見て! 束ちゃんが踊っているよ 作:かわいいね
朝。体をやんわりと揺すられて目が覚めた。
目覚まし時計のアラームはまだ鳴っていない。
だからいつもよりまだ早い時間なんだろうけど、昨日は早めに寝たからつらくなかった。
……あれ? でもなんで早く布団に入ったんだっけ……。
「雪夫、起きなさい」
わあ、母さんみたいだ……。
起きろなんて久しぶりに言われた気がする。いつも自分で起きてるし。
目を僅かに開けると、鮮やかなターコイズブルーが視界に広がる。鈴が僕の顔を覗き込んでいた。鼻と鼻がくっついてしまいそうだ。
朝日に照らされた長い髪から、ほんのりシトラスの香りがした。これ、僕が使ってるシャンプーの匂い? 近いけど、ちょっと違う。もっと甘い匂いがする。
「おはよう、鈴」
「おはよう。ちょっとしたら準備はじめなさいね」
僕がまばたきしてる間に、テキパキとドレッサーの前で身支度を済ませていく鈴。ブラシで髪をとかしながら、微かに鼻歌も聞こえてくる。
ああ、そっか。今はルームメイトなんだ。昨日も鈴に早く寝なさいって、ベッドに寝かせられたんだっけ。
これまで一緒に生活していたわけじゃないから当然なんだけど。朝から鈴が近くにいるなんて、なんだか不思議な感じがする。
「……ん、なによ。着替え手伝ってほしいの?」
「自分で出来る」
ブラシを置いて、仕方ないわねとでも言うように振り向いた鈴を慌てて止める。今のは流石に冗談だよね、冗談だって言って。
「あ、そう。まあそりゃそうか……」
なんで心底残念そうな顔するのさ、そこで……僕にだって羞恥心くらいあるんだからな。
鈴がいつもの髪留めを手に取るのを見届けて、遅ればせながら僕もベッドから出る。
「お、ちょうどいいわね」
「んあ」
シャワールームで洗顔と着替えを済ませた後、鏡を見ながら歯を磨く僕の後ろから、朝の身支度を終えた鈴がにゅっと手を出してきた。ちょうどいいって、何が?
「貸しなさい。仕上げやったげるから」
「……?」
「ほーら、早く」
差し出した手をフリフリさせる鈴に、手にしていた歯ブラシを渡す。
すると鈴は僕の手を引いて、ベッドに腰掛ける。
促されるまま膝枕の体勢になり、あれよあれよという間に小さな手が僕の顔に触れていた。
「あたしがいない間に、虫歯なんて作ってないでしょうね?」
「ない」
「ふーん、どうだか……まあいいわ。口開けなさい」
おずおず口を開くと、歯ブラシと小さな指がすっと口の中に入ってくる。なんでこんな事になってるんだろ。
僕も姉さんにせがまれて歯磨きする事はあるけど、人にされるのは久しぶりだ。
最近だと、歯医者さんの歯磨き指導? ……ならそんなに久しぶりでもないか。
「ま、アンタにしてはよく磨けてるわね。この調子で頑張んなさいよ」
「ん゛ー」
唸って抗議するも、大した効果は見られない。というか鈴はこの程度の威嚇なんて気にしない。
そもそも鈴の中の僕ってどうなってんだろ。そんなに虫歯が出来そうな感じなの? ぱっと見て不衛生って事? ……それはなんかちょっとショック。
「……こんなとこかしら。はい、お疲れさま」
「…………」
無言で洗面台に向かう。だてに歯磨き指導を受けてはいないのだ。……まだ褒めてもらった事ないけど。
歯医者さんと同じで、口をゆすいだら歯磨きは終了。
シャワールームを出ると、鈴が待ち構えていた。
「さ、朝ごはん食べに行くわよ」
「わかった」
昨日事務員さんから簡単な案内はされたものの、今朝も僕が手を引かれながら鈴を学生食堂まで案内する事に。
まあ一階に行けば、探さなくてもすぐ見つかると思うけど。ここは一緒に行く事にも意味があるはず。
「あ、あれ宮田くんじゃない?」
「ほんとだ宮田くん」
「一緒にいる子だれだろ〜?」
見知らぬ生徒が気になるのか、転校生だと気付かれたのか。すれ違う生徒がみんな鈴を二度見してる。
もっとも、廊下に出てる生徒の数自体が少ないから騒ぎにはならなかった。小学五年に鈴が転校してきた時は凄かったからな……。
そのぶん無用ないざこざとかもあったけど。お陰で鈴とは仲良くなれたから、ある意味いい思い出なのかもしれない。
「あ、そうそう。あたし二組のクラス代表になったから」
「……そう?」
「そうなの」
しれっとそんな事を言う鈴。いつの間に……。
「……一夏、いなさそうね」
食堂の中を覗いて、鈴が呟いた。
時間的に僕らが来たのがまだ少し早いくらいなので、いつもは生徒で賑わっている食堂も今だけは空いている。当然ながら一夏の姿はないし、箒もいない。
