見て! 束ちゃんが踊っているよ   作:かわいいね

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幼なじみと噂話

 時刻は六時を回って夕飯時。

 休日の午後をのんびり過ごした僕らは、食堂に行く前に一夏の部屋を訪れていた。暇してるなら一緒に食べようって誘うつもりだ。

 問題は一夏がまだ部屋にいるかどうかなんだけど……。

 

「一夏、いる?」

「おう」

 

 鈴がノックするのと同時に、ドアを開けて一夏が顔を出した。

 

「鈴、それに雪夫も……どうしたんだ?」

「夕飯の時間だから」

「あんたが部屋で一人寂しくしてるだろうと思って、こうして誘いに来てあげたのよ。結局幼なじみ再集結祝いも、やらないままだったからね」

 

 そうそう。

 

「そりゃどうも。じゃあ食堂に行こうぜ」

「ええ。ほら雪夫、行くわよ」

「わかった」

 

 一夏を後列に、鈴と並んで歩き出す。寮の廊下を進んでいると、同じように食堂に行こうとしている寮生とすれ違う。

 

「…………」

「一夏?」

「あ? いや、なんでもない……」

 

 気まずそうな様子で目を泳がせる一夏。本当に大丈夫?

 

「おっ。織斑くんだ。やっほー」

「ええっ!? お、織斑くん!?」

 

 廊下に立っていた女の子が、こっちを見て手を振る。あれは一夏のクラスにいる子だね。僕も名前までは知らないけど、いつも寮で見かける時はブカブカのパジャマを着ていて、のんびりとした子だからよく覚えてる。

 

「やー、おりむー」

「その愛称は決定なのか?」

「決定なのだよー。それよりさあ、私とかなりんと一緒に夕飯しようよ〜」

 

 とててっと一夏に近寄り、じゃれつくようにひっつくパジャマさん。むむ……。これは、箒に新たなライバルの登場なのか……?

 

「残念、一夏はあたしたちと夕飯するの」

「わー、りんりんだあ。勇気が出そうだね〜」

「その呼び方はやめてちょうだい」

 

 過去に苦い思い出のある鈴がぴしゃりと言う。

 けどこの様子だと、パジャマさんはきっとまたそう呼ぶんじゃないかな。悪気がないだけに、どうして鈴が嫌がるのかもわかっていなさそう。

 ちなみに小学生時代、鈴はクラスの男子から名前をからかいのネタにされてたんだ。

 あの頃の流行りだったのと、鈴が中国人だったのも手伝って、『リンリンってパンダの名前だよなー。ほら笹食えよ』……みたいな。

 音が同じだからってヒドいよね。あれは雄パンダの名前なんだよ、鈴は女の子なのに。

 ……って、論破したら僕も茶化されるようになった。君らよりは好きだよって返したら黙っちゃったけど。

 

「ゆっきぃも、こんばんは〜」

「こんばんは」

「ちょっと、話終わってないんだけど?」

「ま、まあ鈴。落ち着けって。別に、五人で食べてもいいだろ?」

「よくないっ……けど。いいわよ……」

 

 ぶすっとした顔で了承する鈴。可愛い。

 まあ幼なじみ再集結祝いは、やろうと思えばいつでもできるものね。ここは一夏のお友達付き合い優先で。鈴もたぶん、僕と同じ考えなんじゃないかな。

 

「ところで、そのかなりんって子はどこかに行っちゃったぞ?」

「おわー。ほんとだーいないー」

 

 そそくさと廊下の先へ消えてくかなりんさん(仮)。

 

「あー……待って〜」

 

 そしてそれを追いかけるパジャマさん。見てるとちょっと心配になってくる……。

 

「行っちゃった」

「行っちゃったわね」

「行っちゃったな」

「……不思議な子だった」

「そうね。さ、あたしたちも行きましょ」

「そうだな。行くか」

 

 気持ち早足で食堂に向かう僕ら。

 パジャマさんたちと夕飯するのはまた今度ってことで。

 

 

 

 

 

