見て! 束ちゃんが踊っているよ 作:かわいいね
夜風も暖かくなってくる四月の下旬。遅めの夕飯を頂いた僕は、ひとり食後の散歩をしていた。
コースは一年の学生寮から学園の正面ゲート近くまでを往復する、本当に簡単なもの。
寝る前に姉さんたちと電話する時間がなくなってしまうので、あんまり長いことは歩かない。
姉さんやクロエと何を話そうか考えていたら、時間なんてあっという間だ。
ゲート前にあるベンチに着いたら、とりあえず腰を下ろして少し休憩。
今日は天気もいいし、雲ひとつない夜空に綺麗な月が浮かんでいるのが見える。
都会の明かりが強くて星があまり見られないのは残念だけど、これも都会ならではの風情なんだと思えばガッカリも薄れてくるでしょ……しないか。だよね。
「ユキオ!」
不意に名前を呼ばれて、体がびくんと反応する。
というか今の声って……
「まったく、こんなところでボーッとして……風邪ひくわよ」
暗闇に目を凝らして、真っ先に目につくのは大きなボストンバッグ。
次に呆れ顔とセットでため息をつく女の子。うん、ちょっと懐かしい感じ。
僕が次に言うべきなのは──
「あれ、鈴?」
「久しぶりね。元気にしてた?」
バッグからマフラーを取り出し、ごく自然な流れで首に巻いてくる。ちょっと肌寒いとはいえ、もうすぐ五月なんですが……。
「お陰様で。久しぶりに会えて嬉しい」
強いて言うなら今、チャームポイントの長いツインテールが顔に触れてちょっとこそばゆい。ああ、もう大丈夫。
「そう。ならひとまず安心ね」
ふっと柔らかく笑うと、鈴は僕の二の腕を軽く叩いた。ポンッと軽く手で触れる感じ。
「鈴は、どうしてここに? その大きな荷物は?」
「どうしてって……。アンタがここにいるって聞いたからに決まってるじゃない」
「……え、と?」
どういうこと?
「察しが悪いのも相変わらずね……」
「え……なんかごめん?」
「……もう」
ため息をついて、僕の肩を掴む鈴。加減してくれてるのかあんまり痛くない。
「いい? IS学園は女子校なのよ、女の子しかいないの!」
鈴の言う通り、IS学園は女子校だ。何故ならISは女の子にしか使えないから。
「う、うんまあそうだね……でも一夏もいるし、従妹もいたよ?」
学園にいる男子生徒は僕だけじゃない。
一部の例を除き、原則男には使えないIS。けどまず一夏が、次に僕が。立て続けにその例外となってしまったというわけ。
「……へえ、そう。それで、同じクラスなの?」
「え、いや……違うけど」
本当は僕も同じクラスがよかったんだけど、僕は二組で一夏と箒は一組。寮の部屋割りも別々。
……そういえば僕の部屋に急遽新しく生徒が入って来るって担任の先生からお達しがあったけど、もしかして鈴?
「そんな事だろうと思った。つまり見知らぬ女の子しかいないも同然なわけ。これはアンタにとって大きなストレスの元だわ!」
「……ま、まあそうかも?」
今はそうでもないけど、知らず知らずの内に溜まってる可能性はなくもない。姉さんとの電話を日々の癒しにしちゃってるくらいだもんなぁ……。
あれ……。でも、僕のストレスがどうして鈴の転入に繋がるんだろ。そりゃあ、いたら心強いけどさ。
「今まで大変だったでしょ。でも、もう大丈夫よ。なんてったって、このあたしが来たんだから!」
「うん。頼もしい」
ま、いっか。
入学のきっかけを負い目に感じてた一夏との蟠りはこないだの試合のすぐ後に一応は解消したんだけど、今度は箒が僕を微妙に敵視してる理由がわからなくてむちゃ困ってるとこだったし。
「どーんと任せなさい!ㅤ……ところでさ」
「うん?」
「本校舎に総合事務受付ってのがあるみたいなんだけど」
「……ああ、あるね」
「道わかるなら案内してくれない? この紙っきれからじゃイマイチよくわかんないのよねぇ……」
鈴が上着のポケットから取り出したくちゃくちゃの紙には、学校に到着したら本校舎一階の総合事務受付に来てください(超意訳)と書いてあった。略図なし。……なし?!