「この後、一組に軽く顔出しておこうと思ってるんだけど」
「ん。なら僕も行く」
僕が券売機から好きなメニューを選んでる間に、横から鈴の手が伸びてきて、あっという間にボタンを押してしまう。そのまま出てきた券二枚を、鈴は担当のおばちゃんに渡した。
「朝は白いご飯と焼き魚とお味噌汁がいいんでしょ」
「よく知ってるね」
「……アンタが言ったんじゃない」
「そうだっけ?」
待っている間に昔話に花を咲かせる。昔って言っても、古いものでほんの三〜四年前くらいの話なんだけど。
「あ、出てきたわよ」
「本当だ。ありがとうございます、いただきます」
お盆を受け取って、テーブルに移動する。
鈴が選んでくれたのは鮭の塩焼き。こんがりと焼けた大きな切り身が、お皿の上で圧倒的な存在感を放っている。
ちなみに鈴は朝からラーメンだ。
「時間はあるんだし、アンタはゆっくり食べなさいよ」
「うん。そうする」
「魚の骨、取ったげようか?」
「大きいから大丈夫」
「……そ」
そんな会話を交えつつ、箸を進める鈴。ラーメンだけどレンゲは使わない派なんだって。僕も使わないかな。
「本当に手伝わなくて平気?」
「……平気、平気」
鈴に押し切られて小骨を除いてもらうまで、あと五分……。
「織斑くん頑張ってね!」
「フリーパスのためにもね!」
SHR前の空き時間。鈴と二人で廊下を歩いていると、一組の教室からそんな会話が聞こえてくる。クラス対抗戦の話かな。
一位のクラスには学食デザートの半年フリーパスが優勝賞品として配られるんだ。優勝の栄誉はさておき、僕もフリーパスは気になってるんだよね。
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」
「おう」
そんな楽しそうな声を聞いた鈴は弾かれるように早足になり、ささっと入り口前に滑り込んだ。ちょろちょろって、オコジョみたいで可愛い。
「──その情報、古いよ」
腕を組み、ドア枠にもたれかかりながら言い放つ。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝させないから」
そうドヤ顔で言う鈴。え、鈴も専用機持ちなの?
それは僕も知らなかったな……あ、だからクラス代表になったのか。納得。
「鈴……? お前、鈴か?」
鈴の背中を歩いて追いかける僕の耳に、困惑した様子の一夏の声が届く。まあそうなるよね。僕もびっくりしたし。
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
「何格好つけてるんだ? すげぇ似合わないぞ」
「んなっ……!? なんて事言うのよ、アンタは!」
これこれ。いつもの二人って感じ。
……と、僕のすぐ隣を誰かが通り過ぎようとする。
「あ、織斑先生」
「おはよう……もうSHRの時間だ、教室に戻りなさい」
「おはようございます。鈴を連れて行きます」
鈴に駆け寄り、肩を指でつつく。
「鈴、もう時間。教室に行こう」
「え、もう? ……仕方ないわね」
物足りなさそうな鈴だけど、僕の後ろからやって来る千冬さんを見て口を噤む。
「お昼に学食で集合ね! わかった、一夏!」
「幼なじみ再集結……うん、いい感じ。一夏、またね」
「ほら、早く行くわよ!」
「あ、うん」
何が何だか理解出来てない様子の一夏に手を振っていると、鈴に空いてる方の手を掴まれてまた引っ張られる。あっという間に二組に着いた。
「でも鈴、なんで宣戦布告?」
「決まってるじゃない。自分に活を入れるためよ」
「本気で優勝を狙ってるんだ」
「……まあね。あたしは強くならなくちゃいけないんだから」
言いながら、鈴が僕の手を握る力を強くする。
「そういえば。雪夫、甘いもの好きなんだっけ?」
「人並みには。ここのデザート、美味しいから」
「……ますます負けられないわ」
「……?」
こうして、今日が本格的にはじまっていく。
この後鈴がSHRで簡単な自己紹介をして、朝に僕らが一緒にいるところを見かけたクラスメイトに質問攻めを受け、それに対して鈴があっさり幼なじみだと答えてちょっとした騒ぎになるのはまた別の話……。
席も僕の後ろだし。よろしく、鈴。
後書き
しばらく幼なじみパートが続きます
デレ増し鈴ちゃんヒロインの作品も少ないから自給自足しようと思ってたのよ。
作者はいつでもどこでも、感想を受け付けております。
あ、毎回の感想もそうですが、誤字報告ありがとうございます。ここ好きも確認してます。
{|}< おやおや。おやおやおや。鈴はオコジョみたいでかわいいですね。