見て! 束ちゃんが踊っているよ   作:かわいいね

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マッドネスお姉ちゃん

 それは、突然の出会いだった。

 おばの雪子が我が家に連れて来た男の子。

 空き部屋に寝かせていると聞いていた筈の子が、私の部屋に近い中庭に倒れていた。

 見かけた瞬間、肝を冷やしたのは言うまでもない。

 地面に伏せたまま、ぴくりとも動かないのだ。

 従弟の体がとても弱い事は、両親とおばの会話から察していた。

 なので“これはもう死んでる”と、そう思った。

 でなければ、それの一歩手前か……。

 

『お、おーい。い、生きてる〜?』

 

 倒れている男の子に歩み寄り、小さな体を怖々と揺する。

 いくら他人に興味がないとはいえ、目と鼻の先で倒れてる親戚を無視出来るほど腐ってはいない。

 これは親友のちーちゃんの影響かな。

 さすがに声をかけざるを得なかったとも言う。

 初めて触れた異性の体は驚くほどか細く、火傷してしまいそうなほどに熱かった。

 

『……お姉ちゃん、誰?』

 

 と、髪や頬に土埃をつけながら、顔をぐるんっとこちらに向ける男の子。

 まだ小学校にも上がっていなさそうな幼い見た目でありながら、既に整っている顔立ち。

 吸い込まれるような深い黒と、目が合う。

 瞳の奥に、顔を真っ赤にさせた私がいる。

 その瞬間、胸が跳ねた。

 

『ず、ずっきゅん……』

 

 ……煩い。

 どっどっどっ──、と忙しなく動く自分の心臓の音が、痛いほど耳に届く。

 生まれて初めての感覚、未知の感情。

 今にして思えば、わかりやすい一目惚れだ。

 

『お姉ちゃん、誰?』

 

 男の子の再度の問いかけにはっとする。

 いけない、いけない。この私が取り乱すなんて。

 冷静に、冷静にならなくちゃ。変な人だと思われないようにしないと……。

 

『わ、私? 束さんだよ、親戚だよ、従姉だよ、お姉ちゃんだよぉ〜。君は、君は? 何歳? ここで何してたの?!』

 

 うん、無理だね。無理、無理。

 頭は冷静なつもりでも、心が追いついてくれない。

 ハートをすっかり鷲掴みにされてしまったのだ。この私が、初めて会った年下の異性に。

 詰め寄る私に男の子は目をぱちくりとさせ、地面を見る。

 

『……雪夫。篠ノ之、雪夫』

『へ、へー。雪夫くんは何してたの?』

『アリを数えてたの……』

 

 囁くような声に釣られて、地面に目を向けると。

 確かに雪夫くんの鼻先には、アリの行列があった。

 点々と列をなして、草陰から巣穴へと行き来している。

 倒れてたんじゃなくて、うつ伏せになってこれを数えてたんだと理解するのは、さほど難しくなかった。

 

『──あっ。どこまで数えてたか、わからなくなった』

 

 きゅぅぅぅぅ──ん!

 しょんぼりしてる! 可愛い! 可愛い可愛い!

 苦しくはない。けれど胸を締め付けられるような高揚感に、私の心は二度目の暴走をはじめる。

 はっきり言って、この時から私はバカになっていた。

 でも、この脳がゆっくり溶けるような感覚は不快ではなくて、むしろ心地がよかった。

 

『ね、ねぇ雪夫くん。お姉さんの部屋に来ない?』

『……束姉さんの部屋?』

『う、うん。すぐそこにあるんだけど……。アリさんを数えるより、きっと楽しいと思うよ?』

 

 雪夫くんの手を取って、起き上がらせる。

 事案? 逆光源氏計画? し、親戚の子だしセーフセーフ!

 

(お姉さんの魅力で、絶対にこの子をメロメロにしてみせるぞ──!)

 

 

 

 

 

 あれから数年──。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ ゆ゛っき〜〜〜〜〜! 行かないで〜〜〜〜〜!!」

「よしよし……」

 

 泣きながらゆっきーの腰にしがみつく私。

 いつの間にやら、私は泣きながら背中を撫でてもらうのが、もうすっかり癖になってしまっていた。

 ゆっきーは拒まないし、こうしてると安心する。

 ダメだとわかっていても、やめられない。

 

「決まってしまった事だから、もう仕方がないんだ」

「でも、寂しいんだもん……」

「そうだね、僕も寂しいよ」

 

 こうして優しく、諭すように囁かれるのも好き。

 私はもう、ゆっきーにメロメロだ。

 ……あれ、おっかしいなぁ……。

 結構早い段階で、私は精神的に弱くなっていた気がする。昔は子守唄で寝かしつけてあげたり、もっとお姉ちゃんっぽい事を沢山してあげられていたはずなんだけど……。

 かといって以前の私には戻るつもりはないし、戻れと言われたところで戻りたくもない。

 

