神も仏もいないなら   作:りっくんちゃん

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1.喧騒の中に沈む怪

 ただ、走る。

 

 何かが追ってきている。それに気づいていながらも、決して振り向かず、一心不乱に、繁華街を通り抜ける。

 周りの人は呪霊にも私にも気づいていない。いや、呪霊に関しては見えていないといったほうが正しいか。

 

 当然だ。あんなもの、見えないのが自然。見えないほうが健常。むしろ、存在していないもの、と言っていい。

 

(そんなこと言ったって見えない奴らにもあれは危害を加えるのじゃから存在しているというべきなのではないか?)

 

 …そうだとしても、私はそれを許さない。許すはずがない。許していいはずがない。

 

 彼らの日常が、そんな薄氷の上に存在しているということを私は決して許さない。

 

(…彼ら、の。そこにおぬしは入っておらんのか?)

 

 ない。そんなものはあの日、すべて崩れ去ったのだから。

 

(…そうか。そこの角を右に曲がり、しばらく進めば誰もいない袋小路じゃ。うってつけの場所じゃな。)

 

 彼女の言葉に従い、角を曲がると繁華街の喧騒から取り残された路地裏に繋がっていた。ビール瓶が転がり、浮浪者の寝床であろう段ボールが敷き詰められたビニールハウスがある。しかし、彼女が言っていたようにそこを根城にしているであろう人は今、この時にはここにいなかった。

 

 走り抜ける。瓶を踏まないように、家を壊さないように。されど、全速力で。

 

 しばらくすると三方をビルで囲まれた突き当りにたどり着いた。広さは学校の教室ぐらいはあるだろうか。

 

 そこで、初めて後ろを振り返る。しかし、先ほどまでは確かに後ろにいた呪霊はそこにいなかった。

 

(上じゃ!)

 

 彼女の声を聴いてすぐさま横に飛びのく。すると、コンクリートの地面に大きな針が突き刺さり瓦礫が周囲に飛び散った。針のすぐ上には黄色と黒の縞々。大きな四つの羽を羽ばたかせて針を抜いた呪霊は、見たことが無いほど大きかったが確かに蜂の形をしていた。

 

 なるほど。いくら周りから見えていないとはいえ奴らには物理的な接触を伴うものも多い。にもかかわらず人々がなんの声も上げないことに疑問を覚えてはいたけど、空中を飛んで追ってきたわけだ。

 

(蜂の呪霊。面倒なものに喧嘩売ったの~。確かにこの時期のお祭りにはつきものじゃが、人の多いところには巣をつくらんのじゃから、ちょっかいかけなければ何もせんのに。)

 

 確かに、喧嘩を売ったのはこちらだ。でも、目の前に呪霊がいるのなら、殺さないという選択肢をとることはない。

 

(さて、どうする?手っ取り早く片付けるとするか?)

 

 いや、まだ夜明けまであと、7時間ほどある。温存して刀だけで倒そう。

 

 肩にしょっていた竹刀袋から取り出すのは一本の刀。刃をつぶした模造品でも青銅で作られた祭器でもない殺すための真刀。先祖代々伝えられてきた神願家の家宝。

 

名をへし切長谷部。

 

(ま、へし切長谷部とされている刀は福岡の博物館に保存されとるらしいから本物かは疑わしいのじゃが。)

 

 確かに本物ではないかもしれないが。それでも、

 

「蜂を一匹殺すには、不相応なほどに十分です。」

 

 抜刀姿勢を保ったまま、足に呪力を回し蜂に向かって切りかかる。一息に頸を狙ったがさすがの機動力で躱された。慣性に従ってビルの窓ガラスを突き破って3階に入ってしまい、蜂も心なしか笑っているように見える。が、

 

「まずは一枚。」

 

 途端に、蜂の飛行が不安定になり墜落しそうになる。単純な話、すれ違いざまに四枚ある羽を一枚を切り落としたに過ぎない。少なくとも頸よりは柔らかいのだからさほど力を入れなくとも容易く切り落とせる。それで墜落しないあたり、おかしな話だけど。

 

(呪霊じゃし、是非もないよネ。)

 

 こちらは物理法則の範疇で戦ってるのだから相手も従ってほしいところだ。

 

(物理法則に従う人間は一息にビルの三階まで飛び上がったりしないんじゃが?)

