見て! 束ちゃんが踊っているよ 作:かわいいね
俺には目の離せない、危なっかしい同い歳の幼なじみがひとりいる。
『探したぞ、雪夫』
『あ、一夏……。やっほー』
『こんなとこで、何してたんだ?』
『これ、たんぽぽの綿毛……数えてた』
そう言ってたんぽぽに息を吹きかけるのは、件の幼なじみ。宮田、旧姓篠ノ之雪夫だ。
線が細い上に肌は色白く、ある日を境にすっかり色が抜け落ちてしまった髪を、短すぎず長すぎない程度に切り揃えている。
あいつを見て『触れると溶けて消えてしまいそう』なんて言ったのは、誰だったっけな。
『108本』
『……え?』
『そこから数えてからわからなくなった』
『あ、おう?』
雪夫と出会った頃の記憶は薄い。というか、ない。
昔通っていた道場の帰りに、神社の境内で寝ているのを見たことがあった程度。
小二の頃に同じクラスにもなったが、当人の病欠が多くて話す機会もあまりなく。
俺たちが本格的に話をするようになったのは、箒たち一家が引っ越してからだった。
環境が大きく変わった事で、ふと、ひとりぼっちになった幼なじみの姿が目についたのだ。
『もう外に出て平気なのか?』
『……病院でずっと寝てたから平気』
『つまり黙って抜け出してきたんだな』
『今日は調子もいいし、大丈夫』
あれは、小学三年の終わり頃の事だったと思う。
何を言っても『平気』『大丈夫』の一点張りで、結局おばさんが連れ戻しに来るまで、雪夫はそこに居座っていた。
『心配させないで』と表情を強ばらせた雪子おばさんに、あいつが珍しくきまりの悪そうな顔をしていたのをよく覚えている。
なんとなく見ていてやらないといけない、そんな気持ちにさせられた。
『あ、おはよ』
『うわ……すごい格好だな、何枚着てるんだ?』
『五枚くらい……暑い』
『お、おいおい脱ぐなよ?!』
『心配しすぎ。汗かいて冷えたら意味ない……』
いつだかの冬に、そんな会話をした事もあった。
雪夫はよく心配しすぎだと言うが、みんなが揃ってあいつの体調に気を遣うのも無理はない。
実際のところ雪夫は決して少なくない数の入退院を繰り返しているし、酷い時には会う度にやつれていってた程だ、見る影もなく。
高校に上がった今はそこそこ元気な方だし、病気で学校を休んだりする事も格段に減ってるけどな。
で、この頃にはもうそれとなく目の届く範囲にいることが当たり前になっていた。
『これ、学校のプリント。……大丈夫か?』
『平気、平気、ちょっと熱が出てるだけ』
『……しっかり寝て、治せよな』
『大袈裟。大した事ない』
中学校に上がる頃も、俺が幼なじみの鈴と交代で学校で配られたプリントを持っていく事はそれなりにあった。
病弱というわけではなくて、ただ本当にあの頃はとことん体が弱かったんだと思う。
それでいて普段は表情が乏しく、あまり饒舌とも言えず、何を考えてるのかもよくわからない。
辛いとか、苦しいとか。あいつはそういった事を何も言わない。
『平気』
怪我をしても熱が出ても、死にそうになっていても。
あいつは顔色ひとつ変えないし、それどころか何でもない事のように言いやがる。
何度も死にかけてる内に、髪の毛の色と一緒に感情まで抜け落ちてしまったんじゃないか。
そして元気になった今でも、抜けてしまったものが一切戻らないままなんじゃないか。
そんなはずがないのに、俺はそう思えて仕方がなかった。
だから、鈴が転校してまたひとりになる事が多くなってからは、俺が鈴の分まであいつの近くにいるようにした。
けど、それは間違いだったのかもしれない。
『ごめんな、雪夫。俺が試験会場間違えたばっかりに……』
『気にするなよ。
『本当、悪かった』
『いいよ。
きっかけは俺が道に迷った事。そして、不用意に設置してあった機材に触れてしまった事。
そうしてIS学園への強制入学が決まった時も、俺の隣で黒服の男たちの話を聞いていた雪夫は何も言わなかった。
俺への文句も、責めるような事も。何ひとつ。
いっそ、恨み言のひとつでも言ってくれればよかったんだ。
なのに、あいつは大丈夫と言って家に帰っていった。
そして次の日から学校に来なくなった。
突然やって来た束さんに連れられてどこかに行ったようで、雪子おばさんも居場所を知らないらしい。
心にできた小さなしこりは、雪夫と別れた後も俺の中に残り続け……。
結局、次にあいつと会ったのは、入学式の日だった。
◇
××月××日
家に帰ったら姉さんが踊って出迎えてきた。
いや、何事?
