが、雪夫にべったりな束と鈴音の間に面識がないはずもない。

 衝突は小さいものでも片手で数えられないほどしてきたが、結局は棲み分けに成功し、危うくも絶妙なバランスで平和が保たれているのが現状だった。

 もっと言えば、互いに相手の熱量にドン引きしたのである。『え、そこまでするの?』『頭大丈夫?』『正気?』と、まあ特大ブーメランだったが……。

 片や赤ちゃんプレイを希望し、片や授乳プレイ希望なのだから仕方ない。聞いてる方がドン引きするわ。

 

「私が無人機を送り込んで少しした後に、便乗するようにあれが出てきてね。そういえばそんな事もあったなーって。まさか無人機にしてくるなんて、束さんも予想外だったよ」

「ふうん……じゃ、示し合わせたわけじゃないんだ」

「するわけないじゃん。束さんにちょっかい出してくるんじゃないぞーって、言ってあるんだから」

 

 まあそれはないだろうと鈴音も考えていた。

 

「で、どうするつもりなの?」

「んー、勝手に自滅してくれる分にはいっくんたちのいい経験値になってくれそうだし、ギリギリまで搾ってポイかな?」

「そ、じゃああたしも利用させてもらうわ。強くなれるなら大歓迎よ」

「スライム叩いても美味しくないよ?」

「すら……?」

 

 凰鈴音、十五歳。家庭用ゲーム機をピコピコとか言っちゃうタイプである。

 

「どうせ自分が手を汚さなくても計画が進むやったー! ……とでも考えてるんでしょ」

「言い方言い方! まあそうなんだけどね……」

 

 利害関係にある二人の間で、雪夫には到底聞かせられないぶっちゃけトークが飛び交う。

 

「あ、今週末にね……」

「っえー、いーなー……」

「あんた外出しないじゃない……」

 

 こうして夜の女子会は、雪夫が帰ってくるまで続くのだった。









後書き

実は全員、他人に興味がない。

あと、雪夫が毎晩誰かに電話してるのに鈴が気にしないのはそういう事。知ってる相手なんだからアンテナ張る必要はないよねっていう……。

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