 

 …蜂は何度も顎をカチカチと鳴らして威嚇している。ご自慢の羽が切り落とされたことにご立腹なのだろうか。

 

「とりあえず、機動力は落ちたことでしょうし、残りの羽を奪いましょうか。」

 

 そうして再び空中に身を繰り出し羽をめがけて刃を振るおうとすると、蜂は空中で反転し、針で私の斬撃を防いできた。羽がある分相手のほうが踏ん張る力が大きく、刀がはじかれ、空中で大きくのけぞる。

私ははじかれた力を利用して宙返りをし、足をビルの壁面につけて態勢を立て直した。

 

 すぐさま切りかかろうと顔を上げたその時、腹部に重い衝撃が走る。

 

 蜂の腹から生えた針が私の腹を貫通していた。

 

 すでに、あふれ出るはずの血液は凝固し、ゲル状に固まっている。出血毒か。これは蛇の毒のイメージだが。

 

 先ほどとは比べ物にならないほど明らかに、にんまりと蜂は私をあざ笑う。確かに、腹部の穴は致命傷だ。が、

 

「もう、逃げられませんよね。」

 

 獲物がまで諦めてないことに気づいたか、急激に増幅した呪力に気づいたか、慌てて逃げようとするももう遅い。腹に刺さった針ごと、私は蜂を真っ二つに両断した。

 

 蜂の死骸とともに地面に崩れ落ちる。腹に空いた大穴は私の横幅の半分ぐらいを占めており、血もとめどなく流れ続ける。このまま放置すれば間違いなく死亡するだろう。まあ、この程度の傷なら何度も受けている。傷口に呪力を集中させると見る見るうちに穴は再生していきその痕跡は少々パンクなファッションが示すのみとなった。

 

(…おぬし、先ほどの攻撃避けようと思えば避けられたじゃろ。)

 

 確かに、避けられた。でも、馬鹿正直に相手が突っ込んできたから、刺さって固定したほうが手早く殺すことができる。

 

(…)

 

 さて、一匹片付いたことだし、そのまま次に向かおうと一歩足を踏み出す。すると、

 

 身体が地面に崩れ落ちる。

 

(ふむ、神経毒じゃな。蜂なんじゃし、こっちももっとるじゃろ。)

 

 なぜ?たとえ、神経毒だろうと出血毒だろうと、あれが死んだ以上その効果も切れるはず。なぜ、毒の効果が表れる。

 

 すると、上から、羽虫独特の煩わしいあの音が聞こえる。それも、大量に。いうことを聞かない体を動かし仰向けになる。

 

 蜂だ。先ほど倒したはずの大きな蜂。それがざっと見ただけで10匹以上。

 

(なるほどの。蜂一匹で一つの術式ではなく、群れで一つの呪霊として成立しているわけか。殺しても術式の効果が消えないのはこれが理由じゃな。)

 

 そういうこと。羽を一枚切り落とした時に無暗に顎を鳴らしたのは仲間を呼ぶためだったのか。それとも、死骸からそういった特有のフェロモンでも出てるのか。

 

 毒のせいで働かない頭を動かしながら、刀を握りなおそうとするが手足の自由がすでに聞かないのか、触った感覚すらない。そうしている間にも蜂はどんどん近づいてくる。

 

 呪霊でも顎でちぎって肉団子をつくるのだろうか。

 

(そんなどうでもいいこと考えとる場合じゃないじゃろ。とっとと使うんじゃな。)

 

 …確かに。呪力を節約するつもりでいたのに。全くとんだ藪蛇になった。

 

 

 

--術式解放--

 

 

 

 

 

 

「ったく…どこの不良だよ、こんな町のど真ん中で小火なんかおこした奴は!」

 

 青い服を着た警官がビール瓶の転がる路地裏へと入っていく。15分前、この先で火の手が上がったという通報を受けたからだ。しかし、このあたりは営業許可書を持つ店は存在せず廃ビルばかりが立ち並ぶようなさびれた空間である。浮浪者の類は先日、祭りの日に当たって撤去させたばかりのため、まだ帰ってきていないと踏んでいた。そのため、雰囲気に酔った不良高校生どもが調子に乗って火遊びでもしたのだろうと考えたのだ。

 

「この辺り、この辺り…っと。あれぇ?」

 

 しかし、突き当りまで歩いてもぼやが起こったような形跡はない。まわりにはガラス片やコンクリートが散らばるばかりで新聞紙などの燃えやすいものはなく、廃ビルにも焦げ跡らしきものはついていない。

 

「いたずら電話か?…これは。」

 

 あまりにもそれらしきものがないため、虚偽通報とにらみ始めたその時、足元に蜂の腹部のような黄色と黒の縞々の何かが落ちていた。蜂にしては大きく、黒焦げで確証はもてないが。

 

「おもちゃでも燃やしてたのか?まあ、持って帰るか。」

 

 ビニール袋にその炭をしまい、元来た道を戻る。

 

「おう、警官さん。なんかあったのかい?」

 

「いやあ、ぼや騒ぎって通報を受けたんですけどね…なんか、誇張だったみたいです。」

 

「そりゃあ気の毒に。どうだい、一杯やってくかい?」

 

「いえ、職務中ですし。それにきっちりお金は取る気でしょう?」

 

「ははっ、ばれちまってたか!」

 

 怪事件はいたずら電話として処理される。祭りで盛り上がってる彼らの中にそれを疑うものは誰一人としていないだろう。




読了ありがとうございました。
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