「ねえ聞いた?」

「聞いた聞いた!」

「え、何の話?」

「だ、か、ら。あの織斑くんの話よ」

「いい話なの? それとも、悪い話?」

「最上級にいい話」

「え、聞く聞く!」

「まあまあ落ち着きなさい。いい? 絶対これは女子にしか教えちゃダメよ? 女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで――」

 

 女の子は噂好き。まあ男子でもゴシップ好きはいるだろうけど、でもやっぱり女の子の方がいつでもどこでも噂話に耳を寄せ合ってるイメージ。

 学食はそんな女の子たちの情報共有の場として活用されていたり、されていなかったりでいつも賑やかなんだけど。なんか、今日は奥の方で露骨な集会がはじまってるなぁ……。

 

「ん? なんだあそこのテーブル。えらい人だかりだな」

「トランプでもやってんじゃないの。それか、占いとかさ……」

 

 集まりに気付いた一夏に、鈴はなんとなしに答える。

 

「えええっ!? そ、それ、マジで!?」

「マジで!」

「うっそー! きゃー、どうしよう!」

 

 きゃいきゃいと女の子っぽい騒がしさが食卓を彩る。

 ところで僕、結構耳がいい方なんだ。だから会話がそこそこ聞こえちゃってるんだけど……。

 え、一夏がまたなんかやっちゃったの。あの中の誰かが織斑くんがどうとか言ってたよね、今。

 そんなに盛り上がれるほどのなにかが、今月の学年別トーナメントと一夏にあるのかな。

 

「一夏」

「おう」

「なにか年寄り臭いこと考えてんでしょ」

 

 鈴の指摘を聞いて、僕も一夏を見る。

 夕飯の煮物をつつきながら、細い目をしていた。遠い目ってやつ。

 

「失礼な」

「いや、絶対そうね。なんか一夏ってそういうこと考えてるとき目細めてるじゃない。なにあれ? 思い馳せちゃってるの?」

 

 薄く微笑み、鈴は元から切ってある鶏の焼いたのを、さらに小さく切り分ける。

 

「う、うるさいな……」

「あんたにボーッとされてちゃ困るわよ。あたしが不在の時には、雪夫を見ててもらわなきゃなんだから」

「鈴、どっか行くの」

「もしもの時よ、もしもの。それに、男の子は男の子といた方が気持ちも楽でしょ。頼むからね、男子生徒!」

「おう」

 

 幼なじみ再集結祝いらしい会話もそこそこに、楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

 夕飯がお腹の中にすっかり収まったところで、鈴が席を立った。

 

「お茶取ってくる。番茶でいいわね?」

「サンキュ。手伝おうか?」

「ありがと。でもいいわ、自分のついでだし。雪夫見ててちょうだい」

「おう、任せろ」

「おかしくない?」

 

 え、そこからお茶取ってくるだけだよね。鈴の不在判定なのこれ。もしかしてお茶っ葉摘んでくるの? ……なわけないか。

 小柄だけど頼もしい後ろ姿を見送りながら、僕は軽く首を傾げた。

 

「あー──っ! 織斑くんだ!」

「えっ!? うそ、どこ!?」

「ねえねえ、あの噂って本当──もがっ!」

 

 一夏に気付いた女の子たち数人が、押し寄せてくる。

 勢いのままなにか訊こうとした子はすぐ別の子に取り押さえられたけど、一夏のアンテナにはばっちり引っかかったみたいだ。

 

「なんだ?」

「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ。あははは……」

 

 ひとりが大の字で後ろの子を隠してる陰で、二人が小声で話をする。

 

「──ばか! 秘密だって言ったでしょうが!」

「えー、でも本人だし……」

 

 聞き耳を立ててるつもりじゃないけど、そんな会話が聞こえてきた。

 でもまあ、難聴さんな一夏にはばっちり効果があるから大丈夫。本人の前でひそひそ話するのはどうかと思うけどな……。余計気になるよ。

 

「噂って?」

「う、うん!? なんのことかな!?」

「ひ、人の噂も三百六十五日って言うよね!」

「な、なに言ってるのよミヨは! 四十九日だってば!」

 

 一年だし追善供養だし……。

 翻弄しようとしてるのか本気なのか、さっぱりだけど。一夏は誤魔化されてないみたい。

 