「……背中、もっとよしよしってして」

「そしたら、頑張れそう?」

「……わかんない」

「そっか。よしよし……」

 

 向かい合う形で膝に座ると、ゆっきーが優しい手つきで撫でてくれる。

 世の中はつらい事ばかり。なかなか思うようにいかないし、それでいて要求ばかりされて、どんどんストレスが溜まっていく。

 私の可愛い愛娘たちはバカな連中の玩具になってしまっていて、惑星開拓だって全然進んでいない。

 宇宙の神秘は? 人類の宇宙進出は? 星間旅行は? こんな状況で月に大都市なんて、夢のまた夢……。

 

「夏休みにまた帰るから、ね?」

「やぁだぁ〜」

「ちょっと我慢するだけ。少しだけだよ」

 

 その我慢が嫌なんだもの。

 無理やり行動を起こしたせいで追われる身になっちゃうし、離れ離れになった箒ちゃんにも嫌われちゃうし、手伝ってくれたちーちゃんだっていい顔しないし。

 私が面倒な性格してるのはわかってるけど、なんだかもう、全部が嫌になってしまった。

 よって私はこうして、ゆっきーに甘やかされながら一生、生きていくと心に決めたのだ。

 明日の事なんかもうしーらないっと。

 

「大丈夫。姉さんは強いんだから」

 

 はぁ好き……。もっと甘やかして。ふやかして。

 全身を預けるようにしながら、顎をゆっきーの肩に乗せる。

 ゆっきーはあれからぐんぐん成長して、格好イイ男の子になった。

 昔は、可愛い! って感じだったけど、今は断然イケメンさん。

 私よりも大きくなって、簡単に抱き締められちゃう。

 ゆっきーの包容力に、私はキュンキュンしっぱなしだ。

 本当に、ここまで生きてくれてありがとうって言いたい。

 

「ううん、強くない。強くないよ。ゆっきーに何かあったら、お姉ちゃん耐えられないもん……」

「心配しすぎ。僕も昔よりは体、丈夫になってる」

「ふふん。お姉ちゃん、頑張ったからね!」

「うんうん。姉さんは頑張り屋さんだ」

 

 本当だよ。

 免疫力の方は、私のお薬入りカップケーキで順調に改善されつつある。

 無理をして体を壊してしまっては元も子もないから、ゆっきーの誕生日に合わせて毎年少しずつ投薬していった。

 大きくなるにつれ、薬の量を増やしてみたり、ナノマシンを導入してみたり……。

 そうやってちーちゃんもそうそう食べてくれないような私のプレゼントを、ゆっきーは何の疑いもなく美味しいって食べてくれるし、身に着けてくれるから、お姉ちゃんとして発明しがいがあるというものだ。

 丈夫にするついでに今日ここに来て、経過観察をしながら小分けにしてちょびっとずつ体を弄ったりもしたけど、それもこれもゆっきーに長生きしてもらうため、

 

 

『そしたらさ、ゆっきーはどうしたい?』

『んー……。あ、月でうさぎさんとお餅つきかなぁ』

『つ、月にうさぎさんはいないと思うけど……』

『……いないの?』

『ど、どうだろう? ……じゃあ雪夫くんがお外で沢山遊べるようになって、今よりずっと大きくなったらさ。そしたら一緒に宇宙に出て、お姉ちゃんとうさぎさん探すところから始めよっか!』

『うん、指切り……』

『ゆびきりげんまーん!』

 

 

 そして約束のため、計画のため。

 あ……。でも、純粋なのはいいけど、私以外の人から貰った物も疑わずに食べちゃうのは、お姉ちゃんどうかと思うな。

 お姉ちゃん、嫉妬しちゃうぞ。

 

「だから、僕も学園で頑張ろうかな。姉さんもクロエと仲良くね?」

「……うん、頑張る……」

 

 涙を飲んで……。

 これからは束さんの計画も第二段階。導入したごにょごにょ……ごほん、ナノマシンの活性化と定着、そしてこれから用意するISに慣れてもらう事。

 私もちーちゃんの……弟の、いっくんならもしかしたら、とは思ってたけど、ゆっきーにまでISの適性があったのは、正直嬉しい誤算だった。

 一度諦めてしまったスーパーゆっきーウルトラゆりかご計画も再始動させられるし、お姉ちゃん万々歳。

 最初は不信感すら抱いていたクーちゃんへの刷り込みも上手くいってるし、ゆっきーのパパ化も順調。

 それに、これからちょっと忙しくなるから、まだきっと耐えられる。

 計画のために色々とやらなきゃだし、箒ちゃんへの誕生日プレゼントと、遅めの入学祝いも用意しなくっちゃ。

 

 頑張れ私、頑張れ!!

 

「あ……。なでなでやめちゃ、や!」

「はいはい。ごめんね」

「んふぅ……」

 

 ……頑張るのは、もうちょっと後でもいいよね……。

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