あの謎の歌唱力といい、さすが姉さんといった感じなのだが。
油断して近寄ったところをロボうさちゃんに捕獲されてしまい、改めて姉さんが一通り踊り終えたところで詳しい事情を訊いてみたら。
どうやら姉さんは僕がISを動かした事をどこからか聞きつけて、慌てて駆けつけて来たらしい。
そのまま僕の体をぺたぺた触りながら『大丈夫?』、『具合悪くなってない?』と、死にそうな顔しながら訊いてきた。
僕はやつれてる姉さんの方が心配だよ。
で、触診? の後、僕は姉さんに拐われた。
荷物の支度をする時間はもらえたので、着替えと日記を鞄に詰めて、母さんには行ってきますと一言だけ。
準備をしてる間、ずっと姉さんが腰にしがみついてたものだから、母さんがすんごい顔してた。
××月××日
ここにきて、起きたら三日も日が経っていた。
驚いたのは姉さんが僕が昔に使っていたお古のレコードと小さなプレーヤーを持っていた事……随分前に無くしたと思ったらそういう事だったのか。
それから、憧れの秘密基地には知らない女の子がいた。どうやら姉さんがどこからか拾って育てていた女の子らしい。
名前はクロエ。姉さんが命名したにしては普通の名前だ。
いきなり襲われたのに驚いて、つい叩き落としてしまったのは悪かったと思ってる。
どういうつもりか姉さんは、警戒するクロエに僕の事を彼女の父親だと紹介した。
白髪頭とはいえ僕はまだ高校生なんですが?
××月××日
膝枕しながら、束姉さんとIS学園の入学式に備えて勉強をする。
ISは姉さんが作ったものなので、これほど最適な先生はいない。
つまり僕はとても運がいいということだ。
でも、姉さんさ……。
お腹に顔を埋められたら、何言ってるかわかんないんですけど。
××月××日
今まで姉さんって食事どうしてたんだろうか。
心配になってくるから、僕が用意したごく普通の三食とおやつを号泣しながら食べるのは正直やめてほしい。
クロエもドン引きしてるし、泣き虫と甘え癖が前より酷くなってるのも少しでいいから直してくれると嬉しいんだけどな……。
でも姉さんが頼ってくれるのに、悪い気はしない。
××月××日
クロエが僕と目を合わせて話をしてくれるようになった。
口調はまだぎこちないものの、少しだけ仲良くなれた気がする。
××月××日
今日までのお礼だと、姉さんが特製のリクライニングシートとやらに座らせてくれた。
僕用に前々から作ってくれていたらしく、体温と血圧まで測ってくれるスグレモノなのだとか。
お礼なんて、勉強に付き合ってもらった僕の方がしたいくらいなのに。
××月××日
リクライニングシートに寝て、気が付くと四日も日が経っていた。
やだ、効果覿面過ぎ……?
××月××日
今日も今日とて膝枕しながら勉強。
クロエが興味深いものを見る目をしていたので、少しだけ膝を貸した。
除かされた姉さんがクーちゃんにゆっきーのお膝盗られた! とマジ泣きして騒ぐので、時間的には本当に少しだけ……。
よくわからなかったそうだが、どうやら満足できたみたいだった。
××月××日
昨日のアレがよくなかったのか、今日は姉さんが丸一日離れてくれなかった。
僕ももう高校生なんだから、さすがに姉さんとお風呂は恥ずかしい。
……でもまあ、よくよく考えてみれば姉さんは大きな赤ちゃんみたいなものなんだから、あんまり恥ずかしがるような事でもなかったか。
そもそも家族だし、知らない人じゃないものね。
××月××日
入学式の予定日も迫って来ている事だし、クロエに料理を一通り教える事にした。
何でもかんでも消し炭やゲルに変えてしまう才能には驚かされたものの、最初は火を使わないおにぎりから始めて、日が沈む頃にはなんとか綺麗な目玉焼きが焼けるところまで持っていけた。
また近い内に、今度は焼き魚に挑戦してみよう。
××月××日
姉さんが今朝突然、僕に専用機を用意すると言い出した。
突然といっても計画自体は前々から練っていたらしく、遡る事十年前には既に僕と遊ぶついでに手をつけていたという話だ。
それで結局、ISには女性しか使えないという姉さんでも理由がわかってない仕様同然の欠陥があり、ゆっきーが乗れないんじゃ意味ないじゃん! と計画は今日まで封印されていたのだそう。
……え、じゃあ、あのお医者さんごっことか、仮面ライダーごっこも全部、計画の一部だったって事?
××月××日
入学式まであと三日。
明日には家に帰らなければならないので、直前までにクロエとも別れの挨拶を済ませておこう。
結局最後の最後まで姉さんはごねてたけど、こればっかりは仕方ない。
××月××日
家に帰った。ちょっぴり疲れ気味……。
母さんがどうだった? と訊いてきたので娘ができたよとだけ返しておいた。
別れ際にお父さん呼びはズルいよなぁ……。
××月××日
今日は入学式。
式が終わったら教室で自己紹介をして、後は普通に授業をした。
どうやら一夏は一組に、僕は二組にクラス分けされたらしい。
なので、周りは本当に女の子ばかりだった。
寮の部屋もバラバラだったし、そこは少しだけ残念。
××月××日
一組に箒がいた。
一夏は昨日、クラスメイトの女の子と早速揉め事を起こしたらしい。
我ら二組は平和そのものだ。
とても静かで、お隣の騒ぎがよく聞こえてくる。
みんなが一夏をめぐって争ってばかりいるので、クロエちゃんはファザコンになってしまいました
お前のせいです
あ〜あ
自分よりダメな人間がいると、本領発揮というか意外な甲斐性を見せるダメ人間の図。
束(ゆかりんボイス)にバブみを感じる読者には本当に申し訳ないのだが、この作品での束(ゆかりんボイス)の扱いは、大概赤ちゃン(常習的に赤ちゃんプレイをするヒロインの略)なのだ……。
???「本当に申し訳ない。」