「なんか、隠してないか?」

「そんなことっ」

「あるわけっ」

「ないよ!?」

 

 そう言って撤退した女の子たちと入れ替わりで、鈴がお盆を持って戻ってきた。

 

「なーに? またなんかやらかしたの?」

 

 テーブルに湯のみを置きながら、鈴が生ぬるい顔をする。

 

「なんで俺が問題児扱いなんだよ」

「ふーん、問題児じゃないつもりなんだ?」

「…………」

 

 遠い目をしてお茶を啜る一夏。

 

「ああ、お茶がうまい」

「逃げたわね」

「……一夏らしい」

「仕方ないんだから……」

 

 ため息をついた鈴は、僕の前に置いていた湯のみを手に取り、

 

「ふーふー……はい、ヤケドに気をつけて」

「ありがとう」

「まだ熱かったら言いなさいね」

「わかった」

 

 と、僕らをじろじろ見ていた一夏が口を開く。

 

「そういえば──」

 

 なにかと思ったら、今日弾のとこに遊びに行った話だった。鈴もそうだけど、入学してから弾たちには会ってないから、懐かしい気持ちになれた。

 向こうも相変わらず元気にやってるみたいだけど、弾の妹がIS学園の受験をするという話にはちょっとびっくりだ。

 

「ああ、あの子IS学園に入学するつもりなの」

「そうらしいな」

「へえ、あの妹ちゃんが……」

 

 あの子、一夏のことキラキラした目で見てたもんな。

 妹ちゃんの話を聞いても、鈴は意外そうな顔はしなかった。よく相談に乗ってあげてたからかもしれない。

 

「で、入学した時は俺が面倒見ることになったんだよ」

「ふーん……できるの?」

「……反面教師がいるからな」

 

 擬音とか、感覚で説明したりはしないし、小難しくだらだらやったりもしないと一夏。この場にいなくてよかったね。言われても仕方ないけど、殴られてるよ。

 

「あんたさ、そうやって色んな女の子と軽々しく約束するの、よくないわよ。あんたにその気がなくても、期待しちゃうものなんだから……」

「期待って?」

「……頼むから痴情のもつれで刺されたりしないでちょうだいね。あんたには友人代表の枠を埋めてもらうつもりなんだから……」

「だからそれどういう──あ」

「あ」

「あってなによ、あって……。──あ」

「……箒」

 

 皆して動きが固まる。

 

「…………」

 

 我が自慢の、自慢の? 自慢できるほど仲良くない……。いや自慢の従妹、箒が僕らのテーブルを横切ろうとしていた。

 

「よ、よお、箒」

「な、なんだ一夏か……」

「…………」

「…………」

 

 あ、なんかあったねこれ。また喧嘩したのかな。一夏もそうだけど、箒は気難しい頑固さんだからなぁ……。

 

「なに、あんたたちなんかあったわけ?」

「「いや、別になにも!」」

 

 こういうとこは息ぴったりなんだけど……。仕方ない、ここは従兄である僕がひと肌脱ぎましょうぞ。

 

「鈴、行こう」

「雪夫?」

「箒、いっちーの隣が空いてますよ?」

「お、押すな!」

「ほら一夏も、もっぴーと仲良くディナらなきゃゆっきーが目潰しをお見舞しちゃうぞ?」

「おい雪夫待てって!」

「待てませーん、あとはお若い二人でごゆっくりどぞーさらだばッ!」

 

 いつもとは逆の形で、僕が鈴の手を引いて食堂をあとにする。

 

「雪夫ってやっぱり束さんの弟ね……そこんとこ疑いようがないわ」

「ふう……まあね」








後書き

一応、従姉妹の恋路を応援してる雪夫くん。露骨な贔屓は滅多にしないけど。一夏が親戚になることに関してはそこそこ乗り気。

押しの強さや根っこの性格は母親譲り。そんな雪夫の母、雪子の活躍がひと足早く見たい諸君は原作四巻の三話を読もう!

あの母にして子なのだ。そして束の従弟でもある……。


作者は感想をいつでもお待ちしておりますぞ。

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