ただでさえこの学校、敷地がバカみたいに広くて建物もいっぱいあるから迷いやすいのに……。これじゃ鈴が可哀想だ。
「いいよ。行こう」
「本当?ㅤじゃ、行きましょ!」
僕の手を握って歩き出す鈴。
そうして先導する鈴を口頭で簡単に案内しながら、学園内の敷地を足早に横断する。
時刻は午後八時を過ぎ、どの校舎も灯りが消えていてちょっぴり寂しい雰囲気だ。
この時間帯は大抵の生徒も寮にいるし、他に出歩いている人の気配は感じられない。
「…………」
「…………」
黙々と歩き続ける。
「だから……でだな……」
と、ISの訓練施設から生徒が出てくる。
鈴も話し声に気付いたようで、歩きながら視線をそちらに向けていた。
あれ、ちょっと待てよ……。やっぱりそうだ。
よくよく見ると、二人とも見覚えのあるシルエットだった。
「鈴、一夏とさっき言った従妹だよ」
一夏と、箒。こんな時間まで特訓してたのかな。
二人は仲良く……仲良く?ㅤ寮の方へ歩いていく。
「……あっちはあっちで相変わらずみたいね」
「鈴、挨拶してかない?」
「もう遅い時間だもの。いつまでもアンタを連れ回すわけにはいかないでしょ」
それもそっか。……いや、僕がどうとかじゃなくて。
ほら、鈴も長旅で疲れてるだろうし。それならまた明日にでも、鈴が転校してきたよーいちかーって一組の教室に行った方がいいのかもしれない。
「このまま真っ直ぐ行って、アリーナの裏手に回ったら本校舎」
「あの灯りがついてる建物?」
「うん、そう」
一緒に受付に行くと、愛想のいい事務員さんがいた。
「……はい。ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、凰鈴音さん」
ふぁん、りんいん。それが僕の幼なじみのフルネーム。
引っ越してきた小学四年から、引っ越す中学二年まで学校もクラスもずっと一緒だったのは僕の中で結構自慢だったりする。一夏は何回かクラスが別れちゃったからな……。
今度も鈴は僕と同じクラスだから、記録更新だね。去年は引っ越したからノーカン。
「ところで、二組ってクラス代表もう決まってるの?」
「……まだ決まってはいないかな」
こないだ一組のお二人さんがクラス代表の座を巡って大騒ぎしてたけど、それと打って変わって僕ら二組は静かに事が進んでいる。
どんな手段を使ったのかはわからないけど、学校の先生方には姉さんが僕に専用機を用意してる事が既に伝わっているらしくて、二組の担任が出処をぼかしつつそれを言っちゃうものだから、今は僕が暫定クラス代表という事にされているんだ。
あくまでも暫定でまだ決定してないのは、肝心の専用機がまだ届いてないから。今度のクラス対抗戦に間に合わないなら実技の得意な子に代わってもらうように、僕からお願いしてあるんだけどね。
「そう」
「うん。それが?」
「ちょっと……ほら、行くわよ」
──結局のところ。
予想通り僕の部屋に新しく入ってくる生徒っていうのは鈴で、全く知らない人が入ってくるわけじゃなくて一安心したのもつかの間。
いつもより電話するのが遅くなって、いつもより数倍何言ってるのかわからなくなっちゃった姉さんと、いつもより少しだけ不機嫌なクロエを相手に僕はお喋りする事になるのだった……。
後書き
宮田雪夫(旧姓篠ノ之雪夫)
篠ノ之姉妹のおば、雪子の息子。つまり束たちとは従姉弟妹関係。
病気がちで、母親の仕事の関係から姉妹の自宅がある篠ノ之神社の離れ(空き部屋)にいる事が多く、隙を見て抜け出しては姉と慕っている束と遊んでいた。
この時点では健康優良児そのものだった一夏、箒、千冬ら門下生組とはあまり交流がなく、束と幼なじみだった千冬とでさえたまに世間話をする程度だった。
当初は極めて普通の姉弟だったものの、いつの間にやら立場が逆転し弟の方が姉を甘やかすようになっていた。
白騎士事件以降、篠ノ之家が一家離散した後は母親と共に残された神社の管理をしている。また、一夏とはこの頃からよく顔を合わせるようになった。
高校受験の折に一夏の迷子に巻き込まれ、運命のIS学園入試会場へと足を踏み入れてしまう。以上。
現在は束の努力()によりまずまずの健康体。